第四話「隠れ穴」

 悲鳴が響いている。巨大な力を前に逃げ惑う者、抗おうとする者、皆一様に最後には嘆きと絶望の悲鳴をあげる。彼等の敵の力はあまりにも強大で、力の差は蟻と象ほどもある。そして、俺はそんな彼等の敵だった。彼等の少し力を加えれば潰れてしまいそうな小さな頭を摘み、そのまま彼等の体をグルグルと回転させる。今にも首がねじ切れて、頭と体が分離してしまいそうだ。俺は指を離した。彼らの脆弱な肉体は天高く舞い上がり、遥か彼方へ飛んで行く。
 助けを求める懇願も憎しみの篭った怨嗟の声もただの耳障りなBGMでしかない。ただ淡々と同じ作業を繰り返す。
 俺達は今、庭小人の駆除をしていた――――。

第四話「隠れ穴」

 ウィーズリー家に来てから既に数日が経っていた。隠れ穴には今、ウィーズリー家の人だけでもロンの母親のモリー、パーシー、フレッド、ジョージ、ロン、それにロンの妹のジニーの六人が居る。他の兄弟は家を離れているから居ないけど、今はそこに俺とアル、ハリーがお邪魔して居る。それに、先客としてハーマイオニーとネビル、それにフレッドとジョージの親友のリー・ジョーダンまで居る。合計十二人だ。大家族のウィーズリー家と言えど、許容オーバーだ。
 寝室の数もまったく足りず、リーはフレッドとジョージの部屋で寝泊りする事になり、ネビルはロンと一緒に寝る事になった。俺達が来る前にもう部屋割りが決まっていたらしく、俺とアルとハリーは三人一組でロンの兄の部屋に押し込まれた。ちなみにハーマイオニーは女の子だから、ともう一人の兄の部屋を頂戴していた。
 賑やかを通り越して騒々しくなった隠れ穴では食事の準備も大変だった。とてもモリーだけでは手が足りず、俺とハーマイオニーが手伝いを申し出た。俺とハーマイオニーは魔法を使った料理に中々馴染めなかったものの、モリーからの指導を受けながら何とかこなした。
 他の家事も三人で手分けをして動き回ったから、ここ数日で俺達三人は一番長く一緒の時間を過ごし、色々な壁を越えた友情を育んだ。それほど大変だったのだ。
 ハリーやアルが手伝いを申し出てくれはしたのだけど、服の洗い方があまりにも雑だし、掃除をすればよけいに汚くするだけで完全に戦力外……どころか足手まといでしかなく、モリーによってウィーズリー家家事担当部隊から追い出されてしまった。
 何とか家事が一段落すると、今度は庭小人の駆除にみんなで繰り出しそれが終わったらすぐまた家事に戻る。そんな日々だった。

「僕達クィディッチの練習に行って来るね!」

 そう元気良く言うアルに思わず夕食に使うかぼちゃを投げつけてやろうかと思った。
 最初こそ家事に追われる俺達に気を使っていたけど、ここ最近はそんな気遣い一切無い。どうやら、こっちはこっちで楽しくやっているものだと思っているらしい。
 ハーマイオニーも苛々した調子で、

「料理にタバスコを一瓶入れてやろうかしら」

 と言った。冗談めかして言ってるけど、目が本気だった。
 あの連中と来たら、掃除をしない代わりに掃除した端から家中を盛大に汚し、真心篭めて作った料理には不満をばら撒き、干した洗濯物に体当たりをかまして台無しにしてくる。
 特にフレッドとジョージとリーの三人は常にみんなを驚かそうと企み、こっちの仕事を盛大に増やしてくれる。掃除をしないアル達は大喜びで三馬鹿を絶賛するものだから余計に腹が立つ。
 ハーマイオニーも俺もふつふつとどす黒い感情が湧き起こるのを抑えられなかった。
 爆発させないで居られるのは単に同じ境遇の存在が居るという事と、もう一つ、モリーが常に冷静だったからだ。勿論、モリーは毎日怒声を上げているけど、決して家事に手を抜く真似はしなかった。料理にもたっぷりの愛情を篭めているのが凄くよく分かり、どんなに大変で、どんなに腹立たしく感じても俺達も家事の手伝いを放棄する気にはならなかった。
 どうして、この状況で平気で居られるのか、と聞くと、モリーは困った様な顔をして言った。

「それは私が母親だからだよ」

 そう言われてしまうと何も返せなかった。ただ、母は偉大、という言葉の意味が凄くよく分かった。
 
「とりあえず、私達もあの馬鹿連中の事を一端同世代として扱うのやめましょ」

 ハーマイオニーの提案に頷いた。幼稚園児の世話をするつもりになると、焼け石に水を掛けるくらいにはマシになった。
 クソ爆弾をよりにもよって台所で爆発させた三馬鹿は洗濯物と一緒に逆さ吊りにしたりもしたけど、折角作った料理を嫌いな物が入ってるからと言って吐く真似をした猿の為に翌日から猿の嫌いな物だけを用意したけど、洗濯物に箒で突っ込んで泥だらけにしたガキ共に延々終わらない庭の草むしりをさせたりしたけど、実に心穏やかに過ごす事が出来た。
 ウィーズリー家での日々は多忙の毎日で、いつの間にか新学期が目前に迫っていた。新学期の報せがフクロウ便で届き、どういう訳か、俺とハーマイオニーにへりくだる皆と一緒に明日、ダイアゴン横丁へ行く事になった。
 
「じゃあ、また庭の草むしりお願いね」

 夕飯が終わり、テーブルを片付けながら言うと、アルは決意を篭めた表情で立ち上がった。

「あ、明日ダイアゴン横丁に行くんだし、今日はゆっくりと……」
「やってね?」
「あ……、はい」

 素直で大変よろしい。逃げ出そうとする三馬鹿にはハーマイオニーが振り向きもせずに足縛りの呪いを掛け、とどめにモリーが渾身の睨みを利かせると、みんな静かに庭に出て行った。
 テーブルや食器を片付け終わり、全部の部屋のベッドメイクも終わらせて、シャワーも浴び終わると、俺はハーマイオニーと一緒にモリーに自慢のコレクションをみせてもらった。
 ギルデロイ・ロックハート。今、魔法界で大人気のアイドル魔法使いにモリーはメロメロだった。彼の著書もたくさんあって、俺も暇さえあれば読んでいる。彼のプロマイドを見ると、映画とは顔が少し違っていたけど、文句なしのハンサムな男だった。
 彼の真実を知った上で彼の著書を読むとちょっとむず痒い感じもしたけど、本の内容事態はティーンエイジャーの心を狙い打つものだった。夢中になっている内にすっかり彼のファンになってしまった。
 元々、映画や本で読んだロックハートは嫌いじゃなかった。ナルシストでお調子者な彼のキャラクターは見ていて飽きない。友達として接するにはちょっとアレだと思うけど、アイドルや俳優としては文句なしだと思う。
 それに、こうして一晩中語り明かしても語り足りないと思うくらい楽しい話題を友達と共有出来た事が嬉しかった。生前、誰かと共通の話題で一晩語り明かすなどなかった。
 実は明日、ダイアゴン横丁でロックハートのサイン会が行われる。本で行われる事だけは知っていたけど、日付までは知らなかったからウィーズリー家に届けられる日刊預言者新聞を毎日入念にチェックしていたおかげで分かった。ハーマイオニーは色紙に書いてもらうか、彼のプロマイドに書いてもらうか、それとも彼の著書の代表作に書いてもらうかで迷っていた。

「やっぱり、ここは本に書いてもらうべきじゃない?」

 俺の言葉にハーマイオニーは実に真剣な顔で頷いた。

「ここは王道で行きましょう」

 よく考えたら先生としてホグワーツに来るんだから、サインはいつでももらえる、という事に気づいたのはダイアゴン横丁のフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で彼を見た時の事だった。

 翌朝、煙突飛行粉で無事にダイアゴン横丁に到着すると、皆バラバラになり、最終的にフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で落ちあう事になった。俺はアル、ハリー、ロン、ネビル、ハーマイオニーと一緒にダイアゴン横丁の散策に繰り出した。六人でぞろぞろと歩いていると、ギャンボル・アンド・ジェイプスいたずら専門店でフレッド、ジョージ、リーの三人が【ドクター・フィリバスターの長々花火―火なしで火がつくヒヤヒヤ花火】を買い溜めしていて、アル達も目を輝かせて中に入ろうとしたから「家では絶対に使わないでね」と釘を差しておいた。ハーマイオニーがジロリと睨み付けると、三馬鹿はさっさと逃げて行ってしまった。
 小さな雑貨屋ではパーシーが小さな本を熱心に読んでいた。からかおうとするロンをハーマイオニーが止めて、邪魔をしないようにさっさと移動する事にした。ロンはパーシーが嫌いらしく、如何に彼が優秀さを鼻に掛けた鼻持ちならない性格かをとうとうと語ったけど、ハーマイオニーは

「パーシーは努力をしたのよ」

 と一言でバッサリだった。

「なんか、二人共僕達に対して刺々しくない?」

 とアルが言うから、

「パーシーは誰かみたいに家事の邪魔をしないからね」

 とニッコリ返しておいた。
 モリーが言ったのだ。

『どんなに仲の良い友達でもちゃんと線引きをしないといけないの。どんな事をしても許していたらお互いに成長が無いし、いつかは関係が壊れてしまうものなのよ? 喧嘩をしたら仲直りをすればいいのよ』

 その言葉を聞いて、俺はよく考えたらアルと喧嘩をした事が無い事を思い出した。いつも俺はアルの真っ向からぶつけられる気持ちから逃げてばかりいた。それは生前も同じだった。
 ぶつかる事を恐れて逃げてばかりいたら、誰もぶつかって来てくれなくなる。そうなったら終わりなのだ。
 だから、ちょっとだけ意地悪をしてみたり、こっちからぶつかってみる事にした。
 それに、正直家事を邪魔されて苛々したのは事実だった。

 その後、薬問屋や鍋屋、マダム・マルキンの洋装店で学校で必要な物を揃えて、イーロップのふくろう百貨店でナインチェ用の餌を買った。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に行くまでは時間があったから、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーでサンデーを食べながら時間を潰し、時間になったらから高級クィディッチ用品店で足を止めかけたアル達を引っ張り、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店にやって来た。
 サイン会は既にスタートしていて、書店の外まで行列が出来ていた。うんざりした顔を浮かべるアル達を尻目に俺とハーマイオニーは書店の前に陳列されたロックハートの著作を手にとって既に並んでいたモリーの下へ向かった。書店の奥はまさにアイドルのサイン会みたいになっていた。ロックハートのチャーミングな笑顔が所狭しと並んでいて、草色のローブを纏った本人は一人一人に丁寧に対応をしている。
 日刊預言者新聞の記者が忙しく写真を撮っているのを尻目にロックハートはバッと立ち上がり、ハリーの下へ一直線に歩いて来た。

「もしや、ハリーポッターでは?」

 ロックハートはハリーの手を掴むと、奥へと連れ込んでいってしまった。それから始まったのはハリーにとっての公開処刑……写真撮影会だった。心底嫌そうな顔をするハリーとニッコリ爽やかな笑顔の眩しいロックハートの二人は実に対照的で、ハリーには悪いと思うけど、見ていて面白かった。
 ロックハートが重大発表と銘打って報告した、ホグワーツの教師就任の一言を聞いた時のハリーの絶望的な表情は忘れられない。ハーマイオニーの黄色い叫びについでに便乗してみると、アルとロン、ネビルの凄い嫌そうな顔が目に映った。ロックハートが先生なんて、凄く楽しそうなんだけどな……。
 ハリーが戻って来ると、いつからそこに居たのか、マルフォイがニヤニヤしていた。

「良い気分だったろう、ポッター?」
「あれ? マルフォイ君もサインもらいに来たの?」

 俺が言うと、何か言いかけていたマルフォイは凍りついた表情を浮かべて俺を見た。

「君、まさか……」
「俺、最新作に書いてもらうんだ」
「まあ、ユーリィ! 彼の自伝に書いてもらうべきだわ!」
「でも、自伝でも最新版が出たりするじゃない? それならどれに書いてもらってもいいかなって」

 俺がどれにサインをもらうかハーマイオニーと話していると、マルフォイは視線をハリーに戻した。

「まったく、あんなののサインをもらう為に並ぶなんて正気とは思えないね」

 呆れたようにマルフォイがそう口にすると、書店に居た全ての客の視線がマルフォイに集中した。
 
「こらこら、ドラコ。書店で騒ぐものじゃない」

 そう言って、マルフォイの肩に手を掛けたのはマルフォイに良く似た中年の男性だった。

「息子が騒いでしまい申し訳無い」

 マルフォイ氏が上品な顔立ちで頭を下げると、みんな肩を竦めながら顔の位置を元に戻した。
 丁度、俺の順番が回って来たので、俺もマルフォイ達から視線を逸らした。
 日記を手に入れるにしても、まずは日記が一度ジニーの手に渡らないといけない。今、なすべき事は……、

「あ、ユーリィ君へって、お願いします」

 サインを貰って、握手をしてもらう事だ。

「私、しばらく手を洗わない……」
「それはさすがにどうかと思うよ……」

 ハーマイオニーにツッコミを入れていると、ウィーズリー氏とマルフォイ氏の言い争う声が聞こえた。
 それにしてもロックハートのサイン会の日を調べておいて良かった。別の日に来ていたらマルフォイ氏からジニーの手に日記が渡る事は無かったわけだから……。
 ロックハートに感謝だ。

 何だか喧嘩に発展しそうになっていたけど、途中で乱入したハグリッドによって喧嘩は強制終了した。

「また、学校でね!」
 
 と、父親と去っていくマルフォイに言うと、アルに叱られてしまった。

「去年、あいつが君に何をしたのか忘れたのか!?」

 カンカンに怒るアルに許して貰おうと、今日の夕食はアルの好物にすると言うと、瞬く間に機嫌が戻った。
 思ったより、チョロイな、と思ってしまったのは内緒にしておかないとね……。
 帰る途中、重たそうにしていたからジニーから鍋を受け取った。アルが「僕が持つよ」と言ったけど断って、俺はさっさと目的を果たした。
 本当にあるのか自身は無かったけど、鍋の中には一冊の黒い表紙の薄くて小さい日記帳があった。
 これで……、第一の条件はクリア出来た。俺は……第一の分霊箱【トム・マールヴォロ・リドルの日記】を手に入れた。
 本当にロックハートには感謝だ。サイン会を開いてくれて、ありがとう。
 

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