第三十六話「英雄王無双」

第三十六話「英雄王無双」

 彼と出遭った日の事を覚えている。シャルル七世に引き合わされた時、彼と私の絆は始まった。
 ジル・ド・モンモランシ=ラヴァル。それが彼の名前だった。裕福な家に生まれ育った彼は両親の死後、欲深な祖父の下で政略の道具として過ごして来た。しかし、成長した彼は軍人となるとその才覚を発揮し、シャルル七世が目を留めるまでの立派な青年になった。
 彼は常に私を支えてくれた。それは何も戦いの場に限った話ではない。何と言っても、彼は頭の良い男性だった。当時、語学に精通する者は貴族であっても稀であったのだが、彼は語学に精通しており、度々、文盲であった私を助けてくれた。
 自分の名前すら満足に書く事が出来ずに居た私を彼は決して見捨てず、懸命に文字を教授してくれた。立場上、どうしても書類に署名をしなければならない時があり、その度に私はジルに感謝をする事を忘れなかった。
 勿論、戦の場でも彼の存在は無くてはならないものだった。猪突猛進な所があった私をいつも諌めてくれたのは彼だった。彼のおかげで私は間違えずに進む事が出来たのだ。それに、単なる田舎娘であった私が軍を率いて戦えたのは彼の存在があったからに他ならない。見事な手腕によって、部下を纏め上げ、彼は私の意を叶えてくれた。
 悲しみが溢れて来る。私の死後、彼は変わってしまった。錬金術に傾倒し、多くの少年を犯し、殺したという彼の悪行を聖杯の齎す知識が教えてくれた。誰よりも私を慕ってくれた友が誰よりも私の死を嘆き、道を大きく踏み外してしまった。

「感動の再会だな」

 私と彼を引き合わせた男、言峰綺礼は薄ら寒い微笑みを浮かべた。
 この男は一体何者なのだ。六体ものサーヴァントを同時に使役するなどあり得ない。一体を使役するだけでも並の魔術師にとっては重荷となる。一流の魔術師であっても、二体以上使役するなど自殺行為でしかない。
 いや、そもそも、あのサーヴァント達は何者なのだ。ルーラーの感知能力をもってしても、その真名を看破出来ない。ジルの事が分かったのは単に生前の彼を私自身が知っていたからに過ぎない。
 
「――――裁定者よ。私としても、このような無粋な真似はしたくなかった。だが、看過し切れぬ事態が起きてな。恨むのなら、アーチャーを恨むが良い。よもや、あのような暴挙に出るとはさすがに予想外だった。後一歩で全てが終わっていた所だ」

 言葉とは裏腹に彼は至極愉快気に頬を緩めている。やはり、鍵はアーチャーが握っていたらしい。言峰の言葉を素直に受け止めれば、彼は言峰にとって都合の悪い行動に打って出た事になる。
 つまり、それが裁定者として召喚された私の果たすべき責務という事だ。私が真に敵対すべきは夢幻召喚の使い手でも、人類最古の英雄王でも、穢れた大聖杯でもなく、この男。

「まあ、そもそも君が招かれたのも奴が原因だ。乖離剣によって、世界にアレの存在を感知させてしまったが故に君はここに居る。まったくもって、凜も厄介かつ規格外な英霊を喚び出したものだ」

 やはり、彼は愉しげに語る。人類最古の英雄王。彼は何を知り、何を思い、何を為したのだろう。本来、私が知るべき真実に至り、私の為すべき事を為そうとした彼。
 一度として友好的な接触を図る事が出来なかった事が悔やまれる。

「さて、長々と立ち話もなんだろう。そろそろ、君には退場してもらうとしよう」

 言峰が合図を送るかのように片手を挙げる。

「――――やれ、お前達」

 六騎のサーヴァントが同時に吼える。彼らを覆う黒い光が更に輝きを増す。何と恐ろしい光景だろう。あの黒い光は視認出来る程に高密度な魔力そのもの。並のサーヴァントであっても、あれほど膨大な魔力の後押しを受ければ脅威的な力を得るだろう。要は全員が魔力放出のスキルを保有しているも同然なのだ。
 動く。初めに飛び出して来たのは最初に襲いかかって来た騎士とジル。二人は同時に刃を振り下ろして来た。
 間一髪の所で回避した私の下に無数の刃が殺到する。一つ一つが一級品の宝具。嘗て、イリヤさんやアサシンが夢幻召喚した英霊の業。投影魔術による無数の宝具の具現化だ。

「|我が神はここにありて《リュミノジテ・エテルネッル》!!」

 宝具を切る以外の選択肢は無かった。襲い掛かる無数の宝具が私を守る結界に弾かれていく。評価規格外の宝具、|乖離剣《エア》の|天地乖離す開闢の星《エヌマ・エリシュ》すら阻んだ守護の力は如何に宝具の投擲といえど寄せ付けない。
 豪雨が止む。無駄と悟り、諦めたのだろうか――――、否。
 敵は戦法を変えた。直接、私を殺しに三騎のサーヴァントが襲い掛かって来た。先の暗黒の騎士とジル、そして、赤と黄の槍を握る槍兵。
 啓示が下る。あの槍兵の槍を受けてはならない、と。しかし、どうにもならない。敵は六騎。逃げる場所など無い。かくなる上は最後の切り札を使うしかないか――――。
 
「――――そこを動くな、|裁定者《ルーラー》」
 
 啓示が告げる。その言葉に従え、と。
 頭上を見上げた先に彼は居た。出で立ちは異なるが、彼に対してはルーラーの感知が完璧に作動した。
 人類最古の英雄王・ギルガメッシュはそこに居た。彼の背後の空間が揺らめき、無数の宝具が顔を現す。

「有象無象の雑種共よ、王の御前である! 疾く、平伏すが良い!」

 宝具が降り注ぐ。対抗すべく、剣製の英霊が無数の剣を作り出すが、それを嘲笑うかのようにギルガメッシュは強力無双の宝具を惜しむ事無く放出していく。
 剣製の英霊は所詮、剣のみに特化した英霊。剣どころか、槍や斧、槌、矢、鎌、ありとあらゆる武具を持つ英雄王の財宝に抗う事など出来はしない。英雄としての格の違いをギルガメッシュは自ら示している。

「ッハハハハハハハハハハハ! 貴様等も嘗ては名を馳せた英雄であろう。ならば、抗ってみせよ! そして、我を興じさせてみせよ!」

 今にして思えば、私は何と無茶な真似をしたのだろう。人類最古の英雄王・ギルガメッシュに対し、真っ向から勝負を挑むなど正気の沙汰ではない。もはや、あれは災害と同義だ。台風や地震に抗おうとするなど愚の骨頂。アレと戦うという事はつまり、そういう事なのだ。
 神の槌が戦場目掛けて落ちて来る。死の国の宝剣が飛来する。奇跡を謳う聖者の矢が降り注ぐ。言峰の従えるサーヴァント達の瞳に私の姿は既に映っていない。彼らは頭上の脅威に対し、全ての意識を傾けている。
 当然だ。アレを前にして、他の事を気に掛けていられる者など天上天下に存在しない。最強。無敵。天下無双。それが英雄王・ギルガメッシュ。
 一騎のサーヴァントが宝具の嵐を掻い潜り、天を目指した。雷を纏う神牛に引かせたチャリオットに跨る巨漢。まさに疾風迅雷とも言うべき移動速度でギルガメッシュに差し迫る。

「ほう、王が舞う天に上るか。面白い、ならばついて来い!」

 ギルガメッシュは凄惨とも言える笑みを浮かべると、自らの身を委ねる黄金とエメラルドで形成された光り輝く船の舵輪に手を触れた。直後、光の船は一気に加速した。
 チャリオットの荒々しい空中起動とは比較にならない美しさ、そして、滑らかさ。物理法則を無視した動きで天を駆ける輝舟をチャリオットに跨る巨漢が追う。
 ギルガメッシュは哄笑した。輝舟の背後で王の財宝が解き放たれる。姿を現すは十二の宝剣、宝槍。計り知れぬ魔力を纏う矛が流星の如く、輝く尾を引きチャリオットに狙いを定め襲い掛かる。
 莫大な魔力を纏う神牛が天を縦横無尽に駆け、チャリオットを宝具の弾丸から守るが、一旦擦れ違った宝具は回転し、再びチャリオットを狙う。そして、輝舟の背後から新たに十二の宝具が顔を出す。
 如何に優れた騎乗宝具といえど、二十四の追尾する宝具に狙われては逃げ切れない。チャリオットは神牛諸共破壊し尽くされ、跨っていた巨漢は地に向かう。

「中々に愉しめた。褒美をやろう」

 落ち行く巨漢目掛け、ギルガメッシュは頬を歪め、雷を纏う槍を放った。嘗て、歴史に名を馳せたであろう英雄をギルガメッシュは圧倒した。
 
「相変わらず、凄まじい奴だな……」

 落ち着き払っていた言峰の声に僅かな動揺が浮ぶ。無理も無い。如何に強力な英雄を複数従えようと、あの英霊の前ではあまりにも無力。
 ゆっくりと輝舟が地面目掛けて降りて来る。剣製の英霊が懲りずに宝剣を投影するが、悉く打ち落とされていく。

「そのような不出来な贋作でこの我を墜とせると思うか――――、|贋作者《フェイカー》」

 天を覆うかの如く無数の宝具が展開する。その数、百を越し、一斉に降り注ぐ。

「ジルッ!」

 ジルが死んだ。語り合う事も出来ぬまま、宝具の雨に彼は圧殺された。同時にアサシンらしき相貌のサーヴァントも息絶え、剣製の英霊は七つの花弁を持つ盾の宝具を展開するが、次々に降り注ぐ宝具の雨にやがて軋みを上げ始める。
 暗黒の騎士と双槍の槍兵だけが純粋な武技によって凌ぎ切っている。それどころか、暗黒の騎士は降り注ぐ宝具を己の武器として振るってさえいる。

「手癖が悪い奴め――――、ならば、これならばどうだ?」

 数が増した。悪夢のような光景が広がる。もはや、雨というより、散乱銃だ。絶え間なく降り注ぐ宝具のガトリング弾に剣製の英霊が息絶えた。続いて、槍兵も凌ぎ切れず、全身に宝具を受け、肉片一つ残さず消滅した。
 唯一、生き残っているのは暗黒の騎士のみ。もはや、視認すら不可能な動きで彼は死地を生き抜いている。いや、それどころか、何かを狙っているような素振りすら見せている。

「な――――ッ」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。突如、ギルガメッシュが乗る輝舟が大きく揺れた。よく見ると、二振りの刀剣が突き刺さっている。
 なんと、あの暗黒の騎士はあの状況下で反撃に転じたのだ。

「――――やるな」

 無茶だ。思わず私は叫んだ。ギルガメッシュは何を思ったのか、王の財宝からの投擲を止め、地に降り立ったのだ。そして、彼の乗っていた黄金の船は主を見捨て、天高く舞い上がって往く。
 何故、そんな疑問が口を衝いて飛び出しそうになった。答えを得られぬまま、暗黒の騎士とギルガメッシュは戦いの第二幕を開始した。ギルガメッシュは黄金の双剣を握り、暗黒の騎士に迫る。
 案の定、ギルガメッシュは圧倒されている。当然だ。彼はアーチャーなのだ。遠距離からの狙撃を主とする彼が地上に降り立ち、接近戦を挑むなど愚かにも程がある。
 疑問に頭を悩ませていると、裁定者としての優れた感知能力が天高く舞い上がった輝舟の上から響いた叫びを聞いた。

「――――まさか」

 そこに彼のマスターは居た。そう、彼は輝舟が傷つけられた瞬間、判断を下したのだ。己のマスターを天上に逃がすという決断を――――。
 だが、ならばどうして、共に天に退避しなかったのだ。そうすれば、このような劣勢に立たされる事は無かった筈。

「まさか……」

 彼は何故、ここに現れたのか? 何故、彼は主と共に逃げず、地上に留まり戦いを続けているのか? まさか、彼の目的は――――、

「私を助ける為に……?」

 戦いは苛烈さを増していく。勝てる筈が無い。暗黒の騎士は接近戦において段違いの強さを誇っている。ギルガメッシュが最強の英霊ならば、彼は最強の剣士。己の土俵で戦えば、如何に最強の英雄王と言えど、敗北は揺るがない。

「アーチャー!」

 彼を死なせてはならない。啓示を聞くまでも無い。真実に至るには彼の協力が必要不可欠だ。もはや、裁定者として持つべき公平性などにかまけている場合ではない。
 
「裁定者のサーヴァントとして、アーチャーのサーヴァントに命じます。眼前の敵を打ち払いなさい!」

 裁定者の令呪が聖杯戦争に参加しているサーヴァントの後押しに使われるなど、前代未聞と言えよう。けれど、その判断を|啓示《てん》は是とした。
 通常のマスターが持つ令呪とは比較にならない膨大な魔力がギルガメッシュに力を与える。

「――――ッハ、余計な事を! だが、感謝してやるぞ、裁定者!」

 ここに戦況は一変する。裁定者の令呪による強化を受けたギルガメッシュの動きは暗黒の騎士に迫る強さを見せた。弓兵が接近戦において、剣士に比肩するという異常な光景に思わず息を呑む。
 加えて、彼は己の剣技だけではなく、王の財宝をも駆使して暗黒の騎士に迫る。数多の宝具が彼を守り、彼を援護し、暗黒の騎士を縛る。

「覚えておけ、この我こそが最強の英霊であるという事を!」

 勝った。そう思った。鎖が暗黒の騎士を縛り、無数の宝具がギルガメッシュの握る双剣と共に彼に迫る。もはや、勝負は決したと確信した。
 信じられない事が起きた。暗黒の騎士は轟くように吼え、己の顔を覆う兜を割った。すると、彼の握る剣から禍々しい光が迸り、暗黒の騎士の放つオーラの質が変化した。
 
「――――ッハ、そうでなくては面白くない」

 ギルガメッシュは口元に笑みを浮かべるが、その額から一筋の汗を流している。彼も感じているのだ。目の前の強敵が更なる力を手にした事を――――。

「アーチャー!」

 ギルガメッシュが鎖を引き千切った暗黒の騎士に吹き飛ばされ、私の下まで転がって来た。駆け寄ると、彼は私の手を振り払い立ち上がった。

「喚くな。この程度、造作も無い」
「しかし――――」
「……言っただろう、造作も無いと。中々に興じさせてくれる奴だが、所詮、操り人形に過ぎん」
「それはどういう――――」

 疑問を口にする私にギルガメッシュは暗黒の騎士を指差した。

「刃を交えて見えるものもある。奴は確かに実体こそ持っているが、意思らしきものは全く感じない。ただ、インプットされた命令をこなすだけの機械か獣……、いや」

 英霊の現象――――ッ。

「操り人形如きが、この我に勝てると思うな!」

 無数の鎖が、布が、紐が暗黒の騎士に迫る。暗黒の騎士はそれらを振り払おうとするが、そこにギルガメッシュ自ら襲い掛かり、動きを止める。無数の宝具と共に迫る彼に対応する為、暗黒の騎士は己を拘束しようと迫る鎖や布紐に為す術無く囚われた。そして、今度こそ、拘束を破る間も無く、ギルガメッシュの双剣によって首を切断された。
 ただでさえ、宝具だけで最強を名乗るに相応しい彼が肉弾戦をもこなすなど、もはや笑い話だ。

「さて、残るは貴様だけだな――――」

 ギルガメッシュの視線が言峰に向かう。

「――――それは早計だぞ、英雄王よ」

 言葉を失う光景が広がった。たった今、ギルガメッシュが倒したばかりのサーヴァント達が何事も無かったかのように言峰の周囲を取り囲んでいた。
 さしものギルガメッシュも目を瞠る。

「――――ッハ。中々、面白いではないか。だが、幾ら蘇生しようと、こやつ等では我の敵にはなりえんぞ」
「ああ、そうだろうな。さすがは人類最古の英雄王。まさに最強の英霊だ。故に今回は諦めて退散するとしよう」
「逃がすと思うか?」
「強がるな。如何にお前といえど、彼らを同時に相手にしては、私を追う余裕など無かろう」

 ギルガメッシュは歯噛みした。

「裁定者よ、ここは退くぞ」
「……はい」

 ギルガメッシュは無数の宝具を王の財宝より放出しながら円盤状の飛行宝具に私を抱えて跳び乗り、上空で待機する輝舟に向かった。
 輝舟に到着すると、そこには彼女が居た。ギルガメッシュのマスター。こうして、落ち着いた状況で会うのは初めてだ。

「大丈夫?」

 彼女は心配そうにギルガメッシュの顔を伺った。

「無論だ。あの程度の輩に遅れを取るなどあり得ん。だがまあ――――、少し疲れた。一度、屋敷に戻るぞ。裁定者よ、貴様にも聞くべき事が幾つかある。ついて来い」
「……ええ、私もお聞きしたい事が山程あります」

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