第二十一話「接続」

 セイバーは焦燥に駆られていた。イリヤによって強制転移させられた彼女は拠点にしているホテルに飛ばされた。
 突如現れた彼女に切嗣とアイリスフィールの両名は驚かなかった。イリヤの服に仕掛けた盗聴器から既に何があったのかを知っていたからだ。
 それにより、イリヤがライダー陣営に救出された事も知った。だが、問題はその後だった。盗聴器からイリヤ達の悲鳴が轟き、同時に盗聴器が壊れてしまったのだ。

『……ランサーか』

 ライダーのマスター、フラット・エスカルドスの言葉を最後に盗聴器からの音声は途絶えた。
 ランサーのサーヴァント。その真名をセイバーは宴の席で聞いている。
 クー・フーリン。ケルト神話における最大最強の大英雄。
 
「イリヤ!!」

 セイバーは窓を開ける暇も惜しみ、そのまま突き破って外へ跳び出した。そのまま、壁を登り屋上へ駆ける。一秒足らずで屋上に到達すると、深山町へ視線を向けた。
 膨大な魔力の波動を感じる。恐らく、ランサーの宝具。

「イリヤ!!」

 行き先は決まった。屋上から身を投げ、そのままホテルの壁を蹴った。ホテルの屋上部分が崩壊すると同時にセイバーの体はミサイルの如く深山町に向かって打ち出された。
 イリヤから供給される膨大な魔力を後方に向けて放出し、飛行速度を極限まで高め、一気に未遠川を越え、対岸の海浜公園に到達すると、再び疾走しようと大地を蹴った、その瞬間――――、

「待てよ、セイバー」

 黒塗りの剣がセイバーに向かい飛来する。咄嗟に弾いたセイバーの眼前に立ちはだかるのは謎のサーヴァント、ファーガス。
 彼はセイバーが弾いた剣を器用に掴み取ると、そのまま彼女へ襲いかかった。己が剣で迎え撃つセイバーの表情に宿るのは焦り。今、己はこのような輩を相手にしている場合ではない。今、まさに命の危険に晒されているであろう己が主を思い、セイバーの剣筋が鈍る。その隙を|敵《ファーガス》は逃さなかった。
 セイバーの頬に一筋に切り傷が出来る。僅かに掠った程度。セイバーはその傷を軽視しながら、目の前の邪魔物を排除しようと剣を振るう。その刹那、頬に付けられた傷に異変が起きた。

「なっ――――」

 吸い取られた。そう、セイバーは直感した。
 頬の傷から魔力が一気に奪われたのだ。そして、奪われた魔力がファーガスの剣に呑み込まれた。それと同時にファーガスの剣は大きく鼓動した。
 剣は徐々に光を帯び始め、やがて刀身を真紅の輝きで満たし始める。黒だと思われていたその刀身はその実赤色だった。

「血を吸う妖刀の類か……」

 血を吸う性質を持つ剣の伝承は世界各地に存在する。
 例えば、ソレは剣の狂気を鎮める為。例えば、ソレは剣の力を高める為。
 恐らく、ファーガスの剣は後者。異様な輝きを放つソレは先刻までのソレとは明らかに違う。もはや、全くの別物。
 ファーガスが振るうソレを受けた瞬間、その直感の正しさを実感した。先刻までと明らかに重みが違う。今はまだ凌げるが、これ以上、剣が強化されれば、いつかは受け切れなくなる。
 事、ここに至り、セイバーは漸く目の前の相手を立ちはだかる壁ではなく、明確な敵として認識する。
 
「お前は何者だ?」

 そして、問わずには居られなくなった。ファーガスは謎に包まれたサーヴァントだ。だが、そのクラスは推測出来る。
 キャスターだ。それ以外には考えられない。セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、アサシン、バーサーカーのクラスに属するサーヴァントとは全て遭遇済みであり、残るクラスはキャスターのみだからだ。
 だが、解せない。全ステータスがアベレージを遥かに越え、加えて、剣の宝具を持つ魔術師など聞いた事が無い。

「キャスターなのか? それとも、イレギュラーなクラスなのか?」

 その問いに意味など無い。答えなど、返って来る筈が無いからだ。
 答えは斬撃と共に切って捨てられるだろう。

「……は?」

 だが、予想に反して、ファーガスは口を開いた。しかし、その表情に浮かんでいるのは困惑だった。

「俺のクラス……分からないのか?」

 その言葉の意味をセイバーが理解するより早く、ファーガスは笑った。
 
「分からない……か、なるほど、面白い状況だな」

 分からない。ファーガスの言葉の意味が分からない。何故、ファーガスは己が奴のクラスを知っているものと思ったのか? その理由が分からない。
 
「お前にもお前の策があるのだろうと乗ってみたんだがな。なら、態々こうして出向く事も無かったな……。いや、意味はあったか」
「何を言っているんだ?」
「ッハ! いや、こっちの話だ。それより、続きと行くか」
「抜かせ!!」

 再度ぶつかり合う二騎の英霊。一旦は思考が乱されたものの、セイバーにとっての第一目標はイリヤの救出だ。
 フラットとライダーの性格はあの宴である程度は理解した。恐らく、何の打算も無く、イリヤが窮地に陥っていたから救ってくれたのだろう。だが、ライダーはランサーと比べるとあまりにもか弱い。
 恐らく、どんなに奮闘したとしてもそうはもたない。だから、こんな所でちんたらしている暇など無い。

「一気に終わりにしてやるよ――――」

 躊躇無く、セイバーは宝具に魔力を篭める。技の競い合いなどする気は無い。
 一分一秒がイリヤの命運を分ける。

「|我が麗しき《クラレント》――――」

 真名が看破される事など御構い無しの一撃。ここで仕留め切れずとも構わない。少しでも手傷を負わせられれば、この場を離脱し、イリヤを救いに行ける。

「ったく、舐められたもんだ」

 セイバーが剣を振り下ろそうとした瞬間、その瞳に映り込んだのは奇妙な刃文だった。真紅の光を放つ刃に漆黒の模様が浮かび上がり、ファーガスは獰猛な笑みを共に剣を振り上げた。
 距離にして二十メートル。両者共に一足で走破出来る距離だ。彼の狙いは一つ。この距離ではどうあってもセイバーの宝具を避けきれない。ならば迎撃するのみ。最大の攻撃に対し、此方も最大の攻撃をもって迎え撃つ。
 真紅の光は際限無く強まる。両者は共に真紅の極光を放つ禍々しい剣を振り上げ睨み合う。

「――――|父への叛逆《ブラッドアーサー》!!」

 ファーガスが動くより先にセイバーは剣を振り下ろした。その刹那、彼はその剣の真名を口にした。
 あり得ない。その名が真であるならば、あの剣を持つ英雄は一人しかいない。だが、彼の英雄にキャスターの補正など無い。
 ならば、やはりイレギュラーのクラスなのか? そうセイバーが思考すると同時に真紅の極光同士がぶつかり合った。夜闇を切り裂く二つの極光。互いが互いを食い潰さんと鬩ぎ合う。
 セイバーは理解している。この拮抗状態はファーガスの剣がその真価を完全に発揮していないが故だ。
 やがて、光が止み、辺りに静けさが戻る。後に残ったのは崩壊した大地のみ。
 セイバーは舌を打った。目の前のサーヴァントはアーチャーやバーサーカーと比肩する大英雄だ。己の全力をもってしても打倒しうるかどうか……。
 未だ、その真価を殆ど発揮していないあの剣すら、奴にとって|宝具《ほうぐ》ではあっても|切り札《ほうぐ》ではない。奴の真髄は……。

「……なんだ、アレ?」
「あ?」

 突然、ファーガスは空を見上げたまま目を見開いた。つられて天を仰ぐと、遠くの空にソレはあった。

「黄金の……船?」

第二十一話「接続」

 それは突然の事だった。ライダーが駆る幻馬の疾走を突如飛来した真紅の魔槍が阻んだのだ。
 ゲイ・ボルグ。その真価たる投擲による真名解放。決して逃れ得ぬ死の槍が迫り来る。幻馬は音速を超え、槍の猛威を振り切ろうと天を翔けるが槍は軌道を変えながらどこまでも追い掛けて来る。
 背負っているのがライダーのみならばこのまま突き放して逃げ去る事も出来ただろう。
 いや、と幻馬は脳裏に過ぎった愚かな考えを否定した。例え、二人の客人が居なくとも、あの槍からは逃れられなかっただろう。アレはそういう類の宝具だ。故に己が為すべき事は一つのみ。死を逃れ得ぬならば、せめて主とその客人は逃がす。その為ならば、この命……惜しくは無い。

「……という思考をしている筈だよ、ね?」

 何が「ね?」なんだよ。そう言いたげにヒッポグリフは嘶いた。真紅の魔槍から絶賛逃走中の現在、ライダーが真剣な口調でヒッポグリフの心の声を捏造し始め、ヒッポグリフは怒りのオーラを放ち始める。
 幻馬の嘶きは『俺が生贄になるだと? ふざけるな! お前等が生贄になれ!』と、そんな声が聞こえて来るようだった。気持ちは良く分かる。

「っていうか、本当にどうするの!? アレって相当ヤバイ感じがするんだけど!?」

 後方から迫り来る真紅の槍に視線を向けながら言うと、フラットが珍しく真剣な表情を浮かべて言った。

「多分、あの宝具に篭められた魔力が完全に消費されるまで逃げ続けられれば助かると思う。けど、さすがに現実的じゃないね。ヒッポグリフもそろそろ限界が近いだろうし……」

 驚いた。あの変態でいきなり突飛な行動をし出すフラットが凄く建設的な意見を言ってる。目を丸くしているのはライダーも一緒だった。
 私達が顔を見合わせながら驚いていると、フラットは言った。

「アレは一度捕捉されたが最後、魔力が保つ限り、地球の裏側に逃げても追って来る。防ぐとしたら、少なくとも対『対城』宝具クラスの盾が必要だね。けど、ライダーには盾の宝具が無い。逃げる事も防ぐ事も出来ない。と、来たら方法は一つしかないね」
「あるの!?」

 私は一切対処法を思い付けなかった。だって、逃げる事も出来ず、避ける事も出来ない槍に対し、どう抗えばいいのだろう。
 驚く私とライダーの手を取り、フラットは言った。

「これから、ヒッポグリフにはゲイ・ボルグを引き付ける囮になってもらう」

 フラットの言葉にヒッポグリフは嘶いた。怒っているのだろう。それはさっきのライダーのヒッポグリフを生贄にするという手段だ。
 
「怒らないでよ、ヒッポグリフ。別に、死ぬまで引き付けておけ、なんて言う気は無いさ」
「どういう意味?」

 ヒッポグリフも嘶くのを止め、彼の言葉の続きを待っている。

「作戦は単純さ。これから僕達は地面に降下する。そして、ランサーと戦う。今のランサーは得物を持っていない状態だ。だから、まともに戦えばライダーが勝つ」
「でも、ランサーが槍を手元に戻したら……」
「それでいいのさ。槍を戻すという事は宝具の発動がキャンセルされるって事だ。だから、ヒッポグリフも離脱出来る。後は、隙を見つけてランサーから逃げるだけだ」
「そ、そんなに上手くいくのかな……」

 フラットの提案した作戦はまさに『言うは易し行うは難し』だ。
 不安に思っていると、フラットは私の肩にポンと手を置いた。

「大丈夫さ。考えはある。まず、降下ポイントは前方の円蔵山だ。その中腹にある柳洞寺。あそこに向かってくれ、ヒッポグリフ」

 ヒッポグリフに指示を飛ばすと、フラットは身を乗り出して下界を見下ろした。

「ランサーは……ちゃんと追って来てるね」

 唇の端を吊り上げながら、フラットはライダーに視線を映した。

「円蔵山の階段でライダーにはランサーを迎え撃って貰う」
「どうして?」
「あの山は天然の結界なんだ。柳洞寺を中心に円形に霊体の侵入を悉く遮る協力な壁が立ちはだかっているのさ。まあ、普通の人間には害が無いようだけどね。ただ、柳洞寺に続く階段だけが開かれている。だから、ランサーは必ず階段を登って来る。そこでなら、ランサーも戦い難い筈だと思う。その間に俺達は山道を通って避難する」
「それって、ライダーを足止めに使うって事……?」

 それはつまり、ライダーを囮にして逃げるという事だ。
 思わずライダーを見た。すると、彼はニッコリと微笑んだ。

「マスターがそう命じるなら」

 瞼を閉じ、アッサリとそう言った。
 マスターとフラットを呼んだ。それがどうしようも無いくらい嫌だった。

「……止めてよ」

 気付けばそう言っていた。
 二人の仲の良さは知っている。一緒に下着を買ったり、パーティーをしたり、助けてくれたりしてくれたこの二人はいつも仲良しだった。
 友達か恋人同士のように仲睦まじい二人が主従関係のような態度を取る事が堪らなく嫌だ。

「どうして、そんな事……」

 涙が滲む。私のせいだ。私を助けたせいで、二人は辛い選択を迫られている。
 ライダーがフラットを敢えてマスターと呼んだのもその決断を後押しする為だ。
 
「こんなの……嫌だよ……」
「……えっと、ごめん」

 私が呟くと、ライダーが心底申し訳なさそうに頭を下げた。

「はえ?」
「いや、ちょっと悪ノリしちゃって……。言っておくけど、ボクは別に死ぬ気とか全然無いからね?」
「え、でも……」
「イリヤちゃん」

 フラットが頬を掻きながら言った。

「もし、誰かを犠牲にしなきゃいけないなら、ヒッポグリフに囮になって逃げる方が建設的だよ? 俺が提案してるのはヒッポグリフも含めた皆で生き残る作戦さ」
「……あ」

 フラットは微笑んだ。

「ライダーに頼むのはあくまで時間稼ぎだよ。だから、安心して」
「う、うん。その……、ごめんね。何か、変にパニクっちゃって」
「……いいさ。君って、本当に……」
「――――フラット、そろそろ円蔵山上空だよ!!」

 ライダーの声にフラットは表情を引き締めた。

「すまない、ヒッポグリフ。少しの間、頼むよ」

 さっき、ヒッポグリフを生贄にしようとしてた人の言葉とは思えない。
 安心した拍子に緊張感が薄れてしまったのか、そんな事を考えていると、ライダーが私とフラットの腰を抱き抱えた。

「スリー、ツー、ワン!!」

 飛んだ。高度三千メートル上空からのパラシュート無しでのダイブ。
 体が落ちて闇に飲み込まれると同時にランサーの槍がヒッポグリフを追って一直線に奔り、遠ざかっていく。耳を聾するほどの落下の衝撃で全ての音が掻き消された。一直線に地面が迫る。これまで味わった事の無い落下を強いる重力の感覚。まるで、地面に吸い込まれるように速度がぐんぐんと上がっていくのが分かる。
 私は必死にライダーの体にしがみ付いた。すると、ライダーは安心させるように腰に回した手に力を篭めた。

「二人共、衝撃に備えて!!」

 ライダーの叫びと共に闇が足下に迫る。反射的に体を縮ませ、呼吸を止めた。
 そして、衝撃が訪れた。体がバラバラになりそう。でも、生きている。ライダーが接地の直前に魔力を放出して落下速度を緩めたらしい。
 加えて、私の体は神秘的な輝きに満たされていた。フラットが何らかの魔術を行使してくれたみたい。

「頼むよ、ライダー」
「任せて、フラット。男の子として、確りお姫様をエスコートしなよ?」
「……うん」

 短いやり取りの末、二人は動き出した。ライダーは寺の門に向かって駆けて行く。そして、フラットは私を抱き抱えると、走り出した。

「わ、私、走れるよ!」
「けど、俺が抱えた方が速いよ」

 その言葉は真実だった。私はこの年頃にしては軽い方だと思っているけど、それでも決して抱き抱えたまま走り回れる程軽くも無い。
 だと言うのに、フラットはまるで重みなど感じないかのような速度で寺の境内を駆けた。
 その瞬間だった。抱き抱えられた状態で、私は視た。ライダーが門の前で立ち止まり、迫る真紅の槍を避ける姿を――――。

「ライダー!!」

 勝負になど、なっていなかった。ライダーは黄金の槍でランサーに対抗しようとするが、瞬く間に追い詰められていく。

「フラット!! ライダーが!!」

 彼の顔を見上げながら叫ぶと、私は言葉を失った。
 フラットは涙を流しながら足を止めずに走り続けた。

「なんで……」

 これは皆を生き永らえさせる為の作戦の筈だ。なのに、どうして泣いているの?
 私の問いの答えはヒッポグリフの到着と共に氷解した。

――――二人は初めから……。

 ライダーはここで死ぬつもりだったんだ。なのに、私を安心させる為に二人は嘘をついた。
 私は一人で喚き立て、彼らの最期の時間を奪ったのだ。
 私を助ける為に窮地に立たされた二人が私を生かす為に下した決断の末の最期の時間を奪った。
 嫌だ。駄目だ。ライダーが死ぬなんて駄目だ。二人の絆が私のせいで切り裂かれるなんて許されない。 
 何でもいい。手段が欲しい。二人を救う為の手段が欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。
 
「イリヤ……ちゃん?」

 欲しい――――――――。

――――ならば、繋がれ。

 知らない声。懐かしい声。脳裏に直接響く不思議な声が囁く。

――――お前達は始まりを同じくする者だ。故に後はお前の意思で繋げられる。

 私はその声に身を委ねた。あまりにも奇怪な現象だが、それでも、ライダーを救える手段があるというなら是非も無い。
 繋がれと言うなら繋がる。それが何を意味するのか、何と繋がればいいのか、何も分からない。けれど、私は導きの声に従う。
 フラットの腕から逃れ、地面に降り立ち、ライダーの下へ向かう。

「駄目だ、イリヤちゃん!!」

 駄目なのはライダーを見殺しにする事だ。
 英霊と友達になる。そんな純粋な願いの為に参加し、本当に友情を築いたフラット。そして、彼の気持ちに応えたライダー。
 二人が離れ離れになる事こそが駄目な事なのだ。

「――――|接続《コネクト》、|開始《スタート》」

 ライダーはランサーに敵わない。このままでは数度の激突の末に膝を屈し、殺される。その前に手段を手に入れなければならない。
 意識を己の中に埋没する。そして――――、空間が割れた。
 私は痛みの渦に呑み込まれた。
 |場所《ここ》がどこか分からない。私が何者かが分からない。今、すべき事が分からない。
 目の前に広がるのは巨大な回路だった。知らない筈の事を私は理解していた。
 魔術回路――――、魔術師が体内に持つ擬似神経の事であり、生命力を魔力に変える、幽体と物質を繋げる路。ソレが擂り鉢状の岩肌に刻まれている。半径五十メートルに及ぶ巨大な回路が何重にも折り重なっている。幾何学模様を描くその回路の中心に『|一人の女《わたし》』がいる。
 ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。この地で聖杯戦争という大儀式を執り行う事を立案した女。マキリと遠坂の頭首を従える、冬の聖女と謳われた大魔道師。|彼女《わたし》こそが古の魔法を再現する鍵なのだ。
 聖杯の本来の役割――――、根源へ至る架け橋とする為には|彼女《わたし》の意志が必要だ。さもなければ、聖杯はただの願望機に過ぎない。
 そこで私の体は大きく引き裂かれた。痛みと共に目的を思い出す。
 そうだ。余計な事に意識を傾けている暇など無い。一刻も早く、目的を達成し、ライダーを救わねばならないのだ。
 辿るのは彼女の系譜。無数の彼女の分身達。その中で一際輝く光を放つ存在を探し出す。

「|接続《コネクト》、|完了《オフ》――――」

 その存在から引き出すべき情報は一つ。彼女の秘める力。小聖杯としての機能と聖杯戦争自体のシステム、そして、大聖杯に蓄積された情報。それら全てを統合し、編み上げられた大魔術。

「|全工程《オールプロセス》、|省略《カット》――――、|夢幻召還《インストール》」

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