第十一話「イレギュラー」

 冬木ハイアットホテルの一室に私達は案内された。部屋の大きさや間取りは私達の部屋とほぼ一緒だった。
 フラット――呼び捨てでいいと言われた――は部屋に入ると直ぐにパーティーの準備を始めた。ソファーとテーブルを部屋の中央に運び、ジュースやビール、ワインを大量に並べた。

「おい、小僧。ツマミは無いのか?」
「勿論、ありますよ!」

 ランサーはさっさとソファーに座ると手近にあったビールを飲み始めた。

「ッカー! 現代のビールは美味いな!!」

 一気に飲み干してランサーは満面の笑みを浮かべながら言った。

「おい、セイバー! お前も飲めよ!」
「あ? どうして、オレがお前なんかと……」
 
 こっちを見ずに手招きするランサーにセイバーは苛々した口調で言った。
 すると、ランサーは怪訝な表情を浮かべた。

「いや、お前じゃねーよ。俺はセイバーに言ってんだよ」
「だから、オレに言ってんじゃねーか」
「だから、違うっつーの! 俺はセイバーに!」
「だから、俺がセイバーだっての!」
「……あれ?」

 話が噛み合ってない。セイバーとランサーも気付いたらしく、首を捻っている。

「えっと、お前がセイバーなのか?」
「お、おう」
「なら、えっと、お前は何のクラスなんだ?」

 ランサーが問を投げかけたのは彼とさっきまで死闘を繰り広げていた巨躯の英霊。
 彼は難しい顔をしながら「すまん」と頭を下げた。

「マスターから絶対に名乗るなって厳命されちまってな。いや、ライダーが名乗ったからには俺もと思ったんだが……」
「クラスもか?」
「ああ、言ったらお仕置きだとよ」

 カカッと笑いながら彼もビールに口をつけ始めた。

「ま、俺の事は『ファーガス』とでも呼んでくれ。マスターがつけた便宜上のもんだがな。勇者って意味らしい」
「ッハ、さてはお前のマスター、女だな?」
「御名答。ちょいっとちっこいが、良い女だぜ。まあ、個人的にはもう少し胸がデカい方がいいんだがな」

 ファーガスとランサーは早速盛り上がっている。さっきまで殺し合っていたとは思えないくらい和気藹々としている。
 その間、フラットはいそいそとツマミを用意している。大きなテーブルにはポテトが山盛り。

「おいおい、ポテトばっかかよ!?」

 ランサーが早速愚痴を零してる。

「え? ポテト美味いじゃないッスか!?」
「折角、この時代に来たっつーのに、カップラーメンばっかで、漸く美味い飯にありつけるかとこっちは期待してたんだぞ!!」

 何だかよく分からないけど、ランサーってば、駄々っ子みたい。

「えっと、じゃあ、ルームサービスでも頼んでみますか?」
「お、なんだソレ?」
「えっとですねー」

 フラットがルームサービスについて説明を始めると、ランサーとファーガスは熱心に聞き入り始めた。

「あ、それだったら、ボク、パフェ食べたい!」
「あ、私もパフェ食べたい!」
「おい、イリヤ! 敵地なんだから、勝手に動くな!」

 ガーッと怒鳴るセイバーを尻目に私はライダーと一緒にパフェを選び始めた。
 チョコレートもいいけど、イチコも食べてみたい。

「ねね、これなんかいいんじゃない?」

 ライダーはスペシャルミックスパフェなる巨大なパフェの写真を指差した。
 さすが伝説にその名を遺す英雄様だわ。お目が高いわね!

「フラット! ボク、これ!」
「私も!」
「イリヤァァアア!!」

 殴られた。グーで頭を殴られた。
 痛い……。

第十一話「イレギュラー」

「何するのよー!」

 涙目になりながら抗議すると、セイバーは私の両肩を掴むと揺さぶりながら怒鳴り始めた。

「何するのよーじゃねー!! ここは敵地だっつってんだろーが!! いい加減、そのお花畑の脳味噌に危機感っつーのを植え込んで来い!!」
「お、お花畑じゃないもん!!」
「ないもんじゃねーよ!! お前は命狙われる立場だっつーのをいい加減理解しろ!!」
「ちょ、やめて、目が回る……」

 体を上下に揺さぶられて段々気持ち悪くなって来た。
 
「おいおい、その辺にしとけよ、セイバー」

 ランサーが助け舟を出してくれた。

「んな騒いでねーで、こっち来て一杯どうだ?」
「いらねーよ!! ってか、何でそんな馴染んでんだよ!?」

 良かった。怒りの矛先がランサーに向いた。
 
「ねね、クロエ! クロエはどのパフェがいい?」
「貴女、ちょっとは反省しなさいよ……。セイバーがさすがにちょっと哀れだわ」

 クロエは呆れたように言った。
 やっぱりだ。初めて会った時から思ってた事だけど、クロエは凄く良い子だ。人の事をちゃんと思い遣れて、憎んでる人の事も懸命に許そうとする。私の事も彼女は必死に許そうとしていた。だから、さっきも許せないと言った時、彼女の顔に浮かんだのは憎悪でも憤怒でも無く、哀しみだった。
 彼女が憎しみの心を晴らせずにいるのは、それだけの事を私達はしてしまったからだ。自分達の幸福の為に生贄にした。その罪深さに押し潰されそうになる。

「クロエ。このパフェなんてどうかな?」
「……話聞きなさいよ。まったく、パフェなんて……このスペシャルミックスでいいわ」
「うん! いっぱい食べようね!」

 彼女に許してもらいたい。そんな事、思う事すら許されない。そんな事は分かってる。それでも、彼女に許してもらいたい。
 そして、願わくば、一緒に居たい。一度は敵対し、今に至るまでに交流らしい交流なんて無かった。なのに、私はこの子の事が凄く気になっている。
 
「……ねえ、イリヤ」
「なーに?」
「幸せだった?」

 その質問の意図が何かは分からなかった。
 枕詞に『私を生贄にした人生は』とかが付いてたかもしれない。
 でも、私は何も考えず、正直な言葉で答えた。
 だって、彼女に嘘はつきたくない。彼女に対して、これ以上罪は重ねたくない。不義理な真似や不誠実な対応なんて、絶対にしたくない。

「……うん。幸せだよ。昔も今もずっと幸せ」
「そっか……」
「うん……」

 クロエは怒りもせず、笑いもせず、ただ、小さく頷くだけだった。
 しばらくして、ルームサービスが届いた。私はクロエとライダー、そして、セイバーと一緒にパフェを突っついている。
 ちなみに、フラットはランサーやファーガスと盛り上がってる。フラットは本当に彼らと友達になりたいんだ。彼の表情の明るさが彼の誠実さを表している。ランサーやファーガスも同じ事を感じたのだろう。だから、彼を敵マスターであるにも関わらず、受け入れている。さっきは変態だとか失礼な事を言ってしまったけど、今では彼に魅力を感じてる。
 自分のやりたい事に真っ直ぐな人は素敵だと思う。

「このパフェ、最高に美味しいねー!」

 ライダーが瞳を輝かせながらパフェをつまんでいる。彼女とフラットはとてもよく似ている気がする。たしか、アストルフォって名前だったっけ。
 どんな英雄なんだろう。気になってうずうずしていると、隣でクロエがクスリと笑った。

「なになに? どうしたの?」

 彼女の一挙一動が気になり、彼女の笑った理由がどうしても知りたくなった。
 私が問い掛けると、クロエはセイバーを見つめていた。

「あれだけ言ってたのに、結局自分も頼んでるんだもの。セイバーったら、可愛いわね」
「う、うるせぇ!! お前等が好き勝手やってるからだ!! もう、オレだってパフェくらい喰ってやる!!」

 顔を真っ赤にしながら怒鳴ると、セイバーはパフェをがっつき始めた。すると、突然スプーンの動きを止め、頬を緩ませた。

「お、美味しい」

 可愛いわね。再びがっつき始めるセイバーにちょっとキュンとしてしまった。
 いつもは堅物だけど優しいセイバーが見せる可愛さ。これがギャップ萌えって奴なのかしら。美々なら詳しい筈。そうだ。後で電話しよう。いきなり行方を眩ませて、きっと心配してる筈だわ。

「イ、イリヤ、これをその……」

 セイバーがつんつんと私の腕を突っついて来る。どうしたんだろう。
 彼女の方に顔を向けると、彼女は恥ずかしそうに自分のパフェの容器を指差した。
 中身は空っぽ。

「ああ、新しいのね。次も同じのにする?」
「いや、次はこのチョコミントで……」

 セイバー、口にクリームがくっついてる。
 私はひょいっとセイバーの口元を指で拭って、そのままクリームを舐めた。

「な、おま、何をして!!」

 顔を真っ赤にしてる。映画とかでよく見る光景だから真似してみたけど、同性にも効果は抜群らしい。
 
「とりあえず、セイバーはチョコミントね。ライダーはどうする?」
「ボクはイチゴのにするよ」

 ライダーもいつの間にか容器を空にしていた。

「クロエは?」
「私のはまだ半分くらい残ってるわ」
「でも、直ぐに食べ切れるでしょ?」
「……まあね。じゃあ、このオレンジのをお願い」
「うん! 分かった!」

 彼女が応えてくれるのが嬉しい。ついつい口元が緩んじゃう。
 クロエはそんな私を呆れたように見ている。いかんいかん。しっかり威厳を持たないと。
 いつか、一緒に暮らせるようになったら、しっかりしたお姉ちゃんになるんだ。
 そう、いつか一緒に暮らす。そして、彼女を幸せにする。絶対に……。

「イリヤ……?」

 セイバーの声にハッとなった。

「大丈夫か? ボーっとしてたけどよ」
「あ、うん。大丈夫! ちょっと、買い物とかの疲れが出ちゃったみたい。注文の電話してくるね!」
「お、おう」

 宴は数時間に渡って続いた。主催者であるフラットはとうの昔に酔い潰れ、彼を酔い潰した当人達は肩を組みながらビールを飲み続けている。
 どんだけ仲良くなってんのよ……。

「で、ボクはヒッポグリフに乗って月に行ったのさ」

 ちなみに、私達はアストルフォの武勇伝に耳を傾けていた。彼女は惜しみなく自分の経験を私達に語り聞かせてくれた。
 ちょっと愉快で胸躍る大冒険の数々。それを物語の主人公が自分で語ってくれる。こんな経験は滅多に無い。っていうか、普通なら絶対にあり得ない。
 フラットの気持ちが今では凄く良く分かる。
 何でも願いの叶う聖杯も魅力的だけど、それ以前に過去に名を馳せた英霊と出会える事自体、途方も無く素晴らしい事だわ。時代や国の違いを超えて、今ここに彼らは居る。
 
「さて、そろそろ解散にすっか?」

 アストルフォの話が終わるとランサーが言った。
 どうやら、彼らも彼女の話に耳を傾けていたらしい。
 彼は立ち上がると、フラットの頬をペシペシと叩いた。
 フラットが大きな欠伸をしながら起きるのを確認すると、私達が居るにも関わらず、彼は言った。

「今宵の宴は実に楽しかったぜ、ライダーのマスター」
「えっと、って、あ! す、すんません! 俺、寝ちゃって……」
「ッハ! 敵サーヴァントの居る場で眠りこけられるテメェは大物だ」

 そう言って、口元に笑みを浮かべると、彼は言った。

「俺の名はクー・フーリンだ」

 まるで、世間話の延長のように彼は名乗った。
 真名を隠すのが聖杯戦争の常識だとセイバーやパパが言っていた。にも関わらず、彼は言った。

「後でマスターにどやされるな、こりゃ」

 ククッと笑いながら彼は言う。
 つまり、彼の今の名乗りはマスターの意に背いての行動だったわけだ。

「えっと、どうして……」

 フラットは驚いた顔をしている。

「友達になりてーんだろ?」
「は、はい!」
「だが、俺とお前は敵同士だ」
「で、でも!」
「……だから、この名を覚えておけ。死んだ後なのか、聖杯戦争を勝ち抜いた後なのか分からんが、戦いが終わった後、この名はお前の友人となる」
「……へ?」

 ランサーは笑って言った。

「お前のトンでもねーバカさ加減とか、気に入ったって事だ。ダチになってもいいってくらいにな」
「お、おお!! おおおおお!!」

 フラットはライダーに顔を向けた。

「や、やったぜ、ライダー!! 友達、四人目ゲットだ!!」
「やったね、マスター!!」

 言われたライダーも凄く嬉しそう。まるで、自分の事のように喜んでいる。
 二人の微笑ましいやり取りに私も思わず頬が緩んだ。
 すると、セイバーが鋭い声でフラットに言った。

「おい、四人目ってのはどういう事だ?」
「え? だから、ライダーとイリヤちゃんとセイバーちゃんとランサーさんで四人」

 知らない内に友達になってた。いや、別にいいんだけど……。

「ふざけんな!! お前みたいな奴と友達なんざ冗談じゃねー!!」
「ええ!? 一緒にパンツやブラジャーを選んだ中じゃないッスか!?」
「誤解招く言い方やめろ!!」
「おいおい、フラット! やるじゃねーか!」
「ちげーっつってんだろ!!」

 最後まで締まらないわね。
 でも、正直な話、私はこの宴が凄く楽しかった。ライダーやクロエとも少し仲良くなれた気がするし、ランサーやファーガスが恐ろしい怪物じゃなくなった。
 来て良かったと思う。

「あ、そうだ、イリヤちゃん!」
「何ですか?」
  
 帰り支度をしていると、フラットが声を掛けて来た。
 何だろう。首を傾げると、フラットは言った。

「こうして出会えたのも何か凄く運命的な気がするんだ!! だからさ――――」

 彼は満面の笑顔で言った。

「俺と付き合ってよ!」

 空気が凍り付いた。
 それまで騒がしく喧嘩していたセイバー達までが凍り付いている。
 クロエに至っては持ってたパフェの容器を落としてしまった。

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!!」

 いち早く再起動を果たしたセイバーが私達の間に割り込んで来た。

「な、何いきなり人のマスターに!! ってか、お前にはライダーが居るだろ!! お前等お似合いだよ!! そいつと結婚しとけ!! とりあえず、イリヤに近寄るな!!」

 セイバーがガーッと怒鳴ると、ライダーは困ったように言った。

「でも、ボクは男だしねー」
「……え?」

 再び空気が凍った。セイバーは口をポカンと開けたままライダーを上から下まで眺め回した。

「……え?」

 ランサーやファーガスも目を丸くしている。
 え、嘘でしょ? え、この可愛さで男って、嘘でしょ?

「いやいや、嘘だろ!!」

 ランサーが叫ぶと、フラットが言った。

「いや、本当ッスよ。俺、この目で見たッスもん」

 また空気が凍り付いた。
 今度はクロエがドン引きした顔で言った。

「み、見たの?」
「信じられないから脱がしてみたッス!」

 私が彼に築いて来た信頼感が崩れていく。
 
「……ねえ、フラット」
「なんスか? っというより、どうッスか? 俺とお付き合い……」
「それより先に聞きたいんだけどさ」
「え?」
「貴方……、ランジェリーショップでライダーのノーパンに鼻息荒くしてたわよね?」
「はい!」

 自信満々に応えるフラットからクロエが思いっきり離れた。
 うん。それで正解。私はクロエを背中に庇う立ち位置に移動しながら言った。

「つまり、貴方、男のノーパンの鼻息荒くしてたって事?」
「はい!」

 清々しい笑顔で答えるフラットにランサーが顔を大いに引き攣らせた。

「おい、名前返せ」
「え?」
「お前に渡した俺の名前返せ、この野郎!!」
「ええ!? 嫌ですよ!! 帰ったらみんなにクー・フーリンと友達になったんだって自慢しまくるんですから!!」
「ふっざけんな!! テメェみたいな変態と友達になったとか、広められてたまるか!!」
「ええ!? オレは変態なんかじゃ無いッスよ!!」
「変態だろうが!! 百歩譲って、男に惚れるのは良いがな、野郎のノーパンってのに反応する奴は間違いなく変態だ!!」
「そんな!? 誤解です!!」
「誤解じゃねーだろ!!」

 やっぱり、あの人変態だわ。
 
「ラ、ライダー!! 誤解を解いてくれ!!」

 フラットが泣きながらライダーに駆け寄った。すると、

「え、ごめん。君、誰?」

 知らない人の振りをし始めた。
 
「っていうか、マジなのか? お前、男?」
「だから、そうだってば。史実でもちゃんと男ってなってるでしょ?」
「いや、そうだけど……」

 セイバーが食い下がってる。よっぽど信じ難いみたい。無理も無いわ。
 私も未だにちょっと信じられずに居るもの。
 って、あれ? ライダーが男だとすると、もしかして、

「セイバーも実は男だったりする?」
「……は?」

 セイバーを始め、全員が私に顔を向けてきた。

「だって、セイバーも史実だと男の人だったし……」

 私が疑いの眼差しを向けると、セイバーは思いっきり腕を振り上げて私の頭を殴った。
 涙が出る程痛い。

「お前はオレの裸をガッチリ見ただろうが!!」
「……え?」

 セイバーの発言に再び辺りが凍り付いた。

「えっと、君達ってそういう仲なの?」

 ライダーがドキドキした様子で聞いて来る。
 あ、セイバーが顔を真っ赤にして爆発寸前だ。

「お前等そこに直れ!! もう、全員纏めてぶっ殺す!!」

 やばい、本気でキレちゃったみたい。セイバーは己の剣を出現させると、膨大な魔力を練り始めた。
 待ってよ。こんな場所でソレを放たれた冗談じゃ済まないわ。
 ランサー達の表情も一転して険しいものとなった。

「セイバー。|ソ《・》|レ《・》を構えるって事がどういう事か、分かってるよな?」

 ファーガスが自身の剣を顕現させながら問い掛ける。

「ああ、分かってるさ。こんなクソみたいな茶番に付き合ったオレが馬鹿だったぜ。一人残らず、この場でぶち殺す。覚悟はいいな!?」
「なら、こっちも抜かせてもらうぜ?」

 ランサーも真紅の槍を顕現させた。
 宴の場は一転して死臭漂う戦場に変貌した。
 あまりの急展開に私は動転して咄嗟に動けなかった。

「死ね!! |クラ《我が》――――」
「お待ちなさい」

 セイバーが宝具の真名を口にしようとした瞬間、動き出した二騎の英霊を真紅の布が縛りつけた。
 そして、同時にセイバーの体を真紅の雷が奔り、彼女の動きを止めた。

「な、なんだ、貴様!!」

 そこには明らかに時代錯誤な鎧を身に纏う少女が立っていた。

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