第十話「クリスマス」

 目が覚めると、窓の外に一面の銀世界が広がっていた。
 寒さのせいでいつもより早く起きてしまったらしい。アル達はまだ夢の中だ。
 折角だから俺は必要の部屋でお風呂に入る事にした。今日はミルクのように真っ白な濁り湯を浴槽に張った。温泉の湯のように絡みつく粘度の高い湯を全身で浴びながら俺はクリスマスの事を考えた。
 クリスマスの休暇は一端家に帰る事が出来る。ソーニャとジェイクに久しぶりに会えるのが凄く楽しみだった。毎年、ソーニャの焼いたクリスマスケーキをアルの家族と一緒に囲んで歌を歌ってご馳走に舌包みを打つのが我が家の伝統だ。
 二人と別れてからまだ三ヶ月ちょっとしか経っていないというのに、もうずいぶんと声を聞いていない気がする。早く、二人の顔が見たかった。
 
第十話「クリスマス」

 お風呂から上がり、暖炉にあたりながら必要の部屋から拝借して来た本を読んでいると、寝室からアル達が降りて来た。

「おはよう、四人とも」

 俺が声を掛けると、四人は欠伸混じりに返事を返して来てくれた。時計を見て見ると、かなりのんびりしていたつもりだったけど、朝食の時間まではたっぷり余裕がある。

「早いね、ユーリィ」

 ハリーは暖炉の前のソファーに腰掛けながら言った。

「寒くて、目が覚めちゃった」

 俺達はしばらく暖炉の炎を見つめながらのんびりと朝の時間を過ごした。
 食堂を食べに一階まで降りて来ると、校庭でフレッドとジョージが雪遊びをしているのが見えた。巨大な雪だるまが暴れまわっていて、二人が魔法を掛けた雪玉で攻撃している。

「うおーっ、面白そう!」
 
 アルとロンは我先に飛び出して行った。

「えっ、ちょっと、朝ごはんは!?」
「後で行くから先に行ってて!」

 二人はフレットとジョージと一緒に雪遊びを始めてしまった。隣を見ると、ハリーとネビルもそわそわしている。

「俺、サンドイッチかなにかもらって来るから、二人も混ざって来たら? 授業まで時間あるし」
「いいの!?」

 二人は嬉しそうに駆出して行った。
 雪でじゃれ合う皆を横目に俺は食堂に向かった。朝ごはんはもう用意されていた。途中でハーマイオニーと会って、彼女も一緒にみんなの分の朝食を運んでくれた。
 お盆にカボチャジュース八人分とサンドイッチを八人分持って来ると、六人はまだ遊んでいた。
 俺が声を掛けるとみんなぐっしょり濡れながら走って来た。

「もう、風邪ひいちゃうわよ?」

 ハーマイオニーは杖を振るってハリーとロンの水気を飛ばした。俺もハーマイオニーにならってアルとネビルの水気を払って上げると、フレッドとジョージが次は自分の番だとばかりにスタンバイしていた。俺とハーマイオニーは溜息混じりに二人の水気も飛ばしてやると、みんなサンドイッチとカボチャジュースを一瞬で胃袋に収めてまた駆け出していってしまった。
 
「みんな、寒くないのかな?」
「元気よねー」

 授業の始まる時間まで俺とハーマイオニーは他愛無い話をしながら雪玉をぶつけ合って再びびしょぬれになっていく六人に溜息を零した。

 いよいよクリスマスまで後数日と迫り、その晩、俺は一時帰宅の準備をしていた。
 授業の道具とかはわざわざ持ち帰らないから小さなナップザックに全て収まった。
 明日はいよいよホグワーツ特急に乗ってジェイクとソーニャの待つウェールズに帰る事が出来る。それが楽しみで仕方が無かった。
 帰り支度が終わり、談話室に降りるとハリーとロンがチェスをしていた。魔法でまるで生きているかのように動くチェスの駒にハリーは翻弄されっぱなしでロンの連勝状態だったけど、生きている駒が動いているのを見るだけで十分に見応えがあった。しばらく二人の戦いを観戦した後、俺は図書室に行くと言って寮を出た。まだ就寝時間にはたっぷりと余裕がある。

「そろそろ、本腰を入れないといけないよね……」

 必要の部屋はウィンガーディアム・レビオーサの練習をした時と同じ部屋を作った。
 クィレルを倒すチャンスは後二回。だけど、そのチャンスが巡ってくるかは確証が無い。特に一回目のチャンスである禁じられた森でのユニコーン殺害事件は余程の運が無ければ遭遇出来ないだろう。
 二回目のチャンスは一回目に比べれば日にちの特定が容易いし、遭遇する可能性も極めて高い。六月にダンブルドアがホグワーツを留守にする日だ。だけど、これも確実では無い。

「もう、いっその事ダンブルドアに手紙でも送っちゃおうかな? でも、スネイプがもうクィレルの事気づいてるみたいだし、それでダンブルドアが動かないなら、やっぱり現行犯逮捕が必要なのかな……」
 
 考えれば考える程どうすればいいのか分からなくなってきた。
 結局、答えが出せないまま俺は風呂に入って、そのままベッドで眠った。

 翌日、城に残るハリーとロンにしばしの別れを告げると、俺はホグズミード駅からホグワーツ特急に乗り込んだ。
 コンパートメントには俺の他にアルとネビルが同席している。
 ハーマイオニーはルームメイトのラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルと同じコンパートメントに居るみたいで、ガールズトークに勤しんでいる様子だ。
 俺はというと、アルとネビルがチェスの対戦をしているのを横から観戦している。今の所、アルとネビルの戦績は五分五分といったところだ。
 のんびりとした時間が過ぎて行き、ホグワーツ特急はロンドンのキングス・クロス駅に到着した。
 駅に到着すると、ジェイクとソーニャがエドとマチルダと共に待って居てくれた。

「ママ! パパ!」

 俺が駆け寄るとジェイクが抱き抱えてくれた。

「おかえり、ユーリィ。ちょっと大きくなったんじゃないか?」
「帰ったら身長を測ってみましょうね」
「うん!」

 ジェイクが俺を降ろすと、アルとネビルが後ろから歩いて来た。

「ただいま、母さん!」
「おかえりなさい、アル。そっちの子は?」

 マチルダはアルの頬にキスをするとネビルに顔を向けた。

「ネビルって言うんだ。ネビル・ロングボトム。ホグワーツで友達になったんだ」
「まあ、そうなの。よろしくね、ネビル君」
「は、はい!」

 緊張気味に応えるネビルの下に一人の老婆がやって来た。

「ネビル!」

 しわくしゃな顔の老婆を見た瞬間、ネビルはヒッと悲鳴を上げた。

「ばあちゃん!」
「ばあちゃん! じゃない! まったく、いつまで待たせるんだい!?」

 かんかんに怒っている老婆にネビルはすっかり縮こまってしまっている。

「あの、ごめんなさい」

 俺は堪らず老婆に声を掛けた。

「おや、どちらさまかね?」
「あの、俺、ネビルの友達のユーリィ・クリアウォーターです。その、俺がネビルを家族に紹介したくて引き留めてしまったんです。だから、その……ネビルを怒らないであげてください」
「僕からもお願いします」
 
 アルも俺の隣で頭を下げた。すると、老婆は驚いたような顔で俺とアルを見た。

「おやおや」

 段々と老婆の顔は驚きから喜びの顔へと変化した。

「ネビル。友達が出来たんだねぇ。そうかいそうかい。学校は楽しいかったのかい?」
「う、うん! 僕、ユーリィに何度も助けてもらったんだよ!」
「おやま、そりゃあネビルが迷惑掛けちまったみたいで……」
「いいえ。ネビルに助けられたのは俺の方です」
「そうなのかい? でも、この子は知ってるだろうけど臆病でのろまだからねぇ、心配しとったんだよ」
「そんな事ないです!」

 俺は思わず声を張り上げてしまった。
 老婆は驚いたように目を見開いた。

「あ、ごめんなさい。でも、ネビルは臆病でものろまでもないですよ。凄く勇敢なんです」

 俺がきっぱりと言い切ると、老婆はポカンとした顔で俺を見た。

「勇敢だって? この子がかい?」
「ええ、そうです」

 自信たっぷりに応えると、老婆はまた嬉しそうに笑った。

「そうかい。この子が勇敢……か。そうかい。良い友達に恵まれたみたいだねぇ、ネビルや」
「うん!」

 間髪いれずに応えるネビルに俺は照れくさくなってしまった。
 その後、ネビル達と別れて俺達は帰路に着いた。
 帰りのエドの運転する車の中で俺とアルは学校で起きた様々な出来事についてソーニャ達に話した。だけど、話しても話しても話し足らなくて、食事の時間もずっと話し続けた。
 ほんの少し離れていただけなのに、二人に聞いて欲しい事がたくさんある。
 その日は久しぶりに二人にたっぷりと甘えて、二人のベッドで二人に挟まれて横になった。

 クリスマスの前日。俺は魔法界の通販のカタログを見ていた。クリスマスの贈り物を考える為だ。贈る相手はもちろん、アル、ネビル、ハリー、ロン、ハーマイオニーの五人だ。
 ソーニャとジェイク、それにエドとマチルダ用は当日に俺が夕食を用意する約束をしている。必要の部屋はなんと料理の修業の部屋まで用意してくれて、密かに練習をつんでいたのだ。
 ホグワーツから帰って来てから料理の手伝いをして、俺の料理のスキルを見て貰って、任せても大丈夫と許可をもらえた。
 ベッドで転がりながら考えて漸く五人に贈るプレゼントを決める事が出来た。直ぐに注文書を書いてウサギフクロウのナインチェに届けてもらった。
 ナインチェはいつも正確に仕事をこなしてくれる。最初はあざといくらいのあの可愛らしさに目が眩んで買ってもらったのだけど大正解だった。可愛いだけじゃなく、仕事も出来るまさにパーフェクトガールだ。ナインチェの姿が空の向こうに消えるのを見送ると、俺は庭に出た。一面銀色に輝く雪庭にはソーニャが魔法で作った様々な雪像が並んでいる。俺の一番のお気に入りはウサギの雪像だ。
 ソーニャがアルからプレゼントされた俺のウサギのぬいぐるみをモデルに精巧に作り上げてくれたのだ。
 毎年雪が降るとうちの庭は雪像の展示場となるから周辺のマグル達もよく見学に来る。といっても、さすがに庭の中には入って来ないけど。
 冬の間、俺はこの雪像達を眺めながらのんびり過ごすのが大好きだった。しばらくして、アルが遊びに来たので二人で一緒にボーっとして過ごした。

「そう言えば、勇者の修行はいいの? 剣でえいやーって」

 俺が聞くと、アルはチッチッチと人差し指を振った。

「勇者はただ剣を振り回すばっかりじゃないんだよ」
「じゃあ、もうやらないの?」
「いいや、もっと強くなるために修行はするさ」
「相変わらず勇者が好きだねー」
「好きっていうより、目標かな……」
「目標?」
「うん。僕は強い男になりたいんだ。物語の勇者みたいに強い男に!」

 いつの頃からだろう。アルが勇者に憧れを持ち始めたのは……。
 
 クリスマス当日。目が覚めるとベッドの足下にはたくさんの箱があった。去年よりも少し多くなったプレゼントを早速開いた。
 一番上に置かれていたのはロンからのチャドリー・キャノンズの伝記だった。チャドリー・キャノンズはロンのお気に入りのクィディッチチームでどうやらこの機会に布教しようという腹積もりらしい。
 二つ目の箱はハーマイオニーからのお菓子の詰め合わせだった。色々な種類のお菓子が箱の中いっぱいに入っている。
 三つ目の箱はハリーからのチェス盤だった。小さくて持ち運びしやすい。
 四つ目の箱はネビルからのマフラーだった。ネビルのおばあちゃんがネビルが世話になったから、とお礼に編んでくれたらしい。
 五つ目の箱はアルからの贈り物はスニーコスコープだった。スニーコスコープが回転を始めたらとにかく逃げろ、と大文字で箱の底に書いてあった。

「これは……、ソーニャとジェイクからかな?」

 最後の箱は一際大きくて重かった。
 包み紙を破るのも重労働で一体なにが入っているのかと思って蓋を開けると、俺は思わずあっと叫んでしまった。
 中に入っていたのは箒だった。

「マ、ママ! パパ!」

 俺は箒を手に取ると俺は一階の居間に駆け込んだ。
 エドに繋いで貰ったらしいマグルのテレビを見ながら寛いでいた二人は駆け込んできた俺を見るとニッコリと微笑んだ。

「おお、どうだ? ニンバス競技用箒会社のニンバス2000。最新式だよ」
「ユーリィもそろそろ自分用の箒を持たないといけないからジェイクと相談して買ったのよ。学校には二年生からしか持っていけないけど、家でも練習出来るようにって」
「エドとマチルダもアル君に買ったそうだから、二人で空中散歩にでも行って来たらどうだ?」

 俺は二人から飛行して良い場所と高度なんかの説明を聞いて直ぐに居ても立ってもいれずに外に飛び出した。
 箒を持って庭を横切ってアルの家に向かうと、アルも家から箒を持って飛び出して来た。

「アル!」
「ユーリィ!」

 お互いにお揃いのニンバス2000を見せ合うと家の直ぐ裏にある山に駆け込んだ。そんなに大きくない山だけど、ここにはジェイク達の両親やジェイク達本人が様々な魔法を掛けてマグルが絶対に入り込まないようになってる。ホグワーツに入学する前の期間はずっとここで魔法の練習をしていた。
 
「最初は父さん、去年出来たばかりのフライト・アンド・バーカー社のツィガー90がいいんじゃないか? って言ったらしいんだ。でも、母さんが反対したんだ。ちゃんと歴史ある会社の出している箒の方が信頼できるって」
 
 アルと話しながら山を登ると、一時間くらいして深い谷になっている場所に辿り着いた。
 ここがジェイク達の言っていた箒の練習場だ。

「夕食の材料を買いに行かないとだから、お昼までには戻らなきゃ」
「そう言えば、ユーリィが作るんだよね?」
「うん。密かに練習してたんだー」
「いつの間に? ホグワーツで練習なんか出来ないだろ?」
「だから秘密だってば。今夜、楽しみにしててよ」
「う、うん……」

 怪訝な顔をするアルの背中を押して、俺は箒に跨った。
 学校のボロボロのシューティング・スターとは大違いだった。まったく思い通りに動いてくれないシューティング・スターに比べて、ニンバス2000は俺の意思を完璧に反映してくれる。
 アルもしきりに興奮した笑顔を浮かべていて、さっきの話はすっかり忘れてくれたみたいだ。
 二人で思う存分空の散歩を楽しむと、ついつい時間を忘れてしまった。
 気が付くと一時を回っていて、俺は慌てて下山して材料を買いに走った。近くのマーケットに行くと、アルが荷物を半分持ってくれた。かなりの量を買ったから大助かりだった。
 家に帰るともう三時を回っていて、俺が大慌てで料理を始めた。未成年の内は学外で杖の使用を厳しく禁止しているから、全部手作業で行わなければいけない。
 完成した頃には七時を回ってしまった。シチューの味を確認すると、まずまずといった感じ。アルは味が濃い方が好みなのを知っていたから少し濃い目の味付けにしてある。
 サラダも綺麗に盛り付けられた。ローストターキーはさすがに作れなくて、代わりにタンドリーチキンやローストビーフで代用した。
 テーブルに並べると中々に豪勢なディナーが出来上がった。外でイルミネーションの飾りつけをしている皆を呼ぼうと思った丁度その時、パンのタイマーが鳴った。
 オーブンを開くとイメージ通りにはいかず、膨らみ方も今一で、ショックを与えて型から外した時に焼成時間が足りなかったのか、ケービングを起こしてしまった。

「ううん。イーストが足りなかったのかな……? でも、ちゃんと本に書いてある通りに粉と混ぜたのに……。活性化させるお湯の温度が低かったのかな……? うう、もう作りなおしてる時間無いのに……」

 すると、別のオーブンに入れていたフランスパンのタイマーが鳴った。
 我が家には料理好きのソーニャがこだわりにこだわって購入した高性能なオーブンが三つある。
 慌ててオーブンから出すと、こんがりと焼けたフランスパンが出て来た。
 クープを入れる時にあんまり上手くいかなくて、ちょっと開きが歪になってしまったけれど、食パンとは違ってちゃんと焼く事が出来た。
 焼き立てのパンをテーブルに持って行くと、アル達が部屋に入って来た。
 アルはテーブルの上の料理を見ると歓声を上げた。ソーニャ達もいっぱい褒めてくれて、つい頬が緩んでしまった。
 ケーキが焼き上がるまではまだ時間があるから焼き上がりを待たずにパーティーを始めた。
 窓の外を見ると、アル達が飾りつけたイルミネーションが雪像とあいまって幻想的な光景を作り出している。
 
「食パン、失敗しちゃった……」
「パンまで作るのは予想外だし、味は悪くないわよ?」
 
 俺が食パンをガッカリした目で見ていると、マチルダが呆れたように一口食べて言った。

「でも、ちょっとじゃりっとするわね。捏ねる時に上手く材料が混ざってないわ。それに、捏ね上げ温度もちょっと高かったんじゃないかしら?」
「うん。だから、ホイロ時間がしっかり取れなかったんだ」
「最初に粉と材料を混ぜる時に中に空気を含ませるように……」

 ソーニャは料理については中々シビアだ。褒めてもくれるけど、駄目なところはしっかり駄目だししてくれる。おかげで失敗した原因が分かった。

「ありがとう、ママ。次は絶対上手に作ってみせるよ!」
「その意気よ。でも、本当にびっくりしたわ。料理の腕がぐっと上がってるんですもの」
「えへへ、ホグワーツの料理の本でしっかり勉強したんだー」

 エドやジェイクも美味い美味いと言って食べてくれた。少し硬めのフルーツケーキもまずまずの味で、俺の五人へのクリスマスプレゼントはどうやらまずまずの成功をおさめられたらしい。
 その夜はまたソーニャとジェイクに挟まれて眠った。二人の臭いを嗅いでいると凄く安心出来る。
 クリスマスの休暇が終わると、俺はまた泣いてしまった。二人との別れは身を裂かれるくらい辛い。アルや再開したネビルとハーマイオニーと一緒に談笑しながらホグワーツを目指す間も後ろ髪をひかれる思いだった。
 だけど、その思いも学校に帰ってハリーとロンと再会した途端に吹き飛んでしまった。

「ねえ、ユーリィ。ハーマイオニー。ニコラス・フラメルって知ってる?」
 
 そのハリーの言葉によって……。

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