第十三話「なんだか、楽しいッス!」

 言峰璃正は頭を抱えていた。先日のビル三棟が陥落した事件に引き続き、テロリストによる冬木ハイアットホテルの爆破。加えて、連続猟奇殺人の横行。まだ、メディアは報道していないが、それも時間の問題だ。神秘の漏洩こそ防げているが、このままでは聖杯戦争を続ける事が出来なくなる。いくらなんでも、暴れ過ぎだ。
 前回の聖杯戦争もナチスだとか、帝国陸軍だとかが介入して来た事で荒れに荒れたが、幸か不幸か政府中枢が動いたおかげで情報統制などは容易だった。その頃の政府高官は全て墓の中。第二次世界大戦の影響でほぼ一新されてしまった今の政府に協力を求める事は出来ない。内部に潜り込んでいる聖堂教会や魔術協会の工作員にも出来る事が限られている。
「このままではまずい……」
 今日で聖杯戦争は開戦から三日目に突入する。四日後にはセイバーの宝具が発動してしまうから、それまでに決着をつけてもらわなければ己の身も危ない。だが、焦りから各陣営が積極的に動き、今以上の被害を出す事も容認し難い。
「……かくなる上はルールの抜本的見直しが必要かもしれんな」
 璃正は教会の奥の礼拝堂に設置した魔術装置の下へ向かった。

 ◇◆◇

「……おい、なんのつもりだ?」
 アーチャーは眉間に皺を寄せながら来訪者を睨みつけた。
「分からんか?」
「分からん!」
 セイバーのサーヴァント。英雄の中の英雄であり、王の中の王であり、間違いなく最強のサーヴァントである英雄王ギルガメッシュが両手に山程のゲームソフトを抱えてアーチャーと大河の新居の扉を叩いたのだ。
 セイバーはやれやれと首を横にふる。その相手をバカにしたような腹の立つ態度にアーチャーは料理中である事も合わさって苛立った。
「ゲームをしに来たに決まっているだろう」
「なんでさ!? なんで、ゲームをしに来るんだ!? サーヴァントだよな!?」
 まるで友達の家に遊びにきたような感覚で現れた最強の敵にアーチャーは唾を飛ばす勢いで叫んだ。
 あまりの大声に耳鳴りがして、セイバーはうんざりしたような表情を浮かべる。
「言っておくが、貴様と遊ぶ為に来たわけじゃない。我は貴様の主にようがあるのだ」
「……会わせると思うか?」
 無言のまま、両者の間で火花が散る。
 すると、そこに新たな来訪者が現れた。
「おーい、アーチャー! 遊びに来たよー!」
 そこにはラムレイに乗ったライダーとイリヤの姿があった。その後ろには大勢の野次馬が跋扈している。
 アーチャーは絶句した。セイバーですら、ドン引きの表情を浮かべている。
「おい、ライダー。貴様、そのまま街中を?」
「ん? ああ、ラムレイの事か? 当然だろう。イリヤを歩かせるわけにもいかん」
 新居は新都の外れにある。とは言え、アインツベルンの森からここまで黒馬に乗った美女と美少女が歩いていたら目立つ。それはもう、見てみぬ振りなど不可能な程目立つ。一キロ先からでもダッシュで見に来る程目立つ。よく見たら、最近の事件を報道する為にやって来た報道陣の姿もある。今、彼女達は全国中継のテレビに映り、お茶の間に話題を提供している真っ最中というわけだ。
「嘘だろ、お前等……」
 もはや、拠点がバレたというレベルじゃない。アーチャーは少し泣きそうになった。まさか、英霊となった今になって、しかも全国ネットでこんなバカ共とテレビ出演する事になるとは思わなかった。
「あ、あの! あなたはあの女性とお知り合いなのですか!?」
 熱意溢れるキャスターの女性にマイクを向けられたアーチャーはテレビの向こう側のマダムが鼻血を吹き出す爽やかスマイルを浮かべて言った。
「知らない人です。いやー、馬に乗って街中を闊歩するなんて、不思議な人ですね」
「あ、あはは。では、あなたは?」
 マイクを向けられたセイバーは何を思ったかテレビカメラの前でキメ顔を作り始めた。
「ふふ、見ているか愚民共。これがテレビカメラというヤツなのだな。我もいよいよお茶の間デビューというわけだな。ふ、ふふ……」
 嬉しそうに歌まで歌い始める始末だ。無駄に美声なものだから腹が立つ。
「……楽しそうだな。結構な事だ。じゃあな」
 扉を力強く閉めた。
「おい、待て! 我は昨日の決着をつけに来たんだぞ! ええい、開けぬというなら開けるまで! 開け、ゲート・オブーーーー」
「やめろぉぉぉぉ!! 開けるから、それはやめろぉぉぉぉ! 全国ネットに何を流すつもりだ、貴様!!」
 テレビカメラの前で宝具を解放しようとする底抜けの馬鹿野郎を慌てて中に引き摺り込む。
「おい、アーチャー! イリヤがどうしてもと言うから来てやったぞ。さて、中にタイガはいるな?」
 来てやったじゃねーよ。来るなよ。帰れよ。
 嘗て憧れた少女の蛮行にアーチャーは思いつく限りの罵倒の言葉を脳裏に並べ立てた。
「……えっと、どちら様ですか? 失礼ですが、人違いをしていますよ」
「ほう、ここで我が剣の錆になりたいとーーーー」
「ようこそいらっしゃいませ、馬鹿野郎!」
 報道陣の女性が「やっぱり、知り合いじゃないですか!」と叫ぶ声を無視してラムレイから降りた二人を中に入れる。
 すると、ラムレイが光になって消えた。
 開いた口が塞がらない。野次馬達の口も塞がらない。キャスターの女性も塞がらない。
「イリュージョン!!!」
 アーチャーは叫んだ。全身全霊を掛けて叫んだ。
「凄いでしょう! いや、実は彼女は海外で売り出し中の手品師でして! 今の馬の消失トリック! 分かった人いました? 目の前でパッと消える! まるで、魔法みたいでしょう? 今度、日本でも彼女のショーが開かれるかもしれません。その時はどうか御贔屓に!」
 もはやヤケクソである。だが、そのアーチャーの演説に感謝の言葉を零した者が大勢いた。
 |サーヴァント《バカ》の蛮行をどう隠蔽しようか悩んでいた聖堂教会や魔術協会の工作員達である。
 人間、手品と言われてしまうと大抵の不思議な事はそれで納得してしまうものだ。今頃、画面の向こうでは彼女の馬が消えたトリックをあれこれ議論している事だろう。
「いやー、私も手品が得意でしてね! その関係なのですよ! ほら、何も無い所から剣が一本、二本!」
 干将莫邪の投影を手品として披露する事になるとは……。
「彼女のショーは後日告知などあると思いますので! それでは、失礼します」
 感心しているキャスターの女性に手を振りながら家の中に戻るアーチャー。外では凄い盛り上がりだ。
 並べ立てた嘘八百。種など無い本物の魔術を手品として公開する今の姿を生前の師が知ったらと思うと恐ろしい。
 などと考えていると、外で歓声が巻き起こった。
 嫌な予感がする。そっと、霊体化して外を見る。そこには……、第三のバカがいた。
「おい、マジで勘弁してよ。テレビカメラあるじゃん……」
 真っ白になっているマスターを引き連れ、絶世の美少年が道行く人々に笑顔を振り撒いている。
 征服王の名に恥じぬ圧巻の光景だ。彼の後ろには彼が道すがらファンにした有象無象が列をなしている。
「たのもう! 日本では、訪問の時にこう言うんだよね? たのもう! 昨夜の決着をつけに来た! かいもーん!」
 アーチャーは扉を開いた。そして、キャスターの女性につっつかれる前に急いで二人を中に叩き込んだ。
 外では怒号が飛び交い阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていく。
「……ああ、味噌汁を作っている最中だったな」
 アーチャーは現実から目を逸らす事にした。
 居間で早速ゲームに興じている仲良しグループを尻目にキッチンへ向かう。
「よし、さっそくやるぞ! ふふふ、今日は負けんぞ、タイガ! 我が英雄王としての誇りに掛けて、貴様を倒す!」
「負けちゃダメよ、ライダー! わたしのサーヴァントは他の誰よりも強いんだから!」
「ほら、マスター。僕を応援してよ!」
「あー、はいはい。がんばれがんばれ。……僕はこの街に何しに来たのかな」
 昨夜、ゲームで大河に負けた事がよほど悔しかったのだろう。セイバーは闘志を燃やしている。
 ライダーはイリヤにせがまれるままコントローラーを握り、コンカラーはマスターの少年を困らせている。
 平和だ。聖杯戦争で殺し合う仲とは到底思えない。
 歴史に名を馳せた英雄達にこぞって戦いを挑まれた大河はつい笑みを浮かべてしまった。
「よーし、かかってこいやー! 負けないぞー!」
 楽しい事は楽しむべきだ。今、彼等と興じるこの時間は彼女にとって間違いなく楽しいものだった。
「さあ、今日はテトリスを持ってきたぞ!」
「あ、僕達はロックマンX2持ってきたよ!」
「それは勝敗がつかんだろう」
「えー、わたしもそれやってみたいなー!」
「イリヤが望むなら」
「聖杯戦争ってなんだっけ……」
 アーチャーもまた、少しだけ昔を思い出して微笑んだ。
 こうして、サーヴァントを交えた団欒が嘗て彼の家にもあった。
 昨夜のランスロットとの戦いで消費した魔力を回復する必要もある。今日の夕食は豪華にしよう。アーチャーは腕によりをかけた。

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