第五十五話「再会」

 一瞬の暗闇の後、私達は不可思議な空間に立っていた。無数のクリスタルが浮ぶ広々とした空間。足下には闇が広がっている。
 
「これは……」

 クリスタルの一つを見つめ、ライネスが目を瞠る。私達もつられて彼女が覗いているクリスタルに目を向ける。そこには私が居た。
 正確に言うと、ライネスと向かい合い、魔術戦を繰り広げている私が居る。
 
「これって、まさか!」

 急いで他のクリスタルを覗き込む。そこには別の景色が封じ込まれていた。
 
「別の周回の映像……?」

 バゼットが呟く。
 
「間違い無いわ。だって、私は一週目で直接ライネスと出会ってない。それに、こんな風に魔術戦をした事も……」

 クリスタルの中で私は宝石魔術と蟲を使い戦っている。こんな戦い方、私は知らない。きっと、この世界では両方の魔術を使うに至る何かがあったのだろう。
 一つ一つのクリスタルに私達の戦いの記憶が封じられている。
 
「でも、あんまり魔力は感じないな」

 ライネスが言う。
 
「恐らく、ここに封じ込められているのは記録だけなのでしょう。サーヴァントから回収した魔力は別に……」

 バゼットの言葉が中途半端に途切れた。理由は問うまでも無い。敵襲だ。
 奥の方から人影が現れた。
 
「ライダーにアサシン。それに、バーサーカーね」

 現れたのは第四次聖杯戦争のサーヴァント達。彼らは虚ろな表情を浮かべ、各々の武器を構えている。
 
「来たか」

 慎二が前に出る。
 
「なら、計画通りにいくとしよう。ここは任せるぞ」

 ライネスの言葉に慎二が頷く。
 
「やれ、アサシン!」
「了解!」

 アサシンが構える。それに呼応するように敵陣の三騎が疾走を始める。

「集え、我が同胞よ!」

 アサシンを中心に光が溢れ出す。固有結界の発動によって、彼と慎二の姿が敵陣の三騎と共に消える。
 
「行くわよ!」

 私の号令にフラット、ライネス、バゼット、ルーラー、それに何時の間にか合流を果たしていたライダーが頷く。どうやら、私が無我夢中に階段を駆け上がっている途中で追いついていたらしい。
 敵が現れた方角に向かって奔る。
 
「三騎だけか……。恐らく、この先に残りが待ち受けているな」
「こっちが読んでいたように、向こうもこっちの動向を読んでいたというわけね」

 敵が差し向けてきたのは第四次聖杯戦争に参加したサーヴァント達の中でも白兵戦に向かない者達だ。ここから先、恐らくセイバーとランサー、そして、アーチャーが待っている。
 
「ここから先、何としても凛とクロエをイリヤさんの下へ辿り着かせます。その為の壁は私達が排除します」

 ルーラーとライダーが先頭を走る。私とフラットがその後に続き、クロエとバゼットが最後尾。
 
「ここら辺で準備しておくべきね……、夢幻召喚・ヘラクレス!」

 光に包まれ、クロエの肌が黒ずみ、体を皮製の甲冑が包み込み。
 
「クロエ! これ使って!」
「ありがとう!」

 ライダーが腰に差した細身の剣をクロエに投げ渡す。クロエは器用にキャッチして周囲を警戒する。
 クリスタルの広間をひた走る私達の前に突然、一本の矢が飛んで来た。
 
「アーチャーか!?」

 ルーラーが弾いた矢の形状を見て、ライネスが声を荒げる。
 矢は剣を細長くしたような形状だった。その特徴的な矢の持ち主は間違いなく、アーチャーのサーヴァント、エミヤシロウ。
 
「来る! ライダー!」

 フラットの声にライダーが応じる。

「分かってるさ!」

 暗闇の向こうから二つの影が疾走して来る。セイバーとランサーだ。
 二騎を迎え撃つ形でライダーはヒッポグリフを召喚し、跨ると同時に飛んだ。セイバーとランサーの頭上を越え、その向こうへ――――。
 
「行くぞ、ヒッポグリフ! 一撃で仕留める!」

 彼の手には見慣れぬ手綱が握られていた。それは本来彼が持ち得ぬ筈の宝具である。
 名は『|騎英の手綱《ベルレフォーン》』。英雄・ペルセウスが怪物・メドゥーサを退治した時に得た|天馬《ペガサス》を使役する為の魔法の手綱である。
 何故、彼がそんな宝具を所有しているのか? その疑問の答えは彼の傍にこの世全ての財宝を手にした王が居た事。事前にアーチャーはライダーにコレを貸し与えていたのだ。ヒッポグリフという幻想種の性能を余す事無く引き出す為に。
 
「令呪をもって、命じる!」

 ただし、それを使うには条件があった。そもそも、担い手では無いライダーがソレを使うには力を引き出す為に何らかの手段を講じる必要があった。
 その答えがコレだ。
 
「『|騎英の手綱《ベルレフォーン》』を使いこなせ!」

 それが条理を覆す為の一手。残り二画の内の一画を使い、ライダーの宝具発動をプッシュした。
 膨大な魔力を纏い、ヒッポグリフが疾走する。その間に迫り来たセイバーとランサーをルーラーとクロエが迎え撃つ。
 
「|射殺す百頭《ナインライブス》!!」

 ライダーから借り受けた細身の剣で大英雄・ヘラクレスの奥義を放つ。同時に九つの斬撃を放つ必殺技を受け、セイバーは咄嗟に大きく後退した。
 その隙を見計らい、クロエは続けざまにルーラーが打ち合っているランサー目掛け、射殺す百頭を放つ。防御が一歩遅れたランサーの腕が舞い、そこにルーラーが攻め入り、援護するべく近づいて来たセイバーをクロエが迎え撃つ。
 そして、遠くからライダーが戻って来た。騎英の手綱によって、攻撃力を極限まで高めたヒッポグリフの疾走を前にアーチャーは一撃で消滅したらしい。
 正直、少し複雑な心境だけど、我侭言っていられる状況じゃない。嘗ての相棒であろうと、敵なら容赦無く打ち砕く。その為の策を練って来た。
 
「|騎英の手綱《ベルレフォーン》!!」
「|射殺す百頭《ナインライブス》!!」

 クロエは射殺す百頭をもって、セイバーを弾き、瞬時にルーラーが張った守護の下に入る。直後、ライダーが膨大な魔力を纏い、セイバーとランサーをヒッポグリフで踏み砕く。
 フラットの令呪は騎英の手綱を使いこなせというもの。まだ、その効果は持続している。それでも、効力が弱まっているのか、未だに二騎の英霊は健在だった。
 
「使い切っちゃった……。でも、ここからはボクが引き受けるよ、クロエ!」

 疲弊したヒッポグリフから降り、ライダーは己が槍を構える。
 
「任せたわ!」

 クロエはライダーと入れ替わるように私達の下に戻って来た。
 
「行こう」

 ライネスの言葉に頷き、私達は走り出す。今はマスターしかいない。ここから先、サーヴァントの力を借りられない以上、慎重に進む必要がある。
 
「それにしても、ルーラーが言ってた奥の手って何なのかしら?」

 クロエが首を傾げる。それはこの作戦が始まる前の事。
 予想通りに事が進んだ場合、こうしてマスターだけの状態になってしまう事を私達は懸念していた。その場合の対策を練っている時、ルーラーが言ったのだ。
 
『その時は大丈夫です。とっておきの切り札があります』

 他ならぬルーラーの言葉故に信じたけれど、その詳細については明かしてもらえなかった。可能なら、隠し通して奥の手として温存したかったからだ。
 だけど、この状況になってしまった。ルーラーの言う切り札が何なのか分からない以上、頼り切るわけにもいかない。
 
「凛!」

 クロエの叫びに思考を中断し、私は慌てて顔を上げた。
 
「イリヤ!」
「違う。アレはイリヤが作り上げた人形よ!」

 立っていたのは大人の姿をしたイリヤ。クロエ曰く、イリヤが作り出した人形。キャスターのサーヴァントとそのマスターの代理品であり、この聖杯戦争に干渉する為の道具であり、彼女が自らの憧れを元に構築した理想。

「悪いけど、邪魔をするなら排除するわ」

 クロエが前に躍り出る。その隣にバゼットが球体を宙に浮かせながら並び立つ。

「……助けて、セイバー」
「ああ、任せておけ、イリヤ。お前の事は必ず俺が守ってやる」

 我が目を疑った。そこに居たのは自分の体を抱き締めて怯える少女とそんな彼女を守ろうと剣を構える騎士だった。
 
「イ、イリヤ……?」
「くそっ! どうしてだ!? どうして、こんな――――」

 騎士は決死の表情を浮かべ、己が剣を振り被った。
 
「退いて、凛!」
「待って! 何だか様子が!」
「言ってる場合じゃないぞ、凛!」

 クロエが騎士を迎え撃ち、ライネスが私の手を取って後ろに引っ張った。
 
「悪いけど、立ち止まるわけにはいかないのよ!」
「させるかってんだ! 誰だろうと、イリヤは殺させん!」

 そのあまりにも鬼気迫る表情と剣戟にクロエは瞬く間に劣勢に立たされた。
 
「ッハアアアアアアアアアア!」

 刹那、バゼットが切り結ぶ二人を無視してイリヤの下に向かう。
 
「させるか!! |我が麗しき父への叛逆《クラレント・ブラッドアーサー》!!」

 騎士がクロエを蹴り飛ばし、振り向き様に魔剣を振るう。
 その矛先に立つバゼットは口元に笑みを浮べ、呟いた。
 
「|後より出て先に断つ者《アンサラー》」

 光に飲み込まれる直前、バゼットは己が周囲を舞う球体に拳を打ちつけた。
 
「|斬り抉る戦神の剣《フラガラック》!!」

 それは実に不可解な光景だった。破壊の極光に飲み込まれた筈のバゼットは無傷。対して、必殺の一撃を放ったセイバーは胸に穴を穿たれ即死した。
 
「い、いや、セイバー!」

 慌てたように光に還る騎士に駆け寄るイリヤ。
 
「だ、駄目よ、バゼット!」

 私が止める間も無く、彼女はイリヤの頭を粉砕した。
 
「こんな物に時間を割いている暇は無い。一々、感傷に浸るべきではありませんよ、凛」

 あまりにも冷たい言葉だが、それは確かに冷静な判断によるものだった。
 私達の目的はあくまで本物のイリヤ。だったら、偽物に構っている暇は――――、
 
「あ、あれ? ここは……、どうして!?」
「な、なんだと……?」

 あり得ない声が響いた。顔を向けた先に戸惑いの表情を浮かべる|人形《イリヤ》と|騎士《セイバー》の姿。
 
「い、今、私……、あ、頭を……」

 体を震わせるイリヤを騎士が抱き締める。
 
「だ、大丈夫だ、イリヤ。大丈夫だから」

 落ち着かせようと、主の背中を撫でる騎士。
 
「何なんだよ」

 騎士が吼える。
 
「何で、こんな――――」
「待ってよ……。おかしいわ」

 私は再度戦闘態勢に入るクロエとバゼットの前に躍り出た。
 
「待って! ちょっと、話をさせて!」
「危ない!」

 クロエが叫び、私を押し倒した。
 
「お前達は一体、何なんだ!!」

 騎士が剣を振り下ろし、叫んだ。
 
「どうして、死んだ筈のお前達が居るんだ!? それに、どうして、死んだ筈の私達が……、答えろ!!」

 不可解。この状況を示す言葉はそれ以外に思いつかない。
 
「おいおい、モードレッド。そんな風に無駄口を叩いちゃ駄目じゃないか」

 その声にセイバーは顔を強張らせた。
 現れたのは黒い髪の男。顔には深い皺が刻まれている。
 
「じゃないと、また、お仕置きをしないといけなくなるじゃないか」
「や、やだ……」

 イリヤが震える。
 嫌な予感がした。次の瞬間に何か良くない事が起こる。そう直感し、私は駆け出した。
 
「イリヤ!!」
「今回はどう死にたい? 大丈夫。君の命はまだ後千個以上ある。安心して、死になさい」
「た、助けて……」
「イリヤ!!」

 私を抱き止めるクロエが憎い。今、目の前で何が起きているのかを理解していないのだろうか? 止めなきゃいけない。このままじゃ、イリヤが――――、
 
「あれはイリヤじゃないわ! 正気に戻りなさい!」

 クロエの言葉と同時にイリヤの体が無数の剣の刺し貫かれた。
 
「イリ……、ヤ……?」
 
 死んだ。目の前でイリヤが死んだ。視界が真っ赤に染まる。あまりの怒りにどうにかなりそうだった。
 
「キャスター! き、貴様!」
「おいおい、剣を向ける相手が違うよ、セイバー。だが、仕方無い。もう一度、お仕置きだ」
「や、やめろ!!」

 私の直ぐ傍のクリスタルが壊れ、キャスターの前でイリヤが唐突に姿を現した。血を一滴も流していない。けれど、その顔には絶望が色濃く浮んでいる。
 
「今度は四肢をもぎ取ってあげよう。痛い死に方をすれば、少しは利口な判断が出来るようになるだろう?」
「やめて……。お願い……」

 イリヤの懇願も虚しく、彼女の四肢が見えない何かに捻り切られた。
 
「あ、ああ……」

 騎士は体を震わせながら私達に剣を向ける。
 
「こ、殺すから……。こいつらを皆殺しにするから……。だから、もうイリヤを……」
「そうそう。ちゃんと言う事を聞いてくれれば、私も君達を虐めたりしないんだよ」

 悪魔の囁き。己が主が幾度も殺されるという地獄の中、それを止める唯一の手立てを教え込む。騎士は雄叫びを上げながら刃を振るう。
 
「……一体、何が起きている」

 ライネスも状況を掴めないのか、困惑した表情を浮かべている。けれど、状況は切迫している。あまり考えている時間は無い。
 騎士は己の主を救う為に防御を捨てている。自らの命を使い潰してでも、私達を殺す気でいる。
 
「イリヤ……」

 分かるのはイリヤと騎士がキャスターに脅迫されているという事。
 
「助けなきゃ……」
「待て、凛! クロエが言っていただろう。アレは人形だ! 本物では無い!」
「だからって、見過ごせって言うの!? あんな風に怯えてる子を!」
「演技かもしれんだろう! いや、むしろ、その可能性が高い。此方の同情心を煽ろうと言う魂胆なのだろうな!」

 ライネスの言葉は理に叶っている。私の考えは感情的なものだ。ここは彼女の意見に従った方が――――、
 
「助けて……。誰か、お願い……」
「ああ、駄目だわ」

 無理だ。あの子を見捨てる事が私には出来ない。
 だって、あの子はイリヤだ。あの涙も声もイリヤのものだ。だって、クロエが言っていた。あの子はイリヤの憧れを元に作り上げた理想だと……。
 つまり、あの子はイリヤが思う理想的な人生を歩んで来たイリヤ自身なのだ。
 
「ごめん、ライネス。私、助けに行って来る」
「お、おい!」

 ライネスの体を押し退け、私は走る。

「イリヤ!!」
「……凛?」

 涙を浮かべ、イリヤは私を見た。
 
「あ、危ない!!」

 イリヤが叫ぶ。咄嗟に転がり、私は間一髪の所で銀色の光を躱した。
 そこに居たのは柳洞寺の門番。名は佐々木小次郎。
 
「悪い子だ、イリヤ。また、お仕置きをしなければならないな」
「ま、待ちなさい!」

 私は咄嗟に叫び、小次郎から視線を外してしまった。
 刹那、時が止まったような感覚に陥った。酷く緩やかな時間の流れの中で、小次郎が私の首目掛け、刀を振り下ろすのが見えた。
 ああ、私はここで終わりなんだ。そう、思った瞬間、聞こえ無い筈の言葉を聞いた。
 
 “君らしくも無い。諦めるのが早いぞ”

「……え?」

 死を目前としながら、私はあまりにも予想外なその声に間抜けな声を出してしまった。
 
「ちょっ――――」

 遥か遠くから無数の矢が飛んで来た。矢は私を避け、小次郎を一瞬で肉塊に変えた。そして、続けざまにイリヤの傍に立つキャスターを串刺しにした。
 
「ま、まさか……」

 こんな事が出来る人物を私は二人しか知らない。内一人は外で私達の為に奮闘してくれている筈……。
 
「ど、どうして……?」

 振り向いた先に立っていたのは――――。

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