第四話『季節外れの徒花』

第四話『季節外れの徒花』

 夢を見ている。

――――I am the bone of my sword.

 無数の剣が墓標の如く突き刺さる荒野。
 見上げた曇天の隙間には巨大な歯車が並んでいる。

――――Steel is my body, and fire is my blood.

 知らない筈の風景が頭に浮かぶ。
 
――――I have created over a thousand blades.

 知らない顔が並んでいる。知らない罪が並んでいる。
 
――――Unknown to Death.

 痛みを感じた。見下ろした先には無数の刃。
 内側から貫かれる苦痛は正気を焼き焦がしていく。

――――Nor known to Life.

 さっきから響き渡る祝詞はなんだ? 頭の中に直接流れ込んでくるような不快な感触に吐き気が込み上げてくる。
 立っていられなくなり、無様に転げ回る。

――――Have withstood pain to create many weapons.

 頭を掻き毟りながら咄嗟に掴んだ宝剣の刃に己の顔が映り込む。
 その瞬間、頭が割れそうに痛んだ。
 色素の抜け落ちた髪。火で焼き焦がしたかのような浅黒い肌。赤い衣。

――――Yet, those hands will never hold anything.

 誰だ、お前は……。
  
――――So as I pray…

 ◆

 飛び起きた。ズキズキと痛む頭を押さえながら、必死に呼吸を整える。
 
「なんだ、今の……」

 悲鳴を上げそうになった。一瞬、自分の手が無数の刃に見えた。
 込み上げてくる吐き気に耐えられず、急いでトイレに向かう。
 胃の中身は空っぽで、胃液しか出てこなかった。
 洗面所で口を濯ぐと、鏡に映った自分の姿に言葉を失った。

「……肌が」

 それはほんの一部だった。肌が黒ずんでいる。
 顔を洗っても、色は落ちない。

「……なんだよ、これ」

 擦ってみても落ちない。不気味に感じながら居間に向かった。

「おはようございます、シロウ」

 そこにはアルトリアの姿があった。

「……おはよう、アルトリア。すぐに朝食の準備をするよ」

 台所へ向かい、冷蔵庫を開く。レシピを考え始めると、それなりに気が晴れた。
 いくつか材料を見繕い、料理を始める。作業に没頭していると気分はすっかり良くなった。
 
「お待たせ」

 料理を居間に運ぶと、同時に襖が開いた。

「あれ? 今日はずいぶん静かに入ってきたな、藤ねえ」

 はじめは桜の方だと思った。藤ねえが入ってくる時はいつもドタバタとやかましい。
 それに、今日の彼女はいつもと雰囲気が違う。

「……おはよう、士郎」
「お、おはよう……」

 なんだか、すごく疲れているように見える。

「大丈夫か? なんか、やつれてるぞ」
「え? ……ううん、大丈夫だよ。お姉ちゃんはいつだって元気ハツラツなのだー!」

 明らかに様子がおかしい。
 
「本当に大丈夫か? 今日は学校を休んだ方が……」
「学校……?」
「え?」

 心底不思議そうな顔をする藤ねえに俺は何か変な事を言ったのかと焦りを覚えた。

「あれ? 今日って、日曜だっけ?」
「……ああ、うん。学校だね。そうだよね、行かなきゃ……。セイバーちゃんも折角だから通ってみる?」
「学校ですか……。ええ、可能ならば通ってみたいと思います」

 その会話に俺は頭を抱えそうになった。

「なあ、ちょっと待ってくれ」
「え?」
「どうしたのですか?」

 キョトンとした表情を浮かべる二人を見て、口ごもりそうになる。
 あきらかにおかしい光景なのに、むしろ、その光景をおかしいと思っている自分こそがおかしくなっているのではないかと不安になってきた。

「えっと、二人は知り合いなのか?」
「うん。だって、セイバーちゃんだよ?」
「セイバー……ちゃん?」
「ええ、私の事です。……ですが、タイガ。あなたにもこれからはアルトリアと呼んで欲しい」
「そう? うーん。今まで、ずっとセイバーちゃんって呼んでたから慣れないな―。でも、セイバーちゃん……じゃなくて、アルトリアちゃんがそう言うなら、うん! これからはそう呼ぶね!」
「ありがとうございます」

 どうやら、二人の関係は一朝一夕のものではないようだ。
 聖杯に選ばれた魔術師とサーヴァントの関係よりも密接な関係を藤ねえがどこで彼女と築いたのか大いに疑問だ。
 
「……そう言えば、前に会った事があるんだよな」

 俺は覚えていないけれど、藤ねえは覚えていたと言う事なのかもしれない。
 藤ねえとアルトリアは二人で盛り上がり始めている。
 料理の配膳を終えて、所定の位置に座ると近くにあったリモコンでテレビを点けた。
 
『わくわくざぶーんは毎日がお客様感謝デー! 来て、泳いで、楽しんで! 冬木市最大のレジャー施設でみんなも盛り上がろう!』

 陽気な曲と共にそんな宣伝文句がスピーカーから飛び出してきた。

「わくわくざぶーん……? そんなもの、いつの間に出来たんだ?」

 流行り廃りに疎い事は自覚しているが、テレビのコマーシャルを見る限り、相当大きなレジャー施設のようだ。
 
「ああ、それ? 少し前に出来たばっかりだよ?」

 テレビでコマーシャルが流れる程の施設の存在を知らないのは健全な男子高校生としていかがなものか。
 もう少し、流行に対してアンテナを張っておいたほうがいいかもしれない。
 
 ◆

 食事を終えた後、藤ねえは来た時と打って変わって明るい表情で出て行った。なにがそんなに嬉しいのか、満面の笑顔で『夕飯も楽しみにしてるからね!』と言っていた。
 
「さて、俺も学校に行く準備を始めないとな」

 片付けを終えて部屋に戻ると、制服を取り出す為に箪笥を開いた。

「うわっ、なんだ!?」

 いきなり上から埃が落ちてきた。

「埃!? 掃除は欠かしてないつもりなんだけどな……」

 今日は襖を開け放しておいたほうがいいかもしれない。どうやら、この部屋の中は思った以上に埃が舞っているらしい。
 制服に着替えて、カバンを手に取る。

「……そう言えば、今朝は来なかったな、桜」

 朝は毎日のように通ってくれている後輩の顔を思い出して、少し心配になった。

「まだ時間があるし、様子を見に行ってみるか」

 出掛ける前にアルトリアに声を掛けておこうと思い、居間に向かう。

「シロウ。お出掛けですか?」
「ああ、学校に行ってくるよ。帰りは夕方になる」

 そう言って、玄関に向かう。すると、後ろからアルトリアが追い掛けて来た。
 見送りに来てくれたのかな?

「いってきます」

 靴を履いて外に出る。
 アルトリアも一緒に出てきた。

「……えっと」
「どうしました?」
「見送りは玄関まででいいよ」
「見送り?」

 首を傾げるアルトリア。仕草が一々可愛らしい。
 そのまま、彼女は俺の横に並んだ。

「それでは行きましょう」
「行きましょうって……、学校までついて来る気か!?」
「ええ、もちろん」

 当然の事のように言われてしまった。

「いやいや、さすがに学校には連れて行けないぞ」
「どうしてですか?」
「どうしてって……、部外者は校内に入れないんだ。原則として……」
「部外者……」

 アルトリアは悲しそうに俯いてしまった。

「いや、部外者っていうのは、学校ではって意味だぞ!」
「……では、せめて学校の近くまで同行を許して欲しい。いつ敵が現れるか分かりませんから」
「敵って……、あの槍の男……ランサーだっけ? みたいなヤツの事か? まさか、真っ昼間から襲ってなんて来ないだろ」
「可能性が低い事は認めます。だからと言って、あり得ないとは言い切れません。シロウに万が一の事があったら、私は……」
「ああ、分かった! 分かったから、そんな泣きそうな顔をしないでくれ」

 結局、学校までアルトリアと一緒に登校する事になった。
 
「シロウ?」

 分かれ道のところでアルトリアが声を掛けてきた。

「学校はこちらでは?」
「ああ、いいんだ。先に寄りたい所があってさ」
「寄りたい所?」

 アルトリアと共に高級住宅街を進んでいく。
 そして……、一人の少女と出会った。
 雪原を思わせる白い髪と血を思わせる紅い瞳の少女は言った。

「――――ああ、可哀想」

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