最終話『魔王と僕の歩む先』

 春が過ぎた。夏が過ぎた。秋が過ぎた。冬が過ぎた。
 一年が過ぎた。二年が過ぎた。五年が過ぎた。十年が過ぎた。
 魔王と共に姿を消したハリーを私は今も探し続けている。

「……まったく、あの薄情者め」

 愚痴を零しながら、私は手紙の指し示す場所を目指して歩いている。
 魔法省に入省して、たくさんの人脈を手に入れた。その中の情報筋から手に入れた手掛かり。
 ノルウェーの北部にあるドラゴンの棲息域に、時折浮世離れした美しい女が現れるという。その女の髪は血のように紅く、出会った者を虜にしてしまうという。

「今度こそ当たりなんだろうな……」

 暇を見つけては、あやふやな手掛かりを下に各地を回っている。
 だけど、未だに辿りつけない。
 秘境や異国へ赴いてはガッカリさせられるばかりだ。

「……あそこか」

 目撃情報のあった場所に到着した。エメラルドグリーンの輝きを放つ、ドラゴンの抜け殻がある。
 脱皮したばかりの抜け殻には魔力が残り、貴重な素材となる。少量であれば持ち出して保存する事も出来るが、本体を移動すると折角の魔力が霧散してしまうらしく、ここに放置されている。
 今回は三日間猶予がある。それ以上はさすがに仕事を休めない。それまでに現れてくれる事を祈り、私はテントを設置した。これはビルから貰ったものだ。
 彼は魔王と一緒なら何処に居ても幸せな筈だと達観したような事を言って、今もダンブルドアの秘書を続けている。闇の魔術に対する防衛術の授業も担当しているそうだ。
 
「十年か……」

 フレッドとジョージはクィディッチの選手になった。共に一軍として大活躍している。
 直接会えなくても、きっと自分達の活躍をハリーも見てくれている筈だ。彼らはそう言って、日々、訓練に励んでいる。
 ロンはハーマイオニーと結婚して、私の部下になっている。入省時期は同じだけど、生憎と頭の出来が違った。だが、私がハリーを探す時間を作るために便宜を図ってくれている。その事にはいくら感謝をしてもし足りない。
 パンジー達もそれぞれ日々の仕事に打ち込みながら出会いを求めているようだ。クラッブとゴイルを薦めたらグーで殴られたっけ……。

「ハリー……。君に会いたいよ」

 あれ以来、私は多くの友を持った。掛け替えの無い親友達と共に様々な障害を乗り越えた。
 それでも、心にはポッカリと穴が空いたままだ。
 確かに、君にとって魔王は特別な存在なのかもしれない。私達は一番になどなれないのかもしれない。
 
「だからって、手紙の一つも寄越さないってのは無いんじゃないか?」

 テント生活二日目の朝、ドラゴンの抜け殻をせっせと削る赤毛に私は思いっきり不機嫌な顔で声を掛けた。

「……え?」

 キョトンとした表情を浮かべて、ハリーは僕を見た。

 最終話『魔王と僕の歩む先』

「ごめんね、散らかってて」

 僕は久しぶりに再会した友人を家に招いた。形式的な事を言っただけなのに、部屋の掃除を一手に担う我が家のメイドにハタキで叩かれた。

《なんだ、その言い草は! 言っておくが、埃一つ残さず綺麗にしているのだぞ!》

 ガーッとクリスに怒られて涙目になる僕を彼は笑う。

「元気そうで何よりだ」
「……えへへ」

 クリスはチラリと彼を見た後、そのまま書斎の方へ向かって行った。
 
「……パン屋は辞めたのかい?」
「うん……。メゾン・ド・ノエルには戻れなかったからね。他の所で再スタートしようかとも思ったけど……」
「そっか……」

 メゾン・ド・ノエルには魔法省のメスが入った。捜査の名目で荒らされた店は廃墟のようになってしまった。
 何度か店の前に行った事がある。その度に常連だった人々が寂しそうな表情を浮かべていた。
 事情を話す訳にも行かず、僕は彼らに何も出来なかった。

「収入はどうやって得ているの?」
「畑仕事を少々」

 この家の裏側には結構な広さの畑が広がってる。

「ここがリビングだよ」

 リビングにはイヴとワームテールがいた。

「えっと……、ワームテールとチェスをしている子は?」
「イヴだよ」
「……え?」

 イヴも人に化けられるようになった。その方が便利だからと魔王が特別な魔法薬を調合したのだ。
 燃えるような赤い髪は僕とお揃い。近所の人には妹って事にしている。

「おや、アナタは!」

 ワームテールは彼に気付いて傍まで来た。チェスを中断されたイヴが両手を上げて抗議している。

「やあ、ドラコさん。お久しぶりですね」

 ワームテールは今ではすっかりおじいさんになってしまった。
 腰が曲がって、前みたいに動き回れなくなっている。だから日がな一日、イヴとゲームをしている。

「どうも」

 ドラコはイヴにも手を振った。だけどイヴにはチェスの方が重要みたい。チェス盤を指差して、ワームテールを呼んでいる。

「すみません」

 ワームテールは申し訳無さそうにドラコに頭を下げてイヴの下に戻った。

「イヴとワームテールはとっても仲がいいの」
「みたいだね」

 二人が遊んでいる場所から少し離れた所に僕達は座った。

「でも、ビックリしたよ。あんな場所にドラコがいるなんて思わなかった」
「本当に苦労したよ」

 眉間にしわを寄せながらドラコが言った。

「普通、友達に手紙の一つくらい寄越さない?」

 かなり怒っているみたい。

「ご、ごめんなさい……。だって、僕と繋がっている事を知られたらドラコ達が大変な目に会うと思って……」
「……それでも、連絡が欲しかったよ。ずっと、心配してたんだ」
「ごめん……」

 縮こまる僕にドラコは微笑んだ。

「冗談だよ。いろいろと言いたい事があった筈なんだけど、君に会えたら吹っ飛んじゃった。ねえ、魔王はいないの?」
「も、もうすぐ帰って来ると思う」
「そっか」

 ドラコは僕の服装を見た。

「それにしても、なんだか森の魔女って感じの服装だね」
「えへへ……、素材集めの時はいつもこれなんだ」

 ポケットが山程あって、魔具もいろいろな場所に引っかかっている。

「ちょっと、着替えてくるね」
「うん」

 ドラコを待たせて、僕は部屋に戻った。
 手際よく身支度を整えて戻ると、ドラコは目を丸くした。

「スカートなんだ……」
「え? あっ……、うん」

 しまった。いつもの癖でいつもの服を選んでしまった。

「……聞いてみたい事があったんだ」
「な、なにかな……?」
「君って、魔王を父親として好きなの? それとも……ああ、もういいよ」

 顔を真っ赤に染める僕を見て、ドラコは察したようだ。

「……そっか」

 どんな反応が返って来るか心配だったけど、ドラコはどこか寂しそうな表情を浮かべた。

「ドラコ?」
「……今、君は幸せかい?」
「うん!」

 それは即答出来た。すると、ドラコは嬉しそうに微笑んだ。

「これからも遊びに来ていい? ビルやフレッド達も連れて来たいんだけど」
「えっと……、大丈夫かな……」
「魔法省の事なら大丈夫だよ。なにしろ、十年で色々と変わったからね。未だに君の事を嗅ぎ回っている人間は僕くらいのものさ」
「そっか……。なら、大丈夫だよ」
「……ありがとう」

 その日、僕は夜遅くまでドラコと語り合った。
 十年の間に起きた様々な出来事。ロン達の近況。聞けば聞くほど聞きたい事が増えて、気付けばリビングのソファーで眠っていた。
 気付いた時にはドラコが帰っていて、代わりにトムがいた。

「……おはよう、トム」
「おはよう、ハリー」

 僕はトムの顔を見つめた。

「な、なんだ?」

 この十年で僕達の間にもいろいろと変化が起きている。
 一つは呼び方が変わった事。魔王っていう呼び方も好きだったけど、今は名前で呼んでいる。
 僕はトムが好きだ。それは今も昔も変わらない。
 彼に身も心も捧げ、姿形も変えられた、あの日から変わらず、この人を愛している。
 制御されていない魔力による肉体の変質。それは僕の心が大きく影響している。
 彼は確かに父親に似た部分を母親のモノに近づけようとした。だけど、僕がママの幼いころの姿とそっくりに変わった理由は僕がそれを望んだからだ。
 |魔王《トム》が男の人だから、僕は女の子になろうとした。性別までは変わらなかったけど、今でも僕の容姿は女性にしか見えないものになっている。
 僕はずっと前から、僕を救けてくれた瞬間から、ずっとこの人に恋をしていた。

「ねえ、トム」
「なんだ?」
「僕達はずっと一緒だよね?」
「何を今更……」

 不思議そうな表情を浮かべるトム。
 思いを告げた事はない。だって、それは望み過ぎだからだ。
 ただ、いつまでも一緒にいられたら、それだけで十分幸せなんだ。

「お前は俺のものだ。そして、俺はお前のものでもある。お前が許す限り、俺はお前と共に在る。在り続ける」
「……なら、永遠に一緒だね」
「……ああ。そうだ、散歩にでも出掛けるか?」
「うん!」

 僕は麦わら帽子を被った。最近、日差しが強くて大変なんだ。
 トムは玄関で待ってくれていた。時々、トムの方から誘ってくれる散歩の時間が僕にとって何よりも幸せな時間だ。
 ただ、横に並んで歩くだけなのに、どうしてこんなに嬉しいのか、自分でも説明がつけられない。
 いつも一緒。いつまでも一緒。
 
 魔王と僕の歩む先はどこまでも一緒。

 END

第九話『離別』

 魔王の姿が消えた。そして、ヴォルデモート卿が苦しみ始めた。
 何が起きているのか分からない。ただ、魔王が戦っている事だけは分かる。だから、僕は祈った。

「魔王……」

 勝ち負けなんてどうでもいい。魔王に消えてほしくない。ただ、それだけだ。
 やがて、ヴォルデモート卿は動きを止めた。
 その体が光に包まれていく。分割された魂が一つに戻り、その肌に生気が宿っていく。肉体も大きく変貌を遂げ、やがて魔王の姿になった。
 瞼を開き、僕を見つめる。僕は駈け出した。

 第九話『離別』

「魔王!!」

 間違える筈がない。例え、それが同一人物だとしても、魔王とそれ以外を僕は間違えない。
 そこに立っていたのは、紛れも無く魔王だった。

「……安心しろと言っただろう」

 呆れたように彼は言う。

「俺様が嘘を吐いた事があるか?」
「……割りといっぱい」

 僕の答えに魔王は笑った。

「そうだったかな」

 魔王が僕の頭を撫でてくれた。いつものように優しい手付き。まるで壊れ物を扱うかのように丁寧。
 
「……終わったようだな」

 ダンブルドアが魔王に話し掛けて来た。その瞬間、魔王は拳を振りぬいた。殴り飛ばされるダンブルドアに周囲が騒然となる。
 だが、当の本人達は笑っている。

「これで勘弁してやるよ、クソジジイ」
「ほっほっほ。いたいけな老人に酷い事をするのう」

 朗らかな笑みを浮かべる二人。

「ま、魔王……?」
「さて、これで全部終わりだ。帰るぞ、ハリー」
「……うん」

 僕は魔王の手を取った。そして、帰路につこうとして取り囲まれた。
 当たり前の話だけど、彼らにとって、僕達は敵のままなのだ。

「ま、待て、ヴォルデモート!!」

 彼らの瞳には困惑の色が浮かんでいる。今までの一部始終を見て、混乱しているようだ。
 それでも、自分達の使命に従おうと勇気を振り絞っている。
 正義は彼らにある。だけど、そんな事はどうでもいい。

「邪魔しないでよ」

 僕は言った。

「僕達は帰るんだ」

 すると、彼らは激怒した。

「何を……、何を言っているんだ!! 大勢の人を殺して、大勢の人を苦しめて、下手な茶番を打って、それで帰るだと!?」
「そんな事、許される筈が無い!!」
「貴様等を逃がしはしないぞ!!」

 ヴォルデモート卿が引き起こした数々の事件。その罪は魔王に引き継がれた。
 だけど、どうでもいい。僕にとって、彼らはただひたすら邪魔なだけだった。

「……これが俺様と歩むという事だ」

 魔王が僕を見つめる。ちょっとしつこい。

「僕の答えは変わらないよ、魔王」

 僕は微笑んだ。
 すると、彼は僕を抱き上げた。

「仕方のない奴め……」

 魔王はそのまま歩き始める。

「止まれ!!」

 誰かが杖を振るった。だが、呪文が当たる事はない。
 代わりにクリスがひと睨みして沈黙させる。
 イヴの唄は僕等に勇気を、彼らに恐怖を与える。

「我は魔王。身の程を識る事だな、魔法使い達よ。貴様等が如何に徒党を組み、如何に強力な術を手に入れても、我が歩みを止める事は出来ない」

 圧倒的なまでの力の差。それでも勇敢に立ち向かう者はいた。だけど、誰一人僕等を傷つける事は出来ない。
 ビルやドラコ達が口を開こうとして、ダンブルドアがこっそりと杖を振るった。声を出せない事に驚き、それでも何かを訴えようとしている。
 僕は声に出さず、口の動きだけで彼らに告げた。
 さようなら、みんな。

「では、諸君」

 魔法使い達の輪を堂々と通り抜けた後、魔王は振り返って言った。

「さらばだ」

 イヴの炎が僕達を包み込む。そして、僕達は魔法界に別れを告げた。

第八話『闇の終焉』

 毎日が地獄だった。他の者には無い力を持っていた事で迫害され、化け物と呼ばれた。
 向けられる視線はどこまでも冷たくて、投げ掛けられる言葉はどこまでも残酷だった。
 光も届かない水底に沈んでいるような日々。少しでも認められたくて、必死に手を伸ばした。だけど、誰も応えてはくれなかった。

【お主は魔法使いじゃ】

 ある日、突然現れた老人が言った。初めは耄碌した老人の戯言だと思った。だけど、彼も己と同じ力を持っていた。
 初めて手を差し伸べられた。嬉しくて、その手を取った。
 導かれるまま、マグルの世界を捨てて魔法の世界に飛び込んだ。
 そして始まる、夢のような日々。今までの常識は一変し、己の真の居場所を理解した。
 飛び交う呪文。跋扈する魔法生物。囁き合う魔法使い。

【ようこそ、魔法界へ】

 その頃は純粋に彼を慕っていた。生まれて初めて優しくしてくれて、魔法の世界へ導いてくれた偉大なる指導者を崇めていた。
 ホグワーツの城を初めて目にした時の衝撃と感動は今も薄れていない。圧巻の光景と未来への希望に胸を焦がした。
 組み分け帽子に認められ、エリートの多いスリザリンに選ばれ、そこで多くの仲間を得た。
 順風満帆な日々。
 理想を語り合い、魔法の腕を競い合い、幸福な時間を過ごした。
 だけど、成長するに連れて、魔法界へ連れて来てくれたダンブルドア先生の己を見る眼に気がついた。
 見守るようなあたたかい瞳の裏に隠された警戒と疑念を感じ取ってしまった。
 どうして、そんな眼を向けるのか分からなかった。だから、必死に頑張った。優等生になれば認めてもらえる筈だと思った。なのに、彼の眼は変わらなかった。
 そして、識る。己の出生の秘密。スリザリンの大半の生徒がそうであるように、己も純血の魔法使いだと信じていた。だが、実際は違った。
 我が父は軽蔑すべきマグルだった。
 そこから先は恐怖の日々だった。もし、みんなが己の出生を知れば、またあの頃に戻ってしまう。
 冷たい眼で見られ、毎日が苦痛で仕方がなかった孤児院での日々。喘ぐように己を取り繕った。誰よりも魔法使いらしくあろうとした。
 闇の魔術に触れたのも、初めは純粋な探究心からだった。魔法の深淵に手を伸ばし、自分こそが真の魔法使いであると胸を張りたかった。
 そうした日々を過ごす内、ますますダンブルドアの眼は怖いものになっていった。軽蔑の眼差しに変化していった。
 分からない。どうして、そんな眼で見るんだ? ただ、認めて欲しいだけなのに……。

【トム。それ以上、闇の魔術に踏み込むのは止すのだ】

 ダンブルドアは事ある事にそう言った。まるで危険物を取り扱うような態度を取り始めた。
 徐々に彼に対する嫌悪感が募っていった。
 彼が憎むべきマグルを擁護し、その思想を魔法界全体に広げようとしている事を識った。そして、実際に広がり始めている事を知った。
 マグル生まれが歓迎され、純血主義を掲げるスリザリンは悪の手先のような扱いを受けるようになった。
 寮同士の仲も険悪なものになっていき、最もダンブルドアの思想に共感したグリフィンドールとは不倶戴天の敵となってしまった。
 このままではいけない。魔法界をあるべき姿に戻さなければならない。
 そして、深淵に触れた。サラザール・スリザリンの遺した秘密の部屋の存在を識ったのだ。その部屋で更なる闇に近づき、そして……、一人の女子生徒を死なせてしまった。
 恨みなど無かった。ただ、彼女は偶然居合わせてしまっただけだった。偶然、顔を出したバジリスクの魔眼を見てしまっただけだった。
 罪を隠そうとして、寮を超えた友人だったルビウス・ハグリッドを犯人に仕立てあげた。そして、それは驚くほど上手くいき、ホグワーツ特別功労賞まで手に入れてしまった。
 人を殺して得た栄誉。その時、全てが壊れ始めた。
 その夏、リドルの屋敷へ向かった。そこで、父親と初めて対面する。そして……、その男が如何に下劣で、母が如何に哀れな女であったのかを知った。
 気付けば父は息絶え、己は高笑いをしていた。壊れたラジオのように延々と嗤い続けた。
 
 第八話『闇の終焉』

 こんな筈ではなかった。策は完璧で、負ける筈など無かった。
 ダンブルドアを殺し、ハリー・ポッターを殺し、己の分霊に始末をつけて、ようやく理想を叶えられる筈だった。
 軽蔑すべきマグルも、マグルに傾倒する裏切り者もいない、純粋な魔法使い達の理想郷。
 あと少しだったというのに……。

「……許さん。こんな結末は断じて……」

 若き日の己が近づいてくる。まるで、己自身に否定されたような気分だ。
 
「俺様は間違えてなどいない。俺様は正しい」
「……もう、夢から醒めたらどうだ?」

 魔王は言った。

「俺様が気づけたのだ。同じ存在である貴様に気付けぬ筈がない」

 その瞳に宿る穏やかな感情に怒りが込み上げてくる。

「貴様……ッ」
「……俺達は認められたかった。居場所が欲しかった。だが、間違えた」
「間違えただと……? 巫山戯るな!! 俺様は間違えてなどいない!! 作るのだ!! 理想の世界を!!」
「それは……、ただ自分にとって都合の悪い人間を排斥しただけの残骸だろう。本当に望んでいた世界はそうじゃなかった筈だ」
「何を言っている……。貴様は何を言っているんだ!?」

 理解出来ない。同じ存在である筈の目の前の男が欠片も理解出来ない。

「ただ、俺を見てくれる人が欲しかった。愛してくれる人が欲しかった。純血の魔法使いでもなく、純粋なマグルでもない半端な俺を誰かに認めて欲しかった。だけど、マートル・エリザベス・ウォーレンを死なせてしまった……。後戻り出来なくなって、誤った栄誉を手に入れて、それで全てがおかしくなった。こんな筈では無かったのだ!! ただ、俺は誰よりも魔法使いらしく在りたかった!! 誰もが模範とするような、誰もが認めてくれるような真の魔法使いに……」
「止めろ……。違う……」

 否定する。否定しなければならない。
 魔王の言葉は今までの全てを否定する事だ。今までの道のりが全て間違いだったと認める事だ。
 
「いい加減、夢から醒めよう」

 魔王が杖を掲げる。

「……俺様を消すというのか? 貴様も消える事になるぞ!」
「それは貴様次第だ」

 杖が振り下ろされた瞬間、頭が割れそうになった。
 見知らぬ光景が脳裏に浮かぶ。それは魔王とハリー・ポッターが過ごした日々。
 まるで、己自身が体験したかのように鮮明に、強烈に心を揺さぶる。
 俺様が全てを奪った子供。幼い手を伸ばしてくる。振り払おうとしても、離れようとしても、その手はずっと……。

「ハリーは俺が欲しかったものをくれたのだ。全てを奪った俺を救ったのだ……」

 魔王の姿が消える。いや、その意識が俺様の中に入り込んでくる。

「止めろ!! 止めろ!! 止めろ!!」

 塗り潰されていく。

「出て行け!! 出て行くのだ!! 貴様は……、貴様など、俺ではない!!」

 何故だ。引き剥がす事が出来ない。
 俺が消えていく。まるで、それが正しい事のように心が魔王を受け入れる。
 呑み込まれていく。

【僕のすべてをあげる】

 心が侵食されていく。記憶も感情も全て……。

【僕を連れ出して】
 
 意識が埋め尽くされていく。オリジナルである筈の俺の意識が……。

【ありがとう、魔王】

 一人の少年の顔と声だけが反響し続ける。

【僕は魔王と一緒にいるんだ!】

 拒む事が出来ない。その子供との日々が羨ましくて堪らない。

【もっと、魔王の事を理解したい】

 それこそが望んでいたもの。焦がれていたもの。

【帰ろうよ、魔王】

 ハリー・ポッター。まるで、大切な宝物のように感じてしまう。
 抗う気力が吸い取られていく。その愛を俺も感じたい。その愛が欲しい。
 例え心と肉体を明け渡しても構わないと思う程、その輝きに憧れる。
 手を伸ばす。俺が欲しかったものはここに……。

第七話『チーム《メゾン・ド・ノエル》』

 暗い牢獄の中で僕は魔王を感じていた。響いてくる過去の声だけじゃない。本物の魔王が近づいてくる。
 僕は少しだけ昔の事を思い出した。魔王と出会った時の事、ダーズリーの家から逃げ出した時の事、隠れ穴で過ごした日々の事、隠れ穴から逃げ出した後の事。
 初めの頃、僕達は魔王の隠れ家に身を寄せていた。お金もろくに無くて、あの時は本当に餓死してしまうかと思った。そんな時に見知らぬおじいさんが僕にパンを恵んでくれた。
 温かくて美味しいロールパン。僕の記憶にある限り、あの時のパン以上に美味しいものとは出会った事がない。
 それからしばらくして、ワームテールと出会った。初めは人間に変身出来るネズミなんだと思ってた。だって、魔王が紹介する時にそう言ったんだもの。
 ワームテールが何処からか稼いで来たお金を魔王がギャンブルで増やした。そして、メゾン・ド・ノエルを作り上げた。定期的に収入を見込める店を作ると決めた時、僕がパン屋を希望したんだ。それから制服を作ったり、パンを試作したりと大忙し。
 休日には魔王がいろいろなところに連れて行ってくれた。たくさんの魔法生物と触れ合った。たくさんの景色を見た。たくさんの思い出を作った。

「……魔王」

 魔王と過ごした日々。それはまるでステンドグラスのように美しく、僕の記憶を彩っている。
 自分が幸福な人間なのだと胸を張れるようになった。
 ドラコ達と友達になれて、優しい人達に恵まれて、それは全て魔王のおかげで手に入れられたもの。
 魔王は僕の光。僕の導。僕の家族。僕の愛しい人。
 ああ、彼が来る……。

「待たせたな」
「……待ちくたびれちゃったよ」

 誰よりも強くて、誰よりも僕を見てくれる人。
 ああ、うれしい。ようやく会えた。
 僕の……、魔王。

 第七話『チーム《メゾン・ド・ノエル》』

 縋り付いてくるハリーの頭を魔王は撫でた。ハリーが魔王を恋しがっていたように、魔王もハリーを想っていた。
 
「……少し、痩せたようだな」
「うん……」
「ハリー。分かっただろう? 俺様がどういう存在か……」

 魔王の言葉にハリーはクスリと微笑む。

「昔から知ってる」
「ハリー……」
「もう、離さないからね」

 ハリーは魔王という存在……、ヴォルデモート卿という存在の真実を知った。
 自らの目的の為に大勢の人間を傷つける悪魔。その悪意はハリー自身にも向けられた。
 それでも尚、ハリーの魔王に対する想いは何も変わらない。

「……それが貴様の選択か?」
「そうだよ。ずっと前から僕の選択は変わらない。これからもそう……、僕は魔王と一緒にいる」

 その言葉が魔王の心に浸透していく。向き合う事から逃げ続けた理由はハリーから拒絶される事を恐れたからだ。
 ヴォルデモート卿が復活し、力を付けていけば、いずれはハリーも知る事になると分かっていた。
 話に聞くだけでは分からぬ悪意。その真髄に触れた時、ハリーはきっと己を拒絶すると考えた。そして、恐怖した。
 離れたくなど無い。それでも、ハリーから拒絶の言葉を向けられるより、何倍もマシだと思った。

「……ハリー。その選択は貴様に苦痛を与えるかもしれんぞ」
「いいよ。例え、どんなに苦しくても、どんなに痛くても、それが魔王に与えられるものなら、僕はとても嬉しいと思うから」

 迷いは晴れた。

「……ならば、もう知らぬ。覚悟しろ、ハリー。俺様は二度と貴様を離さない。永劫、我が物としてくれる」
「うん!」

 嬉しそうな笑顔を浮かべるハリー。魔王は困ったように見つめ、その手を取った。

「帰るぞ、ハリー」
「うん。帰ろう、魔王」

 二人が牢獄から出ると、そこには無数の魔法使い達が集まって来ていた。その中には見覚えのある者もいる。

「そこまでだ、ヴォルデモート!!」

 キングズリー・シャックルボルト。闇祓い局のエースが先陣に立っている。
 その後ろにはギラギラとした眼でハリーを睨むシリウスの姿。

「ハリー・ポッター!! 実の父と母を殺した男に懸想するとは、恥を知れ!!」

 憎悪の篭ったシリウスの叫び声にハリーは眉一つ動かさない。
 その態度が余計に彼の怒りを増長させる。

「許さんぞ!! ジェームズとリリーの顔に泥を塗りおって!!」

 ハリーはそんなシリウスに目もくれず、魔王と共に前を向く。

「貴様!!」

 シリウスが杖を振り上げた。同時に他の魔法使い達も杖を掲げる。
 魔王がつまらなそうに杖を振り上げようとするが、ハリーが止めた。

「ハリー……?」

 その手から杖を掴み取り、そして、初めてシリウスを見た。

「僕達は帰るの」
「貴様に帰るべき場所など無い!!」
「ううん」

 ハリーはニッコリと微笑んだ。

「あるよ」

 ハリーは暗闇の広がる天井目掛けて叫んだ。

「来て、イヴ! クリス!」

 炎が天井を埋め尽くす。そして、その中から不死鳥と銀のドレスの少女が姿を現した。
 ざわめく魔法使い達を尻目にハリーは言う。

「クリス。力を貸してもらえる?」
《当然だ。まったく、遅過ぎるぞ》

 クリスが一歩前に出る。そして、その瞳が爬虫類を思わすモノに変化した瞬間、殆どの魔法使い達が倒れ伏した。
 突如現れた少女に意識を奪われた者達は揃って彼女の瞳を見てしまったのだ。バジリスクの魔眼を……。

「ほう、殺さずに生かしたか」
《……もう、面倒なしがらみなど不要だろう?》

 クリスの言葉に魔王はククッと笑った。

「その通りだ」

 ハリーも微笑んだ。別に殺していても何の感情も湧かなかったと思う。だって、この人達は魔王に牙を剥いた。
 だけど、クリスはハリーの為に手加減をした。その心遣いが嬉しかった。

「……ねえ」

 ハリーは一歩前に出て、キングズリーを見つめる。

「貴様……」

 睨みつけるキングズリーにハリーは言った。

「アナタ、オリジナルでしょ?」
「……は?」
「ん?」

 キングズリーと魔王が同時に疑問の声を上げる。

「ああ、魔王に分からないように対策してあるんだね」
「何を言っている……」

 険しい表情を浮かべるキングズリー。その隣で石化を免れたシリウスもハリーを睨みつけている。

「出鱈目をほざいて混乱させるつもりだろう!! その手には乗らんぞ!!」

 その言葉にハリーは笑った。

「出鱈目? ヤダなー、僕が魔王を間違える筈が無いじゃない。|呪文よ終われ《フィニート・インカンターテム》」

 ハリーの思いがけぬ言動と行動に動揺したキングズリーの体にハリーの呪文がぶつかる。
 すると、その体が急激に変化した。ニワトコの杖による解呪呪文は如何なる魔術効果も打ち消す。キングズリーに化けていた者の変身術も例外ではなかった。
 そして、現れた男は蛇のようにのっぺりとした顔だった。

「……何故だ」

 ヴォルデモート卿は変身を解かれて尚、困惑した表情を浮かべている。

「分かる筈がない。俺様の変身は完璧だった!! 我が分霊やダンブルドアでさえ見抜けなかったのだぞ!!」

 その言葉にハリーはケタケタと笑う。

「言ったじゃない。僕が魔王を間違える筈がないって」

 それが当然のことのようにハリーは言った。

「馬鹿な……。そんな馬鹿な話が!!」
「……ねえ」

 激昂するヴォルデモート卿にハリーは呑気に近づいていく。慌てて止めようとする魔王とクリスを手で制して、ハリーは言った。

「もう、無駄なことは止めにしない?」
「無駄? 無駄だと!? 俺様の正体を暴いた事は見事だ。だが、貴様は勘違いしているぞ。まさか、もう勝ったつもりでいるのか?」

 赤く眼を輝かせるヴォルデモート卿。対して、ハリーは笑顔を崩さない。

「無駄だよ。アナタに僕は倒せない」
「……吠えたな、小僧!!」

 ヴォルデモート卿が杖を振る。緑の閃光が走る。
 誰かが悲鳴を上げた。誰かが怒声を上げた。

「無駄だって言ったのに」

 その光をハリーは殴りつけた。跳ね返る閃光がヴォルデモート卿の近くにいたベラトリックス・レストレンジに直撃して、彼女は死んだ。

「あーあー、酷い事するなー」

 まるで他人事のように言うハリー。対して、ヴォルデモート卿は表情を強張らせた。

「ど、どういう事だ……」

 ヴォルデモート卿は知らなかった。知る機会を得られなかった。
 ハリーを守る母の加護。その力が彼の如何なる呪文からもハリーを守りぬく事を……。

「ヴォルデモート卿」

 ハリーは笑いながら近づいていく。その姿に石化を免れた死喰い人達は怖気づいた。
 死の呪文さえ通じない存在。それは彼らの理解を超えていた。
 その上、背後には眼を向けただけで相手を石化させる怪物と自らの主と同一の存在がいる。
 
「ねえ、どうして怯えるの?」

 ヴォルデモート卿はその言葉にハッとした。体が震えている事に気がついた。
 目の前の年端もいかぬ少女のような姿の少年に彼は恐怖していた。

「……俺様を殺すのか?」
「どうして、そう思うの?」

 優しく諭すように問いかけるハリー。

「き、貴様は俺様を恨んでいる筈だ!! 両親を奪った俺様を……」

 恐怖が彼の言葉を押し出した。目の前の存在を少しでも理解しようと本能が彼の口を突き動かしたのだ。
 だが、少年は彼の理解出来ない言葉を返した。

「恨んでないよ」
「……は?」
「だって、アナタも魔王だもん」

 その言葉は嘗て日記の分霊にも投げ掛けた言葉だった。

「何故……、貴様は……」
「同じ質問ばっかりだね。答えなんて分かり切ってるじゃない」

 ハリーは微笑みながら言った。

「僕は魔王を愛してるんだ。だから、魔王の事なら何でも分かる。魔王の事なら何でも許せる。魔王になら、僕は何をされても嬉しいとしか感じない」
「く……、狂っている!」

 ヴォルデモート卿は杖を振り上げた。戦うためではない。彼は逃げ出すために杖を振り上げた。
 そして、その腕を何かに噛まれた。

「ぐっ……ッ」

 手から離れた杖を小さな生き物が銜えてハリーの下へ向かう。

「ワームテール!!」

 それは一匹のドブネズミ。死んだはずの男。
 イヴは楽しそうに唄を歌い始めた。彼女にはいくつかの能力がある。驚くほど重い物を持ち上げる事が出来て、如何なる場所へも転移する事が出来て、そして……、その涙で如何なる傷も癒やす事が出来る。
 瀕死の重傷を負ったワームテールは彼女の涙によって癒やされていた。
 そして……、

「|石になれ《ペトリフィカス・トタルス》!!」

 その後ろから新たな軍勢が加わった。先陣を切るのはウィリアム・ウィーズリー。
 その後ろにはアルバス・ダンブルドアやドラコ達の姿もある。
 
「馬鹿な……」

 金縛りの術を受けたヴォルデモート卿は声なき絶叫を上げた。確かにダンブルドアを殺せるとは考えていなかった。だが、こんなに早く到達して来る筈も無かった。
 ゲラート・グリンデルバルドとハグリッドを始め、ダンブルドアが攻撃し難いと感じる者を中心に戦力を組んだのだ。

「些か、魔王の方に戦力を割き過ぎたようじゃな。あの程度で儂を抑える事など出来ぬよ」

 悔しげに唸るヴォルデモート卿。
 その姿を見つめながら、ハリーはワームテールを肩に乗せた。
 ちょうどその時、ウィリアムと一緒に来たらしいヘドウィグが呆然としているシリウスの首からロケットを奪い取り、魔王に投げつけた。

「おっ、これだね」

 そして、ウィリアムもベラトリックス・レストレンジの死体から何かを見つけて魔王に投げ渡した。
 サラザール・スリザリンのロケット・ペンダントとヘルガ・ハッフルパフのカップを手に入れた魔王はその内に封じられた分霊を取り込んでいく。

「……さて、終わらせようか」

 ヘドウィグがハリーの腕に止まり、メゾン・ド・ノエルのメンバーが勢揃いした。

「魔王……」
「……安心しろ」

 不安そうなハリーの頭を撫で、魔王はオリジナルの下へ歩んでいく。

第六話『魔王降臨』

「魔王。ハリーが今どこに居るのか調べて来ます」
「必要ない」
「え?」

 魔王は言った。

「ハリーの居場所だけなら、世界の裏側であろうと分かる。今はこうして離れているが、俺様の依り代はあくまでハリーの肉体だからな」

 魔王の眼が赤く輝き始める。

「魔法省。そこにハリーがいる」

 杖を振り上げる魔王。

「まっ、待ってください! 魔法省に居るとしても、あそこは広い! それに、入り口は監視されている筈です! 一度、ダンブルドアと合流した方がいいのでは!?」

 煙突ネットワークも監視されている可能性が高い。
 ここはダンブルドアの知恵を借りて、密かに侵入出来るルートを探るべきだ。

「必要ない。ウィリアムよ、一つ教えておいてやる。万が一、抜け道のようなルートがあったのなら、それは罠だ。俺様なら、そこに最大級の罠を仕掛ける」
「……魔法省全体が既にヴォルデモートの支配下にあると?」
「完全ではあるまい。だが、俺様に対する罠なら完全に掌握している必要はない。その為に俺様の姿に化けていろいろと悪事を働いたようだからな」
「アナタに化けて……?」
「俺様のこの姿は若き日のモノだ。恐らく、ハリーの魂とリリーの加護を取り込んだ影響だろう。オリジナルの姿はまったく違うものに変貌している」

 話は終わりだとばかりに魔王は杖を振り上げた。

「じゃ、じゃあ、どうやって侵入するつもりなんですか!?」
「決まっているだろう」

 魔王は笑った。

「正面玄関からだ。クリス、イヴ! ワームテールを頼むぞ!」

 そう言い残し、魔王は今度こそ姿を消した。

「しょ、正面玄関から……?」

 第六話『魔王降臨』

 ロンドンの中心街。ウェストミンスター寺院から少し離れた場所。人や車の往来が激しい場所に突如一人の男が現れる。
 ローブをマントのように靡かせ、黄金の髪をかき上げる。
 その芝居がかった仕草に人々は足を止める。

「さて、場所を空けてもらおうか」

 男は杖を振り上げた。すると、突風が吹き荒れる。立ち止まった人々は堪らず後退り、彼を中心に巨大な人垣による円が完成した。
 そして、再び杖を振る。直後、大地に亀裂が走った。コンクリートで塗り固められた道路が崩れていく。
 崩壊する地面。だと言うのに、男は動かない。足元に地面が無いのに、まるで見えない床があるかのように空中で停止している。
 人々が呆気に取られる中、男は崩れた足元に視線を向ける。

「では、お邪魔するとしようか」

 ゆっくりと男は地下へと降りていく。人々が覗きこむと、まるでビデオの逆再生のように地面が再生した。
 サラリーマンが地面を叩いてみても、そこには舗装された道があるのみ。
 そうした人々の驚愕を尻目に男……、魔王は地下深くまで貫通した穴を降り続け、一気に魔法省の深部たるアトリウムに到達する。
 天井の崩落を避けるため、壁際に寄り集まった魔法省の職員達は愕然とした表情を浮かべる。

「ヴォ、ヴォ、ヴォルデモート卿!?」

 騒ぎ始める彼らを無視して、魔王は歩き始める。ハリーの居場所は分かっている。その方向に向かって真っ直ぐに歩いて行く。 
 すると、目の前に人垣が現れた。闇祓いを初めとした優秀な魔法使い達が防衛網を築いたようだ。
 拍手したくなる程に見事な手際。魔王は微笑んだ。

「やあ、諸君。ハリーを返してもらいに来たぞ」

 その言葉で彼らは新聞の内容が真実であると完全に確信した。そして、この男をハリー・ポッターの下へ行かせてはならないという使命感を抱いた。
 彼らは悪意無く、ひたすらの正義感で魔王に挑む。世界の為、犠牲になった人々の為、勇気を振り絞る。

「ヴォルデモート!! 貴様の好きにはさせんぞ!!」

 勇敢な雄叫びと共に無数の魔法が襲い掛かってくる。色とりどりの閃光が殺到する。
 一つ一つが強力な呪詛。中には死の呪文まで混ざっている。
 当然だ。相手は世界を破壊する災厄の化身。悪意を振り撒く邪悪の権化。
 
「……ふむ、なっていないな」

 だが、魔王の余裕は崩れない。歩みも止めない。
 魔王はハリーの内で過ごす日々の中で夢の性質を利用した主観時間の研究を行っていた。
 その研究が行き着いた先がこれだ。

「客が来店したのだぞ? 言うべき事があるだろう」

 殺到する呪文。本来ならば躱す事など出来ない。隙間があったとしても、その場所を見つける暇など無いからだ。
 だが、魔王は隙間を容易に見つけ出す。
 魔王の主観で数秒間、魔王の視界に映る世界は時を止めた。壁のように見えても、呪文一つ一つは点であり、それは点の集合でしかない。
 停止した時間の中で観察すれば、通り抜けるだけの隙間など幾らでも空いている。

「これは指導が必要だな」

 まったくの無傷で呪文の壁を通り抜けた魔王に魔法使い達は戦慄する。
 それだけで戦意を失った者もいる。それでも尚、杖を向ける勇者に魔王は容赦無く杖を振るった。
 それは以前、魔王がクィリナス・クィレルに取り憑いていたオリジナルを打ち倒すために使った|最強《ニワトコ》の杖。
 ダンブルドアがウィリアムを通して魔王に預けた最強の武器。

「ワームテールは3日掛かったな」

 放たれた呪詛。掛けられた者は背筋を真っ直ぐに立て、そこから45度のお辞儀をした。

「いらっしゃいませ!! ご来店、誠にありがとうございます!!」

 次々に接客用語を口にして、彼らは驚愕に顔を歪める。

「そうだ。客が入って来たら、まずはお辞儀をするのだ。そして、《いらっしゃいませ》と言うのだ」

 そう言いながら、魔王は歩き続ける。通りがかりに「本日もご来店ありがとうございます!!」と言う魔法使い達の肩を叩いていく。
 なにか特別な事をしたわけではない。ただ、労うような感覚で肩を叩いた。

「ちなみに、その接客力養成呪文は俺様以外には決して解けん。まあ、接客を完璧にマスターすれば解除されるがな」
「ニーハオ!!」
「ふふふ、ちなみに時代はグローバル化だ。ワームテールに使ったものよりバージョンアップしている。三十ヶ国語程設定してあるから、頑張りたまえ」

 ニワトコの杖による呪術。それ即ち、ニワトコの杖以外では解除出来ない究極の呪い。
 魔王が解除しない限り、彼らにあるのは接客マスターか死。
 世界各国の言葉でお辞儀をしながら挨拶をし続ける彼らに背を向け、魔王は更に前へ突き進んでいく。

「ヴォルデモート!! 覚悟!!」

 第二防衛ラインに到達した。呪文の数がさっきの比ではない。今度は蟻の這い出る隙もない。
 
「無駄だ」

 魔王が杖を振り上げると、杖の先から炎の龍が現れた。呪文を呑み込み、更にその先の防衛ラインへ向かう。上空に広がる死の炎。
 魔法使い達の視線は否応にも真上に向けられた。そして、彼らも第一防衛ラインの魔法使い達と同じ運命を辿る。
 滑稽な光景に魔王は笑う。

「ハッハッハ、死にたくなければ頑張って接客を極める事だな」
「ようこそいらっしゃいませ!!」

 魔王は彼らの間を堂々と抜け、目の前の壁を破壊した。破壊された先で怯えていた魔法使い達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。そんな彼らに関心を寄せる事もなく、魔王は足元の地面を崩壊させる。大量のデスクや書類、建造物の破片と共に降り立った先は日刊預言者新聞の本部だった。
 騒然となる室内を魔王は歩き続ける。ハリーはもう目の前だ。

「……あの狸め」

 魔王はダンブルドアの顔を思い浮かべて舌を打った。
 ニワトコの杖を送って来た事といい、ハグリッド如きに遅れを取った事といい、十中八九、ここまでの展開を全て読み切っている。
 読み切った上で魔王を動かすために敢えてハリーを捕らえさせた。
 どこまでも忌々しい男だ。魔王は苦々しい表情を浮かべながら襲い掛かってくる魔法使い達を蹴散らしていく。
 百だろうが、千だろうが、万を越したところで魔王を止めるには力不足。遂に魔王は最深部たる神秘部に到達した。無数の光球が安置された空間。
 魔王は躊躇なく最大級の悪霊の火を放った。光球が燃えていく。そして、その裏に隠れていた死喰い人達が溶かされていく。

「……カロー兄弟。新参もいるな。だが、闇の印を受けた者の居場所は目を瞑っていても分かるぞ」

 何もかも焼きつくされた部屋を後にする。その先には奇妙な姿の動植物がガラスの中に閉じ込められていた。
 魔法生物の生体実験などを行っている部署だ。再び襲い掛かってくる魔法使い達を気絶させ、その奥へ進む。
 そこは無数の牢獄が広がる異空間となっていた。その中の一つを目指し、魔王は迷いなく進んでいく。
 強力な呪文で保護された扉を破壊し、中に入る。

「待たせたな」
「……待ちくたびれちゃったよ」

第五話『牢獄』

 第五話『牢獄』

 ワームテール達が炎の中に消えた後、僕はシリウスに掴み上げられた。

「貴様!!」

 憎しみの篭った眼差し。僕がじっと見つめると、シリウスは僕を殴った。
 
「なんだ、その眼は!!」

 蹴られ、殴られ、また蹴られる。
 思わず笑ってしまった。まるで、ダーズリーの家に戻って来たかのようだ。
 みんなが僕を化け物のように見る。みんなが僕を傷つけようとする。

「止めろ!!」

 気を失っていた筈のドラコがシリウスの前に立ちはだかる。

「ハリーに手を出すな!!」

 その隣にロンが立つ。

「お前ら、みんなおかしいよ!! ハリーがヴォルデモートの手先? 頭の中に脳みそ詰まってんのか!?」

 その前にフレッドとジョージが立つ。

「よく言ったぜ、ロン! それでこそ俺達の弟だ」
「大人の癖に子供でも分かる理屈が分からないなんて、本当に哀れだね」

 彼らの周りに人が集まり始める。

「……ハリーは俺のチームメンバーだ」

 キャプテンのフリントが言った。

「お前達よりずっと知ってる。帝王の後継者だって? バカバカしいね」

 チェイサーのグラハムが言った。

「黙って聞いてたら、なんだよ、お前」

 ビーターのデリックが言った。

「ピーピー喚きやがって、ウザってんだよ!!」

 ルシアンが怒鳴った。

「大体、ダンブルドアやハリーを捕まえて、それでどうなるってんだ?」

 キーパーのマイルズが言った。
 スリザリンのチームだけじゃない。グリフィンドールのチームも僕を守るように立ちはだかった。

「目を覚ますんだ!! 敵を間違えるな!!」

 ウッドが言った。

「大体、フレッドやジョージのお父さんが闇の陣営に協力するわけないじゃん。あんなマグル好き、そうそういないよ?」

 ケイティが言った。

「ダサい真似しないでよ、おじさん達」

 アンジョリーナが言った。

「子供に一方的に暴力振るって、捕まえる? 処刑する? どうかしてるわ!」

 アリシアが言った。
 ハーマイオニーとジニーが僕の怪我を手当してくれた。

「大丈夫?」
「……アイツラ、酷いわ」

 嫌われていた筈のジニーまで心配してくれている。
 
「……みんな」

 誰もが僕を攻撃すると思った。味方など居ないと思った。
 昔はそうだった。だけど、今は違う……。

「あの記事を忘れたのか!? あの写真を見ろ!!」
「私の家族は死喰い人に殺された!! そいつの仲間に!!」

 他の生徒達の間から僕を糾弾する声が上がる。だけど、不思議と怖くなかった。
 僕は僕を囲むみんなを見た。誰も動かない。僕を信じてくれている。
 気付けば、パンジーやダフネ、アリステア、ミリセント、ベイジー、一匹狼のノットまで僕の周りに立っていた。
 
「……僕の友達をコレ以上傷つけるな!!」

 ドラコが叫ぶ。だけど、闇祓い達の眼は冷たいままだ。彼らは杖を振り上げた。
 みんなを攻撃するつもりなんだ。僕なんかの為に立ち上がってくれたみんなを……。

「みんな……、ありがとう」

 僕は手当をしてくれたハーマイオニーとジニーを引き離し、みんなの前に立った。

「連れて行って下さい。抵抗はしません。だから、みんなを傷つけないで」
「ハリー!? 何を言ってるんだ!! ダメだ!!」

 ドラコが叫ぶ。嬉しくてたまらない。僕は微笑んだ。

「ありがとう、みんな。十分だよ」
「……良い心がけだ」

 シリウスは僕のお腹を殴った。痛みで意識が薄まっていく。

「なっ、てめぇ!!」
「……だ、め」

 ドラコ達が心配なのに、意識が闇に沈む。
 そして、気付いた時には牢獄にいた。まだ、アズカバンではないみたい。きっと、処刑を行う関係だろう。牢獄の入り口の隙間から微かに見える案内板に魔法省の文字があった。
 冷たい正方形の箱の中で僕はみんなの顔を思い浮かべた。
 
「みんな……、大丈夫かな……?」

 処刑がいつ執り行われるのかは分からない。今日かもしれないし、明日かもしれない。
 だけど、恐怖は特に沸かなかった。死は僕を魔王に近づけてくれる。
 魔王の声がさっきからずっと響き続けている。

――――安心しろ。貴様には俺様がついている。

 だから、僕の不安はみんなの安否だけだった。

第四話『逆鱗』

 死喰い人達のテロが世間を賑わせている中、僕は魔王の下を訪れていた。
 魔王は死喰い人の一人を締めあげている最中だった。

 第四話『逆鱗』

「この役立たずが」

 どうやら、ろくな情報を持っていなかったようだ。ボロ雑巾のように成り果てた死喰い人はゴミ置き場に投棄された。
 
「それで、どうかしたのか?」
「……ええ、今日はハリーの事で来ました」

 ハリーの名前を出した途端、常の威風堂々とした態度が崩れる。
 変化の度合いは小さいけど、長い付き合いの中で分かるようになった。

「ハリーが自傷行為に耽っています」
「自傷行為だと!? どういう事だ!!」

 掴み掛かってきた魔王に溜息が出る。
 
「あなたが帰って来ないせいですよ」
「ど、どういう事だ?」

 僕はロンから聞いた話をそのまま魔王に伝えた。
 ドラコが自傷行為を発見し、マダム・ポンフリーが精神安定剤を処方した事。
 クィディッチの訓練中に危険な行為をした事。
 そして、ハリーと面談をして分かった事を語った。

「ハリーは死に近づくとあなたの声が聞こえると言ってました」
「……どういう意味だ?」
「最初に聞いたのはグリフィンドールとの試合中。吸魂鬼に襲われ、墜落した時の事だそうです。恐らく、走馬灯のようなものなのでしょう。アレは死を前に脳が生きる手段を模索して起きる現象ですから」
「それが何故俺様の声を聞く事になる?」
「ハリーに生きる術を教えたのはアナタだ。だから、ハリーはアナタの声を聞いた。恐らく、そういう事でしょう」

 そして、ハリーはその声を聞くために自傷行為へ走った。

「魔王。アナタはハリーと会うべきだ!」
「……それは、出来ない」

 苦渋の表情を浮かべる魔王。

「アナタの言い分もわかります! だけど、ハリーにはアナタが必要なんだ!」
「……俺様が傍にいると、ハリーは幸せになれんのだ」

 魔王は拳を握りしめる。
 寂しい癖に、会いたい癖に、どうしてこんなに頑固なんだ。

「ハリーの幸せはあの子自身が決める事です!」
「ウィリアム!」

 魔王は怒鳴った。

「分かるだろう? 俺様はヴォルデモート。闇の帝王の分霊なのだ。傍には居られんのだ!!」
「……そう言って、いつまで逃げ続けるつもりですか?」
「なんだと?」

 険しい表情を浮かべ、魔王は僕を睨みつけた。
 だけど、引く気はない。

「アナタは逃げてるだけだ」
「言葉に気をつけろ。誰が何から逃げていると言うんだ?」
「ハリーからだ! どうして、向き合おうとしないんだ!? あの子はずっとアナタを待っている!!」
「向き合って、どうしろと言うんだ!?」

 魔王は叫んだ。

「あの子の傍には居られないんだ!! あの子は幸福にならなければならないんだ!! 俺様が奪ったものを取り戻さなければいけないんだ!!」
「あの子にとって、一番大切なものはアナタとの時間だ!! それなのに、アナタはハリーから逃げ続けている!! 離れなければいけないなら、説得してみせろ!! 何も言わず、ただ距離を置くなんて、そんなの逃げてるだけじゃないか!!」
「黙れ!!!」

 癇癪を起こした子供のように魔王は僕を掴みあげた。

「貴様に何が分かる!? 俺様があの子を不幸のどん底に落としたんだぞ!! 過去はどうあっても覆せない!!」
「だからなんだよ!! 大切なのは過去じゃなくて、|現在《イマ》だろ!! 過去を覆せないなら、今幸せにしてやれよ!! それが出来るのは……悔しいけど、アナタだけなんだから!!」

 魔王の手が離れる。

「大切なんだろ!! 愛してるんだろ!! だったら、ハリーの為に勇気を出してみせろよ!! 一度は世界を敵に回しておいて、子供一人に怯えるなよ!!」
「お……、俺様は……俺は……」

 その時だった。急に炎が燃え上がった。その中から銀のドレスを着た少女と不死鳥、そして、ワームテールが現れた。

「ワームテール!?」

 ワームテールは傷だらけだった。いつ死んでもおかしくない程の重症。

「ご、ごしゅ、さま……。はぃーが、はぃーが……」

 口から逆流した血液を零しながら必死に何かを伝えようとしている。
 
「落ち着くのだ!! どうしたと言うのだ、ワームテール!!」

 魔王が駆け寄り、抱き起こすと、咳き込んだ後にワームテールは言った。

「ハリーが……、捕まりました。処刑……される、と……」

 その言葉と共にワームテールは意識を失った。

「ワームテール!!」

 近寄ると、不死鳥のイヴがまるで死を悼むかのように唄を歌い始めた。その瞳にいっぱいの涙を浮かべて……。

「そんな……、ワームテール」

 死んだ……。
 ハリーが愛したネズミが死んだ。
 
「嘘だ……。君が死んだら……」

 ハリーの笑顔が失われてしまう。

「なんだと……?」

 魔王が目を見開いた。銀のドレスの少女。バジリスクのクリスが何かを魔王に伝えたようだ。
 
「魔王。クリスはなんと……?」
「……ハリーが魔法省に捕縛された。死喰い人に対する見せしめの為に処刑すると言っていたそうだ」
「なっ……」

 頭が割れそうに痛む。怒りが際限無く湧き上がる。
 
「なんでだよ……。なんで、ハリーを……」

 あの子は幸せになるべきなんだ。それなのに、どうして奪おうとするんだ!?
 
「魔王!! これでも、アナタはハリーから逃げ続けるつもりなんですか!?」

 僕が叫ぶと、魔王は言った。

「……黙れ」
 
 その言葉に、僕は再び声を荒らげようとした。
 だけど、出来なかった。
 
 ぷっつん。

 そんな音が聞こえた気がした。

「……もういい。もう、分かった」

 魔王はワームテールをゆっくりと地面に寝かせると、静かに立ち上がった。

「行くんですか……?」
「……ああ」
「敵は魔法省。いや、恐らく、裏には死喰い人が……ヴォルデモートが糸を引いている筈」
「どうでもいい」

 魔王は言った。

「邪魔をするなら、魔法省だろうが、死喰い人だろうが関係ない」

 僕は随分前にダンブルドアに言われた言葉を思い出した。

「全員まとめて、叩き潰す」

――――ハリーには魔王がついておる。
――――今のアレが牙を剥けば、敵う者などおらん。
――――どれだけ数を揃えても無駄じゃろう。
――――例え、それがあの者自身の分身であろうとな。

第三話『ワームテール』

 私には五年前以前の記憶がない。気がつけば、魔王と名乗る男の手足として働かされていた。
 とても大変な毎日だった。あちらこちらへ走り回されたかと思えば、パンを作れと言われた。何の知識も経験もない事をいきなりやれと言われても無理だ。
 だけど、私の言い分が聞き入れられた事は一度もない。理不尽に感じる事もしょっちゅうだ。苦しいと感じた事もある。
 店を開いた時など特に酷かった。接客を覚えるためと言って、魔王は私に呪いを掛けた。動作とセリフを覚えるまで、延々と同じ動作を繰り返させられる。何時間もお辞儀と《いらっしゃいませ》を繰り返す内、頭がおかしくなりそうだった。
 だけど、不思議と逃げ出す気持ちにはならなかった。きっと、ハリーがいるからだ。何故か、あの子を見ていると胸が締め付けられる。
 とても優しい子だ。私をずっと人間に化けるネズミだと勘違いしていたせいもあるが、ネズミの時の私の毛繕いを毎日のようにしてくれた。家族の一員だと言ってくれた。
 私が人間だと知っても、大好きだと言ってくれた。
 いつしか、楽しいと感じるようになった。ハリーと魔王。彼らと過ごす黄金の日々。

 第三話『ワームテール』

「……ハ、ハリー!」

 吹き飛ばされたハリーの下へ駆け寄ろうとすると、シリウスと名乗る男に蹴り飛ばされた。
 残酷な目をしている。私を知っているような口ぶりだった。

「ピーター!」

 彼は私をそう呼ぶ。ワームテールが本名ではない事くらい分かっていた。
 ピーター・ペティグリュー。その名前がパズルのピースのようにストンとハマった。

「お、お前は誰だ……?」
「誰だ? 誰だ、だと!? 貴様がハメた男だ! シリウス・ブラックだ! この期に及んで、まだ白を切るつもりか!」

 シリウス・ブラック。何故か、耳に馴染む名前だ。きっと、この男は私の失われた記憶に残っていた人物なのだろう。
 
「どういう意味なんだ? 私とお前は一体……」
「貴様!! 貴様という男は!!」

 シリウスは私を呪文で嬲った。癇癪を起こした子供のように乱雑に呪文を撃つ。

「やめて!!」

 傷だらけになった私をハリーが庇った。
 吹き飛ばされた時にぶつけたのだろう。額からは一筋の血が流れている。

「お、おさがり下さい!!」
「ヤダ!!」

 ハリーはシリウスを睨みつけた。

「あなたの言ってる事、ちっとも理解出来ない! どうして、ワームテールを虐めるの!?」
「分からない? 貴様はこの男が何をしでかしたのか、知らないと言うのか!?」

 シリウスは高笑いした。

「だったら教えてやる。この男だ!! 貴様の両親を闇の帝王に売り渡した裏切り者!! この男のせいでジェームズとリリーは殺されたのだ!!」

 その言葉を受けた瞬間、ぞわりとした悪寒が走った。
 
「う、嘘だ!! 私がハリーの両親を売ったなんて、そんなわけ……ッ」

 何故だ。否定しようとして、口が動かなくなった。
 息が荒くなり、鼓動が早くなっていく。
 失われたはずの記憶が囁いている。この男の言葉は真実だと……。

「嘘なものか!! 貴様は秘密の守り人だった!! 自分の命惜しさにジェームズとリリーの家を帝王に吐いた!! そして、私に罪を着せる為に大勢の人間を殺した!!」
「嘘だ……」

 私がハリーの両親を死なせた? ハリーの幸せを奪った?

――――ワームテールはチーズが大好きなんだね! 今度、いっぱい買ってくるよ!

 ハリーは優しい子だ。

――――やったね、ワームテール! これからも一緒だよ!

 家族の一員だと言ってくれた。

――――もちろん! ワームテールは大切な家族だよ!

 嬉しい言葉を何度も言ってくれた。

――――人間でも、ネズミでも、僕はワームテールの事が好きだもん!

 気付けば、この子の幸せを願っていた。この子の為ならいくらでも頑張れると思った。
 パンを焼く事にもやり甲斐を持ち始めた。店を守り、この子の未来の為になれると思うと力が湧いてきた。

「私が……、私が……」

 喉がカラカラに渇く。ハリーを見る度に感じる息苦しさ。その正体が分かった。
 私にハリーの幸せを願う資格などなかった。

「あっ……ああ、ああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 気付けばハリーの前に飛び出していた。
 シリウスの杖から呪文が放たれる。

「ワームテール!!」
 
 ハリーが悲鳴を上げた。

「……私がハリーの両親を」

 涙が溢れる。未だ嘗て味わった事のない絶望が胸に広がっていく。
 
「早くしろ、ブラック」

 キングズリーの声が響く。

「ハリー・ポッターを連行しなければならん。アズカバンへ送り、死喰い人達への牽制の為に処刑を行う予定なのだ。グズグズしている暇はないぞ」
「……は?」

 何を言っているんだ?

「処刑って……、どういう事だ?」

 私が立ち上がりながら聞くと、キングズリーが言った。

「帝王の後継者となった以上、ハリー・ポッターはもはやただの子供ではない。世界には希望が必要なのだよ。度重なるテロによって蔓延した絶望を払拭する為の希望が! 帝王の後継者を処刑すれば、それが希望の光となる。反撃の狼煙となるのだ」
 
 体が震えた。ハリーをこの男達に渡す訳にはいかない。

「ふざけるなぁぁぁぁ!!!」

 シリウスに飛びかかる。だが、杖も持たない私に呪文を防ぐ手立てなどない。案の定吹き飛ばされた。
 どこかの骨が折れたのだろう。痛みが走る。
 それでも、また立ち上がった。

「逃げて下さい!! こやつらは正気じゃない!!」
「やめて、ワームテール!! これ以上無茶をしたら――――」

 ハリーの言葉は無視した。ここで無茶をしなければ、死んでも死にきれない。
 彼の両親を死なせた。彼の幸せを奪ってしまった。

「奪ってたまるか!! ハリーは幸せになるんだ!!」
「……ふざけるな、ピーター!! 貴様がその子から両親を奪い取り、帝王に献上したのだろうが!!」

 口から血を吐き出した。内蔵が破裂したらしい。痛みで意識が明滅する。
 それでも立ち上がった。立ち上がらずにはいられなかった。

「渡すものか!! 渡すものか!! 渡すものか!!」
「もうやめて、ワームテール!!」

 意識が落ちそうになる。ダメだ、まだダメだ。
 ここで倒れて、またハリーを不幸にするなんて、絶対にダメだ。

「死ね、ピーター」

 シリウスが杖を振り上げる。
 その瞬間、シリウスの背後に炎が生まれた。その中から銀のドレスを着た少女と不死鳥が現れた。

「イヴ!! クリス!! ワームテールを連れて逃げて!!」

 クリスが何かを訴えるように口を開いた。
 私には分からないが、蛇語で一緒に逃げるように言っている筈だ。
 それなのに、ハリーは首を横に振った。

「僕は逃げない。逃げられない。みんなを置いてはいけない。だから、ワームテールを逃して! 命令だ!!」

 クリスの表情が歪んだ。

「だ、ダメだ。待って! ハリー!!」
「行って、イヴ!!」

 手を伸ばした。だけど、届かなかった。
 次の瞬間、見知らぬ場所に放り出された。
 
「ワームテール!?」

 そこにはウィリアムがいた。そして、魔王がいた。
 逆流する血液が邪魔でうまく喋れない。

「ご、ごしゅ、さま……。はぃーが、はぃーが……」
「落ち着くのだ!! どうしたと言うのだ、ワームテール!!」
「ハリーが……、捕まりました。処刑……される、と……」

 そこまで言い終えて、私は意識が途切れた。
 鼓動が小さくなっていく。続けざまに受けた呪文の効果によって、私の体内はグチャグチャになっているのだろう。
 御主人様……どうか、ハリーを……。

第二話『悪夢』

 第二話『悪夢』

 日刊預言者新聞を読む人間は大人ばかりじゃない。ホグワーツの生徒達も新聞を手に取り、その内容を知った。
 ハリー・ポッターは闇の帝王の後継者。情報は新聞を読んでいない生徒達の間でも瞬く間に広がっていく。
 寮の垣根さえ超えて、生徒達は団結する。親兄弟を死喰い人に殺害された生徒を中心に食事を取っていたハリーは取り囲まれた。

「……お前が例のあの人の後継者ってのは本当なのか?」
 
 形式ばかりの問い掛けに対して、ハリーが答える前にドラコが声を荒げた。

「そんな筈がないだろ!! お前達、そんな新聞に踊らされるつもりか!?」
「ふん、なるほどね。やっぱり、マルフォイ家は黒だったんだ。十三年前は逃げ切ったみたいだけど、これは言い訳が立たないんじゃないかな?」

 その声はスリザリンの生徒のものだった。

「なんだと、ザビニ!!」

 ドラコが掴みかかろうとすると、ザビニが杖を振った。吹き飛ばされるドラコをロンが受け止める。

「おい! 何をしてるんだ!」

 ロンが叫ぶと、今度はグリフィンドールから声が上がった。

「やっぱり、ウィーズリー家も帝王に与したんだ! 父さんが言ってたぞ! お前の父親は帝王に繋がってるって!」
「なっ……、出鱈目を言うな!」

 ロンが顔を真っ赤にしながら怒鳴ると、他のグリフィンドール生もウィーズリー家の批判を始めた。
 レイブンクローやハッフルパフの生徒も同調し始める。

「お前ら、いい加減にしろよ! 父さんも俺達も、ハリーだって潔白だ!」
「このタイミングであんな記事が出まわるなんて、おかしいと思わないのか!?」

 フレッドとジョージが身の潔白を訴えるが、聞く耳を持つものはいない。
 これは中世の魔女狩りの再現だ。黒だと言わない限り、疑われ続ける。不毛なループ。

「落ち着かぬか!!」

 そこにスネイプが割って入った。後ろからダンブルドアや他の教師達も追随してくる。
 
「みな、落ち着くのじゃ」

 ダンブルドアの静かな声が大広間に広がる。

「で、でも……!」

 それでも、生徒達は口を閉ざし続ける事が出来ない。
 特に親兄弟を殺害された生徒達は憎悪をハリーに向け続けている。
 対するハリーは無表情のまま、彼らを見つめている。

「聞くのじゃ、諸君」

 ダンブルドアが口を開く。だが、話し始める前に大広間へ大勢の魔法使い達が雪崩れ込んできた。

「……何事かね?」

 ダンブルドアが睨む先、先陣を切って現れたのは闇祓い局の局長に就任したガウェイン・ロバーズとエースであるキングズリー・シャックルボルトだった。

「アルバス・ダンブルドア。魔法省はハリー・ポッターに対して逮捕状を出した。協力してくれますね?」

 ガウェインの言葉にダンブルドアはハリーを隠すように移動した。

「生徒を売り渡す教師がいると思うのかね?」

 ダンブルドアの体から放たれる言い知れぬパワーに気圧されそうになるガウェインを支え、キングズリーが前に出る。

「あなたはもう、この学校の校長ではありませんよ」
「……ほう」

 キングズリーの手にはダンブルドアの解任状があった。過半数を大きく超えるホグワーツの理事による署名が付与されている。
 
「あなたはハリー・ポッターが闇の帝王と繋がっている事を知っていましたね?」
「……キングズリー。お主……」

 キングズリーは背後に合図を送った。すると、一匹の大柄な犬が現れる。

「お主は……」

 首からロケットを下げた犬はハリーを見る。その近くで呆然としているネズミを見つけ、その姿を変貌させた。
 悲鳴があがる。そこに現れた者は脱獄囚のシリウス・ブラック。だが、闇祓い達は微動だにしない。ブラックが杖を振り上げても黙認している。
 そして、杖がネズミに向けられた瞬間、生徒達は再び驚愕の声を上げた。
 そこに禿頭の小男が現れたのだ。

「ピ、ピーター!?」

 ミネルバ・マクゴナガルが声を上げる。
 キングズリーは言った。

「……おやおや、あそこにいらっしゃるのは十三年前に英雄的行動の果てに死亡した筈のピーター・ペティグリューではありませんか?」
「漸く会えたな、ピーター!」

 憎悪に身を焦がすシリウスがピーターに近づいていく。ハリーは咄嗟に立ち上がった。

「近づかないで」

 ハリーの言葉にキングズリーは笑った。

「ああ、決定的瞬間だ。ピーター・ペティグリューが生きていた。それはつまり、前提が覆った事を意味している」

 キングズリーはダンブルドアを睨みつけた。

「無実の者に罪を負わせ、逃げ延びた死喰い人。それがピーター・ペティグリューの真実だ!」

 キングズリーの言葉にマクゴナガルを始め、ピーターとシリウスを知り、過去の事件を記憶していた者達に衝撃が走った。

「私は……、俺は無実だった!! 俺はジェームズやリリーを裏切ってなどいない!! なのに、こいつにハメられたんだ!! 挙句、二人の息子は完全に闇に堕ちた!! 絶対に許さんぞ、ピーター!!」

 シリウスの叫びと共に大広間の外から一人の大男が現れる。
 怒りに満ちた眼差しをダンブルドアへ向けている。

「……許せねぇ」
「ハグリッド……」

 敵意に満ちたハグリッドの形相に初めてダンブルドアの表情が歪んだ。

「全部分かってて……、その上で俺を追い出したんだな!!」
「違う。聞くのじゃ、ハグリッド」
「もうたくさんだ!! 俺は聞いたんだ!! ダンブルドア先生は全部知っていなさった!! ハリーがヴォルデモートと繋がってる事も、ハリーのペットがピーターだって事も、全部だ!! なのに、黙ってた!! 俺を追い出した!! あ、アンタは裏切ったんだ!! この魔法界を!! ヴォルデモートにつきやがったな!!」

 憎悪と敵意を剥き出しにして、ハグリッドはダンブルドアへ掴み掛かった。

「止さぬか!!」
「止すのは貴様の方だ!」

 止めに入るスネイプをガウェインが止める。
 動揺が抜け切らない教師達の前にも闇祓い達が立ちはだかる。その瞳はどこか虚ろだった。
 ダンブルドアはハグリッドの突進を躱し、杖を抜く。すると、ハグリッドは大粒の涙を流した。

「アンタは俺を殺す気なんだな!! ず、ずっと、信じてたのに!!」

 その嘆きの声にダンブルドアは首を振った。

「違う……。違うのじゃ、ハグリッド」
「ウルセェ!! この裏切りもんがぁ!!」

 ダンブルドアは杖を振り上げた。赤い光がハグリッドに向かう。だが、彼は失神呪文を受けても倒れなかった。
 彼には巨人の血が半分流れている。その血が彼に魔法への耐性をもたせている。
 ハグリッドの拳がダンブルドアに命中し、ダンブルドアの体を吹き飛ばした。

「校長!!」
 
 スネイプが声を上げる。間の悪い事に、今はウィリアムが不在だ。
 ガウェインを相手にしながら舌を打つ。

「やめぬか、貴様等!! 相手を見誤るな!!」
「見誤るだと? 見誤ってなどいない! そう言えば、貴様も死喰い人の嫌疑を受けながら、逃れた者の一人だったな。弁護したのはダンブルドア! その頃からか! 貴様等が闇の帝王に屈していたのは!!」

 混迷を極める中、シリウスはハリーとピーターの前に立った。

「そこを退け」
「退かない」
「そうか……、残念だ!」

 シリウスとハリーが同時に杖を振り上げる。ドラコ達も続こうとしたが、そこに一斉に呪文が発射された。
 親兄弟を殺された生徒達が怒りに満ちた形相で杖を掲げていた。
 吹き飛ばされる友人達に注意を削がれたハリーにシリウスの呪文が命中する。
 吹き飛ばされるハリー。 
 そして、シリウスは懐かしき友に親愛の笑みを浮かべて見せる。

「会いたかったぞ、ワームテール。貴様を殺す事だけを考えて今日まで生きて来た」

第一話『終わりの始まり』

 その日、日刊預言者新聞の一面に一枚の写真が掲載された。そこに映るのは金髪の青年と赤髪の子供。
 記事には二人が如何に仲睦まじく暮らしていたかが詳細に記載されている。
 その記事を書いた記者の名はリータ・スキーター。

【ハリー・ポッター。救世主の真実】

 そのタイトルの下で踊る文字の羅列に魔法界は帝王復活の時以上の衝撃を受けた。

 ◆
 
【青年の名はニコラス・ミラー。子供の名はノエル・ミラー。二人はウェールズの南に位置する街ロンザ・カノン・タフでパン屋を営んでいる。この写真は街のグルメを紹介する地域情報紙に掲載されたものだ。この二人の顔に見覚えのある読者も多い筈。特に死喰い人によるテロ行為が頻発する昨今では。そう、この二人は名前を偽っている。真の名はハリー・ポッターとトム・リドル(トム・リドルはヴォルデモート卿の幼名である)。闇の帝王は滅んでいなかった。死を偽装し、自らの後継者を育てていたのだ。救世主と持て囃された軌跡の子。その真実はヴォルデモート卿に見初められた邪悪の種子だった】

 一度文章が区切られ、そこに一枚の写真が掲載されている。
 どこかの聖堂内で撮影されたもの。写真の中で二人は巨大な蛇を従え、殺人行為を行っている。

【この写真は筆者が勇敢な被害者の親族から提供された物である。ハリー・ポッターは既に帝王の後継者としての片鱗を見せていた。この背後に控える蛇はバジリスクと呼ばれる怪物だ。その怪物をけしかけ、多くの尊い命を奪った。そして、この写真は更に重要な事を筆者に伝えた。バジリスクは蛇語でなければ操る事が出来ない。そう、あのサラザール・スリザリンのように蛇語に堪能でなければならないのだ。ハリー・ポッターはホグワーツでもスリザリンに在籍している。彼は帝王の後継者であると同時にスリザリンの継承者でもあるのだ】

 再び区切られた場所に被害者と思われる人物達の顔写真とプロフィールが掲載されている。

【ご覧のとおり、被害者達には一つの共通点がある。それはマグルやマグル生まれの魔法使いである事だ。これは一つの事実を我々に伝えている。そう、帝王の後継者はマグルやマグル生まれを人間とは思っていないのだ。まるで、子供が賢明に生きる蟻を無邪気に殺すように、彼は彼らを殺したのだ】

 その下にハリー・ポッターとトム・リドルの写真が掲載されている。

【この愛らしい顔に騙されてはいけない。彼は帝王の後継者。邪悪の種子を植えられた暗黒の魔法使いなのだ】

 トム・リドルが表立って行ったテロの写真。

【この凄惨な事件はほんの一部でしかない。そして、今頃彼は満悦の笑顔を浮かべているに違いない。また、マグル生まれが死んだ、と……】

 ◆

 その記事を読んだ者の中には五年前の騒ぎを思い出す者もいた。
 アーサー・ウィーズリーが裁判に掛けられた事件だ。当時、魔法省では一つの噂が広がっていた。
 突如行方不明となったハリー・ポッター。彼はダイアゴン横丁に現れる。魔法使いの助力が無ければ入り込めない場所に魔法界と隔離されていた彼が入り込んだのだ。
 何者かが彼を援助した。普通の者なら、まずは魔法省に一報を送る筈。故に、その援助者が闇の陣営に属する者だったのではないかという噂が流れたのだ。
 その後、ハリーはウィリアム・ウィーズリーに保護される。名前を偽り、数ヶ月を過ごした。そして、正体がバレた日、彼は再び行方を晦ます。次に現れるまで二年という空白の期間が空いた。
 あまりにも異常な事だと、当時ルーファス・スクリムジョールが主張した。ハリーの裏には闇の魔法使いが存在する、と。
 魔法省の役人の中にも彼の意見を支持する者が現れ、ウィーズリー家の闇の魔法使いに加担していたのではないかという話まで飛び出した。それがアーサーの裁判の話へ繋がっていく。最終的にはアルバス・ダンブルドアの証言によってアーサーの無実は証明されたが、ならばハリーは何処にいるのか、何者が裏に潜んでいるのか、そうした疑問が蔓延し、ある者は帝王の影を感じ取った。
 当時の混乱は酷いものだった。結局、ダンブルドアが全責任を持ってハリーの捜索に乗り出した事で落ち着きを取り戻したが、当時を知る魔法省の役人達は今回の記事がまったくの出鱈目とは到底思えなかった。
 ハリーを擁護する声は少なく、その数少ない内の一人に嘗て帝王に与した過去を持つルシウス・マルフォイがいた事で火に油を注ぐ結果となった。
 そして、六月の終わり、魔法省は遂にハリーを捕縛する命令を闇祓い局に下した。
 証拠は出揃い、完全武装の闇祓い達がホグワーツに向かい、出動した。

第一話『終わりの始まり』

 あの時の敗北は今尚記憶にこびり付いている。
 魔王を自称する我が分霊。幼子に絆され、理想を捨てた愚か者。
 奴の存在を許す訳にはいかない。

「我が覇道の前に立ちはだかると言うのならば、我が分霊であろうと容赦はしない」

 アルバス・ダンブルドア。ハリー・ポッター。魔王。
 この三人を消し去れば、もはや敵はいない。

「いよいよ、お前達の出番だぞ」

 日記の分霊が試したマグルの医療技術と魔法の併用による洗脳術。
 その成果たる二人に俺様は命令を下す。

「ルビウス・ハグリッド。ゲラート・グリンデルバルド。貴様等の命を賭して、アルバス・ダンブルドアを殺害せよ!」