第十四話「エピローグ」

第十四話「エピローグ」

 俺は小さな星にいる。少し歩けば一周出来てしまうくらい小さい星。その星には俺以外に人は居ない。俺はそこで一本のとても美しい花を見つけた。俺は花を開かせたくて、手間を掛けて大事に育てた。ある日の朝、目が覚めると花は開いていた。凄く綺麗でいつまで見てても見飽きない。でも、花はとても我侭で、冷たくて、暴力的で、段々と俺は花の世話をするのに嫌気が差してきた。
 花は本当に美しいのに花は俺にとても辛く当たる。段々、傍に居るのが嫌になった。俺は星から旅立つ事にした。
 旅立つ前に星を綺麗に片付ける。大事なのは火山の掃除だ。ちゃんと掃除をすれば、静かに煙を出すだけで爆発なんて滅多にしない。
 花にさよならは言わない。俺は黙って出かけるつもり。だけど、火山には気づかれてしまった。火山は俺を引き止めようとして噴火した。俺はその勢いに乗って、星を飛び出した。
 花は言った。

「私が我侭だったの。許してね。私はあなたが好きだったのに、うまく言えなかったの」

 その言葉に涙が溢れた。でも、もう戻れない。俺はもう飛び立ってしまったから。
 俺は大きな星に降り立った。砂礫の大地に足を踏みしめ、月の色をした蛇に話し掛けられた。

「こんばんは」
「こんばんは」

 俺が応えると、蛇は嬉しそうに微笑んだ。
 ここはどこ? と尋ねると、蛇はここは地球だよ、と言った。
 人は居ないの? と尋ねると、ここは砂漠だから人は居ないよ、と言った。
 蛇は俺の質問に何でも答えてくれる。聞きたい事をあらかた聞くと、蛇は逆に聞いて来た。

「君はどうしてここに来たんだい?」
「俺は花が嫌になったんだ。それよりも、人はどこに居るんだい? 砂漠は寂しいよ」

 俺が言うと、蛇は俺をジッと見て言った。

「人の居るところへ行っても、やっぱり寂しいと思うよ」
「君に何が分かるの?」

 俺が言うと、蛇はおかしそうに笑った。

「私に分かる事なんて無いさ。でも、出来る事ならあるよ。私は足が無い。だけど、船よりも、飛行機よりも遠くへ君を連れて行ける。いつか、君が自分の星に帰りたくなったら私が送ってあげよう」
「君の言葉はよく分からないよ」

 俺は蛇に背を向けて砂漠を歩き続ける。砂漠を越え、高い山を越え、雪の中を突き進み、一本の道を見つけた。
 道の先には広々とした庭が広がっていた。そこには綺麗な花が咲き誇っていた。

「こんにちは」

 俺が声を掛けると、花達は「こんにちは」と応えた。

「君達は誰?」

 俺が聞くと、花達は「花よ」と応えた。
 何だか哀しい気分になる。世界で一本だけだと思っていた花がここには数え切れないほど咲いている。俺の知っている世界なんて、本当にちっぽけなものだったんだ。俺は草むらに倒れて泣いた。涙が枯れても泣き続けた。すると、キツネが顔を出した。

「こんにちは」

 キツネは言った。

「きみは誰?」
「おれはキツネさ」
「俺と一緒に遊んでよ」

 俺が言うと、キツネは「遊べないよ」と言った。

「俺は今、凄く悲しいんだ」
「おれは君と遊べないよ。仲良しじゃないからね」
「そうなんだ……、ごめんね」
 
 俺はそれでも我慢出来ずにキツネに聞いた。

「仲良しって、何?」
「特別っていう事さ。君は十万匹のキツネの中に俺が居ても、きっと気づかないだろ? でも、仲良しだったら、君は一目でおれを見分ける。君にとって、おれは世界で唯一匹のキツネになる」

 キツネはそう言うとソッポを向いて遠くへ行ってしまった。俺は追い掛けた。
 それから毎日俺はキツネと会話するようになった。

「おれの毎日なんて、ニワトリを捕まえて食べて、鉄砲に狙われる日々さ」

 キツネは憂鬱そうに言う。

「もし、君と仲良しになれたら、おれの毎日は変わるんだろうな。普通の人の足音が聞こえたら、おれはこうして逃げ惑い、巣に潜る。だけど、君と仲良しになったなら、君の足音を聞いておれは喜び勇んで飛び出していくだろう」

 キツネとの会話は毎日、少しずつ長くなっていった。

「あっちに小麦畑が見えるだろう?」
「うん」
「おれはパンなんて食べないから、小麦なんておれには無関係だと思ってる。でも、君と仲良くなったら小麦の色は君の髪の色だから、畑を見る度におれは君を思い出すようになる」
「それって、素敵。どうしたら、俺は君と仲良くなれるのかな?」

 俺が聞くと、キツネは言った。

「こうして毎日話していればいいのさ。今日はまだこのくらいだね。少し離れて座っている。明日になれば、もう少し近くで座って話が出来るよ」

 それから毎日、俺はキツネに近寄りながら会話をした。

「これからは会う時間を決めよう。毎日、この時間に会うんだって思うと、その一時間前からわくわく出来るだろ?」

 少しずつ、俺とキツネは仲良しになった。時には鉄砲を持った人からキツネを助けたりもした。
 でも、俺は帰らなければいけない。その日は少しずつ近づいている。分かるんだ。きっと、俺はいつかこの星を離れて元の星へ戻る日が来る。
 キツネは言った。

「君は行くんだな。おれはきっと泣いてしまうよ」
「俺達は仲良くなるべきじゃなかったのかもしれないね」
「そうだね。でも、おれも君も仲良しになって、幸福だっただろう?」
「そうだね」
「もう一度、花を見てきてごらん」
「花を?」
「ああ、戻って来たら、大事な事を教えて上げるよ」

 俺はバラの庭へ行った。俺は驚いた。花達は俺の星の花とは全然違う花だと気が付いた。
 俺は分かった。俺にとって、俺の星の花は特別だったんだ。仲良しだったんだ。なのに、俺は気が付かなかった。上っ面だけで分かった気になって、星を飛び出してしまったんだ。
 俺はキツネの下へ戻って行った。

「俺は帰るよ」

 俺が言うと、キツネは微笑んだ。心の底から微笑んだ。

「約束通り、大事な事を教えて上げるね。肝心なものは目に見えないんだ。だから、心で見ないといけないんだ」

 キツネの手を俺はギュッと掴んだ。

「仲良しの絆は目には見えないんだ。なのに、俺はそれを分かっていなかったんだ」
「君にはもう分かる筈だよ。だって、君は俺と仲良しになったじゃないか」
「ありがとう。俺はもう行くよ」

 俺はキツネに別れを告げた。さあ、蛇に会いに行かないと。
 とても怖いな。でも、俺は帰らなきゃ行けないんだ。俺の星に……。
 そして、俺は蛇と会い、さらさらの砂の大地に倒れこんだ。痛みは無い。苦しみは無い。だって、俺は帰るのだから。俺の居るべき、あの星に……。

 途惑うほどの痛み。俺は混乱していた。理解出来ない。何が起こっているのだろう。体は痛みを拒絶し、その度に意識が闇に呑まれる。そのせいで激痛はほんの少し途切れ、ますます現実感が薄れる。現実は赤色で、まるで車に轢かれ、バットで殴られ、硫酸を浴びせられたように痛い。非現実は黒色で何も無い。痛みも色も音も何も無い。どちらが一層怖いのか、それすら分からない。
 どのくらい、拷問は続いたのだろう。痛みが唐突に引いた。感覚が喪失し、何も感じなくなった。ただ、耳だけが生きている。音が聞こえる。誰かが喋る声が聞こえる。誰の声かは直ぐに分かった。分からない筈が無い。彼の声を忘れる事は絶対にあり得ない。

「しっかりするんだ、ユーリィ!! 頼む……、頼むよ!! 逝くな!! 逝くんじゃない!! 心臓を止めちゃ駄目だ!!」

 泣いている。声で分かる。彼の泣き声を俺はよく知っている。昔から泣き虫だった。あれはいつの頃だったかな? 七歳くらいの時だった気がする。その頃、彼はよく泣いていた。

《どうして、泣いているの?》

 と俺が聞くと、彼は決まって、

《関係無い》
 
 とソッポを向いた。俺はどうしても気になって、彼が外に出て行くのを内緒でつけてみた。彼はマグルの子供達と一緒に居た。哀しそうな顔で誰かを殴っている。他の子は楽しそうにその子を殴ったり蹴ったりしているのに、彼はとても悲しそうにしている。
 その顔を知っている。生まれ変わる前にも見た事がある。生前、一番傍に居た少年の顔を思い出す。いつも俺を他の友達の所へ引っ張っていき、殴ったり、蹴ったり、俺をサンドバックにした彼はいつも苦しそうで、悲しそうで、まるで酷い拷問を受けているみたいで、可愛そうだった。でも、痛みがその同情心を塗り潰し、彼の心に踏み込もうとする意思を折った。そう言えば、学校から飛び降りる時に彼は何を言っていたのかな。今ではもう分からない。
 アルはそんな彼と同じ顔をしていた。自分が孤立するのが怖いから。自分が標的にされるのが怖いから。アルは皆と一緒に殴っていた。でも、俺には助けてあげられない。勇気も無く、方法も分からないからだ。手を拱いている内に彼はいつしか殴られる側に立っていた。いつかはそうなると分かっていたのに、俺は何もしなかった。勇気が無いから、なんて言い訳にならない。でも、今度は方法が分かる。虐められている側を助けるのは簡単だ。他に身代わりが居ればいい。生まれ変わる前に学んだ事。
 俺はリーダーの少年に声を掛けた。少年は初め、俺を胡散臭そうに見ていて、大人達の斥候なんじゃないかって、疑った。俺は何も言わないし、何もしないと言った。何をしてもいいと言った。そして、俺は罪を犯すよう強要された。それをすれば信じると少年は言った。小さなお店の小さな消しゴムが少年に俺の事を信じさせた。勿論、後で返しに行ったけど、罪は罪だ。もう、俺は大人を頼れない。だから、少年は思う存分、俺を痛めつける事が出来た。俺も痛めつけられる事が出来た。
 痛みも苦しみも屈辱も俺には慣れ親しんだものだった。死ぬまで追い詰められた頃に比べたら、小さな子供の浅はかな暴言や暴力なんて可愛いものだった。その証拠に少年達は口では物騒な事を言いながら、実際には単純な痛めつけ方しかしてこない。タバコの火で炙ったり、気絶するまで首を絞められたり、トイレの床を舐めさせられたりなんて、彼らは思いつきもしない。可愛いとすら思える。
 でも、そんな日々も終わりを迎える。折角、虐められなくなったというのに、アルは彼らとの縁を断ち切ってしまった。それが少し不満だったけど、その日からアルは俺に一目を置いて接するようになった。いつも俺と一緒に居てくれて、それが凄く楽しくて、凄く幸せだった。でも、やっぱり彼らとの縁は切らないで欲しかったな、と思う。まるで、俺がアルに友達を切り捨てさせたみたいで、嫌な気分になる。まあ、その通りなんだろうけどね。
 俺が本を読んで上げると、アルは瞳を輝かせて喜ぶ。自分も勇者になるんだ! なんて言って、自分で剣を自作してしまった時はおかしくて涙が出そうなくらい笑った。勿論、彼には内緒でね。
 本当にアルは可愛い。俺にとって、アルは可愛い弟みたいな存在だ。幾つになっても目が離せない。アルの事を守りたい。アルに嫌われたくない。俺にとって、アルは誰よりも大切な存在だ。
 
 俺の意思は再び闇に呑まれた。凄まじい重圧に潰されそうになる。抵抗するのが凄く辛い。でも、アルが泣くと俺も悲しい気持ちなる。だから、早く目を覚まして上げないと。安心させてあげないと。
 きっと、このまま意識を手放してしまえば楽になるのだろう。痛みも恐怖も苦しみも遠ざけてしまえば安らかな気持ちになるだろう。俺自身の為だけだったら、これほど自我を持ち堪える事は出来なかったと思う。でも、今、楽な道を選べば、アルがとても悲しむ。それだけは耐えられない。こんな苦しみよりもずっと辛い。
 暗い。何も聞こえない。闇はどんどん深まっていく。現実感は徐々に失われていく。諦めそうになる自分を必死に叱責した。抗うなんて出来ず、ただただ耐える。でも、闇はまるで世界そのもの。大地を支える巨人にはなれない。ただ、自分が消えないようにするのが精一杯だ。
 それは今までの俺の人生の縮図だ。辛い事があれば逃げ出すか、それが出来なければただ耐え忍び、嵐が過ぎるのを待つだけの卑怯者の人生の縮図。自分ではどうにも出来ない。意思だけではどうにもならない。誰か助けて。アル。アルはどこに居るの。俺は闇の中で必死に手を動かした。
 ふと、何かを感じた。手も足も切断されたみたいに何も感じない。にも関わらず掌にだけ、不思議な暖かさを感じた。俺は必死にその熱源に意識を傾けた。その途端、ドクンと心臓に熱が生まれた。
 熱い、熱過ぎる。限界を越えた熱量に俺は悲鳴を上げた。全身がマグマに沈められたみたい。炎はメラメラと燃え上がり、あらゆる感覚が極限まで高められた。後悔した。さっさと闇に沈んでしまえばよかった。こんな苦しみを感じるくらいなら、さっさと死んでしまえば良かった。タバコの火で炙られるのを人生で最大の苦痛だと考えていた自分をおかしく感じる程の苦しみがあらゆる感情を凌駕する。気絶するまで首を絞められたのなんて、これに比べたらふわふわなベッドで子守唄を歌って貰っているようなものだ。
 炎は龍となり、俺の全身を駆け巡る。喉を舐め、目に舌を入れている。この苦しみが一秒でも長引くというなら今すぐ殺して欲しい。アル。傍に居るんでしょ。俺を殺して。お願いだから、俺を殺して。
 死なせて。死なせて。死なせて。死なせて。死なせて。
 俺は必死に懇願した。誰か俺を殺してくれ。こんなの耐えられない。お願いだから、何でも言う事を聞くから殺して。

 真っ暗な闇の中で延々と苦しみに喘ぎ続けた。死への懇願、苦痛の悲鳴の他には何も無い。時間さえ消え去った。ただ、永遠にこの拷問が続くだけ。もしかしたら、俺はとうに死んでしまったのかもしれない。ここは煉獄というやつなのかもしれない。俺は閻魔様に悪人として地獄へ突き落とされたに違いない。無限に炎に炙られ続ける拷問は終わる事が無い。ただ、罪を贖い続けるだけ。
 数秒か、数時間か、数日か、数ヶ月か、それとも数年かもしれない。少しずつ時間が機能を取り戻し始めた。痛みが少しずつ和らいでいくのを感じる。全身が浸かっている硫酸に少しずつ水を流し込んでいるような些細な変化だけど、やがて全身の感覚も戻って来た。思考が甦り、聴覚が最初に甦った。鋭敏な聴覚は心臓の音を太鼓の音のように捉え、俺はその激しい脈動の音で時間を数える。やがて呼吸をしている事を実感出来るようになり、力が漲ってくるのを感じた。

「ユーリィはまだ目を覚まさないのか?」

 アルの声を耳が捉えた。さっきまで、直ぐ傍に居た筈なのに、凄く遠くに感じる。直ぐ傍に居る人は誰だろう?

「ええ、でも……少し顔色が良くなったわ」

 指を触る手はソーニャのものだとわかった。近くにソーニャが居ると思うと、安らかな気分になる。痛みはもう殆ど抜けていた。後は目を開けて起き上がるだけ。なのに、体は錘を付けられているみたいに重いし、瞼は糊付けされたみたいに固い。
 アルの足音が近づいて来る。

「ユーリィ。目を開けてくれ。お願いだよ。僕の手を握り返してくれ」

 手が持ち上げられているのを感じる。でも、手に力を入れる事はまだ出来そうにない。無視したくないのに、手にはマシュマロを潰す力すら入らない。

「目を覚ましてくれ……。僕はここに居るんだ。待ってるんだ。君に話したい事がたくさんあるんだ」

 早く、返事をしてあげなくちゃ。そう思うのに、俺の体は俺の意思を受け付けない。

 時間はただ過ぎて行く。耳だけは嫌になるほど鋭敏に働き続けているから、大体の時間が分かった。闇の中でアルやソーニャ、時にはハリーやロンやネビルの声が聞こえる。
 ロンは俺に必死に謝っていた。俺を襲った記憶が残っているらしい。気にしなくていいのに。ロンはただ操られていただけなのだから。
 ロンはリドルに操られた時の話を聞かせてくれた。初め、日記に囁かれたと言っていた。その囁きを聞いていると、まるで夢の中に居るみたいな気分になって、知らず知らずの内に日記に文字を書いていたらしい。自分のコンプレックスや悩みを書き、リドルが親身に相談に乗ってくれるのが嬉しくて、はまり込んでしまったそうだ。
 いつしか、自分の中にリドルの意思が流れ込んで来て、時々自分が自分でなくなる気分に陥ったと言う。誰かに相談しようとすると、リドルの意思が現れて阻止しようとしたらしい。

 ロンの話以外にも皆が俺に語る話は驚きの連続だった。
 例えば、ハリーはバジリスクをペットにしたらしい。最初、何を言ってるのか分からなかった。ハリーはバジリスクにリトアニアの蛇の女王から取ってエグレと名づけたらしい。そして、もう一匹蛇を飼い始め、その蛇にはプラントという名を付けたと報告してくれた。今はハグリッドの小屋の傍の旧ノーバート邸をダンブルドアが改築し、棲家にしているらしい。
 バジリスクを制御出来るのはパーセルマウスだけで、今、確認されているパーセルマウスはハリーだけだから、とバジリスクはどこへ連れて行かれるでも無く、ハグリッドの世話を受けている。殺すべきだ、という意見も出たそうだけど、ダンブルドアが反対し、エグレを守ってくれた、とハリーは嬉しそうに報告してくれた。
 他にも驚くべき報告があった。スネイプ先生の人気が一気に学校でトップになってしまったそうだ。アルが話してくれたトム・リドルとの戦いの中でスネイプは皆が見守る前で生徒を守る為に命を賭けて戦う姿を晒してしまい、今や女生徒からの人気をロックハートと二分しているそうだ。そう言えば、ロックハートは特に何事も無く来年も続投するらしい。あれ、ルーピン先生、来年来ない……?

 パーシーとジニーもお見舞いに来てくれた。二人もリドルに操られていたらしい。ロンを操り、リドルが俺を襲った日、俺とロンが日記を探している姿をかなりの人が目撃していたらしく、その時にロンがディーンが持っていった、と嘘を吐いたのを聞いていた誰かがシェーマスとディーンに話して、ロンは二人に問い詰められたそうだ。その時にリドルはロンを切り捨てる事に決めたらしい。ディーンとシェーマスを口封じの為に襲い、日記帳をジニーに見せたそうだ。ジニーは日記の……正確にはリドルの不思議な魅力に絡め取られてしまい、操られてしまったそうだ。パーシーも同じ手段らしい。リドルはパーシーとジニーを使いロンを始末しようとした。でも、そこで邪魔が入った。マルフォイが真相を突きとめ、ロンに詰め寄ったそうだ。結局、マルフォイは返り討ちにされたそうだけど、その時の騒ぎを聞き付けて、ネビルが現れ、ネビルにロンは倒されてしまった。
 リドルは直ぐにジニーを操りロンとネビルを襲わせた。それから折角手駒にしたジニーが怪しまれないように物陰に隠れさせ、同時にパーシーを操り、ロンの発見時に注目を集めさせ、その隙にジニーは人ごみに紛れた。その後、リドルはパーシーを操りハリーを継承者に仕立て上げ、孤立させ、秘密の部屋へ誘おうと計画したけど、その時には既に闇祓いの手が伸びていた。
 俺が眠っている内に事件は本で読んだよりもずっと大規模なものとなっていたらしい。そもそもこの時期にマッドアイ・ムーディやキングズリーがホグワーツに来るなんて、本には無かった。もう、ここから先は本の知識なんて役に立たない。ううん。俺はリドルにあっさり負けてしまったじゃないか。とっくに役になんて立ってなかったんだ。この世界は本の世界じゃない。俺の思い通りに世界は進んだりしない。それをよく思い知らされる二年目だった。
 
 そうして時は経ち、俺の体は完全に俺のものとなった。薄っすらと開いた瞼の先から溢れる強烈な光に慣れるまで、少し時間が掛かり、漸く見えて来た窓の外には春が広がっていた。随分、長い時間眠ってしまっていたらしい。ベッドの横でアルが眠っていた。
 俺が起き上がると、アルは目を覚ました。瞼を擦りながら顔を上げ、俺の顔を見ると目を見開いた。

「……寝坊だぞ」

 震える声で言うアルに俺は掠れた声で答えた。

「……おは、よ……、アル」

 そう言えば、不思議な夢を見た気がする。
 どんな夢だったかは思い出せない。だけど、一つだけ覚えている。

――――肝心なものは目に見えないんだ。だから、心で見ないといけないんだ。

 誰の言葉だっけ……。俺はその言葉を胸に刻み込んだ。
 その言葉がとても大切な宝物のように感じられたから。
 
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。