直ぐに制服に着替えてホグワーツ特急にしばらく揺られていると、俺達はいつの間にかうたた寝していたらしい。コンパートメントの扉が開く音で目が覚めた。
第四話「ホグワーツ魔法魔術学校」
「あ、ごめんよ。起こしちゃった……」
扉の方に目を向けると、見知った顔が居た。
「あ、君はネビル君?」
「え? あ! マダム・マルキンの洋裁店で会った! えっと……」
「ユーリィだよ。ユーリィ・クリアウォーター。こっちがアルフォンス・ウォーロック」
「あ、ごめん。僕、物覚えが悪くて……」
ばつの悪そうな顔をするネビルに「気にしてないよ」と言うと、アルも目を覚ました。
「あれ? 僕……。ああ、いつの間にか寝ちゃってたのか」
「おはよう、アル」
「おはよう、ユーリィ。あれ? 君はマダム・マルキンの所で会った……確か、ネビル君だよね?」
「うん」
「どうしたの? 空いているコンパートメントが見つからないのかい?」
「あ、そうじゃないんだ。実はその……僕のペット。ヒキガエルなんだけど……逃げちゃったみたいで」
そう言えば、ネビルのペットのトレバーは脱走の常習犯だった事を思い出した。今にも泣き出しそうなネビルに俺は微笑み掛けた。
「大丈夫。一緒に探すから元気出して」
俺が言うと、ネビルはビックリしたように目を丸くした。
「いいの?」
「もちろん」
俺が笑顔で返すと、ネビルは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「もちろん、僕も手伝うからね!」
アルは慌てたように俺の肩に凭せ掛けていた頭を持ち上げて立ち上がった。すると立ち眩みをしたのか少しふらついた。
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「あ、でもコンパートメントを空にするわけにはいかないな。アルは残っててよ」
「え、でも!」
「カエル一匹探すのにそんな何人も要らないって」
俺が言うと、アルは渋々頷いた。アルは昔から人が好いから何かしてあげたくて仕方無いのだろう。
「直ぐに戻るよ。ネビル君。君のカエルってどんなの?」
「あ、えっと、ネビルでいいよ。えっとね……」
ネビルは少し申し訳なさそうにしながらカエルの特徴を教えてくれた。映画で見たのと同じくらい大きいらしい。探すのはそう難しく無いかも。
俺は手分けをする事にした。見落とす可能性は低いだろうけど、ネビルが見て来た方を俺はもう一度探索する事にした。確か、本や映画だとハーマイオニーがネビルを手伝っていたけど、結局汽車を降りるまで見つからなかったみたいだからもしかしたら貨物室の方に紛れ込んでいるのかもしれないけれど念には念をだ。
ただ、ここで一つ問題が起きた。俺は基本的にアルと一緒なら平気なんだけど、初めて会った人の前だと人見知りをしてしまって上手く喋れなくなってしまうんだ。ネビルみたいな気弱そうなタイプの子なら問題無いのだけど、さっきぶつかった男の子みたいなタイプを前にするとどうしても駄目なのだ。
俺は少しの間迷った挙句にコンパートメントに戻った。
「もう見つかったのかい?」
「あ、いや……その……」
言い難そうにしている俺にアルは何かを悟ったらしく、微笑みながら立ち上がった。
「やっぱり、僕も探しに行くよ。大丈夫、ちょっとの間空けてても問題なんて起きないさ」
そう言うと、アルは何も聞かずに「行こう」と言ってくれた。頼りになる。俺と同じで人見知りが激しい癖に……。
隣にアルが居るおかげでどうにか探索を進める事が出来たけど、トレバーは見つからなかった。ネビルに一応トランクと一緒に預けたりしてないか、と確認しようと思って、来た道を引き返していると栗色の髪の女の子がコンパートメントから出て来た。
「あら、こんにちは。あ、ねえ、あなた達ヒキガエルを見なかったかしら? ネビルのカエルが逃げちゃったの」
「ううん。実は俺達も探してたんだけど向こうには居なかったよ。もしかしたらトランクと一緒に貨物室に紛れちゃったんじゃないかって、ネビルに確認しようと思ったんだ」
俺が言うと、女の子は「じゃあ、ネビルに確認しましょう」と言った。丁度、幾つか先のコンパートメントからネビルが出て来た所だった。
「ネビル!」
女の子が声を掛けると、ネビルは急ぎ足でやって来た。
「僕のカエル見つかったの!?」
期待に顔を輝かせるネビルに女の子は申し訳なさそうに首を振った。
「そうじゃないのよ。実は……、えっと」
女の子は俺達を見ながら口を濁した。
「僕はアルフォンス・ウォーロック。こっちはユーリィ・クリアウォーターだよ」
「私はハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしくね」
「うん、よろしく」
「よろしく」
軽く会釈で答えると、ハーマイオニーは視線をネビルに戻した。
「えっと、実はアルフォンスとユーリィが向こうを見て来てくれたみたいなんだけど居なかったんですって」
「そうなんだ……」
ネビルはガッカリしたように項垂れた。
「それで、もしかして、トランクと一緒に貨物車に預けちゃったんじゃないかって、ユーリィが」
「ううん。コンパートメントまでは確かに一緒に居たんだ。抱っこしてたから間違い無いよ」
「そっか。じゃあ、どこかには居る筈……って、そうだ」
アルは閃いたように杖を取り出すと「アクシオ・ネビルのカエル」と唱えた。すると、かなり遠くの方からカエルが勢い良く飛んで来た。
「トレバー!!}
飛んで来たカエルを顔面でキャッチしたネビルは嬉しそうに声を上げた。
「アル。アクシオが使えたの!?」
俺は吃驚して聞いた。アクシオは上級生が習う呪文で、かなり難しい筈だ。
「父さんが便利だから覚えておけって。忘れ物とかしてもこれをちゃんと使えれば問題無いってさ」
「うわぁ、いいなー。僕もその呪文覚えたい」
「なら、ネビルも僕達のコンパートメントに来ないかい? まだ、ホグワーツに着くまで少し時間があるみたいだから教えて上げるよ」
「いいの!? 直ぐ荷物を纏めて来るよ!!」
ネビルは嬉しそうに飛んで行った。その様子があまりにもおかしくて俺はつい噴出してしまった。
「あなた、凄いわね。私、教科書は隅々まで読んだけど、そんな呪文知らなかったわ」
ハーマイオニーは少し悔しそうに言った。
「アクシオは上級生が習う呪文だからね」
俺が言うと、ハーマイオニーは「まあ」と目を見開いた。
「私も習いに行っていいかしら?」
ハーマイオニーが聞くと、アルは「もちろんだよ」と少し嬉しそうに言った。
ハーマイオニーが荷物を取りに行くのを見て、俺はアルの脇を突いた。
「な、何するの!?」
「ハーマイオニーが可愛いからって、ニヤケ過ぎじゃない?」
「そ、そんな事ないよ」
口元が緩んでるし、説得力が無い。なんだか面白く無い。
「ほら、僕達は先にコンパートメントに帰ってようよ」
背中を押されながら渋々コンパートメントに向かって歩いていると、前の方が騒がしくなっていた。
「なんだろう?」
傍まで来ると、丸っこい男の子が指を押えて泣きべそを掻いていた。
「大丈夫?」
俺が声を掛けると、男の子はムスッとした顔で「別に……」と言った。
「ちょっと、手を見せてもらえる?」
俺は杖を出して男の子が差し出す手に向けた。
「エピスキー」
治癒の呪文を掛けると、傷口にうっすらと膜が出来た。
「応急処置だから、一応大人の人に見せた方がいいかもしれないよ」
俺が言うと、男の子は「分かった……」と言って一緒に居た男の子達と二言三言話すと前の方の車両に歩いて行った。
「ゴイルが世話になった。感謝するよ」
言ったのは汽車に乗る前にぶつかった男の子だった。
「あ、ううん。痛そうだったから」
「さっき、ネズミに噛まれたんだ」
「ネズミに? じゃあ、感染症とかが心配だね」
アルが言うと、男の子は肩を竦めた。
「ホグワーツに着けば優秀な癒者が居るから心配は無用だよ」
「そっか、良かった。じゃあ、俺達は行くね」
「ああ、ホグワーツで会おう」
男の子達に別れを告げると俺達はコンパートメントに戻った。
しばらく待っていると、ハーマイオニーとネビルが両手に荷物とお菓子を持って入って来たから簡易的なアルフォンス先生のアクシオ教室が開かれた。
「とにかく呼び寄せたい物に意識を集中するんだ」
アルの言葉に従って俺達はお菓子の空き箱を使って練習に励んだけど、汽車がホグズミード駅に着いた時に空き箱を呼び寄せる事が出来たのはハーマイオニーだけだった。
人ごみの中、何とかはぐれないように暗いプラットホームに降り立つと、空にゆらゆらとランプが浮かんで来た。
「綺麗だねー」
アルの言葉に俺とネビル、ハーマイオニーは無言で頷いた。夜闇に浮かぶランプの幻想的な光景にいよいよ魔法学校に来たのだという実感を抱いた。
その時だった。大きなひげ面の男が現れた。あまりにも大きくて俺は声も無く固まってしまった。
「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ! おお、ハリー、元気か?」
男は俺達の後ろの方に居るらしいハリーに笑い掛けた。そこで漸く、目の前の大男がハグリッドなのだと分かった。映画で見るのとは大違いで凄く怖そう。俺達はハグリッドに先導されて歩き始めた。
真っ暗な狭い小道を滑ったりつまずいたりしながら歩いていると、ハグリッドの足が止まった。
「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ。この角を曲がったらだ!」
「うぉーっ!」
一斉に歓声が上がった。狭い小道が唐突に途切れ、広い湖に出た。その向こう側に巨大な城が悠然と聳えていた。大小様々な塔が並び、光り輝く小窓が無数に並ぶホグワーツの古城に誰もが目を奪われた。
「すてき……」
溜息交じりなハーマイオニーの声が聞こえた。
「すごいや……」
ネビルの感嘆の声が響いた。
「これがホグワーツなんだ……」
アルは声を震わせながら言った。
「ホグワーツ……」
俺の声もみんなに負けないくらい震えていた。あまりの感動に全身が鳥肌を立てている。
俺達は四人で一つの小船に乗り、小船はハグリッドの掛け声と共に湖面を滑るように進みだした。
頭上に聳える城を眺めるのに必死で、ハグリッドに言われなければ石の天井に頭を打ち付けてしまいそうだった。
小船は城の地下の洞窟を潜り、岩肌に沿った船着場に到着した。そこから更に石畳の階段を登り、いよいよ巨大な樫の木の扉が現れた。
ハグリッドの大きな拳が三度扉を叩き、ついに、ホグワーツの扉が開かれた。