第三話「出発と別れ」

 マダム・マルキンの洋装店でネビルと別れた俺達は杖を買いにオリバンダー杖店を訪れた。オリバンダーさんは俺とアルの両親の買った杖を全部覚えていて、どの杖がどんな材料で出来ているかを俺とアルに教えてくれた。
 ソーニャの杖は葡萄の木にユニコーンの鬣。ジェイクの杖は樺の木にフェニックスの尾羽。マチルダの杖は木蔦の木にドラゴンの心臓の琴線。エドの杖は柊の木にフェニックスの尾羽。
 今は俺とアルの杖を探してくれている。しばらくして、オリバンダーさんは二つの木箱を持って来た。

「まずはクリアウォーターさんから。この杖を振ってごらんなさい」

 オリバンダーさんに手渡された杖を軽く振ってみると、火花が飛び散って杖が大きく跳ね上がってしまった。

「どうやら違うようじゃな。では、こちらを振ってみてくだされ」

 今度は別の杖を渡された。軽く振ってみると、今度は杖先から柔らかい光が溢れ出した。

「どうやら、決まったようじゃな」

 オリバンダーさんは満足そうに微笑むと、俺から杖を受け取った。

「榛にフェニックスの尾羽。振り易く、妖精の呪文に向いている杖じゃ」

 オリバンダーさんは杖を木箱に戻すと俺に渡してくれた。そのまま、今度はアルの杖を探しに行った。
 しばらくして、オリバンダーさんは三個の木箱を持って来た。

「まずはこれを使ってみなされ」

 手渡された杖をアルが振るうと部屋が爆発したかのような風に包まれた。

「どうやら……これは違うようじゃな」

 散らかった店内を見回しながらオリバンダーさんはアルから杖を取り上げ、別の杖を手渡した。
 今度は近くのランプが割れてしまった。

「これも違う……。では、これを使ってみなさい」
「は、はい……」

 アルの顔に不安の色が浮かんでいる。ちゃんと自分の杖があるのかと不安に思っている。

「アル。頑張って!」

 俺が声を掛けると、アルは曖昧に微笑み杖を振った。すると再び風が轟き、俺の髪はボサボサになってしまった。ソーニャ譲りの栗色のふわふわな髪の毛が見るも無残な事になっている。ソーニャが呪文で髪を整えてくれている間にオリバンダーさんは再び店の奥へ引っ込んでしまった。
 アルは真っ青な顔で店の奥を見つめている。

「アル。きっと、大丈夫だよ」

 アルの手を取ると、酷く冷たかった。緊張しているんだ。
 俺はアルの両手を包み込むように握り締めた。

「大丈夫だよ、アル」

 俺が言うと、アルは僅かに気の緩んだ笑みを浮かべた。
 すると、オリバンダーさんが戻って来た。

「待たせたのう。これじゃ」

 オリバンダーさんが持って来た杖をアルは恐る恐る振った。
 すると、今までとは違い、アルの杖からは柔らかい風が広がった。暖かく、心が和む風だった。

「おお、素晴らしい。その杖は樫の枝にドラゴンの心臓の琴線を芯に使っておる。極めて強力な杖じゃ。使いこなせれば、お主は偉大な魔法使いとなれる事じゃろう」
「えっと、あの……ありがとうございます!」

 アルが頭を下げると、オリバンダーさんは実に愉快そうに笑顔を浮かべ、杖を一振りして店内を片付けた。

「願わくば、君達がその杖を唯一の杖として、添い遂げる事を望んでおるよ」

第三話「出発と別れ」

 最後に気になる言葉を残し、オリバンダーさんは店の奥に引っ込んでしまった。

「あれってどういう意味なのかな?」

 殆どの買い物はソーニャ達が済ませてくれていたので俺達は最後にペットショップに向かっていた。
 ホグワーツに入学するにあたって、フクロウを買って貰える事になったのだ。

「添い遂げられない人が大勢居たのよ」

 アルの言葉に応えたのはマチルダだった。

「多くの魔法使いが闇の魔法使いとの戦いで杖を失ったわ。杖を失う事は魔法使いにとって体の一部を失ったかのような大きな喪失感を伴うの。だから、今日買った杖を大切になさいね」
「はい」
「うん」

 マチルダの言葉に俺達は買ったばかりの杖の入った小箱を見つめた。

 イーロップのふくろう百貨店に到着すると店頭のフクロウ達が一斉に俺達に愛嬌を振り撒き始めた。
 口々に僕を飼って、と叫んでいるようだった。
 中に入って行くと、様々な種類のフクロウが居た。眠っているものや、外のフクロウ達のように愛嬌を振り撒くものも居た。

「迷っちゃうね」

 俺が目移りしてると、アルは一羽のフクロウを見つめていた。

「アルはその子に決めたの?」
「うん……。僕、この子がいい」

 アルが選んだのはオレンジ色の顔面に褐色の大きな丸い眼のオオフクロウだった。オオフクロウはジッとアルを見つめていた。

「目が合ったんだ。今も離さない。きっと、この子は僕が好きなんだ」

 夢中になってオオフクロウを見つめるアルに思わず和んでしまった。なんて可愛い事を言うんだろう。
 つい微笑ましい気持ちになっていると、俺は一羽のフクロウに釘付けになった。

「こ、これは……」

 そのフクロウは信じられない程ふわふわで愛らしい姿をしていた。俺が見つめるとあざといほどに愛らしい仕草で俺を魅了した。

「あざとい……、何てあざとい……、俺、この子が良い」
「ウサギフクロウか、中南米に住む種だな」

 後ろからエドが顔を出して来た。

「ちょっと神経質な性格らしいから、丁寧に育てて上げなきゃいけないよ?」

 ジェイクもいつの間にか俺の後ろに立っていて、近くの店員を呼びつけた。
 俺とアルはそれぞれ選んだフクロウを籠に入れて持って外に出た。

「名前どうしようか」

 アルは首を傾げるオオフクロウを見つめながら言った。

「俺、もう決めた」
「ええ!? もう!? どんな名前?」
「ナインチェ」

 俺が言うとアルは首を傾げた。

「どうして、ナインチェなの?」
「ウサギの絵本の主人公の名前から取ったんだよ」
「そうなんだ。でも、よくそんな名前が直ぐ出て来たね」
「ああ、それは……」
「それは?」

 俺はつい黙ってしまった。理由を言うのはちょっと恥ずかしかったからだ。だけど、俺の些細な抵抗は後ろで聞いていたソーニャにあっと言う間に台無しにされてしまった。

「アル君にもらったぬいぐるみに付けた名前よね?」
「うっ……」

 あっさりばらされて顔が恥ずかしくて俯いてしまった。

「あれに名前付けてたんだ」
「いや、えっと……その……ほら、なんて言うか、愛着が湧くっていうか……」
「今も枕の横に置いてるものね」

 更なるソーニャの追い討ちに俺は真っ赤になった顔を見られないように歩を早めた。ずんずん先に行く俺にあろう事かアルは「嬉しいよ」と言うものだから余計に顔が熱くなってしまった。本当にこの男はグリフィンドールよりスリザリンがお似合いだ。
 胸に抱えた籠の中でナインチェは呆れたようにホーと鳴いた。

「教科書と鍋と……、後、この子も持っていこう」

 アルが一年前にプレゼントしてくれたウサギのぬいぐるみもトランクに詰めた。ジェイクが昔使っていたもので、驚く程たくさんの荷物が詰められるようになっているから、大きなぬいぐるみを入れてもスペースは余裕綽々だ。

「杖は手荷物として持っていた方がいいよね。忘れないようにしなくちゃ。制服は汽車の中で着替えるみたいだし、出しやすいようにした方がいいよね」

 あらかた準備を終え、俺はホグワーツに出発する日を待った。
 家族と離れ離れになるのはとても辛くて、出発日の前日には泣き叫びながらソーニャとジェイクに抱き着いて、二人の間に挟まれながら眠った。二人のぬくもりを決して忘れないように眠っている間も二人の手をギュッと握り締めていた。
 出発日が来て、俺達はエドの運転する車に乗り込んだ。エドはマグル生まれで、生粋の魔法族であるジェイク達がマグルの目からもまともな格好をしているのは彼の見立てのおかげだった。魔法使いのファッションセンスは中世の時代でストップしているらしいとはエドの言葉だ。
 魔法で空間が拡張されているらしく、ステーションワゴンタイプのトヨタ・スプリンターカリブの中はとても快適だった。

「やっぱり車は日本車に限る」

 とエドは常々語っている。元日本人としては少し誇らしい思いだった。
 キングス・クロス駅に到着するとエドとジェイクが俺とアルのトランクとナインチェ達を運んでくれた。
 ちなみにアルのオオフクロウはアーサーという名前が付けられた。モデルはイギリスの国民的英雄であるアーサー王だ。勇者大好きで手製の木剣にエクスカリバーと拙い文字で刻んでいるアルらしい名前だ。

「9と3/4番線はこっちだよ」

 ジェイクとエドに先導され、俺達は駅の構内に入って行った。中はなんだか危なそうな雰囲気があって、俺とアルは手を繋いで親達から離れないように小走りで着いて行った。しばらく歩いていると、9番線と10番線のホームの入り口の丁度中央にある壁に親子連れの三人が突入するのが見えた。

「あそこが入り口だ」

 9と3/4番線への入り口は映画で見たのとは少し違った。映画では柱が入り口になっていたけれど、そこにはただの壁があるだけだった。ぶつかったらかなり痛そうで、不安になってアルを見ると、アルも戸惑った表情を浮かべている。

「最初は不安だろうからパパ達と一緒に行くぞ。まずは僕達だ」

 そう言って、ジェイクは俺の手を取ると壁へと歩いて行った。壁が目の前に迫ると、俺は思わず目を閉じてしまった。ぶつかる。そう思った瞬間、俺は何かを通り抜けた感触を覚えた。
 目を開けると、そこには真っ赤な機関車が停車していた。周りには人がごった返していて、俺はジェイクに促されるままに人ごみの中を歩いた。しばらくすると、後ろからエドとアルがやって来て、その直ぐ後にソーニャとマチルダが現れたけど、俺の視線は目の前の機関車に釘付けだった。
 車体は紅色で、金文字でホグワーツ特急と書いてある。興奮しながら見つめていると誰かにぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい!}

 謝ると、相手は肩を竦めた。

「人が多いんだ。気をつけたまえよ」

 もったいぶった様な口調で相手の男の子――たぶん、俺と同い年――は去って行った。プラチナブロンドと上品な英語が印象的だった。

「大丈夫かい?」

 アルが心配そうに駆け寄ってきてくれた。

「うん。よそ見しちゃってた」
「早めに来たつもりだったが、もうかなりの人が居るな。二人とも先にコンパートメントを取って来なさい」
「はーい!」

 エドの言葉に俺はアルと一緒にホグワーツ特急の中へと入って行った。中は絨毯が敷かれていて、壁にも見事な細工が施されていた。日本では見た事の無い美しさがあった。
 幾つかのコンパートメントを見て周り、漸く空いている一室を見つける事が出来た。荷物を置いて、窓を開けると、少し離れた所に居るジェイク達に声を掛けた。出発の時間まで一時間あり、俺達はギリギリまで家族との時間を過ごした。
 いよいよ汽車が出発の準備を始めると、俺は名残惜しさを感じながらソーニャとジェイクの頬にキスをした。生前では考えられない行為だけど、十一年間過ごしたクリアウォーターの家では日常茶飯事の事なのでいい加減慣れてしまった。
 アルもエドとマチルダにキスをして別れを告げている。
 最後に窓越しに二人からの抱擁を受けると、丁度、汽車が動き出した。いよいよ出発の時が来たのだ。そして……、別れの時が来たのだ。

「手紙書くからね!!」

 俺は必死に窓の枠から身を乗り出して叫んだ。

「僕、頑張るから!!」

 アルも顔をくしゃくしゃにしながら叫んでいる。家族の顔をが見えなくなり、キングス・クロス駅も見えなくなると、俺は酷く寂しい思いに襲われてアルの隣に座った。

「頑張ろうね」
「うん……」

 唯一の救いは隣に最高の友達が居る事だった。
 

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