第十五話「跳梁跋扈」

 セイバーのサーヴァントは因果というものを感じていた。本来、英霊は召喚される都度に記憶をリセットされるものだが、彼女は例外だった。召喚される度、彼女の記憶は彼女の中に留まり続け、蓄積される。
 故に前回の聖杯戦争の記憶も抹消されずに残っており、それ故に現在の状況に対し、因果を感じている。
 自らを召喚したマスターは前回の聖杯戦争におけるマスターの息子であり、初戦の舞台は前回同様に港の倉庫街であり、初戦の相手はこれまた前回と同様にランサーのサーヴァント。
 これを因果と呼ばずに何と言う。

「ッハァ! 空から降ってくるとはド派手な登場じゃねーか、セイバー!」

 獣の如き獰猛な笑みを浮かべるランサーの暴風のような真紅の猛撃を尽く防ぎ切りながら、セイバーも負けじと猛る。
 マスターの方針は勝ち残る上で厄介この上ないが、その在り方は実に好ましい。
 何れにしても、あの二人の少年少女は性格が戦いに適していない。ならば此方がサーヴァントを引き付け、その間にマスターが敵マスターを殺害するという前回のような常勝戦法は元より不可能。
 
「ッハァァァアアアアアア!」

 残された手は一つ。この身は剣の英霊。自らの剣を持って、敵サーヴァントを残らず殲滅するのみ。
 善良な性格のマスターが善良な意思の下に固めた決意。
 それは守るべき価値のあるモノであり、守る為には勝たねばならない。

「ッカァァァアアアア!」

 攻防は開始から既に一分。これほど長い時間を掛けて尚仕留め切れないとは、さすがは聖杯に招かれた選りすぐりの英霊。セイバーは内心舌を巻きながら、更なる猛攻を掛ける。
 対するランサーも空からの襲撃という度肝を抜く参上の仕方をした眼前のセイバーの力量に闘志を際限無く燃え上がらせている。
 マスターからの指示は単純明快。ここに呼び寄せられた英霊達を全力全開で迎え撃ち、情報を入手し、あわよくばそのまま殲滅する事。ならば心行くまで戦うだけだ!
 ルーンによって、最大限まで強化されたこの身と切り結び一歩も退かぬとは、この女は相当な実力者だ。相手にとって不足は無い。
 何度目になるかも分からぬ必殺の一撃を互いにぶつけ合う二騎のサーヴァント。二人の実力は正に拮抗していた。

「ォォォオオオオオオオ!」

 その時、突然第三者の雄叫びが戦場を震わせた。
 セイバーはランサーを警戒しながら襲撃者に視線を向ける。そこには銀の鎧を身に纏い――――、見覚えのある剣を構える騎士の姿があった。

「そ、その剣は――――ッ」

 驚きは一瞬。されど、戦場において一瞬の空白は即ち死を意味する。
 瞬時に接近した襲撃者の斬撃がセイバーの胴体を狙い撃つ。

「――――ック」

 正に神業とランサーは口笛を吹いた。セイバーは完全に対処不能と思われた状況で襲撃者の斬撃を防いだ。まるで、その軌道を剣が通ると分かっていたかの如く、視線を動かすより先に剣を動かし、襲撃者の斬撃を逸らしたのだ。
 未来予知染みた直感によって間一髪命を繋ぎ止めたセイバーは襲撃者から距離を取り、鋭い眼差しを向ける。

「その剣は――――……、お前はまさか!」
「――――まさか、こんな所で再会出来るとは」

 襲撃者の仮面が剥がれていく。そこには禍々しい表情を浮かべたセイバーと瓜二つの顔があった。

「おいおい、どういう事だ?」

 同じ顔を持つ二騎のサーヴァント。互いに握る獲物は『剣』。
 瞬間、ランサーの思考に第三者の思考が割り込む。彼のマスターからの念話だ。
 
『油断しないで下さい。第三次聖杯戦争の資料によると、一つの英霊を違う側面からそれぞれ呼び出して使役したマスターが居たそうです』
『奴等がそうだと?』
『断定は出来ません。偶然、違うマスターが同じ英霊を選んだだけかもしれません。ですが、彼らが敵対していると思い込むのは禁物です。いつ、示し合わせて襲いかかって来てもいいように警戒は怠らないように』
『了解』

 ランサーが二騎から距離を取ろうとした瞬間、戦況は更なる第三者の手によって動いた。

 ◆

『さあ、貴方の実力を見せて貰うわよ? 無銘の正義の味方さん』

 遠坂凜は使い魔越しに自らのサーヴァントへ向けて檄を飛ばす。
 アーチャーのサーヴァントは了解だとばかりに一歩足を前に踏み出し、その鷹の目によって戦場を詳細に観察し、唇の端を吊り上げた。

「では、期待に応えるとしよう」

 彼の左手には弓が、右手には奇妙な螺旋状の刃を持つ剣が現れた。
 彼は弓の弦にその奇怪な剣を矢の如く番えると、引き絞り、一節の呪文を唱えた。

「I am the bone of my sword.」

 剣は瞬く間に細長い矢へと変化を遂げ、アーチャーは三体の英霊が集う戦場へ必殺の一撃を放った。
 音速を凌駕し、矢は一直線に突き進む。彼方から放たれたソレは察知した時点で既に手遅れな距離へ迫り、防ぐ事叶わぬ絶対的な破壊力を放出した。

「……ほう、これを受けて生き残るか」

 アーチャーは既に発射地点から遠く離れた場所に居場所を写していた。
 そこから鷹の目で観察した所、戦場には未だ存命している三騎の姿があった。

「だが、二撃目はどうだ?」

 一撃目をどうにか凌いだらしい三騎の英霊。だが、彼らは全員満身創痍。
 アーチャーは再び矢を番え、戦場へと第二射を放った。
 例え、二撃目を警戒していようと既に致命傷一歩手前の負傷を負っている戦場のサーヴァント達にこれを回避する事など不可能。アーチャーは再び発射地点から移動しながら勝利を確信しほくそ笑んだ。
 だが、直後起こった現象に彼の表情は一変した。

 ◆

 続けざまに放たれた二撃目を前に戦場のサーヴァント達はいずれも絶望とは縁遠い表情を浮かべていた。
 ランサーのサーヴァントは自らのマスターに問う。

『いけるか?』
『……いえ、あの宝具は必殺であっても切り札では無いようです』
『って事は、まだ奥の手があるって事かよ……』

 自らに迫る極光を前に呑気な笑みを浮かべながらランサーは自らの周囲にルーンを刻んでいく。二撃目が当然来るだろうと予測していた彼の周囲には既に十七のルーンが浮かんでいた。
 一方、セイバーのサーヴァントは自らの宝具を包む風の守りを解き放とうとしていた。使えば自らの真名を明かす事になるが、この状況では四の五の言っている暇など無い。

「退けッ、父上!」

 だが、セイバーが解き放った剣を振り上げた瞬間、後方から彼女と瓜二つの顔を持つサーヴァントがセイバーを押し退けて前に出た。

「邪魔してんじゃねェぞ、糞野郎!」

 謎のサーヴァントが掲げるは燦然と輝く至高の宝剣。されど、その刀身が彼女の魔力によって見る間に禍々しく変貌していく。
 光を闇で染め上げ、銀のサーヴァントが吠える。

「我が麗しき父への叛逆!」

 クラレント・ブラッドアーサー。その言葉が意味するものを正しく理解出来る者は言葉を紡いだ当人のみ。
 赤雷を纏いし斬撃が迫り来る光の矢を呑み込み、射手へと迫る。既にそこにはアーチャーの姿は無いが、赤雷の起こした破壊の爪痕は倉庫街から川を隔てた先の新都のビルの屋上を削り、天空へと伸びていった。
 
「おいおい、クラレントだと? それに、父上だぁ?」

 ランサーがセイバーと銀のサーヴァントを見比べながら口をすぼめる。
 血沸き肉踊る戦いは望む所だが、生前殺し合いをした親子の再会の場に立ち会うのは御免だとばかりにランサーは結界用に準備したルーンを発動させた。

「ッハ、勝負は預けるぜ、セイバー!」

 傷を瞬時に癒やし、姿を眩ませ、同時に破壊の嵐を生み出し、ランサーは撤退していった。対魔力を持つ二人の英霊は破壊の嵐を悠然と受け流し、逃げたランサーを追おうとはせず、互いの視線を交える。

「……モードレッド」
「父上……」
 
 あり得ない筈の再会に両者は紡ぐべき言葉を見つけられず睨み合いが続いた。

「……ッチ」

 先に動いたのはモードレッドだった。

「マスターが戻れとよ。また会おうぜ、父上。今度こそ、オレがあんたの――――」

 王座を貰う。霊体化するモードレッドが残した言葉にセイバーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、虚空を見上げた。

「……お前はまだ」

 空を見上げると、マスター達を引き連れたライダーのヒポグリフが降下してくるのが見えた。
 今宵の戦いはこれで終わりのようだ。

 ◆

「おいおい、どこに行く気だ?」

 赤雷により自らの矢を消し飛ばされた事を察知したアーチャーは戦線から離脱しようとしていた。ところが、遥か彼方に居る筈のランサーが目の前に現れた。
 大気を震わせる程の猛烈な殺気を放ち、ランサーは言う。

「こっちはテメェのおかげで不完全燃焼のままなんだ。キッチリ、ツケの精算をしてもらおうじゃねぇか!」
「やれやれ……、どうやら藪をつついて蛇を出してしまったらしい――――いや、犬かな?」
「テメェ……、死ぬ覚悟は出来てるだろうな?」
「生憎だが、マスターを勝利させる事がサーヴァントの仕事だ。死ぬ覚悟などしている暇は無い」
「上等!」

 雄叫びを上げ、青き獣が尋常ならざる速度で疾走する。

「ッハ、好都合だ。一人も落とせぬままではマスターに顔向け出来ぬ所だった!」

 アーチャーはその手に白黒の双剣を出現させ、ランサーの槍を受ける。稲妻の如き切っ先を弾き、尚且つ攻め入ろうとするアーチャーにランサーは嗤った。たかだか弓兵風情という侮りを吹き飛ばす剣捌きだ。
 正解だった。モードレッドがクラレントを発動した瞬間、ランサーはアーチャーの矢を結界で防ぐ必要が無いと判断し、遠見と追跡の為に幾つかのルーンを既に使用としていた。残るルーンで状態を万全なものに戻し、自らを加速させ、一気呵成の勢いでここまで辿り着いたが、努力の甲斐があったというもの。
 
「いいぜ、聞いてやる! 貴様、どこの英霊だ?」
「名乗る名など持ち合わせてはいないさ!}

 交差する青と赤。二騎の激突は空気を震わせ、大地を揺らし、草木を薙ぎ倒した。
 戦いは一見拮抗しているように見えたが、徐々にアーチャーが圧され始めている。
 当然だ。その身は弓兵、敵から距離を取って戦うのが本来の姿。対して敵は槍兵、接近戦こそが彼の本領。
 判断を下したのはアーチャーのマスターだった。彼の切り札については既に聞いている。だが、それを発動させる為には時間が掛かり過ぎる。この接敵している状況ではとてもじゃないが使えない。

『令呪を持って命じる。アーチャー、撤退しなさい!』
「……了解。まったく、イイとこ無しだな」

 肩を竦めながら膨大な魔力と共に姿を消すアーチャーをランサーは不満そうに見つめ呟く。

「またかよ……」

 精魂燃え尽きるまで戦うのが彼の聖杯戦争に掛ける願い。
 だと言うのに、二回連続で不完全燃焼のまま戦いが終わってしまった。
 
「へいへい、わーったよ」

 追い打ちを掛けるようにマスターからの帰還命令が下され、ランサーは舌を打ちながらアーチャーの消えた空間を見つめた。

「次はキッチリ決着をつけような、アーチャー」

 そう言い残すと、彼もまた夜闇の中に姿を消した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。