Act.34 《My Sword》

 なんて、楽しい時間だろう。少年は嬉しそうに空間を凍結させる。

「……それは二度目だぞ」

 剣鬼の握る刀が炎を吐き出す。
 
「アハッ」

 今や――――、士郎の|性能《スペック》はサーヴァントと比較しても群を抜いている。
 そのスピードとパワーはギルガメッシュの行動を大幅に制限している。
 おまけにギルガメッシュが如何なる宝具を取り出しても、刀に宿る英雄達の経験則が如何なる現象に対しても最適解を提示する。

「……ぁぁ、素晴らしい」

 無数の拘束宝具をけしかける。それぞれが神を縛り、巨人を縛り、英雄を縛り付けた名高き縛鎖。
 全て、呆気無く斬り裂かれた。

「なら……」

 稲妻を落とす。炎を撒き散らす。

――――選択。雷切、天叢雲剣。

 それはアーチャーのサーヴァントが記録したものではない。最初の攻防でギルガメッシュ自身が見せたものだ。
 数える事すらバカバカしくなる程の刀剣を彼は最初の二時間、只管ばら撒き続けた。それを最後の仕上げとするべく。
 結果、ここまで来た。

「アッハッハッハッハッハ!!」

 衛宮士郎が初めて刀を鍛えた時の感動。それと同じものをギルガメッシュも感じている。
 ボクが鍛えた。ボクが創り上げた。確定的運命を打ち砕く可能性を秘めた、ボクの刀。
 愛しさを抱きながら、無数の武器を飛ばす。
 空間を飛び越えるもの。どこまでも追尾するもの。因果を操るもの。

「ほらほら! ボクにもっと見せてください! |アナタ《ボクのかたな》の可能性を!」
「ッァァァアアアアア!!」

 悉く叩き落とされ、ギルガメッシュは踊るように更なる武具を展開する。
 夢のような一時だ。これほどまでの全力を出した相手は後にも先にも《友》一人。
 なのに、押されている。

「アハァ……」

 戦いの余波で山が崩れ始めている。大聖杯もとっくに崩壊している。
 無数の宝具が乱舞する空間に鎮座している方が悪い。そこを戦場に選んだのはギルガメッシュだが、それはここが互いの全力をぶつける上で都合が良かったからだ。
 落ちてくる山。

「邪魔だ!」

 山を巨大な剣が斬り裂いた。それはギルガメッシュの蔵の中で最大級の宝具。
 後に女神の剣として伝承を残す事になる翠の刃。
 その名は、|千山斬り拓く翠の地平《イガリマ》。
 斬山剣という異名を持つ、文字通り山を斬る剣だ。

「ォォォォオオオオオオオ!」

 天蓋に大穴が空いて尚、落ちてくる山の残骸を足場にしながら二人は戦い続ける。

「ギルガメッシュ!!」
「エミヤシロウ!!」

 それはまさしく神話の再現。人の空想の中でのみ実現出来る馬鹿げた光景。
 既に聖杯戦争は破綻している。大本である大聖杯は徹底的に破壊された上に大量の土砂の下敷きになっている。
 それでも、彼等の戦いは止まらない。

「アァ……、アァァァァァァ!!!」

 ギルガメッシュは歓喜の悲鳴をあげる。己の限界を超え、ゲート・オブ・バビロンを展開する。
 天上に広がる無数の宝具が豪雨の如く降り注ぐ。
 それらを平然と捌き切り、士郎はギルガメッシュに斬り掛かる。

 その時だった。

「……おや、午前零時を過ぎましたね」

 ギルガメッシュがなんてこと無い口調で呟いた。
 それを聞いた士郎は目を見開いた。

「……え?」

 その絶望に満ちた一言にギルガメッシュは笑みを深める。
 これが本当に最後の仕上げとなる。

「残念。間に合いませんでしたね。ご愁傷様です」

 朗らかに告げるギルガメッシュ。
 士郎は刀を取り落とした。

「おやおや、いけませんよ。まだ、ボクを倒せていないじゃありませんか」
「桜……」

 声を震わせる士郎。
 午前零時を過ぎたという事は桜に仕込まれた毒が発動した事を意味する。
 
「桜が……、死んだ?」
「ええ、死んでいる筈ですよ。エリクサーを飲まない限り、あの毒からは助からない。巨人やケンタウロス、果ては大英雄すら死に至らしめたヒュドラの毒ですから」
「き……、き……、貴様!!」

 士郎の瞳に憎悪の炎が燃え上がる。それこそ、ギルガメッシュが待ち望んでいたもの。
 武器は与えた。怒りも与えた。使命も与えた。そして、憎悪も抱かせた。これで衛宮士郎は更に強くなる。
 憎しみこそ、人間を最も強くする感情なのだから。

「キサマァァァァァァ!!」

 襲い掛かってくる士郎。その顔は見事な程に歪んでいる。
 これでより強く……、
 
「真面目にやって下さい」

 確かに速度は目を瞠るものがあった。
 だが、あまりにも真っ直ぐ過ぎた。激しい中にも繊細な技が光ったさっきまでの彼とは雲泥の差だ。

「ボクを倒せなかったら、アナタの大切な人が死ぬんですよ? サクラさんのように」

 怒りと憎しみを煽る。
 ただの蒐集品じゃない。ボクの創った、ボクだけの刀。
 もっと、強く! もっと、速く! もっと、鋭く!

「そうだ。アナタが負けたらアナタの家に住んでいる女性も殺しましょう。確か、名前は藤村大河と言いましたね?」
「ァァァアアアアアアアアアアアア!!!」

 その姿はまさに鬼だった。
 触れるもの全てを両断する妖刀。
 一息の内に百を超える斬撃が走る。

「……遊んでいるんですか?」

 あまりにも雑な攻撃だ。そして、あまりにも隙だらけだ。
 ギルガメッシュの取り出した雷鳴を纏う槌によって、士郎の体は彼方まで跳ね飛ばされる。

「ボクを殺したいのでしょう? なら、もっと激しく! もっと、繊細に! アナタの|全力《すべて》をボクに見せて!」
「ウァァァアアアアアアアア!!」

 戻った。激しくも繊細。多くの矛盾を抱える彼だからこその芸当。
 ああ、なんて素晴らしい。
 でも、もうすぐ終わる。彼の力は臨界に達した。ボクを完全に上回った。残り数分でボクは敗北する。
 ああ、これは運命ではない。

 元々、ギルガメッシュという存在は古代メソポタミアの神々が人類の圧倒的な数によって世界に変革を齎される事を恐れ、神と人の両方の視点を持つ次代の王に据え、神と人の関係の決壊を防ぐための《楔》として生み出した存在だ。
 故に裁定者として絶対的な力を与えられた。人の身ではどう足掻いても届かない圧倒的な力。
 
 今、人が裁定者である彼を超える。それは神々の定めた運命という名の束縛を人類が打ち破る瞬間だ。
 彼の刀が届いた時、祝福の言葉を捧げよう。

「ハァァァァアアアアアアア!!」

 残り四合。三合。二合……、これで最後。
 迫る刀身。

「ああ、これでボクは――――」
 
 瞼を瞑る。これで漸く……、

「■■!!」

 ゾッとした。聞こえる筈のない声が聞こえた。
 既に届いている筈の刀の感触を感じない。
 誰かが拍手をしている。

 瞼を開き、拍手をしている人間を見た。

「――――ああ、それだ。その表情が見たかったのだ」

 そこに立っていたのは言峰綺礼だった。
 彼は招かれざる客を引き連れ、実に愉しそうな笑みを浮かべていた。

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