第九話「こ、これってデートッスか?」

 昨夜の戦いで七騎中の四騎を捕捉する事が出来たが、アーチャーの顔色は芳しくなかった。彼は解析の魔術によって彼等の正体を正確に見破っていた。それ故に絶望的な気分に陥っている。
 特にセイバーとライダーは最悪だ。
『……見た目は違うが、あれは間違いなく|英雄王《ギルガメッシュ》と|騎士王《アルトリア》だ。しかも、明らかに私が知る彼等よりも強い』
 生前体験した聖杯戦争で彼は彼等と出会っている。片や敵として、片や相棒として戦った。
 ギルガメッシュにあそこまでの武勇は無かった筈。無数の宝具を繰り出す|王の財宝《ゲート・オブ・バビロン》や世界を引き裂く|乖離剣《エア》だけでも厄介だと言うのに、唯一欠けていた白兵戦能力まで有しているとなると手がつけられない。
 アルトリアにしても、宝具は|聖剣《エクスカリバー》と|風王結界《インビジブル・エア》だけの筈。それがライダーとして現界した為か、|騎乗宝具《ラムレイ》まで持ち出している。それに召喚の触媒に使われた|聖剣の鞘《アヴァロン》もある筈だ。破壊力抜群の大軍宝具に抜群の機動力、更に究極の絶対防御まで持っている。
『どうしろと言うんだ……ッ! ランサーとあの赤髪のサーヴァントだけならやりようもあるが……。あの二人に関してはお手上げだ』
 英霊となった今でも彼等との実力は天と地ほどもある。必殺を見込んだ|偽・螺旋剣《カラドボルグⅡ》も完璧に防がれてしまった。あれ以上の高火力となると、それこそ|彼女《アルトリア》の聖剣を持ち出すほかないが、ただでさえ消滅覚悟で挑まねばならぬ上、今の魔力供給を受けられない状態では生成途中で力尽きてしまう。
 かくなる上はマスターを狙うしかないが、それも容易では無かろう。
 出来れば潰し合ってくれると助かる。幸い、アルトリアはギルガメッシュの暴虐を食い止めようと動いてくれそうだ。そこで上手いこと事を運べば……。
『……しかし、大きかったな』
 彼の知る彼女はもう少し慎ましやかな体つきだった。
『って、何を考えているんだ! ええい、煩悩退散! そうだ、セイバーはあの体つきだからいいんじゃないか! ボンキュッボンなセイバーなど……って、いやいや』
 あの体つきは衝撃的過ぎた。一体、何があったらああなるのかさっぱり分からない。そもそも、アルトリアは聖剣を抜いた日から成長が止まっている筈。
 あんなナイスバディーになれるわけがない。
『偽物か! ……いや、エクスカリバーにアヴァロンにラムレイ持ってて偽物は無いか』
 アーチャーがけしからんわがままボディで登場したアルトリアの事で悶々としていると、マスターの声が聞こえてきた。どうやら、彼を呼んでいるようだ。
「――――どうした、タイガ」
「あ、いたいた! 実は必要な物があって買い物に行かなくちゃいけなくて……」
 今、二人は藤村雷画が所有する物件の一つに身を寄せている。藤村組を極力巻き込まない為だ。
 新都の少し外れにある一軒家で、生活に必要な物は揃えられていた筈。
「そのくらいなら私が買ってくる。今、街は非常に危険な状態なんだ。君を無闇に外出させるわけにはいかない」
「で、でも……」
 何故か、大河は顔を赤らめた。
「どうしたんだ? まさか、風邪か!? そ、それはいけない。今直ぐベッドに――――」
「ああいや、違うッス。あの……その……」
 歯切れの悪い大河にアーチャーは首を傾げた。
「風邪じゃないならどうしたんだ?」
「あーもう、ニブチン!」
 大河はぼそぼそと小声で買いに行く品の名称を口にした。途端、アーチャーの顔も真っ赤になった。
 そして、真っ白になった。
「あ……そ、そうだな。必要だな。う、うん、仕方無いな」
 女性の体質上避けようのない事態だ。だが、家族同然の女性のそういう部分をあまり知りたくなかった。いや、使っているに決まっているのだが、想像出来なかった。
「さすがにアーチャーにもどれを買えばいいかとかは……」
「分かる筈ないだろ!!」
 家事全般をつつがなくこなすアーチャーにも出来ない事や知らない事は山程ある。
「……分かった、商店街に行こう。だが、くれぐれも用心してくれ。薬局……、でいいのか?」
「……ッス」
 
 ◆

 徒歩十分の場所にある出来たばかりのデパートを二人は歩いている。
 瞬時に対応が出来るよう、アーチャーも実体化した状態だ。長身かつ、白髪かつ、褐色の肌。目立つ事この上ない容貌のアーチャーに道行く人々の視線が突き刺さる。
「……ううむ、そこまで私の顔は変なのか?」
「変というか……、変わってるのは間違いないッスね」
「……それを変というのだよ、マスター」
 ガックリと肩を落とすアーチャーに大河は苦笑いを浮かべる。
「でも、かっこいいと思うッスよ?」
「え?」
 ちょっと嬉しそうなアーチャー。
「なんというか、ホストみたいで!」
「ホ、ホスト?」
 さっきよりも更に落ち込むアーチャー。
「……はやく、家に帰ろう」
 若干、泣きそうな顔で言うアーチャー。
「えっと……、ほら、元気出して欲しいなー! そ、そうだ! 美味しいパフェのお店があるの! そこ行ってみないッスか?」
 うなだれるアーチャーの背中を押しながら大河は言った。
「い、いや、君の安全の為にも寄り道をしている暇は……
「甘いもの食べて、嫌なこと忘れるッスよ! ホラホラ!」
 大河がアーチャーを連れ込んだのは今女性誌で話題沸騰中の人気カフェテリア。甘くて美味しいパフェが特徴のお店。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「二人でお願いします!」
 席に案内されると、大河は自分とアーチャーの分のパフェを注文した。
「……君はいつも強引だな」
「えー、そうッスか?」
 本当に変わらない。悩んだり、困ったり、悲しんだりしている時、彼女はいつも強引に立ち直らせる。
「なんか、アーチャーの中のわたしって、大分失礼なイメージが固まってないッスか?」
 ジトっとした目で見られ、アーチャーは誤魔化すように咳払いをした。
「さて、何のことやら」
「あー、あからさまに誤魔化して!」
 騒いでいると、店員がパフェを運んできた。
 大河は何故かパフェよりも店員に視線を送っている。
「あー、やっぱり藤村じゃん!」
「オ、オトコ!?」
 ポカンという音と共に大河の頭に大きなコブが出来上がった。
「次、そう呼んだら殴るからね? ネコ! 私は蛍塚ネコ! ドゥーユーアンダースタン?」
「殴ってるじゃん……、既に!」
 アーチャーは彼女に見覚えがある気がした。遠い昔、会ったことがあるような……。
「それで、そっちのハンサムは誰なの? 彼氏?」
「ち、違うわよ! こ、この人はアーチャーっていって、それでえっと、うちで一緒に暮らしてるだけのアレなの!」
「同棲してんの!?」
「ち、ちが……わないけど、違うよ!」
「違わないんじゃん! うわー、零くんが泣くぞ、これは……」
「もう、違うって言ってるでしょ! このトンチンカン!」
「ト、トンチンカン?」
 段々、大河がヒートアップし始めた。ネコの方もまずいと感じたらしく、宥めようとするがうまくいかない。
「もう、怒った! おもてに出ろい!」
「あー……ちょっと、待て、タイガ」
 立ち上がろうとするタイガの腕を掴み、アーチャーは咳払いをした。
「喧嘩はよくないな。友達なんだろ? 仲良くするべきだ」
 内心、苦笑しながらアーチャーは大河を諭した。
 昔、同じ事をそっくりそのまま彼女に言われた事がある。クラスメイトと喧嘩した時の事だ。
《士郎! 喧嘩はダメよ。友達なんでしょ? 仲良くしなきゃ!》
 大河は言葉を詰まらせると、渋々椅子に座り直した。
 その様子にネコは感心した様子を見せる。
「……あー、うん。からかって悪かったね、藤村」
「もういいよ……。それより、どうしてネコはこんな所でバイトしてるの? お店は?」
「今日は定休日。だから、知り合いの手伝いしてんのよ。っていうか、あんたこそ、こんな時間にこんな場所に居ていいわけ? 学校は?」
「へへーん。今は長期休暇中でーす。ちょっと前まで同じ学校通ってたんだから分かるでしょ?」
「そーだった、そーだった! いやー、学校辞めてそんなに経ってない筈なんだけど、忘れてるもんだねー」
 話に花が咲き始めた頃、店長がゴホンと咳払いをした。
「あ、いっけね。仕事に戻るわ。ゆっくりしていきなよ、藤村。それから、えっと……、アーチャーさん?」
「ああ、ありがとう」
 二人の会話を聞いている内にアーチャーは彼女の事を朧げながら思い出した。
 確か、彼女の実家は酒屋だった筈だ。そこで彼はバイトをしていた。
 色々と世話になった筈なのに忘れていた事を申し訳なく思う。大河とは学生時代からの親友同士で、急性アルコール中毒か何かを起こしたとかで自主退学したそうだ。
「ぅぅ……、なんかごめんなさい。もう、ネコのヤツ……」
「いや、構わないさ。それにしても、普段の君はそう喋るんだな」
 召喚された時から今に至るまで、彼女はいつも語尾に「ッス」という言葉をつけている。可愛らしいが、どうにも違和感がある。
「いや、アーチャーは一応年上なわけだし……」
 敬語のつもりだったのか……。アーチャーは少し驚いた。
「別に気にする必要はない。君が喋り易い口調で喋ってくれればそれでいいさ」
「……そ、そう? わかった! じゃあ、普通に話すね」
 ネコの置いていったパフェを食べながら、アーチャーは大河から色々な話を聞いた。
 聖杯戦争とは全く関係の無い、学校での生活や友達との事を……。
 彼の知らない藤村大河を教えてもらった。
 思いがけずのんびりとした時間を過ごした二人がカフェテリアを出た頃にはすっかり空が茜色に染まっていた。
「いかんな。暗くなる前に帰ろう」
 アーチャーは大河の手を引いて歩き出した。すると、近くのゲームショップの扉が開き、中から一人の少年が出てきた。
「――――ったく、どうして僕がこんな使いっ走りみたいな事を……。しかも、ゲームだなんて、くだらない」
 その少年を見た途端、アーチャーは険しい表情を浮かべた。少年の方も急に目を見開き、アーチャーを見た。
「サ、サーヴァント……?」
「え? どうして、その事を……」
 アーチャーは咄嗟に大河を背中に隠した。
「……マスター。敵が現れた」

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