第十四話「エピローグ」

第十四話「エピローグ」

 ノーバートはすっかり大きくなって、今にも人を丸呑みしそうだった。最初にダンブルドアが作った犬小屋ならぬドラゴン小屋は更に巨大に拡張され、場所も禁じられた森のすぐ目の前に移設された。餌やりも相当危険な作業になり、ダンブルドアの敷いた隔離線の外から投げつけるように与えている。
 保護地区への受け入れの申請は既に通ったそうで、ダンブルドアが言うには、夏休みの間に専門の魔法使い達が移送を行うそうだ。正直、愛着などハグリッドを除いて誰も持ってなかった。
 正直、怖過ぎる。目は肉食獣の眼光を惜しみなく発しているし、鋭い牙は人間の骨も容易く砕きそうな程頑強で、分厚い鱗は死の呪いでさえ防ぎそう。轟く雄叫びは学校のどこに居ても聞こえ、世話係りなどに立候補するんじゃなかったと心の底から後悔させる勇ましさがあった。
 ハグリッドはおいおいと泣き叫びながらノーバートとの別れを惜しんでいるけど、肝心のノーバートはハグリッドを餌としか認識していないようで、丸焼きにする為に絶えず炎を吐き続けている。ハグリッドの目にはそれが別れを惜しむ悲しみの炎に見えてるそうだけど……。
 
「ハグリッド!! 死んじゃうからもう少し後ろに退がって!!」
「ノーバートォォォオオオオ!!」

 俺達六人がかりで必死に引き止めるけど、ハグリッドはその力を余す事無く発揮して暴れ回った。仕方がないのでハーマイオニーがハグリッドに浮遊呪文を掛けようとしたけど、上手く掛からなかった。
 一応軽くは出来たみたいで、何とか引き離す事が出来たけど、まったくもって心臓に悪い。
 ハリーが必死に慰めているけど、ハグリッドは悲しみに暮れる毎日を送りながら、自分の命を危険に晒していた。
 まあ、ダンブルドアもその辺の事は考慮してくれていて、ハグリッドがノーバートの炎の射程範囲内には入れないように魔法を掛けているから、そこまで心配はしていないのだけど……。

「でも、ハグリッドには参っちゃうよなー」

 勉強に特化した必要の部屋でハーマイオニー先生主催による一年の総復習をしていると、ロンが伸びをしながら言った。

「はい、脱線しなーい」

 ハーマイオニーは手馴れた様子でロンを窘めた。こうしてロンがこの勉強部屋――ロン曰く拷問部屋――から抜け出そうとするのは今日だけで十回目だった。
 ロンだけでなく、ハリーやアル、ネビルの三人も負けず劣らずうんざりした表情を浮かべている。 
 結局、その後直ぐに皆が根を上げてしまい、ハーマイオニーの総復習計画は頓挫してしまった。
 代わりに皆で呪文の訓練を積む事にした。これは皆乗り気で、必要の部屋の蔵書の中にある呪文を片っ端かた試した。
 俺も幾つかの呪文を習得しようと躍起になった。理由は一つ。来年のバジリスク対策だ。
 バジリスクの脅威を取り除くにはジニーからトム・リドルの日記を取り上げるのが最善だ。恐らく、それで問題は無いだろう。問題はその日記を使えるかどうかだ……。
 スリザリンの継承者……、トム・リドルの日記を使い、バジリスクからどうにか牙を得たい。牙そのものが手に入れば、グリフィンドールの剣に毒の力を付与するなんて回りくどい真似をするよりも確実だ。
 問題はヴォルデモートの魂の断片の封じられた分霊箱であるところの日記をどうやって思い通りに扱うか、という点と、ある程度無効化出来たとしても、バジリスクは無防備に屍になってくれたりはしないだろうという点だ。
 日記はある意味でヴォルデモート自身とも言える。故に開心術の達人である彼の力も日記は持っている。必要なのは閉心術だ。まず、それを取得し、その後にバジリスクを殺す手段を取得する。
 それが俺の掲げるバジリスク対策だ。
 幸い、閉心術に冠する本も確り用意されていた。
 本によれば、閉心術とは心を御する力の事らしい。呪文は存在せず、いかに自身の心を自身と切り離して御する事が出来るかが肝心だという。
 原作ではハリーはシリウスの死やドビーの死を悼む思いによってヴォルデモートの開心術を防ぐ術を身に付けた。愛する者に対する絶対的な思いが分厚い壁となり、侵入者を阻んだ。
 愛する者の死。俺にとって、愛する者とはソーニャであり、ジェイクであり、アルの事だ。ハリー達の事ももちろん大好きだけど、この三人とは比べようもない。
 だけど、この三人を失わない事こそが俺にとって一番大切な目的だ。故に愛する者の死を悼む事で得られる閉心術では意味が無い。
 もっと、違うアプローチが必要だ。
 心を御するのは感情なのだろう。
 安心、不安、緊張、感謝、驚愕、興奮、好奇心、冷静、焦燥、幸福、尊敬、親愛、憧憬、恐怖、勇気、快感、後悔、満足、不満、嫌悪、羞恥、軽蔑、嫉妬、罪悪、殺意、期待、優越、劣等、怨嗟、苦難、悲哀、憎悪、憤怒、諦念、絶望、恋愛、性愛、空虚。
 感情には色々とある。
 その中で自身の心を御する事が出来る感情とは他者への思いと自己への思いが両立した感情なのだそうだ。
 それは、あるいは他者の死に対する悼みの感情。これは死者に対する悲しみと、残された自身に対する悲しみを同時に内包している。
 同様の感情として、嫉妬、軽蔑、罪悪、性愛などが挙げられている。
 嫉妬とは、相手に対して優れていると感じ、自身を劣っていると感じる二つの相反する感情が両立している。軽蔑はその逆。
 罪悪は他者に対する負い目があり、自己に対する不安や恐怖、怒りがある。
 性愛もまた、相手の快楽と自己の快楽の両方を渇望する感情だ。
 この中で更に悼むという感情と類似する感情は性愛だった。
 物語の中で、ハリーはダンブルドアならば人の死を悼む心を愛であると称するだろうと考えた。
 ある意味で的を射ていると思う。
 愛には種類がある。
 自己愛と他者愛とを持つ両立タイプ。
 自分自身に対する愛のみを持つ利己主義タイプ。
 自分以外の存在に対する愛のみを持つ自己犠牲タイプ。
 自己愛と他者愛を両方とも持たない欠乏タイプ。
 この中で悼むという感情は確かに両立タイプの愛であると言えよう。
 悼みは悲しみ。性愛は快楽への渇望。他者に対しても、自己に対しても同一の感情を持つ事により、他者の心を鏡のようにして、自己の心を識る事が出来る。それが心を御する感情というものなのだろう。
 ひょっとすると、人によって閉心術のそれは愛とはかけ離れたものだったりもするかもしれないけれど、俺は閉心術という術の事が分かった気がした。
 ならば、俺の閉心術とは何だろう?
 他者と自己。両方に抱く同一の感情。そんなものがあるのだろうか?
 俺は俺自身を愛してはいないし、人に狂おしい程の悲しみを抱いたり、憎んだりした事は無い。
 俺はそれを見つける事こそが閉心術の取得に繋がると感じた。

 それから更に月日は流れた。
 一年が終わり、学年末パーティーが開かれた。
 
「また、一年が過ぎた」
 
 壇上でダンブルドアがほがらかに言った。

「皆、ご馳走に手を伸ばす前にこの老いぼれの戯言に耳を傾けて頂きたい」

 ダンブルドアの口から寮対抗杯の表彰が行われた。
 一位はスリザリン。クィディッチで常に一位を独占した結果だろう。ハリーがシーカーになり損ねたせいだと分かっているが故に胸が痛んだ。
 グリフィンドールは何とか二位に落ち着き、レイブンクローとハッフルパフがその後に続いた。
 みんな、スリザリンの優勝に不満を言いつつも、一年の終わりに盛大な祝杯をあげた。
 そして、最後の日がやって来た。
 俺達はノーバートに最後の別れを言いにハグリッドの小屋を訪れた。
 ダンブルドアが刻んだノーバートの家の看板を見つめ、その奥でいびきを掻く、ヴォルデモートの尖兵すら軽くあしらった密かな英雄に別れを告げた。
 
「これであのトカゲ野郎ともお別れか……」

 ロンは何だか寂しそうに言った。

「なんだかんだで、長い付き合いになったもんね」

 アルも少し寂しそうだ。

「保護地区に行っても虐められないといいんだけど……」

 とハーマイオニー。

「虐められるわけないよ。あんなに逞しいんだもん」

 とハリー。

「向こうについたらボスの座に君臨しちゃうかも」

 ネビルの言葉に俺達は吹き出してしまった。
 世界中の魔法使いが揃って恐怖する悪の親玉が逃げ帰る程の彼の事だから、あながち冗談では無いかもしれない。
 
「夏休み、みんなうちにおいでよ」
 
 ロンの提案にネビルや俺達も続いた。
 来年はロンの家。その次は俺達の家。その後はネビルの家に夏休みは集まろうという計画となった。
 そして、俺達はあの真紅の列車に乗り込み、ホグワーツ魔法魔術学校を後にした。
 一年目が終わった。
 そして、これから……二年目が始まる。

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