第八話『大戦』

第八話『大戦』
 
「どいつもこいつも胸躍る益荒男ばかりではないか! なあ、坊主!」
『……もう坊主なんて歳じゃないぞ』

 天馬に跨り、宝石の位を持つ魔眼に見つめられながらライダーのサーヴァントは常と変わらぬ態度で主に語りかけている。
 楽しそうに笑う彼に主であるウェイバー・ベルベットは叱責する事なく彼の話に付き合っている。
 この時間はウェイバーにとって望んでやまなかった一時だった。

「良いではないか! わざわざ貴重な令呪を余の記憶の為に使いおった癖に、今更カッコつけるでないわ!」
『べっ、別に無意味な事をしたわけじゃない。こっちはお前を知ってるのに、また一から始めるなんて非効率だと思ったからだ!』
「相変わらずだな、お前さん』
 
 やれやれと肩を竦めながらもライダーは嬉しそうに微笑む。
 彼は以前もウェイバーに召喚され、聖杯戦争に挑んだ事がある。あの時とくらべて背丈は随分と大きくなった。多くの門下に慕われる姿も見た。
 あの振り回されるばかりだった少年が一軍の長として指揮を取る姿を見る事が出来た事にライダーは喜びを感じている。
 
「ウェイバー・ベルベット! 余は王として、お主の成長ぶりが実に嬉しいぞ!」
『……まだまだだよ、私は』

 その言葉をライダーは謙遜とは受け取らなかった。今なお、更なる高みを目指している男に語るべき言葉は一つ。

「ならば、この戦場で更なる飛躍を遂げよ! 余の臣下ならば無理とは言うまいな!」
『……無論』
「良い! 良いぞ、坊主! ならば余も全力だ! お主の采配をとくと見せよ!」
『……ええ、承りました。我が王よ!』

 ◇

 街を徘徊する影。アサシンのサーヴァントは侵入者たる嘗ての同胞を見つけ出した。

「……貴殿か」

 侵入者たるアサシンは油断なく黒塗りの短剣を構える。

「百貌か……」
「呪腕の……」

 百貌と呪腕。共に同じ名を抱く暗殺教団の頭領。
 共に異教の軍勢と戦った同志であり、今は異なる主を持つサーヴァント。
 語るべき言葉はなく、互いに獲物を向け合う。
 音もなく、気配さえなく、静かな殺し合いが始まった。

 ◇

「……さすがと言うべきか」

 キャスターのサーヴァントは魔女の創り上げた神域に対して感嘆の声を上げた。
 己の魔術理論がほとんど通用しない。

『ですが、どうにかしなければなりません』

 マスターであるルヴィアの言葉にキャスターは思案する。

「大地の理に関しては私の方に分があるようだ。霊脈の方から攻めてみるか」
『頼りにしていますわよ、アパッチ族の戦士ジェロニモ』
「……ああ、任せておけ。君は侵略者共の末裔なれど、何も憂う事なく肩を並べられる稀なる御仁だ。君の為、この異国の地の民の為、私は己が全霊を賭けて神代の魔女に挑もう」

 キャスターの言葉に頬を染めながら、ルヴィアは言った。

『誇り高き方。貴方がわたくしのパートナーになって下さった事、嬉しく思いますわ』
「こちらこそ」

 キャスターは大地に手を当てる。おぞましき感触に嫌悪感を抱きながら、彼はつぶやく。

「精霊よ、我に力を……」

 ◇

 一年を通じて温暖な気候の風光明媚な都市は今や群雄割拠の戦場と化している。
 空には破壊の花火が幾千も打ち上がり、その隙間を縫うように雷を纏う神牛と光を纏う天馬がぶつかり合っている。
 駅前広場では槍使い同士の激闘が繰り広げられ、冬木大橋では鎧の騎士同士が剣を交えている。
 敵の懐に忍び寄ろうと影を往く稀代の暗殺者の下にも迎え撃つべく間諜の英霊が襲いかかり、魔女は神域を蝕む|魔術師《害獣》を排除する為に動く。
 そして……、

「よう、騎士王! アンタの相手は俺だ」

 苛烈な戦場を鼻息混じりで踏み越え、凶暴な獣の如き男がアルトリアの前に現れた。
 
「……貴様一人か?」

 アルトリアは問う。これは彼女にとって想定外の事だった。
 今の彼女は受肉しており、その身に宿る竜の炉心が完全起動している。
 幻想種の頂点たる竜種と同様に彼女は息をする度に極大の魔力を生成する事が出来る。加えて、キャスターのサーヴァントであるメディアが地脈と住民達から魔力を吸い上げている。
 今のアルトリアが保有している魔力量は正に無限。それを敵も理解している筈だ。だからこそ、己を狙うのは他のサーヴァントが脱落した後だと考えていた。

「折角の大一番だ。他の連中に邪魔されたらつまんねーだろ?」

 その瞳に浮かぶ光は戦を楽しむ戦士独特のもの。

「さぁて、喧嘩だ、喧嘩! ぶん殴り合いのお時間だ! どっちか倒れるまでとことんやろうぜ!」

 直後、アルトリアは理解する。これは男の暴走ではなく、此方を翻弄する為の奇策でもなく、ましてや彼我の力を見誤っているわけでもない。
 あくまで戦略に則った布陣。この野蛮な男こそ、アルトリア用の対抗手段。

「――――貴様は」

 無尽の魔力の後押しを受けて尚拮抗されている状況。それが示す男の規格外な力。
 加えて、己の内側に湧き起こる眼の前の男に対する忌避感が男の正体をアルトリアに告げている。

「ああ、自己紹介くらいはしておくべきだよな! 俺はベオウルフだ! さあ、余計な事は考えないで存分にやり合おうぜ!」

 勇者王ベオウルフ。英文学最古の叙事詩たる『ベオウルフ』の主人公であり、後の数多の英雄譚の影響を与えた英雄の中の大英雄。
 かの英雄王と比較しても劣らぬ覇名を持つ勇者王が相手となれば如何に有利な状況にあろうと侮る事は許されない。

「いいね、いいねぇ! 最高だぜ!」

 膨大な魔力のぶつかり合いは大地を割り、天を引き裂いた。

「――――|約束された勝利の剣《エクスカリバー》!!」
「ッハッハッハ!!」

 宝具の真名解放を持ってしても笑いながら襲い掛かってくる怪物にアルトリアは嘗てブリテンに攻め込んできた蛮族達を想起した。
 ここまで来ると笑ってしまう。いつだって、我が道には|理不尽《バケモノ》が立ち塞がる。

「――――これ以上、私の邪魔をするな、蛮族が!!」
「いいぜ、怒りな! 殴って蹴ってさっぱりしようぜ!」

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