第二十四話「ああ、決着をつけよう、アーサー王」

 とても怖い夢を見た。とても長くて、苦しい夢を見た。
 狂いそうになる頭を冷やす為に布団を被り、そのまま眠ってしまっていたらしい。
 英霊は夢を見ない筈。なら、これは士郎君の記憶という事になる。だけど、有り得ない。だって、この夢は――――、

「なんで……?」

 頭の中を埋め尽くすのは無数の疑問。ただ只管、どうして? なんで? と繰り返す。
 
「……起きなきゃ」

 一時間くらい、延々と問いを繰り返してから、よろよろと起き上がる。
 涙が止まらなくて、顔を何度も洗ってから、居間に向った。
 
「……あら、おはよう、セイバー」

 居間には凜が一人お茶を啜っていた。何だか、表情が暗い気がする。

「おはよう、凜。みんなは?」
「アーチャーは見張り。キャスターは士郎に邸内を案内させてる。イリヤはお風呂よ」

 “夢”から覚め、新たに始まった日常。キャスターとイリヤを交え、衛宮邸の朝は穏やかに過ぎていく。
 セイバーは夢の事を誰にも話せなかった。あまりにも多くの疑問と感情が脳内で渦を巻いているせいで、誰と話している時も上の空だ。
 だけど、それはセイバーに限った話では無く、凜と士郎もどこか意識が飛んでいる風に感じられる。
 お昼になると、カレンとの約束がある事を思い出した。

「俺も一緒に行くよ。ついでに買出しも済ませよう」

 教会に行く旨を告げると、士郎が立ち上がった。今日は教会に命の下で停戦を強制されている。戦闘に繋がる行為をする者は居ない筈だが、それでも一緒に居るべきだろう。そう、彼は主張した。
 油断大敵の言葉に頷くしかなかった。“あの夢”のせいか、昨夜に比べて、心は安定している。より大きな混乱の為に一時的に麻痺しているだけのような気もするが、冷静さを取り戻す事が出来ている。
 士郎を守る。その初志を貫徹する為にも、醜態を晒し続けるわけにはいかない。
 
「……じゃあ、アーチャーも連れて行ってくれない?」

 深く息を吸い、覚悟を決めるセイバーに凜が言った。

「……え?」

 キョトンとした表情を浮かべるセイバー。

「ほら、荷物持ちとしてよ。アイツ、結界構築には役に立たないし、見張りったって、今日は停戦日だしね」
「う、うん。でも――――」
「いいんじゃないか?」
「士郎君?」
「帰りは荷物が多くなるだろうしさ」
「う、うん」

 思わぬ士郎の言葉にセイバーは戸惑い気に頷く。

「――――ついでに出掛けるなら、ちょっとおめかししてみない? セイバー」

 そう言ったのはキャスターだった。彼女の手には見覚えのある服。
 黒のブラウスと黒のブリーツフレアスカート。
 あの夢を見せた下手人が見つかった。また、己の精神を操ろうとでもしたのだろう。あんな嫌な夢を捏造するなんて、どこまでも性根が腐っている。
 
「お断りだ。どうして、俺がスカートなんて……」
「いいじゃない。正直、その格好はどうかと思うわよ? ダサイって言うより、変なコスプレみたい」

 凜の言葉に言葉が詰まった。セイバーの今の格好は士郎の古着を借りている。
 上はダブダブなTシャツで、下は同じくダブダブなジーンズ。

「隣を歩いてて、正直恥ずかしいのよ。無理強いするつもりは無いけど、一緒に歩く人の事も考えて格好を選びなさい」

 実にもっともな言葉だった。セイバー……、日野悟とて、生前は自分の格好にそれなりに気を使っていた。
 髪もキッチリとセットし、常に清潔かつ流行に沿った格好を心掛けていた。
 客観的に見て、今の格好は確かにおかしい。女として以前に人としてどうかしてる。せめて、もっとサイズの合う服があれば別だけど、この家にある服はどれも今のセイバーよりも大きい。

「……でも、スカートなんて」

 ただでさえ、精神的にキツイ状態だと言うのに、己を一層追い込むような真似はしたくない。
 けれど、士郎に恥をかかせるわけにもいかない。

「一端、着てみなさいよ。どうしても嫌だってんなら仕方無いけど、大丈夫そうなら、それで行きなさい」
「……わ、分かったよ」

 渋々、キャスターから上下を借りる。服の構造自体は単純だったから、着方は直ぐに分かった。
 何となく、士郎の視線が気になってしまい、別の部屋で着替えた。ついでとばかりに下着まで渡されたが、さすがにこれは着れない。
 別に服さえちゃんとしてればそれで良い筈だ。キャスターが見せた夢のせいか、そこまで忌避感は無かった。
 着替えて、居間に戻ると、そこにはアーチャーが立っていた。なにやら、凜と揉めている。

「どうしたの?」

 問い掛けると、彼は振り返り、大きく目を見開いた。
 
「――――ぁ」

 一瞬、今にも泣きそうな表情を浮かべ、直ぐにアーチャーは首を振った。

「わ、私はこの屋敷の見張りを――――」
「今日は停戦日だから問題無いわよ。幾らなんでも監督役の命令に真っ向から背く馬鹿は居ないわ」
「し、しかし……」

 尚も渋るアーチャーに凜は険しい表情を浮かべる。

「アンタがここに居ても役に立たないのよ! いいから、仕事をして来なさい!」

 物凄い剣幕だ。アーチャーはより一層渋味の増した表情で嫌々頷いた。

「了解した……。地獄に落ちろ、マスター」
「それって、口癖なの……?」

 何故か、キャスターが怪訝な表情を浮かべている。

「……生憎、生前も師や主に恵まれなくてね。ついつい、文句が口を衝いて出てしまうんだ」

 そう言えば、あの夢の中でも金髪の女性に時々……。
 いや、アレは彼の夢じゃない。そんな筈が無い。だって、あんなのが本当にあった事だとしたら、そんなの……。

「――――行くぞ。約束は一時だったな? あまり時間も無い。バスでは間に合わんな。タクシーを呼ぶとしよう」

 そう言って、アーチャーはつかつかと電話を掛けに行った。
 電話をしているアーチャー。なんだか、凄くシュールだ。
 思わず噴出しそうになっていると、凜がちょんちょんと肩を叩いて来た。

「どうしたんだ?」

 首を傾げるセイバーに凜は言った。

「……折角だし、三人でちょっとゆっくりして来なさい」
「え?」
「ほら、聖杯戦争中にこんな安全を約束された時間が出来るなんて、本来は有り得ないんだし、今後は気の休まらない状態が続く。この機会に羽を伸ばしてきなさいって言ってるの。士郎とアーチャーも根を詰めるタイプだから、引っ張りまわしてやんなさい」
「でも、今日は忙しいんだろ?」
「忙しいのは私達だけよ。アンタ達じゃ、居ても邪魔になるだけだし」
「わ、分かった……」

 途惑いながら頷くセイバーに凜は満足そうに微笑むと、電話を終えたアーチャーに言った。

「アンタも荷物持ちをするからには現世の服が居るでしょ? どうせだから、ここで着替えておきなさい」
「着替えって……、これか?」

 アーチャーは凜に渡された服に眉を顰めた。

「着替えるのは構わないが、私としてはもっと黒を基調とした――――」
「そういうの着ると、アンタはホストみたいになるから駄目」
「なん……だと……?」

 愕然とした表情を浮かべるアーチャー。ガックリと肩を落としながら、凜に渡された服を持って、渋々隣の部屋に向う。
 戻って来た彼が着ていたのはホワイトのインナーにカーキーのブルゾン。下はデニムで赤い騎士はあっと言う間に爽やか青年に大変身。
 
「おお……」

 士郎とセイバーがアーチャーの変わりように感嘆の声を上げる。
 劇的なビフォーアフターだ。
 
「こういうのは着慣れないのだが……」

 確かに、彼の性格上、あまり身に着けそうにないファッションだ。
 けど、とてもよく似合っている。

「バッチリ似合ってるよ、アーチャー」
「……そうか?」

 驚いたように目を見開くアーチャー。やがて、「そうか」ともう一度呟き、柔らかく微笑んだ。

「では、行くとしよう。タクシーはもう直ぐ到着する筈だ」

 タクシーに揺られる事一時間弱。途中で渋滞に巻き込まれたせいで、到着したのは約束の刻限ギリギリだった。
 慌てて、教会内に入ると、昨夜と同じくピアノの音が響いていた。

「――――いらっしゃい」

 しばらく聞き入っていると、一区切りがついた所でピアノの音が止み、カレンが士郎達に顔を向けた。

「こ、こんにちは」
「えっと、今日はその……、よろしくお願いします」

 セイバーと士郎がそれぞれ頭を下げると、カレンはクスリと微笑み、彼等を奥へと誘った。
 奥の部屋にはジュースとお菓子が並べられていた。

「こうして、お客様を招くのは久しぶりだから、無作法があるかもしれないけど許してちょうだい」

 そう言って、カレンは椅子に座った三人にお菓子を勧めてくる。
 意外な押しの強さに出されたお菓子を食べると、どこからともなく新しいお菓子が現れる。

「さあさあ、好きなだけ食べていいわよ」

 食べる度に出て来るお菓子。微妙に不毛な感じが何だかおばあちゃんの家に招かれたような錯覚を覚える。
 
「と、とりあえず、昨夜の約定通り、第四次聖杯戦争の話を聞かせてもらえないか?」

 食べ終わったそばから新しいお菓子を取り出そうとするカレンにアーチャーが慌てたように言った。
 すると、カレンは口元に手を当てて「あらあら」と微笑んだ。

「そうだったわね。ごめんなさい。ここ数年、荒事からも遠ざけられて、退屈な日々が続いていたから、ちょっとテンションが上がっちゃったみたい」

 本当に田舎のおばあちゃんみたいな事を言い出した。
 若干呆れた表情を浮かべる三人にカレンはゆっくりと語り始めた。
 第四次聖杯戦争のあらましを――――。

 第四次聖杯戦争はセイバー……、日野悟が知るモノとは大きく異なっていた。
 参加したマスター達は皆、一流の魔術師だったらしく、雨生龍之介のような一般人や間桐雁夜のような落伍者は居なかったそうだ。そもそも、前回の聖杯戦争に間桐の関係者は参加しなかったらしい。
 サーヴァントの顔触れも異なり、セイバーは只管動揺するばかりだった。知識と合致したのはアルトリアとギルガメッシュ、そして、イスカンダルだけだった。

「――――化け物揃い。そう称するに足る魔術師達を貴方の御父上は悉く打ち破った」

 カレンの語りの中で一番印象深かった事は衛宮切嗣の戦い方だった。
 
「私の父、言峰綺礼は真っ先に衛宮切嗣に狙われ、サーヴァントを失った。他のマスター達も殆ど抵抗らしい抵抗も出来ずに脱落していった。ある者は建物ごと爆破され、ある者は家族や恋人を人質にされ……。全く隙を見せなかったマスターもセイバーという最強の英霊が真っ向から打ち破った。報告書や諸々の書類を見比べて得た印象としてはほぼ、衛宮切嗣とセイバーのワンサイドゲームだったみたい」

 カレンが見せてくれた書類には天に浮ぶドラゴンと対峙するアルトリアの姿を捉えた写真が掲載されている。

「未遠川に沈没したボートがあるのを知っているかしら?」

 士郎が頷く。

「アレはこの時にセイバーが宝具を使った余波で沈んだものなのよ。天を舞うライダーに対抗する為に彼女は宝具を解き放ったわ」

 ライダーはイスカンダルだった筈なのに、彼女はドラゴンに跨るサーヴァントこそがライダーだと言った。イスカンダルはエクストラクラスで召喚されたらしい。
 セイバーは持ち得る知識に根本を覆されたような錯覚を覚えた。

「最期の決戦の舞台は街の中心部だったわ。生き残っていたのはセイバーとアーチャーだけだった」
 
 書類に掲載された写真にはアルトリアともう一人、金髪赤眼の男の写真。備考欄にギルガメッシュという文字がある。
 
「使い魔で遠巻きに監視していた者の報告によれば、二人の実力は拮抗していたそうよ。けれど、突然――――」

 戦場が炎に包まれた。カレンの言葉に士郎とセイバーが息を呑む。

「理由は分からない。二人はその時、未だ広範囲に影響を及ぼす類の宝具は使っていなかった。ただ、それが世に言う“冬木の大災害”よ」
「なっ……」

 そんな筈は無い。だって、あの災害は聖杯をセイバーが破壊した後に聖杯の中身が零れて起きた事件である筈だ。
 唖然とするセイバーを尻目にカレンは続ける。

「報告に詳しい記載は無いのだけど、生き残っていたマスターは三人だったそうよ。内一人はその時既に国外に逃亡していた」
「……残った二人ってのは?」
「無論、一人は衛宮切嗣。そして、もう一人は言峰綺礼。どうして、序盤でサーヴァントを失った父がアーチャーと契約して戦場に舞い戻る事が出来たのかは不明です。その点に関する記載はありませんから……。ただ、分かっている事は一つ。その戦いで言峰綺礼は死亡した」
「……そう、ですか」

 中身に違いはあれど、その顛末はセイバーの知るものと酷似していた。ただ一つ、言峰綺礼の死亡という事実を除いて……。

「じゃあ、本当に言峰綺礼は居ないんですね?」
「ええ、死体も後に回収され、火葬されたので間違いありません。喪主を務めて下さった遠坂の当主に尋ねれば、証明して下さる筈ですよ。生憎、私は当時、遠い地に居たので再会した時は既に遺骸でしたが……」

 話し終えると、カレンは再びお菓子攻撃を開始した。
 解放されたのは三時過ぎだった。

「また、いつでもいらっしゃい」

 教会の監督役というのは本当に暇らしい。特に士郎は聖杯戦争後も通うよう唆されていた。
 洗礼の準備はいつでも整えておくとの事……。

「士郎君。生き残ったらキリスト教徒にさせられそうだね」
「……シャレにならないから止めてくれ」

 カレンの目は得物を狙う野獣の眼光だった。

「――――とりあえず、買出しを済ませてしまおう」

 アーチャーの提案に頷き掛けて、セイバーはハッと凜の言葉を思い出した。

「気晴らし……?」

 凜の指示を二人にそのまま伝えると、二人はそっくりな表情を浮かべた。
 
「凜は何を考えているんだ……」

 呆れたように呟くアーチャー。対して、士郎はどこか納得気に頷いた。

「いいんじゃないか? 直ぐに帰っても邪魔になるだけだろうし、これも良い機会だ。セイバーに新都を案内するよ」
「なら、私は先に帰るとしよう。馬に蹴られる趣味は無い」
「待てよ。今戻っても、遠坂に『邪魔だ!』って追い出されるのがオチだぞ」
「いや、しかしだな……」
「アーチャー……」

 渋るアーチャーにセイバーは言った。

「折角の機会だし、一緒に遊ぼうよ」

 その言葉にアーチャーは凍り付いた。
 無意識だったけれど、この言葉は夢の中の■■が言っていた言葉だった。
 
「……まあ、お前達は目を離すととんでもない事をしでかすしな」

 溜息混じりに先を歩き出すアーチャー。
 士郎とセイバーも慌てて後を追う。何だか、不思議な感覚だった。
 後ろを振り向くと、そこには三つの影法師。一際大きなアーチャーの影に寄り添う二つの影。お父さんに付いて行く、二人の兄弟。

「とりあえず、水族館にでも行ってみるか?」

 こういう時、どんな場所に行けばいいのか分からず、士郎は適当に提案してみた。

「いいね。マグロの周遊とかってあるかな?」
「いや、さすがに無いのではないか……? ここの水族館はあまり大きくないし……」

 水族館の中は静かでとても落ち着く。薄暗い空間にぼんやりと浮ぶ水槽の灯り。
 透き通る体のクラゲ達に思わず見惚れるセイバー。

「これがクラゲセラピーというものか……。なんとも癒されるな」

 士郎とアーチャーはと言うと、大きな水槽を周遊しているサメやマンボウを見ている。

「……マンタの下側って、意外と怖いな」
「あまり知りたくなかったな……」

 二人して、壁にへばりつくマンタの裏側にゲンナリしている。
 何だか、仲が良い。
 奥の方に行くと、広いスペースに出た。中央にはアシカやペンギンのコーナー。

『ただいま、ペンギンの餌やり体験を実施してます。希望する方は此方に来てください』

 スピーカーから女性の声が響いた。

「よし、行ってみよう!」

 動物が割りと好きなセイバー。ずんずんとお姉さんの方に歩いていく。

「……どうする?」
「まあ、我々は見学といこう」

 士郎とアーチャーは餌やりに興奮しているセイバーを苦笑しながら見守った。
 戻って来たセイバーはペンギンにバシバシ手を突かれた事を自慢気に話しながら、売店コーナーに向った。
 
「ペンギンパフェ……、俺はこれにするぜ」
「俺はペンギンアイスにするよ」
「……私はこのクラゲゼリーというのを試してみよう」

 意外にもチャレンジャーな選択をするアーチャー。なんと、本当にクラゲを材料に使ったゼリーらしく、セイバーと士郎も興味を引かれてアーチャーに少し分けてもらった。
 コリコリしていて不思議な食感。

「次はどこに行こうか?」

 売店コーナーの後は直ぐに出口だった。
 眩しい太陽の光に眼を細めながらセイバーが二人に聞く。

「セイバーの私服を買いに行くのはどうだ? さすがに小僧のお下がりばかりでは不便だろう」
「ああ、確かにそうだな」
「いや、でも、俺は聖杯戦争が終わったら消えるわけだし――――」

 話の流れでつい口が滑った。それまでの和やかな空気が一変し、士郎とアーチャーは急に険しい表情を浮かべた。

「……別に消えるって決まったわけじゃないだろ」
「そうだ。仮に聖杯が使えなくとも、キャスターが居る。あの女は性格にこそ難があるが、極めて優秀な魔術師だ。英霊を受肉させる方法の一つや二つ、容易く思いつく筈だ」
「でも……」

 確かにキャスターが協力してくれるなら、それも可能かもしれない。けれど、そのキャスターが信用ならない。
 あの女のせいで士郎にキスをしたり、迫ろうとしたりしてしまった。悪戯では済まない悪質な行為を平気で行う相手を当てになど出来ない。
 それに、仮に受肉出来たとしても、その後、魔術協会や聖堂教会に付け狙われる可能性もある。そうした場合、士郎にまで危険が及ぶ可能性が極めて高い。
 
「――――この話は止めよう。どちらにしても、勝ち抜かなきゃ、話にならないわけだし……」

 セイバーは話を無理矢理打ち切った。
 どんなに理由を説明しても、この二人は耳を貸さない。
 なら、幾ら問答をしても不毛なだけだ……。

「服の事も追々で良いよ。とりあえず、今日は買出しだけして帰ろう。この時間だと、商店街じゃ売り切れてる物もあるだろうし、この辺のスーパーで買って行こうよ」
「セイバー……」

 怖い表情を浮かべる士郎。セイバーは顔を背けて歩き出す。
 その後を士郎とアーチャーは静かに追った。楽しい時間は急に終わってしまった。
 自分が終わらせてしまった。セイバーは少しだけ、後悔した……。

 買出しを済ませてスーパーを出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

「停戦日とは言え、早めに帰った方がいいな」

 アーチャーの言葉に頷き、セイバーと士郎はバスターミナルへ向う。
 その途中、突然、身も凍るような悲鳴が聞こえた。三人は顔を見合わせてハッとした表情を浮かべる。

「今のって――――」
「あっちだ!!」

 士郎が声のした方向へ走って行く。

「ま、待って、士郎君!!」

 慌てて士郎を追うセイバー。その後をアーチャーも追い掛ける。
 暗い路地を抜け、人気の無い通りに出た。そこに、“奴”は待っていた。

「お前は……――――ッ」

 視線の先で黒い甲冑を纏う剣士が静かに佇んでいる。
 彼女の足下には幼い少女が倒れている。

「……何をした?」

 士郎が怒りを篭めて問う。

「ん? ああ、体を動かす前に軽く栄養補給をしておこうと思ってね」

 そう言って、アルトリアは少女の体を持ち上げた。

「ここに置いておくのも邪魔だな」

 そう言うと、彼女は少女を近くのゴミ置き場に放り投げた。

「――――なっ」

 士郎は彼女の暴挙に怒りを通り越して唖然とした。 
 少女がゴミ袋の上に落ちて漸く我に返り、慌てて駆け寄る。
 
「……あ」
 
 少女は死んでいた。投げられる前に死んでいたのか、投げられた後に死んだのかは分からない。
 ハッキリしているのは少女が目の前の女によって殺されたという事実のみ。

「――――テメェ!!」

 怒り心頭になる士郎の前にセイバーが立ち塞がる。

「駄目だ、士郎君!! 相手はマキリのセイバーなんだぞ!!」
「――――ック」

 セイバーの叱責に士郎は歯を食い縛りながら怒りを押し殺した。

「退がっていろ、二人共」

 その二人の前にアーチャーが躍り出る。

「貴様等では相手にならん。急いでここを離れろ」
「おっと、そうはいかない」

 アルトリアが指を鳴らすと、突然、士郎は吐き気に襲われた。

「――――え?」

 眩暈と共に周囲が赤く染まる。まるで、眼球に血が染み込んでしまったかのように、見るもの全てが赤くなっている。
 
「これは、まさか――――ッ!?」

 セイバーが愕然とした声を発する。

「小僧!! 気を確りと持て!!」

 アーチャーの叱責に意識が切り替わる。

「っ――――すまない、けど、これは何なんだ!?」
「ライダー……」
「え?」

 セイバーの呟きの意味が分からなかった。
 
「それ、どういう――――」

 戸惑いながら、セイバーの見つめる視線の先を見た。
 そこに、女が立っていた。
 倒した筈の女が立っていた。

「馬鹿な……」

 頭の中が疑問で埋め尽くされる。
 視線の先に居るのは間違いなく、自分達が最初に倒したライダーのサーヴァント。そして、その隣には――――、

「しん、じ……?」

 間桐慎二がつまらなそうな表情を浮かべて立っている。

「衛宮……」

 慎二は溜息混じりに呟く。

「言っておくけど、僕は別にお前を殺したいわけじゃない」

 慎二は陰鬱そうに言う。

「今直ぐにセイバーに自害を命じろ。そして、教会に逃げ込め」
「何を言ってるんだ……、慎二?」
「愚鈍な奴は嫌いだ。繰り返させるなよ。今直ぐにこの戦いを降りろ。アルトリアの目的もアーチャーと聖杯だけだ。お前が戦いを降りるなら、わざわざ息の根を止めるような真似はしない」

 アルトリアとライダーは慎二の意向に従っているらしく、襲って来る気配を見せない。

「……それは出来ない」
「……あ?」

 慎二は険しい表情を浮かべる。

「お前はどこまで馬鹿なんだ? キャスターを引き入れたくらいで、アルトリアをどうにか出来るとでも思ってるのか? 言っておくけどな、お前達のサーヴァントが幾ら束になって掛ろうがこいつには敵わないんだよ。こいつは正真正銘の化け物なんだ。街で攫った女達の魂を喰らって、魔力も充実してる。ここで降りなきゃ、お前は死ぬしかないんだぜ?」
「……慎二。お前が俺の為に言ってくれてるんだって事は分かる。だけど、駄目だ。俺は絶対にセイバーを死なせない。それに、人喰いを行うソイツを放っておく事も出来ない」
「……ああ、そうだよな。お前って、そういう奴だよな。本当に馬鹿で愚鈍で……、面倒な奴だよ」
「悪いな……」

 士郎の言葉に慎二は鼻を鳴らす。

「まあ、いいさ。運良く生き残ったら、教会に放り込んでやるよ」

 そう言って、慎二はアルトリアに視線を向ける。

「待たせたな」
「――――いや、構わんよ。待ち侘びた瞬間を前に、心が高揚しているからな。だが、邪魔はするなよ?」
「ああ、分かってるさ。ライダーに手は出させない。好きなだけやれよ。どうせ、勝つのはお前なんだろうし」
「いやいや、分からんぞ。このアーチャーは中々の手練だからな」

 アルトリアはそう言うとアーチャーに視線を向ける。

「――――前回は中途半端に終わってしまったからな。今宵は決着をつける為に特別な舞台を用意した」
「……今日は停戦日の筈だが?」
「関係無いな。所詮、ペナルティーと言えど、令呪やマスターの私財の没収程度だろう? 私には関係が無いし、慎二も了承している」
「貴様のマスターは間桐臓硯だと思っていたが?」

 アーチャーが言うと、何がおかしいのか、アルトリアはケラケラと笑った。

「生憎、私にマスターは居ない。臓硯とは単なる協力関係に過ぎん。奴に私を縛る事など出来んよ」

 そう言うと、アルトリアは士郎とセイバーを見た。

「我が写し身。そして、その主よ。お前達も無粋な真似はしてくれるなよ?」

 狂気に彩られた眼差しに士郎とセイバーは眼を剥いた。

「……アーチャー」

 士郎がアーチャーに声を掛ける。すると、彼は普段と違い、実に楽しそうな声で応えた。

「奴の言う通りだ。無粋な真似はせず、お前達は被害の及ばぬ場所に避難していろ」
「で、でも――――」

 セイバーが声を掛けようとすると、アーチャーは振り向いた。
 その顔を見た瞬間、セイバーと士郎は呼吸が出来なくなった。
 そこに浮んでいたのは狂気的なまでの憎悪を孕んだ殺意。

「邪魔をするな、と言ったんだ。この女はオレが殺す」

 そのアーチャーの言葉にアルトリアは恋する乙女のように頬をほころばせた。

「貴様の殺意……、実に良い。お前が何者なのかは知らぬ。だが、今の私の頭の中はお前の事でいっぱいだ。ああ、これが恋というものなのかな?」
「――――戯言を弄するな……、と言いたい所だが、奇遇だな。私の頭の中もお前の事でいっぱいだよ」

 アーチャーは言う。

「お前を殺す事を今日まで夢見て来た。こんな機会が巡ってくるとは夢にも思わなかったが、オレは今、歓喜しているぞ」
「……最高だな。ならば、見せてみろ。お前の殺意の全てを!!」
「ああ、見せてやるさ。お前を殺す為だけに重ねた全てを!!」

 二人は互いに唇の端を吊り上げる。殺意と殺意がぶつかり合い、大気を軋ませる。
 セイバーは恐ろしかった。二人の殺意が……、では無い。この戦いの果てに待ち受けるものに恐怖した。

“とても怖い夢を見た。とても長くて、苦しい夢を見た”

 二人の騎士は互いに刃を構える。浮かべるのは双方共に笑み。

「さあ、決着をつけようか、アーチャー」
「ああ、決着をつけよう、アーサー王」

第二十四話「ああ、決着をつけよう、アーサー王」」への4件のフィードバック

  1. アーチャーの憎悪…。
    エミヤシロウにとっての「アーサー王」が原作とは決定的に異なっている…?

    • 次回で漸くアーチャーについて語られます(∩´∀`)∩
      彼の剣技やエクスカリバー・イマージュ、凜が見た夢、アーチャーの言動
      それらの真相編……長かったです(*´σー`)ノ次話でいよいよ物語は終盤に入ります。

    • いよいよ終盤に向けてのターニングポイントに差し掛かりました(∩´∀`)∩
      それぞれの思惑が絡み合い、ゴールに向って突き進みます。
      アーチャーが何を思い、何を為すのか、今後ともお付き合いくださいませ・w・ンシ

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