第五話「高みの見物」

 今の私はとっても幸せだ。生前は妹への仕送りで自分が使う分のお金を殆ど持っていなかったから、贅沢というものが全く出来なかった。生まれ変わってからも新しい家族はジャンクフードや大衆向けのお菓子を軽蔑していたから食べられなかった。
 今、私は夢にまで見た生活を送っている。おじさんは私が欲しい物を何でも用意してくれるのだ。ポテチにポッキー、アイスクリーム。好きな時に好きな物を好きなだけ食べられる幸せを私は噛み締めている。
 聖杯戦争が終わったら、遊園地に連れて行ってくれる約束もしてある。遠坂家に帰っても、また養子に出されるだけだから、一緒に海外を回る約束もした。その為の下準備もキャスターが協力してくれたおかげで既に終わってる。つまり、魔術師としてではなく、一般人として過ごすための準備だ。
 これは敵に隠れて潜伏する為にも必要な処置で、偽装を施すアクセサリー型の魔術具を身に着けるだけで良いというお手軽さ。彼女はこうした道具を作る事が得意みたい。他にも実を守るためのものや日常生活を送る上でも有用な道具を幾つか作ってくれた。
 未来は明るい。順風満帆な生活を送れる。青春を取り戻す事が出来る。

「幸せになりたいな……」

 生活に余裕が出来たら、こっそりお姉ちゃんに会いに行きたい。なっちゃんとは無理だったけど、彼女とは仲の良い姉妹として付き合って行きたい。
 彼氏も欲しい。不特定多数の男じゃなくて、私を一人の女としてキチンと愛してくれる素敵な人に出会いたい。その為にも今は私に出来る事を頑張ろう。何が出来るかは分からないけどね。

「それにしても、ポテチ美味しいな」

 でも、一人だと味気ないな。おじさん達はジッと水晶玉と睨めっこしてる。
 ポテチの袋を片手に彼らの下に向かう。アニメはオタクなお客さんと一緒に――エッチもせずにお金だけもらって――解説してもらいながら見たけど、正直、あんまり詳しい設定や魔術とか戦いとかにも詳しいわけじゃないから、口出ししたりは出来ない。けど、一人除け者状態で居るより、向こうで一緒に分かった振りをしながら一緒に居た方がポテチも美味しい筈。

「わーお!」

 キャスターが用意した水晶玉に映る映像は実にカッコ良かった。我らがセイバーとランサーが戦ってる。下手な映画より迫力満点。頑張れ、セイバー! 負けるな、セイバー!

 第五話「高みの見物」

 キャスターが水晶玉を通して見せてくれた光景に言葉が出なかった。海辺の倉庫街が更地になってしまったのだ。被害総額は一体幾らになったのだろう。そんな風にどうでもいい事を考えて現実逃避しそうになるくらい、アーチャーのサーヴァントが起こした破壊の爪痕は凄まじいものだった。
 放たれた爆弾は三つ。いずれも刀剣を細く伸ばし、ムリヤリ矢に仕立てたような形状。それらは全て、宝具だった。宝具には膨大な魔力が篭っている。それを一気に解き放つ事で破壊を生み出す『壊れた幻想』という名の奥の手がこの惨状を作り上げた。
 普通なら、そんな真似をするサーヴァントは居ない。宝具とは一人につき一つか二つ、多くても五つか六つが限度なのだ。自らの切り札であり、英雄としての自身の半身を使い捨てるような行為。後にも戦いが続く事を考えれば愚行以外の何者でもない。
 だけど、だからこそ、その破壊力は凄まじいの一言。広大な面積を誇る倉庫街を鉄屑一つ残さず更地にするなど、戦略兵器の域だ。

「――――ライダーの逃走によって、全員の意識が一点に集中した隙を衝いての攻撃。見事としか言いようがありませんね」

 さっきまで、水晶の向こうに居たセイバーが現場で感じた事を報告してくれている。

「だが、誰一人脱落しておらん」

 相変わらず仮面を被ったまま、キャスターが言う。
 そう、アーチャーの攻撃はサーヴァントを一人も脱落させられずに終わったのだ。セイバーを含め、全員があの場からの離脱に成功していた。

「でも、意味はあったと思うよ? 皆揃って、令呪を使わされちゃったんだから」

 ポテトチップスのコンソメ味をポリポリ食べながら桜ちゃんが言う。
 地獄のような日々から解放され、キャスターによる処置も終わり、健常な肉体を取り戻す事は出来たが、幼い彼女にとって、あの日々が刻みつけた心の傷を癒やすには時間が必要な筈。
 出来れば、たっぷりと贅沢させてあげたい。こんな戦いから遠ざけて、子供らしく遊園地なんかに連れて行ってあげたい。幸か不幸か臓硯の財産を丸々奪う事が出来たから、金なら幾らでもある。だけど、彼女は戦うと言った。助けてくれたキャスターに恩を返したいと言う。俺も同じ気持ちだけど、だからと言って、彼女を危険に晒す事が実に心苦しい。
 キャスターは悪い奴では無いと思うけど、放任主義らしく、マスターを辞めるも続けるも桜ちゃんの意思に委ねると言った。キャスターならば桜ちゃんをマスターから降ろす事も代わりのマスターを手に入れる事も容易いとの事。だけど、決して彼女に何かを強要する気は無いらしい。それは主を守り切り、勝利出来ると確信しているから……。

「此方も含めて……、だがな」

 仮面の奥で舌を打ち、キャスターは水晶に手をかざす。すると、そこには紅の装束を纏ったサーヴァントの姿が映る。

「まあ、目的を達成出来た上にアーチャーを捕捉出来たのだ。良しとしておこう」

 キャスターは水晶に映る映像を次々に切り替えていく。そこにはランサーの姿やライダーの姿、そして、アーチャーの姿がある。

「これで、残るはアサシンとバーサーカーのみ……」
「キャスター」

 思案に耽るキャスターにセイバーが声をかけた。

「あのライダーを庇ったサーヴァントは一体……」

 彼の言葉に自らをヘファイスティオンと名乗った謎のサーヴァントの顔を思い出す。
 確か、ランサーは彼を英雄神と呼んだ。

「英雄神・ヘファイスティオン。確か、征服王・イスカンダルの腹心だったか……。奴にはクラスが存在しなかった。クラスは英霊をこの世に留める為の憑り代。それを必要としないとなると、考えられる可能性は三つ」

 キャスターは指を三本上げて言う。。

「一つは受肉を果たしている可能性。だが、それなら見て分かる。これは違うな」

 指を一本折り曲げて、キャスターが続ける。

「もう一つは聖杯戦争のシステムとは別の方法による召喚を行った可能性。無くは無いだろうが、可能性は低いだろう。となると、やはり最後の可能性」
「それは?」

 セイバーが問う。

「ライダーの能力に関係している。それが一番妥当だな。つまり、『英霊を召喚する』というスキルか宝具を奴が保有している可能性だ」
「そんな事があり得るのか!?」

 驚きに目を見張るセイバー。キャスターは肩を竦める。

「知らん。だが、可能性は零じゃない。そもそも、サーヴァントの宝具とは生前に実際使っていた武器や能力ばかりじゃない。その英霊に纏わる伝承や逸話……。つまり、人々が持つその英霊に対する想念が結晶化した宝具も存在する。そもそも、お前の宝具など、一時的に保有していただけの物だろう? それを持ち込めた理由もそこにある」
「なるほど……。つまり、元を正せば全ての宝具は人々の想念によって編まれたものだと?」

 セイバーは腰に提げている聖剣を撫でながら問う。キャスターはコクリと頷いた。

「そういう事だ。実際に使っていたから宝具となったわけではない。人々の記憶にその英霊の武器がソレなのだと明確に刻まれているからこそ、ソレはその英霊の宝具となったに過ぎない」
「では、ライダーの宝具は……」

 セイバーの言葉にキャスターが頷く。

「奴は征服王。様々な地を征服しては自らの支配下に置いた。領地も人も……。そうした、奴の生前の在り方が結晶化した宝具だとしたら、あのサーヴァントの存在にも納得がいく」
「嘗て、支配下に置いたモノを宝具として扱えると……?」

 戦慄の表情を浮かべるセイバーにキャスターは曖昧に頷く。

「さすがに何から何まで宝具かしているわけでは無かろう。ヘファイスティオンと言えば、奴と恋仲であったと噂される程、奴と親しかった男だ。そうした身近な存在を呼び出せる程度だろう。まさか、自らが支配した領地や財宝、果ては人まで宝具として使えるとなったら、それはもはやサーヴァントの域を超えている」
「……だが、最悪の状況を考慮しておいた方が良いだろう。キャスター。君はどこまでならあり得ると思う?」

 セイバーの問いに対してキャスターは答えた。

「どれか一つ。財宝か、領地か、人。そのどれか一つなら、あり得ないとも言い切れぬ。特にあのアーチャーを見た後ではな……」

 キャスターの言葉にセイバーの表情が陰る。

「あのアーチャーはそのいずれかを保有していると?」
「可能性の話だ。水晶越しだった上、一瞬の事だった故、仔細には分からなかったが、あのように宝具を使い捨てる真似が出来るとなると、宝具を複数所持している可能性が高い。武器を単体として使い捨てられる程の量を保有しているとは考え難いが、宝具に匹敵する武具を収めた蔵を持っているとしたら話は別だ」
「……まさか、そんな事が」
「無いとは言い切れないという話だ。王侯貴族ならば、それぞれの象徴となるようなコレクションがあったとしても不思議では無いし、それを収めた蔵が宝具となってもおかしくない。まあ、数里先から矢を射るなどという離れ業を可能とする者はその中でも少数だろうから、そこから奴の正体を割り出す事は可能かもしれん。そうすれば、自ずと奴の弱点も分かる筈だ」

 キャスターは仮面の向こうでほくそ笑む。

「如何に反則的な宝具を保有していようと丸裸にして滅ぼしてくれる」

 そう言って嗤うキャスターはまさに傾国の魔女という感じで少し怖かった。未だに彼女の真名は教えてもらえずにいるけど、多分、そうした悪女の類なのだろう事は分かる。少なくとも聖女の類では無いだろう。

「何はともあれ……、ライダーとランサーの真名を掴めたのは大きい」

 フィオナ騎士団随一の騎士・ディルムッド。そして、マケドニアの征服王・イスカンダル。共に難敵だが、キャスターには勝利の算段がある程度出来ているらしい。表情は分からないが、その声には自信が漲っている。

「これからどう動くんだ?」

 一応、確認の為に聞いておく。俺に出来る事なんて何も無いだろうけど、彼女が何をするつもりなのか、全く知らないというのも格好がつかない。

「まずは情報収集に専念する。バーサーカーはともかく、アサシンを捕捉する事は至難だろうから、そちらを重点的に調べていくつもりだ。セイバーには何度か出向いてもらうつもりだが、しばらくは息を潜めるとしよう。敵は六体も居るのだ。潰し合って、数が減った頃を見計らって動けばいい。それまでに情報収集を終え、一気に弱点を攻めて滅ぼし、勝利する。簡単だろう?」

 キャスターは敵を六体と言った。つまり、セイバーも彼女にとってはあくまで敵の一人という認識のままなのだ。セイバーもそれを察してか表情を引き締めている。
 俺は聖杯に願う事など無い。故に手に入れる必要も無いけど、セイバーは違う筈。勝利したとしても最後は残酷な運命が待ち受けている。聖杯戦争が殺し合いである以上、仲間である二人が殺し合うという結末を避ける事は出来ない。
 ああ、なんて残酷な戦いなんだろう……。

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