第五話『同工異曲』

第五話『同工異曲』

 ――――ああ、可哀想。

 少女は憐れむように言った。その瞳は真っ直ぐ俺に向けられている。
 戸惑う俺を尻目にアルトリアが前に出た。

「……アインツベルンか」
「知り合いか?」
「敵です」

 アルトリアの言葉に少女は笑みを浮かべる。

「昼間から始める気?」
「……マスター同士が顔を合わせた以上、是非も無い」
「聞きしに勝るイノシシ振りね。そんなんだから、大事な物も守れないのではなくて?」

 少女の言葉が何を意味しているのか、俺にはさっぱり分からない。ただ、アルトリアにとっては看過出来ない言葉だったようだ。
 怒りを滾らせて、鎧を身に纏う。

「おっ、おい、アルトリア? 相手は子供だぞ!」
「……アレはホムンクルスです。見た目通りの年齢ではありませんよ、シロウ」
「ええ、生後3ヶ月。子供というより赤ん坊ね、わたし」

 クスクスと笑う少女に俺は目を丸くした。

「生後3ヶ月って……」
「そういう物なのよ、わたしは。一つの目的の為に作られる人造人間。それがホムンクルスよ、エミヤシロウ」
「……俺の事を知ってるのか?」
「ええ、もちろんよ。知らない筈がないわ。料理が得意なのでしょう? 一度、味わってみたいわ」
「……戯言はそこまでにしておけ」

 アルトリアが動いた。止めようと動いた時には既に手遅れ。彼女の持つ不可視の剣が少女に迫り、そして――――、

「……やめろ」

 唐突に現れた鎧の騎士の剣に止められた。

「……いいのね? セイバー」

 セイバー。たしか、藤ねえがアルトリアの事をそう呼んでいた筈だ。
 ところが、返事をしたのはアルトリアではなく、鎧の騎士だった。

「最悪だ。こんなに最悪な気分は生前にも無かった事だ!」

 吠えるような叫び。

「ああ! 他のヤツにくれてやるくらいなら、オレが殺してやる! 殺してやるぞ! だから、魔力を回せ、マスター!」

 セイバーと呼ばれた騎士が輝ける銀の刃を振り上げる。

「ええ、自由に戦いなさい。わたしはそういうの向いてないから、全部任せるわ。終わったら教えてね」

 そう言うと、少女は俺の方にやって来た。

「貴様!」
「……アンタの相手はオレだろ」
「邪魔をするな!」
「邪魔……、そうかよ!!」

 戦いが始まった。剣と剣のぶつかり合い。膨大な魔力が荒れ狂う暴風となり、今にも吹き飛ばされてしまいそうだ。
 
「セイバーってば、やる気満々ねー」

 ケタケタと笑いながら少女は言った。

「……えっと」

 ホムンクルスとアルトリアは言っていた。生後3ヶ月だと彼女自身が語った。
 だけど、俺の目から見た彼女は普通の少女にしか見えない。とても、得体の知れない人造人間とは思えない。

「改めて、こんにちは」
「あ、うん。こんにちは」
「とりあえず自己紹介をしておくわね。こっちだけがアナタの名前を知っているなんて、不公平だもの」

 少女はスカートの端を摘みながら優雅にお辞儀をした。

「お初にお目に掛かります、エミヤシロウ殿。わたしの名前はフィーネ。フィーネ・フォン・アインツベルン。本来、わたしにはロットナンバー以外に識別の為のワードは用意されていなかったのだけれど、それではあんまりだと|彼《・》が付けてくれたのよ。だから、是非とも親しみを篭めて、フィーネと呼んでちょうだい」
「あ、ああ。その、彼っていうのは?」
「私達のボスというか、リーダーというか……」
「……私達って事は、他にも仲間がいるのか?」
「当然じゃない。ああ、アナタは何も知らないのね」
「どういう意味だ?」

 フィーネはすぐに答えず、アルトリアとセイバーの戦場に視線を向けた。
 
「……残念だけど、ここまでね」
「え?」

 その言葉と共にセイバーの剣が光り始めた。同時にアルトリアの持つ不可視の剣から突風が巻き起こる。
 
「なんだ、これ……」
「宝具よ」
「宝具……?」

 フィーネは答えない。その視線はセイバーに向けられている。
 顔を覆う無骨な兜に亀裂が入った。隠されていた顔が顕になった時、思わず声を上げそうになった。
 そこにはアルトリアとそっくりな顔があった。
 鮮血の如き真紅の輝きがセイバーを中心に広がっていく。その禍々しくも絶大な魔力に空間が悲鳴を上げている。

「あんなの……、アルトリア!!」

 咄嗟に駆け出していた。さっきまでは読み取れなかったセイバーの剣の情報が今ではアッサリと解析出来る。
 アレは王権を示す理の剣。その力の真価は『増幅』にあり、セイバーの持つ莫大な魔力を吸い上げた魔剣が牙を剥けば後には何も残らない。

「逃げろ、アルト――――ッ!?」

 言葉を失った。アルトリアの持つ不可視の剣がその真の姿を晒している。その正体を一目で理解する事が出来た。
 なら、アルトリアの正体は……、

「――――そこまでにしておけ、小娘共」

 雷鳴が轟いた。その男は空から降って来た。そう表現するしかない。雲一つない晴天から雷と共に降りてきた巨躯の男がセイバーとアルトリアの間に立ちはだかる。

「邪魔をするな、ライダー!!」

 猛るセイバーをライダーと呼ばれた大男は「バカモン!」と一喝した。

「このような真昼の住宅街で対軍宝具の撃ち合いなど正気の沙汰ではないぞ」
「関係あるか! オレは貴様等と馴れ合うつもりなどない! 邪神に魅入られ、魔女に誑かされ、貶められた父上の誇りをオレは――――」
「……その為に外道へ堕ちると言うならば、貴様の敵は父上だけでは無くなるぞ」

 睨み合うセイバーとライダー。その間にアルトリアが俺の下へ駆け寄ってきた。

「シロウ! ご無事ですか!?」
「あっ、ああ、俺は大丈夫だけど、この状況は……」

 俺の視線に気付いたのか、ライダーの方が手を振ってきた。

「おう、坊主! すまなかった! ウチのイノシシ娘が突っ走りおってな! 戦いは夜に行うものだと余のマスターも言っておっただろうに」
「黙れ! オレを殺したければ好きにするんだな! その代わり、我が剣の刃は確実に貴様等の首に喰い込むぞ!」

 セイバーの苛烈な言葉にライダーは大きなため息を吐く。

「まったく……。気持ちが分からんでもないが、感情的になっている今の貴様では目的を達成する事なんぞ夢のまた夢というものだぞ」
「なんだと!?」

 その時だった。突然、空から光が降りてきた。

「ほれ見ろ、おいでなすった!」
「あれは……、龍?」

 それは龍を象る魔力の塊だった。その数は九。降り注ぐ魔弾にライダーは問答を止め、セイバーを担ぎ上げた。
 落雷と共に何処からか現れた牛の引くチャリオットに跨り、フィーネの下へ向かう。

「あれは!?」
「本当に人の話を聞いておらんかったのだな!」

 フィーネを横切りざまに回収し、ライダーはそのままチャリオットを浮上させる。
 すると、魔弾はチャリオットを追うように軌道を変えた。

「ナインライブズだ! 撃ち落とせるか!?」
「……ったりまえだ!」

 瞬く間に空の彼方へ飛んでいくチャリオットとそれを追跡する魔弾。
 数瞬後、真紅の極光が天に向って伸びた。

「なっ、なんだったんだ?」
「……どうやら、セイバーとライダーは同盟を結んでいるようですね。気をつけましょう」
「同盟? っていうか、さっきのアレは何だったんだ!?」
「……ナインライブズ。アーチャーの宝具です」
「アーチャー……?」
「とりあえず、一度家に帰りましょう。やはり、聖杯戦争中は外出を控えた方が賢明のようです」
「あっ、ああ……」

 ナインライブズ。それに、アルトリアと同じ顔を持つセイバー。
 頭の中で情報を処理し切れなくなっている。いろいろとアルトリアに聞きたいことがあるけれど、今は大人しく家に帰ろう。
 ここでまた戦闘が起きたら、どんな被害が出るか想像も出来ない。

「……これが聖杯戦争か」

 ◇

 ライダーが戻って来たようだ。無事にフィーネとセイバーを連れ戻してくれたらしい。

「ご苦労だったな、ライダー」
「まったくだ。このジャジャ馬娘と来たら、チャリオットの上で延々文句を垂れおってからに。少しは助けてもらった事に感謝せい!」
「ウルセェ! 誰も頼んでねぇ事を勝手にやった癖に恩着せがましい事をほざいてんじゃねぇ!」

 まったく、喧しい。

「苦労が絶えんようだな」

 |アーチャー《・・・・・》が紅茶を持ってきてくれた。実に気が利く。

「ありがとう、アーチャー。ついでにあのバカ共を黙らせてくれないか?」
「いやはや、一介の弓兵如きにマケドニアの大王と稀代の反逆者の言い争いを止めろと言うのか? 勘弁してくれよ」
「あら、私のサーヴァントは喧嘩の仲裁も出来ないのかしら?」

 肩を竦めるアーチャーに彼のマスターが容赦のない事を言い出す。

「……まったく、サーヴァント使いが荒いマスターだ」
 
 そう言いながら取っ組み合いに発展し掛けているセイバーとライダーの間に割って入るアーチャー。その苦労人振りには同情を禁じ得ない。

「それで、いよいよ今夜から?」
「ああ、ついさっき最後のサーヴァントの召喚が完了した。これで我が陣営の準備も万端というわけだ」

 私の言葉に彼女は瞳の奥で紅蓮の炎を燃やし始めた。

「……ようやく、はっ倒しに行けるわけね。あのバカ……」

 彼女にとって、この戦いは特別だ。

「難儀なものだ。……さて」

 手を二回叩き、寛いでいる各方の注目を集める。

「さて、先走った者もいたが、今宵こそが本番だ」 
「……ランサーのヤツだって」

 セイバーがぼやくように言った。

「ランサーとミス・マクレミッツには威力偵察を頼んだ。おかげで敵が想定以上に厄介である事が分かった。その上で言うが、今後は単騎で動く事を控えて欲しい。賢明なる貴君には理由を言わなくても理解して頂けると判断するが?」
「……喧嘩売ってんのか?」
「反感を買ったのならば謝るが、この程度の言葉遊びを聞き流す事も出来ない状態で戦場に出る事がどういう事か……」
「ウルセェ! 言われなくても分かってる! ……話はマスターが聞いておいてくれ」

 そう言い捨てると、セイバーは部屋を出て行った。彼女のマスターであるフィーネはやれやれと肩を竦めた。

「セイバーったら、可愛いんだから」
「あれを可愛いと言える嬢ちゃんは大物だな……」

 フィーネの言葉にランサーが苦笑いを浮かべた。
 今一度手を二度叩き、一同の意識を切り替える。

「これは魔術協会からの正式な依頼でもある。各々、真面目に行動する事を心掛けるように! 決して! いいか? 決して、勝手な行動を取るんじゃないぞ!」
「知ってますよ、マスター・V! それって、前フリってヤツなんですよね!? 安心して下さい! 分かってますから!」
「ファック! 何も分かっていないだろ、バカモノ!」
「おお、我が兄よ。些か、レディーの前で下品ではないか?」
「……お前達に真面目になれなどと無茶な事を言った事は謝ろう。兎にも角にも今夜だ。各々、開戦までは体を休めておくように」
「了解です、ロード・エルメロイⅡ世」
「了解です! グレートビッグベン☆ロンドンスター!」
「了解だ、女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男な我が兄よ!」
「了解です、絶対領域マジシャン先生!」
「了解よ、プロフェッサー・カリスマ殿」
「了解ですわ、えっと……、えっと……」
「思いつかないのなら無理に言わなくて結構だ、ミス・エーデルフェルト。それと、貴様等は全員死ね!」

 相も変わらず騒がしいバカ弟子共に振り回されながら、今宵の戦いが不安になって来た……。

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