第十一話「アーチャー死す! デュエルスタンバイ!」

――――聖杯戦争。それは万能の願望機たる《聖杯》をめぐる魔術師同士の血塗られた戦いである。
 彼等は各々サーヴァントを召喚し、使役し、|戦《いくさ》に臨む。
 七人のサーヴァントとそれを使役するマスターは最後の一組になるまで戦い続けなければならない。
 今また、聖杯を巡り、サーヴァント同士の熾烈な戦いが始まろうとしていた……。

「ハーイ、それでは! 第四次サーヴァント大激突! チキチキ、聖杯戦争を始めたいと思いまーす!」

 緊張感に包まれた室内。戦いはイリヤスフィールの開戦の合図によって幕を開いた。
 それぞれ、持ち得る所持金は1000万円。彼等はその限られた資産を元手にあらゆる手段を尽くして財を為さなければならない。
「こんばんはー! 司会のイリヤスフィールでーす!」
 華やかな笑顔で茶菓子を抓みながら戦いの行く末を見守っているマスター達とマッケンジー夫妻に挨拶をするイリヤスフィール。
「いよいよ始まりました、第四次聖杯戦争! 今回はココ! マッケンジー邸からお送り致します!」
 凄いテンションだ。実に楽しそうだ。
 ウェイバーは思った。
――――もう、何もツッコむまい。
 マッケンジー夫人が淹れてくれた渋めの緑茶を啜りながら決意を固めた。
「ッフ、この我に挑んだ事、後悔させてやるぞ雑兵共!」
 ギルガメッシュ……とは文字数の関係で入力出来なかったギル社長が他を挑発するように言った。
「あはは、そういう事言ってるヤツに限って負けちゃうんだよねー」
 アレクサンダーもアレクサンドロスもイスカンダルさえ入力出来ず、泣く泣くせいふく社長になった彼は腹いせとばかりに小馬鹿にしたような態度でギル社長を煽る。
「そもそも、貴様が誘ってきたんだろうが……」
 デフォルトのうらしま社長で妥協した弓兵は疲れたように言った。
「……ところで、これから我々は何をするんだ?」
 そもそも何故ここに現れたのかが一切不明のライダーは困惑の表情を浮かべている。
「さっきから言っているだろう、桃太郎電鉄だ!」
「だから、そのモモタロデンテツとはなんなのだ?」
「君は呼ばれた理由も知らずについて来たのか?」
 うらしま社長が問う。
「我がマスターの望みだ」
 そのマスターは他のマスター達とお菓子を摘み始めている。
「……テレビで見て、一度やってみたいと言っていたのだが」
「ライダー! 負けちゃダメだからね!」
 イリヤスフィールは敵マスターである筈のタイガの膝の上で両手を上げて言った。
「い、いいのか、あれは?」
「構わない。彼女に手を出せば、死ぬのは貴様等のマスターの方だからな」
「なに……?」
 彼女の発した不穏な言葉にうらしま社長は険しい表情を浮かべる。
「おっと、乱痴気騒ぎは許さんぞ。今宵、闘志は全てコレに捧げてもらう」
 睨み合う二人にギル社長がコントローラーを掲げて言う。
「……との事だ」
 肩を竦めるライダーにうらしま社長は空恐ろしいものを感じた。
 違う。彼が知っている彼女ではない。見た目の違い以上に決定的ななにかがある。
 タイガには一定ランクまでの魔術や呪詛を退ける首飾りを渡してあるが……。
「おい、無駄な事は止せ」
 ライダーが言った。
「貴様がマスターの下へ行こうとしたら、その瞬間に貴様の首を断ち切るぞ」
 それが冗句の類では無い事は冷徹な眼差しが示している。そして、その時、彼では彼女の一撃を防ぐことなど不可能である事も彼には理解出来てしまった。
 彼女がここに来た理由。それは発言通り、|マスター《イリヤ》が望んだからなのだろう。そして、それを許した理由は一つ。
 ここに居る三体のサーヴァントを同時に相手取ったとしても、確実にマスターを守り切る自信があるからに他ならない。
「……乱痴気騒ぎは止せと言った筈だが?」
 セイバーが苛立ちに満ちた声を上げる。
「ただの警告だ。それより、さっさと始めようじゃないか。その……えっと、モモタロデン……テツ? とやらを」
「桃太郎電鉄だ!」
 一見おちゃらけて見えるが、これは間違いなく聖杯戦争だ。
 一歩間違えればマスター共々殺される。死にたくなければ、戦うしかない。
「アーチャー! 頑張って!」
 タイガの声援に彼は親指を上げて答えた。

 ◆

「ふざけるな!!」
 セイバーの怒声が轟く。
「貴様、またしても我の物件を!!」
「あはは。もうかりまっカード。もう一枚!」
「やめろぉぉぉぉ!!」
 現在、八十九年目の十月。戦いはヒートアップしていた。
 インフレにつぐインフレによって、社長達の資産はほぼ全員億を超え兆の領域に達している。
 神懸ったサイコロの出目やカード他によって首位はギル社長。だが、彼の|黄金率《スキル》に対して、未来の征服王は名前に恥じぬ征服振りを披露した。
 次々に繰り出される《のっとりカード》、《もうかりまっカード》がギル社長の所有する物件を彼色に染め上げる。
「……また現れたな銀次」
 総資産ぶっちぎりの最下位であるうらしま社長は何度も何度も現れるスリの銀次に溜息を零す。
 何故か他の社長の下へは現れず、資産三桁の彼を狙い撃ちだ。
「……とびちりカード」
「このクソ野郎!!」
 そこへライダーがとびちりカードを発動。幸運A+のライダーの一撃が幸運Bのギル社長にアレの包囲網を敷く。
「……ック、なんという光景だ」
 うらしま社長は嘗て憧れた少女がアレを全国にバラ撒く光景を見て、密かに傷ついた。
「ええい、動けなくともカードは使える! ぶっとびカードだ!」
 ホールインワン。最強の英雄は運命さえ味方にした。
「フハハハハハッ! これが我と貴様等雑兵との格の違いというものだ!」
「今更目的地に入ってもねー。よし、これで東京の物件全部乗っ取り完了っと」
 せいふく社長は元の値段よりも安く相手の物件を買い取れる《もうかりまっカード》で着々とギル社長の物件を征服していく。
「こんどはキングデビルだと!?」
 うらしま社長は泣きっ面に蜂状態。
「今ので移動カードは尽きたな。よし、二枚目だ」
 またしても全国にアレが降り注ぐ。ギル社長の周囲四マスにもプヨヨンと落ちてくる。ついでにうらしま社長の周りにも降り注ぐ。
「―――き、貴様等ァァァァァァ!!」
「クソッ、私の所にまで……」
 そうして年数が重なっていく。
 ついに到達した九十九年目。戦いは三竦み状態。ちなみにうらしま社長はキングボンビーとキングデビルの集団を引き連れ火の車状態だ。
 物件数ではせいふく社長が優勢だが、総資産ではまだギル社長に分がある。だが、妨害カードで二人に追い縋ってくるライダーも油断ならない。
 火花散る闘争。
「冬眠カードだ」
 ライダーの放った一撃にギル社長が言葉を失う。
「まさか、ここでソレを!?」
 青褪めるせいふく社長。
「貴様にも冬眠カード」
 最後の一年。二人は何も出来ない状態に陥った。
「いくぞ、たいらのまさカード」
 ライダーを除く三者の頭に雷鳴が轟く。
「ま、まさか、貴様!?」
「こ、この時の為にアーチャーを追い詰めたのか!?」
「ひ、ひどい」
 たいらのまさカードは全員の持ち金を文字通り平らにする。
 借金地獄の者には救いを、億万長者には苦痛を与える恐怖の一枚。
 全員の金額が一気に均一化される。それでも辛うじて億を残す事に成功したギル社長とせいふく社長は次なるライダーの一撃に表情を凍りつかせる。
「いくぞ、マルサカード」
 総資産の四分の一を徴収する|魔のカード《ジョーカー》がついに切られた。しかも、元大金持ち二人にそれぞれ二枚。
 一気に赤文字の世界へ落とされた二人は売り飛ばされていく自らの物件を切ない表情で見つめた。
 そして、三月が到来。勝者はライダーに決まった。
「……ッフ、この程度か」
 嘲笑するライダー。三人の敗者は言葉も出なかった。
 己の黄金率に奢り、只管金策に走り続けたセイバー。
 他人の物件を乗っ取る事ばかりに集中していたコンカラー。
 延々と底辺で転がり続けたアーチャー。
 常に策略を練り、必勝を見据えていたライダーの敵ではなかった。
「もう一度だ……」
 セイバーは声を震わせながら言った。
「もう一度勝負しろ!!」
「構わんぞ。何度でも打ち負かしてやろう」
 ライダーはやれやれとばかりに肩を竦める。
「……私は」
「あ、貴様はもういいぞ。弱過ぎて相手にならん」
 辛辣過ぎるセイバーの言葉にアーチャーは切ない表情を浮かべた。
「ア、アーチャー、元気を出して!」
「タイガ……」
 タイガはアーチャーの手を握ると、セイバーを睨んだ。
「なんだ、小娘。自らのサーヴァントを蔑まれた事が不服か?」
「不服だよ! アーチャーの仇はわたしが討つ!」
「……っふ、その意気や良し! いいだろう、挑むがいい。だが、小娘如きが英雄共の跋扈する|戦場《ももてつ》で果たして生き残る事ができるかな?」
「あはは。手加減してあげるべきかな?」
「受けて立つ!!」 ◇

 数時間後、そこには打ち拉がれる英雄達の姿があった。
「……ライダー。なんか、がっかり」
「ウグッ」
「コンカラー。お前、あれだけ大口叩いといて……」
「……はは、僕はまだまだ未熟なんだね」
 勝者の少女は自らの従僕に勝利の栄光を捧げる。
「勝ってきたよ、アーチャー」
 まるでゲームシステムそのものが彼女の為に動いているかの如く、全ての要素が彼女を勝利に導いた。
 その圧倒的な強さにアーチャーは微笑んだ。
「……ああ」
 なんで、聖杯戦争中にゲーム大会なんてやってるんだろう、オレ達……。
 唯一生前もゲームに慣れ親しんでいた筈の近代の英雄の癖にボロ負けしたアーチャーの心の叫びは誰に聞かれる事もなく、彼に虚しさだけを与えて消えた。 

第十二話「死神動く」

 歴史に名を馳せた英雄達がゲームの勝敗に一喜一憂する。そんな楽しくも奇妙な時間も終わりを迎えた。
「まさか、本当にゲームをするだけで終わるとはな……」
 ライダーとセイバーが空の彼方へそれぞれの騎乗宝具で消えた後、アーチャーは疲れたように呟いた。
「……お前はどうするんだ?」
 ウェイバーは唯一居残っているアーチャーを警戒している。
「そう構えるな。私もマスターが眠ってしまったからね。ここらでお暇させてもらうよ」
 大河はアーチャーの背中で静かに寝息を立てている。彼女を起こしたくない。それに、ここでコンカラーと事を構えても旨味がない。
 見た目は荒事など無縁な美少年だが、その正体はアーサー王と勝るとも劣らない知名度を持つ大英雄。
 彼は以前の戦いで黒馬に騎乗していた。あれが恐らく彼の宝具だろう。だが、それ以外の宝具を持っていないという確証は無い。|征服者《コンカラー》というイレギュラーなクラスで召喚された事も分析を困難にしている。
「では、君も今宵は休むといい。いろいろ……、疲れただろ?」
「……ああ」
 アーチャーは大河を背負い、昼間買った物を手に夜の街を歩いた。
「……むにゃ、アーチャー。えへへ、勝ったよー」
 背中で寝言を言いながら幸せそうな笑みを浮かべるマスターにアーチャーは頬を緩ませた。
「藤ねえはやっぱり強いな」
 トランプや麻雀みたいなポーカーフェイスがモノを言うゲームには滅法弱いが、スゴロクゲームや格闘ゲーム、レースゲームで彼女に勝てた事は一度もない。
 別にルールの裏をついたり、周到な策略があるわけじゃない。純粋に強いのだ。まさに天賦の才というヤツだろう。
「まさか、英雄王やセイバーにまで勝つとはな」
 アーチャーは歩きながら過去に浸っていた。良くない事だと思いながら、それでも彼女との思い出を振り返ってしまう。
 幼い日、義父に連れて来られた武家屋敷。その隣家に住んでいて、ちょくちょく遊びに来る女性に最初は振り回されっぱなしだった。
 とにかくパワフルで、優しくて……。
「……藤ねえ」
 そういえば、屋敷の蔵や彼の部屋には彼女が持ち込んだガラクタが山のように積み重なっていた。おもちゃや雑誌、健康器具、よく分からない置物。
 特にこれといった趣味もなく、物を増やす必要性を感じない彼の部屋が空虚だった事は一度もない。殺風景だと知人によく言われたものだが、とんでもない。彼だけなら、殺風景どころか伽藍堂になっていた筈だ。
 部屋は己を映す鏡。からっぽな彼の部屋は空虚になりがちで、それを彼女は我慢出来なかったのだろう。
 度々、遊園地や山に連れて行かれた事もある。それも全て、彼の心を満たしたいから……。
「……ごめんな」
 彼女はからっぽだった彼に色々なものを与えてくれた。なのに、何も返してあげる事が出来なかった。
「……ん、アーチャー?」
「む、起こしてしまったか?」
 つい零してしまった言葉を聞かれたかと焦るアーチャー。すると、大河は彼の頭を優しく撫でた。
「よくわかんないけど、元気だしてね」
「……ああ」
 再び寝息を立て始める大河。
 アーチャーはその背に感じる重みを噛み締めた。
 彼女を不幸にしてはならない。
 彼女を泣かせてはいけない。
 彼女の為にも負けるわけにはいかない。
 悔いている暇などない。
「ーーーー安らかに眠る主を守りきれるか?」
 漆黒に濡れた鎧を身に纏う禍々しき騎士がその手に魔剣を握り襲い掛かって来た。
「|投影開始《トレース・オン》」
 虚空に浮かび上がる三本の剣。それぞれが尋常ならざる魔力の篭った宝具である。
 だが、魔剣の一振りはそれらを容易く打ち砕いた。
「ほえ!? な、何事!?」
「すまない、マスター。敵が現れた」
 三本の宝剣が創り出した刹那の一瞬、アーチャーは真横に跳躍した。その反動で大河は目を覚ます。
 すまなそうに謝りながら、アーチャーはその魔剣を解析する。
 |無毀なる湖光《アロンダイト》ーーーー、嘗て、最高の騎士と謳われたサー・ランスロットが握っていたとされる聖剣。その実力はかの騎士王すら上回るという。
「……なるほど、最悪だな」
 主を背負った状態ではまともに交戦する事など出来ない。だが、彼女を降ろすわけにもいかない。相手の殺意は彼だけではなく、彼女にも向けられている。隙あらば、ヤツは迷うことなく大河を殺す。それが分かるからこそ、アーチャーは憎悪に満ちた表情を浮かべる。
「|投影開始《トレース・オン》」
 眼前まで迫る魔剣の前に十を超える聖剣魔剣を並べ立てる。それすら逃げる為の一瞬を稼ぐ事で精一杯。一瞬にして粉砕されてしまった。
 だが、それで十分。此方の目的は無傷での撤退。その為の準備は整った。
 アーチャーが逃げ込んだ場所は以前の戦いでセイバーとライダーによって破壊されたビルの傍。ここは昼間でも聖堂教会の手で人避けがされている。
「|投影開始《トレース・オン》」
 魔剣士が迫る寸前、創り出せるだけの魔剣をバラ撒く。それらが魔剣士によって砕かれる寸前、アーチャーは背後のマンホールに飛び込んだ。
 瞬間、光と音が炸裂する。
「ーーーーI am the bone of my sword」
 その光はアーチャーと大河にも襲い掛かる。
「■■■■■■■■■――――!」
 音が彼の声をかき消すが、その手の先に十字の光が溢れ出す。
 嘗て、戦い抜いた聖杯戦争で一人のサーヴァントと出会った。これは彼の英雄の持つ、彼女達の誇りを具現化したもの。 
 投擲宝具に対してならば、アイアスに一歩劣るが、邪悪な力に対してはいかなる守護をも凌駕する。
 魔剣が内包する膨大なマイナスのエネルギーの発露。その爆発的な力の波動から十字は二人を守りぬく。
 そのまま、上水道に落ちると、アーチャーは全速力で移動した。並のサーヴァントなら三度は殺す程の破壊力だが、それでも安心は出来ない。
 なにしろ、相手は騎士王を上回る怪物だ。
「しっかり捕まっていろ!」
「う、うん!」
 
 ◇◆◇

 アーチャーが立ち去った後、アヴェンジャーは動く事が出来なかった。
 間近でAランクオーバーの宝具による《壊れた幻想》が発動し、無事で済む筈がなかった。それでも、命を繋ぎ止める事が出来たのは彼の英霊としての破格のスペックを宝具によって更に向上させた結果に過ぎない。
 もっとも、ダメージは甚大だが、追う事は出来るし、二度も同じ徹は踏まない。余力だけでも十分に二人を殺す事が出来る。
 動けない理由は他にある。
「ーーーーあれは。ヤツが何故……?」
 アーチャーが発動した宝具。それは彼にとってあまりにも馴染み深過ぎるものだった。
 その疑問が彼の追跡の足を止めた。まるで、自らの罪を目の前に突きつけられているような気分だった。
「ほう、騒がしいと思って来てみれば」
 立ち尽くす彼の下に新たな殺意が現れる。赤と黄の二槍を構え、美貌の英雄が立っていた。
「負傷しているとはいえ、サーヴァント同士が出会った以上は戦うのが|運命《さだめ》。いざ、尋常に勝負!」
「……ッハ、舐めるな!」
 激突する二騎のサーヴァント。
 彼等を見つめる目が一つ。
 そして、その目を見つめている者が一人。
「ーーーーさて、まずは一人目だ」
 戦場から少し離れた場所にあるホテル、そこから更に遠く離れた高台で双眼鏡を覗きこむ男の呟きと共にホテルが揺れる。
 従業員や宿泊客も大勢眠っている筈のホテルが赤く燃え、崩れていく。
 幾百の悲鳴が轟き、戦いに集中していたランサーも驚愕に目を見開く。そこをアヴェンジャーは見逃さない。
 何者かに爆破されたホテル。多くの人命が失われた。にも関わらず、首謀者の標的は銀の流体に守られて生き延びた。だが、彼の手の甲から赤い光が失われた。
「戦いの最中で余所見などするな、戯け」
 一人目の脱落者はあまりにも呆気なく敗退したーーーー。

第十三話「なんだか、楽しいッス!」

 言峰璃正は頭を抱えていた。先日のビル三棟が陥落した事件に引き続き、テロリストによる冬木ハイアットホテルの爆破。加えて、連続猟奇殺人の横行。まだ、メディアは報道していないが、それも時間の問題だ。神秘の漏洩こそ防げているが、このままでは聖杯戦争を続ける事が出来なくなる。いくらなんでも、暴れ過ぎだ。
 前回の聖杯戦争もナチスだとか、帝国陸軍だとかが介入して来た事で荒れに荒れたが、幸か不幸か政府中枢が動いたおかげで情報統制などは容易だった。その頃の政府高官は全て墓の中。第二次世界大戦の影響でほぼ一新されてしまった今の政府に協力を求める事は出来ない。内部に潜り込んでいる聖堂教会や魔術協会の工作員にも出来る事が限られている。
「このままではまずい……」
 今日で聖杯戦争は開戦から三日目に突入する。四日後にはセイバーの宝具が発動してしまうから、それまでに決着をつけてもらわなければ己の身も危ない。だが、焦りから各陣営が積極的に動き、今以上の被害を出す事も容認し難い。
「……かくなる上はルールの抜本的見直しが必要かもしれんな」
 璃正は教会の奥の礼拝堂に設置した魔術装置の下へ向かった。

 ◇◆◇

「……おい、なんのつもりだ?」
 アーチャーは眉間に皺を寄せながら来訪者を睨みつけた。
「分からんか?」
「分からん!」
 セイバーのサーヴァント。英雄の中の英雄であり、王の中の王であり、間違いなく最強のサーヴァントである英雄王ギルガメッシュが両手に山程のゲームソフトを抱えてアーチャーと大河の新居の扉を叩いたのだ。
 セイバーはやれやれと首を横にふる。その相手をバカにしたような腹の立つ態度にアーチャーは料理中である事も合わさって苛立った。
「ゲームをしに来たに決まっているだろう」
「なんでさ!? なんで、ゲームをしに来るんだ!? サーヴァントだよな!?」
 まるで友達の家に遊びにきたような感覚で現れた最強の敵にアーチャーは唾を飛ばす勢いで叫んだ。
 あまりの大声に耳鳴りがして、セイバーはうんざりしたような表情を浮かべる。
「言っておくが、貴様と遊ぶ為に来たわけじゃない。我は貴様の主にようがあるのだ」
「……会わせると思うか?」
 無言のまま、両者の間で火花が散る。
 すると、そこに新たな来訪者が現れた。
「おーい、アーチャー! 遊びに来たよー!」
 そこにはラムレイに乗ったライダーとイリヤの姿があった。その後ろには大勢の野次馬が跋扈している。
 アーチャーは絶句した。セイバーですら、ドン引きの表情を浮かべている。
「おい、ライダー。貴様、そのまま街中を?」
「ん? ああ、ラムレイの事か? 当然だろう。イリヤを歩かせるわけにもいかん」
 新居は新都の外れにある。とは言え、アインツベルンの森からここまで黒馬に乗った美女と美少女が歩いていたら目立つ。それはもう、見てみぬ振りなど不可能な程目立つ。一キロ先からでもダッシュで見に来る程目立つ。よく見たら、最近の事件を報道する為にやって来た報道陣の姿もある。今、彼女達は全国中継のテレビに映り、お茶の間に話題を提供している真っ最中というわけだ。
「嘘だろ、お前等……」
 もはや、拠点がバレたというレベルじゃない。アーチャーは少し泣きそうになった。まさか、英霊となった今になって、しかも全国ネットでこんなバカ共とテレビ出演する事になるとは思わなかった。
「あ、あの! あなたはあの女性とお知り合いなのですか!?」
 熱意溢れるキャスターの女性にマイクを向けられたアーチャーはテレビの向こう側のマダムが鼻血を吹き出す爽やかスマイルを浮かべて言った。
「知らない人です。いやー、馬に乗って街中を闊歩するなんて、不思議な人ですね」
「あ、あはは。では、あなたは?」
 マイクを向けられたセイバーは何を思ったかテレビカメラの前でキメ顔を作り始めた。
「ふふ、見ているか愚民共。これがテレビカメラというヤツなのだな。我もいよいよお茶の間デビューというわけだな。ふ、ふふ……」
 嬉しそうに歌まで歌い始める始末だ。無駄に美声なものだから腹が立つ。
「……楽しそうだな。結構な事だ。じゃあな」
 扉を力強く閉めた。
「おい、待て! 我は昨日の決着をつけに来たんだぞ! ええい、開けぬというなら開けるまで! 開け、ゲート・オブーーーー」
「やめろぉぉぉぉ!! 開けるから、それはやめろぉぉぉぉ! 全国ネットに何を流すつもりだ、貴様!!」
 テレビカメラの前で宝具を解放しようとする底抜けの馬鹿野郎を慌てて中に引き摺り込む。
「おい、アーチャー! イリヤがどうしてもと言うから来てやったぞ。さて、中にタイガはいるな?」
 来てやったじゃねーよ。来るなよ。帰れよ。
 嘗て憧れた少女の蛮行にアーチャーは思いつく限りの罵倒の言葉を脳裏に並べ立てた。
「……えっと、どちら様ですか? 失礼ですが、人違いをしていますよ」
「ほう、ここで我が剣の錆になりたいとーーーー」
「ようこそいらっしゃいませ、馬鹿野郎!」
 報道陣の女性が「やっぱり、知り合いじゃないですか!」と叫ぶ声を無視してラムレイから降りた二人を中に入れる。
 すると、ラムレイが光になって消えた。
 開いた口が塞がらない。野次馬達の口も塞がらない。キャスターの女性も塞がらない。
「イリュージョン!!!」
 アーチャーは叫んだ。全身全霊を掛けて叫んだ。
「凄いでしょう! いや、実は彼女は海外で売り出し中の手品師でして! 今の馬の消失トリック! 分かった人いました? 目の前でパッと消える! まるで、魔法みたいでしょう? 今度、日本でも彼女のショーが開かれるかもしれません。その時はどうか御贔屓に!」
 もはやヤケクソである。だが、そのアーチャーの演説に感謝の言葉を零した者が大勢いた。
 |サーヴァント《バカ》の蛮行をどう隠蔽しようか悩んでいた聖堂教会や魔術協会の工作員達である。
 人間、手品と言われてしまうと大抵の不思議な事はそれで納得してしまうものだ。今頃、画面の向こうでは彼女の馬が消えたトリックをあれこれ議論している事だろう。
「いやー、私も手品が得意でしてね! その関係なのですよ! ほら、何も無い所から剣が一本、二本!」
 干将莫邪の投影を手品として披露する事になるとは……。
「彼女のショーは後日告知などあると思いますので! それでは、失礼します」
 感心しているキャスターの女性に手を振りながら家の中に戻るアーチャー。外では凄い盛り上がりだ。
 並べ立てた嘘八百。種など無い本物の魔術を手品として公開する今の姿を生前の師が知ったらと思うと恐ろしい。
 などと考えていると、外で歓声が巻き起こった。
 嫌な予感がする。そっと、霊体化して外を見る。そこには……、第三のバカがいた。
「おい、マジで勘弁してよ。テレビカメラあるじゃん……」
 真っ白になっているマスターを引き連れ、絶世の美少年が道行く人々に笑顔を振り撒いている。
 征服王の名に恥じぬ圧巻の光景だ。彼の後ろには彼が道すがらファンにした有象無象が列をなしている。
「たのもう! 日本では、訪問の時にこう言うんだよね? たのもう! 昨夜の決着をつけに来た! かいもーん!」
 アーチャーは扉を開いた。そして、キャスターの女性につっつかれる前に急いで二人を中に叩き込んだ。
 外では怒号が飛び交い阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていく。
「……ああ、味噌汁を作っている最中だったな」
 アーチャーは現実から目を逸らす事にした。
 居間で早速ゲームに興じている仲良しグループを尻目にキッチンへ向かう。
「よし、さっそくやるぞ! ふふふ、今日は負けんぞ、タイガ! 我が英雄王としての誇りに掛けて、貴様を倒す!」
「負けちゃダメよ、ライダー! わたしのサーヴァントは他の誰よりも強いんだから!」
「ほら、マスター。僕を応援してよ!」
「あー、はいはい。がんばれがんばれ。……僕はこの街に何しに来たのかな」
 昨夜、ゲームで大河に負けた事がよほど悔しかったのだろう。セイバーは闘志を燃やしている。
 ライダーはイリヤにせがまれるままコントローラーを握り、コンカラーはマスターの少年を困らせている。
 平和だ。聖杯戦争で殺し合う仲とは到底思えない。
 歴史に名を馳せた英雄達にこぞって戦いを挑まれた大河はつい笑みを浮かべてしまった。
「よーし、かかってこいやー! 負けないぞー!」
 楽しい事は楽しむべきだ。今、彼等と興じるこの時間は彼女にとって間違いなく楽しいものだった。
「さあ、今日はテトリスを持ってきたぞ!」
「あ、僕達はロックマンX2持ってきたよ!」
「それは勝敗がつかんだろう」
「えー、わたしもそれやってみたいなー!」
「イリヤが望むなら」
「聖杯戦争ってなんだっけ……」
 アーチャーもまた、少しだけ昔を思い出して微笑んだ。
 こうして、サーヴァントを交えた団欒が嘗て彼の家にもあった。
 昨夜のランスロットとの戦いで消費した魔力を回復する必要もある。今日の夕食は豪華にしよう。アーチャーは腕によりをかけた。

Interlude

 屍が積み上がっている。老いた者、若い者、女、男、そこにはあらゆる死が重なっていた。
 その上で嗤う影がある。
「ハッハッハァ! 愉しいなー! 最高に愉しい!」
 小物染みた下衆な笑みを浮かべ、ソレは久しぶりの生を楽しんでいる。
「COOL! 最高だ!」
 悪魔があげる歓喜の声に応える者が一人いる。彼は悪魔と共に死を愉しんでいた。
 治癒魔術を掛けられ、致命傷を受けても死ぬ事が出来ない状態の幼子にいくつの針を突き刺せるか実験中の彼。実験台にされた少年は動く事も出来ず、さりとて正気を失う事も魔術によって禁じられ、ウニのように無数の針が突き刺さっている。その出来栄えは素晴らしく、もはや新たな針を突き刺す隙間も無い程だ。彼はその作品を《ウニ人間》と名付け、ガラスのケーズに閉じ込めた。彼が飽きるまで、少年が死に逃避する事は許されない。
 その横には全身の肌を削がれ、あちこちにサインペンで落書きをされた《人体模型》というタイトルの少女がいる。更にその隣には両腕両足を切り取られ、代わりに犬や猫の脚を繋ぎ直された《キメラ》がいる。
 山になる程積み重なった失敗作の肉を材料達に食べさせながら、彼は新たな作品のアイデアを考える。
「なあ、次は何を作るんだ?」
 悪意の塊が問う。
「うーん、ちょっと考え中。家具とか楽器でも作ってみようかな?」
「それはいいね」
「……なあ、アンタも何かアイデアねーの?」
 彼はこの|地獄《てんごく》に連れてきて来れた|天使《あくま》の創り上げる|死体《アート》に興味がわいた。
「オレか? オレのアイデアか……」
 悪魔は悪意を総動員した。人類が行使出来る悪行。その殆どをやりつくした。粗方の苦痛を再現して味わった。
 だから、ソレも彼と同じく新鮮さが足りないと感じていたところだった。
「……そうだなー。ちょっと、趣向を変えてみるか?」

 ◇◆◇
 
 遠坂凛は苛立っていた。友人が行方不明になったのだ。一人や二人じゃない。今日、いつものように登校して来た2組の生徒は彼女を含めて十人ちょっと。他のクラスも似た感じだ。
 先生達が登校して来ない生徒の親に電話をしたけど、全て留守番電話。
 授業どころじゃなかった。先生達は慌てふためき、生徒達を体育館に集めた。何の説明も無く、生徒達は只管体育座りを続けた。時計の針の動きを目で追いながら、周りの囁き声を聞く。皆、不安がっている。
 数時間後、体育館に大勢の人が流れ込んできた。生徒達の保護者が迎えに来たのだ。凛の母親の姿もあった。酷く狼狽えている。
「大丈夫ですか?」
 少女が問う。すると、彼女の母である遠坂葵は気丈な笑みを浮かべた。魔道に生きながら、魔術師では無い彼女は些細な異変に対しても過敏に反応する。なのに、娘の不安を払拭しようと必死に勇気を振り絞っている姿はとても健気で愛おしい。
 実のところ、生まれた時から魔術師であった凛の視点から見ると、母のそういう姿はどこか奇妙で、間に見えない壁があるように感じる事がしばしばだった。でも、最近、少しずつだけど、普通の人の感覚というものが理解出来るようになり、その壁も少しずつ薄くなっていると実感している。
 彼女の反応こそが当たり前であり、凛は彼女のような普通の人が恐れる世界の住人なのだ。だからこそ、此方側の人間として責任を持たなければいけない。
《余裕をもって優雅たれ》
 それが遠坂家の家訓だ。恐れられる者であり、外れた者である事を自覚し、それでも尚、余裕を持ち優雅に振る舞えという意味。とても難しい事だけど、いずれ遠坂家の当主となるなら、この家訓を実践し続けなければならない。
 凛は母親の手を握った。
「帰りましょう、お母様」
 元気いっぱいの笑顔を作る。彼女を安心させる事。それが今の彼女に出来る責任の取り方だ。そしてーーーー……。

 ◆

 夜の9時半過ぎ。私は寝た振りをして、コッソリと禅城の屋敷を抜け出した。人目につかないように慎重に目的地に向かって足を運ぶ。脳裏に浮かべるのは親友の笑顔。男子にしょっちゅう虐められ、その度に私は彼女を助けている。私は彼女のボディーガードとなり、彼女が授業で分からない事があると言うと、喜んで知識を分け与えた。その見返りとして、彼女は私に普通の人の在り方を教えてくれた。
「コトネ……」
 禅城の屋敷の人に聞いた事だけど、近隣の街では行方不明者が続出しているらしい。コトネの一家も行方不明者の中に名を刻んでいる。おまけに冬木市内で断続的にテロ行為が行われ、警察は正に血眼といった様子で街中を駆けずり回っている。幸い、赤いランプとけたたましいサイレンの音で位置が分かるから避けるのは容易だった。
 きっと、彼等にこの事件を解決する事は出来ない。この時期にこれほど大規模な異変を起こす者など聖杯戦争のマスターか、その関係者に決まっている。このまま放置したら、コトネと永遠に会えなくなってしまう。かと言って、戦いの真っ最中で忙しい筈のお父様を頼るわけにもいかない。
 今、コトネを助けられるのは私しかいない。上手く敵の情報を探る事が出来れば、お父様にも褒めてもらえるかもしれないし、ここは頑張りどころだ。
「絶対に助ける」
 決意を言葉にして、私は走り続けた。目指す先は山一つ向こうにある冬木の街、聖杯戦争の舞台だ。

 走り始めて三十分。正直言って、少し冬木までの道のりを舐めていた。山に入る前から息切れ状態だ。せめて、もう少し早く出て、バスを使えば良かったと後悔している。まあ、今は街中厳戒態勢だから、子供一人でバスに乗ろうとしたら呼び止められてしまいそうだけど……。
「……へ、へこたれないんだから!」
 何とか奮起して再び歩き出す。しばらくすると、妙な感覚が奔った。ポケットに仕舞ったお父様からの贈り物が荒々しく動き回っている。これは魔力を探知する魔道具。これが反応しているという事は近くに魔術の痕跡があるという事。
「反応が大きくなってる……?」
 ゴクリと唾を呑み込む。立ち止まっているにも関わらず、魔道具の反応が徐々に大きくなっているのだ。それはつまり、魔力の発生源が私の下に近づきつつあるという事。
 身が竦む。腹立たしい程に私は恐怖を感じている。恐れられる側に立っている癖に恐れるなんて情け無いにも程がある。震える足を力の限り叩き、無理矢理動かす。今はとにかく隠れよう。近くの民家の敷地に入り込み、息を潜める。
 魔道具の震えがどんどん大きくなり、やがて、一人の男が現れた。若くて、とてもハンサムな人。彼は一直線に私の隠れている場所までやって来た。
「……誰よ、あなた
 肌が粟立っている。逃げなければいけないと分かっているのに、脚が動かない。まるで、地面に縫い止められてしまったかのように……。
「ついて来てよ」
 その言葉と共に突然吹き付けられたガスを私は思いっきり吸い込んでしまった。平衡感覚が失われ、酷い眩暈に襲われる。
 シュッという音と共に再びガスが噴出され、私はそれを吸い込み意識を手放してしまった。そして、次に目が覚めた時、私は地獄に居た――――。

第十四話「楽しいッス!」

 ざわついている。さっきまでテトリスで一喜一憂していた聖杯戦争の参加者達がキッチンを覗き込みながら囁き合っている。
「すごいノリノリだな」
 セイバーは鼻歌混じりで鍋を振っているアーチャーに呆れている。
「しかし、良い香りだ……」
 ライダーはお腹を押さえた。それでも漏れ聞こえる腹の虫の鳴き声にイリヤスフィールは苦笑いを浮かべている。
「ライダー。恥ずかしいよ、もう……」
「っていうか、サーヴァントが料理って、どうなんだ?」
 ウェイバーは慣れた手つきで料理の盛り付けを行うアーチャーに困惑している。
「人それぞれだとは思うけど、現代の調理器具をあそこまで巧みに扱うとは……。ちょっと、欲しくなっちゃうな」
「あ、あげないッスよ!?」
 不穏な事を口ずさむコンカラーに大河は慌てた。
 そうこうしている内に調理が完了したらしく、アーチャーは満面の笑顔で振り返った。
 良い笑顔過ぎて全員がちょっと引いた。
「待たせたな! 夕食の時間だ!」
 アーチャーはもはや諦めていた。敵であるサーヴァントが戦いもせず、ゲームに興じている現実と戦う事を諦めた。
 だから、料理に励んだ。調理実習三年間無敗記録の保持者にして、世界中を旅して回る途上で一流ホテルのシェフ達とメル友になった彼の全身全霊を掛けた料理。
ーーーー貴様等がゲームで勝敗を決めようとするのなら、オレは料理で貴様等を打ち倒してみせよう。
 ちょっとキメ顔を浮かべ、内心でそんな事を考えながらアーチャーは盛りつけた料理をテーブルに並べていく。
「……た、食べてもいいのだな?」
 ライダーは目を血走らせている。
「ステイ! ステイよ、ライダー! 両手でフォークを握っちゃ駄目! 淑女としての嗜みがなってないわ!」
 記憶の中では箸を上品に使っていた筈なのだが、目の前で獣の如く料理を睨みつけているライダーの姿に気品は一切感じられなかった。
「ッハ、貧国の王はこの程度の料理で我を失うか……。哀れなものだな」
「いや、これは結構いい線いってると思うよ? 僕の専属料理人にしてもいいかなって思うくらい」
 さっきテトリスで連敗したウサを晴らすかのようにライダーを嘲笑うセイバー。対して、コンカラーは熱い眼差しをアーチャーに向けている。
「ねぇ、僕のものにならない?」
 あざといくらい可愛らしい表情を浮かべて勧誘するコンカラー。
「駄目って言ってるッス! アーチャーはわたしの! わたしのだから!」
「えー。それはアーチャーが決める事だよ? ねぇ、一晩だけ貸してくれない? それでも彼が心変わりしなかったら諦めるからさ」
「何をする気ッスか!?」
 色っぽい表情を浮かべるコンカラーに大河は危機感を募らせ、ワイングラスを並べているアーチャーの前に立ち塞がった。
「ガルルルルル!!」
 唸り声をあげる大河の頭にポンと手を乗せ、アーチャーは言った。
「そう必死になるなよ、マスター。私は君以外に付き従うつもりなどない。君以外のマスターなど考えられない」
 そのキザったらしいセリフに免疫の無い大河は一瞬で真っ赤になった。
 その様子があまりにも可愛らしく、アーチャーは頬を緩ませた。
「……ああ、これは無理そうだね」
 残念そうにつぶやくコンカラー。割と本気で勧誘していたのだが、アーチャーの反応に自分の不利を悟った。
「ええい、アーチャー! いいから、そろそろ食べさせろ!」
 もはや幻滅の域に達した獣にアーチャーは泣きたくなった。
「もうちょっと上品になれんのか、君は! ワインを注いで乾杯したらすぐだ! もう少し待て!」
 そう言って、大河を席に戻してからそれぞれの前にワイングラスを並べ終えたアーチャー。彼がワインを注ごうとすると、突然セイバーが待ったをかけた。
「おい、貴様! どういうつもりだ? 事と次第によっては我が宝具をここで……」
「落ち着け腹ペコキング。凡愚ながら、それなりの品を用意したアーチャーに我なりの敬意を払ってやろうと思ったまでだ。それに貴様も飲みたかろう? 神代の酒を」
 そう言って、セイバーは己の蔵から黄金の酒瓶を取り出した。それをアーチャーに渡す。
「天上の美酒だ。それを注ぐがいい」
「断る」
「なに!?」
 まさか断られるとは思っていなかったセイバー。
「私は葡萄酒や葡萄ジュースに合う料理を作ったのだ。天上の美酒を振る舞うのは結構な事だが、それは食後にしてもらおう」
「ック……、この我の慈悲を無碍にするとは……。ええい、ワインなら良いのだな!? ならば、こっちだ!」
 今度は翡翠の酒瓶を取り出した。
「ワインだ! これなら文句あるまい!」
「……ああ、間違いなくワインだな。しかも、これほど香り高いものはお目に掛かった事がない」
「当然だ。本来、人の身で飲む事など許されぬ楽園のもの。存分に酔い痴れるがいいぞ、お前達」
「おい、御託はいいからさっさと注げ」
 気持よく薀蓄を垂れようと思っていたセイバーにライダーがかみつく。
 殺気立つライダーが持ち上げたグラスにアーチャーは「あ、はい」とワインを注いだ。
 全員のグラスにワインと特製ぶどうジュースを注ぎ終わったアーチャーは大河の隣に座る。
「それでは乾杯といこう」
「ふむ、ならば音頭は英雄王たる我がーーーー」
「いただきます!! これでいいな!? よし、食べるぞ!」
 ワイングラスを掲げて口を開きかけていたセイバー。
 それをガン無視して料理に齧り付こうとするライダー。
 その瞬間、空気が凍りついた。別にセイバーが怒って出した殺気が原因でも、ライダーの非常識にも程がある振る舞いが原因でもない。
 言峰教会の方角から魔力の波動が放たれたのだ。
「ど、どうしたの?」
 ただ一人、状況が分からずにいる大河はみんなの様子がおかしい事に気づき困惑している。
「監督役による緊急招集だ」
 ウェイバーが言った。
「……どうやら、食事は中止だな」
 セイバーは立ち上がりながら呟いた。
「くだらん。監督役の招集など無視すればいい」
 そう言って、ライダーは食事を再開しようとするが、セイバーの殺気によって止められた。
「この招集は我のマスターも一枚噛んでいるらしい。行くぞ」
「何故、貴様のマスターの思惑に私達が乗らねばならんのだ?」
「決まっている」
 セイバーは言った。
「奴は我に相応しき戦場を用意すると言った。だから、それまでの間は大人しくしていた。約束をしたからな」
 そこにさっきまで呑気に笑い合っていたセイバーはいなかった。代わりに絶対的な覇者としての彼がいた。
「拒否は許さん。さあ、聖杯戦争を再開するぞ」
 逆らえば殺す。彼の瞳はそう宣告していた。
 ライダーは舌を打つと立ち上がる。イリヤスフィールを抱き上げ、惜しむようにアーチャーの手料理を眺めた。
 コンカラーとアーチャーも続く。大河は場の空気が一変した事に気づきながら、目の前で湯気を立てている料理を哀しそうに見つめた。
「……待って欲しいッス」
「拒否は許さんと言った筈だが?」
 さっきまでとは一転してしまった彼の態度に怯えそうになるが、それでも大河は言った。
「あ、アーチャーが折角作ってくれたんス。だから……、無駄にしないで欲しいッス」
「……そうか」
 セイバーは舌を打つと椅子に座った。
「はえ?」
 戸惑う大河。
「おい、どういうつもりだ?」
 ライダーが問う。
「……|勝者《タイガ》の言葉には逆らえん」
「セイバー……?」
 大河は不思議そうに彼を見つめる。
「未だ、我は貴様に勝てていない。その貴様が初めて口にした命令だ。それもまた、無碍には出来まい。これだけ食べたら出掛けるぞ」
「……っふ、そうだな。勝者には従わねばならん」
 ライダーは再びお腹を鳴らしながら席についた。
「あはは。|英雄王《ギルガメッシュ》に|騎士王《アーサー》、それに|征服王《ぼく》。三人の偉大な王に同時に命令を下した人間なんて、現在過去未来、どの時間軸を探しても君くらいなものだと思うよ」
 楽しそうにコンカラーは言って席に座った。
「ある意味大物だな……」
 ウェイバーは乾いた笑みを浮かべながらコンカラーに続く。
「では、今一度乾杯といこうか。音頭は勝者たる君に頼むよ、マスター」
「えっと……、うん!」
 アーチャーに促され、大河はぶどうジュースの入ったグラスを持ち上げる。
「かんぱい!」
 楽しい宴会。それは彼女にとって生涯忘れられないものになる。
 例え、その後に待ち受けるものがなんであれ、その時の彼女は間違いなく幸福だったのだ。
 だからこそーーーー、彼女は選択した。

 ◇

 月明かりに照らされた教会内。そこにアーチャーは大河と共に訪れた。セイバー、ライダー、コンカラー、イリヤスフィール、ウェイバーも一緒だ。
 残るサーヴァントの影は無く、代わりに使い魔がいる。
「ーーーーよく集まってくれた」
 監督役である璃正神父の声が響く。
「少々、急を要する事態が発生した。よって、もったいぶった挨拶は省略させていただく。現在、諸君らの悲願へと至る道である所の聖杯戦争が重大な危機み見舞われている」
 璃正の言葉によれば、聖杯戦争の舞台である冬木が群衆の注目を浴び過ぎているとの事。
 それに際してのルール変更の告知が主だった。
 サーヴァント戦を深夜0時から夜明けまでに定め、場所も聖堂教会が指定するフィールドを使う事。
 大規模な破壊工作などは禁止。
 そして、昼間は全員で一つの事件を解決へ尽力する事。報酬は令呪一画。
 セイバー、ライダー、コンカラーの三名には不満などないようだ。実際、いつでもどこでも真っ向勝負で勝ちを狙える彼等にとって、このルールの変更は些細なことでしかないのだろう。
 アーチャーにとっては戦術面を考えると迷うところだが、街の被害が最小限に抑えられる事や拒絶する事で大河が罰則を受ける事を考えると異議を唱える事は出来なかった。
「さて、君達に解決してもらいたい事件についての詳細を伝えておこう。新聞やニュースなどで知っている者もいると思うが、ここ最近失踪事件が相次いでいる。被害者の多くが幼子であり、下手人は調査の結果魔術師である事が分かった……」
 璃正はサーヴァントやマスター、そして使い魔達を見回してから言った。
「目的は知らないが、これ以上聖杯戦争の存続が危うくする要素は容認出来ない。君達にはコレの排除を頼む。それでは、諸君の健闘を祈る」

第十五話「聖杯問答?」

 監督役による緊急招集を受けた日の翌朝、タイガ達は冬木市市民会館前に集合していた。
「それじゃあ、犯人探しに出発よ!」
 イリヤスフィールがライダーに肩車をされながら言った。
「ふふふ、事件の真相は我が解き明かす」
 昨日、聖杯戦争を再開すると宣言していたセイバーは虫眼鏡片手にノリノリだ。
「犯人探しと言っても、どこから探せばいいんだ?」
 ウェイバーはもはや敵同士が普通に待ち合わせしている事に何も突っ込まなかった。
「聖堂教会がわざわざ参加者に捜査を命じるくらいだ。恐らく、犯人は聖杯戦争の参加者だ」
 アーチャーの言葉に大河が驚きの声をあげる。
「参加者って、マスターやサーヴァントがやってるって事!?」
「それ以外に考えられん。わざわざ監督役が我々を捜査に動員する理由など」
 手掛かりはない。分かっている事は犯人が聖杯戦争の参加者である可能性が高いという事のみ。
「ふはははは! いいか、犯人探しの基本を教えてやる!」
 楽しそうにシャーロック・ホームズを読んで齧った俄仕込みの探偵知識を披露するセイバー。イリヤとタイガが楽しそうに聞いている手前、アーチャーとライダーも止められない。
 コンカラーはセイバーが持ってきた単行本を読むのに夢中。
「……いつ、出発するんだ?」
 ウェイバーの呟きに応える声は無く、彼等が出発する頃には正午になっていた。

「そう言えば、お前等は聖杯に何を願うんだ?」
 結局、捜査を始める前に腹拵えをする事になり、近くのファミリーレストランにやって来た一行。
 ウェイバーはハンバーグを食べながらおもむろに問いかけた。
 なんとなく、気になったのだ。
「そういう貴様の望みはなんだ?」
 まずいまずいと笑いながらコーンスープを啜るセイバーの言葉にウェイバーは墓穴を掘ったという表情を浮かべる。
「背を伸ばす事だよね?」
「違うよ!! 勝手に決めるな!!」
 コンカラーの口を塞ぐウェイバーに「じゃあ、何を望むの?」とイリヤ。
「ぼ、僕は正当な評価を得るために参加したんだ」
「正当な評価って?」
 大河が聞くと、ウェイバーは時計塔で受けた不当な仕打ちについて語り始めた。
 折角寝ずに書き上げた論文。それをよりにもよって授業中に取り上げ、笑い者にした教師。
 彼は立ち上がった。魔術師の才能は血で決まるのではないという主張を記した論文の正しさを証明し、教師の鼻をあかすために。
 聞けば聞くほどみみっちい。
「そ、それで聖杯戦争に?」
 大河でさえ、その理由はあんまりだと思った。
「そうだよ!! 悪いか!?」
「悪くないけど……」
 大河とイリヤは呆れている。コンカラーは腹を抱えて笑い、ライダーは端からウェイバーに興味がないらしく延々とパスタを食べ続けている。
「……鼻をあかすか」
 セイバーとアーチャーだけが表情を変えずにウェイバーを見ていた。
「な、なんだよ……」
 彼等にも馬鹿にされると思っていたウェイバーはセイバーとアーチャーの反応に戸惑った。
「ウェイバー・ベルベット。君の望みは生き残りさえすれば叶うだろう」
「え?」
 アーチャーの言葉に首を傾げる。
「ああ、貴様は勝者になる必要が無いな。もう少し成長すれば、貴様を笑う者はいなくなる」
「……て、適当な事言って内心馬鹿にしてるだろ」
 真剣な表情で何を言うかと思えば……。
 不貞腐れたようにウェイバーが言うと、セイバーは笑った。
「信じる信じないは貴様の勝手だ」
 そう言って、セイバーは笑っているコンカラーを見た。
「それで、貴様は何を願う?」
「僕? 僕は……、とくに無いかな」
「なんだと?」
 コンカラーはコーラを口に含みながら言った。
「もっと大人になった僕なら受肉でもして、再び世界を征服しようとしたかもしれない。でも、今の僕はそれほど聖杯を求めていないんだ。こうして、一時の夢を楽しむだけで満足してしまう。ある意味、マスターが召喚してくれた時点で僕の望みは叶ってしまっているんだ」
「コンカラー……」
 召喚される事自体が望み。そうした例は珍しくない。アーチャーの経験した聖杯戦争では戦いそのものを望み参加するサーヴァントもいたし、彼自身も目的は聖杯というより、聖杯戦争に召喚される事で《機会》を得る事が目的だ。
「そういう君は? 僕としては英雄王の抱く願望に興味があるんだけど、聖杯に何を願うつもり?」
 話を振られたセイバーは鼻を鳴らした。
「聖杯自体には我も興味など無い。万能の願望機など無くとも、我に叶えられぬ望みなど無いからな」
 そう言った後に彼は笑みを浮かべた。
「だが、この戦い自体は素晴らしい。そうだな、貴様と同じだ。我も召喚された時点でほぼ望みが叶っていると言える。群雄割拠の時代を生き抜いた英傑達と矛を交える機会なんぞ、そうそう無いからな」
 クククと笑うセイバーにウェイバーは呆れた。
「戦闘狂かよ」
「そう邪険にするな。英雄の性というものだ」
 コーラを一気飲みし、「たまらん」と満面の笑みを浮かべ、セイバーは十回目のおかわりをしようとしているライダーを睨んだ。
「おい、腹ペコキング。貴様はどうだ? 何を願い、参加した?」
「……モキュモキュ」
「一端、喰うのを止めろ! 貴様も王ならば、もう少し上品にだな……」
 眉間に皺を寄せるセイバーにライダーは舌打ちをした。
「まったく、静かに食事も出来んのか、貴様等」
 イラッとする物言いだ。セイバーの皺が一層深くなる。
「それで、願いだったな。私も特に無い」
「え?」
 意外そうに声を上げたのはアーチャーだった。
 彼の知る彼女は確かに願いを持って聖杯戦争に参加していた。その願いは尊くも悲しく、愚かなものだったが、その祈りを持って戦う彼女に憧れた身としては、ライダーの言葉を捨て置くことが出来なかった。
「本当に無いのか?」
「《聖杯》に託す|願い《もの》などない。私の今の目的はイリヤを勝者にする事だけだ」
 嘘をついているようには見えなかった。彼女は心から聖杯を無用と考えている。
 そんな馬鹿な……。アーチャーはライダーから目をそらす事が出来なかった。
 彼女と彼が知るアルトリアとの違いは今までも幾つかあった。だが、これはあまりにも……。
「それより、私はお前の願いに興味がある」
 そう言って、ライダーが見たのは大河だった。
「え、わたし?」
 ライダーは頷いた。
「イリヤも気になっているのだろう? この話題になってから、ずっと彼女を見ているじゃないか」
「……ええ、とっても興味があるわ」
 それはまるで|天使《■■■》のような微笑み。とても愛くるしくて、とても優しくて、何故か大河は|既視感《デジャビュ》に襲われた。
「わ、わたしは……」
 大河は言った。
「ただ、この街を守りたいだけ……。この街に生きる者として、この街に根を張る極道の娘として、なによりーーーー」
 ノイズが走った。何かを喋ろうとして、その瞬間脳が揺さぶられた。気持ち悪い。吐き気がする。
「ご、ごめん。トイレ行ってくる!」
「タイガ!?」
 タイガは慌てたようにトイレに駆け込む。慌てて追いかけようとするアーチャーをイリヤスフィールが止める。
「ちょっと、アーチャー。デリカシーが足りないわよ? わたしが見てくるわ」
 そう言うと、彼女は立ち上がって大河を追いかけた。
「ま、待て、イリヤ」
 彼女の背を追いかけようとして、ライダーに腕を掴まれた。
「まあ、イリヤに任せておけ」
「……私のマスターに何か仕掛けたのか?」
 体調の急変。それはイリヤスフィールと彼女の質問が切っ掛けだった。
 殺意を向けるアーチャーにライダーは嗤った。
「私達は何もしていない。それにこれからも彼女に何かするつもりはない」
「なに……?」
 その言葉はあまりにも不可解だった。聖杯戦争において、マスターを殺す事は定石の一つだ。それをイリヤとアルトリアが否定するなど、彼の常識からは考えられない事だ。
「そう、不思議そうな顔をするな。彼女はあくまで迷い込んできただけの一般人だ。巻き込まれただけの人間に手を下さなければ勝てない程、私達は弱くないというだけの事だ」
 それは強者としての自覚と自信によるもの。確かに、彼女ならばそれだけ言っても大言壮語にはならない。
 だが、妙に違和感を感じる。まるで、汚泥が絡みついてくるかのように得体のしれない恐怖を覚える。
 そう、それはまるで……、
「おい、いつまでくだらん事を話しているんだ?」
 セイバーが口を挟んだ。
「女二人が便所に行っただけだぞ。その程度で騒ぐな戯け共。それより、午後からは本格的に調査を開始するぞ。やはり、捜査の基本は聞き込みだ」
 有無を言わさぬ語気で話を変えるセイバー。アーチャーとライダーの不穏な空気を払拭すべく、ウェイバーも乗っかかる。
「聞き込みって、そんなの聖堂教会が粗方済ませてるだろ」
「貴様、この我に意見するつもりか?」
 睨まれて、ウェイバーは慌ててコンカラーに縋り付いた。
「あはは、あんまり僕のマスターを怖がらせないでくれないか?」
 コンカラーは微笑みながら言った。笑顔なのに、不思議と寒気がする。
「可哀想に、怯えてしまったじゃないか」
「べ、別に怯えてなんか!」
 顔を真っ赤にして反論しようとするウェイバーの口に人差し指を当てるコンカラー。
「強がりは無駄だよ、マスター。君って、かなり分かり易いからね。それと、聞き込みが全くの無駄って意見には反対だな」
「ど、どうしてだよ?」
 ウェイバーが聞くと、コンカラーは言った。
「そもそも、聖堂教会は本格的な調査なんてしていないと思うよ」
「え?」
 不思議そうな顔をする主にコンカラーは微笑みかける。
「彼等はあくまでも傍観者だ。この街の守護者でも、聖杯戦争の参加者でもない。加えて、この時期にこの地で大量の失踪者を出すなんて、参加者以外にあり得ない。人の身では決して敵わない英霊を従えるマスターを止めるために進んで自分の身を投げ出す事なんてしないさ。そんな事をする聖者がいるなら、そもそもこの聖杯戦争自体を止める為に動いている。こうして聖杯戦争が続行している時点でそんな聖者はいないという事さ」
「な、なるほど……」
「マスターの相手は同じくマスターにしか務まらない。失踪事件の犯人を見つける事も、捕まえる事も僕達にしか出来ないわけさ」
 コンカラーは言った。
「そういうわけだから、地道に頑張ろうよ、マスター」

第十六話「イヤッス!」

 犯人捜しは思うように進まなかった。なにしろ手掛かりが少な過ぎる。魔術の痕跡を辿ろうと試行錯誤を繰り返しているけど、いまいち成果が上がらない。
 今はウェイバーくんの提案で川を調べているところ。そこから糸口が見つかるといいけど……。
「ねぇ、タイガ!」
「わっ!? な、なに?」
 川の水を採取しているウェイバーくんの背中を見ていると、急にイリヤちゃんが飛び掛ってきた。
「喉乾いちゃったー」
「ありゃりゃ。じゃあ、ジュースでも買ってくるね」
「わたしも一緒に行くー!」
 さすが外国人。スキンシップが実に情熱的。サーヴァント達がゲームに興じている間、ずっとわたしが相手をしてあげたからか、随分と懐いてくれたみたい。
 背中に抱きつく《子泣きじじい》が落ちないように手を回し、わたしはアーチャーに声を掛けた。
「ちょっと、ジュース買ってくるね!」
「それなら、私もついて行こう。二人だけでは危険だ」
「えー、いいよ別に。すぐ近くの自動販売機で買ってくるだけだし」
「しかしな……」
 難色を示すアーチャー。すると、セイバーさんが蔵から何やら綺麗な宝石を取り出した。
「おい、タイガ」
 放り投げられた宝石を慌ててキャッチすると、彼はそれを首にかけろとジェスチャーした。
 言われた通りに掛ける。
「それを身に付けておけ。一回限りだが、如何なる災厄からも貴様を守る」
「い、いいの?」
「駄目なら渡さん。貴様に死なれては困るからな」
「困るって……?」
 セイバーさんは微笑んだ。
「貴様にはまだ負け越しているからな。我が勝つまで死ぬ事は許さん」
 それっきり、セイバーさんは持参した小説を読み始めた。
 既に捜査開始から三日が経過している。初日こそ張り切っていた彼だけど、二日目からは飽きてきたらしく、暇さえあれば読書に没頭している。シャーロック・ホームズシリーズにハマってしまったみたい。
 コンカラーくんも彼と背中を合わせて別の小説を読んでいる。彼はイーリアスにご執心だ。
「これがあれば安心だよね?」
 宝石を指でつつきながら言うと、アーチャーは渋い顔をした。
「しかし……」
「アーチャー」
 尚も渋るアーチャーにライダーさんが言った。
「しつこい男は嫌われるぞ」
 その言葉に彼はショックを受けた表情を浮かべた。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるね!」
 わたしはイリヤちゃんを背中に抱えたまま走りだした。
 アーチャーの気持ちは嬉しいけど、彼は少し過保護過ぎる。たまには息抜きをさせて欲しい。
 四六時中《心配オーラ》を向けられ続けるのは結構キツイ。
「飛ばすよー!」
「わーい!」
 イリヤちゃんと二人っきりになると、大分肩の力が抜けた。
 近くにある筈の自動販売機に向かって走ると、心が晴れやかになった。
「イリヤちゃんは何が飲みたい?」
「うーん。今の気分はオレンジジュースかなー」
「オレンジね」
 自動販売機に到着すると、私は大変な事に気がついた。
 その自動販売機にはオレンジジュースが無かったのだ。その事を彼女に伝えると、途端に癇癪を起こした。
「ヤダヤダ! わたしはオレンジジュースが飲みたいの!」
「わー、わかったよ! 他の自動販売機を探そう!」
 慌ててなだめすかしながら、他の自動販売機をあたる。ところが運の悪い事にどれも外れ。
「ねー、どうしてもオレンジジュースじゃなきゃダメ? リンゴジュースとかコーラじゃ……」
「ダメなの! ダメダメ! わたしはオレンジジュースがいいの!」
 気が付けばみんなのいる場所から随分と遠ざかってしまった。
「ーーーーねえ、君達」
 漸く、オレンジジュースが売っている自動販売機を発見して喜んでいると、急に声を掛けられた。
 どこか軽薄そうな男の人。年齢はわたしよりも少し年上に見える。
「な、なんスか?」
「ちょっと、道を聞きたいんだけど」
 ホッとした。いつの間にか人気のない場所に来ていたから、変な人に絡まれてしまったのかと思った。
「いいッスよ。どこに行きたいんスか?」
「地図を見てもよく分からなくてね。ここなんだけど」
 そう言って、彼はポケットから地図を取り出した。その一点を指さしている。
 よく見ようと彼に近づくと、わたしは咄嗟に飛び上がった。
「あれ?」
 足払いに失敗した彼は戸惑っている。
 前言撤廃。どうやら、変な人に絡まれてしまったみたいだ。
 彼の瞳を見る。そこには値踏みするようなイヤラシさが垣間見えた。
「悪いけど、ナンパはお断りだよ」
 伸ばしてきた手を蹴りあげ、そのまま彼の脇腹を蹴り飛ばす。
 手加減はしたから怪我はしていない筈。
「行くよ、イリヤちゃん」
 わたしは返事を聞かずに走りだした。
 気づけばみんなが待っている川辺の近くまで戻って来ていた。
「すごいよ、タイガ!」
 疲れ果ててイリヤちゃんを降ろすと、彼女は興奮したように瞳を輝かせていた。
「ビシッ、バシッって、魔術師でもないのに!」
「えへへ、これでも武闘家だからね」
「すごいすごい! ねぇ、わたしにも出来るかな? こう、バシッと!」
 さっきのわたしの真似をして蹴りのポーズを決めるイリヤちゃん。
「もっと、脇を締めて。こうだよ!」
 褒められて嬉しくなり、わたしはついつい藤村家に代々伝わる門外不出の藤村殺法を一つ伝授してしまった。
 夢中になっていると遠くからアーチャーが駆け寄ってきた。
「遅いじゃないか」
「あはは、ごめん。ちょっと、イリヤちゃんにキックの仕方を教えてて」
「キック……?」
 困惑しているアーチャーにイリヤちゃんはニヤリと笑い、教えたばかりのキックを放った。
「といやー!」
 可愛らしい掛け声と共にアーチャーの股間を蹴り上げる。
 ところが、アーチャーは悲鳴一つあげない。
「……タイガ。それに、イリヤ」
 ゾクッとした。彼の顔を見上げると、そこには笑顔があった。ただ、笑顔なのに凄く怖い。
「淑女としての嗜みについて、一つ説教してやる必要がありそうだな」
 結局その後、ウェイバーくんの調査が終わるまで延々と私達はアーチャーのお説教を聞かされ続けた。
 涙目になるわたし。すると、イリヤちゃんがわたしの脇を小突いた。
「タイガ。日本では武道の先生をシショーって呼ぶのよね?」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ、わたしもタイガの事、シショーって呼んでもいい?」
「し、師匠? わたしが……?」
「うん! シショー!」
 その響きはとても心地よいものだった。
 師匠。なんと甘美な……。
「もちろんいいよ! じゃあ、イリヤちゃんはわたしの弟子一号って事だね!」
「弟子一号かー……。うん! わたし、弟子一号!」
 そんな風にわたし達が楽しく話していると、ウェイバーくんは落胆した様子で川の調査の結果を口にした。
 結局、今日も進展無し。明日で四日目だ。
 あれ? 何か忘れているような……。

 ◆

「明日で七日だな」
 帰り際、セイバーさんがつぶやいた。
「ここまでか……、存外悪くない時間だったが」
 その言葉の意味をわたしは思い出した。
 アーチャーから聞いた話だ。彼は六日前の晩、宝具を発動した。それは七日以内に決着がつかなければ全てを破壊するもの。
 その期限がついに明日切れる……。
「セイバーさん……?」
 そんなの冗談に決まってる。数日一緒に過ごして、彼の人となりは分かったつもり。
 悪い人じゃない。それどころか、陽気でやさしい。そんな人が街を……何の罪も無い人達を殺す筈がない。
「今夜、我は監督役が指定する戦場で待つ。我が宝具を止めたければ、挑むがいい。さもなければ、明日、この地は滅び去る事になる」
「ま、待ってよ! 冗談なんだよね!?」
「冗談?」
 わたしの叫びに対して、セイバーさんは苛ついた表情を浮かべた。
 尻込みしそうになるけど、わたしは必死に声を振り絞った。
「セイバーさんは戦いが好きだから、みんなのやる気を出させる為に大げさに言っただけなんだよね?」
「タイガ」
 セイバーさんはわたしに今まで見た事のない冷たい視線を向けた。
「我が嘘をついた事があるか?」
「で、でも……、だって!」
「この街の者を見捨てるつもりなら、そのまま愚かな妄想に浸っていろ。その果てで貴様が如何に後悔しようが我には関係がない」
「だって、まだ犯人を見つけてもいないんだよ!? 捜査はどうなるの!?」
 セイバーさんは嗤った。とても、とても怖い笑顔を浮かべた。
「知りたいのなら、我を倒してみろ」
「え?」
「我が宝具からこの街を救い、尚この街に忍び寄る悪意を打ち払いたくば、貴様が挑め」
「どういう事……?」
 まるで、犯人を知っているかのような物言いだ。
「前に言った筈だぞ、我は全知全能だと」
「知ってたって事……? なら、どうして……」
「これも言った筈だ。存外、悪くない時間だったと……」
「セイバーさん……」
 セイバーさんはいつものように微笑んだ。
「先に言っておいてやろう。知れば、貴様は確実に後悔する。それでも、真実を求めるのなら止めはしない。その力の限りを我にぶつけることだな」
 それだけを言い残すと、セイバーさんはわたし達に背中を向けた。
「待ってよ! わたしに勝つって言ってたじゃない!?」
 返事は返ってこなかった。彼は背中を向けたまま歩き去り、そのまま姿を消した。
 取り残されたわたし達は互いに顔を見合わせた。
「どうしよう……」
「どうするって……、アイツと戦うしかないだろ」
 ウェイバーくんが言った。
「だって、相手はセイバーさんだよ!? 一緒に、いっぱい遊んだ友達だよ!?」
「友達じゃない」
 そう言ったのはアーチャーだった。
「タイガ。奴はあくまでも私達の敵だ。ライダーとコンカラーも。それを忘れるな」
「敵じゃないよ! だって、あんなに楽しかったじゃない!!」
 気づけば涙が溢れていた。
「友達だよ!! 一緒に笑ったり、遊んだりする人を友達って言うんだよ!!」
「タイガ……」
 イリヤちゃんが蹲るわたしの頭を撫でた。
「少し休んだ方がいいわ」
 不思議な感覚。まるで、闇の中に沈んでいくかのような気分。わたしは意識を失った。

Interlude

 ランサーのマスターだった男は恋人と共に縛り付けられていた。逃げ出そうにも、生命活動ギリギリまで魔力を絞り取られている為に魔術を使う事も出来ない。
 ただ、この屈辱を与える目の前のサーヴァントを睨む事しか出来ない。
「すまないな。だが、君もマスターになると決めた時点で覚悟は決めていた筈だ」
 アヴェンジャーは彼と彼女から供給される膨大な魔力をマスターとその姪の治療の為に使いながら言った。言峰綺礼の尽力によって一命を取り留めたものの、二人は予断を許さない状態。聖杯戦争が終結するまで、その生命を繋ぎ留めておく為には定期的に治癒魔術を掛ける必要がある。
 ランサーを討伐した後、彼が直前に見ていた《崩落するホテル》に向かって走り、そこで魔術を行使している男女を見つけて拉致した。彼等と半ば強引にラインを結び、魔力の貯蔵タンクになってもらっている。時計塔のエリートと言えど、湖の妖精から直接魔術の手解きを受けた彼と比べれば稚児同然。抗う事は出来なかった。
 ネックだった魔力の問題が解決した事でアヴェンジャー次なる行動を思案している。ランサーが脱落した後、他の陣営は監督役から命じられた任務を遂行する為に街中を駆け回っている。一見すると不意打ちが容易に見えるが、あの四騎のサーヴァントを同時に相手取る事など自殺行為でしかない。だが、今宵必ず機会が訪れる。セイバーの宝具発動を阻止するためにライダー達がセイバーと戦う筈だ。最強のセイバーといえど、三騎のサーヴァントと戦えば無事では済まないはず。どちらが生き残っても、彼等は満身創痍になっている事だろう。そこを狙うつもりだ。
 問題となってくるのは最後の一体。恐らく、街を騒がせている失踪事件の犯人は未だ姿を見せない七体目のサーヴァントだ。キャスターか、アサシンか、あるいはバーサーカーかもしれない。彼自身やコンカラーのように基本のラインナップから外れたイレギュラーの可能性もある。いずれにしても、表舞台に引き摺り出す必要がある。万が一、一騎打ちで敵わない相手の場合、セイバー達を倒した後では厄介な事になる。マスター達の為にも敗北は決して許されない。
 セイバー達が犯人探しに奔走している間、彼も手掛かりを探し歩いていた。その結果、一人の男にあたりをつけた。街中で頻繁にナンパをしていた軽薄な男だ。魔力を使った形跡があったわけじゃない。ただ、その目を見た瞬間、彼はその男を《人殺し》だと判断した。嘗て生きた戦場で、人を殺す快楽に取り憑かれたものを何人も見てきた。あの男はそうした者達と同じ目をしている。
「待っていてくれ、マスター」
 アヴェンジャーはケイネスを魔術で眠らせると、夜天の下で動き出した。使い魔に波長を合わせる。すると、脳裏に使い魔の視界が映り込んだ。
 現在の時刻は20:00ジャスト。セイバー達の戦いが始まる前に敵の正体を暴き出す。
「|己が栄光の為でなく《フォー・サムワンズ・グロウリー》」
 彼の姿が変化していく。またたく間に一人の可憐な少女に変身したアヴェンジャーは容疑者の下へ向かった。

 男は街灯の下で道を歩く若い女性を品定めしていた。アヴェンジャーはただ彼の前を通り過ぎるだけで良かった。それだけで彼は動いた。
「ねぇ、君」
 男は雨龍龍之介を名乗り、道案内を求めてきた。怪しまれないよう、多少抵抗する素振りを見せると、彼は警戒心を解く為に世間話を始めた。
 見事なものだと感心する。彼の言葉は実に巧みだ。そうと知らなければ、気付かぬ内に心を開いてしまう。彼に口説かれた女性は旧来の恋が実ったように錯覚する筈だ。
 アヴェンジャーは彼の思惑に乗ることにした。恋する乙女を演じ、彼が導くまま、街を歩いた。
 脆弱な肉体。少し力をこめるだけで容易く肉塊に出来る。だが、彼がマスターだという確証がない。姿を隠している第七のサーヴァントを視界に収めるまで、仮初の恋人を演じるとしよう。
 
 ◇

 アヴェンジャーが第七のサーヴァントの捜索に出掛けた直後、間桐邸の地下では一人の少女が目を覚ましていた。
「……アサシン」
 少女が呼び掛けると、暗闇にぼんやりと白い骸骨の面が浮かび上がった。
 まるで、《死》そのものが実体を持ったかのような、その存在こそが第七のサーヴァント。
 アヴェンジャーが探し求めていた筈の姿なき最後の敵は彼がさっきまでいた空間内にずっといたのだ。
「アヴェンジャーを今失うわけにはいかん。隠れて追跡し、万が一の場合は援護せよ」
 髑髏は少女の命令に応え、闇に溶けていく。
 残された少女は寝息を立てているケイネスとその恋人であるソラウを見下ろした。
 少女が浮かべるにはあまりにも不釣り合いな禍々しい笑みを浮かべ、その体に指を這わせる。
「良い素材だ。あやつが戻ってくるまえに仕上げてしまおう」
 そのまま、少女の指が女の皮膚を突き破り、肉をかき分け内部へ侵入していく。その激痛を受けて、ソラウは目を覚ます。
 だが、その口が開く事はない。既に肉体の支配権は少女に移っている。
「良い顔だ」
 少女の指が動く度に脳髄を焼くような痛みが走る。涙を浮かべる事さえ許されず、ただ弄られ続ける。
 やがて、少女が指を離すと、女はその傷口を見て意識を失った。傷口から男性の陰茎を模した芋虫が這い出て来たのだ。しかも、一匹や二匹ではない、ぞろぞろと湧き出てくる。
 女はその激痛で再び目を覚ましてしまう。そして、気付く。内側から食べられている事に……。
「上質な素体のおかげで十分な量を確保する事が出来たな」
 女は皮膚と骨を残して全て蟲に変えられた。その内の一匹を眠り続ける雁夜の口に運ぶ。そして、ケイネスの口にも。
「さて、お前達にも働いてもらうぞ。休息は十分にとれたはずだ」

第十七話「暗黒神殿」

 地獄とは人が創り出した概念だ。今の世の地獄に対するイメージはダンテ・アリギエーリの神曲による影響が大きい。
 人は死後、地獄に落ちる。それは宗教に縁の浅い者でさえ心のどこかで信じている。
 どんなに品行方正で清貧な生き方をしていても、人は後ろめたさを感じる生き物だからだ。
 その罪悪感が悍ましい世界を空想させる。いずれ、己の罪を精算する為の場所を求め、それに相応しい痛みや苦しみを夢見る。
 結局、《地獄》も《地獄のような光景》も創り出すのは人間だ。
「……はは」
 アヴェンジャーはこの光景を前にも見た事がある。
 全てが終わった跡。誰一人救えず、誰一人守れず、ただただ、失われたモノに涙を流す事しか出来ない。
 そこに死者は一人もいない。だが、生者も一人としていない。
「ははは……ッ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
 楽器がある。家具がある。他にもたくさん。
 全て、人間を材料にして作られている。
 もはや、人としての原型など一切留めていない。なのに、彼等は生きている。生かされている。生かされながら、殺されている。
「なんという事だ……、なんという事だ!!」
 アヴェンジャーは喜んだ。
 この世にはこれほどの悪がいる。それがどれほど嬉しい事か他人には到底理解出来ないだろう。
「ーーーーああ、私などよりもずっと罪深い」
 裏切り者。不埒者。痴れ者。多くの罵倒を浴びた。それだけの事をして来たのだから、仕方のない事だ。
 口元が歪む。
「騎士として、許し難い蛮行だ」
 穢れに満ちた剣を振り上げる。
「哀れな者達よ。必ずや、君達の無念は私が晴らす」
 彼は復讐者。彼の望みは罪を濯ぐこと。騎士の誇りを取り戻すこと。
 |悲劇の主人公《マスター》と|ヒロイン《桜》を救うよりも、この地獄を造り上げた悪を滅ぼす方が騎士の名誉を取り戻すのに相応しい。
「だから、待っていてくれ」
 アヴェンジャーは地獄の底へと進んでいく。殺してくれと懇願する者を無視して、助けてくれと縋る者をはね除けて、彼は自らの騎士道を貫くために突き進む。
 そこには一人の聖女がいた。両腕両足をもがれ、石版に埋め込まれながら呻き声をあげる白い髪の女。
 その前にあの男が立っていた。アヴェンジャーが第七のサーヴァントに関係する者だと当たりをつけていた男。
 アヴェンジャーをこの地獄に連れて来るなり、手錠を掛けるだけで奥に引っ込んでいた彼は楽しそうに拷問器具を見繕っていた。
「あれ? あんた、誰?」
 アヴェンジャーは微笑んだ。
「……そうだな。正義の味方とでも名乗っておこうか」

 ◇◆◇

 もうすぐ、日付が変わる。静かな夜。黄金の鎧を纏うサーヴァントが円蔵山の麓にある柳洞寺の山門に立っている。
 ここが監督役の指定した戦場だ。
「時臣よ」
 セイバーは背後に控える自らの召喚者に笑い掛けた。
「楽しかったぞ」
 その言葉に時臣もまた、微笑む。
「それは何よりでございます」
 時臣はセイバーが現世の娯楽にうつつを抜かす事を終始咎めなかった。それは彼が約束を守ってくれているからだ。
 戦場を用意するまで、大人しくしている。戦闘を望み召喚に応じた彼にとって、それが如何に意にそぐわぬ事か彼の記憶を夢で見た事で知ったからだ。
 彼は超越者として世界に君臨していた。神々が人の世を裁定する為に地へ使わせた者、英雄王・ギルガメッシュ。
 誰もが彼に傅く世界。彼は常に退屈していた。
 その退屈を紛らわせたのが彼の親友であるエルキドゥ。彼との出会いが退屈を持て余していた王を冒険に駆り立てた。
 友と共に駆け抜けた黄金の日々。彼の隣には常に親友の影がある。この戦いは彼にとって、あの日々の冒険の続きなのだ。
 だからこそ、時臣は彼の望む事に何も口出しをしなかった。ただ、彼の為に戦場を整えた。王が思うがままに戦えるよう、この地の周辺から人を余さず退去させてある。
「どうか、御身の心行くままに」
 世界を支配した王。そのカリスマは魔術の世界にどっぷりと浸かり続けてきた堅物をも虜にした。
「我が召喚者よ。よくぞ、我をこの戦いに招いてくれた! そしてーーーー」
 セイバーは眼下に立つ英雄達を見下ろした。
「よくぞ来たな、歴戦の英雄達よ!」
 この六日間。彼等と過ごした時間は確かに楽しかった。
 現世の娯楽は素晴らしく、飽いてる暇など無かった程だ。
 それもここまでーーーー。
「天を見よ! 滅びの火は満ちた!」
 セイバーが指差す先、そこには黄金の光が浮かんでいる。《眼》の良い者は気付く。それが衛星軌道上にある事を。
 午前0時、そこに最後の火が灯る。
「この街を守りたければ、祈りを叶えたければ、我と決着をつけたければ挑むがいい!」
 彼の背後の空間が揺らぐ。黄金の水面から顔を出す無数の宝具はどれもAランクを超える一級品ばかり。
 それが彼の示す、彼等との日々に対する返礼。
 今宵、最強の英霊は一欠片の慢心も無く、一欠片の油断も無く、全身全霊を戦いに注ぎ込む。
「さーて、行こうか、ブケファラス! 蹂躙を始めようじゃないか!」
 コンカラーは愛馬の首を撫で、爛々と瞳を輝かせる。
 偉大なる人類最古の王。彼が夢見た世界の全てを手に入れた覇王。これ以上、蹂躙のし甲斐がある相手などいまい。
 彼の愛馬にして、英霊であるブケファラスもまた、その闘争心を燃え上がらせている。
「さて、回り道をさせてくれた返礼をしてやらねばな、ラムレイ」
 ライダーは竜を思わせる全身鎧を纏い、魔馬の腹を蹴る。その仮面の内側で禍々しき形相を浮かべながら、剣に纏わせていた風の守りをラムレイに纏わせる。
 そこから数キロ離れた場所ではアーチャーが弓を構えている。
「……英雄王よ。生前に出会った君はまさしく暴君だった。苦い思いを散々させられたよ」
 アーチャーはこの一週間を思い出して微笑む。
「君のおかげで藤ねえは凄く楽しそうだった。その君が戦いを望むなら、私も全霊でお相手しよう」
 今日までの楽しかったとさえ思える日々が異常なら、この戦いもまた異常だ。
 そこに恨みも怒りもない。なのに、手を抜く気など一切起こらない。
「……ああ、これが英雄の戦いなのだな」
 その果てに求めるものなどない。その戦いこそが求めるものなのだ。
 それが英雄と呼ばれる者達の戦場。セイバーが望んだもの。戦いという者を人という種が延々と続ける理由。
 人を殺す事は悪であり、糾弾されるべきだ。
 それは戦争も例外ではない。多くの人間を殺し、英雄と呼ばれた者も結局は罪人なのだ。
 それでも、人は剣をとる。
「幼い子供は些細な事で喧嘩をするものだ。でも、それは大人になっても変わらない……、そういう事だな」
 それが人の本質なのだ。互いの意思をぶつけ合う為に言葉や体を使う。
 エスカレートしてしまえば悲劇を生み出すだけの災厄になり下がるそれも、人が人である為に欠かせないものなのだ。
 それを躍起になって取り除こうとしてもうまくいく筈がない。
 散々迷い、尚至れなかった答えにこんな喜劇のような状態で気付く事になるとは……。
「正義の味方……か、笑ってしまうな」
 それを目指すなら、まずは《人》を知らなければいけなかった。
 それが《正義の味方》の第一歩。それを教えてくれる人はとても近くにいた筈なのに。

 英雄達はそれぞれの思いを胸に動き出す。
 この日、全ての決着がつく。
 
 ◇◆◇

 戦いの音が聞こえる。イリヤスフィールの魔術で眠らされた大河は自宅のベッドで目を覚まし、二人から事の経緯を聞いた。
 アーチャー達はセイバーと決着をつけにいった。出発した後に起こされた理由は彼女自身も分かっている。
「止めちゃいけない事なのかな……」
 涙を浮かべる大河にウェイバーは困り果てた。
 彼女が至って普通の……とは言い難いかもしれないが、魔術の世界とは無縁に生きてきた事はこの一週間でよくわかった。
 芯が強くて、心優しい、普通の女の子に殺し合いを肯定させる言葉など思いつかない。
「タイガはやさしいねー」
 ウェイバーが悩んでいると、イリヤスフィールに先を越された。
「思ったとおりだよ」
 ニコニコと笑顔を浮かべる小さな妖精。ウェイバーは少しホッとした。彼女ならうまく大河を慰める事が出来るだろうと。
 だから、咄嗟に動く事が出来なかった。
「……は?」
 腹部に深く突き刺さる刃。痛みが遅れてやってくる。
 なんらかの魔術を仕込まれたのだろう。彼の意識は一瞬で闇に呑まれた。

第十八話「かっこいいッス!」

 最初にマスター達へ及んだ危機を感知したのはコンカラーだった。主の受けた苦痛がラインを通じて彼に届く。
「ーーーーマスター!!」
 コンカラーの表情が歪む。今直ぐにマスターの下へ駆けつけなければいけない。だが、既に戦闘が始まってしまっている。
 セイバーの性格上、一度始まった戦いを中断してくれる筈がない。
 降り注ぐ無数の宝具。ブケファラスの疾走を止めれば、瞬く間に肉塊へ変えられてしまう。
 如何にセイバーと言えども、三対一では一方的な勝負になると思っていた。ところが、蓋を開けてみれば有利である筈のコンカラー達が押されている。
 あの化け物染みた戦闘力を持つライダーと打ち合いながら、コンカラーを逃さない為に宝具の豪雨で檻を構築し、遠方から飛来するアーチャーの狙撃を盾の宝具で完璧に防ぎ切っている。
 隙が全く無い。次元が違う。まるで、神に挑んでいるかのようだ。
「ブケファラス!!」
 それでも、この戦線から離脱して主の下へ向かわなければいけない。彼の命が一秒毎に弱まっていく。
 縦横無尽に飛び交う宝具の嵐は掠るだけで消滅を免れない凶悪なものばかり。
 だが、幸か不幸かセイバーはコンカラーに対して逃がさない程度の注意を向けているだけだ。
 さすがに包囲網を抜けようとしたら気付かれて、仕留める為の攻撃にシフトするだろうがーーーー、
「マスターを助けに行くぞ!!」
 コンカラーは天を仰ぐ。
「偉大なる|我が父《ゼウス》よ、御身の力を貸し与え賜えーーーー、雷霆招来!!」
 雲一つ無い空に一筋の亀裂が走る。その彼方より、白き雷が降り注ぐ。
 神の雷はセイバーのAランクを超える宝具すら寄せ付けず、真っ直ぐにコンカラーへ向かう。
 轟く轟音にセイバーとライダーの動きが止まり、同時に光の中からブケファラスに跨る赤毛の青年が現れた。
「|神の祝福《ゼウス・ファンダー》!!」
 それは|神《ゼウス》の子としての自己認識。ゼウスの加護を受けたコンカラーの体は精悍な若者へと成長を遂げさせた。
 それに応じてステータスが書き換わる。
「行くぞーーーー、|始まりの蹂躙制覇《ブケファラス》!!」
 神の加護は一時的に彼の愛馬にも適用され、その能力を向上させた。
『Baooooooooooooooooooooooooooーーーー、
 今や、音の疾さを超え、迅雷と化したブケファラスの疾走はセイバーによる宝具の射出速度を上回る。
 まるで時が止まったかのようにブケファラスは感じ、己の主人を目的の場所へ到達させる為のルートを導き出した。
ーーーーooooooooooooooooooooooooooo!!!』
 セイバーは咄嗟にコンカラーを撃墜しようとするが、その圧倒的なスピードを前に諦めた。
 代わりに賞賛を贈る。
「あれがヤツの真の疾走か……、実に素晴らしい」
 願わくば、その疾走をもって挑んでもらいたかった。
「貴様はいいのか?」
 セイバーはライダーに問う。
「行かせてくれるのか?」
 ライダーはクスリと笑った。
「駄目だな。貴様は逃がさん」
 セイバーはニヤリと笑う。
「本当によくぞ参戦してくれたな、騎士王よ」
「……未だに、私をそう呼ぶのだな」
 ライダーは不機嫌そうに呟いた。
「今の貴様は騎士王で間違いなかろう。例え、それが仮初のものであろうと、貴様はその姿を選び、その在り方を真似た。ならば、何も問題などあるまいよ」
 セイバーの言葉にライダーは舌を打つ。
「……お前は姿形がいくら違っても、やはり嫌なヤツだよ」
 ライダーは言った。
「そう嫌うな。我は貴様の事を気に入っている。よくぞ……、逃げも隠れもせずに参戦してくれた。一度口にした言葉を違えば、我の王としての威厳に水を差す事になる」
「戯言を……。貴様だけは何としても排除しなければならない。ただ、それだけの事だ!」
「ならば、全霊をもって挑め!」
「そのつもりだ!」
 二人の王の戦いは苛烈を極めていく。さっきまでの戦いが単なる遊びだったかのように、天候を掻き乱し、大地を焦土に変え、それでも尚、際限など無いかのように疾く、重く、激しく剣を振るう。
 片や相手を滅ぼす為に、片や相手を律する為にーーーー……。

 ◇

 コンカラーがマスターの下に辿り着いた時、既にアーチャーが到着して傷を負ったマスター達の治療に当たっていた。
「アーチャー! マスターは!?」
「……不幸中の幸いというやつだな。二人共急所を外している」
 手当が終わったらしい。ウェイバーと大河は穏やかな寝息を立てている。
「治癒魔術の心得が?」
「そんなものは無いさ。それに近い事が出来る宝具を使った」
「あはは……、便利だね」
 主が無事だった事に安堵の表情を浮かべるコンカラー。だが、直ぐに気がついた。
「二人……?」
 嫌な予感がした。
「ねぇ、イリヤはどこ?」
「……奪われた」
 怒気を滲ませてアーチャーは言った。
「アサシンだ。二人にトドメを差す直前だった……」
 アーチャーは近くの机から宝石を取り出した。
「まったく、こんな事だろうと思った」
 その宝石は以前、セイバーが大河に渡した宝具だった。
「身に付けていなかったのかい!?」
「ああ、そのようだ。起きた後、返すつもりで外したのだろう」
 アーチャーは宝石を眠る大河の首に掛けた。すると、ゆっくりと彼女のまぶたが動き始めた。
「タイガ!」
 アーチャーが声を掛けると、大河は目を覚ました。
「……あ、れ?」
 自分が眠っていた事、目の前にアーチャーとコンカラーが武装した状態でいる事に戸惑っている。
「わ、たし……どうして……、あっ」
 急速に記憶が蘇る。
 刺されたウェイバー。そこに現れた骸骨の仮面を被る黒衣の男。
 男は彼女にもナイフを突き立て、更にその首へ凶刃を向けた。
 そして……、
「イリヤちゃんは!?」
 大河はアーチャーを見た。意識を失う直前、彼が現れたのを覚えている。
「すまない……」
「うそ……」
 イリヤが攫われた。魔術師ではない大河にも、ここ数日の間に知った知識を下に推測する事は出来る。
 攫われたマスターがどんな目に合うか……。
「助けに行かなきゃ!!」
 飛び出そうとする大河の襟をコンカラーが掴む。
「はい、ストップ。どこに居るのか見当でもついてるの?」
「わ、わかんないけど……、でも!!」
 必死な表情を浮かべる大河。
 イリヤの身に危険が迫る。その事を想像すると寒気がする。首を切り落とされそうになった時よりもずっと怖い。

ーーーーじゃあ、わたしもタイガの事、シショーって呼んでもいい?

 彼女と過ごした一週間が脳裏を過る。
「イヤだ!! イリヤちゃんにもしもの事があったら……、そんなの絶対にイヤだ!!」
 大河は泣き喚いた。コンカラーに離してくれと懇願した。
 その騒ぎでウェイバーも目を覚ます。
「……なにごと?」
 アーチャーは手短に事情を説明した。
「アサシンか……」
 ウェイバーは慌てふためく大河を見て、少し冷静に考える事が出来た。
 今の段階で彼らが把握しているサーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、コンカラーの五体だった。それぞれのマスターも遠坂時臣、藤村大河、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、ウェイバー・ベルベットだと判明している。
 残る二体のサーヴァントとは未遭遇。その内一体は確実に御三家の一画である間桐のものだ。
「コンカラー」
 ウェイバーは大河を掴んでいるコンカラーに声を掛けた。
 前よりも背が高く、顔も精悍になっている。恐らく、以前聞いた二つ目の宝具を使ったのだろう。魅了のスキルがダウンする代わりに神性とステータスが永久的に上昇するものだ。
「なんだい?」
「今から間桐邸に強襲を掛ける。出来る限り不意を突きたいから、僕が先行して、令呪を使うよ」
「え?」
 その言葉にコンカラーだけではなく、大河やアーチャーまでもが困惑の声を発した。
「な、なんだよ……、その変な反応は」
「いや……、どうして間桐邸なんだ?」
 アーチャーの問いにウェイバーは逆に首を傾げた。
「後、サーヴァントが判明していないマスターの内、拠点が判明している場所がそこしかないからだよ。完全なバクチになるけど、モタモタしている時間はない。間桐邸が違うなら、そこからは街中を虱潰しで探すしかないんだ。正解でも不正解でも、とにかく動かないと間に合わなくなる」
「どうしちゃったの、マスター。なんか、すごくかっこいいよ」
 以前までの彼ならともかく、頬を赤らめながら乙女みたいな仕草をされると若干気持ち悪い。
 ウェイバーはゲンナリしながら言った。
「別に……、あんなチビっ子が危ない目に合うのってなんか……アレだと思ったんだよ! ほら、そこをどいてくれ!」
 魔術師として失格だが、それでも思ってしまったのだ。敵なのに、魔術師なのに、助けたいと……。
 傍若無人な王様達とお姫様に振り回され、過ごしたこの一週間は本当に楽しかった。英雄達がこぞって戦いを先延ばしにする程、誰にとっても楽しい一週間だった。
 陰湿な魔術世界では味わえない穏やかな時間。
「それにアイツは僕を刺したんだぞ! やり返してやらなきゃ気が済まないね!」
 そう言って出て行こうとするウェイバーの腕を大河が掴んだ。
「待って!」
「なんだよ? 言っておくけど、お前は連れて行かないぞ。令呪も使えない以上、お前に出来る事は何もない」
 冷たく言い放つウェイバー。その本音が分かってしまうが故に大河は涙を流した。
「……連れて帰って来てね?」
「当たり前だろ」
 外へ飛び出していくウェイバーを大河は追わなかった。ついて行けば邪魔になる。それを理解出来てしまう自分が腹立たしい。
「……大丈夫だ、マスター」
 アーチャーは言った。
「彼はいずれ偉大になる素質を持っている」
「……ずいぶん、詳しいんだね」
 まるで彼の未来を知っているかのようなアーチャーの口振りにコンカラーがつぶやく。
「彼とよく似た人物を知っているだけだよ。誰からも慕われ、大きな力を持つようになる。本人の望んだものとは違うかもしれないがね」
「ふーん……。そっか、見てみたいな」
 コンカラーは微笑んだ。
「願いなんて無かったけど、あの英雄王や君がそこまで太鼓判を押すなら、マスターの歩む道を見守りたくなっちゃったよ」
「きっと、彼は君の期待を裏切らないよ」
 アーチャーの言葉にコンカラーは頷いた。
「さっきの彼は凄くカッコ良かった。……さて、そろそろかな」
 ここは深山町にある藤村の家。ここから間桐邸までの道のりは魔力で強化した魔術師にとってそう遠くない。
 コンカラーは大河を見つめた。
「待っててよ。必ずお姫様を助けだしてくるからさ」
「……うん。お願いね、コンカ……ううん、アレキサンダー」
 コンカラーがニッコリと微笑むと同時に光が走った。令呪による強制召喚だ。
「さて、私も援護に回ろう」
 アーチャーは弓を投影すると、窓から屋根に上った。
 そしてーーーー、視た。 
「……あれは」
 間桐邸に立ち上る暗黒の光を……。