第十四話『フリッグの舞踏会』

 王立図書館――――。
 ここには、何千年も前から現代に至るまでに出版された数多くの本が貯蔵されている。
 トリステイン王国に三つある衛士隊の一つである“グリフォン隊”の隊長を務める私、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは調べ物をする為にここに来ていた。
 私には悲願があり、その為の調べ物だ。数ヶ月前、私は私の悲願を実現しようとしている組織を知った。
 レコン・キスタ。“聖地”を奪還せんと動く、アルビオン王国の革命軍。どうしても繋がりが欲しい。その為には、それ相応の価値が私になければならない。

「さて……、どうしたものかな」
「何をお探しですか? ミスタ・ワルド」

 適当な本を手に取り、読んでいた私に濃い緑髪の縁の太い眼鏡を掛けた女性が話し掛けてきた。
 彼女の名前は、リーヴル。その隣には、彼女の使い魔のテクストが立っている。

「やあ、ミスタ・ワルド」

 相変わらず、テクストは可愛い外見に似合わない渋い声だ。この声に、少なからず憧れを抱く者は少なくない。
 時々、使い魔が話せる様になるルーンが刻まれる事がある。かなり珍しいルーンだ。

「ああ、少しね。どうしたんだい? 話し掛けてくるなんて、珍しいじゃないか」
「その……、最近、図書館に幽霊の目撃証言があって、陽が沈んだ後、ご利用になるお客様にご忠告を……」
「幽霊?」

 何を言い出すかと思えば、あまりにも突飛な言葉に私は苦笑してしまった。だが、一笑していい事なのだろうか? 少し考えれば、幽霊など存在しないのは当然。
 幽霊は存在しない。なのに、幽霊の目撃証言がある。つまり、“幽霊”は居る。だが、それがよく言う所の死者の想念が具現化したモノとは違うとしたら……。

「何かを見間違えたのではないかい?」

 私が確認する様に尋ねると、彼女は少し思案して頷いた。

「もちろん、重要な文献を狙った盗賊の線も在りますし、ただの愉快犯の可能性もあります」
「どちらにしても、あまり放っておいていい話ではないな……。ここには、機密文書も保存されている、少し、調べてもいいかね?」
「よろしいのですか?」
「私は衛士隊の隊長だからね。国の経営する図書館に怪しい人物が居ると知りながら放逐する事は出来ないさ」

 どうも、幽霊が現れるのは夜だけの事らしい。私は夜を待つ事にした。

 夜になると、図書館は静まり返っていた。突然、ドスンと、何かが落ちる音がした。

「ほあっ!?」

 私は急ぎ、地面に耳を付けて、誰かの足音が聞こえないかを確認した。うむ、何の音も聞こえない。どうやら、本が落ちただけらしい。まったく、人騒がせな……。
 私は服に付いた埃を払いながら乱れた息を整えた。まずは、一階を探索してみよう。

「……何も居ないな」

 私はガッカリして、ホッと息を吐いた。うむ、居なかったからには仕方ない。そろそろ帰ろうか、いやいや、まだ二階が残っている。
 私は杖を握り締め、二階へと上がる階段を登った。夜の冷気で思わず体が震えた。む、鍛錬が不足しているらしいな。鍛えなおさないといけない。
 結局、二階にも誰も、何も居なかった。だが、目撃証言が出ている以上、これでお仕舞いにする訳にはいかない。

「明日、出直すか」

 私は王立図書館を後にした――。

ゼロのペルソナ使い 第十四話『フリッグの舞踏会』

 暗い世界に居た。まるで、光も届かない深い井戸の底に落ちてしまったかの様に真っ暗。さっきまで、ギーシュと学院の広場で殴り合いをしていた筈なのに……。
 自分の体だけが何故かハッキリと見える。
 ここはどこだ、俺はどうしたんだ、幾つ物疑問が湧く中で、不意にどこからともなく声が響いた。

『我は汝、汝は我』

 誰だ? 聞いた事の無い声が聞いた事のある言葉を口にしている。そうだ、これはオーディンが最初に現れた時に聞こえた言葉と同じだ。

『我は汝の心の海より出でし者也。汝、我の助けを欲するならば喚ぶがよい。我は汝に力を貸そう』

 誰なんだ。俺は姿無き声に向かって叫んだ。真っ暗な世界で、声の主が微笑んだ様な気がした。

『我は――――。汝が我を必要とする時、再び見えようぞ』

 待ってくれ、聞こえない! もう一度、お前の名前を――!
 突然、俺の視界に光が溢れた。真っ青な空に向かって、俺は手を伸ばしていた。俺は寝ていたらしい。
 隣でギーシュが眠っている。夢だったのだろうか、俺は胸に不思議な温かさを感じた。

「なんだったんだ、今の夢」

 ただの夢と言い捨てる事は出来なかった。ベルベットルームの例があるし、夢だからと馬鹿に出来ない。
 俺が考え事をしていると、隣でギーシュが動く気配を感じた。どうやら、ギーシュも目を覚ましたらしい。

「ん……、どうやら眠っていたらしいね」

 ギーシュは寝惚けた目を擦りながら起き上がった。

「そう言えば、君を使用人の寮に案内する約束だったね。行こうか」

 欠伸を噛み殺しながら言うギーシュに頷きながら俺は考え続けたが、結局何も分からなかった。
 使用人の寮は学院の本塔の裏手にあった。学生寮よりもずっと小さい。学生寮の前にコルベールが居た。
 何をしてるんだろう、俺はコルベールに声を掛けた。コルベールは振り返ると、穏かに微笑みかけてきた。

「やあ、ミスタ・グラモンにサイト君。こんな所で、どうしたんだい?」
「あ、コルベール先生!」
「おはようございます、ミスタ・コルベール。サイト君に使用人用の風呂の場所まで案内してたんですよ」
「使用人のお風呂は中に入って右の奥だよ」
「ありがとうございます、ミスタ・コルベール」
「コルベール先生はここで何をしてたんスか?」
「私は今度の催し物の件で使用人達に色々と話があってね」

 コルベールの話を聞くと、来週のラーグの曜日にこの国のお姫様がこの学院を訪問するらしい。その時に、使い魔の品評会も行われるそうだ。
 コルベールはその件で使用人達に会場の手配、料理の配膳、その他諸々の伝達をしに来たらしい。

「なんと! アンリエッタ姫殿下がこの学院に!?」

 ギーシュが感激した声で言った。俺もお姫様ってのには興味がある。
 ラーグの曜日って事は、十日後か……。結構、時間があるな。
 コルベールと別れた後、俺は目を輝かせながらお姫様の説明をするギーシュの話を聞きながら使用人の風呂場を探した。よっぽど美人なお姫様らしい、モンモランシーが聞いたら血の海に沈まされそうな事まで言ってる。
 使用人の風呂場はコルベールの言うとおり、すぐに見つかった。だけど、中に入ると、俺の意気は消沈してしまった。サウナ式だった。

「サウナ式なんて、入った気にならないよ……」
「ん? サウナ式って、蒸気式だよ? ここは」
「その蒸気式ってのが、俺の国だとサウナ式って言うんだよ。けど、サウナ式なんてなぁ」

 ガッカリだ。久々に湯船に浸かれると思ったのに……。
 俺が暗くなっていると、ギーシュが仕方ないな、と言った。

「貴族用の風呂に案内してあげるよ」
「いいのかよ?」
「問題無いさ。今の時間なら誰も入ってないだろうし、湯船じゃなくちゃ嫌なんだろ? 僕も地面に寝転がって泥だらけだから一緒に入ろうじゃないか」

 ギーシュの申し出を俺は受ける事にした。やっぱり、サウナ風呂じゃ不満があるし、貴族用の風呂に興味がある。
 それに、友情を深めるのに裸の付き合いは必須だろう。俺とギーシュは一端別れて、着替えを持って女子寮の前で待ち合わせる事にした。
 貴族用の風呂は男子寮と女子寮と本塔の三箇所にあって、それぞれ男子風呂、女子風呂、教員用風呂に分かれているらしい。
 ルイズの部屋に一端戻って、ルイズに買ってもらった服の上下と下着を持って、俺は女子寮の前でギーシュを待った。
 しばらく待って、ギーシュがやって来た。

「やあ、待たせたね。行こうか」

 ギーシュに連れられて、俺は男子寮にやって来た。女子寮とあまり変わらない感じだ。
 違うのは、女子寮には女子ばかりなのに対して、当然だけど、男子寮は男子ばかりだという事だ。寮の一階の大広間を横切って、俺は貴族用の大浴場にやって来た。

「うわっ、広いな」

 俺は浴場のあまりの広さに圧倒された。日本の銭湯よりずっと広い。湯船なんかプールみたいだ。

「湯船は専門の使用人が数時間毎に清掃して湯を張り替えているんだ」

 今は丁度、お昼の清掃が終了したばかりらしい。俺達が入って来ると、中で清掃用具の片付けをしていたメイドがそそくさと出て行き、その時に清掃が終了した事を教えてくれた。

「お湯はどうやって沸かしたんだ? 電気も無いのに」

 地球なら電気やガスで自動的にお湯を沸かしてくれるけど、ここにはそんな設備は無い。
 使用人は火の魔法が使えない筈だしと俺が言うと、ギーシュは言った。

「電気? なんだい、それは? 湯船は底に埋め込まれている魔石で沸かしているんだよ」
「魔石?」
「精霊石とも言うがね。火石と言って、火薬などに使われたりもするんだが、高位のメイジが上手く細工をすれば湯船を常に適度な温度に維持させるなんて事も出来る」

 浴場には案の定、他には誰も居なかった。俺はギーシュに精霊石の事を聞きながら、服を脱いで湯船に浸かった。
 石鹸があった事には少し驚いた。タオルなんかは常に備え付けられていて、俺はそこから体を洗う為に一枚借りた。
 ギーシュの話では、精霊石には他に風、水、土の石があって、それぞれに先住の力が宿っているそうだ。ギーシュの話を聞いて、俺は知識が増えた気がした。
 何となく、常識知らずから一歩抜け出る事が出来た気がする。

「それにしてもヌクいな……」

 お湯の温かさになんだか瞼が重くなった。

「ううん、やっぱり風呂は気持ちが良いね」
「まったくだぜ」

 二人揃って目を細めながら湯船に浸かっていると、なんだか眠くなって来た――。

 目を開けると、何故かシエスタが居た。嗅ぎ慣れた香り漂うここは、保健室?

「なんで、俺はまた保健室に?」
「サイトさん、貴族用のお風呂でのぼせてたんですよ? ミスタ・グラモンと一緒に……」

 シエスタは何故か顔を赤くしながら言った。

「えっと、また着替えさせてもらっちゃった?」
「……えっと、はい」

 俺は自分の顔が真っ赤になっている事に気付いていた。心臓が早鐘を打ってる。
 親しい女の子に全部見られてしまった。恥しさのあまり、地面に穴を掘ってそのまま埋まってしまいたくなった。
 一週間眠りっぱなしだった時もシエスタに着替えさせてもらったらしいけど、あの時はシエスタが何とも無い顔をしていたから気にならなかったけど、顔を赤らめられるとどうしても意識してしまう。

「ひ、貧相なもん見せてごめん」
「い、いえ、サイトさんの十分大きかったですよ!」
「何の話をしてるんだ君達……」

 隣のベッドから呆れた声が聞こえてきた。ギーシュが居た。

「き、聞いてたの?」
「隣に寝てるんだから、聞きたくなくても聞こえるよ! それより、もう夕方近い、そろそろ起きないと舞踏会の準備が間に合わなくなってしまうよ」
「俺には関係無いし、もうちょっと寝てるよ。体がだるいし」
「使い魔とはいえ、従者なのだから主人のエスコートなんかをキッチリこなさないと駄目だよ。パーティー用の衣装が無いのなら、僕のを貸してもいいよ?」
「エ、エスコート? 俺、舞踏会なんて経験無いし……」
「なら、練習すべきだね。何度も言うが、君はあくまでもルイズの使い魔なんだよ? 使い魔は主人に永遠に仕えなければならない。なら、仕事は早い内に覚えるべきだ。いいかい? これは僕が君を友と思うからこその助言なんだ。君はルイズがルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだという事をきっちり理解しなければならないよ」
「どういう意味だ?」

 ギーシュは呆れた様に溜息を吐いた。

「馬鹿か、君は……。つまり、ルイズはヴァリエール家の娘って事だよ。いいかい? ルイズの家は由緒正しき王家に使える公爵家なんだ」

 俺はギーシュの説明を聞いてもチンプンカンプンだった。俺の様子を見て、ギーシュは忌々しそうに頭を掻き毟った。

「だから、そんな名門貴族であるヴァリエール家の令嬢の使い魔が平民で、しかも礼節やマナーを知らない粗暴な人間だなんて、愉快に思う貴族はそうそう居ないよ。下手をすると、畜生以下の扱いをされるかもしれないんだ!」

 ガーッと怒鳴るギーシュに俺は渋々了解した。

「でも、さすがに畜生以下って事は……」

 俺が言うと、シエスタが気まずげに口を挟んだ。

「サイトさん。ミスタ・グラモンの仰る事は大袈裟では無いんですよ? お仕事をまともに出来ない使用人なんて価値がありません。ですが、サイトさんの場合は使い魔ですので……」

 シエスタが苦々しい顔で言うと、ギーシュが言った。

「いつでも解雇出来る使用人とは違うからね。仕事が出来なくても安易に放逐出来ない。だけどわざわざ仕事も出来ない役立たずに人間扱いしてやる通りは無い。食事は豚の餌。服も与えられず、ボロ雑巾の様に……」
「そんな事……」

 俺は喘ぐ様に言った。ギーシュもシエスタも冗談を言っている顔じゃない。本気で心配している顔だ。
 俺は冷や水を浴びせ掛けられた様な気分だった。ルイズの使い魔になってから、それなりに悪く無い生活だった。ギーシュの言った事を今迄一度も考えた事が無かった。

「まあ、君の場合はペルソナがあるし、剣の腕もある。そこまで絶望する事は無いけどね」

 ギーシュが項垂れた俺を元気付ける様に言った。

「それに、お仕事が勤まる様に頑張ってお勉強すればいいんですよ。私でよければ、何でもお手伝いしますから、元気を出して下さい」

 ギーシュとシエスタの心遣いに俺は涙ぐみそうになった。それにしても正直言えば甘く見ていた。仕事が出来ないと人間扱いすらされなくなるなんて、思ってもみなかった。

「まあ、背筋は真っ直ぐ、寡黙に、礼儀正しく、常に主を立てる。これだけ頭に入れておきたまえよ」
「簡単に言ってくれるよ、まったく……」

 俺はベッドから起き上がると、肩を落としながら言った――――。

 夜になって、俺はギーシュに黒の背広に似た衣装を借りて、ルイズの部屋の前に立っていた。
 これからフリッグの舞踏会が始まる。俺は何となく緊張しながらルイズの部屋に入った。部屋に入った途端、なんだかいつもと違う甘い香りがした。

「もう、どこほっつき回ってたのよ!」

 部屋に入るなり、ルイズの怒鳴り声が飛んできた。身を竦ませながら部屋に入ると、ルイズは驚く程可愛くなっていた。
 元々凄く可愛かったけど、今のルイズはまるで天使か妖精の様だ。
 長い桃色がかった髪をバレッタにまとめて、白のパーティードレスに身を包んでいる。肘までの白い手袋がルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔を宝石の様に輝かせている。
 思わず息を呑んで、俺はルイズに見惚れていた。ルイズはポカンとした顔をしている俺に不機嫌そうに顔を歪めた。

「何か、言う事は無いのかしら?」

 ルイズに言われて、俺は慌てて何かを言おうと考えを巡らせた。何も思い浮かばない。俺はテンパリ過ぎて上手く考える事が出来ずに居た。

「まったくもう! ご主人様が着飾ってるのよ? 感想の一つも無いわけ?」

 俺は必死に考えた。今のルイズをなんと褒めようかと。でも、どんな言葉も薄っぺらく感じてしまう。それほど、ルイズは綺麗だった。

「き、綺麗だ。可愛い! そ、それに……とにかく綺麗だ!」

 自分で言ってて馬鹿っぽかった。もうちょっと捻りを加えろよと自分でも思う。
 恐る恐るルイズの顔を伺うと、ルイズは苦笑いを浮かべていた。

「ま、合格にしてあげるわ。あんたから言い出したんだから、ちゃんとエスコートしなさいよね?」
「お、おう!」

 最初に俺が舞踏会の時にエスコートするよ、と言った時、ルイズは鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな妙な顔をした。
 でも、意外にアッサリとルイズは了承してくれた。絶対に恥を掻かせないでよね、と睨まれたけど……。
 ギーシュに借りた黒のスーツに似た衣装を着て、俺はご主人様の手を取った。

「それではご主人様、参りましょうか」

 俺は腹を決めてルイズと一緒に舞踏会の会場に向かった。会場は活気に溢れていて、ルイズを連れて階段を上がるとご馳走の香りや香水の香りが混じった臭いがした。
 ランプやシャンデリアに火が灯っていて、なのに不思議と熱くなかった。

「ヴァリエール公爵家が御息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなぁぁぁぁりぃぃぃぃ!」

 階段を登り終えて、ホールの壮麗な扉を抜けると、扉の横に控えていた呼び出しの騎士がルイズの到着を高らかに告げた。
 これで俺の仕事は終わりだ。なんだ、思ったより楽勝だったじゃないか。ガチガチに緊張しながらだったけど、ここまでルイズを無事に送り届ける事が出来た。俺は自分の仕事に満足しながらルイズに言った。

「それではお嬢様、使い魔は控えております」

 最後の仕上げだからと俺は大袈裟な動作で頭を下げた。心配して損したぜ、このくらいなら、俺だって出来るんだ。
 俺は得意気になりながら顔を上げると、ルイズは呆れた様な表情を浮かべていた。なんだ、俺はどっか駄目だったのか?

「えっと、どっか駄目だった?」

 俺が小声で聞くと、ルイズは首を振った。じゃあ、なんで呆れた顔してるんだよ、俺は唇を尖らせて言った。

「気を利かせなさいよね。ほら、私……その、ゼロだから、躍る相手居ないのよ……だから……」

 ボソボソと言うルイズの声が上手く聞き取れなかった。

「え、なに? もうちょっと大きな声で言ってくれよ」

 すると、ルイズは大きな溜息を吐いた。

「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」

 俺は一瞬聞き間違いかとルイズの顔をまじまじと見た。ルイズは少し顔を赤らめながら黙っている。

「ダ、ダンス踊った事ないんだけど……」
「今日は私に合わせなさい。でも、私の使い魔なんだから、ダンスくらい、躍れる様になりなさいよ?」
「ど、努力します」

 俺は緊張しながらルイズの手を取った。なんだか、夢の世界に居るみたいだ。煌びやかに着飾る少年少女達が踊る中に居て、俺の相手は息を呑む程綺麗な妖精だ。

「もう直ぐ音楽が変わるから、右腕を私の腰に回して、左手は握り合ったまま」

 俺は茹蛸の様に顔を真っ赤にしながら必死にルイズの指示に従った。へ、変な場所触らない様に気をつけないと……。
 ルイズの左腕が俺の肩に回された。ち、近いって! 俺はあわあわしながら小声で言うと、ルイズにシャンとしなさい、と怒られた。
 “大きな河”という名前らしい曲が流れてきて、ルイズに誘われるままに俺は踊った。ルイズの脚を踏まない様に必死だった。
 だから、ルイズが俺の名前を呼んでる事にしばらく気付かなかった。

「サイト!」
「な、なに?」

 俺は吃驚して尋ね返した。

「故郷に帰りたい?」
「……え?」

 俺は思わず足を止めてしまった。その拍子にルイズが俺の胸に倒れこんできた。慌てて謝るとルイズにテラスに連れて来られた。

「ありがとう」

 ルイズはテラスに着くなり俺に言った。俺が目を丸くすると、ルイズは花が咲いた様に顔を綻ばせた。

「『泣かないでくれよ、ルイズ。俺が、何とかするから。あんな怪物なんて簡単に倒して、お前をゼロって馬鹿にする奴も一人残らず倒してやるから』!」

 ルイズが突然、低い声で言った。俺は恥しさのあまりテラスから飛び降りたくなった。

「やめて! 恥しくて死にたくなるから!」

 俺が悲鳴を上げると、ルイズは笑った。

「嬉しかったわ。だから、ありがとう」

 俺は何て返せばいいか分からなくて黙り込んだ。

「サイト、故郷に帰りたい?」
「……そりゃあ、家族とか友達も居るし。でも、帰える方法なんて見当もつかないし……。だから、ルイズの使い魔として頑張るよ」

 俺が言うとルイズは頬を染めた。けど、すぐに顔を顰めた。

「躍るわよ」
「へ?」

 ルイズが俺の手を取ってフロアに歩き出した。俺はルイズの考えがわからず混乱した。
 その翌日、俺は筋肉痛で動けなくなった……。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。