第十一話「アーチャー死す! デュエルスタンバイ!」

――――聖杯戦争。それは万能の願望機たる《聖杯》をめぐる魔術師同士の血塗られた戦いである。
 彼等は各々サーヴァントを召喚し、使役し、|戦《いくさ》に臨む。
 七人のサーヴァントとそれを使役するマスターは最後の一組になるまで戦い続けなければならない。
 今また、聖杯を巡り、サーヴァント同士の熾烈な戦いが始まろうとしていた……。

「ハーイ、それでは! 第四次サーヴァント大激突! チキチキ、聖杯戦争を始めたいと思いまーす!」

 緊張感に包まれた室内。戦いはイリヤスフィールの開戦の合図によって幕を開いた。
 それぞれ、持ち得る所持金は1000万円。彼等はその限られた資産を元手にあらゆる手段を尽くして財を為さなければならない。
「こんばんはー! 司会のイリヤスフィールでーす!」
 華やかな笑顔で茶菓子を抓みながら戦いの行く末を見守っているマスター達とマッケンジー夫妻に挨拶をするイリヤスフィール。
「いよいよ始まりました、第四次聖杯戦争! 今回はココ! マッケンジー邸からお送り致します!」
 凄いテンションだ。実に楽しそうだ。
 ウェイバーは思った。
――――もう、何もツッコむまい。
 マッケンジー夫人が淹れてくれた渋めの緑茶を啜りながら決意を固めた。
「ッフ、この我に挑んだ事、後悔させてやるぞ雑兵共!」
 ギルガメッシュ……とは文字数の関係で入力出来なかったギル社長が他を挑発するように言った。
「あはは、そういう事言ってるヤツに限って負けちゃうんだよねー」
 アレクサンダーもアレクサンドロスもイスカンダルさえ入力出来ず、泣く泣くせいふく社長になった彼は腹いせとばかりに小馬鹿にしたような態度でギル社長を煽る。
「そもそも、貴様が誘ってきたんだろうが……」
 デフォルトのうらしま社長で妥協した弓兵は疲れたように言った。
「……ところで、これから我々は何をするんだ?」
 そもそも何故ここに現れたのかが一切不明のライダーは困惑の表情を浮かべている。
「さっきから言っているだろう、桃太郎電鉄だ!」
「だから、そのモモタロデンテツとはなんなのだ?」
「君は呼ばれた理由も知らずについて来たのか?」
 うらしま社長が問う。
「我がマスターの望みだ」
 そのマスターは他のマスター達とお菓子を摘み始めている。
「……テレビで見て、一度やってみたいと言っていたのだが」
「ライダー! 負けちゃダメだからね!」
 イリヤスフィールは敵マスターである筈のタイガの膝の上で両手を上げて言った。
「い、いいのか、あれは?」
「構わない。彼女に手を出せば、死ぬのは貴様等のマスターの方だからな」
「なに……?」
 彼女の発した不穏な言葉にうらしま社長は険しい表情を浮かべる。
「おっと、乱痴気騒ぎは許さんぞ。今宵、闘志は全てコレに捧げてもらう」
 睨み合う二人にギル社長がコントローラーを掲げて言う。
「……との事だ」
 肩を竦めるライダーにうらしま社長は空恐ろしいものを感じた。
 違う。彼が知っている彼女ではない。見た目の違い以上に決定的ななにかがある。
 タイガには一定ランクまでの魔術や呪詛を退ける首飾りを渡してあるが……。
「おい、無駄な事は止せ」
 ライダーが言った。
「貴様がマスターの下へ行こうとしたら、その瞬間に貴様の首を断ち切るぞ」
 それが冗句の類では無い事は冷徹な眼差しが示している。そして、その時、彼では彼女の一撃を防ぐことなど不可能である事も彼には理解出来てしまった。
 彼女がここに来た理由。それは発言通り、|マスター《イリヤ》が望んだからなのだろう。そして、それを許した理由は一つ。
 ここに居る三体のサーヴァントを同時に相手取ったとしても、確実にマスターを守り切る自信があるからに他ならない。
「……乱痴気騒ぎは止せと言った筈だが?」
 セイバーが苛立ちに満ちた声を上げる。
「ただの警告だ。それより、さっさと始めようじゃないか。その……えっと、モモタロデン……テツ? とやらを」
「桃太郎電鉄だ!」
 一見おちゃらけて見えるが、これは間違いなく聖杯戦争だ。
 一歩間違えればマスター共々殺される。死にたくなければ、戦うしかない。
「アーチャー! 頑張って!」
 タイガの声援に彼は親指を上げて答えた。

 ◆

「ふざけるな!!」
 セイバーの怒声が轟く。
「貴様、またしても我の物件を!!」
「あはは。もうかりまっカード。もう一枚!」
「やめろぉぉぉぉ!!」
 現在、八十九年目の十月。戦いはヒートアップしていた。
 インフレにつぐインフレによって、社長達の資産はほぼ全員億を超え兆の領域に達している。
 神懸ったサイコロの出目やカード他によって首位はギル社長。だが、彼の|黄金率《スキル》に対して、未来の征服王は名前に恥じぬ征服振りを披露した。
 次々に繰り出される《のっとりカード》、《もうかりまっカード》がギル社長の所有する物件を彼色に染め上げる。
「……また現れたな銀次」
 総資産ぶっちぎりの最下位であるうらしま社長は何度も何度も現れるスリの銀次に溜息を零す。
 何故か他の社長の下へは現れず、資産三桁の彼を狙い撃ちだ。
「……とびちりカード」
「このクソ野郎!!」
 そこへライダーがとびちりカードを発動。幸運A+のライダーの一撃が幸運Bのギル社長にアレの包囲網を敷く。
「……ック、なんという光景だ」
 うらしま社長は嘗て憧れた少女がアレを全国にバラ撒く光景を見て、密かに傷ついた。
「ええい、動けなくともカードは使える! ぶっとびカードだ!」
 ホールインワン。最強の英雄は運命さえ味方にした。
「フハハハハハッ! これが我と貴様等雑兵との格の違いというものだ!」
「今更目的地に入ってもねー。よし、これで東京の物件全部乗っ取り完了っと」
 せいふく社長は元の値段よりも安く相手の物件を買い取れる《もうかりまっカード》で着々とギル社長の物件を征服していく。
「こんどはキングデビルだと!?」
 うらしま社長は泣きっ面に蜂状態。
「今ので移動カードは尽きたな。よし、二枚目だ」
 またしても全国にアレが降り注ぐ。ギル社長の周囲四マスにもプヨヨンと落ちてくる。ついでにうらしま社長の周りにも降り注ぐ。
「―――き、貴様等ァァァァァァ!!」
「クソッ、私の所にまで……」
 そうして年数が重なっていく。
 ついに到達した九十九年目。戦いは三竦み状態。ちなみにうらしま社長はキングボンビーとキングデビルの集団を引き連れ火の車状態だ。
 物件数ではせいふく社長が優勢だが、総資産ではまだギル社長に分がある。だが、妨害カードで二人に追い縋ってくるライダーも油断ならない。
 火花散る闘争。
「冬眠カードだ」
 ライダーの放った一撃にギル社長が言葉を失う。
「まさか、ここでソレを!?」
 青褪めるせいふく社長。
「貴様にも冬眠カード」
 最後の一年。二人は何も出来ない状態に陥った。
「いくぞ、たいらのまさカード」
 ライダーを除く三者の頭に雷鳴が轟く。
「ま、まさか、貴様!?」
「こ、この時の為にアーチャーを追い詰めたのか!?」
「ひ、ひどい」
 たいらのまさカードは全員の持ち金を文字通り平らにする。
 借金地獄の者には救いを、億万長者には苦痛を与える恐怖の一枚。
 全員の金額が一気に均一化される。それでも辛うじて億を残す事に成功したギル社長とせいふく社長は次なるライダーの一撃に表情を凍りつかせる。
「いくぞ、マルサカード」
 総資産の四分の一を徴収する|魔のカード《ジョーカー》がついに切られた。しかも、元大金持ち二人にそれぞれ二枚。
 一気に赤文字の世界へ落とされた二人は売り飛ばされていく自らの物件を切ない表情で見つめた。
 そして、三月が到来。勝者はライダーに決まった。
「……ッフ、この程度か」
 嘲笑するライダー。三人の敗者は言葉も出なかった。
 己の黄金率に奢り、只管金策に走り続けたセイバー。
 他人の物件を乗っ取る事ばかりに集中していたコンカラー。
 延々と底辺で転がり続けたアーチャー。
 常に策略を練り、必勝を見据えていたライダーの敵ではなかった。
「もう一度だ……」
 セイバーは声を震わせながら言った。
「もう一度勝負しろ!!」
「構わんぞ。何度でも打ち負かしてやろう」
 ライダーはやれやれとばかりに肩を竦める。
「……私は」
「あ、貴様はもういいぞ。弱過ぎて相手にならん」
 辛辣過ぎるセイバーの言葉にアーチャーは切ない表情を浮かべた。
「ア、アーチャー、元気を出して!」
「タイガ……」
 タイガはアーチャーの手を握ると、セイバーを睨んだ。
「なんだ、小娘。自らのサーヴァントを蔑まれた事が不服か?」
「不服だよ! アーチャーの仇はわたしが討つ!」
「……っふ、その意気や良し! いいだろう、挑むがいい。だが、小娘如きが英雄共の跋扈する|戦場《ももてつ》で果たして生き残る事ができるかな?」
「あはは。手加減してあげるべきかな?」
「受けて立つ!!」 ◇

 数時間後、そこには打ち拉がれる英雄達の姿があった。
「……ライダー。なんか、がっかり」
「ウグッ」
「コンカラー。お前、あれだけ大口叩いといて……」
「……はは、僕はまだまだ未熟なんだね」
 勝者の少女は自らの従僕に勝利の栄光を捧げる。
「勝ってきたよ、アーチャー」
 まるでゲームシステムそのものが彼女の為に動いているかの如く、全ての要素が彼女を勝利に導いた。
 その圧倒的な強さにアーチャーは微笑んだ。
「……ああ」
 なんで、聖杯戦争中にゲーム大会なんてやってるんだろう、オレ達……。
 唯一生前もゲームに慣れ親しんでいた筈の近代の英雄の癖にボロ負けしたアーチャーの心の叫びは誰に聞かれる事もなく、彼に虚しさだけを与えて消えた。 

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