第十話「憂いの篩」

第十話「憂いの篩」

 友達を助けに行く。ハリーの言葉が頭の中で反芻している。ハリーにとって、バジリスクは怖い存在じゃない。彼にとって、バジリスクは友達なんだ、と俺はこの時になって、漸く実感した。その途端、彼に協力しなかった罪悪感が鎌首をもたげた。
 バジリスクは危険な生き物。みんながあの生き物を忌み嫌っている。バジリスクを生かしておく事はデメリットでしかない。そういった一般論で理論武装して、覆い隠していた真意……俺はただ、バジリスクが怖いだけだった。如何に安全性を説かれても胸の奥底から湧き上がる恐れの感情は抑え切れない。だから、ハリーに協力出来なかった。恐怖に負けて、友達が辛く苦しんでいる姿から目を逸らした。
 臆病者。俺の事を言い表す一番簡単な言葉。どうして、勇気を出すべき所でいつも怖気づいてしまうんだろう。談話室に戻り、暖炉を見つめながら溜息を零した。

「どうしたんだ?」

 その声に驚いて振り向くと、アルが居た。談話室には他に誰も居ない。こうして、二人っきりになるのは久しぶりな気がする。バジリスクの件で俺自身、ハリー達と距離を取ろうとしていたし、アルもいつも忙しそうにしていて、一緒に居られなかったから。でも、今はそっとしておいて欲しい。どうしても、甘えたくなってしまう。甘えてしまえば、より罪悪感が増す。
 なのに、彼は俺の気も知らずに近づいて来て、隣に腰を降ろした。横に並ぶと、その体格の違いに驚くばかりだ。また、アルは大きくなった。もう、俺達は十三歳だ。成長期に突入して、これからどんどん体格が変化していく。エドとマチルダは二人共背が高い。二人の血を受け継ぐ彼はきっとこれからもぐんぐん背が伸びていくだろう。ソーニャとジェイクの顔を思い浮かべると、あまり期待出来そうにない。二人共、あまり背は高くないから。
 
「今頃、裁判が始まってる頃かな」

 アルの言葉に体が震えた。アルは小さく溜息を零すと、俺の顔を覗きこんできた。

「どうして、ハリーに協力しなかったんだ?」

 俺はまた逃げ出そうとしている。アルの問い掛けに答えられず、ただ黙って、やり過ごそうとしている。臆病者な上に卑怯者だ。
 顔を俯かせる俺にアルはまた大きく溜息を零した。

「バジリスクが怖かったんだろ?」
「…………どうして」

 呆気に取られている俺にアルは不服そうな表情を浮かべた。

「何年一緒に居ると思ってるんだ? そのくらいなら分かるさ」

 そう言うと、アルは立ち上がった。

「さっきの溜息はやっぱりソレか……。ったく、どうして隠そうとするんだ?」

 アルの言葉には苛立ちが含まれている。秘密を持つな。内緒にするな。もう、何度言われたか分からない言葉。
 不意にアルの手が伸びて来て、俺の顎を持ち上げた。

「ちゃんと俺を見ろ」

 荒っぽい口調。最近、同級生の間で流行ってる言葉遣い。上品さの無い野卑な言い方。命令形な上にプリーズも無い。
 アルが不良になっちゃった……。まるで、可愛がっていた弟がついに反抗期を迎えたみたいで、寂しいような嬉しいような曖昧な気分。

「なんか、余計な事考えてないか……?」

 どうして分かるんだろう。呆れた表情を浮かべる彼に目を丸くすると、大きな溜息を吐かれた。なんだか、馬鹿にされてる気がする。

「前々から思ってたけど、困った事があると直ぐ現実逃避しようとするよな、お前」

 反論の言葉は浮かばなかった。彼の言う通り、辛い事や嫌な事があると、直ぐに関係ない事を思い浮かべて逃避しようとする癖がある。 
 そうやって、自分を慰めてばかり。

「なあ、そろそろ聞かせてくれないか?」

 何の事かなんて聞いたりしない。彼が何を聞きたがっているのかは分かっている。もう、時間は十分に貰った。
 大きく深呼吸をしてからアルの顔を見上げた。エド譲りのブロンドの髪を最近少し伸ばしているみたい。後ろに流したりして、最近妙にオシャレに気を使っている節がある。そう言えば、前は服装もマチルダが買って来た服を適当に着ていたのに、最近は自分で選んでいるみたい。どうやら、アルは思春期に突入しているらしい。気になる女の子でも居るのだろうか?
 いけないいけない。また、現実逃避しそうになっている。ハッキリと覚悟を決めよう。

「ついて来て……」

 立ち上がって、談話室の外に出る。向かう先は決まってる。周囲に人が居ない事を確認してから必要の部屋を作り出した。

「これは……」

 出来上がった部屋に足を踏み入れると、アルは困惑した表情を浮かべた。本棚も机も椅子も無いシンプルな部屋。ただ、中央に豪奢な細工の施された台座がある。その上には大きな水盆が置かれている。
 出来るかどうか分からなかったけど、成功したみたい。

「憂いの篩だよ」
「憂いの篩……?」

 憂いの篩は簡単に言えば再生機能付きDVDレコーダー。ただし、保存するのも再生するのも人の記憶。
 水盆に記憶を注ぐ事で他人にも自分の記憶を共有させる事が出来る。
 
「話すよりも分かり易いと思って……」
「いいのか?」

 憂いの篩について説明すると、アルはうろたえたように聞いてきた。
 今更、何を言ってるんだろう。

「秘密を話せって言ったのはアルじゃない」
「でも、記憶を覗くってのは……。頭の中を覗くようなもんだろ? さすがに、そこまでさせるつもりは……」

 もしかして、迷惑だったのだろうか? いっその事、全てを知ってもらおうと思って、この部屋を作ったのだけど、俺は先走り過ぎたのかもしれない。
 アルはそこまで俺の何もかもを知りたいわけじゃなかったのかもしれない。
 あまりにも恥かしい。

「俺はアルになら見せても良いかなって……。迷惑を掛けるつもりじゃなかったの……。嫌なら……」
「違う!!」

 俺の言葉を遮るようにアルは叫んだ。

「そうじゃない。ただ、俺にそこまで踏み込む権利があるのかって……。お前が良いって言うなら、見せて欲しい」

 俺の両肩を痛いくらい強い力で掴んで、アルは真摯な眼差しを向けて来る。嬉しい。こんな俺の心に踏み込もうとしてくれている。ついつい、先走った行動を取ってしまったけど、これは凄い事だと思う。誰かの心に踏み込むのは凄く勇気の要る事だから。少し、誘導してしまった感はあるものの、決断したのは彼自身だ。
 両肩に感じる痛みを愛おしいとすら思う。例え、俺の記憶を見た後、アルが俺を嫌悪したとしても、俺はこの瞬間の彼との繋がりを頼りに生きていける気がする。もし、耐えられずに死を選ぶ事になっても、この瞬間の彼との絆はその間際まで鮮明に思い出せるだろう。

「うん。見て、俺の全てを……」

 俺は杖で頭を叩いて、記憶を取り出した。やり方自体は前に本で呼んだから知っている。憂いの篩自体が希少だから、試す機会は無かったけど、上手くいった。記憶を取り出すのも人体操作の一種で、治癒呪文の才能を持つ俺に適していたみたい。
 俺の生まれる前の記憶。
 俺の死ぬ前の記憶。
 俺は記憶を憂いの篩に注ぎ入れ、アルの手を取り覗きこんだ。その瞬間、意識が憂いの篩へと吸い込まれていった。
 まるで、高い所から落下するかのような浮遊感を感じ、いつの間にか俺は狭い部屋に居た。パソコンがある。ゲーム機がある。漫画がある。懐かしい勉強机がある。いつも寝ていたベッドがある。

「ここは……?」

 日本の民家の一室なんて見慣れていないのだろう。アルは困惑した表情で辺りを見回している。
 人の気配は無い。まだ、学校から帰って来る前のようだ。

「俺の家だよ」
「……は?」

 予想通りの反応。こんな見知らぬ一室が俺の部屋だなんて、意味不明だと思われて当然だ。
 でも、ここは確かに俺の部屋だ。白い壁にはパネルに入ったラッセンの絵の千ピースパズルが飾ってある。一時間毎にそれぞれの時間帯で違った鳥の鳴き声のする時計がある。センスの無い服が並ぶ洋服用のラックがある。本棚には海外のファンタジー小説や日本のライトノベルばっかり。池袋ウエストゲートパークを読んで、池袋の西口公園をIWGPって呼んでた時期もあったっけ。
 窓の外を眺めると、閑静な住宅街が広がっている。少し遠くから列車の音が聞こえる。いつも、この音をBGMに勉強をしたり、漫画を読んだり、小説を読んだり、ゲームをしたり……。
 俺が一人懐かしんでいると、アルは手持ち無沙汰で手近な本を手に取ろうとした。だけど、これは記憶だ。何かを動かしたりする事は出来ない。アルの手は本をすり抜けてしまった。

「ここがお前の家ってどういう意味だ?」
「そのままの意味だよ」

 扉の向こうから音がした。誰かが入って来る。
 扉が開き、顔を覗かせたのは中学生の俺だ。目が真っ赤。きっと、虐められて泣きながら帰って来たんだ。詰襟の制服にやぼったい髪型。いつも虐められているせいで顔は卑屈さを滲ませている。
 アルに顔を向けると、アルは俺と過去の俺を見比べている。

「全然違うのに……なんで……」

 アルは過去の俺をジッと見つめると、信じられないと言う表情で言った。

「ユーリィ……なのか?」

 凄い。確かに、冷静に俺の言葉やここが俺の記憶の世界である事を考えれば推測出来る事だけど、こんなに早く理解するなんて驚きだ。
 俺が頷くのを見て、アルは目を見開く。

「なんだ……これは?」

 俺は口を噤んだ。もう話す事は無い。全て見て貰って、判断を下して貰うだけだ。
 過去の俺は制服を脱ぎ、ワイシャツを来たままベッドに横たわって泣いた。何が哀しいのかも語らず、ただ只管泣き続ける。自分の目でその光景を見つめるのは恥辱に塗れた体験だった。
 突然、ぐにゃりと景色が歪んだ。次の瞬間、俺達は中学の頃の母校に居た。教室には嘗てのクラスメイトの姿がある。
 過去の俺の姿があった。ポツンと突っ立っている。俺の席があるべき場所に机と椅子が無い。よく見ると、周りのクラスメイト達はみんな笑っていた。誰にでも優しい笑顔を振り撒く女の子も俺に対しては嘲笑の笑みを浮かべる。クラスの団結を訴えるクラス委員の男の子も見世物小屋の獣を見るような目で見ている。とぼとぼと出て行く過去の俺を追うと廊下の隅に横倒しになっている机を見つけた。落書きだらけの机を持ち上げて、教室に戻ろうとするとバッタリ先生に会った。

『机を教室から持ち出したりして、悪戯は関心しないな』

 若くて活力に溢れるハンサムな先生は俺が虐められている事を知りながらそう口にした。
 
『ごめんなさい……』

 謝る嘗ての俺に興味を示さず、先生は教室に入って行った。過去の俺も中に入ろうとするけれど、扉に鍵が掛けられて入れなくされていた。しばらくして、先生が何事も無く授業を始めてしまい、過去の俺は蹲って泣き始めた。

「なんだよ……これ?」

 異国の事で、言葉は分からずとも、この光景が異様である事は気付いたのだろう。
 アルは戸惑いの表情を見せた。
 再び、視界がグニャリと歪み、学校の校舎裏に移動した。三人の男の子達に蹴られながら蹲る俺が居る。泣き叫ぶ事すらせず、ただ断続的に小さな悲鳴を零すだけの芋虫のような過去の俺に嫌悪感を感じる。きっと、俺を蹴っている男の子達も同じ気持ちなのだろう。こんなやつ、虐められて当然だ。なのに、俺はその【当然】を受け入れ切れなかった。本当に愚かな奴。
 また、景色が歪んだ。今度はトイレだった。清潔感の無いトイレの奥の扉の前で男の子達がたむろっている。閉まっている扉の向こうに居るのは勿論俺だ。

『止めてよ……。お願い……。止めて……』

 男の子の一人がトイレ掃除用のまったく衛生的ではないホースで水をトイレの個室に注ぎいれている。別の男の子が個室の扉を蹴って音を立てている。別の男の子がトイレットペーパーを別の個室の便器に溜まった黄色い水に浸して個室に投げる。
 隣で見ているアルが吐き気を堪えているかのような表情を浮かべている。
 また、景色が歪んだ。今度は塾の教室だった。時代遅れなくらい昔気質な先生が竹刀を片手に教室をうろうろしている。今はテスト中みたい。先生に見つからないように消しゴムの欠片やボールペンの芯を飛ばすクラスメイト達。あまりにしつこく振り向いてしまうと、誰かがわざとペンケースを落として先生の注意を引き、俺がカンニングしていると誰かが叫んだ。
 先生は猛烈な勢いで飛んで来て、俺の脚に竹刀を叩き込み、説教を始めた。人格を否定するかのような猛烈な説教に過去の俺は言い訳をする気力も無く悲壮な表情を浮かべた。
 また、景色が変化した。今度は公園だ。大きな木が茂る広々とした公園。その中でも特に人気の無いエリアの木にロープで拘束されている過去の俺。体のアチコチに紙製の点数がついたシールが張られている。頭は少年達の僅かな良心なのか、失明対策に薄汚れたバケツが被せられている。十人くらいの少年少女がエアガンを手に嬉々として俺を的にして遊んでいる。バケツをかぶせられているせいで、アルには見えないがこの時の俺は猿轡のようなものをされていた。
 また、景色が変わった。何度も何度も景色が変わった。その度に瞳に映るのは過去の俺が虐められている光景だった。あまりにも苛烈な光景にいつしかアルは膝を折っていた。呆然とした表情を浮かべ、目の前の光景を眺めている。俺も隣に腰掛けて記憶の光景を眺め続ける。やがて、記憶の俺は高校生となり、あの日がやって来た。
 俺にとって一番の大きな秘密。俺の死んだ日。だけど、その光景は酷く歪だった。
 まるで、アンテナの信号の受信が上手くいっていないみたい。何度も何度も視界が真っ赤に染まり、何度も何度もノイズのようなものが走った。あの日の事を鮮明に思い出せないせいだろう。死んだあの日の記憶が酷く曖昧なのだ。あまり気にした事は無かったけれど、アルに説明する上で曖昧なままなのはまずいかと思って、憂いの篩を使ったのだけど、憂いの篩を持ってしてもこの記憶ばかりは曖昧なままなようだ。
 そして、俺は学校の屋上から転落した。そして、死後、今度はユーリィ・クリアウォーターとしてソフィーヤ・アクロフ・クリアウォーターに抱かれる俺の姿が映った。そして、記憶の再生は終了した。 
 いつの間にか、俺達は必要の部屋に戻っていた。俺は憂いの篩から記憶を自分の中に戻し、アルに顔を向けた。アルは青褪めた表情で俺を見ている。今まで、見た事の無い彼の表情。まるで、得体の知れない生き物を見ているかのような目。ああ、やっぱり駄目だった。幾らアルでもこんな記憶の映像を見た後で俺を受け入れてくれるわけが無かった。
 期待してなかったか? と問われてしまうと返答に困る。だって、少なからず期待してしまっていたのだから。
 だけど、これはアルのせいじゃない。これはこういう生き方や生まれ方をしてしまった俺のせいなんだ。だから、ここで泣いたりしない。最後くらい、そんな卑怯な手で逃げたりしたくない。

「あの光景は俺の生まれる前の光景なの」

 アルは何も言わない。

「俺は日本人の冴島誠として生きていたの。だけど、虐めに耐えられなくなって自殺した」

 自殺と聞いた瞬間、僅かにアルの瞳が揺れた。優しい人。きっと、こんな俺なんかの事で同情してしまったのだろう。

「この際だから言っちゃうね。俺、この部屋の事とか入学早々発見したりして変だったでしょ?」

 アルからの返答は帰って来ない。

「俺、この世界の事を本で読んで知ってたの」
「……ほん?」

 震えた声。少し吃驚して言葉に詰まってしまった。

「う、うん。ハリーポッターっていう小説。ハリーを主人公としたこのホグワーツでの七年間を記した物語なの。その本の中で俺はこの部屋の事を知ったんだ」

 アルは呆然としている。

「まあ、本の中にユーリィ・クリアウォーターなんて名前の生徒は居なかったし、アルの事も書いてなかった。それに、一年目からこれまで本の内容とは全然違う事ばっかり起きてる。まあ、俺が色々と物語に無い事をしちゃったからなんだろうけど……、本当はハリーはシーカーになる筈だったんだ。一年生の時にね」

 自分でも驚く程饒舌に口が動いた。

「俺がネビルを助けようとしなきゃ、ネビルは骨折して保健室に行って、ハリーはマルフォイ君と喧嘩して、箒でちょっとしたテクニックを見せるの。その光景を見たマクゴナガル先生がハリーを最年少シーカーとしてグリフィンドールチームに推薦して、見事な活躍で寮の勝利に貢献する筈だったんだ。俺のせいで台無しになっちゃったけど……」

 話している内に涙が溢れてきた。卑怯者。涙なんて流す権利も無い癖に。
 目をいくら擦っても止まらない。

「二年目の事件もあんな風にロンやネビルやアルが傷つく事も無かった。本当は日記の事……全部知ってたんだ。日記に宿るヴォルデモートの事も分霊箱の事も全部!! なのに、意気地無しで卑怯で……本当にどうしようも無い。俺、皆に嫌われたくないからって、秘密にして、そのせいで皆を大変な目に合わせた」

 顔を両手で覆って涙が零れ落ちないようにした。だけど、止め処なく溢れ出す涙は手の隙間から零れ落ちていく。

「俺がやる事なす事全部裏目に出る!! ヴォルデモートが動き始めたのだって、俺が余計な事をしたからだ!!」
 
 醜く感情を発散する俺をアルはどんな風に見ているのだろう。
 怖くて怖くて仕方ない。嫌われたのは間違いない。そう自覚して尚怖い。アルが実際に嫌悪の目で俺を見るのが恐ろしくて堪らない。

「ユーリィ……」

 アルの声に顔を向けた。そして、俺は……予想通りの表情に目を見開いた。
 アルは穢らわしいものを見るかのように嫌悪の表情を浮かべていた。
 
「……あ、ぅ……ァァ」

 本当に俺はどうしようもない愚か者だ。
 僅かにでも受け入れて貰えると期待していたらしい。
 どこまでも恥知らずな道化だ。
 
「……ごめ、なさ……ゆる……し、て……ごめ……ゥゥ」

 頭の中が真っ白になった。耐えられると思い込んでいた。
 アルが俺を思いやってくれたという事実が俺を支えてくれると思い込んでいた。
 アルとの確かな絆がいつまでも俺の心に希望として在り続けてくれる筈だと思い込んでいた。
 全て思い込みだ。あまりにも愚劣で恥知らずな思い込みだ。
 アルに嫌われて、耐えられる筈が無かった……。
 気付けば俺は必要の部屋を飛び出していた。どこをどう走ったのか覚えていない。誰かにぶつかった気がする。でも、謝る余裕なんて無い。今すぐここから出て行きたい。今すぐに死んでしまいたい。
 また生まれ変われるなんて考えてるわけじゃない。ただ、もうこの世に留まって居たくなかった。

 気が付くと、俺は玄関ホールに来ていた。玄関の扉を開き、外へ飛び出そうとしていた。そんな俺の前に男は現れた。

――――どうして?
 
 頭に浮かんだのはソレだけだった。だけど、考えてみたらそう不思議な事じゃない。
 だって、二年生の時に彼は偽者とは言え、ヴォルデモートと再会を果たしているのだから……・
 日記のヴォルデモートが最初に操ったのが誰かを考えれば、こういう状況も予見出来た筈だ。本当に俺は愚かだ。
 杖を握り、いやらしい笑みを浮かべるワームテール……ピーター・ペティグリューを前に俺は泣き顔のまま呆然と突っ立っているだけだった。

「さあ、御主人様の下へ向かうとしようか」
「待て!!」

 ワームテールが杖を振い、俺の意識を刈り取る寸前に見えたのは、必死の形相を浮かべるアルとそのアルに向けて杖を向けるロンとネビルの姿だった。
 もしかして、助けに来てくれたのかな……? そんな事、あるわけないのに、俺はまた馬鹿な思考を浮かべたまま意識を手放した。

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