第十三話 雨生龍之介がバーサーカーを召喚した為に敗北した彼

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは憤然たる面持ちを己がサーヴァントに向けていた。
 ランサーが冬木ハイアット・ホテルの最上階にあるスイートルームに帰還したのはついさっきの事であった。

「一体、どう言い訳をするつもりなのか、聞かせてもらえるかね?」

 ソファーに座り、ねめつける視線を向けるケイネスにランサーは沈痛な面持ちで平伏していた。

「返す言葉も……ございませぬ」

 拳を血が滲む程に強く握り締め、ランサーは屈辱に塗れた顔で毒を吐くように言った。

「ケイネス。ランサーを責めても始まらないわ」

 ランサーの痛ましい姿に堪らずケイネスの婚約者であるソラウが口を挟んだ。
 ケイネスは怒りに震えながらも愛する婚約者を振り返った。

「ソラウ。此度のこやつの失態は看過出来ぬ。私に令呪を二つも消費させ、宝具の開帳を許されながら、キャスター、セイバー、ライダーのどのサーヴァントにもただの一撃すら加える事が出来なかったのだからな」

 ランサーの宝具たる槍の特性上、ただの一撃がこれから先の聖杯戦争の行く末を大きく変える一撃となる筈だった。
 だが、結果は散々たるものだった。キャスターのサーヴァントの不可解な宝具の連続召喚の正体を看破する事は出来たものの、その代償に恐らくは十中八九ランサーの正体を敵に看過され、ただの一撃も加える事すら出来ずキャスターを見逃してしまった。
 セイバーとの戦いでは終始圧倒され、その地力を敵に測られた。そして、よりにもよって、ケイネスの手配した聖遺物を盗み出した愚かなる弟子の召喚したサーヴァントの宝具によって返り討ちに合う始末だ。
 ソラウからは十全なる魔力を供給され、ケイネスからは令呪と要所における的確な指示のバックアップを受けながら、情け無いにも程がある。
 ケイネスは己が召喚したサーヴァントを失望の眼差しで見下ろした。

「ケイネス。あれは仕方の無い事だったわ」

 ソラウはランサーを擁護するように言った。

「まさか、あのタイミングでセイバーやライダーが乱入して来るなんて、貴方にだって想定する事は出来なかったでしょう? むしろ、キャスター、セイバー、ライダーの三体と続けざまに戦いながら生還した事を褒めるべきではないかしら?」

 ソラウの言葉にケイネスは鼻を鳴らした。
 見下ろせば、ランサーのサーヴァントは先程以上に屈辱に濡れた表情を浮かべていた。

「なるほど、褒めて欲しいか? ランサー」

 ケイネスの言葉にランサーは堪らずに顔を上げて言った。

「どうか! 今一度、私にチャンスをお与え下さい! 次こそは、必ずや奴等の首級を主に捧げる事をお誓い申し――――」
「そのような蒙昧な事を言うとは、見下げ果てたぞ、ランサー!」

 ケイネスの轟くような声が広い部屋に響き渡った。
 ランサーは声を失い、目を見開いた。

「奴等の首級を捧げるだと? その様な大前提を今更誓おうなどと、どういう了見か!?」

 ケイネスの言葉にソラウは咄嗟に反論しようとするが、ケイネスは続けざまに言い放った。

「貴様は私に何を誓っていたのだ!? サーヴァントたる貴様が誓うべきはただ一つ! 聖杯を我が手中に捧げる事であろう! 並み居るサーヴァントを根こそぎ狩り尽くすはその誓いの前では大前提。誓う以前の問題であろう! それを今更になって誓うだと? やはり、貴様は私に虚言を弄していたらしいな。私に聖杯を譲り渡すなどと、よくも言えたものよな、この匹夫めが!」

 雷鳴の如きケイネスの怒声と嵐の如き剣幕にランサーは只管に恐縮するのみであった。ケイネスの言葉はどこまでも真実であったからだ。
 今更になり、大前提を履き違えていた己を恥じ、己の積み重なる失態にランサーは雲泥たる気持ちになった。

「残る令呪はたったの一つだ。だと言うのに、貴様は何の戦果も上げられずにおめおめと帰って来た。これではただドブに捨てたようなものではないか! これより、我々は静観の構えを取る。貴様は並み居るサーヴァントの中でも特に惰弱なようだからな」

 ケイネスの痛烈な言葉に思わずランサーは立ち上がった。

「私は――――ッ!」
「妄言は結構! 貴様の武勇は偽りであったらしい。まったく、大失敗だよ。貴様を召喚したのはな。これでは、もはや正面切ってのサーヴァント同士の戦いなど夢のまた夢だ。方針を変える必要がある。ソラウ、来てくれ。色々と確認したい事がある」

 ケイネスの怒りは尋常では無く、ソラウは賢明に言葉を探すが、その前にランサーが懇願するようにケイネスに声を張った。

「主よ! どうか、今の御言葉の撤回を!」
「行くぞ、ソラウ。ランサー、貴様は無駄に吼える余裕があるならば部屋の片付けでもしておれ」

 ケイネスは部屋を見回しながら言った。
 令呪による強制召喚の影響で室内はまるで嵐にでもあったかのように荒らし尽くされていた。
 戦果も上げられず、無駄に敵に情報を与え、やった事と言えば部屋を散らかす事だけ、そんな事なら魔力も持たないただの子供にだって出来る。

「主よ! 私は今度こそ、必ず――――ッ!」
「キャスターは最弱のクラスと呼ばれている」

 ケイネスの言葉にランサーは開こうとしていた口を閉ざした。

「そのキャスターに令呪の援護が無ければ純粋な白兵戦という己が領分で敗北しかけた貴様を見て聞かせてもらうが――――、何が、次こそは必ず、……なのだ?」

 部屋を出て行くケイネスの残した言葉にランサーは膝を折り床に手をついた。今度こそ、そう思いランサーのサーヴァント、ディムルッド・オディナは召喚に応じた。生前、仕えた主を裏切り、忠義を尽くす事の出来なかった悔い。今度こそ、仕えるべき主に忠義を尽くし、悔いを晴らそうと願った。
 その主の信頼を完全に失ってしまった。己の不甲斐なさ故に……。

「私は……、私は……」

 ランサーはノロノロと立ち上がるとゆっくりと部屋に散らばった倒れた家具や置物を動かし始めた。
 今は少しでも主の命を忠実にこなさねばならない。いずれ、戦場において、己の武技により、主の信頼を勝ち取る為に――――。

 ランサーを残し、部屋を出たケイネスとソラウはそこから少し離れた別室に移った。ケイネスは険しい表情を浮かべたままサーヴァントのマスターと思しき魔術師達の調査書を机に広げた。そこには既に今夜の出来事が更新されていた。

「キャスターのサーヴァント。投影魔術を使い、白兵戦を行える特異な魔術師の英霊……」

 ケイネスは使い魔越しに見た赤い英霊の姿を脳裏に浮かべた。背後に護る黒い髪の少女には見覚えがあった。遠坂家の当主についての調査書にある家族構成の項目にその名と写真が載せられている。

――――遠坂凜。

 遠坂家の長女にして、次期当主と目される少女。
 その魔術師としての能力は幼いながらに優秀であり、一度はランサーの魅了の呪を受けながらもキャスターの助けを受けて正気を取り戻した。

「キャスターのマスターであるとは考え難いが、何故、あの場にキャスターと共に居たのかは分からぬ……。そして、セイバー」

 ケイネスはセイバーの資料を手に取った。

「白亜の騎士か……。あのタイミング、キャスターの救援か、あるいは私に狙いを定めるマスターが居るのか……。マスターの可能性として一番大きいのは遠坂時臣だな。親子で参戦とは、しかし、そうなると厄介なのは……」

 ケイネスは続けてアサシンの資料を手に取った。

「アサシンのサーヴァント。歴代のアサシン同様、山の翁――――ハサン・サッバーハであると考えられるが、能力他詳細は不明。主は聖堂教会より魔術協会へと転属し、遠坂家の当主・遠坂時臣の弟子となった言峰綺礼。キャスターと接触し、共に行動を取った事から遠坂家とは同盟関係にあると考えられる……そうだな?」

 ケイネスが問い掛けると、ソラウは首を縦に振った。ソラウはケイネスがランサーの付近に飛ばした使い魔を通して戦場に視界を得ていたのと同様に複数の使い魔を使い分け、戦場の周囲の情報を収集していた。その中で得た情報はアサシンとその主。そして、アサシン陣営とキャスター陣営との繋がりだ。
 ソラウの付け足した情報を読み進めながら、ケイネスは険しい表情を更に深めた。

「アサシンまでもが遠坂の陣営にあるとすれば、およそ聖杯戦争に招かれる七つのクラスのサーヴァントの内の半数、三体が一つの家門の下に集結している事になる」

 加えて、厄介なのはその取り合わせだ。
 ――――間諜のサーヴァントたるアサシン。
 ――――策謀を巡らせ、拠点防衛に優れたキャスター。
 ――――そして、白兵戦において最強を誇ると同時に最優のクラスと称されるセイバー。
 その三体が共同戦線を張るとするならば、まさに最強の布陣と言える。

「残るはアーチャー、ライダー、バーサーカー。内、情報があるのはあの愚か者、ウェイバー・ベルベットとそのサーヴァント・イスカンダル。忌々しい事だが、あのサーヴァントの力は強大だ……」

 舌を打つケイネスにソラウは声を掛けた。

「ケイネス。怒りに目を曇らせては駄目よ」
「私は怒りに目を曇らせてなど――――ッ」

 ソラウの言葉に目を剥くケイネスにソラウは穏かな口調で語り掛けた。

「貴方は見るべき点を間違えているわ」
「……どういう意味だね?」

 ソラウの物言いに不機嫌な顔をしながらも、ケイネスは渋々といった調子で問い掛けた。

「まず、一つ目はランサーの事」

 ランサーの話題に自然と苛立ちが込み上げ、ケイネスは口を開こうとするが、ソラウはその口に人差し指を当て閉ざさせた。

「落ち着いて、ケイネス。貴方は彼を脆弱と言うけれど、本当にそう思っているのかしら?」

 ケイネスが眉を顰めると、ソラウは続けた。

「まず、キャスターの事。あのサーヴァントの能力はとても特異的なもので、ランサーは危機一髪の所まで追い詰められた。これは事実だわ」

 顔に悲しげな表情を浮かべて語るソラウに奇妙な違和感を持ちながらケイネスは聞いた。

「でも、その後が肝心よ。貴方の助けで危機を脱した彼は最後には地力でキャスターを圧倒した。取り逃がしたのはセイバーの援護があったからよ。あれは遠坂の陣営のチームワークの勝利。省みるならば、その点を反省すべきだと思うのよ。ランサーを責めるんじゃなくて、ね?」
「だが……」

 ケイネスは不満そうに反論しようとするが、ソラウは首を振って静止し、更に言葉を紡いだ。

「セイバー戦は確かに不利に見えたわ。だけど、彼はセイバーとの戦いで一度も手傷を受けていない。ステータスの面で、筋力は劣っているのかもしれないけれど、ランサーのクラスの武器は筋力ではない事を貴方は理解している筈でしょう?」

 ソラウの言葉にケイネスは渋々と頷いた。そう、ランサーのクラスは決して筋力のステータスが優れた英霊が呼ばれるわけではない。
 ランサーのクラスのポイントは敏捷性だ。その圧倒的な疾さ他の追随を許さない。
 あの戦いにおいても、ランサーのスピードを武器に戦っていた。不利に見えたのは強大な筋力を武器にセイバーが派手に立ち回ったが故の錯覚であり、実際にはほぼ互角の勝負であった事はケイネスも渋々と認めた。

「そして、最も重要なのはライダー戦よ。貴方はここに重要なポイントを見落としている」
「どういう事だね?」

 ケイネスの問いにソラウはまるで教鞭に立つ教師の如く言った。

「相手は強大な力を誇る宝具を使った。確かに、その力は圧倒的で、ランサーは敗走を余儀なくされた。けれど、考えてみて頂戴。確かに、あのライダーは強力なサーヴァント。だけど、そのマスターはどう?」

 ケイネスは目を見開いた。そう、ソラウの言わんとしている事を察したのだ。
 己の目は確かに眩んでいたらしい。

「あのマスターは――――」

 ソラウの言葉にケイネスはもはや怒りの感情を霧散させ、その顔を闘争心によって染め上げた。

「あれほどの宝具の連続使用に耐えられるような優秀な魔術師なのかしら?」
「そうだ。その通りだ」

 ケイネスは立ち上がった。
 ソラウの肩に手を沿え、唇の端を吊り上げた。

「そうだ。確かに、どうやら私は目が曇っていたらしい。あのウェイバー・ベルベットが固有結界などという大魔術の発動に耐えうる魔力など、持っている筈が無い! つまり――――」
「今、ライダーは宝具を使えない。それ所か……」
「まともに戦闘を行う事も難しい!」

 ケイネスは即座に行動に移った。部屋を出て、ランサーを待機させた部屋に戻る。
 部屋は言い付けを守ったらしいランサーによって、ある程度片付けられていた。ケイネスが部屋に入ると、ランサーは即座に頭を垂れた。

「ランサーよ。貴様、チャンスが欲しいと言ったな?」

 ケイネスの言葉にランサーはハッと顔を上げた。

「ならば、今一度チャンスをやろう。その身を直ぐに癒し、万全を期した後、あの愚かなるウェイバー・ベルベット、そして、そのサーヴァントたるライダーを狩る! 貴様の武勇が偽りでは無いと申すならば奴の首級を我に捧げよ!」

 ケイネスの言葉にランサーの顔に生気が宿った。
 その瞳は得られた好機に輝き、ランサーは頭を深く垂れた。

「承知致しました。我が主よ!」

 ケイネスは鼻を鳴らし、ランサーに背を向けて言った。

「ウェイバーの居場所を発見次第、狩りを開始する。貴様の忠誠、貴様の武勇、それらが偽りでは無いと申すならば、敗北は決して許さぬ。分かったな?」
「御意!」

 ケイネスがウェイバーの探索に乗り出し、部屋を退出した後、ランサーは拳を強く握り締めた。予想以上に早く訪れた汚名返上の好機。逃す訳にはいかない。
 両の手に赤と黄の槍を具現化させ、自在に操り気合を入れる。

「必ずや、貴様の首級を我が槍の勲としてくれる!!」

 ランサーの瞳には虚空に浮かぶ忌々しきライダーの顔があった。
 己の騎士としての戦いに横槍を入れた不届き者。その顔を怒りの槍撃により振り払う。ランサーのサーヴァントの瞳はライダーとの再戦に向け、熱く燃え滾っていた――――。

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