薄暗い地下。そこにはガラスの箱が並んでいる。箱の中には犬や猫、人間の子供が入れられている。
そこは魔術師の工房。根源に至る為、日夜研究が続けられている。
「――――ふむ」
生物の魂は死後に根源へ還る。魔術師はその原理を利用する為に実験を重ねている。
種族、体重、性別、年齢、魔術回路の有無、心理状態など、様々な条件を設定している。
「やはり、直前の精神状態によって結果が大きく変わるな」
魔術回路の有無も《門》の大きさに影響を与える。
だが、それ以上に精神状態が大きく関与している。
恐怖、苦痛、悲哀、快楽など、あらゆる精神状態を検証した。
「……やはり、魔力か」
記憶、感情、生命力。そうした魔力の基となるものが多い程、門に大きな影響を与えるようだ。
年老いた者は重ねた記憶によって大きな門を開く。
感受性豊かな若者は感情を揺さぶる事で年老いた者以上の門を開く事が出来る。
拷問による苦痛は最も手っ取り早く、効果も大きい。
薬物や性感帯の刺激による一時的かつ中毒的快楽も比較的大きな結果を残す。
「複数の門を束ねる事は出来ない。より大きな苦痛を与える方法を探らねば……」
酸性の液体の中で少しずつ体を溶かす。
激しい痛みを伴う毒物の投与。
酸素濃度を下げ、恒常的に呼吸困難を誘発。
電気的刺激による性感帯の常時刺激。
眉や髪を含めた全身脱帽と整形手術による精神的苦痛を付与。
「……肉体的苦痛よりも精神的苦痛の方が効果的」
魔術師は淡々と結果を記録していく。
「そろそろ検体の調達が必要だな」
ガラスを必死に叩き助けを求める少女を見下ろしながら呟く。
小型の蟲に生きたまま食べられる苦痛と恐怖はさぞ素晴らしい結果を残してくれる筈だ。
「……ん?」
突然、結界が破られた。二重三重にも防壁を張っているから焦る必要はないが、侵入者が現れた事実に動揺が走る。
ここで行われている研究はあまり目新しいものではない。それに、場所も隠蔽している。現れる理由も手段も無い筈だ。
「何者だ……」
胸騒ぎがする。
ここ数年、数々の魔術師の工房が破られている。
如何に高名な魔術師でも、その襲撃者を退ける事は出来ない。
「まさか……」
一瞬の間に防壁が全て破壊された。衝撃と共に粉塵が舞い上がり、その向こうから2つの人影が近づいてくる。
幻想種に跨がる仮面の男女。
「……お前達が噂の《|正義の味方《ヒーロー》》か?」
魔術世界のみならず、表舞台のテロリズムや紛争にも介入する謎多き存在。
その正体を見破ろうとした魔術師がいた。だが、彼等の纏う絶対的な対魔力に膝を屈した。
神秘の漏洩を気にも留めず、暴れ回る彼等を危険視しながら、魔術協会と聖堂教会は揃って足踏みしている。
なにしろ彼等は強い。死徒さえも彼等の存在に怯えている。
抵抗しても無駄だった。彼等には如何なる魔術も通用しない。
話によると、異次元に身を隠しても無駄らしい。
◇
「いっちょあがりー!」
被害者達を協力者達が立ち上げたNPOに預けた後、アストルフォと士郎はフランスの街を歩いていた。
聖杯戦争が終結して五年。二人は正義の味方として活動していた。
止めた紛争は数知れず、監獄に入れた悪人の数も三桁に上る。
間に合わず、救えなかった人間もいた。それでも、多くの人間を救う事が出来ている。
「それにしても……」
士郎は数年前にイタリアで購入した仮面を見下ろす。
「正義の味方か……」
知らない人からヒーローと呼ばれるようになり、初めて会う筈の悪党に畏れを抱かれる。
もちろん、反発する人達も大勢いるけど……。
「そう言えば、また届いてたみたいだ」
NPOの職員から渡された手紙を開く。
それは以前助けた人達からの感謝の言葉。
「嬉しいね、シロウ」
「……ああ、そうだな」
感謝して欲しくて助けたわけじゃない。
それでも、助ける事が出来た事を実感出来る。彼等の気持ちを受け取り、嬉しく思う。
「アストルフォ」
「なーに?」
「……ありがとう。俺と一緒にいてくれて」
「エヘヘ。ボクの方こそありがとう! ボクと一緒にいてくれて!」
二人は見つめ合う。
アストルフォは変わらない。いつまでも美しいまま、一緒にいるだけで幸せな気分になる。
士郎は少しだけ変わった。身長が伸びて、表情も凛々しくなった。
この生活が後何年続くかは分からない。
だけど、終わりは当分先になる筈だ。嘗て、ギルガメッシュが士郎に飲ませたエリクサー。桜と違い、彼は中和する為の毒薬を飲んでいない。
もう直、彼の成長は止まる。そして、永い年月を生きる事になる。
多くの人が彼を置いて死んでいくだろう。
それでも、彼の傍にはいつでも愛しい相棒がいる。
「……そう言えば、慎二から聞いたんだけどさ。桜とアーチャーが来月――――」
それは一つの英雄譚。
全てを失った少年がいた。
多くの矛盾を抱えた彼は険しい道を歩み続ける。
それでも、彼は決して立ち止まらない。
彼には愛しい人がいる。常に背中を支えてくれる素敵な相棒がいる。
一人で歩めば挫折していただろう道も二人で歩めばどこまでだっていける。
「ねえ、シロウ。ボクの事、好き?」
「ああ、愛してる」
どのような物語にも始まりと終わりがある。
違いがあるとすれば、それは終わり方だ。
彼等はこの先百年経っても同じようなやりとりを続けるだろう。
そして、いずれ終わりを迎える。その時、彼等はきっと笑顔を浮かべる筈だ。
如何なる結末であっても、重ねた幸福の記憶が彼等に幸せな終わりを迎えさせる。
そう、この物語は――――、
Happy End