第十五話『閃光と魔剣』

 私は今日も王立図書館に来ていた。
 人々の叡智が集められたこの場所の空気が好きだという事もあるが、今は大きな二つの理由でここに居る。
 一つは、例の組織に接触する方法を模索する為、そして、もう一つはこの図書館を脅かす輩を見つけ出す為だ。

「それにしても、ここの蔵書の数はいつ見ても壮観だな」
「ここにある蔵書だけでも世界一つ分の価値はあります」

 私が呟くと、いつの間に居たのか、リーヴルが話しかけて来た。
 それにしても、世界一つ分とは随分と大きく出たものだ。私がそう言うと、リーヴルは詰まらなそうな顔になった。

「ありきたりの貴族の反応ですわね。ワルド様でしたら、ここの蔵書の価値を理解して下さると思ったのに」

 どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。
 私としては、数少ない本好きの友に嫌われたくは無い。どれ、一つご機嫌取りをしておこうか。

「では、ここの蔵書の価値について、ご教授頂けるかね?」
「……情報というものは、人々の試行錯誤の結晶です」

 リーヴルは中々に興味深い話を聞かせてくれた。彼女の言い分はこうだ。
 本とは、人々の試行錯誤の結晶を纏めた物。宝石の様な物であり、その価値は人々の生活に根ざした物から使い道の無い物まで多岐に渡る。
 それらが集まるこの場所は国などという、詰まらない単位で語る事は貧しい発想だと言う。
 例えば、食べられる物と食べられない物はそれを試し、命を落とした多くの者の屍の上に蓄えられた知識だ。食べ物一つ取っても、大きな犠牲を伴っている。その価値が国に劣ると言えるかどうか、私にとっても考えさせる考察だった。

「なるほど、確かに秤に掛ける物を間違えていたようだ。情報というのは確かに大きな力を持っている」

 これを否定する事は出来ない。それこそ、情報一つの為に多くの人間が死に、国が傾く事もある。それが集まれば彼女の言い分にも通りがある。
 リーヴルもどうやら機嫌を直してくれたようだし、無駄な時間では無かったな。
 さて、そろそろ仕事の時間のようだ。リーヴルとテクストは時間外労働はしない主義らしく、いつも通り定時退勤してしまった。
 ふむ、暗闇の中に沈む図書館か、童心に返り胸が高鳴るな。さて、今日はどこを調査するか……。

ゼロのペルソナ使い 第十五話『閃光と魔剣』

 フリッグの舞踏会の翌日、俺とルイズはオールド・オスマンに呼ばれて学院長室に来ていた。ギーシュとモンモランシーも同席している。
 オールド・オスマンは少し疲れた様子で俺達にミス・ロングビルの正体を語った。ルイズとモンモランシーにはあの夜に既に話していたらしい。
 ミス・ロングビルが『土くれ』のフーケという有名な盗賊である事、ミス・ロングビルの処遇については俺達に判断を委ねるという事、ルイズとモンモランシーはオールド・オスマンの判断に従う事にしたという事。
 俺とギーシュは互いに顔を見合わせて、しばらく沈黙した。何が正しいのか、分からなかったからだ。

「ルイズはオールド・オスマンに委ねる事にしたんだな?」

 俺が尋ねると、ルイズは小さく頷いた。俺はこの星の人間じゃない。実際に被害を受けたわけでもない。ここはルイズの判断を信じるべきだろう。

「待ちたまえ」

 俺の考えを見透かしたように、ギーシュが口を挟んだ。

「この件は一人一人が判断するべきだ。オールド・オスマンに委ねるならまだしも、ルイズに委ねるべきではないよ」

 どういう意味だろう。ルイズの判断が間違っているというのだろうか。俺が分かっていない事を察したのだろう、ギーシュは言った。

「ルイズの判断力を見くびっているわけじゃないよ。そうじゃなくて、責任を他人に預けるべきじゃないって話さ」

 ギーシュは言った。ミス・ロングビルは犯罪者だ。オールド・オスマンの言うとおり、心の奥に善があるのかもしれないが、それは事実だ。
 もしも、ミス・ロングビルがオールド・オスマンの期待を裏切り、誰かを苦しませた時、その責任はミス・ロングビルを王宮に突き出さないと決断した俺達にも降り掛かって来る。
 もし、ここでルイズの判断に任せるという形でルイズに責任を背負わせてしまえば、ルイズは最悪、二人分の責任を背負う事になってしまう。誇り高いルイズだからこそ、余計に。

「……分かった。ありがとう、ギーシュ」

 ギーシュが止めてくれて助かった。女の子に自分の責任を押し付けるなんて馬鹿な真似をする所だった。

『“契約”に従い、ご自身の選択に相応の責任を持って頂く事です』

 ベルベットルームでのイゴールの言葉が頭の中で甦った。反芻し、俺は自分を戒める意味でもオールド・オスマンに言った。

「俺もオールド・オスマンに判断を委ねます。これは俺の選択で、この選択の責任は全て俺にあります」
「僕もオールド・オスマンに判断を委ねます。ですが、僕もサイトと同じく、この選択の責任は全て自分で負います」

 オールド・オスマンはゆったりとした動作で頷いた。

「ありがとう。君達一人一人の選択が間違いにならぬよう、儂もミス・ロングビルが二度と過ちを犯さぬ様に注意を払う事を約束しよう」

 俺達は同時に頷くと、オールド・オスマンは満足そうに微笑んだ。

「さて、実はもう一つ、お主等を呼んだ事にはワケがあるんじゃ」

 なんだろう。俺は隣に座るルイズと顔を見合わせた。ルイズも困惑した表情を浮かべている。

「なに、そう固くなる話ではない。そうじゃな、ちと長話が過ぎた。お菓子でも食べて気を落ち着かせてはいかがかね?」

 そう言って、オールド・オスマンは立ち上がると、近くの小机の上に乗ったポットに手を掛けた。ルイズとモンモランシーが慌てた様子で立ち上がった。

「い、いけませんわ。その様な事は私共が!」

 ルイズとモンモランシーがお茶を淹れるのを代わろうとすると、オールド・オスマンは楽しげに笑った。

「なーに、儂はこう見えてもお茶を淹れるのは得意でな。直ぐに淹れるから座っていなさい」

 オールド・オスマンに言われて、ルイズとモンモランシーは渋々といった様子でソファーに戻った。
 オールド・オスマンの一挙一動にハラハラしているルイズは何だか面白い。
 オールド・オスマンはお盆に人数分のカップとポット、それにお菓子の入った缶を載せて戻って来た。

「甘くて美味しいのに驚く程健康に良いという素晴らしいお菓子じゃ。遠慮などせず、好きなだけ食べなさい」

 まるで久しぶりに会いに来た孫にお菓子を勧める爺さんみたいに俺達にお菓子を勧めた。ルイズ達はどうしたものかと困った様子でお菓子とオールド・オスマンを見比べている。
 折角勧めてくれたんだし、俺は一つを手に取って食べてみた。一口噛むと、ほんのりとした甘い味わいが口の中に広がって、凄く美味しい。

「ルイズ、これ凄い美味いぞ!」
「は、はしたないわよ。えっと、では、私も一つ頂きます」

 ルイズも恐る恐るといった様子でオールド・オスマンの出してくれたお菓子を口に入れた。
 ルイズの口にも合ったようだ、頬が少し緩んでいる。ルイズの後にモンモランシーとギーシュもお菓子を貰って食べた。

「お茶もある。好きなだけ食べなさい」

 俺は遠慮なくもらう事にした。ルイズが横目で睨んできているけど、このお菓子は本当に美味い。俺がお茶を飲み干すと、オールド・オスマンが口を開いた。

「実は、お主等のクラスに新しい友人が編入してくる事になったんじゃよ」
「編入、こんな時期にですか?」

 ギーシュが怪訝そうな顔をしてオールド・オスマンに尋ねた。
 ルイズ達のクラスにって事は二年生に編入してくるって事だよな。確かに、編入してくる時期としては奇妙に感じる。

「遠方の国の姫君でな。この件に関しては姫殿下からも彼女の事を宜しく頼むとのお言葉を承ってもってのう」
「一国の姫君が……ですか?」

 ルイズは戸惑った口調で聞き返した。一国のお姫様が留学なんてありえるのかな? ルイズだけでなく、ギーシュやモンモランシーも困惑した顔をしている。
 オールド・オスマンが語るには、その転入生の名前はクリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナというらしい。

「それで……、私達は何をすればいいのですか?」
「クリスティナ姫は明日、トリステインに到着する予定じゃ。そこで、ミス・ヴァリエールにはサイト君と共に彼女を王宮へ迎えに行ってもらいたいんじゃよ」
「私がですか?」
「アンリエッタ姫のたっての希望でのう。なんでも、幼少の頃より親しき仲であるお主にクリスティナ姫の事を頼みたいとの事じゃ。まあ、友人として、良い学院生活を送れるようにそれとなくサポートをして欲しいという事じゃよ」
「……わかりました。明朝、王宮へ向かい、クリスティナ姫殿下のお迎えの任にあたりたいと思います」
「頼んだぞ。ミスタ・グラモン、ミス・モンモランシ。お主等にもクリスティナ姫が編入してきた際にはクラスに溶け込めるように力を貸してあげてくれぬかのう?」

 奇妙な間があった。二人がのろのろと頷くのを見ると、オールド・オスマンは満足気に頷いた。

 学院長室を出ると、三人は重い沈黙が広がった。
 ルイズもギーシュもモンモランシーも三人共難しい顔をしている。お姫様が留学して来るって事はそんなに大変な事なのだろうか。

「オールド・オスマンも厄介な事を任せてくれるね……」

 ギーシュが苦虫を潰したような声で言った。

「どういう意味?」
「サイト、異国の姫君が留学して来るんだ。それも、僕達は姫君の接待をしなければならない。つまり、僕達は姫君とかなり近い距離で接する事になるんだ」
「それが厄介な事なのか?」
「厄介な事なのよ。相手は異国のお姫様。そんな相手を接待だなんて……、お姫様の国に取り入ろうとしていると見られてもおかしくはないわ。そうなったら、将来の出世にも関ってくる」

 ギーシュとモンモランシーはどうしたものかと頭を悩ませている。予想以上に大変な事態らしい。
 ギーシュとモンモランシーとは途中で別れて、俺達はルイズの部屋に戻った。

「サイト、明日は夜明けに王宮に向けて出発するわ。今日はもう寝るから」

 部屋に戻るなり、ご主人様は使い魔にご褒美を下さるらしい。
 それにしても、ルイズはギーシュやモンモランシーと違って、割と余裕があるな。
 俺はルイズの寝具を用意しながら、聞いてみる事にした。

「なあ、ルイズは何でそんな余裕たっぷりなんだ?」
「余裕って?」
「だからさ、ギーシュやモンモランシーはかなり困ってたじゃん。オールド・オスマンのお願い事で」
「まあ、確かにちょっと厄介ではあるわね」
「だろう?」
「でもね、私のは姫様直々の任務なの。姫様に期待されてるんだって思えば、気も引き締まるわよ」

 さすがはご主人様。俺はそれ以上深くは聞かなかった。聞く余裕が無かったとも言える。
 相変わらず、お美しいです、ご主人様。まだ慣れない手付きでルイズを着替えさせながら、何となく、勇気と根気が鍛えられた気がした。

「そう言えば、あんたの剣」
「折れちまったな。綺麗に……」

 オールド・オスマンから貰った俺の相棒は前の戦いで綺麗に真っ二つに折れてしまっていた。
 短い間だったとはいえ、死線を潜り抜けて、愛着があったんだけどな。
 今は俺のソファーの後ろに置いてある。どうしても、捨てる気になれなかったんだ。ルイズもそれを許してくれた。

「明日、王宮に向かう途中であんたの剣を買いましょう」
「いいのか?」
「……必要な物だもの」

 それだけ言うと、着替えを終えたルイズはさっさとベッドに潜り込んでしまった。

 翌日、俺とルイズは夜明け前に学院を出た。
 俺はルイズの腰に手を回しながら変な所を触らないように全神経を集中していた。乗馬経験なんて無い俺は仕方なく、ルイズとタンデムしている。
 出発してから二時間ぶっ通しで走り、王都トリスタニアに到着した頃には俺の尻は尋常じゃない痛みを発していた。

「つか、マジで痛い……」
「情け無いわね。王宮に着くまでにはシャンとしなさいよ?」

 そんな事言われても、痛いものは痛い。蟹股になりながら、ルイズの後を追う。
 しばらく歩いていると、ルイズが突然立ち止まった。

「確か、この近くだった筈なんだけど」

 ルイズはキョロキョロと視線を走らせて何かを探している様子だ。

「あ、あったわ。あの看板の店の小道の先の筈ね」
「あ、おい、危ないぞ!」

 目的の物を見つけ出したらしく、ルイズは前が見えていないらしい。人にぶつかりそうになり、俺は慌ててルイズの手を引いた。
 小さく悲鳴を上げて、ルイズは非難するような目で俺を見た。

「おっと、すまないね。急いでいたもので……、ルイズ?」

 ルイズがぶつかりそうになった男は驚いたように眼を丸くしてルイズを見た。
 灰色の長い髪に一瞬女の人かと思ったけど、顔を見た途端に男だと分かった。髪と同じ色の髭が口元を覆っていた。精悍な顔付きと穏かな眼差しにさぞや女泣かせな男だろうと思った。
 そして、泣かされそうな女が目の前に居る。

「ル、ルイズ?」

 ルイズは頬を薄っすらと赤らめていた。瞳を潤ませ、見た事の無い顔で男を見ていた。

「ワルド様……」
「ああ、一目で分かったよ。随分と大きくなったのだね。そうか、それほどの時が経ったのだな」

 ルイズがワルドと呼んだ男は憂いを秘めた目でルイズを見つめ、頭を撫でた。

「あの時は本当に小さな妖精だったな」
「い、いやですわ。私はもう子供ではないのですよ?」
「すまないね。私にとって、君と過ごした日々は輝いていたのだよ。楽しかった」

 懐かしむように語るワルドにルイズは借りて来た猫のように顔を赤らめて大人しくなってしまった。
 おもしろくない。まるで、恋する乙女のような顔だ。俺にはあんな顔を一度も見せてくれたことが無いのに、道端でぶつかった男に見せるなんてどういう事なんだ。

「おや、君は……」

 ワルドは俺に目を向けると、顔を顰めた。

「すまなかったね。昔の話など持ち出すべきではなかった」

 ワルドの言葉にルイズは傷ついたような表情を浮かべた。

「なぜ、なぜその様な事をおっしゃるのですか?」
「彼にとって、おもしろい事とは言えないだろう。私はこれから王宮に赴かなければならないのでね、これでさらばとさせてもらうよ」
「お、お待ちください。サイトは、この者は私の使い魔です」
「使い魔?」

 どうやら、ワルドは俺達を恋人同士だと勘違いしたらしい。ルイズは慌てて訂正した。
 確かに、恋人ではないけど、こうまでキッパリと否定されると寂しいというか、ガッカリというか……。
 使い魔と聞いて、ワルドは目を丸くした。

「人を使い魔に……」

 ワルドは探るような目付きで俺を見た。鬼気迫るものを感じて、俺は突き上げてきた嫉妬すら忘れて、凍りついた。
 ルイズも様子がおかしいと感じたのか、目を丸くしている。

「まさか……いや、そんな事は……」
「ワルド様?」
「あ、ああ、すまない。人が使い魔になるという話はあまり聞かないものでね。君、もしよければルーンを見せてもらってもいいだろうか?」

 手の甲に浮かんだ俺には読めない文字の羅列を見せると、ワルドは熱に浮かされたように見つめた。

「とても、珍しいルーンだね。そう言えば、ルイズ」

 魔法は使える様になったかい? ワルドはルイズに問い掛けた。
 ルイズは泣きそうな顔になった。魔法を使おうとすると、どんな呪文を唱えても爆発してしまう。
 ルイズの様子を見ていると、否応にも分かってしまった。ルイズは目の前の男が好きなんだって。だから、好きな男に魔法が使えないと話すのが辛いのだろう。

「あ、あの」

 ルイズが泣くのが嫌だ。胸に浮かんだ思いに駆られて、俺は口を挟んでいた。

「お、俺、ルイズの使い魔のサイト・ヒラガです。よ、よろしくお願いします」
「ああ、私はワルド。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと言うものだ。サイトか、聞き慣れぬ響きだな。装いも見慣れぬ物。遠方の国の者かい?」
「は、はい。日本の東京という所から……」
「ニホン? トウキョウ? 聞いた事が無いな。魔法の方は?」
「あ、俺は貴族じゃないんです。だから、魔法も使えません」
「そうなのかい? しかし、平民といえども、今やヴァリエール家が三女の使い魔。それ相応の礼儀を払わせてもらうよ」

 ワルドは俺の服装を見て、変わった服を着る貴族だと思ったらしい。俺が着ているのはこの世界に着た時に着ていたパーカーだ。やっぱり、この服が一番着心地が良い。
 ルイズを恋する乙女に変えるワルドは正直おもしろくない相手だったが、嫌いになるのは難しい相手でもあった。

「そう言えば、君達はどこへ向かおうとしていたんだい?」
「王宮です。その前に、サイトに剣を買おうと思い、この近くに店があると聞き、向かっておりました」
「武器屋か、それならば確か、この路地を曲がった所にあるピエモンの薬問屋の近くにあったな。サイト、君は剣の目利きは?」

 目利きっていうと、どんな剣がいいのか選べるか? って聞かれたのかな。俺が首を振ると、ワルドは「こっちだ」と言って、路地の奥に向かって進み始めた。

「ワルド様?」
「君達二人では、飾り物を高値で買わされてしまいそうだからね。まだ時間もある事だし、サイトに似合いの剣を見繕ってあげよう」
「そんな、ワルド様にそのようなお手を煩わせるような事は……」
「なに、久しく会った君ともう暫しの間居たいという思いもあるのだよ。学院に通っているのだろう? 君の学院生活を聞かせてはもらえないかい?」

 結局、ルイズが折れて、俺とワルドはルイズの昔話に耳を傾けながら路地に入って行った。
 路地は下水道のような臭いが漂い、とんでもなく臭かった。ルイズも顔を顰めている。
 すると、ワルドは杖を振り、呪文を唱えた。途端に臭い匂いが消え去った。
 歩きながら、ワルドの事も聞かせてもらった。名前は長くて覚えられなかったけど、国に三つしかない衛士隊の一つを纏める隊長らしい。二つ名は『閃光』。風の魔法を得意としているらしい。
 ルイズの昔話を聞いている内に目的のお店に到着した。剣が交差している絵の看板が掛けられている。まさにファンタジーって感じだ。
 薄暗い店内に入ると、かび臭い匂いが鼻をついた。店内には様々な種類の剣や槍、斧、弓などが壁に陳列され、鎧やヘルメット、籠手や盾まで置いてあった。

「わしの息子達を買いに来たのか?」

 店内を見て回っていると、店の奥から男が出て来た。筋骨隆々のまるでアメフトの選手のような体付きの大男だった。

「む、息子?」
「わしが鍛えた武器や防具だ。わしにとっては子供同然だ。おや、珍しい事もありますな。貴族の方がこのような場所に足を運ばれるとは」

 店主はワルドとルイズの格好を見て、居住まいを正した。

「客よ。サイトに持たせる剣を買いに来たの」
「そうですか……。見たところ、あまり鍛えていらっしゃらないようにお目見え致しますが?」

 店主は俺を値踏みするように見ながら言った。

「こう見えても、剣を振るわせればそれなりよ」
『それなり? そんな、ひょろひょろ坊主にゃ、玩具の剣がお似合いだろうが』

 誰だよ、失礼だな。確かに、剣なんてここに来るまで握った事も無かったけど、実際にちゃんと戦えたんだぞ。そう思って、店内を見渡したけど、誰も口を開いていなかった。

「おいこら、デル公。客に向かって、何て口の利き方しやがるんだ」
『五月蝿えよ。身の程知らずにご大層な剣渡して、無責任に戦場なんぞに放り出してみろ、一番に死ぬのはそういう奴だ。俺様は優しさで言ってんだぜ?』

 まるで、スピーカーを通しているような妙な響きの声のする方に行くと、そこには一本の剣が立て掛けられていた。柄が剣が喋る度に動いている。さすがファンタジーだ、剣も喋るのかよ。

「インテリジェンス・ソード。随分と珍しい物を置いているな」
「口の悪い剣ね」

 ワルドは興味を惹かれた様子だが、ルイズは不快そうに顔を歪めた。

『おい、悪い事は言わねーからよ、模造剣で我慢しとけよ。そんな若い美空で命散らせるなんざ、阿呆なだけだぜ?』
「……なら、お前が教えてくれよ」
『ああ?』
「お前がさ、俺に剣を教えてくれよ。俺、一応剣で戦った事があるんだ。でも、剣を習った事が無いんだ。お前、剣なんだし、剣術とか分かるだろ?」
『はあ? 冗談じゃねーよ。お前さんみたいなひよっこになんで俺様が……』
「駄目よ、サイト」

 俺はなんとか剣を説得しようとしていると、ルイズが口を挟んできた。

「なんで?」
「なんで、じゃないわよ。そんな口の悪い剣。それに、錆だらけじゃない。そんな剣を使い魔に持たせるなんて、貴族としての品格が疑われるわ。その剣は却下よ」

 ルイズの言葉に俺は何も言い返せなかった。口を利くなんて、面白そうだし、なによりも剣に剣術を教えてもらえるなら、俺にとっては一石二鳥なんだ。
 だけど、ルイズの貴族としての品格を汚すわけにもいかない。ただでさえ、学院の奴等に馬鹿にされているのに、世話になって、色々とご褒美いっぱいの生活を送らせてくれてるルイズを更に馬鹿にする口実を奴等に与える訳にはいかない。
 後ろ髪を引かれながら、俺は剣を諦める事にした。だが、ワルドが口を挟んだ。

「待ちたまえ。確かに、ルイズの言い分も分かる。だが、サイトの言い分も間違っていない。ルイズ、インテリジェンス・ソードの存在する理由はなんだか分かるかい?」
「インテリジェンス・ソードの存在する理由……ですか?」」
「ああ、インテリジェンス・ソードはね、主の目となり、鼻となる事が出来るんだ。例えば、多くの敵に囲まれ、自分の目だけでは敵の動きを判別出来ない事態に陥った時、インテリジェンス・ソードならば敵の位置や敵の動きを剣に教えてもらえる。それに、剣を持ったばかりの者が戦場に出る際には、どう戦えばいいのか、どう動けばいいのかをインテリジェンス・ソードに教えてもらう事も出来る。さっき、サイトの言ったように、剣術を教えてもらう事も出来る」

 それに、とワルドは言った。

「一本に絞る必要も無いだろう。この剣ともう一本、見栄えの良い剣を買えばいい。それに、確かに口は悪いようだが、言っている事は正論だ。インテリジェンス・ソードの中には主を戦へと駆り立てる魔剣、邪剣などがあると聞くが、戦に出るなとその剣は言った。この剣ならば、サイトをきちんとした剣士にしてくれる筈だ」

 ルイズは剣を見て、溜息を吐いた。

「ワルド様がそう仰るなら……。仕方ないわね、出費が大きいけど、二本買いましょう」
『おいこら! 何勝手に決めてやがる! 俺様はこんな小便臭いガキに振るわれるなんざ――ッ』
「ま、いいじゃん。ちゃんと俺も鍛えるからよ」

 剣を持ち上げてみると、再びあの力が溢れて来た。軽く、縦横斜めに振るってみると、驚くくらいしっくりきた。

『驚いたぜ……。お前さん、使い手なのか。わかったよ。お前さん、俺を買いな。いっぱしの剣士に育ててやっからよ』
「使い手?」

 何の事だろう。聞いてみようと思って声を掛けようとすると、ルイズに呼ばれた。

「その剣の値札見せてちょうだい。……ずいぶん安いわね。なんか、余計に不安だけど、まあいいわ。これならもう一本くらい買えそう」
「今の動きは中々のものだね。体格以上に……。そうだね、この剣はどうだろうか?」

 ワルドは壁に掛けられていた一本の剣を手に取った。飾り気があまり無い長剣だ。

「うーん、もっと見栄えが良い物がいいですわ」

 ルイズは不満そうだった。確かに、茶色い柄の地味な剣だ。

「あら、こっちに良さそうなのがあるじゃない」

 ルイズは壁に掛けられた、柄にも刀身にも宝石の散りばめられた豪奢な剣を手に取った。
 派手でルイズが好みそうな剣だったが、ワルドは首を振った。

「ルイズ。それは観賞用の剣だよ。好事家向けの物だ。戦闘に使ったりすれば、数回剣を交えただけで折れてしまうよ。ルイズ、剣というのは派手であればいいというものではない。己の技量、身体能力、そして何よりも実用性に合う物を選ばねば意味が無いんだ。見たところ、この店にある剣でサイトに見合う剣はあの喋る剣とこのロングソードくらいだ。身体能力だけあっても、技量が追いつかねば、剣は敵よりも先に己に、更には己の護ろうとした者に牙を剥く」
『嬢ちゃん。その貴族の旦那の言う事を聞いときな。見栄を張るために観賞用の剣を腰に下げるなんざ、余計に間抜けだぜ』

 ワルドと剣の言葉はもっともな事だった。さすがに、観賞用の剣で戦うには勇気が足りない。
 ルイズも渋々頷いた。

「店主、この二本を頂くから会計をお願い」
「あいよ。インテリジェンス・ソード、銘は『デルフリンガー』だ。こいつは50エキュー。それに、こっちのロングソードは200エキュー。合わせて、250エキューになります」
「サイト、財布を頂戴」
「おう。ありがとな、ルイズ」
「必要な物だもの」

 ルイズに買ってもらった剣を早速着けてみる事にした。
 ロングソードはギリギリ腰に下げる事が出来たけど、デルフリンガーはロングソードよりも長くて、背中に背負うしかなかった。

「へへ、どうだ?」

 剣を装備すると、なんだか気分が高揚した。

「もう、恥しいから浮かれないでよ。ま、まあ、悪く無いわね」
「サンキュー。ワルドさんもありがとうございました」
「礼には及ばないよ。昔、ルイズは私の許婚だった」
「許婚?」
「昔の話だがね。親同士の口約束だよ。だけどね、私はルイズの幸せを願っている。どうか、その剣をルイズを悲しませない為に振るって欲しい。ルイズの事を頼んだよ」

 初め、ワルドはルイズに俺の知らない顔をさせる嫌な奴だと思った。
 でも、ワルドは王宮でも高い地位の貴族だって聞いたけど、話してみると、気さくでルイズの事を本当に大事にしているんだって事も知る事が出来た。
 俺はワルドに選んでもらった剣に密かに誓おうと思う。ルイズを絶対に泣かせない。ルイズを泣かせる奴は誰だろうと、この剣でぶっ倒す。誰であっても……。

「はい!」

 ワルドは手を差し伸べてきた。俺はワルドの手を握り返した。ワルドとの間に、ほのかな絆の芽生えを感じる。
 …………!? ……頭の中に、不思議な声が囁く――。

『我は汝……、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり……。絆は即ち、真実に至る一歩也。汝、“剛毅”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん……』

 俺はワルドとの絆に呼応する様に、“心”の力が高まるのを感じた。

『おい、相棒』
「相棒?」
『お前さんの事さ。まだまだ未熟も未熟だが、これからよろしく頼むぜ』

 デルフリンガーは相変わらず口が悪いけど、俺の事を相棒と呼んでくれた。
 認めてくれたって事で、いいんだよな?

「ああ、よろしく頼むぜ、『デルフリンガー』」
『いっちょ、お前さんを鍛えてやるよ。ありがたく思えよ? 剣に剣を教えてもらえるなんざ、そうそうあるもんじゃねー』

 俺はデルフリンガーを鞘から抜いて、軽く振ってみた。相変わらず、不思議な力が漲ってくる。それだけではない。なんだろう、オールド・オスマンに貰った剣以上に自分の体の一部のように感じられる。
 口の悪い新たな相棒『デルフリンガー』との間に、ほのかな絆の芽生えを感じる。
 …………!? ……頭の中に、不思議な声が囁く――。

『我は汝……、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり……。絆は即ち、真実に至る一歩也。汝、“正義”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん……』

 俺は『デルフリンガー』との絆に呼応する様に、“心”の力が高まるのを感じた。

「デル公が認めるとはな。おい、お前さん、お得意様向けのサービスをしてやる」
「お得意様向けのサービス?」
「暇な時に素材を持って来い。ありきたりのもんじゃつまらん。わしがうろたえるような珍品を持って来い。そしたら、伊達なもんを作ってやる。ま、作るもんによっちゃ、素材の種類や数はそれぞれだがな。こっちに素材がある程度貯まったら、わしが特注の武器や防具を作ってやる。ただし、何を作るかはわしの勝手じゃがな」

 なんだそりゃ、俺は店主の言葉を頭の隅に置きながら曖昧に頷いた。俺にはロングソードとデルフリンガーがあるんだし、わざわざ素材を持って来て、武器を作ってもらう必要なんて無いと思うんだけどな。
 店を出ると、ちょうどいい時間になっていた。俺達は王宮へ向かった。

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