第四話『ペルソナ』

『ようこそ、ベルベットルームへ』

 俺はハルケギニアに来る前に夢で見た、あの青い部屋に居た。目の前の小机の向こうのソファーには、小柄な老人が不気味な笑みを浮かべて俺の事を見ている。その更に後ろには寒気のする程に冷淡な印象を受ける美女が黙したまま立っている。
 確か、老人の名前はイゴール。美女の名前はアンだったか……。
 青い光に包まれた幻想的な空間に、俺はまるで夢を見ているかの様に現実感を持てなかった。

「フム、中々に鋭いですな。いかにも、ここは貴方の夢の中でございます」

 心の中で思った事を言い当てられ、俺はドキッとした。この老人は心が読めるのだろうか? 多分、読めるんだろうな。
 この老人に関しては何でもアリな気がする。

「再び、お目にかかりましたな」

 老人が俺をギョロッと飛び出した丸い目で俺を見た。どうやら、俺はまた、ベルベットルームに招かれたらしい。
 イゴールの後ろに立つアンが、俺を見つめながら口を開いた。

「ここは、何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋……。貴方は日常の中に突然生じた二つの道筋の一方を選択し、運命との絆を結んだ――」

 運命とは、ルイズの事だろうか? 契約を果たした者のみが訪れる部屋。契約というと、思い浮かぶのは使い魔契約の事だろう。
 俺の考えを読み取ったらしく、アンは小さく頷いた。

「まずは、これを貴方にお渡ししておきましょう」

 イゴールの手に、突如光が溢れ出した。光の中には美しい細工の青い光沢を持つ鍵が浮かんでいた。鍵は俺の手元まで浮かんで来て、無意識にその鍵を手に取った。
 光が消えて、俺は手に取った青い鍵をジーンズのポケットに仕舞い込んだ。
 それを見届けると、イゴールが口を開いた。

「それは、“契約者の鍵”にございます。今宵から貴方は、この“ベルベットルーム”のお客人だ。貴方は“力”を磨くべき運命にあり、必ずや、私共の手助けが必要となるでしょう。貴方が支払うべき代価は一つ……」

 代価。俺はその単語に不吉な気分がした。何を支払わされるのだろうか。
 お金だろうか? 悪魔は命を代価に魂を奪うって聞いた事がある。もしかすると……。
 俺が戦々恐々としていると、イゴールは愉快そうに指を立てた。

「“契約”に従い、ご自身の選択に相応の責任を持って頂く事です」

 たったそれだけ? 俺はあまりにも安い代価に、思わず拍子抜けしてしまった。
 自分の選択に責任を持つなんて、そんなの当たり前じゃないか……。
 いや、本当にそうだろうか? 俺は自分が心で思った事に疑問を抱いた。俺は自分の選択の責任を本当に持てるのか? 昼間、俺は自分の選択の結果をルイズの責任にして押し付けようとしてしまったではないか。
 イゴールの言葉を受け入れるべきか、受け入れないべきか。俺は――――、

「分かった」

 受け入れた。これは自分への言葉でもある。もう、二度と誰かに責任を押し付けたりしない様にと。

「結構」

 イゴールは愉快気な笑みを浮かべて言った。

「今まさに、貴方の運命は節目にあり、もしこのまま手を拱いていては、未来が閉ざされてしまうやもしれません」

 いつの間にか、イゴールの前にある小机の上には幾つ物仮面の描かれたカードが並べられていた。
 アンがソファーを回り込んでイゴールの前に歩いて来た。

「これは貴方の未来を示すタロットカード」

 イゴールはカードの上で軽く手を振った。すると、カードの一枚がフワリと宙に浮かんだ。

「……おやおや、どうやらおもしろいカードをお持ちのようだ」

 浮かんだカードは、アンの差し出した掌の上に浮かび、僅かな青白い光を放っていた。

「願わくば……、貴方が膝を折ること無く、前に進めるよう、祈っております」

 アンの掌から滑るようにカードが俺の手元にやって来た。カードは俺の手の中に納まると、一際強い光を放ち、俺は思わず目を閉じた――。
 目を開いた時、俺はヴェストリの広場に戻っていた。目の前には建物の二階程もある巨大な黒い豚。直ぐ近くにはルイズとギーシュ。手の中には、一枚のカード。
 俺は手の中のカードに視線を落とした。仮面の描かれたカードを裏返しにする。
 そこには、深遠の闇が広がり、俺の脳裏に声が響いた――――。

『我は汝、汝は我』

 心臓が高鳴る。全身の肌が粟立つのを感じる。

『双眸見開きて……汝、今こそ解き放て……』

 手の中のカードに描かれた闇に、俺自身の顔が映り込んでいる。瞳孔が開き、唇の端を吊り上げて、俺の顔は笑みを浮かべていた。
 俺は無意識に呟いていた。

「…………ペ……ル………ソ…………ナ」

 カードから凄まじい光が迸り、太陽が沈み、月明りと僅かな校舎の光源のみが照らすヴェストリの広場が、まるで昼間の如く明るくなった。
 ルイズとギーシュが呆気に取られて俺を見ていたが、俺はその事に気付かなかった。
 ただ、この手に宿る力を握り潰していた――――。

「ウオオオオオオオオオオオ――――――――――ッ!!」

 俺の手の中で光が爆発した。凄まじい力を持つナニカが、俺の内側から外に飛び出した。

「ハアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!」

 俺は体から現れたナニカを見た。空中に浮かび、君臨していたのは豪奢な鎧を身に纏う戦士。神聖な輝きを放つ一振りの剣を掲げ、戦士は吠える。

『我は汝、汝は我……。我は汝の心の海より出でし者……、勇猛果敢なる戦士ローラン也!』

 それが何なのか、ちっとも分からなかった。分かるのは、コイツを使えば、戦えるって事だった。
 何も考えずに俺は走った。凍り付いているルイズとギーシュを尻目に、拳をこれ以上無い程に強く握りしめた。
 頭上に浮かぶローランも俺の動きに合わせて拳を握る。同時に俺の左手が眩しく光る。
 黒い豚はその肌に浮かぶ無数の顔の形の疣から風を吐き出して自分の目の前に集中する。
 俺は背後のルイズとギーシュを護る様に立ちはだかった。ギーシュの金属人形すら木っ端微塵になりそうな風の塊を前にして、俺は絶対の自信があった。
 耐え切れる! 両腕をクロスさせ、俺はガードの体勢を取った。豚が巨大な空気の塊を打ち出す。

「避けろ、使い魔君!」
「サイト――――ッ!」

 後ろでギーシュとルイズの悲鳴が聞こえた。不思議だった。まだ、出会って間もなくて、話だって少ししかしてないのに、俺はルイズの叫びを聞いた瞬間に全身が燃える様に熱くなり、心が震え上がった。
 全身に力が漲り、俺は巨大な風の塊をローランで受け止めた。ローランのダメージがフィードバックして俺の全身に嬲る。全力で踏ん張るが、俺はルイズとギーシュの下へと跳ね飛ばされてしまった。
 本気で痛い。涙が出そうになって、視界にルイズの顔が入り込んだ。それだけで、俺は拳を杖に立ち上がる。

「女の子の、前で、かっこ……悪い真似、出来ないな!」
「サイト!?」

 俺は俺の服を掴もうとするルイズの手を振り払って、巨大な豚に向かって特攻した。
 だけど、豚の疣から次々に生まれる風の弾丸のせいで、ちっとも近づく事が出来ない。

「平民に護られている……? この僕が?」

 俺が再び跳ね飛ばされて、ルイズとギーシュの下へと転がると、ギーシュが憤怒の表情を浮かべていた。

「“命を惜しむな、名を惜しめ”だ!」

 ギーシュは赤いバラを振った。現れるのは五体の金属人形。

「僕のワルキューレで君をあの化け物の前まで連れて行く!」
「ギーシュ……」

 俺はギーシュを見た。教室では女の子とお喋りばっかしてて軽薄なイメージだった。だけど、マリコルヌに殺されそうになった時に助けてくれたり、俺は、こいつがかっこいいって思っちまった。

「嘗めないでよね。私……だって、貴族なのよ!」

 すると、ギーシュに触発された様に、ルイズまでもが立ち上がり、自分の杖を構えた。
 俺には理解出来ない呪文を唱えると、豚の足元が何の前触れも無く爆発した。

「やるじゃないか、ルイズ! 使い魔君、僕のワルキューレの背後に! 往け、僕の乙女達!」

 ギーシュに褒められても、ルイズはキョトンとした顔をしていた。多分、失敗したとは言え、自分の魔法が役に立った事に驚いているのだろう。
 豚は足元がいきなり爆発した衝撃で横向けに倒れている。俺はギーシュのワルキューレに隠れて豚の下へと走った。
 豚の疣から風の塊が放たれるが、倒れているせいか、それとも爆発のショックで気が動転しているのか分からないけど、集中したモノじゃない。
 風の固まりはギーシュの青銅のワルキューレを一撃で破壊する力は無かったが、向かって来る風の塊の数が多過ぎて、一体一体確実に減らされて行く。
 四体までが倒されて、最後の一体も目の前で粉砕した。

「十分だぜ!」

 もう、豚は目の前だ! 俺は拳を振り上げた。豚が風の塊を放とうとするけど、俺の拳の方が一瞬だけ早い。
 俺の拳の動きに合わせて、ローランの拳が豚の胴体にめり込んだ。吹き飛ぶ豚の怪物に、俺は追撃を加える。

「うおりゃあああああああああ!」

 俺の拳に連動したローランの拳で豚を地面に叩き付けた。

「これで……、どう……、だ」

 俺はそのまま倒れこんだ。全身が痛みのあまりに悲鳴を上げている。
 視界の中で豚の姿は消えていき、金髪の太っちょが地面に転がるのが見えた気がした。ルイズとギーシュが駆け寄って来るのが見えて、そのまま意識を手放した……。

ゼロのペルソナ使い 第四話『ペルソナ』

 昼間、サイト君と擦れ違った後、私は一直線に学院長室へと走った。本当は、生徒の手本となるべき教師である私がこの様な真似をしていいわけは無いのだが、事が事だけに一刻を急いだのだ。
 学院長室は、本塔の最上階にある。トリステイン魔法学院の学院長を務めるオールド・オスマンは、白い鬚と髪を揺らし、重厚な作りのセコイアのテーブルに肘をついていた。
 オールド・オスマンの顔に刻まれた皺が、彼のが過ごしてきた歴史を物語っている。百歳とも、三百歳とも言われている。本当は幾つなのかは私も知らなかった。
 私が入室すると、オールド・オスマンは怪訝な顔をして視線を向けた。

「どうしたのかね? 息を切らして君らしくも無い。教師は生徒の見本となるべく、常に優雅に堂々と――――」
「オールド・オスマン! ご報告したい事があり、参りました」

 悠長な事を言うオールド・オスマンに、私は思わず苛立たしげに言ってしまった。上司であり、偉大なるメイジ、オールド・オスマンに対し、この様な口の効き方をした事を私は直ぐに後悔した。
 だが、オールド・オスマンは私を叱責するでも無く、小さく頷くと、私を椅子に座るように勧めてきた。
 オールド・オスマンは引き出しを開けるとそこから水キセルを取り出した。

「さて、どうしたのかね? ミスタ・コル……ミス?」

 突然、オールド・オスマンの手にあったキセルが宙に浮かんだ。キセルが向かった先には、理知的な顔立ちが凛々しい、緑髪の眼鏡を掛けた女性が厳しい顔で立っていた。

「オールド・オスマン。貴方の健康を管理するのも、私の仕事なのですわ。私の前ではキセルは吸わせません!」

 キッパリとそう言い放つ彼女に、オールド・オスマンは困った顔をしながら咳払いをした。

「まったく、年寄りの楽しみをあんまり奪わないで欲しいのだがのう……、ミス・ロングビル」

 彼女は今年の春にこの学院で勤める事になったオールド・オスマンの秘書のミス・ロングビルだ。
 この話はどういう判断を取るにしろ、今は未だ、私とオールド・オスマン以外には聞かれたくない。

「すみませんが、ミス・ロングビルには席を外して頂いても構いませんか?」

 極めて丁寧に私は言った。秘書である彼女に席を外させるのは、彼女にとって屈辱的な事かもしれないからだ。
 頭を下げる私に、ミス・ロングビルは柔らかい笑みを称えた。

「構いませんわ。どちらにしろ、このキセルを処分しなければなりませんので」
「ミ、ミス!? それは勘弁してくれんかのう? 儂にとっては長年を連れ添った大事な相棒なのじゃよ。のう? モートソグニルや」

 オールド・オスマンは哀れみを誘う様な声でミス・ロングビルに言った。彼の肩に乗っているのは彼の使い魔で、鼠のモートソグニルだ。
 ミス・ロングビルはそんなオールド・オスマンに悪戯っぽく微笑んだ。

「冗談ですわ」

 ミス・ロングビルはオールド・オスマンの下まで歩み寄った。

「でも、あまり吸ってはいけませんよ? あまり、お体に良い物ではありませんから」
「うむ。すまんのう」

 ミス・ロングビルは一礼すると部屋を出て行った。
 私はオールド・オスマンに向き直る前に、立ち聞きなど無いかを調べた。
 オールド・オスマンは怪訝な顔をしたが、何も言わずに私の言葉を待った。

「申し訳ありません。万が一にも、聞き耳を立てられては拙い内容でして……」

 私は“始祖ブリミルの使い魔たち”という本のガンダールヴのルーンが描かれているページと、サイト君のルーンを模写した羊皮紙をオールド・オスマンに見せた。
 途端に、オールド・オスマンの表情は厳しいモノとなった。

「この事は誰かに言っておらんじゃろうな?」

 私はオールド・オスマンの凄まじいプレッシャーを受けながら辛うじて頷いた。

「誰にも話しておりません。まず、オールド・オスマンの判断を仰ぎたく思い」
「お主の判断は正解じゃ。よいか、この事は最重要機密扱いじゃ。儂とお主以外に洩らす事、まかりならん」

 私は厳粛に頷いた。事は、それだけ重大だという事なのだ。
 私は春の使い魔召喚の儀式の際に、ミス・ヴァリエールが平民の少年を召喚してしまった事、ミス・ヴァリエールが彼と契約した証明として現れたルーン文字が気になり調べた事を話した。

「そして、始祖ブリミルの使い魔……神の盾と呼ばれ、一人で千の軍勢を殲滅したとされる“ガンダールヴ”に行き着いた訳じゃな?」
「その通りです。恐らく、間違い無いかと」
「ミスタ・コルベール。改めて言うが、この件は口外無用じゃぞ? 仮に王宮に知られでもしたら、何をしだすか分からん」
「承知しております」

 オールド・オスマンは鬚を撫でながら深く考え込み始めた。
 私は自分の判断が正しかったと確信し、ホッと胸を撫で下ろした。
 その時だった。突然、学園長室の扉が慌しくノックされた。

「誰じゃ?」
「私です。オールド・オスマン」

 ミス・ロングビルだった。扉を開き、中に入って来た彼女は肩で息をしていた。
 ミス・ロングビルは息も絶え絶えに言った。

「ヴェストリの広場で、正体不明の怪物が暴れているのです!」
「なんじゃと!?」

 オールド・オスマンは即座に杖を振るった。遠見の呪文で、オールド・オスマンの目の前に鏡の様なモノが出現した。
 その向こうに、巨大で醜悪な黒い豚の様な化け物が暴れているのが見えた。
 その近くには、ミス・ヴァリエールとミスタ・グラモン、そして、ミス・ヴァリエールの使い魔となったサイト君が居た。私は即座に現地に向かおうと、学院長室の窓へ駆け寄った。
 悠長に階段を降りてる暇などない。フライの呪文を詠唱しながら窓を開け放つと、オールド・オスマンが突然待ったを掛けた。

「何故です、オールド・オスマン!?」

 私が血相を変えて怒鳴る様に叫ぶと、オールド・オスマンが目を目開きながら遠見の鏡を見るように私に促した。
 見れば、ミス・ロングビルも目を丸くして凍りついている。
 私は一刻も早く向かわねばと思いながらも、足が勝手に鏡の下へと動いた。そして、私はとんでもないモノを見た。
 サイト君の頭上に鎧の巨人が現れ、サイト君の動きに合わせて、怪物と戦っていたのだ。

「アレは何ですか!?」

 ミス・ロングビルが叫んだ。私にも分からない。今朝、サイト君が起きる前に、私は彼に秘密でディテクトマジックを使った。
 結果、彼がただの一般人であると判断した。だからこそ、アレの説明が出来ない。理解不能だった。

『事は更に重大かもしれぬ』

 不意に、耳元で囁く様なオールド・オスマンの声が響いた。驚いてオールド・オスマンを見ると、彼はミス・ロングビルを一瞥した。
 なるほど、彼女に聞かせない為の措置なのだろう。

『あの巨人は、恐らくは使い魔の少年……サイト・ヒラガであったな? 彼が喚び出し、使役している様に見える』

 私も同意見だ。だが、彼は間違いなく、ただの平民だった筈なのだ。私は小声で呪文を唱え、その事をオスマンの耳元へ送った。

『つまり、あの能力はガンダールヴとなった事に由来するのかもしれん』
『しかし、あらゆる武器を使いこなしたという話は聞きますが、あんな巨人を呼び出すなど……』
『“魔法を操る小人”』

 私にはオールド・オスマンの言葉の意味が理解出来なかった。何の話だ?

『古代の言語じゃよ。ガンダールヴの元々の意味は、“魔法を操る小人”というのじゃ』

 私の心を見透かした様に、オールド・オスマンは言った。なるほど、魔法を操る小人……。
 遠見の鏡の向こうで、戦いは終結した。ミスタ・グラモンとミス・ヴァリエールも協力し、あの巨大な怪物をたった三人で打ち破ってしまった。
 巨人を喚び出したサイト君は、まさしく小人の様であり、巨人を喚び出したのは、召喚魔法の一つなのではないだろうか? つまり、正しく“魔法を操る小人”という意味を彼は体現したのだ。

『真実は分からぬが、あの力については考えねばならぬ。しかし、彼はあの力をコントロールしていた様に見える』

「ミス・ロングビル。ヴェストリの広場に行ってくれんかね? 後日、事情を聞く旨を伝え、彼等を保健室へ」
「か、かしこまりました……」

 オールド・オスマンがミス・ロングビルをヴェストリの広場に向かわせた。ミス・ロングビルが立ち去ると、オールド・オスマンは私に視線を合わせた。

「問題なのは、あの怪物の方じゃ。一体、何が起きたのか……。見てみよ、怪物が消え去った跡に、少年が転がっておる」
「あれは、ミスタ・グランドプレ!」

 何故、ミスタ・グランドプレがあそこに!? 私は訳が分からなくなった。

「何かが起きようとしているのかもしれぬ……。ガンダールヴの少年を召喚したのは、ミス・ヴァリエールじゃったな? 彼女は今迄魔法を成功した事の無い無能なメイジじゃと、報告を受けておる」
「恐らくは、彼女が失われた系統……、虚無の使い手だからでしょう。だから、彼女には他の系統の魔法が使えなかったのではないかと」
「失われた筈の魔法の復活。そして、虚無の使い魔の出現。ミスタ・グランドプレが怪物の中から現れた事……。何かが、起き始めているのやも知れぬ。本来ならば、王宮に報告すべき事なのじゃろうが、真実の分からぬ内に愚か者の手に虚無の使い手と虚無の使い魔を渡して戦争の駒にさせる訳にはいかん。よいな? もう一度言うとくぞ。この件は誰にも言ってはならぬ。時が来たならば、儂が話す。それまでは、よいな?」
「心得ております、オールド・オスマン」

 私は深く頭を垂れた。この件は、無闇に口にしていい内容では無いのだ。それは、私にもよく分かっている。
 |虚無《ゼロ》のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。何とも皮肉な事だと思った。彼女は、その名前を馬鹿にされ続けて来た。だが、その名前こそ、この世で並ぶ者の無い最強のメイジの称号だったのだから――――……。

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