第十話「犬のように傅かせてあげる」

 最期の一人だったらしい。それまでと違い、アサシンは血を噴出す事も無く、光の粒子に変わった。とても残念だ。
 命は一度失われると二度と甦らない。当たり前の事を実感し、涙が出た。
 もっと、彼等の恐怖の悲鳴を聞きたかった。もっと、彼等の苦痛に歪む顔を見たかった。

「ああ、もっと、殺したかったのになー」

 遠坂邸を見上げる。

「まあ、いっか……。遠坂時臣さん! 居ますよね? 一分以内に出てきて下さい! じゃないと、宝具を撃ち込みますよー! 神秘の秘匿とかの為に大人しく出て来てもらえませんかー?」

 エクスカリバーを振り上げながら叫ぶと、しばらくしてから玄関の扉が開いた。
 
「……セイバー」

 外の惨状は目にしていた筈だけど、彼の瞳に恐怖の色は見えない。
 涎が出そうになる。アサシン達も決して悪い素材じゃなかったけど、所詮は十把一絡げ。どいつもこいつも反応が似たり寄ったりだった。
 けど、この人なら新鮮な死に様を見せてくれるかもしれない。

「……素敵」
「……は?」
「顔も良いし、俺を前にしても臆さない姿勢がとってもグッドだよ、時臣さん。とっても、殺し甲斐がありそうだ」

 口元が歪む。彼を殺せる機会を得られた事に歓喜している。
 まずは裸に剥いてみよう。陰茎を切り落としたら、この美丈夫の顔がどう歪むのか楽しみで仕方が無い。
 目玉をくり貫き、舌で味わってみたい。皮膚をまるごと剥いでみたい。

「うーん、迷うなー。折角なら、屈辱に塗れた顔とかも見てみたいしー」

 お尻の穴に手でも突っ込んでみたら、どんな顔をするかな? 喘ぎ声とか出してくれたら最高。
 母親や娘の前で尻を弄られ喘ぐ父親とか素敵だと思う。
 屈辱を与え終わったら、目の前で母子を出来るだけ残酷な手口で殺し、絶望を与えてみよう。
 自分から殺してくれって、懇願して来たらどうしようかな?

「アハハ、夢が広がるー」
「……貴様、狂人の類か」

 恋する乙女のように頬を赤らめる俺に対して、時臣さんが顔を歪める。そんな顔もとっても素敵だけど、ちょっとつれないと思う。

「狂人なんかじゃないよー? だって、俺は王様だもん。民は等しく王の玩具なんだから、君だって、俺を愉しませる為に体を張らなきゃ駄目なんだよー?」

 腰に手を当てて叱り付ける。教育はしっかりしないといけないよね。

「……話にならんな」
「えー、もっと、お話しようよー。殺す前に君でどうやって遊ぶか悩んでるんだー。ちょっとずつ、君の指とか腕をスライスして、君自身に食べてもらうってのはどうかな? あとあとー、駅前の広場で犬と公開セックスとかどう? いやいや、両腕両脚を捥いで、冬木市のオブジェにするっていうのも捨て難いかなー」

 夢いっぱいの空想に笑みが零れる。
 お腹を抱えて笑っていると、一台の自動車が遠坂邸の門の内側へと入り込んで来た。
 
「ま、まさか――――」

 時臣さんの表情が驚愕に歪む。
 自動車から出て来たのは切嗣さん――――に、良く似たホムンクルス。彼は車内から時臣さんの妻と娘を乱暴に取り出して地面に放り投げた。
 口をガムテープで止められているせいか、二人はくぐもった悲鳴を上げるのみ。

「……遠坂時臣。此方からの要求は一つだ。令呪を使い、アーチャーに自害を命じろ」
「何を馬鹿な……」

 銃声が鳴り響く。葵と凛はくぐもった悲鳴をあげる。
 物足りなさを感じるものの、これはこれで悪くない気がする。

「イエスかノーかで答えろ。イエスならば、令呪を使え。それで、母子は解放する。ノーならば、母子を殺す。さあ、どっちだ?」

 ちょっと、ワクワクする。時臣さんがどんな表情を浮かべるのか気になる。
 
「……質問の意図が分からんな」
 
 予想外の答えに目を丸くする。
 時臣さん。意外と物分りが悪い人なのだろうか?

「令呪でアーチャーに自害を命じろと言ったんだ。さもなければ、遠坂葵、遠坂凛の両名を殺す」

 ホムンクルスが強い口調で言う。
 すると、時臣さんは令呪を掲げた。どうやら、漸く理解してくれたらしい。
 まあ、アーチャーを殺したら、皆殺しにする予定なんだけど……。

「令呪を持って、奉る。英雄王よ、我が眼前の敵を排する為に御助力を」

 膨大な魔力が時臣の腕から噴出し、黄金の輝きが彼の前に顕現する。

「……御無礼を働きました事、深くお詫び申し上げます」

 現れたアーチャーに、時臣さんは平伏する。

「我を令呪などで強制的に呼び付けた事は不快だが、まあ、良い。薄汚い鼠とは言え、見栄え自体は悪くない。手癖の悪い女を躾けるのも男の甲斐性というものだ」

 アーチャーが俺に熱い眼差しを向けて来る。
 時臣さん以上に美味しそうな男だ。屈辱を与え、憐れな命乞いをさせてみたい。
 エクスカリバーの柄に力を篭めると、銃声が鳴り響いた。
 遠坂葵の頭部から血があふれ出し、体が痙攣している。
 
「……次は遠坂凛を殺す。アーチャーが彼女を救出するより、僕が彼女を殺す方が早いぞ」

 そう言って、ホムンクルスは遠坂凛の口を覆うガムテープを引き剥がした。
 母を失った悲しみとガムテープを剥がされた痛みと次は自分であるという恐怖に彼女は涙を流す。

「お父様……」
「……分からんな」

 時臣さんが言う。

「何故、凛を救出する為に聖杯戦争を降りなければならんのだ?」

 実に不可解だと彼は首を傾げる。

「……この娘はお前の後継者だろう?」
「その通りだ。だが、この状況では優先順位というものが発生する」
「優先順位……?」

 銃口を遠坂凛に向けながら、ホムンクルスが問う。
 凛は目を大きく見開きながら父を見ている。
 アーチャーはつまらなそうに事の成り行きを見ている。
 俺もちょっと退屈になって来た。

「最優先は聖杯を遠坂が取る事だ。現状、私は聖杯に手が届く位置に居る。ならば、後継者よりも私自身の命と聖杯戦争の参加資格を優先するのが当たり前だ」
「……娘を見殺しにすると言うのか?」
「ああ、その通りだ。凛も魔術師の娘であるなら理解している筈だ。何をもっとも優先すべきなのか……、そうだろう? 凛」

 時臣さんの視線を受け、遠坂凛は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら頷いた。

「その通りです!!」

 叫ぶ凛にホムンクルスはギョッとした表情を浮かべた。
 俺とアーチャーも彼女を見て、僅かに目を見開く。退屈と思っていた時間が急激に色を取り戻した。

「今、もっとも重視すべきはお父様の命!! そして、お父様の参加資格です!! だから……、アーチャー!!」

 遠坂凛がアーチャーを見る。

「……なんだ?」
「さっさと、この男とセイバーを殺しなさい!! 負けるなんて許さない。アンタはお父様に勝利を捧げるのよ!!」

 自分の命が危機に晒されていると言うのに、遠坂凛はそう言った。
 時臣さんとは比べ物にならない美しさをその少女に感じた。涙が顔にこびり付いているが、それはさっきまでのもの。
 今の彼女は泣いていない。己の運命を受け入れている。

「……凛。英雄王に対し、そのような物言いは」

 そんな彼女とは反対に時臣さんは実につまらない事を口にした。

「……凛と言ったな?」

 アーチャーが凛に言葉を掛ける。

「そ、そうよ。アンタのマスターの娘よ」

 睨むように見え返す凛にアーチャーは笑みを浮かべた。

「お前にとって、もっとも優先すべき事は何だ?」
「お父様の命よ!! 決まってるでしょ!!」
「そうでは無い。それは過程だろう? お前が最優先にすべき事は違う筈だ」
「……何を言って」
「聖杯を取る。それが時臣と貴様、双方が最も優先する目的な筈だ」

 キョトンとした顔で「あ……」と口にする凛にアーチャーは笑った。

「さあ、もう一度申してみよ。貴様の最優先すべき事は何だ?」
「聖杯よ!! 聖杯を手に入れる事!!」
「ならば、その為に何もかもを犠牲にする気概はあるか?」
「あるわ!! 遠坂が聖杯を手に入れられるなら、私自身の命だって、惜しく無い!!」
 
 その言葉と共に地面から一本の槍が飛び出した。狙いはホムンクルス。銃を撃つ間も無く、彼は消し飛ばされた。
 同時に鎖がアーチャーの蔵から伸びて、凛を捕獲する。凛を捕まえたアーチャーは言った。

「気に入ったぞ、娘」

 凛を地面に降ろすと、アーチャーは何を思ったか、短剣を時臣に渡した。

「え、英雄王……、娘を救って下さり感謝致します。ところで、これは……」
「自害しろ、時臣。自らの腹をそれで割くのだ」

 そんな素敵な提案をした。
 目を丸くする凛を尻目に彼は言う。

「貴様との契約はここまでだ。だが、己のサーヴァントに裏切られて死ぬというのも哀れだからな。自らの意思でその命と契約を断つが良い。それが英雄王の慈悲である」
「……しかし」
「案ずるな。聖杯は貴様の娘にくれてやる。我はこの娘を気に入ったからな」

 快活に笑って言うアーチャーに時臣は視線を凜に向ける。

「お、お父様……」

 首を振る凛に時臣は言った。

「……これも運命か。凛、聖杯を必ず遠坂の物としろ」
「だ、駄目、お父様!!」
「後の事は綺礼に任せる。彼を頼れ!!」

 時臣はそう言うと、自らの腹に短剣を突き立てた。
 凛の悲鳴が響き渡る。
 
「え、英雄王……」
「なんだ?」
「どうか、凛に聖杯を……」
「ああ、任せておけ、時臣。最後の最後で貴様は我の期待に応えた。故、貴様の願い、聞き入れよう」

 時臣の体が崩れ落ちる。
 命が終わる。勿体無い……。

「どうせ、捨てるなら俺にくれればいいのに」
「ッハ、貴様如きには上等過ぎるわ、戯け! 身の程を弁えよ」
 
 アーチャーは時臣の体に火を放った。
 凜は顔を歪めながらアーチャーを睨む。

「……許さない」
「ほう? ならば、どうする。我を殺すか?」

 からかうように問うアーチャーに凜は首を振った。

「アンタを殺したら聖杯が手に入らない。だから、アンタをこき使ってやるわ!!」
「ほう、我をこき使うと?」
「使い潰してやるから覚悟なさい!!」

 アーチャーは腹を抱えて笑い出した。

「な、何よ!?」
「いや、この我に対して、そのような啖呵を切った女は貴様が始めてだ。良かろう!! やれるものなら、やってみろ!! この英雄王を使い潰せるというのならばな!!」

 そう言って、アーチャーは俺を見据える。

「さて、待たせたな、セイバー。今宵は気分が良い。我が本力をもって、貴様を躾けてやるとしよう」
「……俺を躾ける? 違うよ。俺が君を躾けるんだ、アーチャー」

 時臣で遊べなかった事は非常に残念だったけれど、まだ、彼が居る。
 時臣さんよりも美しい顔。プライドに満ちた心。歪ませてみたい。

「男に屈服する悦びを教えてやろう」
「犬のように傅かせてあげる」

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