第九話『祭壇』

第九話『祭壇』

 ランサーは敵のランサーと刃を交えながらつまらなそうに舌を打った。
 召喚された事に不満はない。マスターはイイ女で、戦場にも事欠かない。
 だが、どうにも気が乗らない。

「――――ッハ! かの大英雄と武勇を競えるとは」

 対して、相手は実に愉しそうだ。
 二槍を振るう美丈夫。マスターのバゼットが聖杯戦争の過去の記録から彼の正体を洗い出した。
 ディルムッド・オディナ。フィオナ騎士団随一の騎士として有名な男だ。戦場で矛を交える相手としては申し分ない筈だった。
 その瞳が狂気に染まってさえいなければ……。

「誉れ高き赤枝の騎士よ! 我が二槍を受けるがいい!」

 バゼットが聖杯の予備システムを起動した直後、彼は召喚された。暗黒の柱を背に、マスターと死線を潜った。
 どいつもこいつも目が腐り切っていた。

「……なあ」
「見ていて下さい、主よ! 我が槍の冴えを!」

 彼の目はランサーの姿を映していない。そういう風に召喚されたのだ。
 聖杯に穢し尽くされた少女。それが召喚した者が真っ当な英霊である筈がなかった。
 彼女の願い自体は純粋なものだった。壊れたものを必死に直そうとしている。
 それだけの為に狂ったのなら、それは愛嬌だ。
 嘗て、イイ男を独り占めにしたいと声高に叫び、大陸全土を戦乱に巻き込んだ女がいた。そういう女は困りはしても嫌いではない。
 だが、アルトリアは違う。アレは悪意に弄ばれている。
 この戦いの裏には無垢な祈りを捧げる女を玩具にして楽しんでいるクソ野郎が確実に存在している。
 それがどうにも気に入らない。おかげで折角の死合も楽しめない。

「……胸糞悪い」

 ◇

 セイバーのサーヴァントはイライラしていた。本命であるアルトリアの下へ向かう最中に現れた鎧の騎士によって足止めを喰らい、バーサーカーに先を越された。
 おまけに邪魔立てしてきたサーヴァントの鎧には見覚えがあった。

「今更忠義の騎士を名乗ろうってのか?」

 セイバーの問に騎士は答えない。それが一層セイバーの苛立ちを加速させた。

「だんまりかよ」
『落ち着きなよ、セイバー』

 主人であるフィーネの声が脳裏に響く。

『ランサーが言ってたでしょ。彼らは正気を失っている。狂気染みた妄執に取り憑かれ、それ以外の全てが腐り落ちている。理想もない、思想もない。それ故に彼らは妄執だけを糧に行動する。そんなもの相手に会話が成立する筈もないわ』
「……わかってるんだよ、そんな事は」
『なら、為すべき事をなさい。目の前の敵を駆逐する。シンプルでしょ?』
「ああ、そうだな」

 憎悪も憤怒も抜け落ちた。

「……サー・ランスロット。今、終わらせてやるよ」

 セイバーには彼の妄執の正体が分かっていた。だからこそ、苛立っていた。
 アーサー王に対する負い目。円卓に不和の種を植え、破滅の引き金を引き、カムランにも間に合わなかった。
 だから、彼はアルトリアの為にここにいる。騎士として、彼女の為だけに戦う決意。
 もしかしたら、そこに立っていたのは己だったかもしれない。王の責務を忘れ、一人の少女として愛に狂うアルトリアを一心不乱に支え続ける。
 間違っている事は分かっている。それでも、羨ましく思った。

「覚める前に眠っとけ」

 きっと、ランスロットは幸福な夢の中にいる。ならば、夢心地のまま葬り去ってやろう。
 
『……セイバー。もし、貴女が望むのなら、私は構わないのよ?』
「変な気を回してんじゃねぇよ。正気のまま見るには……、コイツの夢は居心地が良過ぎる」

 ◇

 魔女は戦場を俯瞰しながら溜息を零した。

「セイバーとランサーは劣勢。アサシンに至っては既に半数の個体が消滅。ライダーとアルトリアも攻め切れずにいる……」

 中々に優れた布陣だ。特にベオウルフは敵ながら賢い選択だった。
 
「……まあ、どっちでもいいのだけど」

 魔女は嗤う。

「贄の数が揃えばそれでいい。それで漸く……、フフ」

 禍々しい光を宿す瞳で魔女は天を見上げる。

――――深夜零時を過ぎた瞬間から、この街は呼吸を止める。

 深夜営業を行っている居酒屋やコンビニエンスストアも光を落とし、受験生や夜勤者も瞼を閉ざす。
 空中に張り巡らされた極細の蜘蛛の巣が伝わる魔力によって姿を現し、街と外を隔てる教会には無数の怨霊が怨嗟の声を上げ始める。

――――眠る者達は導であり、怨霊は円環を覆い隠す為のもの。

 さあ、存分に殺し合うがいい。その度に流れる血の雨を大地は啜り、完成へ近付いていく。

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