Act.20.5 《Have an ulterior motive》

「バーサーカー!!」

 瓦礫と貸した城。そこで二騎の大英雄が戦闘を繰り広げている。
 
「……ふむ。さすがはヘラクレス。このボクがここまで手こずるとは」

 バーサーカーのサーヴァントは唸り声を上げる。
 この少年の姿をしたサーヴァントはあまりにも常軌を逸している。
 無数の宝具を操り、バーサーカーの命のストックを一つ、また一つと削っていく。まるで此方を弄んでいるかのように余裕を讃えた笑みを浮かべながら――――。

「なんなのよ……」

 イリヤは少年を睨みつける。

「なんなのよ、アンタは!!」
「……人形よ」

 少年は不快そうに表情を曇らせる。

「仮にも淑女なら慎ましさを覚えなさい。無闇に声を張り上げるものではありませんよ」
「――――ッ」

 完全に此方をコケにしている。

「……さて、目的は達成した」

 そう言うと、少年は虚空から鎖を引き出した。

「君達にはまだ役割が残っている。だが、それまでは大人しくしていてもらいますよ。この国では《鉄は熱いうちに打て》と言うそうですが、叩き折ってしまったら本末転倒だ」

 鎖がバーサーカーに巻き付いていく。

「バ、バーサーカー!?」
「コレは神を律する為だけにあるもの。神性が高い程、この宝具は効果を発揮する。暫くの間、ジッとしていて貰いますよ」

 幾ら身を捩ろうと、鎖はビクともせずに狂戦士を拘束した。
 イリヤが令呪を発動するが、それすらも無効化する。
 あまりにも圧倒的過ぎる力を前にイリヤは膝を折った。

「時が来たら解放してあげますよ。それまでは精々人並みの日常とやらを楽しむといい。では、ボクはこの辺で失礼します」

 言いたい事だけ言い終えると、少年は少女を置き去りにしてアインツベルンの城跡を後にした。
 物語には始まりと終わりがある。どちらが欠けても、物語は成立しない。
 人類最古の英雄王が集めた宝物は世界中に散らばり無数の伝説を築き上げた。
 そして――――、

「――――素晴らしい。なんという奇跡だ」

 少年は冬木全体を見通せる高層ビルの頂上に立つ。

「一騎当千、万夫不当の英雄達よ! 我は|原初の王《ギルガメッシュ》! お前達の綴った伝説はここに収斂される。積み重ねられた歴史の真価がここに問われるのだ!」

 哄笑する英雄王。彼の森羅万象を見通す眼はヒポグリフによって衛宮邸へ運ばれる主従に注がれている。
 
「ああ――――、楽しみだ」

 ◇

 アーチャーとアサシンの激闘は日を跨いで尚続いていた。
 決着をつけると言いながら、アサシンは奥の手を隠している。アーチャーに攻め入らず、引かせず、何かを待つように剣を振るう。
 だが、それもここまでだ。アサシンの剣筋が唐突に研ぎ澄まされた。アーチャーの双剣が彼の手を離れて天を舞う。

「――――待ちかねたぞ」

 主から許しが出た。時間稼ぎに徹しろという命令。それが今、解かれた。
 アーチャーのサーヴァント。数奇な運命の下で巡り会えた好敵手に対して、あまりにも非礼が過ぎる。
 これで心置きなく真剣勝負が出来るというもの。
 アサシンのサーヴァントは新たな双剣を投影するアーチャーに対して、あの時と同じ構えを取った。
 柳洞寺に続く石階段での死闘。その果てに披露する筈だった秘剣の構え――――。

「いざ――――」

 長刀が揺れる。一足で間合いを詰める。
 新たな双剣を構えるアーチャー。だが、如何に守りに特化した剣の使い手とて、この業の前では無力。
 佐々木小次郎という実在したかも曖昧な不透明の英雄の名を冠した無名の侍。
 彼がその存在全てを懸けて練り上げた究極。
 この秘剣の前ではあらゆる守りが意味を成さない。
 その秘剣の名は――――、

「――――燕返し」

 それはあり得ぬ剣筋。
 一振りの太刀が繰り出せる斬撃は一つ。それが条理というもの。
 にも関わらず、そこに三つの剣筋が同時に存在していた。
 一念鬼神に通じる。それは燕を断つという思い付きを為す為に剣を振り続けた男の起こした理不尽。
 サーヴァントすら凌駕する神域の業。逃げ場を断ち切る剣の牢獄。
 |多重次元屈折現象《キシュア・ゼルレッチ》。それが人の身で神仏に挑んだ男の魔剣の正体。魔術師でもない癖に第二魔法に至った剣鬼の秘剣。
 躱す事など不可能。かの騎士王のような卓越した剣技があれば、あるいは生き残る道もあったかもしれない。
 だが、生憎とアーチャーのサーヴァントに剣の才能など無かった。バーサーカーのような不死性もない。キャスターのように転移の魔術を使う事も出来ない。
 故に待ち受けているものは《不可避の死》。
 背後に庇う少女が悲鳴を上げる。

「――――さらばだ」

 アーチャーは口元に笑みを浮かべる。
 
「……なんと」

 アサシンは目を見開いた。
 彼の剣がアーチャーに届く事はなく、彼の背中に漆黒の刃が突き立てられていた。
 死者に剣は振るえない。

「さらばだ、アサシン」
 
 干将莫邪。アーチャーが最も信頼を寄せる双剣。
 中国の刀匠が己の妻を贄にして鍛え上げた離つ事無き夫婦剣。
 その性質は磁石のように互いを引き寄せる。
 アーチャーの手に干将がある限り、莫耶は彼の手に戻ってくる。
 アーチャーの手に莫耶がある限り、干将は彼の手に戻ってくる。
 必殺故に生じる隙。相手が勝利を確信した時こそ、エミヤという英霊の真価が発揮される。
 簡単な話だ。新たに双剣を投影した瞬間、アサシンが弾いた干将莫邪はアーチャーの手元に戻ろうと飛来し、その射線上にある障害物に突き刺さった。
 ただ、それだけの事。
 アサシンがアーチャーの双剣を弾いた時、既に決着はついていた。
 
「……ッハ。これだから双剣使いという輩は……」

 宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島での決戦は有名な逸話だ。実際に剣を交えたわけではないが、その逸話の中で武蔵は様々な奇策を用いたという。
 満足気に微笑むと、アサシンのサーヴァントは光になって消滅した。
 
 ◇

 拠点である教会に戻ったキャスターはその憤りをセイバーにぶつけた。
 片腕を失い、疲弊している彼女に容赦のない責め苦を与える。

「……赦さないわ。この私を二度も虚仮にした。あの主従だけは必ずこの手で殺す」

 魔術師として、士郎の作り出した太刀に興味がないわけではない。
 だが、それ以上の憎しみが彼女に殺意を抱かせる。
 
「この私に二度も屈辱を与えた事を後悔させてあげるわ」

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