第三十八話「議論 -HEAT UP-」

「ゆうべはお楽しみでしたね」

 階段を降りて、リビングルームに向かうと、見知らぬシスターがソファーに腰掛けて紅茶を啜っていた。はて、誰だろう。珍しい銀色の髪に日本人離れした綺麗な顔立ち。一度見たらそうそう忘れそうにない容姿をしているのに、どうにも見覚えが無い。でも、初対面でいきなりこんなデリカシーの無い言葉を吹き掛けて来る人も居ないだろう。
 どこかで会った事があるのかもしれない。慎二の部屋から運んだらしいテレビゲームに興じているギルガメッシュに視線を向けた。いつの間にか、鎧を脱いで私服に着替えている。その後姿はまるで普通の少年のようだ。
 
「ねえ、アーチャー」
「――――暫し待て、今から竜王に挑むのだ。フフフ、世界の半分だと? 世界など、とうの昔に我のモノだ!」

 私はどうにもああいう物の面白さが良く分からない。でも、ゲームをプレイして楽しそうな笑顔を浮かべる慎二を見るのは結構好きだ。ゲームに興じるギルガメッシュの後姿を眺めるのも中々悪くない。
 もしかしたら、ギルガメッシュと慎二は気が合うかもしれない。慎二も中々のゲーム好きなのだ。現在発売中のゲームも全て持っていて、今年発売するプレイステーション2も既に予約済みだと嬉しそうに話していたのを覚えている。
 
「えっと、貴女は……?」
「あら、酷いわ。私の事を覚えていないの?」

 不味い。やっぱり、初対面じゃなかったらしい。それも、かなり親密な関係だったみたい。でも、こんな同世代の女の子の友達なんて一人も居ないし――――。
 一人だけ、私を気に掛けてくれた女の子は居たけど、あの子の髪はどちらかというとシスターの髪色よりも白に近い。
 本当に誰なんだろう。よく考えると、この場に見ず知らずのシスターが居るという状況はおかしい。ギルガメッシュが容認している以上、敵というわけでもなさそうだけど……。
 そこでふと、一人足りない事に気がついた。ルーラーが居ないのだ。これからの話し合いに彼女は必要不可欠な存在なのに、どこに行ってしまったのだろう。
 首を傾げていると、シスターがクスリと微笑んだ。

「えっと……?」
「――――何を戯れている。凛、そのシスターがルーラーの寄り代だ」
「……え?」

 どうやら、ゲームをクリアしたらしいギルガメッシュが立ち上がって言った。
 シスターは不服そうにギルガメッシュを睨んでいる。

「ネタ晴らしが早過ぎます。まったく、もう少し愉しみたかったのに」
「知らん。それよりも、そろそろルーラーと代われ。それと、アサシン。気配を消すな。まったく、テトリスで敗北した程度で臍を曲げおって」
「……別に、テトリスで負けた事を気になどしていない。そもそも、アレは貴様がいきなり――――」

 何をやってるんだろう、この人達。アサシンはぐちぐちとテトリスでの敗因についてギルガメッシュに異議を唱え続けている。テトリスって、あのパズルゲームだっけ? 正直、私も得意じゃないわ。まあ、そもそも操作方法が全く理解出来なかったんだけど……。

第三十八話「議論 -HEAT UP-」
 
「――――して、凛殿。マスターの容態は?」

 正直、テトリスの敗因について熱弁する前に聞いて欲しかったわ。まあ、ラインを通じて、ある程度持ち直した事は分かっているからなんだろうけど……。
 このアサシンも前のアサシンとはかなり性格面に違いが見られる。全く、意識が朦朧としている慎二をイカせるのに、人がどれだけ苦労したか分かっているのだろうか、こいつら。
 
「慎二なら、もう大丈夫よ。アンタの方にも順当に魔力が流れてるでしょ?」
「……感謝する」
「別にいいわよ。私が助けたいから助けただけだし。それより、アーチャー。そのシスターがルーラーの寄り代って、どういう意味?」

 私がギルガメッシュに問いを投げ掛けると、何故かシスターが物凄く馬鹿にしたような表情を浮かべて言った。

「あらあら、一から十まで説明をしないと分からないなんて……、ハァ」

 皆まで語らず、最後は溜息で締め括る。凄く腹が立つわ。

「馬鹿な事を言ってないで、さっさと代われ」
「はいはい」

 シスターの体が光に包まれると、次の瞬間、彼女が居た場所にルーラーが姿を現した。
 目を丸くしている私にルーラーは済まなそうな表情を浮かべて頭を下げた。

「カレンが要らぬ事を言いまして、申し訳ありませんでした」

 良かった。ルーラーの口からさっきみたいな毒舌が飛び出してきたら、ちょっと立ち直れなくなるところだった。
 それにしても、今の変化には見覚えがある気がした。

「今のって、夢幻召喚?」
「正確には違います。ですが、恐らく、イリヤさん達が使った夢幻召喚とは、ルーラーのクラスの召喚手順を改変した術式ではないか――――、と」
「成る程ね……、っていうか、やっぱりあるのね? 記憶」
「ええ、察しの通りです。昨夜は本当に助かりました。私では彼らを退ける事が出来なかったに違いありません」
「やっぱり、この状況って、アーチャーが何かをしたって事なのかしら?」
「恐らく……。ただ、分からない事が多過ぎます。今は少しでも情報を集め、整理しないと……」

 ドンとテーブルにギルガメッシュがワインの瓶を置いた。

「その為に貴様を救い出したのだ。無駄話は良い。座れ、早速、話を始めるぞ」

 私達が慌てて椅子に座ると、ギルガメッシュがルーラーを睨んだ。

「ああ、それと……、言い忘れたが、シスターに告げておけ。次は勝つと!」
「……何に?」

 ギルガメッシュは応えなかった。けれど、代わりに隣に座ったルーラーがこっそり教えてくれた。

「ぷよぷよです。カレンはとても強かったのですよ」
「……そっか、アーチャー、負けたんだ」
「負けたのではない! あれだ! つまり、そう、あれだ!」

 あれって何だ。どうしよう、言い訳をするギルガメッシュに涙が出そう。

「ッハ。だが、ルーラーには圧勝したぞ!」
「……そうなの?」
「……私もルーラーには勝った」

 いきなり、アサシンまで話に参加してきた。ちょっと嬉しそう。この男達、女の子相手にゲームで勝って、そこまで嬉しかったのだろうか? 情けなくて、本当に涙が零れそうになった。
 人柄的には二人共、前の二人よりずっといいけど、英雄として、それ以前に男として情け無いわ……。

「……テレビゲームというのは実に難しいものですね。操作方法も分からぬまま、負けてしまいました」

 肩を落としながら聖女様が言った。そんな相手に勝って喜んでる英雄王と暗殺者。

「アンタら……。もういいわ、とにかく、真面目な話をしましょう」

 これ以上、残念な気持ちになりたくない。私は本題に入る事にした。

「まず、一つ質問があるんだけど……」
「なんだ?」

 私はずっと疑問に思っていた事を口にした。即ち、ギルガメッシュやアサシンの違いについてだ。同じ英雄なのに、容姿や性格がまったく異なる二人について、ずっと疑問を抱いていた。
 応えてくれたのはギルガメッシュだった。

「簡単な話だ。単にお前が変わったからだ」
「私が……?」
「そうだ。英雄であろうと無かろうと、人とは変わる生き物だ。凛、サーヴァントを召喚する場合、喚び出される英霊は何によって決まる?」
「えっと、召喚の際に用意した触媒によってよね。後、触媒が用意出来なかった場合は自分自身を触媒とするかのどちらかでしょ?」
「間違ってはいない。だが、その認識は完璧とは言い難い」
「認識を誤っているって事?」
「そうでは無い。ただ、不足している部分があるという話だ。順を追って説明してやる。まず、自分を触媒とした場合、数ある英霊の中から召喚者の性質と最も似通った英霊が呼び出される。善人の下には善人が、悪人の下には悪人がという具合にな。ここまでは貴様の認識通りだろう。だが、触媒を使っての召喚の場合にも召喚者の性質というのは大きく関わって来る」
「どういう事?」

 ギルガメッシュはワインのコルクを抜くと、自らのグラスに注ぎ、香りを愉しみながら言った。

「つまりだ。召喚される英霊自体は触媒によって固定されるが、その在り方は召喚者によって変わってくるという事だ」
「そんな事、あり得るの? だって、同じ英霊なのに、召喚者によって性格が様変わりするなんて……」
「現に、我がそうであろう。お前達の認識では、英霊とは全盛期の姿で召喚されるものとされていよう。ならば、聞くが、全盛期とは何を指して言っている?」
「え?」

 全盛期と聞いて、パッと思いつくのは肉体的に成熟を迎えた年頃の事ではないだろうか。私がそう答えると、ギルガメッシュは首を横に振った。

「ならば、魔術師ならばどうだ? 魔術とは時間を掛ければより、密度を増す類のものだ。ならば、魔術師の全盛期とは死の直前にこそあると言えよう」
「それは……」
「貴様の疑問に答えるには、まずその認識を正さねばならん。貴様等が全盛期と称すのは英霊が逸話を残した当時の状態を指している。だが、英霊によっては複数の逸話を持つ者も少なくない。例えば、そこなルーラーが慕うジル・ド・レェを例としよう。奴には救国の英雄と呼ばれた頃の逸話と青髭と呼ばれた頃の逸話の二つが存在する。気高き騎士と血塗られた悪魔。奴のような二つ、ないし、複数の側面を持つ英霊が居たとして、その英霊をどの状態で召喚するのか。そこに召喚者の性質が関わって来るわけだ」
「つまり、召喚者が気高い人物だった場合は救国の英雄と呼ばれた頃のジル・ド・レェが召喚され、悪意を持った人物が召喚した場合は青髭と呼ばれた頃のジル・ド・レェが召喚されるって事?」
「そういう事だ。貴様の場合、最初に喚び出したのは成熟期を迎えた我であろう」
「成熟期を迎えた貴方……?」
「然り。英雄・ギルガメッシュには四つの側面がある」

 ギルガメッシュはまるで他人事のように自らの在り方を解説した。

「まず、少年王であった頃の我は今の我や成熟期を迎えた我とは比べ物にならない程、慈愛に満ちた王であったそうだ」
「……そうだって、自分の事でしょう?」
「昔の事が故、あまり覚えていないのだ。まあ、黙って聞いておけ。少年王であった頃の我は地上の誰よりも優れた王性を持ち、寛容で、思慮深く、公正であり、道徳を重んじた。だが、青年期に至り、我は民に圧制を敷くようになった。これが二つ目の側面。独裁政治を行い、民を奴隷の如く扱い、無制限に財を徴収した。私利私欲の塊であり、最も邪悪であった頃の事だ」
「それって……」
「まあ、そう責めるな。我もまだまだ未熟であったという話だ。己の強大な力に振り回され、心が乾いていたのだ。だが、友がそんな我を変えた」
「友……?」
「エルキドゥという神々が我を諫める為に創り上げた人形だ。我は奴と出会い、過ごす内に心の乾きを癒す事が出来た。そして、それが今の我だ。未だ、成熟期に至らぬまでも、エルキドゥと共にフンババに挑み、倒した。恐らく、戦闘能力に関して言えば、今の我こそが全盛期と言えよう。王として、あるいは裁定者としては成熟期の我に軍配が上がるかもしれぬがな」
「成熟期に至った理由は何なの?」
「……さて、今の我には分からん。それは成熟期に達した我のみが知る事だ。我に分かるのは我に至るまでの話のみ」

 ギルガメッシュはワインを煽るように飲み干すと言った。

「話を戻すぞ。少年王であった頃の我はギルガメッシュの善の側面。邪悪であった頃の我は悪の側面。成熟期に達した我は王、あるいは、至った者としての側面」
「今の貴方は……?」
「戦士としての側面であり、可能性を持つ者、もしくは、可能性を信じる者の側面といった所か」
「可能性……?」
「そうだ。これより先の未来に何があるか、広がる可能性を信じていた頃のギルガメッシュが我なのだ。エルキドゥと共にどこまでも駆け抜ける事が出来る筈だと、信じていた頃の……、な」
「アーチャー……。うん、分かった気がする。どうして、私が違う側面の貴方を召喚したのか……」
「ほう……」
「前の私は全てに諦めてた。どうせ、幸せなんて掴めずに死ぬ。そう結論付けて、どう死ぬかって事にばかり頭を悩ませていた。でも、アーチャーと一緒に戦って、過ごして、再び、過去に戻って来て、慎二と恋人同士になれて、きっと、変わったんだと思う」

 今の私は前とは違う。

「今の私は未来に手を伸ばそうとしてる。慎二と一緒に幸せな家庭を築きたいなんて、夢を抱いてる。今の私は未来への可能性を信じてる」
「……恐らく、マスターも変わられたのでしょうな」

 アサシンが言った。彼にはルーラーがある程度の事情説明を行ったらしい。
 
「恐らく、以前マスターが召喚したのは私とは違う者。恐らく、肉体改造に長けたハサン・サッバーハだったのでしょう。彼らの暗殺技術は我等、|戦士《フィダーイー》とは赴きを異とするものなので、あまり詳しくは無いのですが……」
「間違い無いと思う。あのアサシンと貴方じゃ全然違うもの。っていうか、固有結界を使える反則的なアサシン、他に居ないと思うわ」
「これは我々の在り方そのものですので……。信ずるモノの為、忠義の為、我等は同じ空、同じ大地に立ち、己の役割を全うした。あの風景が宝具という形で現れたのは、まるで、世界に我等の思いが認められたかのようで、実に悦ばしい」

 無表情だし、声も実に淡々としているけど、どこか嬉しそう。

「さて、脱線したが、本題に入るとしよう」
「もっか、一番の疑問点は時間遡行をした原因についてでしょうか?」

 ルーラーが首を傾げると、ギルガメッシュが呆れたように肩を竦めた。

「何を言っている。理由など明白だろう」
「貴方には既に理由が分かっていると?」

 ルーラーが驚きに目を瞠る。きっと、私も同じ表情を浮かべているに違いない。
 
「簡単な話だ。時間遡行とは魔法の域にある現象だ。第二、あるいは第五魔法の使い手でもなければ、そうそう扱う事は出来ぬ代物」
「では、一体……」
「あるではないか。魔法に匹敵する現象を引き起こせるモノが一つ、この地に」
「……まさか!」

 私とルーラーは同時に同じ結論に至り声を張った。

「――――この現象を引き起こした原因は恐らく聖杯。そして、それを使った者こそがこの件の黒幕だろう」
「って、あの時聖杯の近くに居たのって、私達だけだったわよ!?」
「やはり、アーチャーが!?」

 私とルーラーの言葉にギルガメッシュはまるでゴミを見るような目を向けてきた。
 
「如何に変わろうが我は我だ。故に断言する。我が時間遡行などに手を出す事はあり得ん」
「なら、一体――――ッ」

 ルーラーが机から身を乗り出してギルガメッシュに迫る。
 ギルガメッシュは鬱陶しそうに顔を顰めながら言った。

「恐らく、成熟期の我の行動から推測するに、この時間遡行という現象が発生したのは今回が初めてではない」
「なっ――――ッ!?」

 私はルーラーと顔を見合わせた。

「どういう事!?」
「恐らく、成熟期の我は世界の歪みに気付いたのだろう。故に乖離剣を使い、世界を断とうとした。一度や二度では無い。何十、何百、下手をすれば、何千回とこの世界は一定周期を繰り返している可能性がある」
「な、なんですって!?」

 ルーラーが目を丸くしながら叫ぶ。あまりにも突拍子の無い話に私は椅子の背凭れに凭れ掛かった。

「この世界は箱庭の中なのだろう。故にその壁を取り払う為、成熟期の我は乖離剣を使った。そう考えれば筋が通る。そして、貴様に対し、言峰が告げたという言葉」
「『君が招かれたのも奴が原因だ。乖離剣によって、世界にアレの存在を感知させてしまったが故に君はここに居る』という言葉ですか?」
「然り、乖離剣の発動により、箱庭の壁が壊されたのは前回が最初では無かったのだろう。その際に世界は異変に気付き、抑止の使者たる貴様を放り込んだ」
「……まさか」
「アーチャー! 黒幕は一体誰なの!? 貴方には分かってるんじゃないの!?」

 立ち上がり、私は問い詰めるように叫んだ。

「まさか、あの言峰という男!」

 ルーラーの言葉にギルガメッシュは首を横に振った。

「いや、違うな。あの男は恐らく協力者といったところだろう」
「何故、言い切れるのですか?」
「奴にサーヴァントは居ないからだ。前回の奴のサーヴァントは凛の話によれば完全に消滅しているし、先の戦いで奴は通常のサーヴァントを使役していなかった。サーヴァントが居なければ、聖杯には触れられん」
「では、一体……」
「分かるだろう? つまり、正規のサーヴァントを引き攣れ、聖杯の下に至った存在。それが黒幕だ」
「じゃあ、黒幕は!」
「ああ、まだ特定には至らぬが――――」

 ギルガメッシュは言った。

「間違いなく、この聖杯戦争の参加者の中に居る!」

 頭に次々とこの戦争に参加しているマスター達の顔が浮かぶ。
 セイバーのマスター、イリヤスフィール・V・E・衛宮。
 アーチャーのマスターこと私、|間桐《とおさか》|桜《りん》。
 ランサーのマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツ。
 ライダーのマスター、フラット・エスカルドス。
 アサシンのマスター、間桐慎二。
 バーサーカーのマスター、クロエ・フォン・アインツベルン。
 そして、未だ正体不明のファーガスことベオウルフのマスター。

「黒幕は一体……誰?」

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