今日はいつもより早く目が覚めた。肌寒さを感じながら窓辺に寄ると、どこからか鉄と鉄がぶつかり合うような音が聞こえた。気になって、窓を開き、辺りを見回すけど、音の発生源がどこか分からない。
「なんだろう……」
気になって、僕は屋敷から飛び出した。音はより明瞭に響き渡っている。どうやら、屋敷の裏手から聞こえて来るみたいだ。
広い敷地内を走り、裏手にある広場に到達すると――――、
「な、何してるの!?」
そこでは戦いが繰り広げられていた。士郎とアーチャーが刃を交えている。二人は僕の存在に気がつくと、途端に手を止めて此方に手を降って来た。
「あ、あれ……?」
拍子抜けする程アッサリと手を止めた二人。確か、アーチャーの目的は士郎を殺す事だった気がするんだけど……?
「えっと……、二人は何をしてるの?」
「稽古をつけてやっている」
僕の質問にアーチャーが答えた。
「稽古……?」
「ああ、早朝に一人で素振りをしている所を見掛けたのでね」
「素振りを……?」
士郎は僕が顔を向けるとそっぽを向き、唇を尖らせた。
「ちょっとでも、力を付けたかったんだ」
「士郎……」
それっきり、士郎は僕から離れて再びアーチャーとの鍛錬を開始した。
僕は近くの生け垣に腰掛けて、二人をジッと眺めた。
二人が構えているのは共に白と黒の陰陽剣。どうやら、剣技と同時に投影の指南も行っているみたい。
アーチャーは自らが投影魔術に特化した魔術師である事を明かしているみたい。
「――――まだ、骨子の想定が甘いな。言った筈だぞ、衛宮士郎。如何に外見や材質をイメージ通りに複製しても、構造に理が無ければ瓦解する」
「分かってる! 分かってるんだよ、クソッ!」
どうやら、鍛錬はあまり上手くいっていないみたいだ。
「……一度中断しよう」
「――――なっ、待ってくれ! 俺はまだやれる!」
「やめておけ……。集中力を切らした状態では無意味どころか逆効果に成りかねない。どうやら、あのお嬢さんに見られて緊張しているようだしな」
ニヤリと笑みを浮かべるアーチャーに顔を真っ赤にしながら激怒する士郎。
物凄くレアな光景だ。あそこまで真っ赤な士郎も、激怒している士郎も初めて見た。
その後、僕達は屋敷の中に戻り、アーチャーが紅茶を淹れてくれた。
「――――さて、紅茶を飲んでいる間、一つ座学といこう」
アーチャーは白いワイシャツ姿で僕達の対面に座った。
「衛宮士郎。君はハンドガンに触れた事はあるかな?」
「な、無いけど……」
この現代日本において、拳銃に触れる機会がある人種など限られている。
暴力団組織か司法組織。法に背く者と法を司る者。この日本における絶対的な悪か絶対的な正義。そのどちらかだ。
「なら、実物を見せてやろう」
そう言うと、アーチャーは一丁のハンドガンを投影した。
「お、おい……」
「安心しろ。弾丸は抜いてある。とにかく、触れてみろ」
「あ、ああ」
弾丸は抜いてある。アーチャーはそう言ったけど、やはり拳銃には独特な恐ろしさがある。人を殺すために生み出された兵器。そんな物を士郎に持たせないで欲しい。
「美しいだろう?」
非難の視線をどう勘違いしたのか、アーチャーは誇らしげに言った。
「ああ、これは……」
何ということだろう。士郎まで、ハンドガンを美しいなどと言い出した。
「実に素晴らしいと思わないか?」
「……、ああ」
何が素晴らしいのかサッパリ分からない。
聞いてみると、士郎はどこか嬉しそうに語り出した。
「見てくれよ。この機能性……、まさに工夫と合理性を突き詰めた……、芸術だ」
芸術……、芸術と言った。僕の知らない士郎がそこに居た。
「分かるか、衛宮士郎。その通りなんだ。例えば、日本刀が伝統と技術による工芸品なら、ハンドガンは正に技巧による工芸品だ。鉄と機能美が織りなす調和が実に素晴らしい。ライフルやマシンガンまでいくと、さすがに戦争兵器として言い逃れ不可能だが、ハンドガンには兵器としての合理性と道具としての芸術性がある」
アーチャーもどこか愉しそうに語り始めた。
「その武器形態において、必要最低限の機能だけに留めたものには時に……、魂が宿る。江戸時代のサムライが使った刀然り、西部開拓時代のガンマンが使ったリボルバー然り、中世ヨーロッパの騎士達が使ったレイピア然りだ。殺し合いの道具だが、決闘の時は自らの誇りと出自を示すアートだった。まあ、命が安い時代だったからこそだろうけどね。己の命より、便りとする武器に高値をつける……」
「まさに男の世界だな」
士郎が言った。ちょっと待って欲しい。僕も昔は男だったけど、まったく共感出来ないぞ。
「ハンドガンこそ、遥かな昔に廃れていった、そうしたモノ達の生き残りだ」
それにしても、何でこんな話になってるんだっけ?
「だが、ハンドガンも詰まる所は戦争兵器だ。第一に求められたものは耐久性。硬く、強いほどに一級品とされている。アートなどと謳っておきながら、無骨な話に聞こえるかもしれないが、これが実に不思議でね」
ポカンとした表情を浮かべている僕に何を勘違いしたのか、アーチャーは諭すような口調で言った。
「耐久性だけを突き詰めて作られた銃身は――――、溜息が出る程に美しい」
「……分かるよ」
分かるんだ……、士郎。二人の熱い眼差しがテーブルの上のハンドガンに注がれている。
「――――極限を求めた結果、そこには耐久性とは異なる別の価値が生まれる。それは鉄の滑らかさだけに留まらないんだ。単純化された内部構造の一分の隙もないアクション。僅か一ミリにかけた重心に対する想い。分かるかい? 多くの者を魅了するハンドガンのこのデザインは、その実、デザインから生まれたものではないんだよ」
アーチャーの瞳の奥に炎が宿る。
「より安定した機能。より効果的な射撃を求めた結果、その姿となった。誰にも媚びず、あのカタチとして創造されたのだ。野生の生き物達と同じなんだよ。ただ、ある事が美しい……。まさに男の浪漫だよ」
その後も延々とアーチャーによるハンドガンの美しさ講座は続いた。
「無論、銃にもそれぞれ個性がある。例え、同じ銃種であっても、出来上がりによっては良品と粗悪品に別けられる。だけど、それがまたいいんだよ。ガンスミスによるワンオフも、マスプロによる量産品も共に違った味わいがある。前者は職人の技巧による奇跡。後者は工場が生む偶然の奇跡だ」
アーチャーはすっかり覚めてしまった紅茶を啜り、顔を顰めると新しい紅茶を淹れ直しに台所へ引っ込んだ。
士郎はと言うと、すっかりハンドガンに夢中。アーチャーから分解の許可を得ると、嬉々として分解を開始した。何がそんなに楽しいのかサッパリ分からない。
士郎がハンドガンを部品の山に変えた頃、アーチャーが戻って来た。
「――――さて、話を最初に戻すとしよう」
アーチャーは分解された部品の山からコイルを手にとって言った。
「投影魔術と一言で言っても、幾つかの工程が必要だ。私は投影六拍と呼んでいるが、つまり――――、どのような意図で、何を目指し、何を使い、何を磨き、何を想い、何を重ねたか……、これを追想する事で、より高度な複製が可能となる。衛宮士郎。君は今、ハンドガンに触れ、そのカタチが出来上がるまでの工程を想像した筈だ。今まで、自らの投影に欠けていたもの。もう、分かるな?」
「……ああ、分かった気がするよ、アーチャー」
二人はその後も熱く語り続けた。やれ、あの家電は素晴らしいだとか、やれ、あの鍋は美しいだとか、それはもう、徐々に起き出してきた遠坂邸の人々がギョッとした表情を浮かべ、ドン引きしている事にも気付かない程の熱中振り。
結局、楽しそうだから放置しようというライダーの意見が採用された。
アーチャーが完全に主夫業をほっぽり出して、趣味の話に興じてしまっているから、今日の朝ごはんは僕が作る事になった。
朝食が完全に出来上がった頃、二人は相変わらず――――、
「あの釣具メーカーのリールは実に素晴らしくてな――――」
「あのメーカーの掃除機なんて、遠心分離器が――――」
メカの構造に果てしなく情熱を燃やしている二人。ライダーですら……、『なんだ、こいつら……』みたいな顔をしている。
ちなみに今日のメニューは純和風。アーチャーはどうやら僕の味噌汁を随分と気に入ってくれたみたいで、ここ数日、毎日作らされているから、今日も作ってあげる事にした。自分でも作れるんじゃないの? と訪ねても、私では到達出来ぬ味だ、などと豪語される始末。
朝食を食べる時はさすがに言葉少なめになったけど、それでも二人は物の分解と組み立てに対する議論を白熱させていた。
今度、士郎にプラモデルか何かをプレゼントしてみようかな……。
そうこうして、朝食も終わり、僕達は各々勝手気ままに時間を潰した。遠坂さんとイリヤちゃん、バゼットさんの三人は大聖杯の調査を行うにあたっての方策などを話し合い、慎二くんとアヴェンジャーは延々とチェスをしている。
円蔵山へは夜になって向かう事になっているから、お昼の間はハッキリ言って暇だった。僕もライダーと一緒に絨毯の上でゴロゴロしながら過ごした。ちなみに、士郎は午後もアーチャーと鍛錬を続行しているみたい。
セイバーと遠坂さんは朝の白熱した議論を見て、色々と言葉を飲み込んだみたい。色々と複雑そうな表情を浮かべながら、溜息をこぼしていた。
◆◇◆◇◆
夜、俺達は遠坂邸を後にした。静まり返った夜道を歩いて行く。
今まで、夜の散策は幾度と無くこなしてきた筈なのに、今宵は不吉な予感が背中にこびりついて離れない。まるで、街がすっぽりと怪物の胃袋にでも収まってしまったかのようだ。
「止まれ!」
後もう少しで円蔵山に辿り着くという所で、突然アーチャーが声を荒げた。
同時にセイバーとアヴェンジャーが自らの剣を構えて前に躍り出る。
ライダーもヒポグリフを召喚し、対魔の本のページを開いた。
「これは……」
いつの間にか、俺達は奇怪な姿の怪物達に取り囲まれていた。首のない人骨が剣を携えて襲って来る。
「竜牙兵……、これはコルキス王の魔術……という事は、あのキャスターの正体は――――」
バゼットの言葉を讃えるように誰かが拍手をした。
パチパチという音の発生源に視線を向けると、そこには魔女が立っていた。
心臓が破裂するかと思った。
「動いては駄目よ。このお嬢さんの首を切り落とされたくなかったら――――、ね」
嘘だ……。
魔女は奇怪なカタチの短剣を握り、よりにもよって、樹の首筋に当てている。
「やめろ……」
樹の首筋から一筋の血が流れている。
「やめてくれ……」
恐怖が心を支配していく。
完全に油断していた。これだけの人数が居れば、何があっても大丈夫だと高を括っていた。
こんな事になるなんて、想定していなかった。
「動くな、アヴェンジャー!」
慎二が叫ぶ。アヴェンジャーはクラレントを構え、今にも踏み込もうとしていた。
「駄目だ! 絶対に動くな!」
慎二はアヴェンジャーの前に立ち、キャスターを睨みつける。
「キャスター。貴様、その娘から刃を退けろ。さもなくば――――」
「さもなくば……、何かしら?」
アーチャーの殺意に満ちた言葉をアッサリと受け流しキャスターはフードの中で嗤った。
「ビックリだわ。まさか、ここまで上手くいくなんてね。一人が人質になっただけで、身動きが取れなくなるなんて……。大勢と手を組む事が必ずしもメリットばかりとは限らない。その良い見本ね」
誰も動けない。飛び出そうとしたアヴェンジャーとバゼットはそれぞれ、慎二とライダーによって止められている。
セイバーとアーチャーは殺意こそ向けているが、動こうとはしていない。
「――――条件は整ったわ。さあ、おいでなさい、クー・フーリン」