第九話「第一の課題」

第九話「第一の課題」

 十一月も半ばになり、段々と寒くなって来た。競技場で箒に乗っていると、突き刺すような冷たい風に凍えそうになる。

「いいかい? チェイサーは攻防速が全て必要になるポジションだ。時にはクアッフルを持つ敵に攻め入らないといけないし、逆に敵から責められた時に仲間やクアッフルを守らないといけない。ゴールを目指して飛ぶ時はスピードも重要だ。【シュート】の練習ばかりしていても駄目って事さ。分かるかい?」

 ドラコは練習用に変身術で作った偽クアッフルを片手で弄びながら言った。
 前に彼と約束したクィディッチの練習は予想以上にスパルタで、容赦が無い。

「さあ、もう一度【守り】の特訓だ」

 そう言って、勢い良くクアッフルをパスしてくる。最初は覚束なかった【キャッチ】も段々と板に付いてきてる気がする。俺はニンバス2000を翻し、クアッフルを抱え込んでドラコから逃げ出した。すると、ドラコは弾丸のように飛んで来て、あっと言う間に俺からクアッフルを掠め取ってしまう。

「何度言えばいいんだい? クアッフルを持つ時はもっと体に密着させるんだ」

 ドラコはクアッフルの持ち方を実演して見せてくれた。真似してみると、どうしても上手くいかない。

「指はここに引っ掛けるんだ。脇は少し開く。そう! 体でしっかりと覚えるんだ!」

 ドラコは俺のすぐ傍で滞空しながら俺の手の形を修正してくれた。もう、何度もやってもらってる。いい加減、ちゃんと間違えないようにしなきゃ。
 
「さあ、もう一度逃げてみろ」
「うん」

 また、ドラコから逃げ出した。だけど、またアッサリと捕まってしまう。

「クアッフルを意識し過ぎだな。持ち方も 重要だけど、そこにばかり意識がいってたら駄目だ。動きもちょっと単純過ぎる。たまにはフェイントを入れないと」

 クアッフルの持ち方だけで躓いてる俺にフェイントなんて仕掛けながら飛ぶ技術は無い。だけど、折角教えてくれてるんだから、期待に応えたい気持ちはある。
 今度はジグザグに飛ぶように意識してみた。

「それじゃあ、ただふらふらしてるだけだ! 何の意味も無い!! いいかい? フェイントってのはこうするんだ。ちょっと、僕を追いかけてみろ」

 ドラコに言われ、ドラコのクアッフルを奪おうと追い掛ける。すると、突然、ドラコの姿が視界から消えてしまった。

「どこ!?」
「こっちだ!」

 ドラコの声は真下から聞こえた。

「こういう風に、急激に高度と速度を下げる方法なんかがある。他にも、スピードを緩めておいてから、相手が近づいた瞬間に最高速度へ切り替える方法もある。いいか? 地面で追いかけっこしてるんじゃないんだ。空には360度の逃げ場がある。それをしっかり考えるんだ」

 結局、特訓は空が暗くなるまで続いた。上達速度の遅い俺にドラコは辛抱強く付き合ってくれた。
 地上に降りて、校舎を目指す間もドラコは時間を惜しむかのように講義を続けた。

「いいかい? スピードを出す事に怖がっちゃ駄目だ。君は無意識にスピードを抑えてしまっている。次は急降下の練習をして、度胸をつけよう。箒の乗り方自体は悪くないんだ。後は心の持ちようだと思う」

 クィディッチの選抜試験は三大魔法学校対抗試合が終わった後に行われる予定になってる。それまでに頑張って上手に箒を乗りこなせるようにならないといけない。
 別れ際に次の練習日を決めて、ドラコと別れた。まだ、スリザリンの寮に戻る事は許されていないみたいで、マッドアイと一緒に自室として使ってる空き部屋に消えて行った。
 戻りたい筈なのに、おくびにも出さないで彼は素直に従っている。
 
「ドラコ!!」

 俺は消えて行った部屋の扉を慌ててノックした。
 ドラコは吃驚した顔で扉を開けた。

「ねえ、明後日の第一試合、一緒に観に行かない?」
「観に行かない? って、君は僕の立場を理解出来ているのか?」

 呆れたような顔をされてしまった。

「僕は観に行けないよ。マッドアイが許す筈が無い。特に、三大魔法学校対抗試合なんて……」
「……構わんぞ」
「マッドアイ?」

 ドラコの背中越しにマッドアイの声が響いた。

「構わんぞって、三大魔法学校対抗試合を観に行っていいんですか!?」

 ドラコは信じられないという表情を浮かべて言った。

「もっとも、ワシとダリウスも同行する事が条件だがな」
「ぜ、全然構いません。でも、どうして……?」

 マッドアイは顎鬚を弄りながら言った。

「言っておくが、お前を完全に信用したわけではないぞ。だが、ヴォルデモートの施した印には然るべき対処をした以上、今のお前の立場は危険人物というよりも、むしろ保護対象という側面が強い。寮に戻る許可を与えられんのも、スリザリンには死喰い人の血縁者が多いが故だ」
「……マッドアイ」
「狙われる可能性があるのは何もポッターやクリアウォーターだけに限らん。裏切り者のお前も危険に晒される可能性は十分にある。お前を校舎に残し、警備が手薄になれば、死喰い人の手が伸びんとも限らん。それに、お前に警備を割けば、今度は二人が危険だ。ならば、保護対象の三人を一纏めにしておいた方がマシだ」
「……恩に着ます」

 頭を深々と下げ、ドラコは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「明後日が急に楽しみになった」
「一緒に楽しもうね、ドラコ」

 その約束から二日後、いよいよ三大魔法学校対抗試合の第一試合が開催される日がやって来た。
 人がごった返す玄関ホールを避けて、校庭の片隅に集合した俺達はかなりの大所帯だった。
 俺とアル、ハリー、ハーマイオニー、ネビル、ロンのグリフィンドールの六人組とレイブンクローのルーナ。それに、スリザリンのドラコという一見すると奇妙な組み合わせ。マッドアイとダリウスは少し離れた場所に居る。
 チョウとルーナとはルーナの失くし物の件以降、よく一緒に食事をしたり話をするようになった。二人共、古代ルーン文字学や数秘術の授業を取っている事が判明して、ハーマイオニーを交えて一緒に勉強する機会も増えた。残念ながら、チョウは既に他のレイブンクロー生と一緒に観戦する予定で断られてしまったけど、ルーナは俺達と一緒に観戦する事に乗り気になってくれた。
 ルーナはハリーに興味津々でハーマイオニーが少し警戒してたけど、歩いている内に警戒すべき対象じゃなかったと思い直して笑顔で談笑するようになった。彼女の興味はハリーの傷痕や生い立ちにあるみたい。ロンとネビルはルーナの奇抜な格好を警戒して距離を取っている。アルとドラコはさっきから互いに睨み合ってる。

「なんで、お前が居るんだよ……」
「ユーリィに誘われたのさ。何度も同じ事を聞くなよ、ニワトリか? 君は」

 挑発に挑発を返しながら歩いている二人に溜息が出た。どうして、仲良くなれないんだろう。

「なんか、不思議な光景だよね」

 ルーナにハーマイオニーを取られてしまったハリーは困ったように頬を掻きながら言った。

「不思議って?」
「こうして、あのマルフォイと一緒に試合を観戦しに行くなんてさ。それに、レイブンクローの子も一緒だ。他寮の生徒とこうして一緒に居る事自体、あんまり無いから変な気分だ」

 言いながら、ハリーは三大魔法学校対抗試合のパンフレットを広げた。バグマンが生徒全員に渡した物で、注意事項なんかが書いてある。
 私語は大いに結構。悲鳴も歓声も大歓迎。だけど、花火の持ち込みは禁止。
 
「糞爆弾を投げたら即退場で罰則だってさ」
「当たり前だと思うよ……」

 そんな事する人が居るんだろうか……。
 一瞬、フレッドとジョージの顔が浮かんだ。あの二人ならやり兼ねない。

「よう!」

 突然、誰かが目の前に現れた。
 
「異色のメンバーだな。ま、いっか。お前等、誰に賭ける?」

 フレッドとジョージだった。
 どうやら、試合の順位で賭けを行ってるみたい。今の所、セドリックが一番人気。二番はクラムで、三番がフラー。すごく順当。

「大穴のフラーに賭けるか? あの妖精ちゃん、見掛けに寄らずとんでもない魔女だって話だ」

 アルとドラコは全く興味を示さなかった。ロンとネビルはそれぞれクラムとセドリックに賭けた。ハーマイオニーは女性に頑張ってもらいたいとフラーに賭けて、ハリーもそれに付き合う形でフラーに賭けた。俺とルーナはちょっと迷ってからセドリックに賭けた。やっぱり、ホグワーツに勝利して欲しい。

「あんたが出てたら、迷わずあんたに賭けたんだけどな」
 
 ルーナが嬉しい事を言ってくれた。

「一緒に楽しもうね。あ! 屋台がある!」

 競技場の周囲には屋台村が出来ていた。
 売り子はなんと、不死鳥の連合。

「バグマンに無理矢理ね……。ポップコーン食べる?」

 トンクスはうんざりした顔でポップコーンをくれた。全部、無料配布らしい。
 チョコレート味のポップコーンを貰って、俺達は試合会場に入った。入った瞬間、凄い歓声の荒らしにひっくり返りそうになった。今日ばかりはグリフィンドールもレイブンクローもスリザリンもハッフルパフも無い。等しくホグワーツの生徒として、セドリックを応援している。ボーバトンとダームストラングの生徒達も負けじと自校の選手を応援しようと声を張り上げている。凄い盛り上がり。
 競技場はいつものクィディッチ用のフィールドを大幅に改造したまるで古の戦士達が戦うコロシアムのような形状に変貌を遂げていた。中央には壇上があり、俺達が席に座るとほぼ同時にバグマンが姿を現し、壇上に華麗に上った。
 
『紳士、淑女の諸君!! お待たせしました!! 数世紀に渡り閉ざされ続けた三大魔法学校対抗試合の歴史を再び開く時が来ました!! ホグワーツ魔法魔術学校の生徒諸君! ダームストラング専門学校の生徒諸君! ボーバトン魔法アカデミーの生徒諸君! 今、諸君らの誇りを胸に、代表選手達の戦いが始まるのです!! 盛大に声を張り上げ、盛大に楽しんで下さい!! さあ、これより試合開始です!!』

 バグマンの合図と共に会場中の空に花火が上がった。バグマンは退場し、壇上も姿を消した。いよいよ、試合が開始される。
 試合の内容は俺の知ってる通りの内容だった。複数の魔法使い達が箒でドラゴンの入った檻を運び入れ、手際良く地面に鎖を打ち込んでいく。観客席には突然鉄の柵が現れた。会場中の観客席から呪文が一斉に放たれ、見えない盾が何重にも張られる。
 ダリウスとマッドアイも呪文を唱えてる。最高レベルの盾の呪文。
 フィールドから魔法使い達が離れると、途端にファンファーレが鳴り響き、バグマンがフラーの入場を告げた。緑色のドラゴンを前にフラーは青褪めた表情で対面している。万全の守りを固められている筈の観客席ですら恐怖を感じるのに、目の前で対敵しているフラーの恐怖は計り知れない。だけど、いざ開始の合図があると、フラーは手際良くドラゴンの瞳に魅惑呪文を賭けた。トロンとしながらドラゴンはあっと言う間に眠りに落ち、フラーはその隙を突いて、ドラゴンに接近する。すると、不意にドラゴンは寝惚けながら細い炎を吐いてフラーのスカートを燃やしたけど、フラーは冷静に水を杖から出して対処した。そして、ドラゴンと一緒に配置された茶褐色に緑の斑紋のある卵の中央にある金の卵をゲットした。
 会場が破裂してしまいそうな歓声が湧き起こる。ボーバトンの生徒だけじゃない。ダームストラングもホグワーツも関係無く、フラーを賞賛する声が上がる。

『フラー・デラクールが見事に卵を奪取!!』

 バグマンの宣言と共にフィールドに複数の魔法使いが飛び出していき、寝息を立てるドラゴンを檻に押し込み、会場の外へ連れ去って行く。
 俺はドラゴンもフラーも居なくなったのに拍手を続けていた。ハーマイオニーは涙を薄っすらと瞼に溜めてる。ルーナも両手を広げて「わーわー!!」と叫んでる。
 彼女の雄姿は観客席の全員を惹き付けた。
 興奮が止まぬ中、次の選手が入場して来た。クラム・ビクトール。さっきの試合の影響下、彼がプロのクィディッチ選手だからか、観客は学校に関係無く彼に歓声を上げた。
 彼の相手はウクライナ・アイアンベリー種。メタル・グレイの鱗を持つ、恐ろしく巨大なドラゴン。雄叫び一つで観客達の興奮を一瞬で醒まさせてしまった。
 一人残らず、恐怖に呑まれる中、誰よりもドラゴンと近くで接しているクラム一人は冷静だった。大人達に混じり、プロのクィディッチ選手として戦ってきたが故なのか、彼は巨大なドラゴンを恐れる事無く真っ直ぐ見据え、杖を構えた。結膜炎の呪いが彼の杖から飛び出す。だけど、ウクライナ・アイアンベリー種はあまりにも巨大過ぎて、狙いが定まらない。
 観客達の悲鳴が木霊する。ウクライナ・アイアンベリー種の巨大な爪がクラムに襲い掛かる。堪らず、クラムは距離を取ろうとするけど、体の大きさが違い過ぎる。彼の十歩がドラゴンの一歩に満たない。このままじゃ、逃げられない。

「クラム!!」

 観客が悲鳴を上げた。その時だった。突如、空から飛来する物体があった。なんと、ファイア・ボルト。
 信じられない光景。相手になったドラゴンの種類が違うからか、彼は物語のハリーと同じ選択肢を取った。物語でも、もしかしたら、彼はこの切り札を用意していたのかもしれない。だけど、物語ではチャイニーズ・ファイヤボール種を相手にして、それほど苦戦を強いられなかったみたいだから、使うまでもなかっただけなのかも。
 ファイア・ボルトに飛び乗ると、彼は瞬く間に上空へ翔け昇った。観客達の悲鳴の種類が変わる。今度の悲鳴は彼のかっこ良さを称える黄色い悲鳴だ。

「ゴー! ゴー! クラム!!」

 ダームストラングの生徒が叫ぶ。

「ゴー! ゴー! クラム!!」

 すると、ボーバトンやホグワーツの生徒までが同調し始めた。もはや、学校同士の対抗意識は存在しない。 
 あるのはクラムの勝利を願う叫びだけ。

「ゴー! ゴー! クラム!!」

 俺もみんなと一緒になって叫んだ。
 ドラコですら拳を握り、夢中になってクラムの雄姿を目で追っている。
 誰もが夢中になる中、彼はどこまでも上昇していく。すると、ドラゴンは徐々に鎖を引き千切り始めた。周囲の連合やドラゴン使い達が慌て出すが、手を出すのを躊躇している。
 そうこうしている内にドラゴンはついに鎖を引き千切り、空を翔けるクラムを追った。

「ついて来い、デカブツ!!」

 クラムの吼えるような叫びが地上にまで聞こえる。誰もが息を呑み、不気味な程会場は静まり返った。
 ドラゴンの姿が豆粒のようになるまで高度を上げたクラムは突然地上に向かって急降下を始めた。
 黄色い悲鳴は恐怖の悲鳴に再び変わり、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わる。ドラゴンがクラムを居って、地上目掛けてダイブして来た。
 隣に座っていたルーナが俺に抱き付き、俺もアルに抱き付いた。

「く、来る来る来る!!」

 アルは目を大きく見開きながら叫んだ。

「う、うおおおおおお!!」

 ドラコは大声で叫びながら恐怖に顔を歪めている。
 クラムは地上百メートルになっても全くスピードを緩めない。その瞬間、会場の多くのクィディッチファンは彼が何を狙っているかを理解した。俺も理解出来た。アルとドラコも同時に理解したみたいで、途端に顔を期待に輝かせた。

「で、出るのか!?」
「お、おおおおおおおお!!」

 ドラコは身を乗り出し、アルは叫ぶ。
 
「こ、これがまさか!?」
「いやっほおおおおおおお!!」

 ハリーとロンも思わず立ち上がりながら目を輝かせた。ハーマイオニーすら興奮にキャーキャー叫んでいる。
 地上スレスレまで降りて来たクラムはついに魅せた。

『こ、これは!! ウロンスキー・フェイント!! おおおおおおおおおおおおおお!!』

 バグマンの解説も興奮に満ち溢れている。
 ウロンスキー・フェイントが見事に決まった。ドラゴンは地上にまともにぶつかりノックアウト。クラムは地上に激突する寸前に身を翻して上空へリターンした。
 もはや拍手も出来ない。両手を高々と上げながら彼の名前をみんなで叫び続ける。

「クラム!! クラム!! クラム!! クラム!! クラム!! クラム!!」

 止まらぬクラムコール。最高にカッコいい勝利を収めた彼はフラーの得点を大きく塗り替えた。イゴールの贔屓を無しにしても、全審査員の掲げた得点がフラーを上回っている。それでも、ボーバトンから不満の声は上がらない。あまりにもクラムがかっこ良過ぎたからだ。

「さ、最高だ。ううん。最高より最高。最高っていうより、もっと凄い!!」

 ロンは興奮のあまり、何を言ってるのか分からない。
 でも、その気持ちに同感だ。あの勝ち方はズルい。カッコ良過ぎる。あまりの感動に涙が出て来た。
 クラムが会場を去ると、会場の興奮は最高潮。次のセドリックの試合も魅せてくれる筈だと皆が期待している。
 
『さあ、最後の選手の入場です!! ホグワーツ魔法魔術学校の代表選手、セドリック・ディゴリー!!』

 真打登場に割れんばかりの歓声と拍手が起こった。そんな中、彼が対面するのは物語でハリーが対面したハンガリー・ホーンテール種。
 世界で一番凶暴と言われるドラゴンを相手にセドリックがどう対処するのか、皆が期待している。
 最初はやっぱり結膜炎の呪いだった。だけど、ドラゴンは呪いを避け、強力な炎の息を吐き出した。会場中を火の海にしながら、ドラゴンは雄叫びを上げる。それでも、フラーとクラムの試合に興奮し切った観客達の歓声は止まない。セドリックも冷静さを失わず、近場の岩に変身呪文を掛けた。岩が大きな犬に変身し、ドラゴンの回りを走り回る。ドラゴンの意識は犬に集中し、その間にセドリックは見事に卵を奪取した。見事な手際。観客達は期待を裏切らないセドリックの雄姿に歓声を上げる。
 だけど、ドラゴンは卵を奪取したからといって、気絶したわけでも、大人しくなったわけでもなかった。むしろ、卵を襲われた事で一気に怒りが爆発し、セドリックに襲いかかった。即座に連合とドラゴン使い達がフィールドに雪崩れ込んで行く。だけど、暴れ出したドラゴンは軽々と鎖を引き千切り、魔法使い達に炎の洗礼を浴びせ掛けた。ドラゴン使いが二人炎をまともに浴びて地面に墜落し、連合のメンバーが彼らをフィールドから連れ出した。観客達は悲鳴を上げながら席を立った。バグマンが生徒達に避難するよう告げたからだ。
 背後の壁が崩れ、巨大な階段となり、みんな急いで逃げ出した。俺達も逃げようと立ち上がり、走り出すと、誰かに押されたルーナが転んでしまった。

「ルーナ!!」

 ルーナを助け起こそうと戻ると、アル達と逸れてしまった。人の波が凄過ぎて、アル達はあっと言う間に流されてしまった。

「大丈夫、ルーナ!?」

 ルーナは頷いたけど、膝を切ってしまったみたい。

「待ってて、エピスキー」

 呪文を唱えると、あっと言う間にルーナの傷は治ってしまった。

「ありがとう、ユーリィ」
「早く逃げよう、ルーナ」
 
 ルーナの手を取って立ち上がらせると、背後からドラゴンの雄叫びが響いた。吃驚して振り返ると、ドラゴンが迫って来ていた。俺達を狙ったわけじゃないんだろうけど、ドラゴンはあっさりと鉄の柵をへし折り、観客席の上に降り立った。盾の呪文は機能していないみたい。
 連合やドラゴン使い達の呪文がドラゴンに襲い掛かる。このまま、ここに居たら大変な事になる。

「走れる?」
「大丈夫」

 俺はルーナの手を取って走り始めた。すると、ドラゴンがこっちに顔を向けて来た。どうしてなのか考えている余裕も無い。観客席の背後に現れた階段を二段飛ばしで駆け降りながらドラゴンから逃げる。すると、漸く背後から魔法使い達がドラゴンに接近し、拘束に成功した。俺達は知らず囮役を買って出ていたらしい。
 だけど、ドラゴンは未だに怒りが収まらないようで、口を大きく開けた。炎を吐き出す気だ。ホーンテールの炎の射程は十五メートルに及ぶ。まだ、俺達は射程内だ。だけど、もう逃げる余裕が無い。

「ユーリィ!!」

 ルーナを抱き締めて、瞼を閉じると、ドラコの声が響いた。頭を上げると、ドラコが走って向かって来る。後ろにはアルやハリー達の姿もある。

「来ちゃ駄目!!」

 必死に叫ぶが、ドラコは立ち止まらずに俺たちの下まで来て、吐き出された炎に杖を突き出した。

「プロテゴ・トタラム!!」

 途端に防御壁が展開する。だけど、炎は凄い勢いで見えない壁を侵食する。
 俺は慌てて杖を構えた。

「プロテゴ!!」

 ドラコの呪文の助けに少しでもなるように願いながら唱えた。
 すると、炎の勢いは少し弱まった。

「プロテゴ!!}

 ルーナもプロテゴを唱え、三人で張った盾は何とか持ち応えてくれた。
 炎は盾に遮られ、左右に分かれて地面を焼いていく。恐ろしく長く感じる二十秒間が終わると、炎は止んだ。
 ドラコは深く息を吐き、俺とルーナはへたり込んでしまった。

「ありがとう、ドラコ」
「あんた、カッコいいね」
 
 俺とルーナが言うと、ドラコは片手を軽く振って応えた。

「我ながら無茶をしたもんだ」

 ドラコは少しの間、俺達を見つめ、やがて笑みを浮かべた。

「まあ、騎士としての面目躍如って所かな」
「ユーリィ!」

 アル達がやって来た。アルは必死の形相で俺に怪我が無いかを確かめ、顔を歪めながらドラコに顔を向けた。

「ありがとな」

 ドラコは吃驚した様子でアルを見た。

「別に……」

 照れたようにソッポを向きながら、ドラコはルーナに手を貸した。
 アルも俺に手を貸してくれた。それから奇妙な無言が続き、俺達はみんなの居る校庭に向かった。
 第一試合が終わりを迎え、順位はクラムが一位。二位がフラーで三位がセドリック。ドラゴンを沈静させられたかどうかがフラーとの順位の差に繋がったらしい。
 最後の結果発表はそのまま校庭で行われ、次なる試合に向け、選手達には盛大な拍手が送られた。
 次の試合はクリスマスのダンスパーティーが終わった後だ。ルーナとしっかり踊れるように少し練習しておこうかな、と考えながら俺は選手三人に手が痛くなるまで拍手した。
 ドラコには改めてお礼をしなきゃ……。

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