第十二『暗雲』

第十二『暗雲』

 奇妙だ。ウェイバーは首を傾げた。

「どうした?」

 主に与えられたテレビゲームに興じながらライダーが視線だけをウェイバーに寄越した。
 前回から十一年。時間と共にゲームも進化を遂げている。実に素晴らしい。ライダーはご満悦だ。

「順調過ぎる」
「……まあな」

 ライダーも異論を挟まない。昨晩の戦いで敵方のサーヴァントを三騎も落とすことが出来た。
 セイバー。ランサー。アサシン。いずれも一流を名乗れる英霊達だったが、拍子抜けする程にアッサリと脱落させる事が出来た。
 だが、そこから先に続かなかった。アルトリアが例の宝具を発動して、バーサーカーを追い返した。
 アヴァロンはあらゆる攻撃から担い手を守護する究極の結界宝具であり、対軍宝具を撃ち込んでも傷一つ負わせる事が出来ない。故に撤退した。

「……アルトリアが聖剣の鞘を持っている限り、此方は手も足も出ない。故にまずは他のサーヴァントを打ち取る手筈だった。バーサーカーにアルトリアの足止めをして貰っている間に」
「結果は上々。表に出張ってきた六騎の内の半数を脱落させる事が出来たわけだな。残るサーヴァントもメデューサにヘラクレス、メディアと屈強揃いだが、次は二対一ずつに持ち込む事が出来る。お前さんがほうぼう駆けずり回って集めた触媒が功を奏したわけだな」

 白々しい口調だ。ウェイバーは不快そうに鼻を鳴らした。
 からかわれても面白い反応など返してやらない。
 そんな彼の意地っ張りな姿にライダーは上機嫌だった。
 相も変わらず、根っこの部分は変わっていない。

「セイバーとランサー、アサシンの三体の召喚に私の用意した触媒は使われていない」
「おお、そうであったな。しかし、ならば尚の事奇妙だな。特にランサーは先の戦闘の前に二度も敵地で暴れておる。メディアほどの奸計に優れた魔女が何の対策も練らないままとは考えられん」
「……要するに、この状況は向こう側の想定通りという事か?」

 自軍のサーヴァントを三騎も脱落させる。それが利となる状況。

「あるいはあの魔女が実はとんでもないうっかり娘であった可能性もあるがな」

 あり得ない。それはウェイバーにも、ライダーにも分かっている。
 素の性格がどうあれ、アレは魔術師として傑出している。その証拠が現在の冬木市だ。

「目的は一体……」

 二人で悩んでいると、扉をノックする音が響いた。
 中に通すと、現れたのはルヴィアとキャスターだった。

「どうした?」

 ウェイバーが尋ねると、キャスターは険しい表情を浮かべながら言った。

「……これ以上、サーヴァントを脱落させるわけにはいかない」

 それはウェイバーとライダーの悩みの答えだった。

「どういう意味だ?」
「大地に手を当て、精霊の声を聞いて分かった。冬木市はただ魔女の領域として支配されているだけじゃない」

 キャスターが主人に視線を向ける。

「これを見て下さい」

 ルヴィアが取り出した物は冬木市一体の地図だった。
 地図には赤ペンで巨大な円が書き加えられている。

「この円の範囲内に巨大な魔術回路が刻まれていた」
「魔術回路だと……?」

 魔術回路とは、魔術師が体内に持っている疑似神経の事だ。生命力を魔力に変換する為の炉であり、同時に魔術基盤に繋がる路でもある。
 それが大地に刻まれている。その言葉の真意を測り、ウェイバーはハッとした表情を浮かべる。

「まさか……」

 ウェイバーは立ち上がった。

「全員を集めろ!」

 その言葉とほぼ同時に扉が開いた。既にルヴィアは他のマスター全員を呼び集めていたようだ。
 ルヴィアの賢明な判断に師として誇らしく思いながらも、表情は事態の重さによって引きつったままだった。

「それで、重要な話とは?」

 どうやら、ルヴィアはまだ彼らに詳しい話をしていなかったようだ。
 情報を共有し終わるまでの時間を使って、ウェイバーは頭の中を整理した。
 大地に刻まれた魔術回路。それも、円を描くように……。
 円は魔法陣を描く上で外せない要素だ。円環は循環を、輪は内と外の隔絶を意味している。
 単なる結界ではない。おそらく、これは超巨大な魔法陣だ。
 その魔法陣が何を意図して敷設されたのか、それが重要となる。
 抱いていた疑問。サーヴァントの脱落に意味があるとしたら……。

「――――それって、街全体を大聖杯に作り変えたって事ですか?」

 はじめ、ウェイバーは自分の思考が口から溢れたのかと思った。
 だが、言ったのは弟子の中でもとびっきりの問題児だった。

「大聖杯の資料に書いてあったんですけど、あれってフィーネちゃんの御先祖様で作ったんですよね?」

 『が』ではなく、『で』。文字通り、大聖杯はユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンというアインツベルンのホムンクルスが材料として使われている。
 彼女の持つ魔術回路を炉心として、大聖杯は円蔵山の地下に敷設された。

「その御先祖様の魔術回路を増築したんじゃないですか?」
「その通りよ」

 フラットの意見が的を射ているかどうか議論を交わす前に幼い声が肯定した。
 普段はセイバーとウェイバー以外には口を利かないフィーネの声にフラットは目を丸くした。
 ウェイバーも厳しい視線をフィーネに向ける。

「……その口振りは識っていたのか?」
「もちろんよ。イリヤスフィールから聞いているもの」

 その言葉に凛の表情が歪んだ。

「……ちょっと待って。それはどういう意味? だって、イリヤは……」
「私がどうしてミスタ・ベルベットに協力してるか聞いてないの?」

 凛の視線がフィーネからウェイバーに流れる。
 しばらくの沈黙の後、彼は語り始めた。

「魔術協会はアインツベルンに対して聖杯戦争の調査に対する協力を要請した。結果、彼女が私の下に来た」

 箱詰めの状態で一人の少女が荷物として運ばれて来た時の事を思い出してウェイバーの表情が歪む。

「彼女はアインツベルンがイリヤスフィールを目指して造り上げた|模造品《コピー》の内の一人だ」

 口を開く度に眉間の皺を深くするウェイバーにフィーネはクスリと微笑んだ。

「そういう事よ。イリヤスフィールの模造品であり、ユスティーツァの後継機である私には彼女達との魂の繋がりがある。彼女達の記憶は私の記憶であり、彼女達の意志は私の内にある」

 フィーネは微笑みながら言った。

「ええ、私は全て識っているわ。アルトリアは魔女メディアを喚び出すつもりで聖杯の内に潜む悪魔を現界させてしまった。その悪魔は魔女の知識を汲み上げて大聖杯の増築を行い、第三魔法の発動を計画した。目的は自身の完全なる復活。……もっとも、悪性のものとはいえ、神の現界には七騎のサーヴァントを贄にしても足りない。だからこそ、魔術協会が聖杯の予備システムを起動して更に七騎の英霊を用意してくれるように仕向けた。加えて、この地の地下に封じられている幻想種を中央に添えるよう、超巨大魔法陣を描いている」

 すべての前提を覆す驚愕の内容と裏腹に淡々とした口調で語るフィーネ。ウェイバーは頭が痛くなった。

「……つまり、私が予備システムを起動した事は」

 バゼットが青褪めた表情を浮かべる。

「予備システムの起動自体は大して問題じゃないわ。別に失策というわけでもないのよ? だって、七騎の贄でもアンリ・マユの復活には十分な魔力が溜まるもの。それが不完全であるか、完全復活であるかの違いだけ」
「いやいや、大問題でしょ!」

 凛が声を張り上げるが、フィーネは気にせず続けた。

「完全復活の可能性というリスクが発生した代わりに、アンリ・マユの復活を阻止出来る可能性も発生したのだから、十分でしょ。言っておくけれど、不完全な復活でもこの国は確実に消滅するわよ? それがアンリ・マユの手によるものか、抑止力によるものかの違いはあれど」
「……何故、このタイミングまで黙っていた?」

 ウェイバーが問う。

「言う必要が無いもの」
「どういう意味だ?」

 自分を取り囲む全員の視線が険しいものに変わっていく様子をフィーネは楽しそうに見つめた。

「さっきも言ったけれど、イリヤスフィールの記憶と意志は私の内にある。彼女を目指して作られた劣化コピーにとって、彼女になる事は至上命題。彼女の意志を達成する事が私の目的なの」
「……イリヤの目的って?」

 凛は不安そうな表情を浮かべた。

「アルトリアを救うこと」

 その言葉にセイバーが鼻を鳴らした。

「イリヤスフィールは全てを識っていたわ。だって、マトウサクラから聞いていたもの」

 間桐桜。その言葉がフィーネの口から出た事に驚き、凛の表情が強張る、

「……どういう事?」
「慌てなくても順を追って説明するわ。はじめに事態に気がついたのは――――、マキリ・ゾォルケンだった」

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