第十四話「ファースト・バトル」

「では、貴方には聖杯を勝ち取る意思が無いという事ですか?」

 話が一区切りついた所でセイバーは士郎を睨むように見つめ、固い口調で聞いた。
 彼女は聖杯を求めて召喚に応じたのだ。なのに、聖杯を手に入れるのでは無く、聖杯戦争を止めるために戦うと主張されては文句の一つもあるだろう。
 士郎はただ黙って頷くだけだった。

「……そうですか」
「召喚しておいて、勝手な事を言っているのは分かってる。でも、俺は――――」
「構いませんよ」
「……え?」

 アッサリとした物言いに士郎が拍子抜けしたような表情を浮かべた。

「構いませんって……」
「ですから、構いません。シロウの聖杯戦争に対するスタンスは分かりました」

 不敵な笑みを浮かべ、セイバーは言った。

「ならば私の為すべき事は何も変わらない。シロウも死にたいわけでは無いのでしょう?」
「あ、ああ、それは勿論だ」
「なら、全く問題ありませんね。聖杯戦争において、生き残るという事は即ち、勝利するという事です。犠牲者を出さないよう、迅速に戦いを終わらせれば、シロウの意向にも沿える筈です」

 言っている事はとてつもなく物騒だけど、全くの正論だ。
 聖杯戦争を生き残った者が聖杯を手に入れる。なら、自殺したいわけでも無い限り、結局、やるべき事は何も変わらない。

「あ、ああ……」
「どうしました?」

 歯切れの悪い士郎の返事にセイバーが首を傾げる。

「参加者の中には俺の知り合いも居る。だからその……、マスターの事も出来れば殺さないで欲しいんだ」

 士郎の言葉にセイバーは小さく溜息を零した。

「いいでしょう。それがマスターの方針だと言うのならば従います。ですが、サーヴァントに関しては別です。サーヴァントを倒し尽くさなければ、聖杯戦争は終わらない。それは分かって頂けますね?」
「……ああ」

 士郎は視線をセイバーとライダーの間で泳がせながら、迷うように頷いた。

「それは……、仕方のない事だと理解している」

 本当は理解なんてしていない。そう、顔に書いてある。
 セイバーも士郎の心情を察したのか、困ったような表情を浮かべている。

「シロウ。さすがにサーヴァントも倒すな、などと言われては私にもどうにも出来ない。ただ敵に殺されるのを待つ事しか出来ません。それでは自殺と変わらない」
「……分かってる。俺だって、樹から聖杯戦争の事を聞いて、セイバーを召喚するまでにキチンと考えたんだ」

 士郎は拳を固く握りしめ、決意に満ちた表情を浮かべた。

「十年前の悲劇を繰り返す訳にはいかない。その為にセイバーを喚んだんだ。だから、いざという時、躊躇ったりはしない」
「……今はその言葉を信じるとします」

 セイバーは言った。

「では、今後の方針について話をしましょう」

 セイバーの言葉に一同が頷く。

「兎にも角にも、聖杯戦争というものはその性質上、時間を置く程に犠牲者が出る確立が高まっていきます。故に、シロウの意向に従うならば此方から攻めていく必要があります。敵の情報について、分かっている事はありますか?」

 セイバーの問いに士郎は肩を竦めた。
 セイバーの視線が僕に向う。

「……えっと、僕が知っている範囲だと――――」

 まず、ここで重要なのは僕が既にライダーを召喚しているという事だ。
 桜ちゃんが本来召喚する筈だったクラスを僕が横取りしてしまっている現在、僕の持っている前情報はあまり当てにならない気がする。
 それに僕が知り得ない情報を語っても、その真偽を確かめる事は困難だし、何より、どうしてそんな事を知っているのかと疑われてしまうかもしれない。

「間桐と遠坂、それにアインツベルンのマスターが参戦する事は確実だと思う。特にアインツベルンからはおじさんの娘であるイリヤスフィールがマスターとして現れる可能性は高いと思う」
「……それ以外については?」
「他は……、ごめんなさい」

 思考を巡らせているのか、セイバーは口を閉ざした。
 誰も声を出す者が居なくなり、居間はしんと静まり返った。

「――――これはっ!?」

 突然、セイバーとライダーが立ち上がった。襖を開き、新都の方角に視線を向けている。

「ど、どうしたの?」

 ライダーに尋ねると、彼女は八重歯を見せて微笑った。

「待ち人来るって所かな!」
「シロウ。敵のサーヴァントです」
「なんだって!? まさか、ここに来るのか!?」

 慌てる士郎にセイバーが首を振る。

「いいえ。敵はどうやら無差別に挑発行為を行っているようです。こうまであからさまに気配を振り撒くとは……」
「どうするんだ?」

 士郎の問いにセイバーは顔を上げた。

「決めるのは貴方です、マスター。敵の所在は判明しました。指示を願います」

 セイバーの言葉に士郎は生唾を飲み込んだ。顔に迷いが過ぎっている。

「……如何しますか?」
「戦う」

 士郎は言った。

「行くぞ、セイバー。敵を倒して、一刻も早く、こんな巫山戯た戦いを終わりにするんだ」

 士郎の言葉にセイバーは不敵な笑みを浮かべる。

「了解しました、マスター」
「なら、ボクが送り届けてあげるよ」

 ライダーは踊るように庭へと飛び出し、指をパチンと鳴らした。
 すると、馬の嘶きのような、鳥の鳴き声のような不可思議な戦慄が響き渡り、どこからか奇妙な生き物が姿を現した。

「……幻想種。それが貴女の宝具ですか?」

 セイバーが畏敬の念を籠めてライダーの喚び出した生き物を見つめ問う。

「その通り! 我が盟友にして、神代の獣たるグリフォンの仔、ヒポグリフさ!」

 ライダーの言葉に呼応するようにヒポグリフは雄叫びを上げた。

「さあ、みんな! 共に行こう! ボクらの初陣だよ!」
「みんなって……、樹も連れて行くつもりなのか!?」

 士郎が叫ぶ。何を言ってるんだろう。僕も行くに決っている。

「士郎が戦場に行くのに、待ってられる筈無いでしょ?」
「だ、だって!」
「シロウ」

 血相を帰る士郎にセイバーが口を挟む。

「私とライダーが共に出陣するのならここが無防備になります。むしろ、連れて行った方が安全かもしれません」
「で、でも……」
「ライダー」

 セイバーがライダーに視線を向ける。

「お前のヒポグリフはどこまで飛べる?」
「どこまでも!」
「なら、戦場の遥か上空……、雲の上まで行ってくれ。そこから私は飛び降りる」
「飛び降りるって……、雲の上からか!?」
「問題ありません。そこまで行けば、敵に存在を感知される事も無いでしょう。さあ、行きましょう!」

 尚も言い募ろうとする士郎の背中をライダーが押し、僕達四人はライダーの宝具であるヒポグリフの背中に跨った。
 巨大なヒポグリフの背中は僕達四人が座ってもまだ余る。

「それじゃあ、行っくよー!」

 ライダーの掛け声と同時にヒッポグリフが走りだす。
 猛烈な加速感に僕は目の前のライダーの腰をギュッと掴んだ。
 ちなみに座り順はライダーを戦闘に後続が僕、士郎、セイバーの順。
 幻馬は大地を強く蹴り、一気に飛び上がった。翼を一度羽撃かせると、一瞬にして街が遠退いた。
 気がつけば雲の中に居る。何らかの守りが働いているのか、寒さは殆ど感じない。
 そのまま雲の上まで飛び上がり、僕達の後ろでセイバーが立ち上がる。

「では、行って参ります」
「行って参りますって、本当に行くのか!?」

 士郎が止める間も無く、セイバーは既に飛び降りていた。真っ逆さまに落ちていく彼女に士郎が必死に叫んでいる。
 視力を魔力で強化すると、彼女が真っ直ぐに何かを見つめている事に気がついた。

「アレが……、敵!」

 そこに居たのは青い鎧を身に纏う赤い槍の男だった。
 セイバーの体から青い光が迸り、落下速度が更に加速する。
 魔力放出による加速によって、セイバーの体は音速を超える弾丸と化し、ランサーと思われる存在目掛け、一気に飛び込んでいく。
 ランサーはそんなセイバーを見ても余裕の笑みを浮かべている。
 彼が僕の知る通りの存在なら、自らの宝具で彼女を撃ち落とす事も出来た筈なのに、ただジッと迫り来るセイバーを待ち受けている。
 接触まで、残り二秒! 一……、零!

「セ、セイバー!?」

 士郎が叫ぶ。無理もない。地上はまるで爆破でもされたかのような惨状だ。
 そこは倉庫街だった。無数のコンテナがセイバーの着弾によって粉砕し、吹き飛ばされ、見るも無残な状態になっている。

「見て!」

 僕は思わず叫んだ。
 果たして無事なのか、と危惧している僕達を尻目にセイバーは既に戦闘に入っていた。強化した視力を持ってしても何がなんだか分からない人外染みたスピードとパワー、テクニックによる戦闘。
 
「士郎……」
「な、なんだ?」

 あまりにも凄まじい攻防に唖然としている士郎に僕は言った。

「一応、いつでも令呪を発動出来るようにしておいて」
「令呪……って、これか?」
「うん。相手が宝具を使おうとしたら、それで撤退させて」
「あ、ああ」

 僕らのやり取りを尻目にライダーは戦場とは別の方角に視線を向けていた。

「ライダー?」
「どうやら、観戦者はボク達だけじゃないみたいだよ」
「え?」

 ライダーが視線を向けている先に顔を向ける。すると、そこにはフルフェイスの鎧を身に纏う怪しげな騎士が立っていた。

「あれは……?」

 全く見たことが無い。僕の知る限り、この聖杯戦争に参加するサーヴァントはセイバーとギルガメッシュを除き、全員が軽装だった筈。あんな無骨な鎧を身に纏う英霊なんて……。
 咄嗟にサーヴァントの情報を閲覧出来るマスターの特権を使った。特殊な霊視能力によって、目指したサーヴァントのステータスなどの情報を得る事が出来る――――、筈だった。

「……何も見えない?」

 そのサーヴァントの情報は殆ど閲覧出来なかった。

「誰なの……?」
 
 僕の疑問を余所に謎のサーヴァントは剣を振り上げ、戦場へと駆けて行く。
 三人目の襲来により、戦場は苛烈さを増した。

「セイバー……」

 眼下で戦う彼女を心配する士郎の声が夜闇に溶けていく……。

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