幕間「始まりと終わりの物語」 パート2

 セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカーの四騎の睨み合いはライダーのマスター、フラット・エスカルドスの――頭がおかしいとしか思えない――提案によって中断された。
 彼は言った。
 
「俺はフラット・エスカルドスです。英霊の皆さんと友達になる為に参加しました! 是非、お酒でも飲みながら、皆さんの武勇伝を聞かせては頂けませんでしょうか?」

 瞳を輝かせる彼に私を含め、誰もが唖然とした。ジョークのつもりかしら。
 
 ――――どう思う?

 私は内なる友に意見を聞く事にした。
 
 ――――英霊と友達になりたいだなんて、素敵だと思う。

 そうだった。彼女は私が理想とした女性像そのもの。優しくて穏やか。疑う事より信じる事を尊ぶ。聖杯戦争のルールも魔術師の常識も彼女には関係無い。彼女の倫理観は――より善良な――一般人と同じだ。
 つまり、彼女の意見はあまり役に立たないという事だ。
 
 ――――まあ、役立たずみたいな言い方しないでちょうだい。

 言葉にしなくても、ある程度、私達は互いの感情の機微が分かる。クロエは私の失望感を感じ取ったらしい。
 
 ――――別に役立たずだなんて思ってないわ。

 嘘を吐いた。彼女は私の嘘を見破る力を持たない。
 
「くだらん」

 セイバーはフラットの提案を一笑に付した。当然の反応ね。

「あ、勿論、お酒代は俺がもちますよ!」
「話にならんな、こいつ」

 セイバーは躊躇い無く黒塗りの剣を振り上げた。セイバーとフラットの間には三十メートル近くの距離がある。けど、サーヴァントにとって、その程度の距離は無いに等しい。
 
 ――――彼を助けて!

 内なる声が癇癪声を上げた。私はまだ何も命令していないのに、バーサーカーは私の内なる声に反応して動いた。私達と彼の間にはサーヴァントとマスターを結ぶラインが通っている。そのラインを通じ、彼は彼女の声を聞いたのだろう。何て勝手な真似。
 バーサーカーは一直線にフラットの下へ駆けつけ、セイバーの剣を受け止めた。何て事をするの。敵はセイバーだけじゃない。アーチャーも居る。なのに、私はこれ以上無い程無防備な状態を晒している。
 慌ててバーサーカーの後を追う私の姿が敵にどれだけ間抜けに見えたか想像しないようにした。
 
 ――――勝手にバーサーカーに命令しないで!
 ――――したつもりは無かったのよ。けど、彼は私の意を汲んでくれたのよ。優しい人だから。
 ――――狂化してるから理性的な判断を下せないのよ!

 クロエは不満そうに意識の奥へ引っ込んだ。漸く、バーサーカーに追いつくと、バーサーカーと斬り結んでいたセイバーは大きく距離を取った。
 
「ッハ! やはりな。道化を演じ、味方に奇襲させる予定だったか! だが、演技が下手だな」
「演技? えっと、え?」

 どうやら、演技じゃなかったみたいね。彼の表情には戸惑いの表情が色濃く浮かんでいる。溜息を零しながら、私は状況を冷静に分析しようと努めた。
 まず、何より問題なのは私がこの馬鹿とタッグを組んでると思われた事。否定したとしても、相手は信じないだろう。クロエが余計な事をするから!
 
 ――――でも、彼は救われるべき命よ!

 確かに悪人には見えない。純粋な馬鹿にしか見えないだけ……。
 
「セイバー。私達が相手になるわ」
「バーサーカー。相手にとって、不足無し!」

 セイバーが再びバーサーカーに襲い掛かって来た。あまり、バーサーカーに本気を出させたくない。彼が力を振るう度、消費される命があるから……。
 でも、戦いが始まってしまった以上、手を抜く訳にはいかない。
 
「狂いなさい、バーサーカー!」
「ッハ、面白れぇ!」

 荒れ狂うバーサーカーの猛攻をセイバーは物ともしない。狂化が仇となっている。セイバーに拮抗するには力だけでは足りない。舌で上唇を舐めながら、私は背後でおろおろしている主従に声を掛けた。
 
「ほら、今の内に逃げなさい」
「え?」
「言っておくけど、助けてあげるのは今回きりよ。死にたくないなら教会にでも保護を求める事ね」

 馬鹿に意識をこれ以上割く余裕は無い。セイバーの力は計り知れない。最強の大英雄である筈のバーサーカーが狂化した状態であるにも関わらず拮抗状態に持ち込まれるなんて、悪夢のようだ。しかも、セイバーの表情を見る限り、彼にはまだ余裕がありそうだ。
 
 ――――何か手段を講じないと……。アイディアはある?
 ー―――えっと、令呪を使うとか?
 ――――それは最後の手段よ。こんな序盤のしかも敵を助ける為に使うなんて冗談じゃないわ。

 とりあえず、令呪を使うのは論外だ。でも、戦いを長引かせるのも不味い。
 
「……ライダー。頼めるかい?」
「勿論だよ」

 後ろで動きがあった。しまった。油断した。あれはやはり演技だったのだ。標的は自分達を救いに来る愚か者。バーサーカーはセイバーの相手で精一杯だ。この上は私自身が戦うしかない。
 ポケットに忍ばせている礼装に手を掛けながら振り返る。すると、ライダーが私の横をすり抜け、セイバーとバーサーカーの戦場へ向かって行った。

「え?」

 目を丸くしながら向き直ると、ライダーはその手に槍を握り締め、セイバーに向かって突進して行く。
 背後でフラットが動いた。
 
「ライダー! 必ず、その槍を命中させるんだ!」

 私は目を見開いた。フラットの掲げた手の甲から令呪が一角消失した。すると、ライダーの体がまるで追い風を受けたかのように動き、槍の先端がセイバーの肩を掠めた。
 
「|触れれば転倒!《トラップ・オブ・アルガリア》」
「なっ!?」

 驚愕の声はセイバーのものだけど、私も彼に負けず劣らず驚いている。何が起きたのか分からない。分かるのはセイバーの下半身が消えてしまったという事実だけだ。
 
 ――――どうなってるの!?
 ――――か、下半身が無くなっちゃった!?

 驚き目を見開く私とは裏腹にバーサーカーは動じた様子も見せず――狂化のおかげだろう――セイバーに斧剣を振るった。上半身だけになってしまったセイバーは腕の力だけでバーサーカーに対抗しようとするが完全に劣勢に立たされている。
 勝てる。そう確信した直後、寒気がした。誰よりも早くソレに気付いたのはバーサーカーだった。彼は私を守るべく壁となった。そこにこそこそとフラットとライダーが潜り込んで来る。文句を言おうと口を開くより先に破壊の嵐が襲い掛かって来た。
 アーチャーの攻撃だ。剣や槍、斧、槌、鎌などなど、数多の武器が雨のように降り注ぎ、バーサーカーを襲っている。信じられない事にそれら一つ一つが宝具の域にある。
 恐ろしい事にバーサーカーは死を迎えようとしている。
 
 ――――嘘でしょ!? 十二の試練を打ち破るなんて!
 ――――このままじゃ……。

 打つ手が無い。バーサーカーの宝具は|十二の試練《ゴッド・ハンド》という蘇生能力だ。彼、ヘラクレスが生前に挑んだ試練の分だけその身に帯びた不死の呪い。加えて、彼の鋼の肉体はBランク以下の攻撃を無効化し、一度受けた攻撃は何であろうと無効化する事が出来る。そんな彼を殺す事が出来るサーヴァントなんて存在しないと思っていた。
 アーチャーはバーサーカーにとって天敵だ。こうして完全に劣勢に立たされる前に知りたかった。このままじゃ、バーサーカーは一歩も動けない。動いた瞬間、私達は串刺しだ。
 
「ライダー!」
「合点承知!」
「え?」

 突然、私の体は宙に浮いた。気がつくと、フラットに抱き抱えられていた。
 
「な、何をするの!?」
「シー、ちょっとだけ我慢してよ」

 フラットは下手糞なウインクをして、ライダーに視線を送った。ライダーは頷くと、口笛を吹いた。途端、目の前に見た事の無い獣が現れた。
 
「げ、幻想種!?」
「そう! ボクの相棒のヒッポグリフさ! さあ、後ろに乗って!」

 迷いは一瞬だった。どっちにしろ、抱えられている状態では拒否権なんて存在しない。万が一、ライダーやフラットが私を殺そうとしても対抗する手段がある。けど、このままここに留まっていたら待ち受けるのは死のみ。
 バーサーカーなら私が居なければ逃げられる。選択の余地は無い。
 私が頷くのを確認して、フラットは幻馬の背に跨った。
 
「フラット!」
「ああ、令呪をもって命じる! 戦線を離脱するぞ、ライダー!」
「了解!」

 迷いが無さ過ぎる。彼は三画しかない令呪をこの短期間に二つも消費してしまった。何か狙いがあるのかもしれないけれど、令呪二画をこの序盤で消費する程の狙いって何? 私には想像もつかない。
 
 ――――純粋な善意だと思うよ。そして、勇気。
 ――――あるいは底知れぬ愚かさね。

 瞬く間に雲を抜け、満天の星空の下に私達は出た。急いで、バーサーカーに撤退を命じる。
 
「危なかったねー」

 フラットは軽い調子で言った。
 その表情に悪意の色は見えない。どうやら、クロエの考えが正しかったらしい。救う価値の有無はともかく、彼らは悪人では無いようだ。
 
「一応、感謝するわ。危うく死ぬ所だったし」
「とんでもない! 感謝するのは俺達の方だよ! あの時、正直駄目かと思ったもん」
「じゃあ、何であんな真似をしたのよ?」

 まさか、本当に何の対策も講じずに敵に取り囲まれた状態であの提案をしたのだろうか?
 
「うん。俺、本気なんだ! 英霊の皆と仲良くなりたいんだよ!」

 確信した。この男、間違いなく馬鹿だ。
 
「あっそ……。でも、今度からは相手を見てからしなさいよね」
「はーい」

 暢気な返事に溜息が出る。
 
「それにしても、ライダーのあの槍って……」
「ああ、アルガリアの事かい?」
「アルガリアって事はもしかして……」
「うん。ボクこそ、イングランド王の息子にして、シャルルマーニュ十二勇士の一人、アストルフォさ!」
「……真名を隠す気無いの?」
「我が名を名乗る事に恥じ入る理由など無いさ!」

 毅然とした表情で言い放つライダーに私はもはや何も言い返せなかった。どうせ、徒労に終わるだけだ。
 
「アストルフォって、男性だと思ってたんだけど?」
「男だよ?」
「……え?」

 私の視線は彼女……、じゃなくて、彼の腰に向かう。そこにはスカートにしか見えないアンダー。そして、そこからニーソックスに伸びるガーターベルトが見える。
 伝承によると、アストルフォはナルシストのお調子者らしいけど、女装って……。
 
「まあ、いいわ」

 この主従を相手に真面目な対応するのは疲れるだけだわ。
 
 ――――男の人なのに可愛いね。
 ――――オカマって言うのよ、こういうのを。

 溜息を零しながら頭を上に向ける。
 
「わぁ……」

 思わず歓声を上げてしまった。それほど、頭上に浮かぶ星空は見事だった。
 こんなに空に近づいた事は無かったし、そもそも、あまり星空を見上げる習慣が無かった。
 
「綺麗だよね」
「……そうね。凄く、綺麗だわ」

 この素晴らしい景色に否定的な言葉など似合わない。
 
 ――――素敵。

 クロエも感動の声を上げている。
 
「ちょっと遊覧飛行してから降りようか」
「賛成!」
「ちょ、ちょっと……。まあ、いっか」

 状況が状況だし、セラも妙な考えは起こさないだろう。私も今はこの素晴らしい景色を堪能していたい気分だ。それに、誰かとこうして触れ合うのは凄く久しぶり。凄く、温かい……。
 
 結局、遊覧飛行は二時間に及んだ。途中、フラットとライダーはうつらうつらしていたけど、私が空を見つめている間、ずっと付き合ってくれた。命を救ったお礼かもしれない。
 
「素晴らしい景色をありがとう、エスカルドスさん」
「フラットって呼んでよ。えっと……」
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。イリヤでいいわ」
「ボクもアストルフォでいいよ!」
「いや、さすがにちょっとは真名を隠した方がいいと思うわ」

 和やかな空気が流れている。さすがに悪意を欠片も持っていない人を相手に刺々しい態度を維持するのは難しいもの。
 
 ――――私の時はツンツンしてたのに……。

 クロエが不満を訴えてくる。
 
 ――――貴女はまた別よ。
 ――――不公平!
 ――――ごめんごめん。
 ――――誠意が篭ってないー!
 ――――ああもう! 私が丸くなったのは貴女が居るからよ。余裕が出来たの!

 ハッキリ言うのはちょっと照れ臭いけど、クロエにこれ以上うるさくされるよりはマシだ。
 それより、大事な提案をフラット達にしないといけない。
 
「フラット。提案があるんだけど」
「なんだい?」
「ライダーと契約を切って、教会に保護を求める気は無い? 正直言って、この先貴方が生き残れる気が全くしないのよ」
「それは出来ない相談だよ」

 キッパリと言い返されて、ちょっとイラッとした。
 
「何でよ!? 別に死にたいわけじゃないでしょ!? それとも、何かどうしても叶えたい願いがあるの?」
「別に聖杯は要らないよ。けど、ライダーとは契約を切りたくないし、聖杯戦争を降りたくもない」
「どうしてよ?」
「ライダーは大切な友達だからさ。ずっと一緒に居たいんだ。それに、俺はまだ、ライダー以外の英霊と友達になってない」
「でも……」
「ありがとう、イリヤちゃん」

 不意打ちだった。イリヤちゃんなんて呼ばれたのは随分と昔の事だから、つい心が揺さぶられた。こっちの心境も知らず、彼は言った。
 
「イリヤちゃんが俺を心配してくれてるのは分かってる。でも、ライダーと契約を切る事は絶対にしたくないんだ」
「フラット……」

 ライダーは胸を打たれたような表情を浮かべ、頬を緩ませた。
 
「じゃあ、一つ提案があるわ」

 彼らの絆は私が思っていた以上に強いらしい。何を言っても聞いてはくれないだろう。けど、彼らをみすみす死なせる気にもなれない。
 
 ――――同感だよ。

 クロエが賛成してくれたおかげで、僅かに浮かんだ迷いも吹っ切れた。

「同盟を組まない? ほら、どうせセイバーやアーチャーには私達が組んでるって誤解されちゃってるし……」
「勿論、良いに決まってるさ! よろしく、イリヤちゃん!」
「まあ、いきなり同盟って言われても直ぐに返事は出来ないと思うけ……って」

 手を差し伸べてくるフラットに難しく考えていた自分が恥ずかしくなって来た。やっぱり、この男は正真正銘の馬鹿だ。打算とか、そういうのを考えずに思うままに生きている。
 こういう人は嫌いじゃないわ。
 
「……ええ、よろしくね」

 肩を竦めながら、彼の手を取る。私の目的の為にも彼の力は必ず役立つ筈。それに、目の届く所に置いておけば、彼らを守る事も出来るだろう。
 
「じゃあ、このままもう一度飛んでもらえるかしら、ライダー?」
「いいけど、どこに行くの?」
「私の拠点よ。深山町の郊外にあるわ」
「了解!」

 ライダーが幻馬を喚び出し、再び空へ向かう。その時、私は不意に夜空に浮かぶ奇妙な光源を発見した。
 
「あれは何かしら?」
「星じゃない?」
「それにしては明る過ぎないかしら?」

 夜空に一際輝く二つの光点。
 
「あっ!」

 三つになった。今は大体深夜0時を過ぎた頃だろう。日付が変わったと同時に現れた三つ目の光点に私は胸騒ぎを覚えた。

「大丈夫?」
「嫌な予感がするわ……」

 心配そうに見つめてくるフラットを尻目に私は光点を見つめ続けた。
 それからたっぷり一時間飛行を続け、私は郊外の森にポツンと佇む城へと降下するようライダーに指示を出した。地面に到達すると、セラが出迎えた。
 
「お帰りなさいませ、お嬢様。その方達は?」

 表情を一切変えずにセラが問う。
 
「あ、どうも! 俺、フラット・エスカルドスって言います!」
「ボクはライダーのサーヴァント、アストルフォでーす!」

 緊張感の無い二人の自己紹介にセラは眉一つ動かさず私を見た。
 
「彼らと同盟を組んだのよ。どうも、バーサーカーにとって天敵となり得るサーヴァントが参加しているみたいだったから」
「……承知致しました。お食事はどうなさいますか?」
「食べる?」

 私が問い掛けると、フラットだけでなく、ライダーまでが即答した。
 
「食べる!」
「食べるー!」
「ってわけで、三人分お願い」
「かしこまりました、お嬢様」

 スタスタと去って行くセラの代わりに遠くからリーゼリットが駆け寄って来た。
 
「お帰り、イリヤ」
「ただいま、リズ」
「心配した。セラもきっと、心配してる」
「……ありがとう。私は大丈夫よ」
「うん」

 リズはセラと違い感情を殺す手術を受けていない。彼女には大事な役割があるからだ。けど、精神はまるで幼子のよう。純粋無垢な彼女と接する事は私にとって何よりの心の癒しとなる。
 リズを伴って、城の中に入って行く。今日からここが私の拠点となる。城内は魔術によって清潔が保たれているけれど、寝室のベッドメイキングなどはセラの仕事。感謝の言葉も今の彼女には伝わらないけど、それでも食事の際に感謝の言葉を告げた。
 眉一つ動かさない彼女にリズも哀しそうな表情を浮かべる。フラットとライダーも何かを察したかのように一言「ありがとう」と呟くだけで、それ以上騒いだりはしなかった。
 食事が終わると、私もだけど、フラットも眠くてふらふらだった。二人にはそれぞれ別々の部屋を与えて今日は何もせずに寝る事にした。今後の方針について色々考えを纏めるのは明日でも十分だろう。
 二人を別々の部屋にしたのは見た目的にライダーが女性的過ぎるからだ。我が城では不健全な男女? 交際は許さない。

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