最終話「夢の終わり」

 乖離剣によって崩壊を始める『世界』が亀裂から禍々しき真紅の光を迸らせ、呪詛の塊を降らせる。天を往く馬車は針の穴を通す動きで呪詛を交し、天上のステンドグラスを目指す。
 最初は巨大な円形だったステンドグラス。今では大部分が砕け散り、小さな破片を残すのみ。そこに亀裂が走り、光が迸る。
 
「ライダー! 速度を上げろ!」

 エミヤが叫ぶ。弓に次々と矢を番え、避け切れぬと判断した呪詛を打ち払いながら、その眼はステンドグラスの亀裂の先を見ていた。
 遠くの地を見通す英霊・エミヤの鷹の目は亀裂の先に外の世界の光景が広がっている事を捉えていた。その亀裂が広がると共にステンドグラスが崩れていく。恐らく、あのステンドグラスが|この世《ゆめ》と|あの世《げんじつ》を繋ぐ境界線。完全に崩れ落ちたら、手遅れになる。
 
「今の速度が限界なんだ! クソッ、直進出来ればもっと早いのに!」

 ライダーが悔しそうに叫ぶ。
 降り注ぐ呪詛は触れたが最後、一瞬にして呑み込まれ、冒されてしまう。故に馬車は大回りで回避する他無い。
 どうすればいい? エミヤは考える。ステンドグラスの崩壊速度はかなり早い。このままでは間に合わない可能性が高い。となれば、今のように一々呪詛を避けて遠回りしている暇など無い。
 必要なのは道だ。馬車が目的地に向けて直進出来る道を用意する必要がある。その為の手段はある。けれど、その為には固有結界を発動させる必要がある。だが、そうなると狙撃を中断しなければならなくなり、その間、馬車は更に動きを制限されてしまう。下手をすれば回避し切れず、全員お陀仏という可能性もある。

 ――――大丈夫ですよ。

 迷うエミヤの心にそんな声が響いた。
 
 ――――私の力で貴方の投影をサポートします。

 迷っている余裕は無かった。
 
「ライダー! 私が道を切り開く! その道を直進しろ!」
「どうするの!?」

 ライダーの問いに応えず、エミヤは深く息を吸い込んだ。
 自らの内より、一振りの剣を汲み上げる。
 
「トレース・オン」

 本来ならば、固有結界の中でなければ投影出来ない最強カテゴリーの聖剣。本物には及ばぬ紛い物だが、真に迫るソレは英霊・エミヤの禁じて中の禁じてである。
 今、自らの内に潜む『もう一人の自分』の力を借り受け、幻想を紡ぐ。言峰士郎という少女の持つ|能力《ちから》、『|祈りの杯《サング・リアル》』がエミヤの投影をプッシュした。
 顕現したのはエミヤが生前憧れた騎士の剣。遥か遠い理想の輝き。
 十年前の聖杯戦争終結の際とは違い、令呪のサポートも無く、十分な魔力があるわけでも無いが故に、本物には遠く及ばぬ紛い物。されど、道を切り開くには十分な力を持っている。
 エミヤは聖剣を振り上げた。同時にライダーが馬車を空中に静止させた。
 
「|永久に遥か黄金の剣《エクスカリバー・イマージュ》!!」

 ステンドグラスから僅かに逸れた軌道を光が奔る。幾万の呪いが光を前に弾け去った。
 
「往け、ライダー!」
「了解!」

 馬車が奔る。ステンドグラスの亀裂の向こうに見える景色を目指して……。
 
 ――――いけないな。

 聞こえぬ筈の声が響いた。馬車の中、外の景色を眺めていた凜の表情が凍りつく。
 
 ――――君は約束を破った。

 絡みつくような声。
 
 ――――ああ、安心しなさい。他の者は返してあげるよ。

 声と共に馬車が光を帯びる。
 
「な、なんだ!?」

 他の者には聞こえていないらしい。誰も彼もが奇怪な現象に目を剥く。
 
 ――――元より、欲しいのは君だけだ。

「ぁ……、うっ……」
「凜!? どうしたのですか!?」

 様子のおかしい凜にジャンヌが手を伸ばす。
 しかし、その手が凜に触れるより先に彼女の体は光の中に消え去った。彼女だけでは無い。他の者も全て、馬車の内と外から消え去った。
 
「あれ……?」

 目の前が霞んでいく。
 
「どうして……?」

 手を伸ばす。誰も居ない。何も無い。
 さっきまで座っていた筈の馬車の椅子の感触も無くなっている。
 
 ――――この世界は我が体内も同然。目に見えるものも、見えぬものも全て等しく|この世全ての悪《わたし》の一部なのだ。

 声は言う。
 
 ――――お前が息を吸う度、私はお前の中に入り込む。

「……そん、な」

 ――――遠坂凛。お前に選択肢をやろう。最後の選択だ。

 声は言う。
 
 ――――生きたいか?

 声の問いに凜は震えた。もはや、視界は漆黒に染まり、全身の触覚も失われた。自分という存在が酷く希薄になり、それが彼女に恐怖を与えた。
 
 ――――それとも、永劫、この世界に縛り付けられたいか?

 その問いが何を意味しているか、凜には分かっていた。
 ついさっきまでなら、覚悟が出来ていた。けれど……、
 
 ――――英雄王は最後の最後で判断を誤ったな。

 ギルガメッシュは凜に希望を与えてしまった。希望の光は絶望の闇をより一層深くする。凜は声を震わせた。
 
「……いやだ。死にたく……ない」

 生きられる。皆と共に未来を歩いていける。そう信じていたが故に凜の心は揺れ動く。自らの滅びを選択する事が出来なくなる。
 
「や、だ……。わたしは……みんながいる世界に戻って……それで」

 ――――そうだ。願うが良い。さすれば叶う。

「わた、し……」

 ――――それで良いのだ。私の手を取るが良い。さすれば、お前は甦り、全てを手に入れる事が出来る。

「わたし……は」

 ――――この世界を創り上げたのもお前の為だ。我が呪いに抗いし女よ。お前の魂の輝きを私は欲しい。共に歩もうでは無いか。

 凜は手を伸ばした。触れてはならぬ暗黒の闇に手を伸ばした。
 それが意味するのは暗黒神の現界。外の世界に幾億の人の罪業の化身が降臨する。その先にあるのは世界の破滅。
 分かっていて尚、凜は手を伸ばさずに居られなかった。それを罪と断じる事が出来る者が居るだろうか? 背後に迫る絶望から逃れ、目先の幸福に縋りたいと願う事が罪であると誰が断じられようか……。
 
「駄目よ、諦めちゃ」

 また、聞こえる筈の無い声が響いた。
 居る筈が無い。だって、彼女は外の世界に送り出した筈だ。
 
「アンリ・マユ。あなたに凜は渡さない」

 声と共に光が溢れた。
 
「これは……」

 暗闇が晴れ、目の前に不思議な物体が浮んでいた。
 それは剣の鞘だった。
 
「もう少しだけ、頑張って、凜」
「イリ……、ヤ?」

 そこにはイリヤが居た。豪奢なドレスを身に纏った彼女が凜の手に黄金の鞘を触れさせていた。
 
 ――――愚かな。既に外界との繋がりは断った。貴様も凜も私無しでは出られぬ。

「心配には及ばないわ。閉ざされたなら、開けばいいだけだもの」

 イリヤは言った。
 
「英霊・モルガンは嘗て、悪魔の息子に弟子入りし、『悪魔の異界常識』を学んだ。その智慧は妖精郷への入り口を開く事すら可能とする。この世界と現実世界との出入り口を作り出すなんて、彼女にとっては朝飯前よ」

 ――――馬鹿な……。渡さぬ。その娘だけは渡さぬ!

 闇がうねる。されど、黄金の輝きに弾かれる。
 
「無駄よ。|全て遠き理想郷《アヴァロン》の守護下に居る凜に触れる事は誰にも出来ない。例え、幾千幾万幾億の呪いを使おうと、今の彼女は穢せない」

 ――――逃さぬ。遠坂凛よ。お前は私と共に……。

「……わた、しは……帰る。私のまま、みんなの居る世界に……」

 ――――駄目だ。お前は私と共に居るのだ。

「ごめんなさい……、アンリ・マユ」

 ――――嫌だ。

 闇がうねり、イリヤに向かう。しかし……、
 
 ――――何故だ……?
 
 イリヤもまた、黄金の光に身を包み、闇を弾いた。
 
 ――――あり得ぬ。その宝具の守護下に入れるのは一人の筈。

「単純な答えよ」

 イリヤは言った。その手に『二つ目の鞘』を掲げながら。
 
 ――――あり得ぬ。その鞘はこの世に二つと無い筈。

「あるのよ。一人の少年が一人の少女を愛し、救った。その結果、この世界には二つ目の|全て遠き理想郷《アヴァロン》が存在しているの」

 ――――やめろ。

 アンリ・マユの声が木霊する。
 
 ――――凜を連れて行くな。

「駄目よ。凜は私達のもの。貴方になんてあげられないわ」

 ――――やめろ! 戻って来い、凜! お前が望むなら、共に滅びても良い。だから、私と共に……。

「ごめんなさい……」

 アンリ・マユの嘆きの叫びが響き渡る。
 
「行くわよ、凜」
「う、うん」

 イリヤが凜の手を引いて歩き出す。その先にぼんやりと光る円盤が現れた。
 しかし……、
 
 ――――逃がさぬ。

 光が歪む。
 
「往生際の悪いっ」

 再び世界の扉を開こうとするイリヤと凜の周りに闇が立ち塞がる。
 
 ――――行かせぬ。お前は私と共に居ろ。望むなら、全てをやる。友も恋人も家族も全てだ。あらゆる欲望を満たしてやろう。だから……、

「見苦しい」

 アンリ・マユの声を遮るように凛と冴え渡る声が響き、無数の輝きが闇を蹂躙した。
 
「あ、アーチャー?」
「度し難い程に愚かよな、アンリ・マユ」

 そこにギルガメッシュは居た。片腕を無くし、血塗れの姿で彼はそこに居た。
 
「アーチャー! その怪我はどうしたの!?」

 悲鳴を上げる凜にギルガメッシュはほくそ笑んだ。
 
「『今の我』に乖離剣は過ぎた宝物であったらしい。片腕を持っていかれた。だが、お前達が扉を潜るまでくらいならば、この状態でも問題無い」

 ギルガメッシュは言った。
 
「凜は未来に生きるべき者だ。だからこそ、貴様も憧れたのだろう?」

 ギルガメッシュは闇に問う。
 
「ならば、潔く羽ばたかせよ!」

 ギルガメッシュは残った手で乖離剣を握り締める。
 
「往け!」

 乖離剣が唸り、世界が軋みを上げる。
 
「行くわよ、凜!」
「……うん」

 闇の先に光が煌く。凜は走りながら遠のく相棒の背中を見つめた。
 
「アーチャー!」

 光に向かって駆けながら、彼女は叫んだ。
 
「ありがとう!」

 光が視界全てを覆う間際、彼女は彼の声を聞いた。
 
 ――――貴様と過ごした日々、悪くなかった。

 やがて、光が和らぐと、凜とイリヤは広々とした洞窟の中に立っていた。
 
「凜!」

 立ち尽くす凜に真っ先に駆け寄ったのはエミヤだった。
 
「大丈夫だったのか!?」
「う、うん。イリヤが助けてくれたから……」

 そう呟いた瞬間、大地が大きく揺れ動いた。振り返ると、聳える丘の上に黒い太陽が浮んでいた。嘗て、ここに来た時に見たソレとは比べ物にならない程巨大な孔。
 
「皆さん、さがって!」

 ジャンヌの声が響く。
 
「アレの始末は私がつけます」

 その言葉と共に彼女の纏う空気が変貌した。紫眼は黄金色に輝き、強大な魔力が彼女を包み込む。

「全員、私の背後に集まれ!」

 エミヤが叫ぶ。未だ、現状を把握し切れていない一般人を手分けしてマスター達がエミヤの背後に引き摺っていく。
 全員が背後に納まったと同時にエミヤはアイアスの盾を展開した。
 
「最終決定。これより、大聖杯を破壊し、事態の終極を図ります」

 ジャンヌは胸の前で手を組み、膝を折った。
 
 “主よ、この身を委ねます”

 それは彼女が生前、最期に呟いた神への祈り。あらゆる苦痛をあるがままに受け入れ、神の意思に身を委ねるという意の辞世の句。
 彼女の身が生前の終わりを彷彿させる紅蓮の炎に包まれた。
 やがて、炎は彼女の手の中で一本の剣に姿を変える。
 
「さあ、終わりの刻です」

 |紅蓮の聖女《ラ・ピュセル》。それはジャンヌ・ダルクという英霊の魂そのもの。彼女の心象風景を剣として結晶化させた固有結界の亜種たる概念結晶武装。
 聖女は剣を振り上げると共に呟いた。
 
「さようなら、シロウ」

 剣が振り下ろされる。それと共に紅蓮の劫火が暗き闇の孔を焼く。
 それはあらゆる人の罪を赦す浄化の炎。霊的なるものに対し、絶大な力を発揮する慈悲なる暴虐。
 その光景をマスター達は様々な思いで見守った。
 
「これで、全てが終わるのね……」

 聖杯戦争の歴史が幕を閉じる。聖杯戦争によって、数奇な運命を歩む事となった少女は傍らの自らと同じ境遇の少女の手を握る。
 
「終わったね……」
「うん。終わった……」

 やがて、炎が燃え尽きると、跡には何も残っていなかった。聖女の炎は聖杯を織り成す全ての要素をその場から放り去った。
 辺りに沈黙が満ちる。その静けさを破ったのはエミヤだった。
 
「さて、そろそろ時間のようだ」
「アーチャー?」

 彼の言葉に途惑う凜に彼は言った。
 
「私はライダーやモードレッドのように受肉しているわけでは無いのでね。そろそろ、持ち主に肉体を返還しなければならん」
「で、でも……」
「聖杯が消滅した以上、|英霊《わたし》は現世に留まれない。すまんな。これから大変だって時に……」
「アーチャー……」

 申し訳なさそうな表情を浮かべるエミヤに凜は首を振った。
 
「もう、私は誰にも甘えないわ。自分の力で未来を歩く。そう、彼とも約束したから」
「ギルガメッシュか……。生前、奴とは複雑な関係にあったが、それでも強く思う。やっぱり、凄いな」
「何と言っても、最強の英雄王様だもの」
「ははっ、君にそんな風に言われるとは、少し妬けるな」
「アーチャー……」

 エミヤは凜の頭に手を伸ばした。
 
「頑張れよ、遠坂」
「……うん。私は今度こそもう大丈夫。だから、士郎」
 
 凜は満面の笑顔で言った。
 
「ばいばい。今度こそ、さよならよ」
「ああ、さよならだ」

 その言葉と共に英霊・エミヤの魂は消滅した。彼の代わりに彼の寄り代となっていた少女が姿を現し、凜に微笑む。
 
「良いですね。笑顔の別れというのは」
「……まあね。ねえ、士郎」
「何ですか?」
「一緒に来ない?」
「一緒に……、ですか?」

 凜は頷いた。
 
「アンタは自分の在り方が危険だと思ってるんだろうけど、だからって、死ぬのは間違ってると思うの」
「……それで?」
「だから、アンタはその在り方の全てを賭けて、私のたった一つの願いを叶えてよ」

 凜の言葉に士郎は目を丸くし、やがて苦笑した。
 
「では、願いを言って下さい」
「私の友達になってよ」
「……それが貴女の祈りですか?」
「ええ、そうよ。私は貴女と友達になりたい」
「分かりました。その祈り、叶えましょう」

 微笑みながら、士郎は凜の手を取った。
 
「私の名は言峰士郎。丘の上の教会で神父をしています。今はシスターになっちゃいましたけど」

 舌をちょっぴり突き出して、彼女は悪戯っぽく言った。
 
「私は遠坂凛。魔術師やってます」

 凜も笑顔で返した。
 
「これから、よろしくね、士郎」
「ええ、よろしく、凜」

 強く手を握り合うと、士郎が言った。
 
「さあ、貴女を待ってる人が居ますよ」
「うん」

 士郎に促され、凜は立ち尽くす妹の下に向かった。
 
「桜」
「姉さん……」

 姉妹はそれ以上言葉を交す事無く抱き合った。その姿を傍で見守っていた白い少女の下に一人の少年が歩み寄る。
 
「イリヤちゃん」
「フラット……」

 フラット・エスカルドスはイリヤの小さな体を抱き上げた。
 
「イリヤちゃん。今から俺、とっても大切な事を言います。だから、聞いて下さい」
「い、いいけど、降ろしてくれない?」

 高々と持ち上げられた少女は頬を赤らめながら不服そうに言った。
 
「ううん。同じ目線で言いたいんだ。だから、我慢してよ」
「……もう。それで、なにかしら?」

 ジトッと見つめてくるイリヤにフラットは言った。
 
「好きです。俺と結婚を前提にお付き合いして下さい」

 そんな彼の言葉にイリヤは顔を真っ赤に染め上げた。
 予想していた言葉だったけれど、あまりにも直球過ぎて、頭の中が茹ってしまった。
 
「君の事は俺が絶対守ります。だから、お願いします」

 真っ直ぐに見つめてくる彼にイリヤは小さく頷いた。
 
「えっと、不束者ですが、よろしくお願いします……」
「やった!」

 そんな少女の唇にフラットはキスをした。そんな二人の後姿を見守っていたお調子者はこっそり彼に近寄り、二人が離れた瞬間を見計らい行動した。
 
「あっ!」
「ちょっ!?」

 ライダーはフラットとイリヤ、両方の唇を啄んだ。
 
「ふふふ、折角受肉したんだし、ボクも二人と一緒に居させてもらうよ? 駄目って言っても付いてくからね! そんで、二人を守るんだ!」

 ライダーの言葉に二人は噴出した。
 
「駄目なんて、言う筈無いじゃない」
「って言うか、ライダーが一緒に居なきゃ、俺はもう駄目だよ」
「ちょっと、フラット! その発言はさすがに見過ごせないわよ!?」
「ええ!?」

 三人がわいわいと叫ぶ傍ら、ライネスは今後の事を考えていた。
 
「しばらくは面倒事が続くだろうな……」
「でしょうね。まあ、何とかするしか無いでしょう」

 バゼットの言葉にライネスは溜息を零す。
 
「もう、思い切って旅にでも出てみるかな。そんで、良い男でも捕まえて結婚して、幸せになってみるか」
「セイバーの事はいいんですか?」
「彼の事は愛していたさ。けど、過去はもう振り返らない事にした」
「……草葉の陰で泣いてますよ、彼」
「ハッハッハ! セイバーとて、私を本気で愛していたわけでは無い。故に問題無い!」

 ライネスのあっけらかんとした物言いにバゼットは目を丸くした。
 
「変わりましたね、貴女」
「まあ、人間、一度死んだら色々変わるさ。しかも、私達の場合は二回も死んだんだ。いや、それ以上か……。とにかく、自分を見つめ直す良い切欠にはなった」
「確かに……。これ以上無い経験でしたからね。私も少し、自分の生き方を見つめ直してみます」
「それがいい。折角だ。一緒に来ないか?」
「……いいんですか?」
「どうせ、お前も友達なんて居ないだろ?」
「……いや、友達の一人や二人……」
「居ないだろ?」
「……はい」

 俯くバゼットにライネスは高らかに笑った。
 
「私もだ。だから、一人ぼっち同士、一緒に自分の生き方を見つけようじゃないか」
「……そうですね。ただ、もう私達は一人ぼっちじゃないんですから、友達が居ない発言は……」
「ああ、分かっているさ。私も君も実に得難い友を得た。共に苦難を乗り越えた友情はそう簡単に壊れたりしない筈だ」
「そう願いたいものですね」

 互いに肩を震わせ笑い合う二人。
 彼女らから離れた場所で、もう一人。モードレッドは手持ち無沙汰気に桜と凛を見つめていた。
 
「モードレッド」

 桜は凜から離れると、彼女の下に向かった。
 
「桜……、なんだよな?」
「うん。そうよ」
「ちっちゃいな」

 桜を持ち上げ、モードレッドははにかんだ。
 
「可愛いな」
「……ありがとう」

 桜とモードレッド。二人が微笑み合うのを見守りながら、凜は静かに離れた。
 彼女が向かう先に佇むのは一人の少年。
 
「やあ、凜」

 慎二は気まずそうに手を挙げた。
 
「……はは、何て言うか、言葉が見つからないや」

 彼は頬を掻きながら言った。
 
「臓硯の事、全く気付かなかった……ってのは言い訳にならないよな。本当にすまなかった」

 頭を下げる慎二に凜は不満気に鼻を鳴らした。
 
「慎二。私としては謝るより先に言って欲しい言葉があったんだけど……」
「え? えっと、お、おはよう?」
「なんでよ!? そうじゃなくて、分かるでしょ!?」
「え、ええ!?」

 慎二は頭を抱えて考え込み始めた。
 本気で悩んでいる彼に痺れを切らし、凜は彼の服の襟を掴んだ。
 
「もう! フラットを見習いなさいよね!」

 そう言って、彼女は彼にキスをした。
 
「な、なんで……」

 彼女が離れた後、彼はそう呟いた。
 
「君は僕の事を……」
「最初は同情だったわよ。臓硯に言った通り」
「なら、どうして……」
「でも、それは以前までの話よ。私の為に命懸けで戦ってくれた貴方はとってもかっこ良かったわ」
「で、でも……、僕は結局単なる道化でしかなくて……」
「まあ、確かに情けなくはあったけど……」
「……なら」
「でも、好きになっちゃったんだもん」

 凜は言った。
 
「臓硯を騙す為にああ言ったけど、私は貴方が好きよ? 慎二」
「り、凜!?」
「だって、あんなに一途に思ってくれる人を嫌いになれる筈が無いじゃない」

 凜は微笑みながら言った。

「私を愛してくれる貴方が好きよ、慎二」
「……僕も君が好きだ。愛してるんだ、凜」
「なら、言ってくれるわよね?」
「僕なんかでいいのかい……?」
「っていうか、慎二じゃないと嫌よ」

 凜の言葉に奮い立ち、慎二は言った。
 
「ぼ、僕と結婚してくれ!」
「……うん、喜んで。って言っても、色々落ち着いて、慎二が結婚出来る年齢になったらだけどね」
「あ、ああ!」

 そして、時は過ぎて往く。彼ら、彼女らの未来が動き出す。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。