第五話「たっぷり愉しませてもらうぞ」

 切嗣さんから連絡が入ったのは夜分遅くの事だった。

『遠坂凛が禅城の屋敷を出て、単独で冬木に向かった。どう見る?』
「……我々の動きに勘付いた遠坂時臣による何らかの罠。あるいは、子供特有の好奇心に身を任せた暴挙。どちらにせよ、接触は禁物かと。此方での監視は俺に任せて下さい」
『分かった。可能性として高いのは前者だ。気をつけてくれ』
「了解です」

 インカムを外すと、俺は唇の端が吊り上るのを止められなかった。
 遠坂凛が冬木に入った。間桐雁夜が居ない以上、彼女は必ずキャスターと接触する。誰にも、キャスターと雨生龍之介の邪魔はさせない。彼等のアートが歓声するまでは……。

「現在時刻は22:15か……。さて、良い報告を期待しているよ?」

 既に指示は出してある。

『セイバー様。遠坂凛の補足に成功致しました』
「わかった。そのまま、監視を続けろ。ただし、決して手を出すな。場所は?」
『A5よりやや南。カフェ・ブラウンの前を通りました』

 待機はここまでだ。俺の計画で最も警戒すべきは他の陣営の介入。特にアサシンに捕捉されれば、遠坂凛の冒険はそこで終わってしまう。無事に保護される結末は俺にとって最悪だ。
 彼女にはアートになってもらわなければ困る。だから、俺も打って出る。万が一、彼女の冒険を阻害する者が居た場合、最悪、戦闘行為も辞さないつもりだ。
 ポルシェ959に乗り込み、遠坂凛を捕捉した場所に向かう。

 深山から新都に入り、しばらく走っていると、無線から報告が入った。

『遠坂凛が何者かに捕縛されました』
「サーヴァントか?」
『恐らく……。道化師のような装いの男です。遠坂凛の他にも子供を数人引き連れています』

 歓喜に胸が躍った。

「引き続き、周囲に気を配りつつ監視を続けろ。恐らく、そいつが最後のサーヴァント、キャスターに違いない。拠点を探るんだ」
『了解』

 報告のあった方へ車の進行方向を向ける。
 正直、不安があった。俺と遭遇しなかった事でキャスターの動きに変化が起きる可能性を懸念していた。けれど、彼は真面目に幼児誘拐を実行してくれた。
 遠坂凛を含め、これから犠牲になる子供達には悪いが、まあ、運が悪かったと思って諦めてもらおう。

『キャスターが子供達を連れて地下水道に降ります』
「追跡は続行可能か?」
『……困難かと思われます。どうやら、簡易的な結界が張られているようですので……』
「わかった。なら、そこまででいい。それで、発信機は?」
『問題無く作動しております』

 そうだ。追跡なんて出来なくても良い。遠坂凛の服に擦れ違いざま、発信機を取り付かせるよう指示を出しておいた。成熟した魔術師相手には通用しなかっただろうが、相手は所詮子供。服の死角部分に小さな機械を取り付けられても気付かないだろうと思ったが、案の定だ。
 これで、キャスターの拠点を補足出来る。

『目標が停止しました。マップによれば、貯水槽がある場所のようです』
「オーケー。俺達も地下水道の入り口に到着した。これから―――-ッ」

 どうやら、順調なのはここまでのようだ。上空を見上げると、謎の飛行物体がやって来るのが見える。

「ライダー……」

 ルール変更が起きたわけでも無いのに……。
 大方、停滞した状況を打破する為に小説通り、川を調べたのだろう。だが、まさかこのタイミングで来るとは思わなかった。
 このままではキャスターがライダーに倒されてしまう。子供を陵辱していた外道をライダーとウェイバー・ベルベットが捨て置くなどあり得ない。
 それは困る。彼等には遠坂の目を牽き付けてもらわなければならない。その為にも、彼等にはここを離脱してもらう他無い。

「……俺の存在に勘付いたらしい。迎え撃つから、君達はA7で待機していてくれ」
「了解」

 俺が外に出ると、アイリと切嗣が頷いて車を走らせた。
 体に震えが走る。最悪、ライダーと戦う事になるかもしれない。サーヴァントと実際に刃を交えるのはこれが初めてだ。いや、そもそも、人に刃を向ける事自体が初めてだ。
 泣きそうになる。正直言って、怖くて仕方が無い。だけど、弱音なんて吐いてる暇は無い。

「……来い、ライダー!」
「AAAAAAAALaLaLaLaLaLaLaLaLaLaie!」

 雷を纏う戦車に跨るライダーとウェイバー。
 二人は地下水道の前に立つ俺に目を丸くした。

「ま、まさか……、本当に?」

 ウェイバーは口をポカンと開けて言った。

「サーヴァントが居た!?」
「ハッハッハ! お手柄だぞ、坊主! やるではないか! さすがは我がマスターよ」

 主の背中をバシンと叩き、ライダーは豪快に笑う。褒められたウェイバーはと言うと、青い顔をしている。

「どうした?」
「……いや、あれって……、セイバーだよな?」

 どうやら、待ち受けていたのがセイバーのクラスだった事が予想外だったらしい。その顔には恐怖の感情が浮んでいる。

「うむ! あのいでたち、キャスターやアサシンではあるまい。ならば、残るはセイバー! だよな?」

 ライダーは確信に満ちた声で言う。隠した所で意味は無いだろう。

「如何にも、俺がセイバーだ。どうやら、君達も目的は同じらしいな」

 慎重に言葉を選びながら言う。

「目的?」

 首を傾げるライダー。

「ああ、キャスターの根城を探しているんだろ? どうやって突き止めたか知らんが、お前の能力か?」
「いやいや、余では無く、この坊主の手柄よ!」
「ほう……」

 俺はわざとらしくならないように称賛の眼差しをウェイバーに向けた。

「なるほど、優れたメイガスのようだ」
「いや、まだまだ未熟者よ!」
「成長途上というわけか……、末恐ろしいな」
「ハッハッハ! べた褒めされておるぞ、坊主!」
「……いや、その」

 顔を真っ赤にするウェイバーにちょっと頬が緩んだ。

「それで、ここがキャスターの根城と言ったな?」
「そうだ。キャスターらしき存在がここから地下水道に入ったと、俺のマスターの協力者から報告があった。何を企んでいるかは知らんが、キャスターは時間を経れば経るほど厄介なクラスだ。早急に始末したい」
「なるほどな。ところで、一つ聞きたい事があるんだが……」
「なんだ?」
「一昨日の倉庫街。あの宝具は貴様のものか?」

 殺気に満ちたライダーの問い。虚言は許さぬという意思が篭められている。
 怖い。今直ぐ逃げ出したい。けど、優先すべきはキャスターの逃亡までの時間稼ぎだ。

「……そうだ。俺がやった」
「そうか……。いや、別に責めるつもりは無い。あの攻撃は非常に理に叶ったものだった。だが、もう一つ聞きたい」
「……なんだ?」
「余の呼び掛けは聞こえておったのか?」

 その問いに首を振った。

「いや、聞こえてない。君が何かを叫んでいるのは望遠鏡を使い見ていたが、音まではな……。生憎、口の動きから言葉を読む技術も持っていないんだ」
「なるほどな。ならば、仕方が無い!」

 ニッと笑みを浮かべて言うライダーにウェイバーが掴み掛かった。

「何言ってんだよ!? コイツが僕達を殺そうとした張本人なんだぞ!?」

 激昂するウェイバー。気持ちは分かる。何せ、彼は俺の宝具で命を落としそうになったのだから。

「何を言っておるか」

 ライダーは穏やかな口調で言った。

「その窮地は坊主の機転で脱せられたではないか。余はあの時のお前さんを高く評価しておる。中々、出来る事では無い。その証拠に他の連中は令呪で離脱する事が出来ず、宝具に呑み込まれたではないか」
「そ、それは……、ただ、怖くて、それで……」
「卑下する必要は無い。こうして、キャスターの根城を発見したのもお前さんの力による成果だ。余は実に誇らしいぞ!」

 ライダーがウェイバーの背中を叩く。ウェイバーは半泣きになりながらライダーに文句を言うが、恐らく、半泣きの理由は痛みばかりでは無いだろう。

「許せとは言わないよ、ライダーのマスター。これは戦争だ。だから、勝機と見れば殺す。あの時、複数のサーヴァントが一箇所に集まっていた上、俺の宝具の射線上に民間人は存在せず、放った先は海上だった。これ以上無い状態だった」

 つい、口数が多くなる。まるで、言い訳をしているみたいだ。

「……死ぬのが怖いなら、教会に保護を求めて脱落しろ。それが嫌なら、俺を含め、敵を皆殺しにしろ。どんな手を使ってでもだ」
「……あ、え……」

 途惑うウェイバーの背中をライダーが叩く。

「シャキッとせんか、小僧! セイバーはこう言っておるのだ。戦場に立ったなら、殺し殺されるのは必定。それが嫌なら尻尾を巻いて逃げろ。そうでないなら、グチグチ言うなって事だ」
「わ、分かってるよ! い、言われなくても分かってる! この戦いが殺し合いだなんて事、最初から……分かってたさ」

 俯いて、肩を震わせるウェイバーに俺は思わず声を掛けた。

「君は若い。逃げて、未来に生きるのも一つの選択だ。とても、勇気の要る選択だが、君は将来必ず大物になる」
「う、うるさい!」

 ウェイバーが叫んだ。

「ボ、ボクは自分で決めてこの戦いに参加したんだ! お、お前なんかにとやかく言われる覚えはない!」
「……そうか、すまなかった。君の覚悟を侮った非礼を詫びる」
「い、いや……その……」

 口篭るウェイバーに思わず笑ってしまった。彼は見ていて実に面白い。
 さて、そろそろ時間稼ぎは十分かな?

「……ん? どうした?」

 ウェイバーがポカンとした顔で俺をジッと見つめている。

「い、いや、何でも……無いです」

 俯いてしまった。どうしたんだろう?

「体調が悪いなら、ここで退いておけ。魔術師の英霊の工房だ。何があるか分からない」
「い、いや、行く! 行くに決まってるだろ! ボクはその為に来たんだ」
「……重ね重ねすまない。なら、一時的に休戦協定を結ばないか?」
「休戦……?」
「ああ、キャスターの根城を探索するまでの間だ。さすがに、ここで君達とやり合えば、キャスターを逃がしてしまう恐れがあるからね」

 まあ、とっくに逃げてると思うし、その為に話を引き伸ばしたんだけど……。
 戦わずに済むならそれに越した事は無い。やはり、刃を交えるのは怖い。

「無論、中に入ったら俺も君を護る為に全力を尽くす。どうかな? えっと……、」
「ウェ、ウェイバーだ。ウェイバー・ベルベット」
「では、ウェイバーと呼ばせてもらうよ。良い名前だ」
「……ぅっく、とにかく、さっさと行くぞ!」

 声を荒げるウェイバーにライダーが噴出した。

「お前さん、中々のやり手だな」

 クククと笑うライダーに曖昧な笑みを返す。こんな事で篭絡出来るとは思えないが、今後の事を見据えると、彼等には本物のセイバーさんとまではいかないまでも、それなりに清廉な騎士という印象を持たせておきたい。
 昔、漫画で読んだアメフト部の投手が言っていた。

『カード裁きってのはなァ“そんなカードは出すわけねえ”って、思い込ませたら、その時点で勝ちなんだよ』

 重要なのは意外性だ。俺が清廉な騎士だと思われれば思われる程、策略が生きて来る。その為にも如何にも策略を張り巡らせそうなキャスターは活かしておいた方が都合が良い。

「俺が先行する。君達は――――」
「いや、お前さんも余の戦車に乗れ」

 風王結界を纏わせたエクスカリバーを握り、地下水道内に入ろうとする俺をライダーは片手で易々と持ち上げ、戦車の御車台に乗せた。

「敵を自分の宝具に乗せるとは豪気だな」
「それが余だ」

 ニッと笑みを浮べ、ライダーは戦車を走らせた。内部に入ると、そこは完全に異界と化していた。所狭しと気味の悪い魔物が蠢いている。それらを戦車で轢き殺しながら、ライダーがボソリと呟いた。

「こんなものなのか?」

 ライダーはあまりの手応えの無さに首を傾げている。

「良く考えると、あんな風に川に廃棄物を流すなんて、魔術師の工房として……」

 ウェイバーも難しい表情を浮かべながら通路内をつぶさに観察している。

「キャスターは正しい意味での魔術師とは違う存在なのかも……」
「どういう事だ?」

 知ってるけど、敢えて問う。

「例えばだけど、生前の伝承に悪魔を呼んだとか、魔術書の類を持っていたとか、そういう逸話が語り継がれているだけで、本人は魔術師として知れ渡っていないのかもしれない。だから、キャスターは限定的な能力しか持っていないのかもしれない」
「なるほど、素晴らしい推理だ。だが、そう推理させる為の罠という可能性もある」
「……罠って言うと?」
「よく考えてみると、川に魔術の痕跡を流したり、姿を俺のマスターの協力者に視認させるなど、魔術師以前にサーヴァントらしからぬ行動だ。故に君の推理が的中している可能性は高い。だが、同様にこれが罠である可能性も高いんだ。敢えて、工房内に引き入れる為に防御を緩くしているのかもしれない。それに、ここはキャスターの数ある拠点の一つに過ぎない可能性もある」
「そ、そっか……」
「君は優秀だ。だけど、一つの考えに囚われず、あらゆる可能性を想定する事も大切だよ?」
「う、うん」

 素直に頷くウェイバーが可愛くて、頬が緩んだ。
 それからしばらくして、戦車は大きな空洞に出た。そこに地獄があった。

「……見るな、ウェイバー」

 何の策略も無く、咄嗟にウェイバーを抱きすくめ、腕で視界を覆い隠した。

「な、何だ!? 一体……って、セイバー?」

 来るべきじゃなかった。想像はしても、確認はするべきじゃなかった。

「セイ、バー……?」
「坊主。お前さんは見ない方が良い……」

 ライダーは重い口調で呟いた。

「な、何があったんだよ!? セイバー! 離してくれよ!」
「……駄目だ」
「……セイバー?」
「……お前さんも見るべきじゃなかったな、セイバー。まあ、そうだよな。幾ら、英霊とは言え、こんなもの、女子供が見るべきものじゃない」

 ライダーが大きな手で俺の視界を遮った。

「……待ってくれ。見る……」

 ウェイバーが言った。

「……駄目だ」
「見る。……見なきゃいけない気がする」

 そう言って、俺の腕に手を掛けるウェイバー。俺は反抗する気力も無かった。

「――――これ、は」

 ウェイバーは俺の胸に背を預け、体を震わせた。

「なんだよ……、畜生。何なんだよ……、コレ」
「見たとおりだろうさ。キャスターめ……」

 ライダーの声に怒りが滲んでいる。
 彼の手を退けた。そこにはやはり、地獄が広がっていた。

「……ぁぁ」

 小説で読んだシーンだ。アニメで観たシーンだ。でも、現実の光景とは比較にならない。

「みんな、生きてる……」

 ウェイバーをライダーに預け、俺はふらふらと子供達の下に向かった。
 俺が利用しようとした子供達。助けられた筈なのに、助けなかった子供達。また、増える。俺が逃がしたせいで、同じような子供がまた増える。

「ァァァァアアアアアアアアアアアアアア」

 頭を掻き毟った。

「お、おい、セイバー!」

 俺はエクスカリバーを振り上げた。この子達は救えない。救えた筈だけど、救わなかった。

「待て! こんな場所でお前さんの宝具を使ったら、地上が火の海になるぞ!」
「うるさい! この子達を見て、そんな冷静な口をよく――――」

 殴られた。殆ど痛みは無い。だって、殴ったのはライダーじゃなくて、ウェイバーだったから……。

「落ち着けよ、セイバー。この子達は俺達が引導を渡す」

 ウェイバーはそれだけ言うと、ライダーに命じた。

「壊してくれ。何もかも」
「いいのか? 調べれば、何か分かるかもしれんぞ?」
「どうせ、ボクなんかじゃ何も分からない。それより、この子達の苦しみを早く終わらせたい……」
「……分かった。二人共、乗れ」

 ウェイバーに腕を掴まれて、俺はライダーの戦車に戻った。

「狭苦しい処を済まんがな、一つ、念入りに頼むぞゼウスの仔らよ」

 戦車を牽く神牛が空間内を円を描くように疾走する。天を燃やす雷が全てを無に還していく。
 俺はその間、嗤っていた。涙を流しながら嗤っていた。俺はまた、犠牲にした。自分の策略の為に犠牲にした。
 もう、これで本当に後戻りは出来なくなった。何かが砕けていく感触。大切なものが砕けていく感触。

 ―――――これでもう、貴方の事を……。

 遠坂凛の姿は見えない。恐らく、連れ去られたのだろう。だけど、これだけ派手な事をしていれば、アサシンが必ず勘付いてくる筈だ。そうなれば、キャスターの事が時臣の耳に入る。
 明日になれば、禅城の屋敷からも遠坂凛の消息が分からなくなったという一報が届く筈だ。上手く結び付けろよ、遠坂時臣。

 全てが終わり、外に出ると、ウェイバーとライダーは痛ましいものを見る目で俺を見た。

「セイバー。その……、大丈夫か?」
「……大丈夫ですよ。大丈夫に決まってるじゃないですか……」

 ライダーが溜息を零した。

「どこからどうみても大丈夫に見えんぞ……」
「大丈夫ですよ。私は必ず、勝つんです。だから……、だから……」

 おかしいな。体の震えが止まらない。涙も止まらない。

「……これで休戦協定は終わりです。次に会った時は敵同士だ。それでは……」
「お、おい、待てって―――――」
「待つのはお前さんの方だ」
「ライダー……?」
「そっとしておいてやれ。女であるあやつが受けた衝撃は余やお前さん以上な筈だ。今は何を言っても慰めになどならん」
「あ、ああ……」

 俺は彼等の会話を聞き流し、合流地点に向かって歩いた。
 後少しで辿り着くという処で、目の前に三本の剣が道を塞いだ。顔を上げると、そこに死神が立っていた。

「たっぷり愉しませてもらうぞ、セイバー」

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