聖杯戦争の真っ最中とはいえ、昼間はさすがに平和なものだ。道行く人々もこの街で起きている『異変』に気付いていない。
子供達は幼稚園や学校に向かい、大人達は職場に向かって歩いている。本当なら、私も学校に向かって歩いている筈の時間帯。
ここ数日、バーサーカーと戦ったり、変態と遭遇したり、ランサーとファーガスの戦いを観戦したり、パーティーでドンチャン騒ぎしたりと目紛るしい展開の連続で気にする余裕が無かったけど、私って、今現在進行形で受験生なのよね……。
しかも、センター試験まで半月も無い状況。正直言って、『|聖杯戦争《こんなこと》』してる場合じゃない。登校中らしき高校生の男の子が必死に単語帳と睨めっこしている姿を見て、その事を思い出し、私は血の気が引いた。
一浪するなんて冗談じゃない。これでも志望校に受かる為に必死に勉強して来たんだ。カラオケに行きたいのを我慢して、ゲームをプレイするのを我慢して、アニメを録画だけして観るのを我慢して、只管机に向かい続けて勉強三昧の毎日を送って来たんだ。それもこれも、良い大学に入って、サークルとか入って、充実したキャンバスライフを送り、良い会社に就職して、イケメンを捕まえて、そんでもって、結婚して子供作って……っていう、人生プラン達成の為だ。
「……セイバー」
私は後ろから付いて来るセイバーに視線を向けた。
「どうした? まさか、敵か!?」
「じゃなくて、本屋さんに行くわよ!」
「……は?」
パパが言うには、この聖杯戦争の聖杯は穢れているらしい。
下手をすると、世界を滅ぼす可能性すらあるとの事。
そう、私は世界を救わないといけないわけだ。それは分かる。
でも、世界を救わないといけないのと同じくらい、私の将来も守らないといけないわけよ。
第十五話「参上、嵐を呼ぶ女」
「なあ、イリヤ」
「なにかしら?」
私は必死にオレンジ色の背表紙に指を沿わせ、志望校の名前を探している。
一応、第三志望までと滑り止めの学校の赤本を手に取り、参考書コーナーに向かう。
「お前、何してるんだ?」
「何って、見てわからない? 大学受験用の参考書を買ってるのよ」
「……大学受験って、何だ?」
セイバーに軽く説明しながら、いつも使っている参考書を探していると、いきなりセイバーに殴られた。
非常に痛いけど、参考書と赤本を持ってるせいで頭を抑えられない。
「何するのよ!?」
「何するのよ、じゃねー!! 自分の立場を弁えろって、何回言わせる気だ!!」
「分かってるから、焦ってるんじゃないの!!」
「なっ!?」
今回ばかりは引いてられない。確かに、命懸けの戦いなんだから、セイバーの言い分も分かる。
彼女にしてみれば、大学受験に頭を悩ませるなんて愚かに映るのかもしれない。
でも、私にとっては大切な事なんだ。大学受験っていうのは、人生の一つの岐路なのだ。
受験に失敗したら、今後の人生が大きく変わってしまう。
「聖杯戦争が大事なのは分かるわよ!! でも、私には受験戦争も大事なの!! ぶっちゃけ、聖杯戦争よりも大事なの!!」
「なっ!?」
だって、一浪なんてしたら、仮に来年、大学に受かったとしても、周りが一歳年下ばかりになるのだ。
もしかしたら、他にも浪人生が居るかもしれないけど、大半は現役で受かった人達ばかりの筈。
たかが一歳差。されど、一歳差だ。
サークルに入っても、同い年の子達は先輩で、私は年下の子と同じ扱いを受ける事になる。そんなの嫌よ。
「私は現役で合格したいの!! センター試験まで時間も無いし、のんびりしてられないのよ!! 戦ってりゃ良いって時代じゃないのよ!!」
「なっ!?」
私は見つけ出した参考書をセイバーに押し付けると、外国語のコーナーに向かった。残るは英語の参考書だけだ。
英語は人並み以上に出来るつもりだけど、だからと言って、手は抜けない。
「えっと、あれは……」
背表紙に指を沿わせながら捜していると、奇妙な唸り声が聞こえた。
何だろうと思い、声の方に首を曲げると、一人の女の子が参考書を手に唸っていた。
着ているのは黒のアンサンブル。ボレロが可愛い。
「……分かんない」
ぽつりと呟くと、少女は薄っすらと目に涙を溜めた。
「えっと、大丈夫……?」
思わず声を掛けると、少女は驚いたように私を見た。
どうやら、参考書に集中していて、隣に居た私に気付いていなかったみたい。
少女は動転した様子で私を指差すと、
「セ、セイバーのマスター!?」
と叫んだ。
「……え?」
「……あ!」
少女はしまった、という顔をして、慌てて口をもごもごさせた。
そんな少女と私の間にセイバーがサッと身を割り込ませた。
「後退ってろ、イリヤ」
セイバーはいつの間にか鎧姿に変身していた。
何だか、凄くデジャブを感じる。
「なっ!? え、えっと、アーチャー!!」
私がセイバーのマスターである事を見抜いた時点で、少なくとも魔術関係者だとは思ったけど、どうやら、この少女はアーチャーのマスターらしい。
セイバーは剣を顕現させ、周囲を警戒した。私もいつサーヴァントが現れても良いように身構えた。
けれど、いつまで経ってもアーチャーは姿を現さない。
「あ、あれ? おかしいな……。ア、アーチャー!!」
……来ない。
「ちょ、ちょっと、アーチャー!? なんで、来ないの!?」
どうしよう、段々可哀想になって来た。
セイバーも困ったように少女を見つめている。
「……どうやら、来ないようだな。なら、令呪を使われる前に首を切り落としてやる」
「ちょ、ちょっと、セイバー!?」
大きく剣を振り被るセイバーを慌てて羽交い絞めにする。
「な、何してんだ、イリヤ!?」
「そ、それはこっちの台詞よ!! いきなり、アンタ、その子に何しようとしてんのよ!?」
「何って、こいつは敵だぞ! どういう訳か、サーヴァントが傍に居ない。なら、この好機を逃す手は無い。難なくマスターを一人脱落させられるんだからな」
「って、そんな説明で納得出来るとでも思ってるの!?」
「いい加減にしろ、イリヤ!! これはお前の好きなゲームじゃないんだ!! 命の奪い合いなんだぞ!! この戦いで勝つって事は相手を殺すって事だ。んで、負けるって事は相手に殺されるって事なんだ。いい加減、それをちゃんと理解しろ!!」
「と、とにかく、人殺しなんて駄目に決まってるでしょ!!」
「だから、これは殺し合いなんだ!! こっちも殺すし、向こうも殺す。人殺しが駄目、なんて意見は通らないんだよ!!」
痛い。セイバーに振り払われた拍子にお尻を地面にぶつけてしまった。
息が詰まってしまい、咄嗟に動けなかった。
セイバーが剣を大きく振り被っている。
「待って!! 私、令呪を持ってないの!!」
「……あ?」
剣が振り下ろされる寸前、少女が叫ぶように言った。
袖を捲り、両腕が見えるようにしている。
「ほ、ほら、無いでしょ?」
「……どっかに隠してるんだろ。無駄な足掻きだ。見苦しいぜ」
今度こそ、セイバーの腕が振り下ろされた。
目の前の少女が殺される。そう思った瞬間、私の体は漸く動いた。
「止めなさい、セイバー!!」
間一髪、セイバーと少女の間に体を滑り込ませる事が出来た。
「なっ、イリヤ!? どういうつもりだ……?」
寸前で止められた剣に身を竦ませていると、怒りに満ちたセイバーの声が轟いた。セイバーは今まで見た事の無い敵意に満ちた表情を私に向けていた。
分かってる。セイバーにとって、敵マスターを殺す事は当たり前の事。それが聖杯戦争のルールなのだから。
それをこのような形で止められるのは意に沿わない事なのだろう。
彼女の瞳には私が裏切り者として映っているのかもしれない。
でも、
「……人を殺すなんて、イヤ」
私は言った。
聖杯戦争は紛れも無い戦争であり、戦争とは人と人とが殺し合うもの。そんな事は分かってる。
でも、それと同じくらい、人を殺す事が悪い事だって事も分かってる。
「イリヤ……。そんな甘い考えは捨てろ。って、これを何回言わせる気なんだ?」
セイバーの声に苛立ちが混じっている。
当然だろう。彼女は召喚されてから今に至るまで、幾度も私に譲歩してくれた。
けど、人の我慢には限界がある。遂に彼女の我慢が限界を迎えたのだろう。
それでも、私は敢えて撤回しない。
「人を殺すって事がどういう事か、セイバーは分かってるの?」
「……あ?」
正直言って、私だって分かってるとは言い難い。
でも、想像する事は出来る。人を殺す事じゃない。人が死ぬ事でどうなるかって事。
「人が死ぬって、辛い事なんだよ?」
「……お前」
「戦争で人が死ぬ。当たり前の事かもしれないけどさ……。その当たり前の中で死んでいった人達にも家族や友達は居るんだよ?」
もし、友達やパパやママやセイバーが死んだら、私は哀しむと思う。辛くて、苦しくて、耐えられなくなるかもしれない。
誰か一人が死んだだけで、世界は一変してしまう。
「なら、どうするってんだ?」
セイバーの冷ややかな眼差しに体が竦みそうになる。
「……人を殺したくない。それはオレだって分からないでもない。散々、敵や身内を殺しまくって来たオレの言葉なんか、当てにならないと思うだろうが、オレだって、人を殺す重みは知ってるつもりだ」
けどな、とセイバーは言った。
「殺さなきゃ、お前が死ぬんだ。オレも死ぬ。聖杯が本当に穢れているのなら、大勢の人間が死ぬ。それも分かるよな?」
諭すような口調。
突き放されると思った。こんな、我侭ばっかり言う私にいい加減、愛想が尽きたんだと思った。
けれど、セイバーの顔は徐々に哀れむような表情に変わった。
「……分かったよ」
「セイバー……?」
「お前がマスターを殺したくないって言うなら、殺さない。けど、サーヴァントに関しては別だぞ」
「……セイバー」
「サーヴァントは既に死者だ。オレも含めてな。たまたま、こうして、生者の振りを出来ているが、結局は過去の亡霊に過ぎないんだ。だから、殺すと思わなくていい。死ぬと思わなくていい」
セイバーは甲冑姿から元のワンピース姿に戻った。
「結局、オレ達はこの現代に存在しちゃいけない者なんだろうな。お前を見てると、つくづくそう思う」
セイバーはしみじみと言った。
「オレが生きた時代は殺し殺される事が当たり前になってたんだ。お前みたいに、人を殺すのは悪い事だ、なんて断言出来る人間は殆ど居なかった。でも、現代は違うんだろうな」
セイバーは書店の窓の外を見つめた。
「きっと、あそこを歩いてる男も女もイリヤと同じように、人を殺すのはいけない事だって、確信を持ってるんだろうな。ちょっと、羨ましいよ」
「セイバー」
「おいおい……」
セイバーは私の頬に手を当てた。
「泣くなって。そういう時代が嘗てあったって話なだけだ」
涙は無意識だった。止め処なく溢れて来る。
セイバーは小さく溜息を零した。
「っま、ちょっと難易度は上がるが、どうって事無い。要は、サーヴァントを一人残らず倒し尽くせばいいだけだ。何の問題も無い」
「セイバー……」
「安心しな、イリヤ。オレは最強だ。誰にも負けない。必ず、お前を守り切って、勝ち抜いて、勝利させる」
「……ごめんね。我侭ばっかり」
「いいさ。お前は確かにバカで能天気で我侭だけど……」
さすがに言い過ぎだと思うけど、私は反論出来なかった。
セイバーは頬を膨らませる私に微笑みかけた。
「そんなお前が嫌いじゃない。聖杯は欲しい。けど、穢れた聖杯を使って、お前が不幸になるってんなら、聖杯なんざ要らない。さっきは悪かったな」
「え?」
「大学受験。お前にとって、大切な事なんだよな。そりゃそうだ。お前には未来がある。未来を生きる者にとって、|聖杯戦争《こんな戦い》は障害でしかない。本当に大切な戦いの為の準備が必要だってんなら、幾らでも協力するよ」
「……セイバー」
やばい……。セイバーの事、元々かなり好きだったけど、より一層好きになってしまった。
我侭ばっかり言って、迷惑ばっかり掛けてるのに、セイバーは優し過ぎる。
「大好きだよ、セイバー」
「……オレも嫌いじゃないぜ、イリヤ」
「そこは、オレも好きだぜ、イリヤ。じゃない?」
「へいへい」
肩を竦めながら、セイバーは後方でボーっとしている少女に視線を向けた。
「ってか、お前も今の内に逃げときゃいいのに」
呆れたようにセイバーが言うと、少女は私に向かって口を開いた。
「イリヤって、名前なの?」
「え? あ、うん」
「……そう。思い出したわ。あの時の子ね……」
少女は目を細めながら微笑んだ。どこか儚げで、不安になる。
「えっと、どこかで会った事あるかな?」
「ええ、あるわ。覚えてないかしら? 十年前の事」
どうしよう。まったく覚えてない。
そもそも、十年前って言うと、パパ達が前回の聖杯戦争に参加してた頃だ。その頃の記憶を私は封じられてしまっているらしい。
「……ごめんなさい」
「いいわ。言葉を交わしてすらいないんだもの。けど、そっか……」
少女は微笑んだ。
「貴女は幸せになれたのね」
ドキリとした。その時の少女の表情が、宴の時のクロエの表情を思い出させた。
『幸せだった?』
そう問い掛けたクロエの心情は分からない。でも、目の前の少女とクロエの表情はそっくりだった。
同じように深い思いが篭められている気がした。
「……私も貴女のあり方は嫌いじゃないわ。けど、私にはどうしても聖杯が必要なの」
「待って! 聖杯は――――」
「穢れている。知ってるわよ。前回、聖杯を破壊したのは私のアーチャーだったんだもの」
「……え?」
私はセイバーと顔を見合わせた。
「それでも、私は聖杯が欲しいの。だから、止めたいならここで私を殺しなさい」
少女の言葉に私は頭を抱えそうになった。
聖杯が穢れている事を知っているのに、それでも聖杯を欲しているなんて、意味が分からない。だって、穢れた聖杯を使えば、多くの人が命を落とす。
それに、前回の聖杯を壊したのが彼女のアーチャーというのも理解に困る。
「えっと、とりあえず、殺すとか、そういうのは無し!! それより、前回の聖杯を壊したのが貴女のアーチャーって、どういう意味?」
「そのままの意味よ。貴女のお父様なら知ってる筈よ。私は前回もマスターとして参加していた。そして、最後まで勝ち残り、現れた聖杯を破壊したの。その時、貴女のお父様が召喚したキャスターに助力してもらったわ」
「ぜ、前回もマスターって……。ううん。それより、前回も参加してるっていうなら、聖杯の危険性は誰よりも理解してる筈でしょ!? それなのに、どうして!?」
「聖杯じゃないと、私の願いは叶えられないからよ……」
「どういう事……?」
「……それを貴女に話す気は無いわ。ただ、私は例え世界がどうなろうと、聖杯を使いたい。私はね、悪い人なのよ。だから、貴女みたいな良い人は私を倒さないといけないの。そして、今が絶好のチャンスってわけ。アーチャーはさっきから呼び掛けてるんだけど、来る様子が無いし、今なら楽に殺せるわ。どうする?」
何を言ってるの、この人……。
どうして、自分から殺されようとしてるんだろう。自分を悪者だと言い切り、私を善人だと言い切ってまで。
「お前、死にたいのか?」
「そんな訳ないじゃない。私は生きないといけないの。昔、約束したから……。でも、このままだと、その子、死ぬわよ?」
私を指差して、少女は言った。
「何でもハイハイ頷くばかりじゃ駄目よ、セイバー。ちゃんと、現実を知らしめてやらなきゃ。じゃなきゃ、いざという時に動けなくなって、殺されちゃうのがオチよ」
「お前、どうしてそんな事を――」
「言ったでしょ? 嫌いじゃないのよ、その子のあり方。全然違う筈なのに、何だか、昔の相棒を思い出しちゃうわ」
困ったように微笑みながら、少女は言った。
「これは忠告よ。実際どうするかは置いといて、覚悟は決めておきなさい」
「わ、私は……」
「じゃあ、私は行くわ。見逃してくれて、ありがとう。でも、次に会ったら殺す気で掛かって来なさい。私もその時は全力で迎え撃って――」
殺してあげる。そう言うと、少女は出口に向かって歩き出し……、戻って来た。
「……あれ?」
少女は何だか恥ずかしそうに頬を赤らめながら参考書コーナーでさっきまで読んでた参考書を手に取った。
「……と、とにかく、じゃあね!」
そう言って、慌てて立ち去ろうとする少女に私は慌てて声を掛けた。
「と、止まって!}
「駄目よ。あんまり馴れ合う――――んぎゅ!?」
ああ、ぶつかっちゃった。
少女はこっちに戻って来る時に店内に入って来た女性とぶつかってしまった。
「あいたた……って、ごめんなさい!?」
少女は慌てて起き上がると、ぶつかった相手に頭を下げた。
さっきから思ってたけど、この子、ちょっとうっかりさんだ。そして、とっても優しい子だ。
見た目からすると、私と同い年からちょっと下くらいに見える。
「ううん。大丈夫大丈夫!」
「……む、間桐ではないか」
「……へ?」
少女とぶつかった女性の向こう側から男の子の声がした。
「あ、一成。この子の知り合いなの?」
「ええ、同級生です。病弱で、あまり学校には来ていないのですが、こんな所で会うとは」
男の子は中々のイケメンだった。メガネがとても良く似合ってる。
彼はぶつかった拍子に少女が落とした参考書を拾い上げると感心したように微笑んだ。
「英語にフランス語、それにラテン語まで……。自宅学習用か?」
「あ、えっと、は、はい、そうです」
少女は私と話していた時とは打って変わってしどろもどろになっていた。
「学校に中々来れないというのに、自宅で確りと勉学に励んでいるとは実に感心。しかし、これほどの量となると、聊か重いだろう。迷惑で無ければ、家まで運ばせてもらいたいのだが」
「え、わ、悪いですよ。その、大丈夫ですから……」
「いや、病弱な間桐に無理をさせるわけにはいかん。生徒会長として、勉学に勤しむ生徒の手助けがしたいのだ」
「えっと、その……」
「ねね、それよりさ」
女性の方が両手をポンと叩いて言った。
「間桐さん……だっけ?」
「は、はい」
「間桐桜です」
一成が少女、桜の名前を女性に告げた。
「桜ちゃん、自宅で家庭教師とか雇ってる感じかな?」
「え、いえ。その、自分で勉強して……」
「ふんふん。で、勉強は捗ってる感じかな?」
「そ、それなりに……」
桜は少し困ったような表情を浮かべてる。
あ、そう言えば……、
「さっき、分からないって泣いてたけど、大丈夫だった?」
初めて彼女を見た時の事を思い出して言うと、桜はキッと私を睨んで来た。
もしかして、余計な事言っちゃったかな……。
「なるほど、なるほど! 相、分かった!! じゃあ、もう一つ質問なんだけど、桜ちゃんって、少しなら外で歩いても大丈夫?」
「ま、まあ、その、時々外の空気を吸いに出歩くので……」
「なら、私のところに通ってみない?」
「えっと……?」
桜が困惑していると、一成が言った。
「藤ねえ……、此方は藤村大河というのだが、個人塾をしているんだ」
「個人塾ですか……」
「そ! って言っても、もう直ぐ結婚するから休業中なんだけどね。でも、最近、零観……、私の婚約者なんだけど、ちょっと忙しいみたいでさ。結構時間が空いちゃってるのよね。だから、私のところに勉強に来ない? 今なら月謝は|無料《タダ》よ!」
「ふむ、悪くない提案だと思うぞ、間桐。藤ねえは生徒を有名大学に何人も進学させた実績がある」
「いや、それはあの子達が頑張ったからで……」
「だが、生徒だった方々は皆、藤ねえの教えの賜物だと言っていました。どうだ? 間桐」
「あの、私は……」
桜は遠慮したがってる雰囲気だけど、私は『有名大学に何人も進学させた実績』という言葉を聞き逃さなかった。
センター試験まで残り僅かの今、聖杯戦争と勉強を一人で両立させるのは非常に厳しいと言わざる得ない。
「あ、あの!!」
私は藤ねえとやらに声を掛ける事にした。
「なーに?」
藤ねえは人好きのする笑顔を浮かべて首をかしげた。
「わ、私もいいですか!?」
「もって、私は別に……。っていうか、貴女はそれどころじゃ……」
「お願いします!!」
桜が何か言ってるけど、私はまさに藁にも縋る思いだった。
「勿論、いいわよ! 桜ちゃんは迷ってるみたいだけど、良かったら、これから家に来ない? 体験学習って奴」
「あ、あの、私は……」
「是非、行きます!!」
「ちょっ……」
「よーし! じゃあ、ついて来て頂戴!」
「はい!」
「ま、待って、私、まだ行くって言ってな――――」
「まあまあ、騙されたと思って受けてみろ、間桐。自宅学習もいいが、指導を受けながらの勉学とは比べ物にならんぞ」
桜が未だにごちゃごちゃ言ってるけど、私はちょっとだけ希望が見えた気がした。
生徒会長らしい、イケメンメガネ君がここまで推挙するって事はよっぽど凄い先生に違いないわ!
「イリヤ。お前って……、お前って奴は……」
セイバーが頭を抱えながらついて来る。どうしたんだろう。
私達は一路、橋を渡って深山町に向かった。
道中、藤ねえとお喋りしながら辿り着いた先に待ち受けていたのは巨大な武家屋敷だった。