第一話「夢じゃなかった!」

 暗闇を漂っていると声が聞こえて来た。不思議な声だ。まるで、洞窟内で反響しているかのようだ。

『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――――』

 これが明晰夢というものだろうか? 初めての経験だ。どうして、これが夢だと自覚出来たかと言うと、響いている声が『とある小説』の一文を割り当てられた声優の声で朗読しているからだ。
 2004年に発売された成人向けゲーム『Fate/staynight』というゲームがある。漫画化やアニメ化、果ては映画化までされた異色のエロゲーだ。ちなみに、俺はこれが大好きだ。主人公とヒロインが廃屋で繋がるシーンなど、親に気付かれないよう、慎重に読み耽った。右手が別の仕事で忙しい為に左手でマウスを操作しなければならず、非常に大変だったが、実に有意義な時間を過ごせた。
 脇役も一人一人が魅力的で、女性キャラクターだけでなく、エロゲーであるにも関わらず、男性キャラクターまでが実に好ましく描かれている。特に俺は主人公が好きだ。ネットの批評とかだと、微妙に不人気だったりもするが、彼の生き方は素直にかっこいいと思う。少なくとも、俺には絶対に不可能な生き方だ。
 ――――で、この声の主についてだが、実の所、『Fate/staynight』の主要キャラの声では無い。重要人物である事には変わり無いのだが、完全な脇役なのだ。本編では回想シーンでちょっと出るだけのキャラクターの声。彼は主人公の父親なのだ。名前は衛宮切嗣。
 彼がメインキャラクターとして登場するのは『Fate/staynight』発表から2006年に別のエロゲー会社の作家が執筆した公式スピンオフ『Fate/ZERO』。今、彼の声が朗読している一文もこの小説の中に記されているものだ。
 英霊召喚の呪文。『Fate/シリーズ』という作品で最も重要な要素。それが英霊だ。マスターと呼ばれる魔術師達が過去に偉業を為した英雄の魂をサーヴァントという名の寄り代に憑依させ、使役し、戦う。その為の呪文がコレだ。
 魔術師、英霊、戦い。厨二心を満たしてくれる素晴らしい設定の数々。これこそ、このシリーズの人気の所以だ。

『汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ』

 突然、目の前が真っ白になった。気が付くと、目の前に髪の毛ボサボサな中年男が立っていた。

「……あれ?」

 周りを見回す。そこは聖堂だった。それも、日本に点在する雑多な教会の聖堂とはわけが違う。まるで、フランスのモンサンミッシェルにあるような立派な聖堂だ。
 凄い。『Fate/ZERO』はアニメ化もしていて、その時に主人公である衛宮切嗣がセイバーというサーヴァントを召喚するシーンがあるのだけど、その時の映像の聖堂と寸分違わない。壁の質感や壁に嵌め込まれたステンドグラスも本物にしか見えない。
 夢とは思えないリアリティーだ。

「……綺麗だなー」

 ステンドグラスに見惚れていると、男が踵を返し、聖堂を出て行った。代わりに、何時から居たのか、銀髪の女性が声を掛けてきた。

「あの……」

 顔を向けると、心臓が跳び跳ねた。綺麗過ぎる。まるで、人形のようで、恐怖すら感じる美しさ。思わずたじろぐと、女性は口を開いた。

「貴女が……、セイバー?」
「え?」

 意味が分からなかった。セイバーと言うと、『Fate/staynight』のメインヒロインこと、セイバーさんの事だろうか? あの超絶美少女剣士がどうしたのだろう?

「おや?」

 頬を掻くと、奇妙な触感が奔った。目を向けると、立派な篭手が見えた。不思議に思い、視線を下に向ける。背中にも目を向ける。クルリと一回転。生地の材質が明らかに高価な物であると分かる。
 俺はいつの間にコスプレをしていたんだろう? というか、俺にセイバーさんコスチュームは絶対に似合わない筈だ。見た者全てに吐き気を強制する程暴力的なものな筈だ。

「あれ?」

 目の前にチラチラ見えるのは髪の毛。今気付いたんだけど、金色だ。しかも、サラサラだ。

「……えっと」

 鏡はどこだろう? 辺りを見回すと、祭壇らしきものの上に金色の鞘っぽいものがある。鏡ばりにピカピカだ。鏡の代わりに顔を映すと、あら不思議。そこに超絶美少女剣士が居る。

「あら、可愛い……」

 さすがは夢。まさか、自分がセイバーさんになるとは思わなかった。どっちかって言えば、『Fate/staynight』の主人公、衛宮士郎さんになりたかった。そして、メインヒロインのセイバーさんとイチャイチャしたかった。まさか、攻略される方になるとは、まさか……、いや、まさかな……。
 自分の性的思考に悩みそうになっていると、肩を叩かれた。振り向くと、先程の人外美人さんが困った表情を浮かべていた。

「えっと、セイバー?」

 なんと、応用力のある夢だろう。俺のイレギュラーな動きに呼応して、登場人物の反応を原作と変動させるとは……。
 これは、乗るしかない。どうせ、目が覚めたらブラック企業の地獄のノルマが待っている。齢23歳にして、こんな夢を見るとは思わなかったけど、折角だから楽しもう。

「はいはい! セイバーですよ」
「……えっと、貴女の真名はアーサー王で合っているのかしら?」
「ばい! 私はアーサー王です!」

 何故だろう。ちょっと、美女の顔が引き攣っている気がする。ところで、この人が『Fate/ZERO』のヒロイン、アイリスフィール・フォン・アインツベルンさんでいいのだろうか? アニメのデフォルメより、美しいって凄いな……。
 と言うか、どうしよう……。何が悪かったのか分からない。ちゃんと、質問に答えたし……。

「えっと……、何か粗相をしてしまったでしょうか?」

 怖々聞くと、アイリスフィールが首を振った。

「い、いえ、ちょっと、イメージと違ったって言うか……」

 なるほど、確かに、アーサー王っぽくなかったな、

「……余がアーサー王じゃ」
「……えっと」

 言い直したら更にアイリスフィールは眉を顰めた。

「……あの、どういう感じに接したらいいか分からなくて」

 無理だった。夢の世界なのに、思い通りにいかない……。
 早々に降参すると、アイリスフィールは漸く微笑んだ。

「……ごめんなさい。ちょっと、驚き過ぎて、失礼な態度を取ってしまったわ。どうか、自然体で接してちょうだい」

 ホッとした。演技力にはあまり自信が無い。必死に謝っても、上司から『わざとらしい』と断言されるレベルだし……。

「えっと、……その、お名前をお聞きしても?」

 一応、確認を取る。

「あ、ごめんなさい。私ったら……。私はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。貴女を召喚したマスター、衛宮切嗣の妻よ」
「よ、よろしくお願いします」

 腰を四十五度折り曲げる。社会人の必須スキルだ。またもや目を丸くするアイリスフィール。何故だ……、この夢、応用力が半端無い……って言うか、ちょっとおかしくない?
 顔を上げて、アイリスフィールの顔を見る。リアリティーがあり過ぎる。嫌な予感がする。いや、まさか、あり得ないよな……。

「あっと、その……、切嗣さんはどこに?」
「うーん、多分、私達の部屋に戻ったんだと思うんだけど……」
「で、では、御挨拶を……」
「……とりあえず、案内するわね」

 聖堂を出て、通路を歩く。やっぱり、これって……。
 アイリスフィールの後を追いながら、頬を抓る。痛い……。
 えっと、嘘でしょ?

「ここよ」

 泣きそうになりながら、アイリスフィールに案内された部屋に入る。すると、そこにはさっきのボサボサ髪の中年男が居た。

「切嗣。セイバーを連れて来たわ」
「ど、どうも!」

 フランクに片手を上げて挨拶をする。一分経過……。

「こ、こんにちは!!」

 満面の笑顔で挨拶をする。五分経過……。

「もしもーし! 俺の声、聞こえてますかー?」

 両手でメガホンを作り、叫ぶ。十分経過……。
 涙目になってアイリスフィールを見ると、困った表情を浮かべて、彼女は切嗣の方に歩み寄った。

「切嗣。セイバーに返事をしてあげて」
「……ソレと話す事は無い。それよりも、今後の計画について話があるんだ」

 ソレ扱いされた。こっちをチラリとも見ない。凄く嫌な気分になった。こっちはこの状況が夢なのかどうか怪しくなってきて泣きそうだってのに、嫌な上司みたいな対応をしてくる切嗣にとても嫌な気分になった。

「き、切嗣さん。人に対して、ソレってのは無いんじゃないでしょうか?」

 顔が引き攣っているのが分かる。

「アイリ。まず、君はソレを連れて表から堂々と日本に入って欲しい。その後……」

 あ、駄目だ。もう、いっぱいいっぱいだったせいで、堪忍袋の緒がアッサリ切れた。気が付くと、手近にあったテーブルを窓に向かって投げていた。凄く軽々と持てた。けど、そんな事を気にしている余裕は無い。

「なんだよ! 無視するなよ!? 俺が何か悪い事したってのかよ!?」

 もう、涙目だ。切嗣とアイリが何か言ってるけど聞こえない。手当たり次第に物を投げていると、誰かが入って来た。

「何事だ?」

 入って来たのはお爺さんだった。何だか、凄く壊そうなお爺さんだった。

「お、お爺様……」

 アイリスフィールのその一言で分かった。この人がトップだ。俺は速攻でお爺さんの下に向かった。

「あの!」

 ズカズカ近寄ると、目を見開いて後ろに下がるお爺さん。でも、逃がさない。

「切嗣さんをどうにかして下さい!」
「……は?」
「人の事を無視するんです!」

 会社でなら絶対に出来ない蛮行。だけど、正直、切嗣さんとは初対面だし、仕事上の上下関係があるわけでもない。だから、遠慮無しだ。

「人を呼びつけておいて、あの態度は何ですか!?」
「……お前がサーヴァントか?」
「セイバーです! アーサー王ですよ!」

 ムキーっと叫ぶように言うと、お爺さんの顔が怪訝そうなそれに変わった。

「う、疑ってます!? な、なら、証拠見せますよ!?」
「は?」

 手順を考える必要も無かった。ただ、指を折り曲げるように、首を回すように、瞼を閉じるように、自然にエクスカリバーを手に取れた。風の結界も展開出来ている。実に不思議な感覚だけど、今はどうでもいい。

「よーし、風王結界解除!」
「ちょ、ちょっと待って、セイバー! 貴女、何する気!?」

 アイリスフィールが叫ぶ。

「だって、疑うんだから、証拠を見せないと!」

 風の塊を窓の外に向かって放出する。壁ごと全壊した。

「ま、待て! こんな所で宝具を使ってはお前も消滅するぞ!?」

 切嗣が叫ぶ。無視するんじゃなかったのか!?

「うるさい! 人の事無視した癖に! もう、怒ってるんだぞ、俺は! 本気と書いて、マジで怒ってるんだぞ!」
「な、何を言ってるんだ? それより、直ぐに宝具を仕舞え!」
「うるせー、バカ! お前の言う事なんか聞いてやらねーよ、バカ! もう、バカ!」
「ほ、本当にアーサー王なのか、こいつ……」
「あー、疑ってる! だったら、やっぱり証拠見せてやるよ! エクスカリバー撃ってやるよ! 撃てるぞ! 嘘じゃないぞ!?」
「ま、待て! 落ち着け!」

 切嗣が焦燥に駆られた表情で叫ぶ。

「し、仕方が無い。令呪をもって、我が従僕に――――」
「させるか!」

 長ったらしい祝詞なんか言わせない。手近にあった花瓶を切嗣に投げつける。寸前で避けた切嗣に接近して掴み上げる。

「ぼ、僕を殺すのか?」
「はぁ!?」

 周りが息を呑む。叫んだり、暴れたりしたおかげで、ちょっとずつ頭が冷えてきた。
 や、やっちゃった……。下手したら令呪で抹殺されるかもしれないって事を考えてなかった。でも、ここまで来たら引き下がれない。

「謝れ」
「……は?」
「謝れ! 俺に謝れ! そして、美味しいご飯を用意しろ! カレーだ! とびっきりのカレーを用意しろ! じゃないと、許してあげないぞ!」

 ガーッと叫ぶと、切嗣は眉を顰めた。

「……すまなかった。カレーも用意する」

 素直に謝られて、逆にたじろいでしまった。

「わ、分かればいいんだよ。えっと、俺のほうこそ……、ごめんなさい」

 切嗣を床に立たせてから、お爺さんの下に向かう。明らかに警戒されている。

「あの……」
「何だ?」
「……壁、壊しちゃって、ごめんなさい」

 肩を落として言うと、お爺さんは瞼を閉ざした。

「壁に関しては構わん。だが……、いや、今回の件に関してはここまでとしておこう。それよりも、切嗣よ」
「……はい」
「己のサーヴァントを律する事も出来んのか?」
「……申し訳ありません」

 お爺さんは鼻を鳴らすと部屋を出て行った。凄く空気が悪くなってしまった。

「あ、あの……」
「何だ?」
「ごめんなさい……」

 さすがにやり過ぎた。高そうな家具や調度品を粉砕し捲くった挙句、窓を壁ごと粉砕するとか……って言うか、何で、俺、こんな事出来るんだろう?

「……いや、僕の方こそすまなかった。だが、今後は二度と――――」
「は、はい! もう、暴れたりしません!」

 直立不動で言うと、切嗣は溜息を零した。

「お前は本当に……、いや、何でもない」

 難しい表情を浮かべて踵を返す切嗣。後を追おうとすると、部屋の扉が再び開いた。お爺さんかと思ったら、可愛らしい少女が入って来た。

「あら、可愛い」
「……えっと?」

 少女は部屋に入り、俺を見るなり首を傾げた。

「貴女は誰?」
「アーサー王です。本物です。偽物じゃないです」
「……偽物なの?」
「本物です!」

 力んで言うと、少女は走ってアイリスフィールの背後に隠れた。

「お、お母様、あの人怖い……」
「こ、怖くないです! とっても、優しいですよ!」

 慌てて駆け寄ると、少女は泣き出してしまった。

「え? え? あれ?」
「セ、セイバー。申し訳無いのだけど、ちょっと離れててもらえるかしら?」

 アイリスフィールが申し訳なさそうに言う。

「で、でも……、俺……、怖く……」
「ごめんなさい。ちょっとの間だから……」
「は、はい……」

 とぼとぼと部屋の隅に向かう。体育座りをして、溜息を一つ。どうして、こうなったんだろう? 夢だと思ってたけど、このリアリティーは夢だとしてもおかし過ぎる。でも、現実だとしたら、俺はどうして、こんな場所でこんな格好をしてるんだろう? だって、ここは小説の世界だ。しかも、今の俺は小説の中の登場人物だ。こんなの絶対におかしい。
 涙が出て来た。大学時代から一人暮らしをしてたから、それなりに自立心は強い方だと思っていたんだけど、親父やお袋が恋しい。まさか、もう会えないとか無いよな……?

「……セイバー」

 声を掛けられて振り向くと、切嗣が息を呑んだ。

「な、何ですか? 俺、また、何かしちゃいました……?」

 顔をぐちゃぐちゃにして聞くと、切嗣は膝を折って、目線を合わせてくれた。

「いや……、さっきはすまなかったね」

 さきとは別人のように優しい口調。

「えっと?」
「君に落ち度は無い。僕はアーサー王という存在に勝手なイメージを持っていた。それと相反する姿で現れた君に……、あの伝承を生きたのが君みたいな……、その、少女だった事に我慢ならなかったんだ」
「……あの、その」
「正直、信じられない気持ちでいっぱいだ。……あ、いや、証拠を見せなくていい。君がエクスカリバーを持っている事は事実だし、アヴァロンによって召喚された事も事実だ。ただ、あまりにも……、いや、止めよう」

 支離滅裂だ。どうやら、さっき暴れ回ったせいで、切嗣は言葉に迷っているみたいだ。

「とにかくだ。僕は何としても聖杯を手に入れなければならない。その為に君の力を借りたい」

 どうしよう? とても困った。この『Fate』という小説に登場する重要アイテムこと、『聖杯』は使うと何でも願いを叶えてくれると言われているものの、その実、中身が穢れていて、使うと呪いが湧き出すという代物だったりする。
 だけど、それを言っても信じてもらえないだろうし……。

「ぜ、全力で頑張ります!」
「あ、ああ……。ところで、君の願いを聞いてもいいかい?」
「願いですか?」

 困った。もう、これが夢じゃないって事は分かった。けど、聖杯を使っても元の世界に元の状態で戻るのは不可能な気がする。せめて、この状況に至った理由でも分かれば話は違うけど……。
 聖杯が穢れているなら、どっちにしても同じだけど、とりあえず、今は……、

「生きたいです」
「生きたい……?」

 目を見開く切嗣に言った。

「普通に生きたいです。美味しい御飯を食べて、色んな所に旅行に行って、恋愛とかして……」

 元の世界に帰れないとは言え、死にたくは無い。親父とお袋に会いたいけど、無理だろうし……。
 なら、せめて、この世界で生きていきたい。

「……そうか、そうだよな」

 切嗣は顔を伏せて、俺の頭を撫でて来た。不思議な感覚だ。子供の頃以来、こうして誰かに頭を撫でられた事は無かった。

「あ、あの……」
「必ず、その願いを叶えてみせる。君が幸せに生きられるよう……、僕らも願いを必ず叶える。だから、一緒に戦って欲しい」

 悲しそうに言う切嗣に首を傾げながら頷く。

「お、俺! 精一杯、頑張ります!」
「ああ、頼りにしているよ。これから、今後の事について話したい……けど、先にカレーだな。そう言えば、君の時代にカレーなんてあったのかい?」

 不思議そうに問う切嗣に慌てて言い訳をする。

「聖杯の知識が教えてくれました! この世界の代表的料理の一つだと!」
「そ、そうなのか? なるほど……、とりあえず、用意させるから待っていてくれ」

 切嗣はアイリスフィールと娘のイリヤスフィールに声を掛けて部屋を出て行った。

「よ、よし!」

 俺は改めてイリヤスフィールの下に向かう。

「こ、こんにちは」

 母親の服をギュッと握り締めるイリヤスフィール。

「あ、あの、さっきはすみませんでした」

 必死に頭を下げる。情け無い事この上無いが、子供に怖がられるというのは精神的にキツイ。

「……いいよ」
「へ?」
「……ゆ、許してあげる」
「ほ、ほんと!?」

 頭を上げると、イリヤスフィールは小さく頷いた。万歳をすると、アイリスフィールは噴出した。

「ご、ごめんなさい。つい……」

 顔を逸らしながら、笑いを堪える彼女を見ていると恥ずかしくなって来た。
 立ち上がり、背筋を伸ばすと、イリヤスフィールに顔を向ける。

「貴女の名をお聞きしても?」
「イリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「……じゃあ、イリヤ。許してくれてありがとう」

 ニッコリして言うと、イリヤも小さく笑みを浮かべて頷いた。

 しばらくして、部屋に戻って来た切嗣がギョッとしたような表情を浮かべた。

「ハイヨー! アーサー!」
「ヒヒーン!」

 お馬さんゴッコ初体験の真っ最中の俺達を見て、切嗣は苦笑いを浮かべた。

「楽しいかい? イリヤ」
「うん! アーサーの乗り心地、中々悪くないわ」
「お褒めに預かり光栄でございます、イリヤ様!}
「うむ!」

 仲直りする事が出来た俺達はカレーが来るまで延々とお馬さんごっこを続けた。膝は全然痛くなかった。どうやら、今の俺はセイバーさんの能力を使えるらしい。それも、実に自然に。
 カレーが来てからは家族の団欒に混ぜてもらって、皆でカレーを食べた。切嗣がお皿が減る度にお代わりをくれて、実に満足。食後に深々と溜息を零した。満足の吐息、そして、『夢じゃなかった!』と改めて実感した事に対しての溜息だった。

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