第十二話「ノーバート」

 翌日、俺達はまたハグリッドの小屋を訪れた。だけど、ハグリッドは俺とハーマイオニーを見た途端に急に忙しくなって俺達を追い出した。

「あれは完全に二人の事、警戒してるって感じだね」

 ロンが言った。

「二人には申し訳無いけど、ハグリッドの小屋には僕達だけで行った方がいいと思う」

 ハリーの言葉に俺とハーマイオニーも同感だった。確かに、昨日の俺達の言葉はハグリッドにとって残酷とも言えるものだったかもしれない。
 嫌われるのは当然だ。ハーマイオニーも顔を顰めながら肩を竦めた。

「私達はドラゴンをどうするかを考えましょう。まだ、孵るまでは時間があるでしょうし」
「そうだね」

第十二話「ノーバート」

 更にその翌日、俺達はハグリッドの小屋に行く班とドラゴンの対処を考える班に別れた。と言っても、後者は俺とハーマイオニーだけだ。
 図書室でドラゴンの保護地区の場所を調べていると、ハーマイオニーが本に視線を落としながら言った。

「やっぱり、先生方に言うべきだと思うわ……」
「俺も同感。だけど、ハグリッドが追い出されたらって思うと……」

 それがネックなのだ。

「ダンブルドア個人に伝えられればいいんだけど……」

 ダンブルドア個人ならばハグリッドが不利にならないように対処してくれるだろうけど、マクゴナガルやスネイプが係わって来た場合、どうしたってハグリッドの処遇を考えなければいけないだろう。
 もしも、他の生徒に知られれば親にも伝わって、それこそハグリッドが追い出されてしまう可能性が極めて高い。

「……試しに行ってみる?」

 俺が言うと、ハーマイオニーは少し迷いながらも頷いた。

「ダンブルドアに直談判ね」

 俺達は頷き会うと校長室に足を向けた。
 ハグリッドには悪いと思うけど、例え嫌われてもこうするのが最善だと思う。だって、こうしなければハリー達はロンのお兄さんのチャーリーにノーバートを頼む事になって、夜の城内を徘徊し、大きな減点を与えられ、更に禁じられた森で危険に晒される。
 ひょっとするとクィレルを倒すチャンスになるかもしれないけど、その為にクィレル以外にも危険が多く存在する禁じられた森に彼らを行かせたくはない。
 ハーマイオニーの先導で校長室の入り口であるガーゴイルの像の前までやって来た。ホグワーツの今昔に載っていたらしい。

「来たはいいけど、合言葉が分からないと校長室には入れないわ」
「ここで校長先生が出て来るのを待つ……?」
「……それしかないわね」

 その時だった。何の前触れも無く、突然ガーゴイルの像が動き出した。
 ガーゴイルはまるで命が吹き込まれたかのように自然な動作で脇に避けた。すると、背後の壁が二つに割れ、螺旋状の階段が現れた。階段はまるでエスカレーターのように動いている。
 しばらく待つと、なんとダンブルドアが降りて来た。
 あまりにもいきなりの事だったものだから、俺もハーマイオニーも緊張して言葉が出なかった。
 ダンブルドアは俺とハーマイオニーを見ると、ニッコリと微笑んだ。見る者に安心感を与える優しい笑みだった。
 おかげで緊張が解れた。

「わしに何か用かのう?」

 ダンブルドアの声は凄く穏やかで、俺達はついホッと息を吐いてしまった。
 ハーマイオニーに目配せをして、少し戸惑いを残しながら俺は言った。

「校長先生。実は相談があってきました」
「そうじゃろうな。でなければ、このような殺風景な場所にわざわざ来たりはせんじゃろう。して、相談とは?」
「あの……、ハグリッドがドラゴンの卵を孵そうとしているんです」
「ほう……、ドラゴンとな」

 ダンブルドアはどちらかと言うと好奇心に満ちた笑顔を浮かべた。

「そのドラゴンの卵はノルウェーリッジバック種なんです」

 ハーマイオニーが言った。

「人を食べた例もある獰猛な種ですし、成長も早いからとても危険です」
「それに、元々北国に住む種ですから、ここでは生きていけないと思います」

 俺も重ねるように言った。
 ダンブルドアは顎鬚を弄りながら「ふむ」と俺達の話を黙って聞いてくれた。

「なので、卵が孵る前にどこかの保護区に移送して欲しいんです」
「なるほどのう。じゃが、それはハグリッドが自身の手で行うべきではないかのう?」

 もっともだと思うけど、ハグリッドの性格を知っていればそれが如何に難しいか分かる筈だ。
 意外と意地悪なのかもしれない。

「ハグリッドはドラゴンを手放すのを嫌がってるんです。だけど、ダンブルドア校長先生の言葉なら聞くと思います。ドラゴンが卵から孵ったら、ハグリッドは勿論、他の生徒達にとっても危険なんです。でも、私達だけだとどうにも出来ないんです」
「お願いします」

 二人で頭を下げると、ダンブルドアは愉快そうに笑った。

「ハグリッドは慕われておるのじゃな。よろしい。ドラゴンの事は任されよう。これからハグリッドを説得しに行って来るでな。お主達は寮に戻りなさい」
「……いえ、お供します」
「……私も一緒に行きます」

 俺達が言うと、ダンブルドアは顎鬚を弄りながら言った。

「そうなると、お主達がわしに……まあ、言葉を悪くすれば告げ口した事がハグリッドにバレてしまうぞ?」
「でも、事実です。それに、無責任に放りだしたくありません」

 ハーマイオニーの言葉にダンブルドアはニッコリと微笑んだ。

「わかった。では、お主達……」
「ハーマイオニー・グレンジャーです」
「ユーリィ・クリアウォーターです」
「うむ。一緒に行くとするかのう。グレンジャーさん。クリアウォーター君」

 ダンブルドアに連れられて、俺とハーマイオニーはハグリッドの小屋へ向かった。
 禁じられた森に近づくに連れて、心臓が高鳴った。間違いなくハグリッドは俺達の事を憎むだろう。それに、この選択をハリー達は非難するかもしれない。
 同じ事を考えているのだろう。ハーマイオニーは真っ青な顔で手を震わせている。
 小屋の前まで行くと、中はなにやら騒がしかった。ダンブルドアがノックをすると、中でドタドタと音がして、直ぐにしんと静まり返った。
 再びダンブルドアがノックをすると、ハグリッドはゆっくりと扉を開いた。
 ハグリッドはダンブルドアの顔を見た途端に顔を青褪めさせ、俺達に視線を向けた今度は真っ赤な顔になった。

「お前さんら……!」
「よさぬか、ハグリッド。中に入れてもらえるかのう?」
「……はい、先生」
「お主らも。さあ」

 ダンブルドアの後に続いて俺達も小屋の中に入った。小屋の中はハグリッド一人だけだった。
 ハグリッドの憎しみの篭った目に俺達は恐怖でガチガチになってしまった。まるで、ハロウィンの日に出会ったトロールのようだ。

「さて、それがドラゴンの……おお、孵る途中じゃったか」

 ダンブルドアの言葉に釣られて視線を暖炉に向けると、火の中で卵がゆっくりと割れている途中だった。
 ダンブルドアは興味深そうにドラゴンが孵るのを見つめているけど、ハグリッドがずっとこっちを睨み付けてくるからとてもそっちに気が回らない。
 しばらくして、ドラゴンが産声を上げると漸くハグリッドの注意が逸れてホッとした。

「あの……、先生。餌をやってもええでしょうか……?」

 ハグリッドは弱弱しい声で言った。

「勿論じゃよ。可愛い子じゃ……おっと」

 ドラゴンはくしゃみをするように火を吐いた。

「ほっほ、もう火が吐けるようじゃのう」
「へえ、美しいやつでさ」

 しばらくハグリッドの餌やりを見物していると、ダンブルドアは言った。

「ハグリッドや。わしはお前さんを罰しようとは思っておらんよ」
「先生……」
「無論。そのドラゴンはこのまま学校に置くわけにはいかん。理由は分かるのう?」
「……へい。その子達に説教されやした……」
「ほっほ、賢い子達じゃ。それに、比類なき優しさを持っておる。この子達はお主の為に動いたのじゃ。それも分かるのう?」
「……へい」
「そして、お主の為だけでなく、そのドラゴンのためでもあった。そのドラゴンはここでは生きられぬ」
「……へい」

 ハグリッドは震えた声で頷いた。そのあまりにも哀しそうなハグリッドの様子に俺は見て居られなかった。

「……じゃが、直ぐにというわけにはいかん」
「……へ?」

 ダンブルドアの言葉にハグリッドはポカンとした表情を浮かべた。

「ドラゴンの保護区に“たまたま発見された野性の”ドラゴンを引き受けて貰うには、少々申請に時間が掛かるのでな。それまでの間、お前さんには“不運にも迷い込んできてしまった”ドラゴンの世話を頼みたいんじゃ」
「せ、先生!?」

 ダンブルドアの言葉に真っ先に反応したのはハーマイオニーだった。ハーマイオニーは凄い剣幕でダンブルドアに近づこうとするが、ダンブルドアは微笑みを絶やさずにハーマイオニーに顔を向けた。

「無論。万全の対策を施す。ハグリッドや、そのドラゴンを連れてきてくれるかのう?」
「へ、へい!」
 
 ダンブルドアに連れられて、俺達はハグリッドの小屋から出た。ハグリッドはドラゴンを四苦八苦しながら外に連れ出した。

「ここでいいじゃろう」

 ダンブルドアは小屋から少し離れた場所に杖を振るった。すると、いきなり地面が捲れ上がり、土くれがレンガに変わり、瓦に変わった。
 あっと言う間に、さっきまで何も無かった空間に巨大な建物が出来てしまった。
 目を丸くする俺達を尻目にダンブルドアは更に杖を振るった。

「万全の護り、指定人物以外の進入禁止線、指定生物の外界との隔離線を敷いた。ここで育てるならば、そのドラゴンが生徒達に危害を加える事は無いじゃろう。ああ、ハグリッドや、一つ頼みがある」
「な、なんでしょう?」
「そのドラゴンに名前を付けてやってほしいんじゃよ。ほれ、あそこ」

 ダンブルドアが杖で指し示した方向に視線を向けると、そこには何も記されていない無地の看板があった。

「あそこに刻むべき名前が必要なんじゃ。どうかのう?」
「へ、へい! じ、実はもう決めてあるんでさ。ノーバートって言うんです」
「そうか、いい名前じゃな。わしも出来る限りの事をするでな。しばしの間、ノーバートを頼む」
「へい!!」

 ハグリッドは心底嬉しそうにノーバートを見つめた。ノーバートはゲップをするみたいに火を吐いてハグリッドの口ひげを燃やした。
 
「お前さんら……」

 ハグリッドは気まずそうに俺達を見た。
 体を強張らせながら、俺はハグリッドの言葉を待った。
 怒られたり、責められたりする覚悟は決めてあったけど、やっぱり怖い。
 ハーマイオニーも不安そうな顔をしている。

「すまんかったな」
「……え?」

 ハグリッドは頭を下げた。俺とハーマイオニーは顔を見合わせた。

「お前さんらが全て正しかった。おかげで俺はノーバートと……少しの間かもしれんが一緒に居られる。それに、ダンブルドア先生のお墨付きも貰えた。本当に感謝しとる」
「……ハグリッド」

 ハグリッドは照れたように巨大な手を差し伸べてきた。指の一本一本が俺の腕くらいある。

「俺達こそ、ちゃんと話もせずに勝手に動いてごめんなさい」
「私達、ノーバートのお世話を手伝うわ。ノルウェー・リッジバックについてはたくさん本で読んだから、助けになると思うの」
「お前さんら……。ありがとな。そんじゃ、まあ、頼むわ……」
 
 俺とハーマイオニーはハグリッドの大きな手に両手を添えて握手をした。
 ダンブルドアは満足そうに頷いて言った。

「万事解決じゃな。しばしの間、ノーバートの事は任せるぞ」
「へい!」
「ではのう」

 そう言って、ダンブルドアが去ろうとするのを俺は慌てて止めた。

「ま、待ってください!」
「……うむ? まだ、何かあるのかね?」

 振り向いたダンブルドアに小さく頷くと、俺はハグリッドに言った。
 この瞬間しかないと思ったんだ。ダンブルドアの目の前にいるこの瞬間こそ、最大最後のチャンスなのだ。
 俺は大きく深呼吸をして言った。

「ハグリッド。ノーバートの卵をくれた人について、もう一度話して」
 

 

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