夏休みの最後は隠れ穴で過ごす事になった。三年前にここから逃げ出した。
すごく懐かしい。
「ハリー! 待ってたのよ!」
モリーに抱き締められ、僕は温かく隠れ穴に迎え入れられた。
そう思っていた。中に入るまでは……。
「こんにちは」
中にはジニーがいた。挨拶をすると、怖い顔で睨まれた。
「……どうして来たの?」
「え?」
「また、うちを滅茶苦茶にするつもりなの!?」
その言葉には怒りと憎しみが滲んでいた。
困惑で思考が停滞し、彼女の声が頭の中で反響し続ける。
「おい、ジニー!」
「なによ、本当の事でしょ!」
フレッドが声を荒げると、ジニーは涙を零して叫んだ。
「……あちゃー」
ロンは天を仰いだ。その表情には予想通りという言葉が浮かんでいる。
ビルとジョージは暗い表情を浮かべながらジニーに掛ける言葉を探している。
「ア、アンタのせいで大変だったのよ! この疫病神!」
「ジニー! なんて事を言うの!」
モリーが怒鳴りつけると、ジニーは階段に向かって走って行った。
僕に分かる事は自分が招かれざる客だったという事実だけ……。
「……ごめんなさい」
ここには居られない。一度逃げておきながら、戻って来ていい筈が無かった。
玄関から外に飛び出す。
あの時と一緒だ。僕はまた逃げ出そうとしている。
「待った!」
柵を乗り越えようとして、手を掴まれた。振り向くと、ビルがいた。
困ったように微笑み、そのまま僕の体を胸に引き寄せる。
「ごめんね。でも、逃げないで」
ビルは僕から杖を奪い取ると、後ろから追い掛けて来るフレッドとジョージに言った。
「ちょっと話してくるよ」
「ま、待ってくれよ兄さん! 俺も!」
フレッドが手を伸ばす。けど、手が届く前にビルは杖を振った。
気付けば見知らぬ場所にいた。
第七話『罪』
「ここは……?」
「良い眺めだろ。僕の秘密の場所だよ」
そこは海岸だった。キラキラと輝く宝石のような紺碧。
胸を突き上げてくる気持ちで闇雲に涙が溢れてくる。
「……もう、大丈夫だと思ってたんだ」
ビルは辛そうに言った。
涙を流したおかげで、少し落ち着いた。
「ビル……。僕が逃げ出した後、何があったの?」
「父さんがクビにされかけた。それどころか、アズカバンに送られそうになった」
その言葉に血の気が引いた。
アズカバンといえば、魔法界の監獄だ。そこに入れられた者は吸魂鬼によって感情を吸われ、廃人になる。
「そんな……」
「……ダンブルドアのおかげで何とかなったけど、その影響で家族がバラバラになりかけたんだ。パーシーがハリーを批判して、フレッドとジョージ、それに母さんが激昂した。僕も冷静ではいられなかったから、チャーリーとロンがいなかったらと思うと……」
青褪めた表情でビルは言う。
「前にも話した通り、フレッドとジョージが闇祓い局に乗り込もうとした事があった。君の事、父さんの事、二人はとても怒っていたんだ。僕も……、本当は二人と一緒にスクリムジョールを殴りに行こうとしてた」
「……ごめんなさい」
吐き出したいような自己嫌悪に駆られた。ジニーの言葉は的を射ている。好意に甘えるべきじゃなかった。
「……謝らないで欲しい」
ビルは僕を抱き締めた。そんな資格なんて無いのに、身を任せてしまう。
「君は何も悪くない。年長者の僕が理性的でいるべきだったのに、衝動に任せてしまった……」
ビルは悔いるように言った。
「ジニーは泣いていた。僕達がいつも怖い顔をしていたからだ。ロンが必死にあやしてくれていた事を覚えてる。ダンブルドアが手を差し伸べてくれたおかげで、僕達家族は元に戻れた」
僕を抱き締める力が増した。
「ハリー。君に会いたかった。どうしても、元気な顔を見たかった。これは僕達の……、僕の我儘だ」
「ビル……」
ビルの体は震えていた。
「また、やってしまった。僕は君を隠れ穴に招待したかった。また、一緒に僕達の家で過ごしたかった。君やジニーの事を何も考えていなかった……」
彼の嚙みしめた唇から、うめきが漏れた。
「悪いのは僕だよ。甘えたんだ……。みんなが優しくしてくれるから、つけ上がったんだ」
考えるべきだった。彼らに対して、自分が何をしてしまったのか……。
「……それは悪い事じゃないよ」
ビルは言った。
「甘えて欲しいんだ。頼って欲しいんだ。僕は君を助けたい。それは今も昔も変わらない。これから先もずっと……」
「……どうして」
分からない。
「どうして、そこまで……」
「……言葉で説明する事が出来ない。ただ、君と初めて会った時、僕は君を助けたいって思った。一緒に居たいと思ったんだ」
「十分過ぎるよ……」
「足りないくらいだ」
僕とビルは互いに口を閉ざした。不思議な沈黙だった。言いたい事が互いに山程ある筈なのに、言葉に出来ない。
映し合う瞳で語り合う。
息苦しい。込み上げてくる感情の処理の仕方が分からない。
「……謝らなきゃ」
漸く絞り出した言葉にビルは小さく頷いた。
「僕も……」
再び、ビルの魔法で隠れ穴に戻る。中に入ると、不満そうな表情のフレッドとジョージがいた。
「抜け駆け野郎」
「クソ野郎」
酷い言葉で出迎えられた。
「……ごめんなさい」
「いや、ハリーに言ったわけじゃないからね!?」
「そっちのクソ兄貴に言っただけだから!」
謝ると、必死に誤解を解かれた。
「ひ、ひどいな、二人共」
「どっちがだ!?」
双子に睨まれ、弱った表情を浮かべながらビルはモリーを見た。
彼女も言葉を探しているみたいだ。
「母さん。ジニーは上?」
「え、ええ、ロンが慰めているわ」
「なら、降りてくるまで待った方がいいかな」
「……うん」
モリーは僕達の気持ちを察したのか何も言わなかった。
夕方になって、ロンがジニーを連れて降りて来た。
相変わらず、睨まれている。
「……ジニー。ごめんなさい」
頭を下げる。それ以外に出来る事なんて何もない。
犯した罪があまりにも大き過ぎて、償う事なんて出来ない。
「……出て行って」
ジニーは言った。
「アナタの事、大っ嫌い」
「……うん」
当然の結果だ。
僕はトランクを掴んだ。
「ハ、ハリー!」
フレッドがもどかしげな表情を浮かべる。
「ごめんね、フレッド」
外に出ると、ビルが手を握ってくれた。
「……一人で帰れるよ」
「知ってる。だけど、僕は君の護衛でもあるんだ」
「でも、今日は……」
ビルは手を離してくれた。
「明日、迎えに行くからね」
「うん……」
魔王に身を委ねる。風景が歪み、僕はお店に戻って来た。
中に入ると魔王が実体化した。
「こういう事には時間が掛かるものだ」
魔王の声を聞いて、決壊した。
涙が止まらない。魔王に縋り付き、何度も何度も謝った。
魔王は僕が泣き疲れて眠るまで、何も言わずに受け止めてくれた。