第十一話「Who is he?」

第十一話「Who is he?」

 自分の意思を残したまま、自分以外の意思に全てを委ねる。本当なら恐ろしい事の筈なのに、そうする事こそが本来あるべき姿だと思った。
 ジャスパーの意思が俺の肉体を支配する。左手にジャスパーの杖。右手にドラコの杖。目の前には呆然としているドラコの顔。杖を握り締めたまま、ドラコの鳩尾に拳を打ち込む。

「アッ、ガ――グァ」
 
 壁に叩きつけられ、呻き声を上げるドラコに一瞬で距離を詰め、彼の右手首を取る。そのまま、手首を捻り、彼を壁の方に向かせ、左肩を抑える。
 我に返ったドラコが拘束から抜け出そうともがくけど、ジャスパーは一切力を緩めない。

「さあ、そろそろ出て来なよ。ダリウス」

 ジャスパーの言葉に驚いたのは俺もだった。ジャスパーの言葉に応えるように部屋の扉が開いた。
 
「あれれ? 君達も来たんだ」
 
 ジャスパーが意外そうに言った。入って来たのはダリウスだけじゃなかった。アルとハリー、それにハーマイオニーが居る。

「馬鹿な……。どうして、お前達が!?」

 ドラコは尚ももがきながら部屋に入って来た侵入者達に驚きを隠せずに居る。
 そんな彼にジャスパーは呆れたような口調で言った。

「だから、言ったじゃない。【君は“ボク等”をちょっと甘く見過ぎているね】ってさ」

 ボク等っていうのは、どうやら俺とジャスパーの事を示していたわけじゃないらしい。彼はどういう訳か、ダリウスが来る事を察知していたみたい。でも、どうして分かったんだろう。
 
「ちょっと考えれば分かる筈なんだけどね。どうやら、君は随分と焦っていたみたいだね。……君みたいな子供が卓越した闇祓いの裏を突けるわけが無いだろう?」
「……なるほどな。罠に掛かったのは僕の方というわけか」
 
 観念したようにドラコは体の力を抜いた。窓辺に映る彼の顔は青褪めていて、瞳を涙で滲ませている。
 彼の作戦が失敗するという事は、即ち、彼の両親が死ぬという事。

「……嫌だ」

 ドラコの体が突然弾ける様に動いた。まるで、ドラコの体が爆発したかのような衝撃を受けて、俺の体は弾き返されてしまった。ジャスパーはその勢いに任せるように後ろへ跳んだ。
 距離を取り、二本の杖を油断無くドラコに構え、ジャスパーは言った。

「無駄な抵抗はしない方がいいと思うけど?」
「嫌だ……。僕は両親を見殺しには出来ない!!」
 
 涙を滴らせながら吼えるドラコにアルが一歩前に出て怒鳴った。

「その為にユーリィを傷つけるつもりか!!」
「……素直に話してくれるなら、傷つけるつもりなんかない!!」

 ドラコは一瞬、視線を逸らしてから怒鳴り返した。彼の瞳の奥底には罪悪感の色が見て取れた。
 両親の生死が掛かっている中で、彼は俺を傷つける事に躊躇いを覚えていた。そして、今も罪悪感に囚われている。

「ドラコ君」

 ジャスパーはアッサリと俺に肉体の支配権を返してくれた。名前を呼ぶと、彼は怯えたように俺を見た。

「僕はどうしても……、お前から情報を手に入れないといけないんだ。じゃないと……僕の両親が……」
「言っておくが、少しでも妙な真似をすれば、この場で殺すぞ」

 心臓が止まりそうになった。アルは拳銃をドラコに向けている。ダリウスの差し金で覚えてしまったマグルの凶器。ドラコは不思議そうに拳銃を見つめている。

「何だ……ソレ?」
「呪文を唱えなくても相手を殺せる道具だ」
「呪文を唱えなくても……だと?」

 恐ろしい。アルはまるで自慢のコレクションを見せびらかすみたいに拳銃を手の中で躍らせている。何かの拍子に撃ってしまいそうな、そんな嫌な予感がする。
 
「止めて、アル!!」
「あん?」

 俺の叫びにアルの注意が逸れた途端、ドラコは直ぐ近くの窓を突き破り、外へ逃げ出した。

「待て!!」
「アル!!」

 直ぐに後を追って窓の外へ出るアルを俺も追い掛けた。嫌な予感が際限無く膨らんでいく。
 窓の外は雪が降っていた。深い雪に足を取られ、危うく転びそうになると、後を追って来たハリーが支えてくれた。

「大丈夫かい?」
「ありがとう……。急がなきゃ……」

 ハリーの手を借りて起き上がり、直ぐにアルを追い掛ける。あっと言う間に距離を離されてしまっている。
 一瞬、嫌な幻影が浮かんだ。硝煙を放つ拳銃を手にするアルと、純白の雪の中に倒れ、真紅の華を咲かせるドラコの姿が浮かび、悲鳴を上げそうになる。
 こんな事になるなんて思ってなかった。この三ヶ月、共に過ごす仲でドラコが抱える悩みを分かってやれなかった事が悔やまれる。拳銃をまるで魅惑的な宝石のように愛でるアルを止められなかった事が悔やまれる。どちらも他の誰でも無く、俺がやらなきゃいけなかった事だ。
 特にアルが銃の持つ魅力に捉われそうになっている事は分かっていたのに、彼を信じようなんて、自分に都合の良い事ばっかり考えて何もしなかった自分を許せない。例え、彼が嫌がろうとも止めるべきだった。拳銃の訓練なんて、防衛の為なんかじゃない。人を殺す為の訓練だ。そんな事、分かっていた筈なのに……。

「ダリウス……」

 理不尽な怒りである事は分かってる。彼は俺の為に出来る事をしようとしてくれただけだ。その手段がたまたまアルに拳銃の手解きをする事だっただけだ。
 だけど、アルに人を殺す手解きをするなんて……絶対に間違っている。どうして、俺は止めなかったんだ。彼が楽しそうに訓練に励む様子を見たからって、それが何だって言うんだ。
 人を殺したら、もうアルは元のままじゃ居られなくなる。人を殺すって事は後戻りが出来なくなる行為なんだ。
 俺は誰よりも知っているのに……だって、俺は……。

――――ごめんね。ちょっと、変わるよ。

 今度は意識を全て持っていかれた。暗転する視界に俺は絶叫した。今、彼を見失うわけにはいかない。彼を止めないといけないんだ。
 じゃないと、彼はドラコを殺してしまう。人を殺したら、もう引き返せなくなる。

「大丈夫。ボクが止めるよ」

 そんな彼の声が不思議なほど心に染み渡った。絶望とか、殺人鬼とか言われているのが信じられない。
 彼の言葉はどこまでも真摯で、どこまでも優しい。彼の言葉を受け入れ、俺は意識を完全に手放した。

――――お願い、ジャスパー。

「お願いされちゃったか……。なら、叶えるしかないよね」

 アルフォンス君やドラコ君はもうかなり遠くに居る。あの方角には森があった筈だ。そこに逃げ込まれたら二人を見失ってしまう。少し、急がないとね。
 ドラコ君の杖はボクが持っているけど、彼はマコちゃんの杖を持っている筈だ。最初の麻痺呪文で所有権を奪われているだろうから、彼の杖が此方にあるからといって油断は出来ない。
 
「あれが使えるね」
 
 この先は少し勾配がある。だったら、コレが一番早い。ボクは生前に使い慣れたスノーボードのイメージを頭の中で入念にイメージした。
 毎年、冬になるとよく行ったものだ。進行方向に立てられていた案内札に変身術を掛け、いつも使っていたスノーボードに変える。重さも大きさもイメージ通りだ。靴を手早くスノーボードに固定して、ボクは杖を地面に向けた。

「さあ、追いつくとしよう。グリセオ!!」

 整備されていない雪原を無理矢理魔法でコーティングしていく。魔法で目の前の雪を滑り易いようにコーティングしながらスノーボードで疾走する。
 あまりにも久しぶりの感覚。いつもマコちゃんに譲っていた肉体の支配権をフルに使い、ボクは今楽しんでいる。

「ッハハ!」

 あっと言う間に二人に近づいていく。
 僕は杖で少し離れた場所の雪を地面ごと隆起させた。

「ッハハーッ!」

 飛んだ。ボクは飛んでいる。箒で飛ぶのとはまた違う解放感とスリル。楽しくて、仕方が無い。
 唖然としながらボクを見る二人の前でブレーキを掛け、間抜け面の二人の地面に向かって杖を向ける。

「エンゴージオ!!」

 呪文の対象は雪の中に見え隠れしている雑草だ。呪文の効力で草はみるみる巨大化していく。
 あっと言う間に二人の身長を越える程大きくなった雑草に変身術を掛ける。肥大化した草を全て鋼鉄の棒に変える。すると、地面に確りと根を張る鋼鉄の檻が完成する。
 鋼鉄の檻と化した雑草を前に二人は漸く我に返ったようで喚き声を上げている。

「とりあえず、シレンシオ」

 声を封じれば魔法使いの戦力は大幅にダウンする。だけど、これだけだと逆に彼がアレを使ってしまうかもしれない。まったく、面倒極まりないな。

「エクスペリアームス」

 彼から拳銃を取り上げておく。杖まで一緒に飛んできたけど、これはいいや。
 杖をアルフォンス君に投げ返しながら、ドラコ君の方にも武装解除を使う。無言のまま口だけ動かして鉄格子を揺さぶる姿はかなり滑稽だ。

「何事も念入りにやらないとね。インカーセラス」

 杖からロープが飛び出す。ロープは勝手にドラコ君を拘束して行く。手足を封じられ、無様に地面に倒れ伏す彼に多少哀れみを感じるけど、彼を救うには無力化する必要がある。

「もう、諦めた方がいいよ。一人で出来る事なんて限られてるんだからさ」

 ドラコ君は何かを叫ぼうとしているみたいだ。声が出ないせいで何を言いたいのか分からないけど、ボクは構わず続ける。

「安心しなよ。もう、君の家には闇祓いが向かっている筈さ。拘束されるだろうけど、殺されたりはしない筈さ」

 ドラコ君はポカンとした表情でボクを見る。

「実は闇祓い達はもうヴォルデモートの拠点をある程度絞り込んでいるんだ。恐らく、帝王の息の掛かった魔法使いの誰か……、それも十年前の罪から逃れ、自由を謳歌している誰か。容疑者の中には君の両親の名前もあった。そこへ、あからさまに怪しい挙動をする君の存在だ。高確率で君が帝王と接触していると見た彼らは確証を得るために君を泳がせた。その間、闇祓い達は敢えて隙を見せ、君が行動を起こす際に【叫びの屋敷】を使うように誘導した。結果は御覧の通りさ。君は見事に闇祓いの術中に嵌り、同時に彼らに確証を与えた」

 ドラコ君の心中は察するにあまりある。両親の命が助かると聞き、希望を抱いている。同時に、己を罠に嵌めた闇祓いに対する怒りがある。むざむざ、罠に嵌ってしまった己への恥じがある。そして、ボクに対する困惑がある。

「君の行動が彼らに【ヴォルデモートは今、マルフォイ邸を拠点としている】という情報を与えた。そうでしょ? ダリウス」

 ボクが漸く追いついたダリウスに問い掛けると、彼はニヤリと嗤った。

「ご明察だな、ジャスパー。中々に見事な追跡だったぜ」
「マコちゃんに頼まれたからね。アルフォンス君にドラコ君を殺させないでってさ。あの子にお願いされると、弱いんだよね」

 肩を竦めるボクにダリウスは苦笑した。

「さて、そろそろ彼らの声を解放してやってくれないか? 俺も少し彼と話がしたい」

 ダリウスの言葉にボクは素直に従った。
 声を取り戻したドラコ君はさっきまで散々口を動かしていたにも関わらず、何を言えばいいのか分からない様子で黙り込んでしまった。

「まず、俺の話を聞いてくれ、ドラコ・マルフォイ。君の両親の事は我々が責任を持って――――」

 まあ、ドラコ君の方は彼に任せるとしよう。それより、問題は彼だ。
 ロープでこそ拘束していないものの、彼は未だ鉄の牢獄の中だ。

「おい、ジャスパー! どういうつもりなんだ!?」

 相変わらず、獣のような男だ。本能の赴くままに生きている彼にボクが言うべき事は一つだけ。

「まったく、一々ピンポイント過ぎるんだよ。君はさ……」
「ハァ!?」

 彼自身、まったく気付いていない。彼の行動の一つ一つが絶望を引き寄せている。
 本当なら言うつもりは無かったんだけど、このままだと面倒な事になりそうだ。

「アルフォンス君。これは忠告じゃなくて、警告だよ。拳銃なんて持つべきじゃない。というより、人を殺す象徴をマコちゃんに見せないでくれ。それと、そろそろ自分の気持ちに気付くべきだよ。じゃないと、確実に君は後悔する事になる。まったく、ボクがどれだけ犠牲を払っているかも知らないで、君は……」
「何の話だ!」
「分からない方がいいんだよ。とにかく、ボクの警告を忘れないでよ? 少なくとも、訓練するなり、使うなりする時はマコちゃんの見てない所でやってくれよ」

 最後に彼らを拘束する鋼鉄の檻を元の雑草に戻してボクは肉体の支配権をマコちゃんに返した。
 それにしても、久しぶりに楽しかったな。ボクはこれでもアウトドア派なんだ。

 俺が目を覚ました時には全てが終わっていた。
 ドラコは無傷のままロープで縛られていて、アルにも怪我は無いみたい。
 二人共複雑そうな顔をしている。何があったのかは分からないけど、どうやらジャスパーは俺との約束を護ってくれたらしい。
 
「えっと、ドラコ君」

 ドラコに声を掛けると、彼は服の袖で涙を拭った。

「クリアウォーター。お前は……」
「彼にはもう一つの人格があるのさ」

 彼が口ごもっていると、ダリウスがアッサリとした口調で言った。

「二重人格なのか? いや、そうだとしたら色々と……確かに」

 ドラコは自分で勝手に納得してしまった。ジャスパーの事は秘密にするべき事だと思ってたのに、凄くアッサリしている。
 複雑な思いでダリウスを睨んでいると、彼は言った。

「とにかく、マルフォイ邸へ向かった連合からの連絡を待とう。選りすぐりの精鋭を送り込めるだけ送り込んだからな。上手くすれば、ヴォルデモートを捉えたかもしれん」

 彼の言葉に混乱する俺にアルが色々と教えてくれた。俺と同じ情報量しか無い筈なのに、ジャスパーは凄い推理力を持っているみたい。
 彼は一体何者なんだろう。アルの話ではスノーボードで追い掛けたらしいけど、俺はそんなのやった事無い。
 今まで、ただ怖いとか、封じ込めなきゃとか思ってたけど、ジャスパーって一体どんな人なんだろう。
 
「ジャスパー……奴は一体」

 アルも気になっているみたい。ぶつぶつと独り言を口にしながら頭を悩ませている。
 でも、どんなに考えても分からなかった。やがて、ホグワーツに戻って来ると、既に不死鳥の連合は戻って来ていた。傷だらけのルシウス・マルフォイと憔悴し切ったナルシッサ・マルフォイと共に。

「父上……。母上……」

 ドラコは大粒の涙を零しながら夫妻に駆け寄って行った。ルシウスは弱々しい笑みを浮かべ、ナルシッサは涙を流した。
 そんな、三人の家族の再会を尻目にダリウスは険しい表情で報告を聞いた。

「ヴォルデモートは?」
「取り逃がした。……奴はやはり既に復活を果たしていた。それに、既に力を蓄えつつある。屋敷にはクラッブやゴイル、ノット、それにヤックスリーやカロー兄妹が居た。小賢しい事にマルフォイを囮にしてまんまと逃げやがった」
「馬鹿な……。二十人の魔法使いの連合を相手に逃げただと!?」
「ボート・キーを用意していたらしい。姿くらましや飛行呪文、煙突飛行ネットワークの対策はしていたんだが……」
「では、何も得られなかったというのか!?」

 ダリウスは愕然としている。失望しているのだろう。千載一遇のチャンスを逃してしまったのだから無理も無い。

「だが、成果が無かったわけじゃない。ルシウス・マルフォイだけでも確保出来たのは行幸だ」

 マッドアイが言った。

「奴から情報を吐かせるのだ。どんな些細な事も残さず全て」
「まあ、奴も手酷く切り捨てられたようだしな。少なからず素直に話してくれるだろう」

 二人の会話を聞きながら俺はマルフォイ一家を見つめた。
 
「これで……良かったんだよね?」
「さあな」

 アルはどうでも良さそうに言った。少なくとも、俺はドラコが両親と死に別れせずに済んで嬉しい。
 ……また、一緒に勉強したり出来るよね?

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