第三十五話「はじまりとおわりのプロローグ」

――――聖杯戦争。数百年も昔、御三家と呼ばれる魔術師の血族の当代当主達が創り上げた大儀式。参加する魔術師は七人。彼らは各々、英霊をサーヴァントとして使役し殺し合う。彼らの目的はただ一つ、聖杯と呼ばれる宝具を手に入れる事である。
 『聖杯』とは、一般的に|神の子《イエス》の血を受けた杯を指す。この杯には諸説があり、1982年に出版された『The Holy Blood and the Holy Grail』によれば、イエスの血を受けた者、即ち、彼の配偶者が産み落とした子の事を指すと著者等は主張している。彼らによれば、テンプル騎士団やアーサー王伝説における聖杯探求の旅の真の目的はイエスの血を受け継ぐ子孫を探す事だという。
 近年、その主張を支持する書籍が多数執筆されている。マーガレット・スターバードの『Mary Magdalen and Holy Grail』やダン・ブラウンの『The Da Vinci Code』などが有名だろう。
 さて、何が言いたいかというと、聖杯戦争における『聖杯』はイエスの聖遺物とは全く異なる性質を持つ宝具だという事だ。聖杯というキーワードに対し、人々が抱く想念。即ち、奇跡を起こす宝物であれという人々の祈りが創り上げた虚像。その虚像の性質を持つが故に便宜上、聖杯という名称を使っているに過ぎない。
 つまり、聖杯戦争に参加する魔術師達の真の目的は信仰による聖杯の探求などでは無く、聖杯のあらゆる願いを叶えるという機能を手に入れる事にある。
 聖杯が叶えられる願いは一人の人間の祈りのみ。けれど、聖杯の降臨には七人の魔術師が必要だった。たった一つの奇跡に対し、七人の協力者が集う。その結果、引き起こされたのは利権を争う命を賭けた闘争の始まり。聖杯降臨の儀式は聖杯戦争と名を改め、幾度も戦端が開かれた。
 繰り返す事四度、未だ、聖杯が起動した事は一度も無い。

「……まあ、このくらい要点を掴んでおけばいいか」

 聖杯戦争の基礎知識を反芻しながら紅茶を口に含む。今更とも思うが、物事の本質をキチンと理解する事はとても重要だ。十年前、我がアーチボルト家の当代当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはその理解を怠ったが故に命を散らした。彼は己の欲望の為に殺し合うという行為に対し、あまりにも無垢な考えを抱いていた。
 武勇が欲しい。そんな理由で彼は聖杯戦争に参加してしまった。弱味にしかならない婚約者を引き連れて……。

「そろそろ時間か――――」

 時計に視線を向ける。時計の針はじきに午後八時を指そうとしている。一日の内、私にとって最も波長の良い時間帯だ。ピークに達するのは午後八時丁度。眼下の床に描いた魔法陣を見下ろす。最終チェックをしておこう。万が一にもミスは許されない。
 消去の中に退去。過去の陣を四つ刻み、召喚の陣で囲う。さして、大掛かりではないものの、小さなミスが致命的になり兼ねない。万全を期すに越したことはない。
 午後八時になった。細心の注意を払い、深く息を吸う。

「|閉じよ《みたせ》。|閉じよ《みたせ》。|閉じよ《みたせ》。|閉じよ《みたせ》。|閉じよ《みたせ》。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 ここまでは前準備に過ぎない。
 ここからだ。息を吐きながら魔術回路を起動する。バチンという肉体そのものが別のナニカに切り替わる感覚が奔る。電気信号を伝える神経が今は魔力を伝える回路へと変貌している。
 人から神秘を行使する為の部品に変わる。皮膚が|溶解し《みたされ》ていく。吸収した濃密な魔力が本来の肉体の感覚を塗り潰していく。己という回路を通し、取り込んだ魔力を別の魔力へと変換していく。
 内側から肉を鑢で削られていく。腕にビッシリと針を刺される。足に火を付けられる。気が狂いそうな程の苦痛。それは私の体が魔術回路に変貌した己の肉体を嫌悪する聖痕だ。如何に優れた魔術師もこの痛みから逃れる事は出来ない。人の身で魔術を使う限り、この痛みは永劫付き纏う。
 取り入れた魔力は焼けた鉛の如く体内を這い回る。苦痛は極限に達し、同時に至ったのだという手応えを得る。人から魔術を行使する者、即ち、魔術師へと変わった事を実感し、頬を緩める。

「――――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 暗い部屋を眩い光が照らし出したかのような錯覚を覚える。実際にはまだ何も起こってはいないにも関わらず、視覚が潰される事を恐れ、自ら機能を停止させる。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」

 手応えを感じる。中々回復しない視覚がもどかしい。
 数秒が経ち、視力が回復すると、雲の合間から顔を出した月の光が部屋を照らしていた。月光の下、魔法陣の中央に巨躯の男が佇んでいる。ただそこに居るだけで圧倒されそうになる。間違いなく、望み通りの英霊が召喚されたらしい。
 
「名は?」

 男は真っ直ぐに私の目を見据え、問い掛けてきた。
 ゴクリと唾を飲み込み、深く呼吸をする。呑まれたままではいけない。これから、私は彼と共に命を賭した戦いに打って出るのだから――――。

「――――ライネスだ。私はアーチボルト家十代目頭首、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテだ。貴殿は勇者王・ベオウルフで合っているかね?」
「肯定だ」

 ベオウルフは僅かに頬を緩めた。

「我が名はベオウルフ。ウェデル族の勇士にして、デーンの王。此度はセイバーのクラスを得て、現界した。短い付き合いになるとは思うが、よろしく頼む」
「ああ――――、こちらこそ、よろしく頼むよ、|セイバー《・・・・》」

第三十五話「はじまりとおわりのプロローグ」

 世界は終わりを告げた。人類最古の英雄王のみが持つ事を許された神の剣――――、|乖離剣《エア》は文字通り世界を斬り裂いた。彼が何を知り、何を思い、何の為にそんな真似をしたのか、マスターであるにも関わらず、私は一つも分からなかった。
 唯一分かっているのは私が彼に守られたという事だけだ。滅びの光に包まれた瞬間、彼に手渡された小袋から滅びの光に負けない強い輝きが零れ、私とルーラーを覆った。
 気が付くと、私はベッドに横たわっていた。直ぐには何が起きたのかを理解する事が出来なかった。アーチャーを探そうとして、部屋から出て動き回る内、自分の肉体の変化に気が付き、そして、彼と遭遇した。
 間桐鶴野。慎二の父親はアーチャーによって殺害された筈だ。初め、アサシンが彼に化けているのではないかと疑った。けれど、彼が口にした言葉によって、私は酷く困惑した。

『聖杯戦争が始まる』

 彼は今更な事を口にした。聖杯戦争はとうに戦端を開いている。
 その後、彼と幾度か言葉を交す内、恐ろしい事実に行き当たった。未だ、聖杯戦争が始まっていないという事実。日付を尋ねたところ、鶴野は眉を顰めながら応えた。聖杯戦争が始まる前日の日付を彼は口にした。
 ここに混乱が極まった。まさか、今までのは全て夢だったとでも言うのだろうか?
いや、そんな筈は無い。アーチャーと共に歩んだ日々が夢であった筈が無い。
 顔を青褪めさせる私に鶴野は言った。

『英霊召喚の準備が整うまでもう少し時間が掛かる。それまで、体を休めておけ。分かっているだろうが、失敗は許されない』
『……はい』

 時間が巻き戻っている。その可能性に辿り着いたのは部屋に戻り、ベッドに倒れこんだ後だった。壁に掛かっている――昔、慎二がプレゼントしてくれた――一時間毎に鳥の鳴き声が響く時計を見た途端、ふとその可能性が浮んだのだ。
 もしかしたら、私は部屋を飛び出した。歩き慣れた廊下を走る。あり得ないと思いながら、彼の部屋の扉を開く。

『……ん? ど、どうしたんだい?』

 彼が居た。アサシンのサーヴァントなどでは無い事が分かる。驚いた様子で目を丸くする彼に駆け寄り、その顔に手を触れた。幾度と無く感じて来た彼の体温。
 生きている。慎二が生きている。

『どうしたんだ!? こ、こんなに震えて……』

 慎二は私の異常に動揺している。心配そうな表情を浮かべ、私の腕を掴んだ。

『ア、アイツ等がまた何かしたのか!? ぼ、僕……僕は』
『違う。違うのよ――――、慎二』

 彼は驚いた様子で息を呑んだ。そう言えば、彼を直接名前で呼ぶのは何時以来だろう。でも、今はそんな事を気にしている余裕が無い。だって、彼が生きているのだから……。

『お願いがあるの……』
『な、なんだい?』
『……これから先、何があろうと、自分の命を捨てるような事はしないで欲しい』
『……え?』

 慎二は酷く困惑している。当たり前だ。いきなり、そんな事を言われて困惑しない人間は居ないだろう。

『お願い……。慎二、あなたに何かあったら、私は凄く悲しいのよ。辛いのよ……。だから、何があっても、死なないで』
『り、凛……?』
『お願い……』

 涙が溢れ出す。もう、二度と彼を失いたくない。

『ど、どうして……。ぼ、僕なんかの命なんて……』

 どうでもいいだろ。そんな言葉を口にさせたりしない。唇で彼の言葉の続きを封じる。彼は驚きに目を瞠り、私を引き離した。

『本当にどうしたんだ!? き、昨日までっていうか、さっきまで普通だったのに……』
『……ねえ、慎二。約束して。決して、命を粗末にしないって』
『凛! 僕の質問に答えてくれ!!』

 どうして、分からないんだろう。慎二はそんなに鈍感な方では無い筈なのに……。

『――――愛しているからよ』
『……へ?』

 あまりにも間の抜けた表情をするものだから、思わず噴出してしまった。
 おかげで、肩の力が抜けた気がする。私は凍りつく彼の耳元で囁くように言った。

『愛しているわ、慎二。だから、約束して欲しい。何があっても死なないって。どんな形であれ、あなたが死んだら、私はとても悲しいの』
『り、凛……、だって、僕……』
『疑うなら、何度でも言うわ。愛しているわよ、慎二。他の誰よりも愛してる』
『ぼ、僕、僕も――――』

 彼は顔を林檎のように赤くして言った。

「――――そこまででいい」

 ここからが良い所なのに止められた。何だか、酷く疲れた様子。

「しかし、なるほどな」

 彼は何かを納得した様子で頷きながらコーヒーを啜った。

「実に不味い」

 何がおかしいのか、彼は薄く微笑みながら――人に淹れさせておいて――不味いと言い切ったコーヒーを一気に飲み干した。彼と出会ってからほんの半日程度しか経っていないけれど、この男の傍若無人な在り方を散々見せつけられて、諦観にも似た気持ちを抱いている。アーチャーの傲慢不遜な態度とは別の方向性の傍若無人さ。

「しかし、残念だ」

 中身を飲み干したカップを机に置くと、全然残念そうじゃない顔で言った。

「汚物に塗れた物など、どれほど優れた逸品であろうと価値は無い。我が財に加えてやろうかとも思い、現世に降り立ったのだがな」

 言いながら、男は鋭く赤い眼差しを向けて来た。人差し指を机に置いたコーヒーカップに向けながら――――。

「不味いんじゃなかったの?」
「さっさと淹れて来い」

 人差し指でコーヒーカップの縁をトントンと叩きながら偉そうに命令してくる。私は溜息すら出て来なかった。元々、逆らう、という事に疲れてしまって久しい私はそれ以上は何も言わずに素直にコーヒーのお代わりを淹れに部屋を出た。
 年中無休で真っ暗な廊下を進み、階段を降りる。階下に降りて来ると、いきなり肩を引っ張られた。その手の主が誰なのかは振り返らなくても分かる。

「慎二! どうしたの?」

 途端に疲れが吹き飛んだ。

「あ、セックスなら後で部屋に行くから待ってて欲しいんだけど?」

 私が言うと、慎二は顔を引き攣らせた。

「違うよ、凛」

 ゲンナリした様子で首を振り、大袈裟に溜息を吐く慎二に私は唇を尖らせる。

「恋人にそういう態度を取るのは良くないんじゃない?」

 そう、私と慎二は正式な恋人同士になった。今思い出しても、彼の告白に頬が緩む。

「あんなに顔を真っ赤にして、『僕も君の事を心の底から――――』」
「……凛」

 真剣な声に思わずときめきそうになる私を彼は強引に抱き寄せた。私と恋人同士になった事が彼に自信を与えたらしく、力強さを感じる。あんまり、ふざけた態度ばかり取っていたら愛想を尽かされてしまうかもしれないわね。それは私にとっても喜ばしくない。

「どうしたの、慎二?」
「その……、アイツさ」

 何だか、歯切れが悪い。けど、何を言いたいのかは察しがつく。

「彼なら大丈夫よ。いきなり暴れ出すようなタイプじゃないようだし」
「でも、さっき喧嘩してたみたいじゃないか……」
「あれは……、私が悪かったの」

――――半日程前の事だ。
 私は時間が巻き戻った事に対しての困惑と慎二と恋人同士になれた事に対しての喜びの間で揺れながら初めてアーチャーを召喚した時のように地下の蟲蔵へと足を運んだ。
 やはり、蟲蔵はアーチャーに焼き払われる以前の姿を取り戻していた。足元に這い寄って来る淫虫を無視して空間の一角に足を向ける。
 この先に奴が待っている筈だ。間桐の当主、間桐臓硯が――――。

『――――来たか。呪文は覚えておろうな?』

 見覚えのあるシルエットが闇の中に浮ぶ。聞き慣れた耳障りな声。間桐臓硯もまた、慎二や鶴野と同じく生きていた。この男の生存だけは喜ばしくないどころか残念でさえある。
 臓硯は嘗てのように父が前回の聖杯戦争の折に用意した『世界で初めて脱皮した蛇の抜け殻の化石』を陣の祭壇に置いた。

『では、早速召喚に取り掛かるとしよう。令呪が浮かんだな?』
『はい』

 手の甲に浮んだ令呪を見せる。さっさと召喚を済ませてしまいたい。今、私を苛む疑問の数々の答えを示せる存在は天上天下に唯一人。
 私の記憶が継承された以上、間違いなく、彼も記憶を継承している筈だ。だって、この現象を引き起こした下手人の最有力候補は彼なのだから――――。
 聞きたい事が山程ある。

『お前にはこの聖遺物を憑代にサーヴァントを召喚してもらう。この聖遺物はお前の父が前回の聖杯戦争に用いる為に準備しておった、考えうる限り最強の英霊を召喚する為のものだ』

 そう、正に最強の英霊だった。結局、本気になった彼を止められた者は一人も居なかった。トントン拍子で勝者になってしまった。
 さあ、さっさと召喚を済ませてしまおう。私は臓硯の言葉に頷くと、陣の前に立った。

『さあ、詠唱を始めるが良い』

 臓硯の言葉に私はゆっくりと口を開いた。

『閉じよ――――』

 循環する魔力に体内の刻印虫が暴れ始める。何となく、懐かしさを覚える構わない。別にこの痛みが好きというわけではない。ただ、慣れ親しんだ感覚が戻って来た事に一種の感慨が浮ぶ。

『――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』

 嘗て唱えた呪文を一字一句違えずに諳んじる。

『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!』

 途端、暗闇に覆われた蟲蔵が眩い光に包まれた。まるで燦々と降り注ぐ太陽の光のようにどこか暖かく、だけど、直視するにはあまりにも攻撃的な輝き。その光の中に一人の男が君臨していた。
 私はそれが“彼”である事を疑わなかった。無意識の内に駆け出し、一体、これはどういう事なのかと問い質そうと口を開いた。だけど、男の目の前に辿り着いた瞬間、私は凍りついた。

『喜ぶがいいぞ、小娘』

 光の中に君臨するその男は彼では無かった。どこか、彼に似た出で立ちだったけれど、見た目が大きく異なっている。金色の髪、真紅の瞳、黄金の鎧。そこまでは同じなのだが、背の高さや髪型、纏っている雰囲気が全く異なっている。

『この瞬間、貴様の勝利は確定した!!』

 それが、私の新たなるサーヴァントとなった男の発した第一声だった。私はそれに対して応える事が出来なかった。あまりにも大きな失望感に声が出せなかったのだ。
 疑問に対し、答えを提示してくれる筈だった彼が居ない。途端に足下が覚束なくなってしまった。
 そのせいで、咄嗟に理性が働かなかった。ただ、どうしても目の前の光景を認める事が出来なかった。どうして、彼では無いのかと――――。

『あんたじゃない』

 そう言葉にしてしまった。

『……何?』

 怪訝な表情を浮かべるサーヴァントに対して、私自身理不尽極まりないと思うような言葉を吐き掛けた。

『あんたじゃない。なんで、アーチャーじゃないの?』
『何を言っている? |我《オレ》は紛れも無く、アーチャーのサーヴァントとして現界している』
『そうじゃない! 私が言いたいのは――――』

 私は最後まで言い切る事が出来なかった。
 黄金のサーヴァントは鼻を鳴らすと私の体を軽々と持ち上げ、自分の鎧の肩の部分に私を腹這いにさせ、まるで鉄骨か何かを運ぶみたいに歩き出した。

『ちょ、ちょっと!?』

 私が叫んだり、暴れたりしても、黄金のサーヴァントはどこ吹く風といった態度で蟲蔵を横切って行く。彼の歩く道程に這っていた蟲共は悉く彼を恐れ、道を開けた。

『小娘、話すに適した場所を教えろ』

 蟲蔵を出る階段を上がり切る頃には私もいい加減頭が冷えて来て、自分の部屋に彼を案内した。そこで漸く床に降ろされ、黄金のサーヴァントは言った。

『小娘、以前にも貴様は聖杯戦争に参加していたな?』

 彼の紅の瞳は私の全てを見透かしているかのようだった。まるで、アーチャーのように……。

『貴様はアーチャーのサーヴァントを欲していた。特定の英雄では無くな。だが、それは戦略上故では無かろう。ならば、貴様の求めていたのは特定のサーヴァントだった、と考えるのが自明の理というものだ』
『……ええ、その通りよ』
『答えは肯定か。ならば、話せ。貴様の経験した聖杯戦争をな。聖杯より流れ込む知識よりも経験者の言葉の方がより理解を深められる』

 彼の言葉に私はどう応えるべきか悩んだ。彼は恐らく第四次聖杯戦争にでも参加し、その時のサーヴァントを私が求めているのだろうと考えている様子。けど、事態はやや複雑だ。

『何を悩んでいる? ああ、そうか、聞き耳を立てられては話し辛い事もあるか』

 何を思ったか、アーチャーは一人納得した様子で指を鳴らした。すると、彼の背後の空間に揺らぎが起きた。その現象を私は知っている。
 |王の財宝《ゲート・オブ・バビロン》。英雄王・ギルガメッシュの宝具から中の宝物が姿を現す時の現象と酷似している。それで思い出した。
 私は目の前の男を知っている。と言っても、直接会った事があるわけじゃない。私は夢で彼を見た事があったのだ。一度目は英霊・エミヤの夢。二度目はアーチャーの宝具によって世界が滅びる寸前に見た夢。
 彼は己を人類最古の英雄王・ギルガメッシュであると主張していた。

『これを飲んでおけ』

 手渡されたのは見覚えのある液体入りの瓶。私は素直に受け取り、中身を飲み干した。そして、以前の再現が行われた。私の体から蟲が姿を消し、肉体の補修が行われた。
 もう、間違い無い。目の前の男の正体は他ならぬ英雄王・ギルガメッシュだ。だけど、この容姿の違いは一体何なのだろう。その疑問を解決する為にも私は全てを語る事にした。十年前に端を発する私の数奇な運命について。
 お母様が無残に死んだ所で私にコーヒーを淹れさせる傍若無人っぷりを発揮しながら、彼は私の話を聞き続けた。目の前のギルガメッシュとアーチャーとの違いをまた一つ知った。彼はアーチャーと比べると格段に心が広い。そもそも、令呪を消費せずに彼とこうして顔を突き合わせて話が出来る事が既に異常と言える。
 
 そして、全てを話し終えたのがついさっきの事だ。慎二に不安を与えて妙な真似をさせない為に最後に濃密なキスをして、私は部屋に戻った。

「小娘――――、いや、凛だったな。それとも、桜と呼ぶべきか?」
「……え?」

 凄く気さくな人。やはり、中身が別人としか思えない。
 
「えっと、じゃあ、凛でお願い」
「ならば、凛。貴様とは色々語り合うべき事が幾つかあるが、それは後にするとしよう」
「えっと……、どうしたの?」

 ギルガメッシュは窓の外を眺めている。特に何も見えないし、感じない。
 私が尋ねると、ギルガメッシュは口元を歪め、愉快そうに言った。

「中々に愉快な事が起きているらしい。往くぞ――――、凛」
「行くって、どこに!?」
「無論――――」

 ギルガメッシュは窓を開け放ち、私の手を取った。

「我こそが最強の英雄である事を余の凡夫共に知らしめる戦場へだ!!」

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