第十三話『戦う決意』

第十三話『戦う決意』

 街の探索の締めとしてやって来た新都の公園。
 十年前に炎で焼かれた土地は自然公園と銘打っているものの、あまり整備が行き届いていない。その為に外灯の数が少なく、陽が沈めば辺りは闇に沈む。
 一通りの探索を終えて、一度家に戻ろうかと話していると――――、そいつは突然現れた。

「――――よう、お二人さん。探しモノかい?」

 夜に溶け込むような群青の装束に身を包み、血に濡れたような紅い槍を握っている。
 粗野な笑みを浮かべ、まるで往年の友に声を掛けるような調子で俺達を見つめている。

「シロウ、後ろへ!」

 セイバーが武装して前に出る。
 
「……ランサーのサーヴァントだな。あの結界は貴様の仕業か?」
「さぁて、答えてやる義理なんてねぇな!」

 男が動いた。真紅の槍が高速で突き出される。一息の内に十の音が重なった。
 それはランサーの槍が十度繰り出された事を示し、そして、セイバーが十度迎撃した事を示している。

「――――チィ」

 目で追えぬ二人の攻防はセイバーに軍配があがった。
 踏み込むセイバーの一撃を受けたランサーの槍に光が灯る。それは視認出来る程の魔力の猛り。
 セイバーの一撃一撃には、とんでもない程の魔力が篭っている。

「クッ――――」

 堪らず後退しようとするランサーをセイバーは逃さない。
 舌を巻くのはランサーの技量だ。おそらく、サーヴァントとしてのスペックはセイバーが上だろう。だが、ランサーは圧倒されながらもセイバーの喉を、眉間を、心臓を、人体における急所を的確に狙い、セイバーに決め手となる一撃を打たせない。
 これがサーヴァントの戦い。セイバーの言っていたとおりだ。この攻防は人知を超えている。

「セイバー……」

 このまま、何事も無ければセイバーの勝利で決まる。如何に技巧に優れていても、セイバーはあまりに圧倒的だ。
 だけど、どうしてだろう。このままでは終わらない気がする。
 
「……あの槍」

 あの槍は普通じゃない。まるで呪詛の塊を見ているような気分になる。
 サーヴァントにはシンボルとなる特別な武器があるとセイバーが言っていた。
 人間の幻想を骨子に編み上げられたソレは宝具と呼ばれ、剣であったり、騎馬であったり、結界であったりと特定の型に嵌らず、モノによっては魔法に匹敵する力を持つという。
 おそらく、ランサーの宝具はあの槍だ。アレが真価を発揮する前に、その真髄へ踏み込む。唯一と言っていい取り柄で真紅の槍を解析する。

 ――――魔槍ゲイ・ボルグ。
 ――――偉大なる海の魔獣クリードの頭蓋よりボルグ・マク・ブアインが削り出したモノ。影の国の女王が愛弟子に授けた因果を歪める呪槍。

 槍の全貌が明らかになると同時に大きな音が鳴り響いた。空間に文字が浮かび、ランサーとセイバーの間に炎の壁が生まれた。
 ルーン魔術。ゲイ・ボルグの持ち主は武勇に優れ、同時に魔術師としても傑物と聞く。いよいよ手の内を晒し、本気を出し始めたという事だろう。

「――――断る、貴様はここで倒れろ!」

 ここからランサーの言葉は聞こえない。何かを提案したようだが、セイバーに一蹴され、ランサーは奇妙な構えを取った。
 魔力が槍に集まり始める。心臓を穿たれ、セイバーが殺される未来を幻視する。
 セイバーとランサーの間には距離がある。セイバーの神速を持ってしても、宝具の発動を阻む事は出来ない。
 なら、どうすればいい? 

 ――――シロウ。貴方の手に宿る真紅の刻印は令呪と呼ばれるものです。

 セイバーの言葉を思い出す。

 ――――それはサーヴァントに対する絶対命令権。それを使えば、サーヴァントに対してあらゆる命令を強要する事が出来ます。

 あの時、彼女は言っていた。

 ――――サーヴァントに意に反する命令を下す事も出来ますが、令呪を使えばサーヴァントの独力では不可能な事も実行させる事が出来るのです。
 
 そうだ。彼女に不可能な事でも、俺なら可能にしてやる事が出来る。
 覚悟はとうの昔に決めた筈だ。聖杯戦争という矛盾の坩堝で己の意思を貫きたいのなら、己の中の矛盾を背負う覚悟をしなければならない。
 正義の|為《ため》に、悪を|為《な》す覚悟。
 人のカタチをして、言葉をかわす事の出来る相手を殺す。それを悪と理解しながら、正義と嘯く己の欺瞞を飲み下せ。

 ――――さもなければ、セイバーが死ぬ。
 
 ――――さもなければ、イリヤを止められない。
 
 ――――さもなければ、この街の人々が犠牲になる。 

 なんども足踏みをした。なんども間違えそうになった。もう、十分に迷った。
 心を研ぎ澄ます。ゆらゆらと頼りなく揺れ動く意思を鋼鉄に鍛え直す。

「――――セイバー!!」

 己の意思で一線を超える。
 あの日――――、炎の中で目を背けた無数の魂に新たな命を加える。
 人々を救いたい。人々を救わなければならない。分水嶺は十年前のあの日にすでに超えている。
 立ち止まる事は許されない。背中の向こうから無数の手が押し寄せてくる。

 ――――救え。

 ――――救え。

 ――――救え。

 ――――救え。

 ――――その為に、殺せ。

 人の魂に貴賎などない。ならば、天秤は数によってのみ傾く。
 十を救う為に一を切り捨てる。正義の味方を志すならば、いずれ辿り着く真理。

「――――ランサーを斬れ!!」
 
 己の腕から光が一つ消える。

「なっ――――」

 それはどちらの声だったのだろうか、セイバーは令呪の強制力によってランサーとの間にあった距離を零にした。
 宝具の発動態勢に入っていたランサーに回避する余裕はなく、セイバーの不可視の剣は彼の肉体を両断した。

「っち、抜かったぜ……」

 光となって消えるランサー。
 込み上げてくる吐き気を押し殺す。
 これが人を殺す感触だ。
 相手がサーヴァントだろうと、直接手を下したのがセイバーだろうと、あの男を殺すと決断し、実行させたのは俺だ。
 
「シロウ!」

 セイバーが武装を解除して俺の方にやって来る。
 ……疲れた。今日は帰ろう――――。

 ◆

 驚いた事にランサーは結界と無関係だった。衛宮邸にはすでに遠坂とアリーシャが戻って来ていて、聞いた話によると、本命は彼女達の方に襲い掛かってきたそうだ。
 ランサーとライダーが脱落して、残るサーヴァントは五体。セイバーとアリーシャを除けば、敵は三体になる。
 遠坂とアリーシャが作ってくれたハンバーグを食べながら、俺達は今後の方針を話す事にした。

「……遠坂。バーサーカーのマスターはイリヤだ」
「イリヤ? 知り合いなの?」
「ああ、本名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言ってた」
「貴方、アインツベルンのマスターと知り合いだったの!?」
「だったって言うか、俺がサーヴァントを召喚する前にうちに来たんだよ」
「……どういう事?」

 俺はイリヤと出会って、セイバーを召喚するに至った経緯を話した。
 
「……つまり、士郎はイリヤスフィールを戦いから降ろす為に聖杯戦争に参加したわけね?」
「ああ、はじめは……。ただ、セイバーの話を聞いて……、それにあの結界を見て、この戦い自体を止めないといけないって思った」
「……なるほど。それで? 士郎はどうしたいのかしら?」

 セイバーとアリーシャに倣ったそうだが、遠坂に士郎と呼ばれると何だか照れくさくなる。
 ゴホンと咳払いをして照れを誤魔化しつつ、俺はイリヤとの約束を口にした。

「俺はイリヤのバーサーカーを倒して、彼女も聖杯戦争から降ろしたい。ただ、相手はギリシャ神話の大英雄ヘラクレスらしいんだ。だから……、頼む!」

 遠坂とアリーシャに頭を下げる。

「力を貸して欲しい」
「いいわよ、もちろん」

 頭をパッとあげると、遠坂はアリーシャを見つめていた。

「いずれ倒すべき敵だもの。異存なんてある筈がないわ。ただ、本当に相手がヘラクレスなら、一筋縄ではいかない筈よ」
「ああ、セイバーも言っていた」
「……オーケー。作戦の立案は任せてちょうだい」
「頼む」

 もう一度頭を下げると、遠坂は「任せなさい」と微笑んだ。
 
 ◇

「……どういう事?」

 少女は従者の報告を聞いて眉を顰めた。
 新都の二ヶ所で同時に起きたサーヴァント戦。それによって、ランサーとライダーが脱落した。その事を彼女は報告が来るまで知らなかった。
 
「ありえないわ……。わたしが分からなかったなんて……」

 何かおかしい。この聖杯戦争に無視出来ない異常が発生している。
 
「あの魔女か……、それとも、マキリが……?」

 |手駒《ライダー》が脱落した以上、マキリが動く可能性は低い。ならば、キャスターがクロである可能性が濃厚か……。
 少女は二人の従者を見る。

「でるわよ、ふたりとも」

 折角の大一番を邪魔されてはたまらない。シロウが来る前にゴミを掃除しておこう。
 
「……なにを企んでいるのか知らないけれど、かくごすることね、キャスター」

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