第三十話「――――ええ、期待に添えるよう尽力致しますよ、慎二殿」

「……いらっしゃい」

 未だ草木も黙る丑三つ時。シスターは訪問者を招き入れる。
 
「何を驚いているのですか?」

 クスリと微笑み、シスターは奥へ訪問者を誘う。
 訪問者が連れて来られた部屋は蝋燭のぼんやりとした灯りに包まれている。神経を張り詰める彼にシスターは紅茶を淹れた。

「砂糖はお幾つ必要かしら?」
「――――必要無い。それより、こっちの用件はお見通しってわけか?」

 訪問者……、間桐慎二は眦を吊り上げて教会の主であるカレン・オルテンシアに問う。
 カレンはまるで慎二の訪問を察していたかのように教会の前に佇んでいた。

「……ええ、忠告を受けていましたからね」
「ランサーのマスターか? それとも、キャスターか?」
「両方からですよ。恐らく、今夜中に貴方が私を攫いに来るだろうと……」

 普通のマスターならば決して思いつかない筈の計画。魔術協会と聖堂教会の橋渡しを担う監督役を攫い、バゼット・フラガ・マクレミッツを炙り出す作戦が筒抜けだった事に動揺を隠せない。
 
「ええ、貴方が考えている通り、この教会は包囲されています」
「――――ッ」

 口に出す前にカレンに考えを読まれ、慎二は唇を噛み締める。

「……何故だ。どうして……、僕の考えは読まれてしまったんだ?」

 包囲網を敷かれた事実に苦慮しながら問う。

「――――マキリのセイバーとアーチャーが相打ちになった時点でパワーバランスが崩壊した。この状況で各陣営の動きを予想しようとすると、鍵となるのはランサーの陣営。二大勢力のどちらにも付かず、高みの見物をしているランサー陣営はその思惑次第で天秤を動かす事が出来る。そう……、“マキリの聖杯”というジョーカーを握るマキリをこの機会に打倒してしまおうとランサー陣営がキャスター陣営に手を貸す可能性が高い。故にマキリは動かざる得なくなる。ランサー陣営か、あるいはキャスター陣営を攻め、合流されるという最悪の展開を回避しようとする筈。その場合、マキリ……いえ、間桐慎二は衛宮士郎の居るキャスター陣営ではなく、ランサー陣営を攻めようとする。何故なら、間桐慎二は衛宮士郎に掛け値なしの友情を感じているから……」

 考え過ぎだ。そこまで深く考えての行動ではない。けれど、結果が功を奏した現状、考え方や過程など関係無い。
 
「ッハ……、僕が衛宮に友情を感じてるって?」
「貴方のこれまでの行動を垣間見ると、そうとしか判断出来ないそうです」

 苦笑した。大正解だ。桜の事で感謝しているし、それ以前に慎二にとって、士郎は紛れもなく親友だ。こんな性格だから、本音を言い合える友人などお人好しな士郎くらいしかいない。
 本心を悟られないように気を使ったつもりだったのだが、目敏い奴等には気づかれてしまったらしい。

「それで……、僕をどうするつもりなんだい?」

 教会は不可侵領域だ。だからこそ、未だ攻め込まれる事無く慎二は生きていられる。
 けれど、一歩でも外に出れば――――、

「監督役として……そして、聖堂教会として勧告します。今直ぐに降伏し、マキリの聖杯を渡しなさい」
「断る。話にならないな」

 愚か者め。慎二は嗤った。そんな勧告をする余裕があるなら、今直ぐ己を殺すべきだ。
 既に理由は揃っているのだから、躊躇う必要も無いだろうに……。

「……悔い改めるつもりがあるなら、教会は貴方にも門扉を開きます。聖杯戦争中という事なども考慮に入れ――――」
「僕は愚図が嫌いだ。二度も同じ事を言わせるなよ。僕は断ると言ったんだ。神の慈悲なんて今更欲しくない。ここを包囲しているという事はランサー陣営がここに来ているという事だろう?」

 包囲と言っても、残っているサーヴァントはセイバーとランサー、そして、キャスターの三騎のみ。内、セイバーが戦力外である以上、ここに居るのはキャスターとランサー。
 他にも何らかのトラップを仕掛けているのだろうが……、

「手間が省けて大助かりだ」

 今回は隠密行動を主流とするつもりだったからアサシン以外のサーヴァントを連れて来ていない。けれど、必要とあればいつでもどこにでも呼び出す事が出来る。
 慎二はポケットから一匹の蜘蛛を取り出し、指に乗せる。

「――――お前達はちょっと僕を馬鹿にし過ぎだよ」

 如何なる距離をも零とする方法が一つある。令呪による強制召喚だ。
 元々、令呪とはマキリ・ゾォルケンが考案したシステム。桜が“再召喚”を行う際に再び“英霊に――聖杯の魔力を汲み上げ、作り上げた――新規の令呪と契約を結ばせる”事を怪老は可能とした。
 もっとも、一度“再召喚”を行ったサーヴァントに再び令呪との契約を結ばせる事は出来ないが……。

「――――させません! ノリ・メ・タンゲレ!」
 
 それは神の子が己に縋り付こうとする娼婦に告げた静止の言葉。憐れなその娼婦の亡骸を巻いたソレはその対象を反転させる。
 男から女に放たれた苦言は女が男を突き放す言霊となった。
 カレンがどこからか取り出した赤い布が慎二に迫る。

「生憎だが、そうはいかんぞ」

 その布を突如姿を現したアサシンが黒塗りのナイフで断裁する。
 
「――――気配遮断で隠れ潜んでいたのですね」
「私が復活している事など分かっていただろうに――――、間抜けめ」
「……復活など神に選ばれた者の特権だと言うのに」
「何を言うかと思えば……、サーヴァントとはある意味で復活者だ。それを冒涜と言うのなら、こんな儀式を容認している時点で貴様も狼藉者だ。責められる謂れは無いな」

 険しい表情を浮かべるカレンに対し、アサシンは嘲笑の笑みを浮かべる。
 睨み合う彼等の背後でアサシンの主は悠々と蜘蛛に向けて命令を告げた。

「――――桜。今直ぐに僕の下に全てのサーヴァントを召喚しろ」

 瞬間、カレンは部屋を飛び出した。慎二は彼女の後を追わずに出現したサーヴァント達に命令を伝える。
 下手にライダーと共に上空へ逃げる事は出来ない。目視出来ていない状況ではランサーの“突き穿つ死翔の槍”が来たら、防ぐ手立てなど無いからだ。
 故に逃げるにしてもタイミングを見計らう必要がある。

「バーサーカーとアルトリア、そして、アーチャーは外に飛び出して暴れ回れ」

 理性を欠片も持ち合わせない怪物三体が慎二の命令と同時に飛び出していく。
 宝具を発動する事すら出来ない狂戦士達。戦闘技術も無いに等しく、生贄達から調達した膨大な魔力で無理矢理引き上げたステータスに飽かして暴れ回らせる事しか出来ないが、逆に言えば暴れ回らせる事は出来る。つまり、全くの無能というわけでも無い。
 型の無い相手というのは意外と厄介だったりする。中学の頃、当時喧嘩っ早かった士郎に付き合い、馬鹿な不良と喧嘩をしてた頃に知った事だ。
 時間稼ぎは勿論、ある程度相手を消耗させる事も出来る筈だ。

「ライダーはランサーが出て来て、ある程度消耗したら僕を連れて飛べ。ランサーの射程範囲から直ぐには離脱せずに少し時間を掛けてから屋敷に向けて退避するような軌道で飛ぶんだ」
「……なるほど、囮作戦というわけですか」
「狙い通りにいけば、ランサーが宝具を使う。その瞬間が好機だ。アサシンはその隙をついて、奴に宝具を使え。使い手が死ねば、宝具の発動もキャンセルされる筈だからな」
「聊か、それは危険過ぎるのでは?」
「危険は承知の上だ。だけど、上手く行けばランサーを落とせる」

 アサシンの苦言に笑みで返す慎二。アサシンはそれ以上言葉を挟む事はせず、主の指示に従い気配を消す。
 
「タイミングを誤るなよ」
「期待に応えます」

 ライダーは首に釘剣を突き立てた。溢れ出す血が虚空に陣を描き、そこから翼を生やした白馬が躍り出る。
 二人は天馬の背に跨ると、時を待った。

「キャスターの呪にはご注意下さい」
「ああ……って言っても、神代の魔術を相手に僕に出来る事なんて無い。完全にお前任せだ」
「……そうでしたね」

 クスリと微笑むライダーに慎二は舌を打つ。

「分かってて言いやがったな、お前」
「緊張している御様子でしたので、少々和ませようかと……。ほら、リラックスリラックス」
「緊張が薄れる代わりにイライラしてくるから止めろ。それより、馬鹿な事しててタイミングを――――」
「今です!」
「今かよ!?」

 天馬から跳び上がる。まるでジェットコースターだ。しかも、命綱であるベルトも無い世界最速のモンスターマシン。意識は辛うじて保っているが、ライダーの体にしがみ付いている事さえ困難。
 景色や状況を見る事すら出来ない。風の音が凄過ぎて、ライダーの声も聞こえない。
 生きているのか、死んでいるのかすら分からない。

 そして――――、

「ああ、シンジ。この程度で気を失ってしまうなんて……、まだまだですね」

 目が覚めた時は太陽が真上に昇っていた。

「ど、どうなった?」

 頭がズキズキする。吐き気も酷い。けれど、状況だけは把握しなければならない。

「……しくじりました。ランサーは此方に宝具を向けて来ませんでした」
「ああ、多分だけど、僕達の話が向こうに筒抜けだったんだろうな」
「……え?」

 ギョッとするライダーに慎二は肩を竦めた。

「相手はキャスターだぜ? あんな所で結界も張らずに堂々と話してたら筒抜けに決まってるだろ」
「で、では……まさか、囮は我々では無く――――」
「……私だった訳ですね」
「おお、生きていたのか、アサシン!」
「…………………………………………ええ、おかげさまで」

 表情は読めないが、少々ムッとしていらっしゃる御様子。
 慎二は苦笑いを浮かべながら謝った。
 
「悪かったよ。けど、あの場でリスクを冒すつもりは無かったんだ。僕にはやるべき事があるからね」

 その為にわざわざ作戦を相手に聞かせた。此方がランサーを殺すつもりで動くと相手に知らせる事により、逆に相手の動きを支配した。
 慎二の狙い通り、ランサーはライダーでは無く、“己を殺そうと隙を伺っているアサシン”を返り討ちにする為に動いた。

「まあ、バーサーカー達にビビッて逃げてくれれば一番楽だったんだけどな。さすがにアイツ等じゃ脅しにもならないか……」

 元は最強の英霊達だったが、理性を完全に奪ってしまったせいで役立たずになってしまっている。
 さりとて、アルトリアは汚染され過ぎていて理性を取り戻す事は不可能だし、バーサーカーとアーチャーは理性を取り戻した瞬間に叛逆して来るだろう。
 溜息を零しながら、アサシンの無事の帰還を喜んだ。理性を保つ手駒は何より重要だ。

「しかし……、それでもリスクは大きかったのでは?」
「まあ、最悪の展開としてはお前がランサーのマスターにカウンターを喰らう場合だな。そうなると、お前の宝具がキャンセルされて、ランサーの宝具がキャンセルされず、僕達が死ぬ」

 そうならなかったのはアサシンが宝具を使わなかったからだ。

「よくぞ、僕の考えを汲んでくれたな、アサシン」
「……ランサーのマスターが隠れ潜み、宝具の発動態勢に入っているのを確認しましたので」

 慎二の指示通りに戦場に現れたランサーに近づくと、彼のマスターが宝具であるフラガラックの発動態勢を整えていた。
 その瞬間に彼は理解した。実は己こそが囮であった事を……。

「さすがに二度も同じ轍は踏みませぬが……」

 以前、己を殺したバゼットの宝具。一度受けた技を再び受けて死ぬなど愚の骨頂である。
 ライダーが飛び出すと同時にランサーが宝具を発動させる前に攻撃を仕掛ける。
 そこまでアサシンが読む事で達成される綱渡りの作戦。

「私が読み間違えていれば最悪の展開になっていたでしょうに……」
「そこはお前を信用していたのさ。お前なら僕の考えを汲んでくれると思っていた」
「……慎二殿」

 アサシンは主たる少年を静かに見据える。少年は妹を既に壊れていると称するが、彼も既に壊れている。
 彼は妹とその周囲を取り巻く環境によって既に正気を奪われているに違いない。士郎という少年に傾倒し過ぎていたり、己を信じ過ぎているのも恐らく、それが理由だ。
 彼の傾倒や信用は彼の心の叫びの発露。救いを求め、深い森を彷徨っている。

「これからも頼むぞ、二人共。お前達が僕の切り札なんだからな」

 ニッと笑みを浮かべる彼にアサシンは「御意」と返す。
 彼に真に忠誠を尽くすなら、きっと彼を士郎の下へ連れて行くべきなのだろう。恐らく、そこに彼の救いがある。
 けれど、そうはいかない。彼の救いはキャスターの勝利に繋がってしまう。そうなれば、己が聖杯に触れる機会を得られなくなる。
 それはいけない。己には聖杯が必要だ。その為に召喚に応じ、この少年に忠義を誓っている。
 彼には踊り続けて貰う。この手が聖杯に届く、その日まで……。 

「――――ええ、期待に添えるよう尽力致しますよ、慎二殿」

第三十話「――――ええ、期待に添えるよう尽力致しますよ、慎二殿」」への2件のフィードバック

  1. うん。原作知識なんて何の役にも立たないんだね。

    最終章突入ですか。終わりが見えて来たのは何だか寂しいです。

    • サトセイバーの原作知識は最初の凜との会話が最盛期でしたね(; ・`д・´)それ以後はあんまり……。
      元々、十年前の第四次聖杯戦争の時点から差異がありましたが、何より原作知識を活かす力と知恵が無かった事が原因ですね( ゚∀゚)
      いよいよ最終局面、マキリとの決戦が始まります(;・∀・)
      全員が全員、色々な思惑の下で動いているので、まだまだ悶着はたっぷりありますが、今後もよろしくお願いします!

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