第二話「タイガー!」

 家に到着した。立派な武家屋敷である。立派過ぎるくらい立派。あまりに敷地が広くて、どこぞの歴史資料記念館かと思いました。剣道場や土蔵まで完備した大層立派な物件です。更にお隣さんは藤村というお名前。ここまでの道中にも冬木大橋という大きくて赤い神戸大橋……じゃなくて、冬木大橋があり、他にも様々な見覚えのある箇所が散見されました。
 つまり……、実に遺憾な事ではあるものの……、

「なんで……」

 畳に膝をつきながら、頭を抱える僕。脳内を駆け巡っているのはFateというローマ字四文字。これはとあるPCゲームのタイトル。コンシューマ版が発売され、数々の派生ゲームや派生小説を生み出し、二度に渡るアニメ化、二度に渡る映画化というハットトリックを決めたビッグタイトル。僕も大好きです。
 でも、別に実体験してみたいとは思わなかったよ。だって、死ぬんだもの……。

「ど、どうした?」

 突如家族となる事が決定したヤンキーボーイ事、衛宮士郎くんが声を掛けてきた。

「ちょっと、現実と戦ってるとこ……」

 父さんや母さんに会いたいとか、そんな事を考える余裕も無い。

「なんで……」

 僕はどうして、ゲームの世界なんてものに居るんだろう。最新のゲーム? いやいや、PS4が発売されたばっかだし……。フルダイブのゲームとか、小説や漫画だけだよ。SAO大好きです。でも、アクセルワールドはもっと好きです。
 幻覚? これかもしれない。

「士郎くん」
「な、なんだ?」

 ビクッとした顔が可愛いな。子供は嫌いじゃないぜ。

「一発、僕を殴ってくれ」
「……嫌だよ」
「頼むよ! これが幻覚かどうかを知りたいんだ!」
「幻覚って……」

 士郎くんは溜息を零した。

「えっと……、樹だったっけ?」
「う、うん」
「確かに、気持ちは分かる。忘れろって言って、忘れられるもんじゃないってのも分かるさ。けど、いつまでも現実逃避してたって仕方が無いだろ」

 凄く大人な意見。

「……そうだね」

 現実逃避は止めよう。僕はなんでか知らないけど、子供になって、女の子になって、ゲームの世界に居て、主人公と一緒に衛宮切嗣さんのお宅に住むことになった。その事をまずはちゃんと受け入れ――――、

「いや、ちょっとまだ無理かな……」

 さすがに盛り過ぎだろ。もうちょっと、絞ってくれよ。

「……まあ、困ったことがあったら何でも言えよ。一応……、家族になるわけだし」
「う、うん」
「まあ、殴るのは勘弁だけどな」

 そう言って、士郎くんは部屋を出て行った。入れ替わりに……というか、タイミングを測って入って来た切嗣さんが声を掛けてきた。

「ごめんね」

 開口一番に謝られてしまった。

「えっと……」
「士郎くんも言ったとおり、僕達は家族だ。だから、何でも相談して欲しい。僕に出来る事があれば、何でも言ってくれ」

 真摯な眼差し。ちょっと前まで、暴力団の構成員とか内心で呼んでた事が申し訳なくなってくる。

「い、いえ……。僕こそ、変な事言って……その」
「いや、今は吐き出したい事があるなら幾らでも吐き出していい。むしろ、もう吐き出せないくらい吐き出して欲しい。そうしたらきっと、ちゃんと歩き出せるようになると思うからね」
「……はい」

 とりあえず、思いっきり泣いておこう。小学校の頃は泣き虫で、それが原因でよく虐められてた。そのせいか、中学に上がってからは殆ど泣かなくなった。でも、この日ばかりは大いに泣いた。出会ったばかりのおじさんの胸で全身全霊を賭けて全力で泣いた。
 おかげで、ちょっとだけ心が落ち着いた。それに、切嗣さんの事が大好きになった。だって、僕にいつも優しくしてくれたお爺ちゃんになんだか似ている気がしたからだ。僕が中学に上がると同時に死んでしまったお爺ちゃん。
 その日から僕は切嗣さんの事を「おっちゃん」と呼ぶ事にした。別にコナン君化した事が理由じゃない。たんに親しみを籠めて呼んでいるだけだ。ちなみに、小学校にも通うことになった。僕の戸籍とかどうなってるのか分からないけど、その辺は切嗣さんがお隣の藤村さんに掛けあったり色々してくれたんだと思う。実際の事は何も知らない。とりあえず、中学の頃にちょっと妄想した強くてニューゲームな子供時代を満喫しようと心に決めた今日此の頃である。
 
「さてさて、今日の献立は……」

 我ながら、アッサリと流され過ぎている気がするけど、正直、何がどうなってこんな状況になっているのかがサッパリ分からない上、現実の世界の元の自分に戻る方法なんて皆目検討もつかない。
 Fateの目玉である聖杯戦争の聖杯も壊れてるし、内容については結構覚えてるけど、細かい設定とかは殆ど分からない。だから、検討しようにも材料が無い。おじさんに相談しようかとも思ったけど、頭がおかしいと思われたり、この生活が駄目になるのが嫌だから、とりあえず黙っておく事にした。
 父さんと母さんに会えないのは寂しいけど、大学に入ってから一度も会ってないし、中学に上がった頃からあんまり会話らしい会話をして来なかったから、死ぬほど寂しいって程でも無いし、友達や恋人は一人も居ない……。
 女の子の体については実の所、そこまで違和感が無かった。性転換なんて、小説や漫画だと、物凄い葛藤があったり、性別の違いによる肉体的なストレスが発生したりと色々ある筈なんだけど、そういうのが全然無い。なんだか凄く馴染むのだ。最初こそ、体躯の違いに戸惑ったりもしたけれど、それも今では解消されている。まるで、『昔からこうだった』みたいな自然さだ。逆に不自然だけど、不都合が出来たら、その時はちゃんとおじさんに相談しよう。

「馴染む。馴染むぞ~!」
「……何やってんの?」

 今日の献立を決めて、台所に立ち、ちょっとDIO様の物真似なんかを嗜んでいると、士郎くんが起きてきた。ちなみに、僕……、なんと金髪でした。しかも、地毛である。

「おっはよー! すぐ作るから待っててね~」

 ちなみに、料理は僕が担当する事になった。アニメだとセイバーさんが瞳を輝かせるくらい美味しいと評判の士郎くんの料理だけど、さすがに今の段階だと包丁捌きも危うい。更におじさんも料理は不得手。そんな中で、出来るのにやらないはさすがに居心地が悪いので、僕が御飯を作ることになった。
 ついでに言うと、この二人は洗濯機の使い方が不得手……というか、士郎くんは使い方が分からず、おじさんは物凄いテキトウだったので、洗濯も僕だ。正直、面倒だなーって最初は思ったけど、思いの外、自分の料理に反応が返ってくる事が嬉しくて、夢中になっている。洗濯も干す時は二人が手伝ってくれるから、三人総出で庭の物干しに洗濯物を干す作業は中々に愉快だ。
 
「何か手伝う事ある?」
「お皿出しといてー」
「あいよー。どれー?」
「それー」
「へーい」

 家でもやれば良かったと後悔する時もあるけど、僕、今割りと楽しい毎日をすごしています。

「おはよう」

 欠伸混じりにおじさんが登場。着物姿で、パッと見た感じ、モノ書きみたいに見える。いつだって、なんだって、なるようになるさー、ケ・セラ・セラって感じで、本当にお爺ちゃんの生まれ変わりに見える。

「おじさん、おはよー!」
「おはよう、爺さん」

 おじさん的にはパパって呼んで欲しいみたいだけど、士郎くんは爺さん呼びである。僕もパパは恥ずかしいし、父さんは別に居るから、おじさんはおじさんとしか呼びようが無い。お父様とか、お父上とか、親父とか呼ぶのはそれはそれで嫌だし。やっぱり、呼び方はおじさんが一番だ。

「二人共、宿題はやったのかい?」
「当たり前だろ。ちゃーんと、終わらせたぜ」

 誇らしげに報告する士郎くんにおじさんの頬が緩んでいる。

「そうか、偉いぞ」
「へへ」

 羨ましい。そこは僕にも賛辞の声を送るべきだと思う。

「そう言えば、お隣の大河ちゃん。今度の週末、剣道の大会に出るそうだよ」
「ああ、あの喧しい人?」
「こらこら、女性に喧しいなんて言葉は駄目だぞ。元気が良い事は結構な事だしね」
「へいへい」

 大河ちゃんと言うと、例の冬木の虎の事だろう。実のところ、まだ会った回数は片手で数えるくらいで、そこまで親しくなってない。おじさんとは結構会ってるみたいだけど、アニメで見たような押しかけ騒動は未だ発生していない。

「僕らに応援に来て欲しいそうだよ」
「それって、僕らじゃなくて、おじさんに来て欲しいんだと思うよ?」

 彼女は確か、おじさんに恋心を抱いていた筈だ。今既に陥落済みなのかどうかは知らないけど……。

「『僕達』だよ。二人共、週末は予定でも?」
「無いけど……」
「じゃあ、決まりだね」

 ニッコリ微笑むジゴロ。優しいけど、中々の鬼畜だわ。

「剣道かー」

 士郎くんはちょっと興味を惹かれているみたいだ。

「そうだ! なんなら、週末の大会まで、うちの道場貸してやったら? 部活の後でも練習とか出来るようにさ」
「ああ、それはいい考えかもしれないね。後で会った時にでも提案してみるよ」
「なるほど、こういう経緯が……」
「ん?」

 その日の夕方、僕と士郎くんが揃ってランドセルを背負って帰ってくると、道場で奇声が上がっていた。覗いてみると、驚いた事におじさんも剣道着を着ている。

「メェェェェェエエエン!!」
「ドオオオオオオオオオオ!!」

 謎の掛け声と共に二人は斬り合っている。ルールがサッパリ分からないけど、見た感じ、互角に見える。

「すげぇ」

 とりあえず、興味津々なご様子の士郎くんを道場前に放置して、僕は夕飯の準備に取り掛かる。今日のメニューは一人分追加だ。今日は商店街の魚屋さんが美味しそうな鮭をサービスしてくれたから、これを焼こう。ああ、焼酎が欲しい。

「美味しそう!」

 瞳をキラキラさせているのは我らが藤ねえ事藤村大河さん。
 びっくりした事にとんでもなく可愛い。もしも士郎くんと同い年だったら、セイバールートも凜ルートも桜ルートも無かっただろう。だって、これは勝負にならないよ。

「幾らでも食べて下さいねー」

 正直、元の肉体に戻りたいとここまで真剣に思ったのは最初の頃以来かもしれない。結婚したい……。

「ありがとー、イツキちゃん! この鮭本当に美味しいね!」
「焼いただけですけどねー。でも、こんなので良ければいつでもどうぞ!」
「やったー!もう、切嗣さんに道場を貸してもらえるって聞いただけで有頂天だったのに、稽古までつけてもらって、その上、こんなに美味しい御飯まで……、幸せだ」

 僕も幸せです。是非、髪はポニーテールのままで居ていただきたい。

「なあ、爺さん」
「なんだい?」

 僕と大河さんが話している傍らで、士郎くんは熱心におじさんを口説きにかかっている。

「俺も剣道やりたい」
「ああ、そう来ると思ったよ。ちゃんと、士郎の剣道着と竹刀を用意してあるんだ」

 僕は今になって、おじさんの真意に辿り着いた。大河さんの大会の話を持ち掛けた事も剣道場を貸し出す事に乗り気だった事も総てはここに至る為の伏線。
 要はおじさん……、士郎と道場で遊びたかったんだ。

「これが男と女の差か……」
「ど、どうしたの?」

 思わず舌打ちをしてしまった。ずるいよ士郎くん。僕は可愛い洋服の着せ替え人形くらいでしかスキンシップが取れていないというのに、一緒にお風呂に入ったり、剣道したり……。

「大河さん!」
「は、はい!?」
「僕も……、剣道がしたいです」
「……う、うん。えっと……じゃあ、今度、教えてあげるから、とりあえず……、顔をあげよ?」
「……はい」

 土下座の態勢からそっと士郎くんの横顔を伺う。

「負けないぞ、士郎くん」
「……切嗣さん、大人気だね」

 ライバル多いよね、お互い。とりあえず、僕らは麦茶で乾杯した。ああ、麦焼酎が飲みたいぜ。

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