Interlude

 屍が積み上がっている。老いた者、若い者、女、男、そこにはあらゆる死が重なっていた。
 その上で嗤う影がある。
「ハッハッハァ! 愉しいなー! 最高に愉しい!」
 小物染みた下衆な笑みを浮かべ、ソレは久しぶりの生を楽しんでいる。
「COOL! 最高だ!」
 悪魔があげる歓喜の声に応える者が一人いる。彼は悪魔と共に死を愉しんでいた。
 治癒魔術を掛けられ、致命傷を受けても死ぬ事が出来ない状態の幼子にいくつの針を突き刺せるか実験中の彼。実験台にされた少年は動く事も出来ず、さりとて正気を失う事も魔術によって禁じられ、ウニのように無数の針が突き刺さっている。その出来栄えは素晴らしく、もはや新たな針を突き刺す隙間も無い程だ。彼はその作品を《ウニ人間》と名付け、ガラスのケーズに閉じ込めた。彼が飽きるまで、少年が死に逃避する事は許されない。
 その横には全身の肌を削がれ、あちこちにサインペンで落書きをされた《人体模型》というタイトルの少女がいる。更にその隣には両腕両足を切り取られ、代わりに犬や猫の脚を繋ぎ直された《キメラ》がいる。
 山になる程積み重なった失敗作の肉を材料達に食べさせながら、彼は新たな作品のアイデアを考える。
「なあ、次は何を作るんだ?」
 悪意の塊が問う。
「うーん、ちょっと考え中。家具とか楽器でも作ってみようかな?」
「それはいいね」
「……なあ、アンタも何かアイデアねーの?」
 彼はこの|地獄《てんごく》に連れてきて来れた|天使《あくま》の創り上げる|死体《アート》に興味がわいた。
「オレか? オレのアイデアか……」
 悪魔は悪意を総動員した。人類が行使出来る悪行。その殆どをやりつくした。粗方の苦痛を再現して味わった。
 だから、ソレも彼と同じく新鮮さが足りないと感じていたところだった。
「……そうだなー。ちょっと、趣向を変えてみるか?」

 ◇◆◇
 
 遠坂凛は苛立っていた。友人が行方不明になったのだ。一人や二人じゃない。今日、いつものように登校して来た2組の生徒は彼女を含めて十人ちょっと。他のクラスも似た感じだ。
 先生達が登校して来ない生徒の親に電話をしたけど、全て留守番電話。
 授業どころじゃなかった。先生達は慌てふためき、生徒達を体育館に集めた。何の説明も無く、生徒達は只管体育座りを続けた。時計の針の動きを目で追いながら、周りの囁き声を聞く。皆、不安がっている。
 数時間後、体育館に大勢の人が流れ込んできた。生徒達の保護者が迎えに来たのだ。凛の母親の姿もあった。酷く狼狽えている。
「大丈夫ですか?」
 少女が問う。すると、彼女の母である遠坂葵は気丈な笑みを浮かべた。魔道に生きながら、魔術師では無い彼女は些細な異変に対しても過敏に反応する。なのに、娘の不安を払拭しようと必死に勇気を振り絞っている姿はとても健気で愛おしい。
 実のところ、生まれた時から魔術師であった凛の視点から見ると、母のそういう姿はどこか奇妙で、間に見えない壁があるように感じる事がしばしばだった。でも、最近、少しずつだけど、普通の人の感覚というものが理解出来るようになり、その壁も少しずつ薄くなっていると実感している。
 彼女の反応こそが当たり前であり、凛は彼女のような普通の人が恐れる世界の住人なのだ。だからこそ、此方側の人間として責任を持たなければいけない。
《余裕をもって優雅たれ》
 それが遠坂家の家訓だ。恐れられる者であり、外れた者である事を自覚し、それでも尚、余裕を持ち優雅に振る舞えという意味。とても難しい事だけど、いずれ遠坂家の当主となるなら、この家訓を実践し続けなければならない。
 凛は母親の手を握った。
「帰りましょう、お母様」
 元気いっぱいの笑顔を作る。彼女を安心させる事。それが今の彼女に出来る責任の取り方だ。そしてーーーー……。

 ◆

 夜の9時半過ぎ。私は寝た振りをして、コッソリと禅城の屋敷を抜け出した。人目につかないように慎重に目的地に向かって足を運ぶ。脳裏に浮かべるのは親友の笑顔。男子にしょっちゅう虐められ、その度に私は彼女を助けている。私は彼女のボディーガードとなり、彼女が授業で分からない事があると言うと、喜んで知識を分け与えた。その見返りとして、彼女は私に普通の人の在り方を教えてくれた。
「コトネ……」
 禅城の屋敷の人に聞いた事だけど、近隣の街では行方不明者が続出しているらしい。コトネの一家も行方不明者の中に名を刻んでいる。おまけに冬木市内で断続的にテロ行為が行われ、警察は正に血眼といった様子で街中を駆けずり回っている。幸い、赤いランプとけたたましいサイレンの音で位置が分かるから避けるのは容易だった。
 きっと、彼等にこの事件を解決する事は出来ない。この時期にこれほど大規模な異変を起こす者など聖杯戦争のマスターか、その関係者に決まっている。このまま放置したら、コトネと永遠に会えなくなってしまう。かと言って、戦いの真っ最中で忙しい筈のお父様を頼るわけにもいかない。
 今、コトネを助けられるのは私しかいない。上手く敵の情報を探る事が出来れば、お父様にも褒めてもらえるかもしれないし、ここは頑張りどころだ。
「絶対に助ける」
 決意を言葉にして、私は走り続けた。目指す先は山一つ向こうにある冬木の街、聖杯戦争の舞台だ。

 走り始めて三十分。正直言って、少し冬木までの道のりを舐めていた。山に入る前から息切れ状態だ。せめて、もう少し早く出て、バスを使えば良かったと後悔している。まあ、今は街中厳戒態勢だから、子供一人でバスに乗ろうとしたら呼び止められてしまいそうだけど……。
「……へ、へこたれないんだから!」
 何とか奮起して再び歩き出す。しばらくすると、妙な感覚が奔った。ポケットに仕舞ったお父様からの贈り物が荒々しく動き回っている。これは魔力を探知する魔道具。これが反応しているという事は近くに魔術の痕跡があるという事。
「反応が大きくなってる……?」
 ゴクリと唾を呑み込む。立ち止まっているにも関わらず、魔道具の反応が徐々に大きくなっているのだ。それはつまり、魔力の発生源が私の下に近づきつつあるという事。
 身が竦む。腹立たしい程に私は恐怖を感じている。恐れられる側に立っている癖に恐れるなんて情け無いにも程がある。震える足を力の限り叩き、無理矢理動かす。今はとにかく隠れよう。近くの民家の敷地に入り込み、息を潜める。
 魔道具の震えがどんどん大きくなり、やがて、一人の男が現れた。若くて、とてもハンサムな人。彼は一直線に私の隠れている場所までやって来た。
「……誰よ、あなた
 肌が粟立っている。逃げなければいけないと分かっているのに、脚が動かない。まるで、地面に縫い止められてしまったかのように……。
「ついて来てよ」
 その言葉と共に突然吹き付けられたガスを私は思いっきり吸い込んでしまった。平衡感覚が失われ、酷い眩暈に襲われる。
 シュッという音と共に再びガスが噴出され、私はそれを吸い込み意識を手放してしまった。そして、次に目が覚めた時、私は地獄に居た――――。

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