第四十四話「議論 -HEAT UP -②」

「まずは自己紹介といこう。私がセイバーのマスター、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテだ」

 いの一番に自らの素性を明かした理由は一つ。この議論の主導権を握る為だ。此方に拠り所と出来る情報が一つも無い以上、齎される情報の真偽を確かめる方法が無い。故に、この議論で一番重要な事は如何に相手に真実を喋らせられるかに懸かっている。
 情報は持つ者の采配次第で恐ろしい武器にもなる。この場合の持つ者とは、裁定者のサーヴァント。そして、彼女と行動を共にしているアーチャー陣営。
 
「えっと、私はアーチャーのマスターで……、名前は――――」

 何故か、間桐桜は自身の名を言い淀んだ。彼女の素性は少し調べれば誰にでも分かる。聖杯戦争という大儀式を作り上げた御三家の一つ、間桐の家の長女。そんな立場にある人間が今更名前を隠す事に意味があるとは思えない。
 桜の真意を図りかねていると、彼女は予想外の言葉を口にした。
 
「遠坂凛。十年前の聖杯戦争でも、アーチャーのサーヴァントのマスターとして参加していたわ」
「待て!」

 いきなり何を言い出すんだ、この女。遠坂家と言えば、十年前の第四次聖杯戦争で滅びた、間桐と同じく御三家の一つだ。間桐桜が遠坂凛。彼女について調べた時、そんな情報はどこからも出て来なかった。
 
「お前は間桐桜の筈だろ」
「……違うわ。この事を話すのは、これから語る事がかなり、突拍子の無い話だからよ」
「貴女なりの誠意というわけですか?」

 ランサーのマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツは真っ直ぐに彼女を見つめながら言った。
 彼女は小さく頷くと、言葉を続けた。彼女の語る内容を大雑把にまとめると、初め、遠坂家から遠坂桜という少女が間桐家に養子に出されたらしい。ところが、第四次聖杯戦争中、遠坂桜は死亡した。その為、間桐家の当主が一計を案じた。聖杯戦争の最中、遠坂家は彼にとって都合の良い事に後継者を遺して、血族全員が死亡したらしい。そこで、生き残った後継者を死亡した遠坂桜として養子にしたのだ。
 どうやら、間桐臓硯は恐ろしく狡猾な男らしい。まんまと遠坂の後継者を手中に納め、その事を協会から隠し通したのだから、恐れ入る。
 
「つまり、戸籍上とかでは間桐桜になってるけど、私の真名は遠坂凛ってわけ」

 遠坂凛の過去話の中で唯一興味引かれたのは前回の聖杯戦争に参加していたという点のみだった。彼女の間桐家での日々に関しては心底どうでも良かった。反抗心を奪う為に徹底的に拷問されたわ、なんて自虐的に語っていたが、むしろ幸運だったと思う。何の後ろ盾も無い状態で聖杯戦争を取り仕切る御三家の当主など、子供に勤まる筈が無い。確実に彼女を利用しようと目論む者が現れただろう。今、こうして暢気に自虐出来ている時点で恵まれている。
 魔術の世界には魑魅魍魎が跳梁跋扈している。隙を見せれば奪われ、壊されていく。生き残るには、自虐なんてしている暇など無い。
 仏教の経典に曰く、『盛者必衰、実者必虚』とある。盛んな者はやがて衰え、満ちている者はやがて空になるという意味だ。我が、アーチボルト家は嘗ての栄光に縋ろうとする者、沈み行く船から慌てて逃げ出す者、自暴自棄となった者で溢れかえった。その結果が今に至る。搾取の対象とされ、多く財や人を奪われた。
 半ば、押し付けられる形で当主の座についた後、待っていたのは地獄のような日々だった。いつか、再びアーチボルト家を再興する。その事だけを胸に抱き、政を学び、魔術の修練に励んだ。
 前当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトと同じ風と水の二重属性を持って生まれた私は彼の遺した書物や礼装を簒奪者の手から必死に守り抜き、彼の術を学んだ。
 命や貞操の危機も幾度と無くあった。愚か者が救済の名目で私を手篭めにしようとしたのだ。その為に最優先で体得したのが|月霊髄液《ヴォールメンハイドラグラム》だった。
 
「……た、大変だったんスね」

 私とは違い、ライダーのマスター、フラット・エスカルドスはすっかり凛に同情してしまったらしく、哀しげな表情を浮かべている。彼の事はかなり前から知っていた。魔術協会始まって以来の問題児として、悪い意味で有名な男だ。あまり関わり合いになりたくないから面識を持った事は無かったが、まさか聖杯戦争に参加しているとは思わなかった。
 
「あ、俺はライダーのマスターで、フラット・エスカルドスって言います! どうぞ、お見知りおきを! ちなみに、参加目的は英霊の皆さんと友達になる事です!」
「……君はやはり少し抜けていますね」

 バゼットが呆れたように言った。
 
「直した方が良いと忠告した筈ですよ?」
「あ、あはは、あの時の拳、マジで痺れました」

 フラットは彼女を怖がっているようだ。当然だろう。バゼット・フラガ・マクレミッツといえば、神代の宝具を現在に伝える|伝承保菌者《ゴッズ・ホルダー》にして、封印指定執行者だ。極限まで戦闘に特化した魔術師である彼女はこの聖杯戦争における最強のマスターと見て間違い無いだろう。

「私も改めて名乗っておきましょう」

 バゼットが言った。
 
「バゼット・フラガ・マクレミッツです。魔術協会より聖杯戦争の監視の任を受け、参上した次第です」
「聖杯戦争の調査って、どうして?」

 暢気な口調でフラットが問い掛けた。
 
「第三次、第四次における聖杯戦争の監督役を担っていた言峰璃正とその|息子《・・》の死。加えて、冬木の|管理人《セカンドオーナー》である遠坂家の断絶。本来、聖杯戦争を監視する役目を担っていた彼ら亡き後、第二次や第三次の時の様な事態になる事を協会が懸念したからです」

 もっともな話だ。管理人は間桐が引き継ぎ、監督役も聖堂教会の別人間が引き継いだらしいが、経験の浅い者に聖杯戦争という大儀式の監視者が勤まるかどうか、定かでは無い。協会が別途に監視者を用意したのも頷ける。
 それに、彼女がわざわざ姿を現し、この会議に参加した理由も分かった。聖杯戦争の監視を任じられた以上、発生したイレギュラーに対処するのも任務の内なのだろう。敵としては恐ろしい事この上無いが、目的を同じくする今は実に頼もしい。

「……いや、待て」

 思考を巡らせている内、無視できない違和感を感じた。
 
「言峰璃正の息子が死亡しているだと……?」
「ええ、彼は一年前に病を発症したとかで……」

 語りながら、自身の言葉が孕む矛盾にバゼットも気付いたらしい。
 言峰璃正の息子、即ち、言峰綺礼が既に死亡している。その事実を今の今まで忘れていた。
 
 「馬鹿な……」
 
 そんな事、あり得ない。万全を期す為、手に入る限りの情報を集め、頭に叩き込んだ。言峰綺礼の顔と素性を即座に一致させるくらいだ。
 
「待って! 綺礼が既に死んでいるって、どういう意味?」

 凛が声を荒げるが、構っている余裕が此方にも無い。
 
「そもそも、言峰綺礼が一年前に既に死んでいるなら、アレは何者だ?」

 ほんの数刻前に六体のサーヴァントを引き連れ、現れたのは間違いなく言峰綺礼だった。
 
「とうの昔に死亡している筈の人間がイレギュラーなサーヴァント達を引き連れ、聖杯戦争に参加している……」

 バゼットが目を見開きながら零すように呟いた。
 
「……裁定者殿」

 私はルーラーに視線を投げ掛け言った。
 
「私としては、これらの疑問の答えも貴女が示してくれる事を期待しているのだが」
「……正直、期待に応えられそうにありません」

 ルーラーは言った。
 
「私もまた、答えを求め、謎に挑む者の一人に過ぎないのです。ですが、まずは聞いて頂きたい。私の知り得る全ての情報を開示します。その上で、皆さんの知恵をお借りしたい」
「傾聴します。今はとにかく情報が欲しい」

 一も二も無く、バゼットが言った。私も同感だ。情報が何も無い現状では何も出来ない。真偽に関して、考えるのは情報を聞いた後だ。
 他の面々も異議を挟まず、ルーラーの言葉を待った。
 
「まず、大前提として聞いて欲しい事があります」

 一拍置いて、ルーラーは信じ難い言葉を口にした。
 
「この世界はループしています。この周回が何度目かは分かりませんが、ある一定の期間を繰り返しているのです」

 どうやら、此度の聖杯戦争は予想以上にとんでもない事になっているらしい。
 
 第四十四話「議論-HEATUP-②」

 あまりにも信じ難い内容故、私は情報の処理に難儀していた。
 ルーラーの語った内容は大まかに三つ。
 まず、前周回の大筋の顛末。サーヴァントの召喚順から始まり、各陣営の大まかな動向。そして、乖離剣という規格外の宝具の発動による世界の終焉。
 二つ目はこの周回で現在までに起きた出来事。言峰綺礼率いる六体のサーヴァントからの襲撃などだ。
 そして、三つ目はアーチャーのサーヴァント、ギルガメッシュの言葉。
 とりあえず分かった事は一つ。ルーラーは間違いなく、裁定者のサーヴァントである事だ。正直言うと、疑い半分だった。ただ、ルーラーというクラスを騙っているだけの存在である可能性を考えていたが、彼女はセイバーを含め、全てのサーヴァントの召喚のタイミングを知っていた。更には各サーヴァントの情報も全て承知していた。そんな事を知り得るのは特別な感知能力を与えられた裁定者のサーヴァントのみだ。

「……俄かには信じ難い話ですね」

 バゼットが言った。
 
「ですが、真実です」
「私の拠点をアーチャーが強襲した際に加担した事もか?」
「……そうです」

 不愉快な話だが、合点がいった。何故、アーチャーが私の拠点の場所を正確に知り得ていたのか、どうしても疑問だったのだが、よもや、裁定者がアーチャーに加担していたとはな。
 申し訳無さそうに俯くルーラーに苛立ちながら、私は視線をアーチャーに向けた。彼はルーラーの説明の間、終始無言だった。凛やアサシンは時折口添えをしていたにも関わらずだ。
 
「アーチャー。ルーラーの説明に関して、何か補足する事はあるかね?」
「……無い。我が語るべき事は全てルーラーが口にした。後は貴様等で真実を掴むのだな」

 既に真実を掴んでいるかのような口振りだ。
 
「つまり、答えは彼女の言葉の中にあると?」
「残る鍵は凛が握っている」

 それっきり、彼は何を聞いても答えを返さなくなった。
 とりあえず、問題なのはルーラーの言葉をどこまで信じていいのか、という点だ。私はセイバーに視線を投げ掛けた。すると、彼は大きく頷いた。
 
「ルーラーの言葉に嘘は無いだろう」

 セイバーの言葉には重みがある。嘗て、一つの国を纏め上げていた経験が彼に人の言葉の真偽を見抜く力を与えた。
 別段、そういうスキルがあるわけでは無いが、長年政治に携わってきた彼の言葉は信頼出来る。
 
「……なら、ルーラーの話を真実として、早々に議論を始めよう。黒幕の正体、死者である筈の言峰綺礼について、そして、あの六体のサーヴァントの正体。議論すべきものがとにかく多い」
「あの六体は前回の聖杯戦争に参加したサーヴァント達よ」
 
 答えたのは凛だ。
 
「本当か?」
「嘘なんか吐かないわ。間違いなく、彼らは第四次聖杯戦争の参加者よ」

 凛は六体のサーヴァントに関する詳細を事細やかに語った。どのサーヴァントも厄介という言葉では片付けられない英霊ばかりだ。
 もっとも、凛とルーラーの語りによれば、彼らは理性を失っているらしい。なら、セイバーの敵では無い。万が一、奴等が自らの理性を取り戻し、襲い掛かって来たなら苦戦を強いられるかもしれないが……。
 
「では、黒幕の正体について、議論するとしましょう」

 バゼットが音頭を取り、議論が開始した。
 
「ここまでの話の中で、何か気付いた点はありますか?」

 ルーラーが一同を見回しながら訪ねるが、生憎。私は未だ考えを纏めている最中だ。幾つか、気になった点はあるが、それを言葉にするにはもう少し時間が必要だ。
 私が黙っていると、バゼットが口を開いた。
 
「一つ、聞きたい事があるのですが」

 バゼットの視線はルーラーに向けられている。
 
「何ですか?」
「イリヤスフィール・V・E・衛宮のサーヴァントについてです。セイバーのクラスが重複しているだけなのかどうかをお聞かせ願いたい」
「……実を言うと、分からないのです」
「どういう事ですか?」

 分からないというのは妙な話だ。裁定者にはサーヴァントの情報を全て看破する事が出来るスキルが備わっている筈。
 
「前周回でイリヤさんのサーヴァントとライネスのサーヴァントの情報を私は読み取る事が出来なかったのです。なので、セイバーを自称していたイリヤさんのサーヴァントがセイバーで、ファーガスと名乗ったライネスのサーヴァントをイレギュラークラスだと……」
「まんまと騙されたわけだな。まあ、俺がクラスを偽った理由なら想像がつく。大方、既にセイバーを自称している奴が居たから、そいつを利用して自分のクラスの隠蔽に役立てたんだろう」

 セイバーが言った。
 なるほど、前周回では見事にステータスの隠蔽に成功していたわけだ。正直、計画通りにベオウルフを召喚出来るか不安だったから、少しでも手札を増やそうと用意した細工だったのだが、目論見通りに最強の英霊を召喚出来た事でほぼ用無しになっていた。
 苦労に苦労を重ねて作り上げた術式ではあったが、ベオウルフは真名を隠す必要が無い程強力な英霊だ。だから、アーチャーに細工を壊された時も特に落胆したりはしなかった。
 
「イリヤさんのサーヴァントに関して分かる事は真名がモードレッドであり、宝具が二つある事。そして、何らかのステータス隠蔽スキルがある事です。ある程度の隠蔽スキルなら突破して情報を閲覧出来るのですが、彼女のスキルはかなり高ランクのものらしい。もしかしたら、そういった能力を持つ宝具を所有していたのかもしれません」
「モードレッドか……。なるほど、少し見えてきたな」

 セイバーはニヤリと笑った。恐らく、私も似たような表情を浮かべている事だろう。
 改めて、イリヤスフィールのサーヴァントの真名を聞いた事が良いヒントになった。
 
「まさか、何か分かったの!?」

 本気で言ってるのだろうか? これだけの情報があれば、何も知らない子供にだって、ある程度の推察が出来る筈だ。

「とりあえず、黒幕の第一候補はイリヤスフィールと見ていいでしょう」

 バゼットは私が思いついた推論をそのまま口にした。

「待って! どうして、そう言えるの?」

 言ったのはまたしても凛だ。
 
「どうして? 何故、そのような事を聞くのですか? 貴女方の話を聞いた限り、彼女ほど怪しい人物は他に居ません」
「だから、その根拠を言えって言ってるのよ!」

 妙だ。何故、凛はバゼットに食って掛かっているのだろう。
 一番怪しい人物はイリヤスフィール・V・E・衛宮である。その事に異論は無い筈だ。
 バゼットは苛立たしげに溜息を零すと、渋々といった様子で根拠を並べ立てた。
 
「彼女が連れていた自称セイバーはセイバーでは無かった。加えて、残っているクラスはキャスターのみ」
「あのセイバーはキャスターだったって言うの?」

 驚いた。わざと言っているのかと思う程、的外れな発言だ。
 
「貴女が言ったのですよ? 前回のキャスター、モルガンは宝具として、己の子を召喚した、と」
「……まさか」

 呆れた。その事を一度も考えなかったのか、この女。
 
「この聖杯戦争に参加しているサーヴァントの内、クラスが分かっていないサーヴァントは一体のみ。そして、空いているクラスも一つだけ。とは言え、モードレッドはキャスターのクラスに該当しない。なら、話は簡単だ」

 私は漸く形となった言葉を口にした。
 
「イリヤスフィールが召喚したのはキャスターのサーヴァント、モルガンだ。それなら、全ての辻褄が合う。そして、奴がキャスターのマスターである事を踏まえた上で黒幕の正体を考えてみると、答えは明白だ」
「イ、イリヤがキャスターを召喚したかなんて分からないじゃない! それに、仮にキャスターを召喚してたとして、それが何なの?」

 いい加減、少しおかしい。ここまで言えば誰だろうと答えに辿り着ける筈だ。にも関わらず、まるで凛は答えに辿り着く事を拒絶しているかのようだ。
 このままでは議論が進まない。一度中断しよう。
 
「一つ聞かせてくれないか? 遠坂凛。君は何故、そんなにもイリヤスフィールが黒幕であるという考えを拒絶するんだ?」
「わ、私は別に……」
「拒絶しているだろう。正直、君の反応には苛々してくる。君自身、既に答えに辿り着いているんじゃないか?」
「そんな事……」
「あ、あのさ!」

 凛が答えに逡巡していると、唐突にフラットが挙手をした。一同の視線が彼に向かう。
 
「その、何て言えばいいのか分からないんだけど、俺も違う気がするんだ」
「……は?」
「その……、イリヤちゃんって子に会った事なんて、一度も無い筈なんだけど、その子は絶対にこんな事をする子じゃないって気がするんだ。皆を閉じ込めて、弄ぶみたいな事をする子じゃないって……」

 フラットは自信無さ気に言った。
 
「会った事も無い人間の事をどうして君に分かるんだ?」

 馬鹿馬鹿しい。凛に続き、フラットまで訳の分からない事を言い出すとは、先が思い遣られる。
 
「……分かるんだ。どうしてか、分からないんだけど。イリヤちゃんはそんな事しない。だって、あの子は――――」

 不意にフラットの様子がおかしくなった。顔を俯かせ、肩を震わせ、一筋の涙を流した。突然の事に彼のサーヴァントが慌てた様子で彼の涙を拭う。
 
「――――あれ?」

 涙を拭われて、初めて自分が涙を流した事に気付いた様子だ。

「どうしたの、フラット?」
 
 心配そうに見つめる己のサーヴァントに「大丈夫」と声を掛けながら、フラットは顔を上げた。
 酷く困惑している。まるで、迷い子のような顔だ。
 
「なんか、一瞬だけど、変な光景が浮かんだ」
「変な光景……?」
「うん……」

 フラットは歯切れの悪い口調で言った。
 
「知らない女の子と一緒に居た。多分、橋の下の公園だと思う。でも、俺、そんな事した記憶が無いんだ」

 そう言うと、フラットはハッとした表情を浮かべ、凛に問い掛けた。
 
「ねえ、イリヤちゃんって、白い髪の女の子かい?」
「え、ええ、そうよ」
「じゃ、じゃあ、あの小さな女の子が……」
「小さな……?」
「俺、イリヤちゃんと会った事がある? でも、俺、ここに来てから一度も……」
「待って、フラット。小さな女の子って、どういう事?」
「え? いや、このくらいの女の子だったんだよ」

 フラットは立ち上がると、自分の腰よりも少し高いくらいの場所を手で示した。
 
「なら、その子はイリヤじゃないわ」
「え?」
「だって、イリヤは私よりも少し背が高いくらいだったわ。その子は多分、バーサーカーのマスターのクロエよ」
「クロエ……?」

 あまりにもあやふやな話だが、記憶に齟齬が生じているのは彼だけでは無い。私も言峰綺礼について、忘却していた部分があった。
 そう言えば、ルーラーが語った中に、この箱庭を作った黒幕が私達の記憶を弄った可能性があるとあった。聖杯戦争開始から終了までの記憶を消去されている、と。

「もしかすると、それは一週目の記憶なんじゃないか?」

 私が思い至った結論をセイバーが先に口にした。
 
「一週目の?」
「どうして、思い出したのかは分からんが、その可能性が一番高いだろう。ひょっとすると、お前はイリヤスフィールってのと一週目で深い関係にあったんじゃないか? だから、無意識にその女を庇う発言が飛び出した。遠坂凛、お前にも同じ事が言えるかもしれん」

 フラットと凛は驚いたような表情を浮かべ、互いを見合った。
 
「アーチャーが言ってただろ?」

 セイバーは凛に対して言った。
 
「お前が前周回でアーチャーの別の側面を召喚してしまったのは、お前の無意識が聖杯戦争開始時と終了後で変化していたからだ、と。つまり、無意識に関しては一週目の聖杯戦争で起きた出来事が焼き付いているわけだ。その光景は恐らく、無意識に刻み込まれた光景なのかもしれん」
「でも、今の光景に映った女の子は……」
「さすがに詳しい事までは分からん。これはあくまでも推察に過ぎないからな」

 少し光明が見えた気がする。
 未だ、推論に過ぎないが、記憶の封印が意識のみに作用していて、無意識に関しては作用していないのだとすれば、そこから一週目の記憶を呼び起こす事が出来るかもしれない。後で、試してみる価値はある。
 
「……とりあえず、さっさと議論を進めよう。色々、やるべき事も見えてきたしな」

 私が言うと、凛とフラットも小さく頷いた。
 
「話を戻すぞ。イリヤスフィールがキャスターを召喚したと踏まえた上で皆に一つ質問がある」
「質問?」
「簡単な質問だ。君達の中に汚染された聖杯を使用した上で、箱庭世界を作り、時間をループさせ、その状況を維持する為のシステムを構築出来ると自信を持って言える者は居るか?」

 誰も頷かない。当たり前だ。こんな大それた事が現代の魔術師に出来る筈が無い。
 
「じゃあ、まさか……」
「これが根拠だよ、凛。こんな世界を創れるとすれば、それは――――、稀代の魔女、モルガンのような英霊の座に至る程の天才的魔術師でなければ不可能だ」

 反応は人それぞれだった。バゼットは元々、この結論に辿り着いていたらしく、冷静そのもの。反対に凛とフラット、それにルーラーは愕然とした表情を浮かべている。
 
「――――と、これがイリヤスフィールのサーヴァントがキャスターであった場合に導き出される結論だ」
「……え?」
 
 凛がポカンとした表情を浮かべている。
 
「もう一つ、考えるべき可能性がある。イリヤスフィールのサーヴァントがモルガンではなく、モードレッドであり、単なるイレギュラークラスだった場合だ。その場合、黒幕の候補がもう一人居る」
「だ、誰?」
「さっき、お前の口から出た奴だ。クロエ・フォン・アインツベルン。奴にもこの状況を作る方法がある。まあ、ソレはイリヤスフィールにも言える事だが――――」
「方法って?」
「夢幻召喚だ。ほら、言峰が連れていたサーヴァントは六体だっただろう?」
「あ……」

 気付いたらしい。呆れる鈍さだが、恐らく、無意識にイリヤスフィールを庇っているせいだろう。一週目で随分と彼女達は深い関係を結んだらしい。
 
「あの場に居なかったサーヴァントはキャスター。即ち、モルガンだ。奴が居なかった理由が夢幻召喚によって、誰かに憑依していたが故だったら、どうだ?」
「……じゃあ、黒幕は――――」
「夢幻召喚が可能であるクロエかイリヤスフィール。その二人のどちらかに絞られる」

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